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ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL part.4 - (2008/10/10 (金) 00:05:48) の最新版との変更点
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外には月が煌々と輝き、夜の世界を照らしている。あてがわれた部屋で、ヒューリーとピーベリーはすでに床についていた。
部屋の中には物音一つ無い。二人ともよく眠っているようだ。それを見計らって……一つの影が、部屋の中に入り込んだ。
暗闇が全身を覆っているため、何者かは判別できない。
その忍び寄る影は、足音を立てないよう慎重にベットに近づき、ピーベリーの顔を覗き込んだ。
よく眠っている。若く、しなやかな身体つきだ。
とても美味そうだ。
そして影は、ピーベリーの首筋に顔を近づけ、口を開き、鋭く尖った牙を突き立てようと……
「ぎゃっ」
牙が皮膚に触れる寸前、影はそんな悲鳴を上げながら、身をよじらせた。見れば、影のこめかみに無骨なナイフが
突き刺さっていた。苦痛に身もだえ、影は床を転がりまわる。必死の思いでナイフを引き抜いた影は、自分を見据える
視線に気がついた。
「ピーベリーの言ったとおりだな」
影の前には、眠っているはずのもう一人の客――ヒューリーが、凄まじい形相で睨みつけていた。
「襲われる可能性があるなら、俺達が寝静まった後。だから俺達は、交代で見張っていたのさ。
お前はまんまと罠に嵌ったってことだ」
そういいながらヒューリーは、もう一本ナイフを取り出し、口にくわえる。それが、彼の戦闘における基本スタイル。
窓辺から差し込む月の光が、影を隠していた闇のベールを剥ぎ取る。
影の正体は、宿の主人である老婆だった。眼球を真っ赤に充血させ、しわだらけの顔には、騙されたことと痛みによる怒りで
鬼気迫る表情が浮かんでいた。
「よくも、騙してくれたなッ!」
気が狂うほどの怒りを放ちながら、老婆は吼えた。
変異が始まった。
老婆の背から翼が生え出し、爪が針のように鋭く伸び、肉が膨れ上がり体格が一回りほど大きくなる。
ずしん、と巨大な足で床を踏みしめた。
小柄な老婆は、怪物への変身を果たしていた。
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
野獣のような叫びが、宿全体を揺さぶった。怪物と化した老婆はヒューリーに飛び掛った。
鋭く伸ばした爪で、心臓を一突きにするつもりだ。
ヒューリーは動じなかった。老婆の動きをとらえ、爪の一撃をかわす。
派手な音を立てて、老婆の一撃を受けたベットが、粉々に吹き飛んだ。
恐るべき怪力だ。しかし大振りであったので、冷静に見切れば、それほど脅威ではない。
ヒューリーは振るわれる爪を回避しながら老婆の懐に入り込み、その厚い胸板にナイフを突き立てた。
人造人間の膂力で、根元まで強引に押し込む。切っ先は心臓に達していた。
老婆はもがき苦しみ、爛々と紅く光る瞳をヒューリーに向けた。
そしてよろめきながら窓に近づき、月に手を延ばしながら――その全身を灰に変えた。
戦いを制したヒューリーは、ナイフをおさめた。すでにピーベリーも眠りから醒めており、煙草をふかしながら
老婆の成れの果て――床に積もった灰の山を調べていた。
ピーベリーは人造人間の研究者だ。珍しいタイプの人造人間に遭遇したことで、好奇心を刺激されているのかもしれない。
「まさかこんな寂びた村に、人造人間がいるなんてな」
「いや、こいつは人造人間ではない」
灰を摘みながら、ピーベリーが言った。
「電極がない。限界を迎えた人造細胞が灰に還る現象もあるが、電極が見当たらないとなると。おそらくこいつは吸血鬼だろう」
「吸血鬼だと?」
「闇に生きる生物は、人造人間だけではない。いい機会だから覚えておけ。奴らは人間から血を吸って仲間を増やす。
そこが人造人間よりも厄介なところだ。一度吸血鬼に転化した者があらわれれば、疫病のように蔓延する。
身体能力は人造人間と同じ、あるいは凌駕するのだから、鬱陶しいことこの上ない。だが、強大な力に比して、弱点が多い。
日の光、銀、流水、白木の杭……など様々だ。もっともこれは血統ごとに異なるらしく、太陽の下で生活できるものもいれば、銀などの
武器が効かないものもいるらしい。唯一共通している、そして絶対のルールは、心臓を破壊すれば吸血鬼は灰に還る、ということだ」
「なるほどな。まったく、厄介な怪物は人造人間だけにしてほし――」
その時、ヒューリーは、気づいた。自分達に向けられている殺気の存在に。
窓の外を見る。
宿の向かいの家の屋根に、誰かいる。そいつは、こちらに笑いかけていた。
不意に、そいつの姿が掻き消えたように――普通の人間の目には見えただろう。
だが人造人間であるヒューリーの目には、そいつが強く屋根を蹴り、飛び上がった光景が見えていた。
助走なしの飛翔。だがそいつは弾丸の如く、真っ直ぐにこちらに向かってくる!
