音隠れのスパイ――シドウは、接触予定ポイントに到着すると、身を隠すようにして、木に寄り添った。
まだあたりは薄暗く、吹く風も若干肌寒い。もしかすると、来るのが早過ぎたのかもしれない。
軽く体を震わせて、ベストのファスナーを閉める。冷え切った指先を擦って、ささやかな温もりに浸る。
時間まで瞑想でもしようと、目を閉じた。すると、数分もしない内にこちらに接近する複数の気配。
進行方向と移動速度から推測するに、接触予定である音隠れの忍と見て間違いはないだろう。
任務から帰還する木の葉の忍だとすれば、こんな妙なルートは滅多に通るまい。
それに、自身の領地の近くであるならば、移動速度と気配を最小限に抑えているのも解せなかった。
などと思いを巡らせつつも、万が一の可能性は捨て切れない。
気配が肉眼で確認できそうな位置まで接近するのを確認して、そっと、木の影から顔を覗かせる。
前列に三名。そして、そのすぐ背後に三名……計六名。全員、音隠れの額当てを身につけている。ビンゴだ。
シドウは前列の先頭に立つ忍に、見知った顔を発見した。
感情を喪失してしまったような無味乾燥な表情には似つかわしくない、強い意志の宿った瞳が正面をじっと見据えている。
「ミサキか」
一人呟くと、シドウは覗き見るのを止め、彼等の前にその姿を晒した。
それに気付き、六人は一斉に、シドウの前に降り立つ。
「久々だ、ミサキ」
シドウが声をかけても、ミサキと呼ばれた女は沈黙したままだった。
訝しげな視線を送るシドウに、ミサキは淡々と告げる。
「シドウ、確認の言葉を」
「確認の言葉など聞いていないが?」
シドウにとっては、寝耳に水の話だった。合流時の合言葉の取り決めなど、一切打ち合わせになかったのだから。
まだあたりは薄暗く、吹く風も若干肌寒い。もしかすると、来るのが早過ぎたのかもしれない。
軽く体を震わせて、ベストのファスナーを閉める。冷え切った指先を擦って、ささやかな温もりに浸る。
時間まで瞑想でもしようと、目を閉じた。すると、数分もしない内にこちらに接近する複数の気配。
進行方向と移動速度から推測するに、接触予定である音隠れの忍と見て間違いはないだろう。
任務から帰還する木の葉の忍だとすれば、こんな妙なルートは滅多に通るまい。
それに、自身の領地の近くであるならば、移動速度と気配を最小限に抑えているのも解せなかった。
などと思いを巡らせつつも、万が一の可能性は捨て切れない。
気配が肉眼で確認できそうな位置まで接近するのを確認して、そっと、木の影から顔を覗かせる。
前列に三名。そして、そのすぐ背後に三名……計六名。全員、音隠れの額当てを身につけている。ビンゴだ。
シドウは前列の先頭に立つ忍に、見知った顔を発見した。
感情を喪失してしまったような無味乾燥な表情には似つかわしくない、強い意志の宿った瞳が正面をじっと見据えている。
「ミサキか」
一人呟くと、シドウは覗き見るのを止め、彼等の前にその姿を晒した。
それに気付き、六人は一斉に、シドウの前に降り立つ。
「久々だ、ミサキ」
シドウが声をかけても、ミサキと呼ばれた女は沈黙したままだった。
訝しげな視線を送るシドウに、ミサキは淡々と告げる。
「シドウ、確認の言葉を」
「確認の言葉など聞いていないが?」
シドウにとっては、寝耳に水の話だった。合流時の合言葉の取り決めなど、一切打ち合わせになかったのだから。
そんなシドウの抗議を無視して、ミサキは言葉を続けた。
「こちらは『森林』」
「何のつもりか知らないが……確認の言葉は聞いていない。試しているのか?」
そこまで言った所で、シドウはミサキの不審な動きに気が付いた。ミサキは、右手を腹部に添えて、人差し指と中指を立てていたのだ。
その行動の意味を、シドウは知っていた。周囲に『危険』が迫っている事を示す、彼等の間でのサインである。
他にも多種多様なサインがあるが、余程特殊なケースでもない限り、大抵は会話で事が足りてしまうので、実際に目にしたのは始めてだった。
「こちらは『森林』」
「何のつもりか知らないが……確認の言葉は聞いていない。試しているのか?」
そこまで言った所で、シドウはミサキの不審な動きに気が付いた。ミサキは、右手を腹部に添えて、人差し指と中指を立てていたのだ。
その行動の意味を、シドウは知っていた。周囲に『危険』が迫っている事を示す、彼等の間でのサインである。
他にも多種多様なサインがあるが、余程特殊なケースでもない限り、大抵は会話で事が足りてしまうので、実際に目にしたのは始めてだった。
シドウの視線が、ミサキの指先に向く。サインに気付いたのを確認してから、ミサキは話を前に進めた。
一見不毛な合言葉についての問答は、サインの存在を知らせる時間を稼ぐ為だ。
すぐ近くで、木の葉の忍が巻物奪取のチャンスを虎視眈々と狙っている。
無警戒のままに巻物を取り出されてしまっては、敵潜伏の事実を知らないシドウは奇襲に対応できず、巻物を奪われてしまう可能性が高い。
「失礼。察しの通り、乗ってくるかどうか試させてもらいました」
「まったく、疑い深い」
息を吐き出して、頬を緩めながらもしかし、シドウの目は笑っていなかった。
上へ、下へ、右へ、左へ……絶え間なく視線を走らせて『危険』の正体を探っている。
緊張を肌で感じる。サインの伝達に、疑う余地は無い。そう確信して、ミサキは切り出す。
