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ヴィクティム・レッド 45-2 - (2008/02/16 (土) 12:20:42) のソース
「面白くなさそうな顔をしているな、レッド」 そう声が掛けられるのへ、レッドはそちらを向くこともなく窓の外に目をやりながら答えた。 声の主の顔など見たくはなかった。自分と全く同じ顔をした男の顔など。 「もっと嬉しそうにしたらどうだ。ここのところのお前の働きが認められ、今回の任務がお前にまで回ってきたのだ。 まあ、せいぜいオレの足を引っ張ることだけはするなよ」 「……あんたは楽しそうだぜ、シルバー。人を殺すのが楽しいか?」 これは半ば嫌味というか、組織内でかなりの地位にまで登りつめたキース・シルバーへの やっかみが多分に混じっていたのだが、シルバーは真面目な声音で返してきた。 「楽しいな。戦う、ということの意味を考えたことがあるか? 昆虫は敵に価値を見出さない。 昆虫の世界には、餌と邪魔者──無害な邪魔者と致命的な邪魔者──しか存在しないからだ。 理性と闘争本能を併せ持つ人間だけが、敵に価値を見出し、それを殺すことで己の価値を高めることができるのだ」 「よしてくれ。戦闘狂のたわごとなんざ聞きたかねーよ」 そちらに背を向けたままレッドが手を振ってみせると、さすがにシルバーもむっとしたようだった。 「……まもなく作戦区域に到達する。降下準備をしておけ」 そう言い残し、シルバーは立ち去っていった。レッドはそれを横目で見送り、また窓の外へと視線を戻す。 眼下には密林が広がっていた。ヘリの騒がしいローター音に耳を傾けながら、 地平線の果てまで広がるその暗緑色の絨毯を眺めていた。 南米のジャングルの夜空には、無数の星と満月、そして動性の光点が一つ灯っていた。 その建物の内部では、『致命的な被害』を示すレッドアラートが絶え間なく鳴り響いていた。 突如として現われた侵入者によって、この施設は壊滅的な打撃を受けていたのだ。 そうした状況であるにも関わらず、侵入者の詳細は不明。どの程度の規模なのか、その武装は、侵入経路は。 一切の情報が不確定なまま、施設のあらゆる箇所は破壊され、蹂躙の極みを尽くされていた。 (──つっても、侵入者がたった三人だなんて、こいつらじゃ想像もできないんだろうがよ) そう一人ごちたレッドは、目の前の警備兵に冷たい瞳を向ける。 「他に知っていることはあるか?」 口から真っ赤な血を垂れ流すそいつは、力なく首を横に振った。 「も、もう……知らな、い」 「『ヴィクティム』の在り処はどこだ」 『ブツ』はどこだ、という問いにも同じ動作で応えるそいつに、 「そうか、もういい」 レッドは警備兵の胸に突き刺していた肉厚のブレードを引き抜いた。 ずるりと死体が床に崩れ落ちる頃には、その大型の刃はレッド自身の右腕にと変わっていた。 「し、侵入者!?」 声のした方向に目をやると、廊下の曲がり角付近で、武装した兵士が銃を構えているところだった。 レッドはほとんど無造作に左腕を向ける。すると肘の辺りから生えていた奇怪な刃はその刀身を急激に伸ばし、 一瞬で兵士を両断した。そして次の瞬間には、やはり右腕と同じように、その板状は人間の腕の形へと変貌する。 アドバンスドARMS『グリフォン』。それが、レッドの両腕に宿る力の名前だ。 それは、謎の珪素生命体をベースにしたナノマシン群体によって構成される、変幻自在で唯一無二の武装兵器だった。 普段は普通の腕の姿を模しているが、レッドの体内に移植されたコアを開放することで、それは戦闘に適した形態へと形を変える。 いまだ未知の部分を残すオーバーテクノジーの産物であるARMSを装着できるのは、 レッドが所属する組織『エグリゴリ』においても指で一握りしかいなかった。 そう、自分は選ばれたエリートなのだ。そこに疑いの余地はない。 だが──。 レッドの脳裏に、数時間前の光景が甦る。 「作戦の概要は単純だ。オレとグリーンが施設を急襲し、陽動を行う。お前はその隙を突いて、目標Aを奪還するのだ。 グリーンはすでに先行している。お前は手薄になった正面から侵入し、『M-107』の所在を突き止め、所定のポイントまで輸送しろ」 キース・シルバーはそう言って、話を締めくくった。 「ちょっと待てよ、シルバー」 レッドはそれ呼び止め、 「グリーンが参加するなら話は簡単じゃねーか。あいつなら誰にも気づかれずにどこへでも侵入できる。 あいつ一人でやらしゃいいんじゃねーか?」 レッドとしては当然の疑問だった。『チェシャ猫』の異名をとるキース・グリーンにとって、 どれだけ厳重な警備体制も、開けっ放しのドアと変わらない。グリーンとはそうした特性の持ち主だった。 「なにも分かっていないのだな、レッドよ」 そう告げるシルバーの声には、軽蔑の音があった。 「『M-107』は、エグリゴリの重要機密だ。確かに、それは出来損ないの失敗作だ。だからこそ強奪される隙も生まれてしまった。 だが、いや、それ故、我々は最大限の威力でもってこれを奪還しなければならない。 つまりは見せしめだ。しかもそれは、分かる者には分かる、という形であることが望ましい。 