外には月が煌々と輝き、夜の世界を照らしている。あてがわれた部屋で、ヒューリーとピーベリーはすでに床についていた。
部屋の中には物音一つ無い。二人ともよく眠っているようだ。それを見計らって……一つの影が、部屋の中に入り込んだ。
暗闇が全身を覆っているため、何者かは判別できない。
その忍び寄る影は、足音を立てないよう慎重にベットに近づき、ピーベリーの顔を覗き込んだ。
よく眠っている。若く、しなやかな身体つきだ。
とても美味そうだ。
そして影は、ピーベリーの首筋に顔を近づけ、口を開き、鋭く尖った牙を突き立てようと……
「ぎゃっ」
牙が皮膚に触れる寸前、影はそんな悲鳴を上げながら、身をよじらせた。見れば、影のこめかみに無骨なナイフが
突き刺さっていた。苦痛に身もだえ、影は床を転がりまわる。必死の思いでナイフを引き抜いた影は、自分を見据える
視線に気がついた。
「ピーベリーの言ったとおりだな」
影の前には、眠っているはずのもう一人の客――ヒューリーが、凄まじい形相で睨みつけていた。
「襲われる可能性があるなら、俺達が寝静まった後。だから俺達は、交代で見張っていたのさ。
お前はまんまと罠に嵌ったってことだ」
そういいながらヒューリーは、もう一本ナイフを取り出し、口にくわえる。それが、彼の戦闘における基本スタイル。
窓辺から差し込む月の光が、影を隠していた闇のベールを剥ぎ取る。
影の正体は、宿の主人である老婆だった。眼球を真っ赤に充血させ、しわだらけの顔には、騙されたことと痛みによる怒りで
鬼気迫る表情が浮かんでいた。
「よくも、騙してくれたなッ!」
気が狂うほどの怒りを放ちながら、老婆は吼えた。
変異が始まった。
老婆の背から翼が生え出し、爪が針のように鋭く伸び、肉が膨れ上がり体格が一回りほど大きくなる。
ずしん、と巨大な足で床を踏みしめた。
小柄な老婆は、怪物への変身を果たしていた。
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
野獣のような叫びが、宿全体を揺さぶった。怪物と化した老婆はヒューリーに飛び掛った。
鋭く伸ばした爪で、心臓を一突きにするつもりだ。
ヒューリーは動じなかった。老婆の動きをとらえ、爪の一撃をかわす。
派手な音を立てて、老婆の一撃を受けたベットが、粉々に吹き飛んだ。
恐るべき怪力だ。しかし大振りであったので、冷静に見切れば、それほど脅威ではない。
ヒューリーは振るわれる爪を回避しながら老婆の懐に入り込み、その厚い胸板にナイフを突き立てた。
人造人間の膂力で、根元まで強引に押し込む。切っ先は心臓に達していた。
老婆はもがき苦しみ、爛々と紅く光る瞳をヒューリーに向けた。
そしてよろめきながら窓に近づき、月に手を延ばしながら――その全身を灰に変えた。
部屋の中には物音一つ無い。二人ともよく眠っているようだ。それを見計らって……一つの影が、部屋の中に入り込んだ。
暗闇が全身を覆っているため、何者かは判別できない。
その忍び寄る影は、足音を立てないよう慎重にベットに近づき、ピーベリーの顔を覗き込んだ。
よく眠っている。若く、しなやかな身体つきだ。
とても美味そうだ。
そして影は、ピーベリーの首筋に顔を近づけ、口を開き、鋭く尖った牙を突き立てようと……
「ぎゃっ」
牙が皮膚に触れる寸前、影はそんな悲鳴を上げながら、身をよじらせた。見れば、影のこめかみに無骨なナイフが
突き刺さっていた。苦痛に身もだえ、影は床を転がりまわる。必死の思いでナイフを引き抜いた影は、自分を見据える
視線に気がついた。
「ピーベリーの言ったとおりだな」