「ッ! ピーベリー!」
派手な音を立てて、窓が割れた。先ほどまで窓の外からこちらを見ていた人間が、突然部屋の中に飛び込んできたのだ。
侵入者はにぃと嗤い、ピーベリーに向かい爪を振るった。
驚きで咄嗟に動けない彼女の手を、強引にヒューリーは引っ張った。侵入者の凶刃は空しく空を切った。
奇襲に失敗した侵入者は、舌打ちしつつ二人から距離をとる。
瞳を紅く輝かせている――こいつも吸血鬼か。
吸血鬼の容赦ない連撃がヒューリーを襲った。目にも留まらない速度で打ち出される、鋭く尖った爪の一撃。
「チッ!」
ピーベリーを後ろにかばいながら、吸血鬼を迎え撃つ。爪とナイフが、激しく火花を散らす。
だが勝負は呆気なく決まった。五合ほど打ち合った後、隙をついたヒューリーの刃が、吸血鬼の胸を貫いた。
短い悲鳴を上げ、吸血鬼は、灰となって滅びた。
「……まだ仲間がいたのか」
「吸血鬼は際限なく増えるからな。人造人間がいないとなると、この村に来て最初に感じたあの墓所のような気配は、おそらく……」
ヒューリーは、墓穴から響くような、陰気で、不気味な唸り声を聞いた。
死んだような雰囲気を纏っていた村が、いま覚醒しつつあった。
昼間は人っ子一人いなかった道に、たくさんの人影がいた。そいつらは、皆一様に瞳を紅く光らせ、不気味な唸り声を上げていた。
幽鬼のように、あるいは死体のように、人間のかたちをしたなにかが、宿の周辺に集まりだしていた。
「どうやら私たちは、奴らの巣に入り込んでしまったようだな」
ピーベリーの口からその言葉が発せられると同時に、突然ドアが破られた。
その向こうには二人の吸血鬼が立っていた。歓喜の唸り声を上げて、襲い掛かる。
だがヒューリーの敵ではなかった。一人がナイフを心臓に突き刺され灰になり、もう一人は頭を握りつぶされ、
身動きできなくなった後に止めを刺された。
ヒューリーは苦々しく表情を歪めた。すでに宿のまわりは囲まれている。まだまだ増える可能性が高い。
敵はそれほど強くはないとはいえ、数が多い。まともにぶつかるのは危険だ。
これ以上数が増える前に、敵の包囲網を突破し、逃げるのが最善の策だろう。
「俺が切り込んで、奴らの隙を作る。その隙をついて一気に突破するぞ。ついてこれるか」
「当然だ」
すでにピーベリーは武装を完了していた。
彼女は巨大な注射器のような武器を持っていた。ワイス卿との戦いでも使っていたものだ。
その武器は槍のように敵の身体に突き刺し、先端から薬物を注入し、人造人間の体組織を破壊せしめるものだった。
人造人間には絶大な効果を発揮したが、吸血鬼にどれほど有効かわからない。が、ないよりはましだろう。
「よし、いくぞ!」
ヒューリーとピーベリーが吸血鬼の群れ相手に死闘を開始してから、しばらくたった頃。
「てこずっているようじゃな」
「もうしわけありません。ですが、時間の問題でしょう。少々腕が立つようですが、所詮は人間。
我らモントリヒトの敵ではありません」
村の外れにある教会。そこは、吸血鬼の本拠地であった。普通の吸血鬼ならば神性にあてられ滅びる
はずだったのだが、モントリヒトの血統には信仰による弱点は存在しない。十字架も、聖餅も、効果はない。
だから吸血鬼でありながら教会に居座るという、涜神的な行為もできたのである。
