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やさぐれ獅子 ~二十五日目~ 54-1 - (2008/02/11 (月) 01:11:57) の1つ前との変更点
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疲れ果てた形相で、乾いた星空と向き合う加藤。数億光年の彼方にある天体たちは、加
藤の苦労など眼中にないかのように一心不乱に瞬いている。
「くそっ!」
悔しさから、拳を空に突き上げる。が、まるで届かない。
「さすがに星は殴れねぇか……」
自嘲を含んだ口ぶりで加藤は寝そべる。
「まだ……五日」
夢と現の狭間で呟くと、加藤は睡眠という形で一日を終えた。
二十五日目の試練、クリアーである。
バケツどころか、プールがひっくり返った。
巨大な水の塊が絶えず加藤を打ちつける。異常なまでの重さと痛みに、しばらく水であ
ることに気付かなかったほどだ。
雨というには余りにも非情な雨。スコールなどと呼べる次元ではない。空襲といった方
が正しい。
生命(いのち)を育むはずの水が、加藤の命を削っていく。時間と共に、肉体が右肩下
がりで衰弱していくのが分かる。いくら液状とはいえダンベルを常にぶつけられれば、ど
んなに鍛えている人間であろうと死ぬに決まっている。
(水って……こんなに重かったのかよ)
水の脅威を改めて噛み締める加藤。
(……とにかく、こうしてるわけにゃいかねェ!)
加藤は走った。森の中に逃げ込めば、雨宿りというわけにはいかないだろうが、空襲を
直接浴びることは避けられる。
しかし、背後からの突風。
背中を巨人に押されたと思ってしまうほどの、超突風であった。そして、押された先に
は木が待っていた。
「グアッ!」
激突。咄嗟にガードはしたが、全身を痺れに侵される。
風は勢いを増し、空には雷を帯びた雲が出番はまだかと待機している。
「そうか……こ、これが……今日の試練ッ!」
前代未聞の異種格闘技戦──『空手対天災』がついに幕を上げた。
螺旋の風が、加藤の体を持ち上げた。およそ八十キロがあっけなく宙に浮いた。
(俺、飛んでんじゃん。そういや昔は空を飛べたらいいなァ、とか考えてたなァ……まさ
か叶うなんて)
激突。
「がっ!」
風に操られるがまま、草に、木に、岩に、地面に、叩きつけられる。「ぶーん、ぶーん」
と子供に弄ばれる玩具の飛行機のように、乱暴かつ無造作に。
上昇気流で打ち上げられ、墜落する。
地面を引きずられ、泥と血まみれになる。
木にぶつけられ、枝が腹に刺さる。
風の攻撃には明確な意志が潜んでいる。降雨から数分も経たないうちに、加藤は大半の
体力を奪われていた。
(こんなの……)
手から、
(どうしろって……)
足から、
(いうんだよ……)
心から、力が抜けていく。
初めこそ抵抗していたが、悪あがきに毛が生えた程度に過ぎない。少しずつ、諦めが心
を支配する。どうでもよくなった、という方が正しいかもしれない。
重い水に、力強い風。天災は強い。とてつもなく強い。狂おしいほどに強い。
「強え……もう楽になりてぇ……。でもよォ」
館長に並ぶために。
井上との約束を果たすために。
ドッポの死に報いるために。
まだ見ぬ強敵と出会うために。
「俺は勝つッ!」
加藤は三戦の体勢を取った。
「これでそう簡単には飛ばされねぇ。……あとはあいつだけだ」
加藤は上空に佇む雷雲を見やった。
落雷開始。
耳をつんざく破裂音。強烈な閃光が地面を容赦なく穿つ。今や人間社会には欠かせない
『電気』の本来の姿である。
一撃でも喰らえば戦闘不能は免れない。
「そうこなくっちゃあな……」
雷の威力を目の当たりにしても、加藤は退かない。むしろ闘志を燃やしている。
加藤が力尽きるか、天災が尽き果てるか──いざ勝負。
「ウオオオオオオオオオオッ!」
加藤は再び走り出した。まもなく、立っていた場所に雷が落ちたのはいうまでもない。
がむしゃらに、天災相手に空手を披露する。
豪雨と暴風にきっちりと受けを決め、拳足で弾き飛ばす。落雷は落ちる前にかわす。運
動量はすでに加藤のスタミナを喰らい尽くしているが、加藤は停止しない。
魔獣には闘いしかない。無様に死ぬか、敵を全滅させて途方に暮れるか、どちらかの未
来しかない。それでも加藤は戦い続けるしかないのだ。
「キャオラァッ!」
「がっはっは、なかなか骨のある男じゃな」
「うむうむ、荒削りじゃがよくやっとるのう」
雷雲の上から下界を見下ろす風神と雷神。加藤の奮闘を肴に、のんきに酒を酌み交わし
ている。
「できれば味方してやりたいが、な」
「わしらとて神じゃい。贔屓するわけにゃいかん」
「さて……そろそろやるか」
「おう。準備はいいな?」
「いつでもいけるぞ」
風神はそよ風から台風に至るまであらゆる風を詰めた袋を、雷神はいついかなる時も稲
妻を呼ぶことのできる太鼓を、それぞれ手に取った。
風と雷を相手取り、五分の闘いを繰り広げていた加藤であったが、
「………!」
猛烈な危機感を感じ取る。
直後、加藤は空に吸い上げられた。凝縮された大気が固体に近い硬度となって加藤を上
へ上へと運んでいる。
風というエレベータに囚われた加藤を待っていたのは、暗黒の雲。
「さァ耐えてみせい」
「若き戦士よ」
──加藤は生身で雷雲に突入した。
雲の内部は放電現象の巣だった。虎穴に放り込まれた餌を待ちわびていたかのように、
雷の見習いたちが加藤を集中砲火する。
小さな爆発(スパーク)が無数に起こる。肌から侵入を果たした電圧は内臓を自在に走
り回り、全身を蹂躙する。電化製品ってこんな気分なのか、などと訳の分からない思考が
頭をよぎる。意識が遠のく。
光の筋が見えた。ようやく出口だ。
風に押されるがまま雲を抜けると、そこには青空が広がっていた。
「あァ……空か」
雲上には酔っ払いながら大笑いしている二人の男がいた。どちらもひどく太っている。
「がっはっは、生きとる、生きとる」
「さすがはわしらが見込んだ男。さァ、飲みなされ」
盃を勧める二人を、加藤は黙って殴った。
男たちは殴られた頬をさすり、今にも泣きそうな顔で加藤を見つめてから、煙となって
姿をくらましてしまった。
その瞬間、雷雲が消えた。雨も風も、初めから存在しなかったかのように立ち去った。
空から落下する加藤を、風神の置き土産か、つむじ風がクッションとなって守る。
加藤は天災を司る神──風神と雷神に認められたのだ。
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