影の前には、眠っているはずのもう一人の客――ヒューリーが、凄まじい形相で睨みつけていた。
「襲われる可能性があるなら、俺達が寝静まった後。だから俺達は、交代で見張っていたのさ。
お前はまんまと罠に嵌ったってことだ」
そういいながらヒューリーは、もう一本ナイフを取り出し、口にくわえる。それが、彼の戦闘における基本スタイル。
窓辺から差し込む月の光が、影を隠していた闇のベールを剥ぎ取る。
影の正体は、宿の主人である老婆だった。眼球を真っ赤に充血させ、しわだらけの顔には、騙されたことと痛みによる怒りで
鬼気迫る表情が浮かんでいた。
「よくも、騙してくれたなッ!」
気が狂うほどの怒りを放ちながら、老婆は吼えた。
変異が始まった。
老婆の背から翼が生え出し、爪が針のように鋭く伸び、肉が膨れ上がり体格が一回りほど大きくなる。
ずしん、と巨大な足で床を踏みしめた。
小柄な老婆は、怪物への変身を果たしていた。
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
野獣のような叫びが、宿全体を揺さぶった。怪物と化した老婆はヒューリーに飛び掛った。
鋭く伸ばした爪で、心臓を一突きにするつもりだ。
ヒューリーは動じなかった。老婆の動きをとらえ、爪の一撃をかわす。
派手な音を立てて、老婆の一撃を受けたベットが、粉々に吹き飛んだ。
恐るべき怪力だ。しかし大振りであったので、冷静に見切れば、それほど脅威ではない。
ヒューリーは振るわれる爪を回避しながら老婆の懐に入り込み、その厚い胸板にナイフを突き立てた。
人造人間の膂力で、根元まで強引に押し込む。切っ先は心臓に達していた。
老婆はもがき苦しみ、爛々と紅く光る瞳をヒューリーに向けた。
そしてよろめきながら窓に近づき、月に手を延ばしながら――その全身を灰に変えた。
戦いを制したヒューリーは、ナイフをおさめた。すでにピーベリーも眠りから醒めており、煙草をふかしながら
老婆の成れの果て――床に積もった灰の山を調べていた。
ピーベリーは人造人間の研究者だ。珍しいタイプの人造人間に遭遇したことで、好奇心を刺激されているのかもしれない。
「まさかこんな寂びた村に、人造人間がいるなんてな」
「いや、こいつは人造人間ではない」
灰を摘みながら、ピーベリーが言った。
「電極がない。限界を迎えた人造細胞が灰に還る現象もあるが、電極が見当たらないとなると。おそらくこいつは吸血鬼だろう」
「吸血鬼だと?」
「闇に生きる生物は、人造人間だけではない。いい機会だから覚えておけ。奴らは人間から血を吸って仲間を増やす。
そこが人造人間よりも厄介なところだ。一度吸血鬼に転化した者があらわれれば、疫病のように蔓延する。
身体能力は人造人間と同じ、あるいは凌駕するのだから、鬱陶しいことこの上ない。だが、強大な力に比して、弱点が多い。
日の光、銀、流水、白木の杭……など様々だ。もっともこれは血統ごとに異なるらしく、太陽の下で生活できるものもいれば、銀などの
武器が効かないものもいるらしい。唯一共通している、そして絶対のルールは、心臓を破壊すれば吸血鬼は灰に還る、ということだ」
「なるほどな。まったく、厄介な怪物は人造人間だけにしてほし――」
その時、ヒューリーは、気づいた。自分達に向けられている殺気の存在に。
窓の外を見る。
宿の向かいの家の屋根に、誰かいる。そいつは、こちらに笑いかけていた。
不意に、そいつの姿が掻き消えたように――普通の人間の目には見えただろう。
だが人造人間であるヒューリーの目には、そいつが強く屋根を蹴り、飛び上がった光景が見えていた。
助走なしの飛翔。だがそいつは弾丸の如く、真っ直ぐにこちらに向かってくる!