その闇の教会の中で、モントリヒト達が会議をしていた。
牧師の立つ壇上には、この村のすべてのモントリヒトを纏める長が立ち、その脇を上位のモントリヒトが固めていた。
久しぶりに餌があらわれたこと、その餌が抵抗していること、などを長に報告していた。
その報告に、長は悠然とした態度を以って答えた。長は数百年の時を生きた長生者(エルダー)であった。
この程度の混乱など、問題にもしていないのであろう。
「まあいい。今は夜、しかも月もでている。お前達のいうように、すぐに片がつくじゃろう。
食餌は皆で分けることを徹底させるのじゃぞ」
「は」
長の言葉に、平伏するモントリヒト達。彼らはかつて、倫敦で猛威を振るっていたが、<装甲戦闘死体>の出現により、
この辺境にまで逃げることを余儀なくされた一族であった。
手ごろな村を見つけた彼らは、元々の住人だった人間をすべて吸血鬼に転化させ、自分らの隠れ蓑に仕立て上げた。
そして<装甲戦闘死体>の脅威から逃れるために世俗との交流を一切絶ち、ほそぼそと生き繋いでいた。
だが、それはモントリヒトとしての生き方を否定するものだった。
これまでモントリヒトは、夜の世界で支配者として君臨していた。
人間は家畜に過ぎなかったし、好きなだけ殺し、好きなだけ糧にしてきた。
だが、<装甲戦闘死体>の出現で、自分らは支配者の座から引き摺り下ろされた。
長は密かに嘆息した。いまの自分らのありように、疑問を抱いていた。
天敵の襲撃に怯え、身を隠すしかない生き方。
食餌すら満足に出来ず、常に飢餓に苛まれる。
迷い込んだ旅人を襲うときには、ああいう風に、獣と変わりない行動を取るまでに、自分らは堕した。
……昔はこうではなかった。
……モントリヒトの誇りは失われてしまったのか。
在りし日の栄光を思いを馳せ今を嘆いていたその時、教会の外から騒々しい音が聞こえてきた。
馬車の音だ。相当な速度で走っているらしく、その音はどんどん近づいてくる。
そして、轟音とともに、馬車が教会の壁を突き破って、モントリヒト達の前に出現した。
「な、なんだ!?」
教会の机や椅子を派手に吹き飛ばしながら、馬車は止った。そして、馬車の中から、小さな人影が姿を現した。カールした美しい金髪。
透き通るような紅い瞳。良家のお嬢様が着るような純白のドレスに、赤いリボン。
「こんばんわ。死ぬにはいい夜ね、モントリヒトども」
<装甲戦闘死体>、F08であった。
「まさか……!」
「そうよ。あなた達を滅ぼす刃、<装甲戦闘死体>が一人、F08よ。あ、名前は覚えなくていいわよ。
どうせあなたたち、すぐ死ぬもの。あなた達の積める善行は速やかに死ぬこと。だからちゃっちゃと死ねよカス」
その言葉が発せられると同時に、長の傍に控えていた上位のモントリヒト達が、F08に向かって躍りかかった。ハルバード、メイス、
ツーハンドソードなど、それぞれが得意とする武器を手にし、一瞬にして彼女を取り囲んだ。彼らはかつて、一対多ではあるが<装甲戦闘
死体>の一人を屠った経験もある精鋭だ。いかに<装甲戦闘死体>とはいえ、数で勝るこちらが有利、と長は信じていた。 ……しかし。
「が」
「ぎゃ」
精鋭達は短い悲鳴をあげて、あっけなく灰になり、消滅した。ぽかんと口をあけたまま、長はその光景を見ていた。
