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ジョジョの奇妙な冒険第4部―平穏な生活は砕かせない― 第16話 - (2010/03/11 (木) 22:06:34) のソース
ママが清潔感溢れるグラスを手に取り、注がれた水を飲む。 何もおかしな所はない……僕も気にせず水を飲んだ。 「おいしいっ! 水がこんなにおいしいなんて……」 水に体温が移らぬよう指をグラスの脚に移して目を力強く閉じ、よく冷えた水の美味しさに酔いしれる。 確かに美味しい、生まれてこのかた飲んだことがないと言い切れる。 しかし、奇妙な出来事が起きているのに気付いた……。 ママの目蓋に………若干ではあるが『霜』が張り付いていた。 「マ……ママ!? その目………!」 「え? すごく冷たい水だからかしら……目がキンキンに冷えて開かないのよ」 「確かに冷たいが旨い、水道水がこの味になれば市販のミネラルウォーターなんていらないな」 殺人鬼が目を瞑りながら水を飲む、だが奴と僕の目には何もなかった。 ママがゴクゴクと音をたてて水を飲み干すと、目蓋の『霜』は一層広がった。 そんな異常事態にあるというのに、二人は目をつむり水を賛美していた。 「ふぅ、まるでファンタジー映画の女神が住む湖の水とでも言わんばかりの壮麗な味だ」 「カキ氷を一気に食べたような冷たさなのに頭がキンキンしない……それどころか優しさまで感じるわぁ~~!」 何を呑気なことを言っているのか、そんなことよりママの身に起きた異変に気付かないのか。 もはや霜を通り越して凍っている、何故グラス一杯の水で目が凍るのか? どうして僕と殺人鬼には何も起こらないのか? 「当店では料理や飲料用に様々な水を使用しマス。キリマンジャロの雪解け水が好評でしたが生憎入荷待ちでシテ。 今回は数種類の軟水をブレンドしましタ……眼球付近の神経を冷し、目の疲れを癒すと共に乾燥から守りマス」 トニオと名乗る店主が講釈を垂れるがそんなムチャな原理が通る筈がない。 ママを見ると背を伸ばし、あくびをしていた。 氷は涙に解け、目を拭って目蓋に広げると跡形もなく消え去った。 「はっ!? 今まで中々出なかった涙がこんなに……」 それは解けた『霜』の分ではないのかと疑ったが、ママの目からは今も涙が流れている。 まさかドライアイが治ったのだろうか……涙を拭いてからもママの眼球は見違えるほど潤っていた。 少女マンガのようにキラキラと輝く瞳は、近くで見つめれば鏡のようにハッキリと自分の姿が映るだろう。 「食後のコーヒーを飲んで一息ついた後のように頭が冴え渡り、飲み心地の良さは水でありながら水以上だ」 「水にも手を抜かない通の心意気、彼の料理をはやく味わってみたいわ」 二人は何事もなかったかのように店主の出す料理に期待を膨らませている。 見間違いではない、本当にママの目は凍っていた……震える手でグラスを口に運ぶ。 冷水が口内を通ると、複雑に絡み合う別々の味をした水が喉を清めていく。 胃に到達すると爽やかな風が体中を駆け抜けていくようで心地よく、それが涙腺にまで響き渡る。 だが、僕の体には変化がなかった。 見間違いだったのか……僕の網膜にはハッキリとママの目が凍る瞬間が焼きついているのに。 殺人鬼と一緒に暮らす異常な生活で疲れてしまったのだろうか。 そんな心配を余所に、いつの間に厨房へ移っていたのか店主が皿を持って奥から現れた。 「お待たせ致しまシタ、アンティパストは『アンディーヴサラダ』です」 「アンディーヴ?」 ママが聞きなれない料理に、疑問符を頭の上に浮かべながら見つめる。 確かチコリーのことで、フランスか何処かでの名称だ。 チコリーの葉を食べやすい大きさにカットし、スライスされたマッシュルームやリンゴが盛り付けられている。 三角形に切られたチーズと僅かにレモンの香り漂うドレッシングの匂いが食欲をそそる。 ママと殺人鬼が料理にフォークをのばす、また何か起こらないだろうか? 不安になった僕は先に殺人鬼に食べさせて様子を見るべく、ママに話しかけることにした。 「マ……ママ! 目になんか付いてるよ」 「え? やだ、涙と一緒にヤニかなんかでちゃったのかしら……」 ハンカチを取って目を拭う、殺人鬼はそれを気に留めることなくサラダを口に運んだ。 シャキッ、というテレビのCM等で新鮮なリンゴにかじりついた時に聞く音が現実にテーブルに広がる。 どうなるのだろう、殺人鬼の目も凍るのか……それとも別のことが………? 「ふむ、チコリーの苦味がレモンの酸味や甘味と交わって新鮮な野菜の旨みになってるな」 「へぇ……アナタって料理にそんな詳しかったのね」 「いや、前に社内旅行先で食べた料理に感化されてね……でも、なんてことはない普通のサラダさ」 水のおいしさを上回ることはなかったのか、つまらなそうにフォークでリンゴを転がしている。 やはり何も起こらない……奴のいう通り普通のサラダなのだろう。 僕の考えすぎだったのだ、そう思ってチコリーとチーズとリンゴを一遍に突き刺し口に頬張る。 僕は口にフォークくわえたまま、体中の力を失って背もたれに寄りかかった。 「は、早人? どうかしたの!?」 「しのぶ、早人にアレルギーか何かあったか?」 「ふぉいしいっ……ふぉいしすひる………」 「「えっ?」」 ママが僕の口からフォークを引き抜くと同時に体中に沸きあがる活力に身を任せ飛び起きる。 この美味しさをどう伝えたらいい、愛する人へ己の愛が如何ほどか伝えるほどに言葉で語れる物ではない。 とにかく僕の知る言葉の全てを使って叫んだ。 「アンディーヴの青臭さとレモンドレッシングの酸味をブルーチーズの強烈な風味で程よくカバーしている! それを成して尚有り余るチーズの風味が今度はリンゴの甘味をまろやかに引き立てている! 更にチコリーとリンゴの間にチーズを突き立てればチーズを歯に残さず、優しさに満ち溢れた食感だ!」 ママの手からフォークを引ったくり、チコリー、チーズ、リンゴの順に突き立てて口に頬張る。 それを見た奴とママが同じようにしてサラダを口に運ぶ。 「チコリーとリンゴがシャッキリと! チーズが続けてポンと口の中で踊り跳ね回る!」 「しゃっきりポンのリズムに合わせて味が……パーフェクトハーモニーが口の中を飛び跳ねてるぅ―――ッ!」 苦味、臭み、酸味、甘味……ぶつかり合う個性の中に完全な調和を生み出す。 チコリーに合わせる訳でもなく、ドレッシングに合わせる訳でもない。 料理の完成に向かって素材達が全力で個々の力を発揮して誕生する………味。 これ以上に素晴らしいものがこの世にあるだろうか、一種の神聖さすら感じる。 こんな幸福を与えてくれた店主、トニオさんにどう感謝したらいいものか。 サラダを頬張りながら横を見ると、ニコニコと優しい笑顔でこちらを見つめるトニオさんが立っていた。 その笑顔を天使か菩薩かのように見ているとそそくさと床に布を敷き始めた。 そして僕を見てカミソリを片手にこう言うのだ。 「さぁ、こちらへどうぞ」