「ッ! ピーベリー!」
派手な音を立てて、窓が割れた。先ほどまで窓の外からこちらを見ていた人間が、突然部屋の中に飛び込んできたのだ。
侵入者はにぃと嗤い、ピーベリーに向かい爪を振るった。
驚きで咄嗟に動けない彼女の手を、強引にヒューリーは引っ張った。侵入者の凶刃は空しく空を切った。
奇襲に失敗した侵入者は、舌打ちしつつ二人から距離をとる。
瞳を紅く輝かせている――こいつも吸血鬼か。
吸血鬼の容赦ない連撃がヒューリーを襲った。目にも留まらない速度で打ち出される、鋭く尖った爪の一撃。
「チッ!」
ピーベリーを後ろにかばいながら、吸血鬼を迎え撃つ。爪とナイフが、激しく火花を散らす。
だが勝負は呆気なく決まった。五合ほど打ち合った後、隙をついたヒューリーの刃が、吸血鬼の胸を貫いた。
短い悲鳴を上げ、吸血鬼は、灰となって滅びた。
「……まだ仲間がいたのか」
「吸血鬼は際限なく増えるからな。人造人間がいないとなると、この村に来て最初に感じたあの墓所のような気配は、おそらく……」
ヒューリーは、墓穴から響くような、陰気で、不気味な唸り声を聞いた。
死んだような雰囲気を纏っていた村が、いま覚醒しつつあった。
昼間は人っ子一人いなかった道に、たくさんの人影がいた。そいつらは、皆一様に瞳を紅く光らせ、不気味な唸り声を上げていた。
幽鬼のように、あるいは死体のように、人間のかたちをしたなにかが、宿の周辺に集まりだしていた。
「どうやら私たちは、奴らの巣に入り込んでしまったようだな」
ピーベリーの口からその言葉が発せられると同時に、突然ドアが破られた。
その向こうには二人の吸血鬼が立っていた。歓喜の唸り声を上げて、襲い掛かる。
だがヒューリーの敵ではなかった。一人がナイフを心臓に突き刺され灰になり、もう一人は頭を握りつぶされ、
身動きできなくなった後に止めを刺された。
ヒューリーは苦々しく表情を歪めた。すでに宿のまわりは囲まれている。まだまだ増える可能性が高い。
敵はそれほど強くはないとはいえ、数が多い。まともにぶつかるのは危険だ。
これ以上数が増える前に、敵の包囲網を突破し、逃げるのが最善の策だろう。
「俺が切り込んで、奴らの隙を作る。その隙をついて一気に突破するぞ。ついてこれるか」
「当然だ」
すでにピーベリーは武装を完了していた。
彼女は巨大な注射器のような武器を持っていた。ワイス卿との戦いでも使っていたものだ。
その武器は槍のように敵の身体に突き刺し、先端から薬物を注入し、人造人間の体組織を破壊せしめるものだった。
人造人間には絶大な効果を発揮したが、吸血鬼にどれほど有効かわからない。が、ないよりはましだろう。
「よし、いくぞ!」
老婆の成れの果て――床に積もった灰の山を調べていた。
ピーベリーは人造人間の研究者だ。珍しいタイプの人造人間に遭遇したことで、好奇心を刺激されているのかもしれない。
「まさかこんな寂びた村に、人造人間がいるなんてな」
「いや、こいつは人造人間ではない」
灰を摘みながら、ピーベリーが言った。
「電極がない。限界を迎えた人造細胞が灰に還る現象もあるが、電極が見当たらないとなると。おそらくこいつは吸血鬼だろう」
「吸血鬼だと?」
「闇に生きる生物は、人造人間だけではない。いい機会だから覚えておけ。奴らは人間から血を吸って仲間を増やす。
そこが人造人間よりも厄介なところだ。一度吸血鬼に転化した者があらわれれば、疫病のように蔓延する。
身体能力は人造人間と同じ、あるいは凌駕するのだから、鬱陶しいことこの上ない。だが、強大な力に比して、弱点が多い。
日の光、銀、流水、白木の杭……など様々だ。もっともこれは血統ごとに異なるらしく、太陽の下で生活できるものもいれば、銀などの
武器が効かないものもいるらしい。唯一共通している、そして絶対のルールは、心臓を破壊すれば吸血鬼は灰に還る、ということだ」
「なるほどな。まったく、厄介な怪物は人造人間だけにしてほし――」
その時、ヒューリーは、気づいた。自分達に向けられている殺気の存在に。
窓の外を見る。
宿の向かいの家の屋根に、誰かいる。そいつは、こちらに笑いかけていた。
不意に、そいつの姿が掻き消えたように――普通の人間の目には見えただろう。
だが人造人間であるヒューリーの目には、そいつが強く屋根を蹴り、飛び上がった光景が見えていた。
助走なしの飛翔。だがそいつは弾丸の如く、真っ直ぐにこちらに向かってくる!