「ば、ばかな。こやつらは<装甲戦闘死体>を破壊したこともあるのだぞ。それがこんなにも容易く敗れるなど!」
「ばっかじゃないの。無駄に歳食って脳みそに蛆湧いてんじゃない? 私たちは常に進歩してるの。最新型の<装甲戦闘死体>はね、第一世
代の奴とは遥かに技術的な開きがあるのよ。そして、わたしはその最新型。旧世代を嬲って調子乗ってる馬鹿にやられるはずがねーんだよ」
「ぐ……」
「さて、と。不死者に死を――ってね」
「ひ、ひぃ……」
笑みを浮かべながら近づいてくるF08に恐れをなした長は、逃げようとして足を滑らせ、無様に壇上から転げ落ちた。月の光で、その全
身が露になる。
長――数百年の時を経てきた支配者の容姿は、ほんの十歳ほどの子どもであった。
「あらかわいい」
恐怖に震える少年の顔を、F08は優しく撫でた。そして、
「でも死ね」
ずぶり、とナイフで心臓を貫いた。
悠久の歳月を生きた怪物が、呆気なく灰に還る――
「あははは。弱っちーの。まるでお話にならなかったわ」
F08は、灰だらけとなった教会の中でころころと笑った。
この村を支配するモントリヒトは斃した。これで自分の任務は、半ば達成されたも同然だ。
まだ生き残っているモントリヒトは大勢いるが、所詮は烏合の衆、敵ではないだろう。
「さあ、後はしらみつぶしに殺せば、この退屈な任務から解放されるのね。倫敦にも帰れる!」
だからF08は上機嫌であった。くるくるとナイフを器用にまわし、鼻歌を歌いながら、教会を後にした。
さらなる殺戮を行うために。モントリヒトを滅ぼすために。
だがF08は知らなかった。
この村にいるのは、モントリヒトだけではないことを。
ヒューリー・フラットライナー。
彼の背景を考えれば、両者の死闘は避けることは出来ないだろう。
折りしも両者は、いかなる運命の悪戯か、炎に誘われる蝶のように、互いに近づきつつあった。
二人が接触を果たすまで、あともう少し――
外には月が煌々と輝き、夜の世界を照らしている。あてがわれた部屋で、ヒューリーとピーベリーはすでに床についていた。
部屋の中には物音一つ無い。二人ともよく眠っているようだ。それを見計らって……一つの影が、部屋の中に入り込んだ。
暗闇が全身を覆っているため、何者かは判別できない。
その忍び寄る影は、足音を立てないよう慎重にベットに近づき、ピーベリーの顔を覗き込んだ。
よく眠っている。若く、しなやかな身体つきだ。
とても美味そうだ。
そして影は、ピーベリーの首筋に顔を近づけ、口を開き、鋭く尖った牙を突き立てようと……
「ぎゃっ」
牙が皮膚に触れる寸前、影はそんな悲鳴を上げながら、身をよじらせた。見れば、影のこめかみに無骨なナイフが
突き刺さっていた。苦痛に身もだえ、影は床を転がりまわる。必死の思いでナイフを引き抜いた影は、自分を見据える
視線に気がついた。
「ピーベリーの言ったとおりだな」
影の前には、眠っているはずのもう一人の客――ヒューリーが、凄まじい形相で睨みつけていた。
「襲われる可能性があるなら、俺達が寝静まった後。だから俺達は、交代で見張っていたのさ。
お前はまんまと罠に嵌ったってことだ」
そういいながらヒューリーは、もう一本ナイフを取り出し、口にくわえる。それが、彼の戦闘における基本スタイル。