二度とエグリゴリに逆らう気のなくなるような、そんな決着だ。それには、グリーンの破壊能力は不可欠なのだ」 「……シルバーよ、つまりこう言いたいのか? オレじゃ力不足だ、と」 搾り出すように、続ける。 「オレだと……オレの『グリフォン』だと、誰もビビりはしない、と」 「お前の『グリフォン』は不完全だ。いまだ第二形態までしか発現させていないではないか。 グリーンは最終形態にまで発展させている。今回の任務は、あいつの能力『魔剣アンサラー』の最大効力を試す実地試験も兼ねている」 シルバーの言葉を聞きながら、レッドの胸中にはまた形容しがたい苛立ちが湧き上がってくる。 「それに、このオーダーはキース・ブラック直々の命令だ。異議は許されない。 お前とて、キースシリーズの長兄に逆らうほど愚かではないだろう?」 ほとんど最後の自制心を払い、レッドはうめくように答えた。 「……了解した」 (オレはいったいなんなんだ──?) 施設の最深部に連なる廊下を駆け抜けながら、レッドは自問する。 どこからか微かなイオン臭がする。遠くから建物が崩れる地響きが聞こえてくる。 それらの原因は分かりきっていた。キース・シルバーとキース・グリーンの仕業だ。 キースシリーズ。それは、アドバンスドARMSを移植するために生み出された新人類に与えられる名前である。 レッドを含めた彼らは、皆、同じ遺伝子プールから発生した試験管ベビーで、いわばクローンの兄弟である。 ほとんど同じDNA情報を持っているはずなのに、こうも違う。 自分は恵まれているほうなのだ、という自覚はあった。その『違い』が良いほうに働き、 ARMSの移植手術に成功してレッドというカラーネームを与えられている。 選ばれずに研究室の奥底で死んでいった、ほとんどの名も無き『キース』に比べれば、奇跡と言ってもいい境遇だった。 だが、それだけである。 どこまで行っても自分は『キースシリーズ』でしかないのだと、兄弟たるシルバーやグリーンの顔を見るたびに思い知らされる。 そこが自分の限界で、そこを突破することはできない、自分の知らない目的のために自分は生み出され、 己の運命は最初からプログラムされているのだと、そういう意識を拭うことができないでいる。 レッドは、そうしたなんの展望もない環境と、そんな自分に常に腹を立てていた。 やがてレッドは目的の場所へ辿り着いた。 だだっ広い空間の中央に、厳重に封鎖されたコンテナが鎮座している。 これが今回の任務の目標──反エグリゴリ組織に強奪された、『M-107』が収められたコンテナである。 据えつけられた扉のセキュリティをいじくってみるが、当初の設定は変更されているらしく、なんの反応もない。 「ええい、まだるっこしい!」 レッドは右腕を変形させ、扉に切りつけた。だが、それはいとも簡単に刃を弾く。 「くっ、なんだこりゃ? 硬すぎるだろ」 最大限に硬質化されたブレードでも刃が立たないのであれば、自分にこれを開けることは不可能である。 シルバーかグリーンに連絡を取って開けてもらうべきか、そんな選択が意識をかすめたが、 (ふざけろ、そんな真似ができるかよ!) オレはキース・レッドだ、選ばれた人間なんだ。あいつらとなんの違いもない、キースシリーズなんだ。 「あいつらだけが高いところにいるなんて……認められるかよ!」 そう吼え、再度ブレードを振り上げたとき、 『力が欲しい?』 そんな声が聞こえた。 『力が欲しいなら……貸してあげる』 「なに!?」 その右腕に、今まで感じたことのない脈動が走った。その感触はARMS同士で起こる共振現象にも似ていたが、 それとはまた別の──。 そして、目の前で今起こっていることに、レッドは目を見張った。 振り下ろしたブレードと扉が接触した瞬間、その箇所から激しい火花が散った。 そして、先ほどはあんなにも硬かった扉が、まるでバターでも切るように刃を受け入れていった。 そして扉は分断され、内部への入り口が開いた。 「なん……だと?」 レッドは自分の腕と扉を見比べる。それはやはり自分の腕だったし、扉は綺麗に別たれていた。 「そんなところに突っ立っていないで、入ってきたら?」 呆然とするレッドの耳朶を、コンテナ内部から発せられた声が打つ。 それは少女の声だった。先ほどの脳裏に響いた声に似ていた。 コンテナの内部は、レッドの予想と異なってまるでホテルの一室のように飾られていた。 レッドは周囲を警戒しながらその部屋に足を踏み入れ、そして、そこに一人たたずむ人影を目にする。 「待ってたわ。わたしを助けにきてくれたんでしょう? もー、すごく心細かったんだから」 ころころした可愛い声に、レッドは自分でも情けなくなるくらい間抜けな声で聞き返していた。 「あ、あんたは……あんたが、『M-107』なのか?」 年の頃はレッドよりもやや年若い、十三、四くらいだろうか。肩まで伸ばされた鮮やかな金髪と、きらきら光る青い瞳がレッドに向けられていた。 「はじめまして。名前を教えてくれない? キースなんとかさん」 「キース……」 レッドの口から漏れたその単語に、少女はにっこりと頷いてみせる。 「そう、わたしもキース。キース・セピアよ。キースシリーズでは珍しい女性型なの」 そして、レッドに向けて手を差し伸べた。 「よろしくね」 第二話『茶』 了