「ッ! ピーベリー!」
派手な音を立てて、窓が割れた。先ほどまで窓の外からこちらを見ていた人間が、突然部屋の中に飛び込んできたのだ。
侵入者はにぃと嗤い、ピーベリーに向かい爪を振るった。
驚きで咄嗟に動けない彼女の手を、強引にヒューリーは引っ張った。侵入者の凶刃は空しく空を切った。
奇襲に失敗した侵入者は、舌打ちしつつ二人から距離をとる。
瞳を紅く輝かせている――こいつも吸血鬼か。
吸血鬼の容赦ない連撃がヒューリーを襲った。目にも留まらない速度で打ち出される、鋭く尖った爪の一撃。
「チッ!」
ピーベリーを後ろにかばいながら、吸血鬼を迎え撃つ。爪とナイフが、激しく火花を散らす。
だが勝負は呆気なく決まった。五合ほど打ち合った後、隙をついたヒューリーの刃が、吸血鬼の胸を貫いた。
短い悲鳴を上げ、吸血鬼は、灰となって滅びた。
「……まだ仲間がいたのか」
「吸血鬼は際限なく増えるからな。人造人間がいないとなると、この村に来て最初に感じたあの墓所のような気配は、おそらく……」
ヒューリーは、墓穴から響くような、陰気で、不気味な唸り声を聞いた。
死んだような雰囲気を纏っていた村が、いま覚醒しつつあった。
昼間は人っ子一人いなかった道に、たくさんの人影がいた。そいつらは、皆一様に瞳を紅く光らせ、不気味な唸り声を上げていた。
幽鬼のように、あるいは死体のように、人間のかたちをしたなにかが、宿の周辺に集まりだしていた。
「どうやら私たちは、奴らの巣に入り込んでしまったようだな」
ピーベリーの口からその言葉が発せられると同時に、突然ドアが破られた。
その向こうには二人の吸血鬼が立っていた。歓喜の唸り声を上げて、襲い掛かる。
だがヒューリーの敵ではなかった。一人がナイフを心臓に突き刺され灰になり、もう一人は頭を握りつぶされ、
身動きできなくなった後に止めを刺された。
ヒューリーは苦々しく表情を歪めた。すでに宿のまわりは囲まれている。まだまだ増える可能性が高い。
敵はそれほど強くはないとはいえ、数が多い。まともにぶつかるのは危険だ。
これ以上数が増える前に、敵の包囲網を突破し、逃げるのが最善の策だろう。
「俺が切り込んで、奴らの隙を作る。その隙をついて一気に突破するぞ。ついてこれるか」
「当然だ」
すでにピーベリーは武装を完了していた。
彼女は巨大な注射器のような武器を持っていた。ワイス卿との戦いでも使っていたものだ。
その武器は槍のように敵の身体に突き刺し、先端から薬物を注入し、人造人間の体組織を破壊せしめるものだった。
人造人間には絶大な効果を発揮したが、吸血鬼にどれほど有効かわからない。が、ないよりはましだろう。
「よし、いくぞ!」
ヒューリーとピーベリーが吸血鬼の群れ相手に死闘を開始してから、しばらくたった頃。
「てこずっているようじゃな」
「もうしわけありません。ですが、時間の問題でしょう。少々腕が立つようですが、所詮は人間。
我らモントリヒトの敵ではありません」
村の外れにある教会。そこは、吸血鬼の本拠地であった。普通の吸血鬼ならば神性にあてられ滅びる
はずだったのだが、モントリヒトの血統には信仰による弱点は存在しない。十字架も、聖餅も、効果はない。
だから吸血鬼でありながら教会に居座るという、涜神的な行為もできたのである。
その闇の教会の中で、モントリヒト達が会議をしていた。
牧師の立つ壇上には、この村のすべてのモントリヒトを纏める長が立ち、その脇を上位のモントリヒトが固めていた。
久しぶりに餌があらわれたこと、その餌が抵抗していること、などを長に報告していた。