窓辺から差し込む月の光が、影を隠していた闇のベールを剥ぎ取る。
影の正体は、宿の主人である老婆だった。眼球を真っ赤に充血させ、しわだらけの顔には、騙されたことと痛みによる怒りで
鬼気迫る表情が浮かんでいた。
「よくも、騙してくれたなッ!」
気が狂うほどの怒りを放ちながら、老婆は吼えた。
変異が始まった。
老婆の背から翼が生え出し、爪が針のように鋭く伸び、肉が膨れ上がり体格が一回りほど大きくなる。
ずしん、と巨大な足で床を踏みしめた。
小柄な老婆は、怪物への変身を果たしていた。
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
野獣のような叫びが、宿全体を揺さぶった。怪物と化した老婆はヒューリーに飛び掛った。
鋭く伸ばした爪で、心臓を一突きにするつもりだ。
ヒューリーは動じなかった。老婆の動きをとらえ、爪の一撃をかわす。
派手な音を立てて、老婆の一撃を受けたベットが、粉々に吹き飛んだ。
恐るべき怪力だ。しかし大振りであったので、冷静に見切れば、それほど脅威ではない。
ヒューリーは振るわれる爪を回避しながら老婆の懐に入り込み、その厚い胸板にナイフを突き立てた。
人造人間の膂力で、根元まで強引に押し込む。切っ先は心臓に達していた。
老婆はもがき苦しみ、爛々と紅く光る瞳をヒューリーに向けた。
そしてよろめきながら窓に近づき、月に手を延ばしながら――その全身を灰に変えた。
戦いを制したヒューリーは、ナイフをおさめた。すでにピーベリーも眠りから醒めており、煙草をふかしながら
老婆の成れの果て――床に積もった灰の山を調べていた。
ピーベリーは人造人間の研究者だ。珍しいタイプの人造人間に遭遇したことで、好奇心を刺激されているのかもしれない。
「まさかこんな寂びた村に、人造人間がいるなんてな」
「いや、こいつは人造人間ではない」
灰を摘みながら、ピーベリーが言った。
「電極がない。限界を迎えた人造細胞が灰に還る現象もあるが、電極が見当たらないとなると。おそらくこいつは吸血鬼だろう」
「吸血鬼だと?」
「闇に生きる生物は、人造人間だけではない。いい機会だから覚えておけ。奴らは人間から血を吸って仲間を増やす。
そこが人造人間よりも厄介なところだ。一度吸血鬼に転化した者があらわれれば、疫病のように蔓延する。
身体能力は人造人間と同じ、あるいは凌駕するのだから、鬱陶しいことこの上ない。だが、強大な力に比して、弱点が多い。
日の光、銀、流水、白木の杭……など様々だ。もっともこれは血統ごとに異なるらしく、太陽の下で生活できるものもいれば、銀などの
武器が効かないものもいるらしい。唯一共通している、そして絶対のルールは、心臓を破壊すれば吸血鬼は灰に還る、ということだ」
「なるほどな。まったく、厄介な怪物は人造人間だけにしてほし――」
その時、ヒューリーは、気づいた。自分達に向けられている殺気の存在に。
窓の外を見る。
宿の向かいの家の屋根に、誰かいる。そいつは、こちらに笑いかけていた。
不意に、そいつの姿が掻き消えたように――普通の人間の目には見えただろう。
だが人造人間であるヒューリーの目には、そいつが強く屋根を蹴り、飛び上がった光景が見えていた。
助走なしの飛翔。だがそいつは弾丸の如く、真っ直ぐにこちらに向かってくる!
「ッ! ピーベリー!」
派手な音を立てて、窓が割れた。先ほどまで窓の外からこちらを見ていた人間が、突然部屋の中に飛び込んできたのだ。
侵入者はにぃと嗤い、ピーベリーに向かい爪を振るった。
驚きで咄嗟に動けない彼女の手を、強引にヒューリーは引っ張った。侵入者の凶刃は空しく空を切った。
奇襲に失敗した侵入者は、舌打ちしつつ二人から距離をとる。
瞳を紅く輝かせている――こいつも吸血鬼か。
吸血鬼の容赦ない連撃がヒューリーを襲った。目にも留まらない速度で打ち出される、鋭く尖った爪の一撃。
「チッ!」
ピーベリーを後ろにかばいながら、吸血鬼を迎え撃つ。爪とナイフが、激しく火花を散らす。
だが勝負は呆気なく決まった。五合ほど打ち合った後、隙をついたヒューリーの刃が、吸血鬼の胸を貫いた。
短い悲鳴を上げ、吸血鬼は、灰となって滅びた。
「……まだ仲間がいたのか」
「吸血鬼は際限なく増えるからな。人造人間がいないとなると、この村に来て最初に感じたあの墓所のような気配は、おそらく……」
ヒューリーは、墓穴から響くような、陰気で、不気味な唸り声を聞いた。
死んだような雰囲気を纏っていた村が、いま覚醒しつつあった。
昼間は人っ子一人いなかった道に、たくさんの人影がいた。そいつらは、皆一様に瞳を紅く光らせ、不気味な唸り声を上げていた。
幽鬼のように、あるいは死体のように、人間のかたちをしたなにかが、宿の周辺に集まりだしていた。
「どうやら私たちは、奴らの巣に入り込んでしまったようだな」
ピーベリーの口からその言葉が発せられると同時に、突然ドアが破られた。
その向こうには二人の吸血鬼が立っていた。歓喜の唸り声を上げて、襲い掛かる。
だがヒューリーの敵ではなかった。一人がナイフを心臓に突き刺され灰になり、もう一人は頭を握りつぶされ、
身動きできなくなった後に止めを刺された。
ヒューリーは苦々しく表情を歪めた。すでに宿のまわりは囲まれている。まだまだ増える可能性が高い。
敵はそれほど強くはないとはいえ、数が多い。まともにぶつかるのは危険だ。
これ以上数が増える前に、敵の包囲網を突破し、逃げるのが最善の策だろう。
「俺が切り込んで、奴らの隙を作る。その隙をついて一気に突破するぞ。ついてこれるか」
「当然だ」
すでにピーベリーは武装を完了していた。
彼女は巨大な注射器のような武器を持っていた。ワイス卿との戦いでも使っていたものだ。
その武器は槍のように敵の身体に突き刺し、先端から薬物を注入し、人造人間の体組織を破壊せしめるものだった。
人造人間には絶大な効果を発揮したが、吸血鬼にどれほど有効かわからない。が、ないよりはましだろう。
「よし、いくぞ!」
ヒューリーとピーベリーが吸血鬼の群れ相手に死闘を開始してから、しばらくたった頃。
「てこずっているようじゃな」
「もうしわけありません。ですが、時間の問題でしょう。少々腕が立つようですが、所詮は人間。
我らモントリヒトの敵ではありません」
村の外れにある教会。そこは、吸血鬼の本拠地であった。普通の吸血鬼ならば神性にあてられ滅びる
はずだったのだが、モントリヒトの血統には信仰による弱点は存在しない。十字架も、聖餅も、効果はない。
だから吸血鬼でありながら教会に居座るという、涜神的な行為もできたのである。
その闇の教会の中で、モントリヒト達が会議をしていた。
牧師の立つ壇上には、この村のすべてのモントリヒトを纏める長が立ち、その脇を上位のモントリヒトが固めていた。
久しぶりに餌があらわれたこと、その餌が抵抗していること、などを長に報告していた。
その報告に、長は悠然とした態度を以って答えた。長は数百年の時を生きた長生者(エルダー)であった。
この程度の混乱など、問題にもしていないのであろう。
「まあいい。今は夜、しかも月もでている。お前達のいうように、すぐに片がつくじゃろう。
食餌は皆で分けることを徹底させるのじゃぞ」
「は」
長の言葉に、平伏するモントリヒト達。彼らはかつて、倫敦で猛威を振るっていたが、<装甲戦闘死体>の出現により、
この辺境にまで逃げることを余儀なくされた一族であった。
手ごろな村を見つけた彼らは、元々の住人だった人間をすべて吸血鬼に転化させ、自分らの隠れ蓑に仕立て上げた。
そして<装甲戦闘死体>の脅威から逃れるために世俗との交流を一切絶ち、ほそぼそと生き繋いでいた。