その報告に、長は悠然とした態度を以って答えた。長は数百年の時を生きた長生者(エルダー)であった。
この程度の混乱など、問題にもしていないのであろう。
「まあいい。今は夜、しかも月もでている。お前達のいうように、すぐに片がつくじゃろう。
食餌は皆で分けることを徹底させるのじゃぞ」
「は」
長の言葉に、平伏するモントリヒト達。彼らはかつて、倫敦で猛威を振るっていたが、<装甲戦闘死体>の出現により、
この辺境にまで逃げることを余儀なくされた一族であった。
手ごろな村を見つけた彼らは、元々の住人だった人間をすべて吸血鬼に転化させ、自分らの隠れ蓑に仕立て上げた。
そして<装甲戦闘死体>の脅威から逃れるために世俗との交流を一切絶ち、ほそぼそと生き繋いでいた。
だが、それはモントリヒトとしての生き方を否定するものだった。
これまでモントリヒトは、夜の世界で支配者として君臨していた。
人間は家畜に過ぎなかったし、好きなだけ殺し、好きなだけ糧にしてきた。
だが、<装甲戦闘死体>の出現で、自分らは支配者の座から引き摺り下ろされた。
長は密かに嘆息した。いまの自分らのありように、疑問を抱いていた。
天敵の襲撃に怯え、身を隠すしかない生き方。
食餌すら満足に出来ず、常に飢餓に苛まれる。
迷い込んだ旅人を襲うときには、ああいう風に、獣と変わりない行動を取るまでに、自分らは堕した。
……昔はこうではなかった。
……モントリヒトの誇りは失われてしまったのか。
在りし日の栄光を思いを馳せ今を嘆いていたその時、教会の外から騒々しい音が聞こえてきた。
馬車の音だ。相当な速度で走っているらしく、その音はどんどん近づいてくる。
そして、轟音とともに、馬車が教会の壁を突き破って、モントリヒト達の前に出現した。
「な、なんだ!?」
教会の机や椅子を派手に吹き飛ばしながら、馬車は止った。そして、馬車の中から、小さな人影が姿を現した。カールした美しい金髪。
透き通るような紅い瞳。良家のお嬢様が着るような純白のドレスに、赤いリボン。
「こんばんわ。死ぬにはいい夜ね、モントリヒトども」
<装甲戦闘死体>、F08であった。
「まさか……!」
「そうよ。あなた達を滅ぼす刃、<装甲戦闘死体>が一人、F08よ。あ、名前は覚えなくていいわよ。
どうせあなたたち、すぐ死ぬもの。あなた達の積める善行は速やかに死ぬこと。だからちゃっちゃと死ねよカス」
その言葉が発せられると同時に、長の傍に控えていた上位のモントリヒト達が、F08に向かって躍りかかった。ハルバード、メイス、
ツーハンドソードなど、それぞれが得意とする武器を手にし、一瞬にして彼女を取り囲んだ。彼らはかつて、一対多ではあるが<装甲戦闘
死体>の一人を屠った経験もある精鋭だ。いかに<装甲戦闘死体>とはいえ、数で勝るこちらが有利、と長は信じていた。 ……しかし。
「が」
「ぎゃ」
精鋭達は短い悲鳴をあげて、あっけなく灰になり、消滅した。ぽかんと口をあけたまま、長はその光景を見ていた。
「ば、ばかな。こやつらは<装甲戦闘死体>を破壊したこともあるのだぞ。それがこんなにも容易く敗れるなど!」
「ばっかじゃないの。無駄に歳食って脳みそに蛆湧いてんじゃない? 私たちは常に進歩してるの。最新型の<装甲戦闘死体>はね、第一世
代の奴とは遥かに技術的な開きがあるのよ。そして、わたしはその最新型。旧世代を嬲って調子乗ってる馬鹿にやられるはずがねーんだよ」
「ぐ……」
「さて、と。不死者に死を――ってね」
「ひ、ひぃ……」
笑みを浮かべながら近づいてくるF08に恐れをなした長は、逃げようとして足を滑らせ、無様に壇上から転げ落ちた。月の光で、その全
身が露になる。
長――数百年の時を経てきた支配者の容姿は、ほんの十歳ほどの子どもであった。
「あらかわいい」
恐怖に震える少年の顔を、F08は優しく撫でた。そして、
「でも死ね」
ずぶり、とナイフで心臓を貫いた。
悠久の歳月を生きた怪物が、呆気なく灰に還る――
「てこずっているようじゃな」
「もうしわけありません。ですが、時間の問題でしょう。少々腕が立つようですが、所詮は人間。
我らモントリヒトの敵ではありません」
村の外れにある教会。そこは、吸血鬼の本拠地であった。普通の吸血鬼ならば神性にあてられ滅びる
はずだったのだが、モントリヒトの血統には信仰による弱点は存在しない。十字架も、聖餅も、効果はない。
だから吸血鬼でありながら教会に居座るという、涜神的な行為もできたのである。
その闇の教会の中で、モントリヒト達が会議をしていた。
牧師の立つ壇上には、この村のすべてのモントリヒトを纏める長が立ち、その脇を上位のモントリヒトが固めていた。
久しぶりに餌があらわれたこと、その餌が抵抗していること、などを長に報告していた。
その報告に、長は悠然とした態度を以って答えた。長は数百年の時を生きた長生者(エルダー)であった。
この程度の混乱など、問題にもしていないのであろう。
「まあいい。今は夜、しかも月もでている。お前達のいうように、すぐに片がつくじゃろう。
食餌は皆で分けることを徹底させるのじゃぞ」
「は」
長の言葉に、平伏するモントリヒト達。彼らはかつて、倫敦で猛威を振るっていたが、<装甲戦闘死体>の出現により、
この辺境にまで逃げることを余儀なくされた一族であった。
手ごろな村を見つけた彼らは、元々の住人だった人間をすべて吸血鬼に転化させ、自分らの隠れ蓑に仕立て上げた。
そして<装甲戦闘死体>の脅威から逃れるために世俗との交流を一切絶ち、ほそぼそと生き繋いでいた。
だが、それはモントリヒトとしての生き方を否定するものだった。
これまでモントリヒトは、夜の世界で支配者として君臨していた。
人間は家畜に過ぎなかったし、好きなだけ殺し、好きなだけ糧にしてきた。
だが、<装甲戦闘死体>の出現で、自分らは支配者の座から引き摺り下ろされた。
長は密かに嘆息した。いまの自分らのありように、疑問を抱いていた。
天敵の襲撃に怯え、身を隠すしかない生き方。
食餌すら満足に出来ず、常に飢餓に苛まれる。
迷い込んだ旅人を襲うときには、ああいう風に、獣と変わりない行動を取るまでに、自分らは堕した。
……昔はこうではなかった。
……モントリヒトの誇りは失われてしまったのか。
在りし日の栄光を思いを馳せ今を嘆いていたその時、教会の外から騒々しい音が聞こえてきた。
馬車の音だ。相当な速度で走っているらしく、その音はどんどん近づいてくる。
そして、轟音とともに、馬車が教会の壁を突き破って、モントリヒト達の前に出現した。
「な、なんだ!?」
教会の机や椅子を派手に吹き飛ばしながら、馬車は止った。そして、馬車の中から、小さな人影が姿を現した。カールした美しい金髪。
透き通るような紅い瞳。良家のお嬢様が着るような純白のドレスに、赤いリボン。
「こんばんわ。死ぬにはいい夜ね、モントリヒトども」
<装甲戦闘死体>、F08であった。
「まさか……!」
「そうよ。あなた達を滅ぼす刃、<装甲戦闘死体>が一人、F08よ。あ、名前は覚えなくていいわよ。