だが、それはモントリヒトとしての生き方を否定するものだった。
これまでモントリヒトは、夜の世界で支配者として君臨していた。
人間は家畜に過ぎなかったし、好きなだけ殺し、好きなだけ糧にしてきた。
だが、<装甲戦闘死体>の出現で、自分らは支配者の座から引き摺り下ろされた。
長は密かに嘆息した。いまの自分らのありように、疑問を抱いていた。
天敵の襲撃に怯え、身を隠すしかない生き方。
食餌すら満足に出来ず、常に飢餓に苛まれる。
迷い込んだ旅人を襲うときには、ああいう風に、獣と変わりない行動を取るまでに、自分らは堕した。
……昔はこうではなかった。
……モントリヒトの誇りは失われてしまったのか。
在りし日の栄光を思いを馳せ今を嘆いていたその時、教会の外から騒々しい音が聞こえてきた。
馬車の音だ。相当な速度で走っているらしく、その音はどんどん近づいてくる。
そして、轟音とともに、馬車が教会の壁を突き破って、モントリヒト達の前に出現した。
「な、なんだ!?」
教会の机や椅子を派手に吹き飛ばしながら、馬車は止った。そして、馬車の中から、小さな人影が姿を現した。カールした美しい金髪。
透き通るような紅い瞳。良家のお嬢様が着るような純白のドレスに、赤いリボン。
「こんばんわ。死ぬにはいい夜ね、モントリヒトども」
<装甲戦闘死体>、F08であった。
「まさか……!」
「そうよ。あなた達を滅ぼす刃、<装甲戦闘死体>が一人、F08よ。あ、名前は覚えなくていいわよ。
どうせあなたたち、すぐ死ぬもの。あなた達の積める善行は速やかに死ぬこと。だからちゃっちゃと死ねよカス」
その言葉が発せられると同時に、長の傍に控えていた上位のモントリヒト達が、F08に向かって躍りかかった。ハルバード、メイス、
ツーハンドソードなど、それぞれが得意とする武器を手にし、一瞬にして彼女を取り囲んだ。彼らはかつて、一対多ではあるが<装甲戦闘
死体>の一人を屠った経験もある精鋭だ。いかに<装甲戦闘死体>とはいえ、数で勝るこちらが有利、と長は信じていた。 ……しかし。
「が」
「ぎゃ」
精鋭達は短い悲鳴をあげて、あっけなく灰になり、消滅した。ぽかんと口をあけたまま、長はその光景を見ていた。
「ば、ばかな。こやつらは<装甲戦闘死体>を破壊したこともあるのだぞ。それがこんなにも容易く敗れるなど!」
「ばっかじゃないの。無駄に歳食って脳みそに蛆湧いてんじゃない? 私たちは常に進歩してるの。最新型の<装甲戦闘死体>はね、第一世
代の奴とは遥かに技術的な開きがあるのよ。そして、わたしはその最新型。旧世代を嬲って調子乗ってる馬鹿にやられるはずがねーんだよ」
「ぐ……」
「さて、と。不死者に死を――ってね」
「ひ、ひぃ……」
笑みを浮かべながら近づいてくるF08に恐れをなした長は、逃げようとして足を滑らせ、無様に壇上から転げ落ちた。月の光で、その全
身が露になる。
長――数百年の時を経てきた支配者の容姿は、ほんの十歳ほどの子どもであった。
「あらかわいい」
恐怖に震える少年の顔を、F08は優しく撫でた。そして、
「でも死ね」
ずぶり、とナイフで心臓を貫いた。
悠久の歳月を生きた怪物が、呆気なく灰に還る――
「あははは。弱っちーの。まるでお話にならなかったわ」
F08は、灰だらけとなった教会の中でころころと笑った。
この村を支配するモントリヒトは斃した。これで自分の任務は、半ば達成されたも同然だ。
まだ生き残っているモントリヒトは大勢いるが、所詮は烏合の衆、敵ではないだろう。
「さあ、後はしらみつぶしに殺せば、この退屈な任務から解放されるのね。倫敦にも帰れる!」
だからF08は上機嫌であった。くるくるとナイフを器用にまわし、鼻歌を歌いながら、教会を後にした。
さらなる殺戮を行うために。モントリヒトを滅ぼすために。
だがF08は知らなかった。
この村にいるのは、モントリヒトだけではないことを。
ヒューリー・フラットライナー。
彼の背景を考えれば、両者の死闘は避けることは出来ないだろう。
折りしも両者は、いかなる運命の悪戯か、炎に誘われる蝶のように、互いに近づきつつあった。
二人が接触を果たすまで、あともう少し――
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