どうせあなたたち、すぐ死ぬもの。あなた達の積める善行は速やかに死ぬこと。だからちゃっちゃと死ねよカス」
その言葉が発せられると同時に、長の傍に控えていた上位のモントリヒト達が、F08に向かって躍りかかった。ハルバード、メイス、
ツーハンドソードなど、それぞれが得意とする武器を手にし、一瞬にして彼女を取り囲んだ。彼らはかつて、一対多ではあるが<装甲戦闘
死体>の一人を屠った経験もある精鋭だ。いかに<装甲戦闘死体>とはいえ、数で勝るこちらが有利、と長は信じていた。 ……しかし。
「が」
「ぎゃ」
精鋭達は短い悲鳴をあげて、あっけなく灰になり、消滅した。ぽかんと口をあけたまま、長はその光景を見ていた。
「ば、ばかな。こやつらは<装甲戦闘死体>を破壊したこともあるのだぞ。それがこんなにも容易く敗れるなど!」
「ばっかじゃないの。無駄に歳食って脳みそに蛆湧いてんじゃない? 私たちは常に進歩してるの。最新型の<装甲戦闘死体>はね、第一世
代の奴とは遥かに技術的な開きがあるのよ。そして、わたしはその最新型。旧世代を嬲って調子乗ってる馬鹿にやられるはずがねーんだよ」
「ぐ……」
「さて、と。不死者に死を――ってね」
「ひ、ひぃ……」
笑みを浮かべながら近づいてくるF08に恐れをなした長は、逃げようとして足を滑らせ、無様に壇上から転げ落ちた。月の光で、その全
身が露になる。
長――数百年の時を経てきた支配者の容姿は、ほんの十歳ほどの子どもであった。
「あらかわいい」
恐怖に震える少年の顔を、F08は優しく撫でた。そして、
「でも死ね」
ずぶり、とナイフで心臓を貫いた。
悠久の歳月を生きた怪物が、呆気なく灰に還る――
「あははは。弱っちーの。まるでお話にならなかったわ」
F08は、灰だらけとなった教会の中でころころと笑った。
この村を支配するモントリヒトは斃した。これで自分の任務は、半ば達成されたも同然だ。
まだ生き残っているモントリヒトは大勢いるが、所詮は烏合の衆、敵ではないだろう。
「さあ、後はしらみつぶしに殺せば、この退屈な任務から解放されるのね。倫敦にも帰れる!」
だからF08は上機嫌であった。くるくるとナイフを器用にまわし、鼻歌を歌いながら、教会を後にした。
さらなる殺戮を行うために。モントリヒトを滅ぼすために。
だがF08は知らなかった。
この村にいるのは、モントリヒトだけではないことを。
ヒューリー・フラットライナー。
彼の背景を考えれば、両者の死闘は避けることは出来ないだろう。
折りしも両者は、いかなる運命の悪戯か、炎に誘われる蝶のように、互いに近づきつつあった。
二人が接触を果たすまで、あともう少し――
F08は、灰だらけとなった教会の中でころころと笑った。
この村を支配するモントリヒトは斃した。これで自分の任務は、半ば達成されたも同然だ。
まだ生き残っているモントリヒトは大勢いるが、所詮は烏合の衆、敵ではないだろう。
「さあ、後はしらみつぶしに殺せば、この退屈な任務から解放されるのね。倫敦にも帰れる!」
だからF08は上機嫌であった。くるくるとナイフを器用にまわし、鼻歌を歌いながら、教会を後にした。
さらなる殺戮を行うために。モントリヒトを滅ぼすために。
だがF08は知らなかった。
この村にいるのは、モントリヒトだけではないことを。
ヒューリー・フラットライナー。
彼の背景を考えれば、両者の死闘は避けることは出来ないだろう。
折りしも両者は、いかなる運命の悪戯か、炎に誘われる蝶のように、互いに近づきつつあった。
二人が接触を果たすまで、あともう少し――