「……それで、巻物は」
「これだ」
シドウは、懐から巻物を取り出す。ミサキが、手に収められたそれを視認するかしないか、といった瞬間。
至近距離で、耳を劈く爆音が轟いた。
一見不毛な合言葉についての問答は、サインの存在を知らせる時間を稼ぐ為だ。
すぐ近くで、木の葉の忍が巻物奪取のチャンスを虎視眈々と狙っている。
無警戒のままに巻物を取り出されてしまっては、敵潜伏の事実を知らないシドウは奇襲に対応できず、巻物を奪われてしまう可能性が高い。
「失礼。察しの通り、乗ってくるかどうか試させてもらいました」
「まったく、疑い深い」
息を吐き出して、頬を緩めながらもしかし、シドウの目は笑っていなかった。
上へ、下へ、右へ、左へ……絶え間なく視線を走らせて『危険』の正体を探っている。
緊張を肌で感じる。サインの伝達に、疑う余地は無い。そう確信して、ミサキは切り出す。
「……それで、巻物は」
「これだ」
シドウは、懐から巻物を取り出す。ミサキが、手に収められたそれを視認するかしないか、といった瞬間。
至近距離で、耳を劈く爆音が轟いた。
チョウジは、シドウと呼ばれた男が巻物を取り出すと同時に、動いた。起爆札を敵とは逆方向に放ってから振り向き、今度は煙玉を敵の方向に投げる。
起爆札を明後日の方向に投げたのは、あくまで陽動が目的だからだ。
殺傷能力の高い起爆札を敵陣真っ只中に放り込むと、必要以上に敵を散らしてしまう恐れがある。
起爆札を明後日の方向に投げたのは、あくまで陽動が目的だからだ。
殺傷能力の高い起爆札を敵陣真っ只中に放り込むと、必要以上に敵を散らしてしまう恐れがある。
敵の動向は、大体シカマルたちの予想通りだった。突然の爆音に驚いて、七人全員が反射的に起爆札の投げられた方向を向く。
一瞬の間を置いて、煙玉が作り出した煙幕の中、大声をあげながら突っ込んでくるチョウジに気付く。
そうなれば、やはり全員が、チョウジが突撃してくるであろう方向に注意を払わざるを得ない。
起爆札は、あまりにもわかり易い陽動。こちらが本命か……!?
そして、彼等にそれ以上の考量時間を与えないまま、シカマルといのが背後を突く。
慎重に、けれども迅速に。全員が射程範囲内に入った事を見極めてから、術を発動する!
「今だ! 影真似の術!」
「心乱心の術!」
二人の言葉が重なった。絶妙なタイミング。完璧なコンビネーション。
六人は纏めてシカマルの影真似の術に捕縛され、離れた場所にいる一人は、いのの心乱心で正気を失う……筈だった。
「何……!?」
計算外の事態に、シカマルが目を見開く。
影真似が捕縛できたのは、シドウたった一人だけ。いのの心乱心に至っては、完全に回避されてしまった。
「く……! 確実に、五~六人は巻き込めるタイミングだった……! 気取られてたか……!?」
シカマルが歯噛みする。その想像通り、三人の変化による潜伏は事前に察知されていた。
しかも、シドウを除く六名は、目的である巻物を受け取ったら間髪入れず退却、との行動方針を予め決めていた。
最初から交戦の意志がなかったからこそ、背後からの強襲に影真似と言う、奇襲に奇襲を重ねたような奇手にもかからなかったのだ。
見れば、シドウの前に立っていた三人の忍は、巻物を片手に逃げ去って行く所だった。
一瞬の間を置いて、煙玉が作り出した煙幕の中、大声をあげながら突っ込んでくるチョウジに気付く。
そうなれば、やはり全員が、チョウジが突撃してくるであろう方向に注意を払わざるを得ない。
起爆札は、あまりにもわかり易い陽動。こちらが本命か……!?
そして、彼等にそれ以上の考量時間を与えないまま、シカマルといのが背後を突く。
慎重に、けれども迅速に。全員が射程範囲内に入った事を見極めてから、術を発動する!
「今だ! 影真似の術!」
「心乱心の術!」
二人の言葉が重なった。絶妙なタイミング。完璧なコンビネーション。
六人は纏めてシカマルの影真似の術に捕縛され、離れた場所にいる一人は、いのの心乱心で正気を失う……筈だった。
「何……!?」
計算外の事態に、シカマルが目を見開く。
影真似が捕縛できたのは、シドウたった一人だけ。いのの心乱心に至っては、完全に回避されてしまった。
「く……! 確実に、五~六人は巻き込めるタイミングだった……! 気取られてたか……!?」
シカマルが歯噛みする。その想像通り、三人の変化による潜伏は事前に察知されていた。
しかも、シドウを除く六名は、目的である巻物を受け取ったら間髪入れず退却、との行動方針を予め決めていた。
最初から交戦の意志がなかったからこそ、背後からの強襲に影真似と言う、奇襲に奇襲を重ねたような奇手にもかからなかったのだ。
見れば、シドウの前に立っていた三人の忍は、巻物を片手に逃げ去って行く所だった。
「ようし! 巻物は確保したな!? カイ! ゲン! 二人はすぐ後を追え! 巻物とフォルテツーを守るんだ!」
トウバが大声で、後ろに控える二人に指示を飛ばす。聞くが早いか、二人は手近な木の枝に飛び乗り、先行した三人の後を追う。
トウバが大声で、後ろに控える二人に指示を飛ばす。聞くが早いか、二人は手近な木の枝に飛び乗り、先行した三人の後を追う。
「チョウジ! いの! 巻物を追ってくれ!」
シカマルも負けじと叫んだ。が、当の二人の反応は鈍い。判断に困ったような表情で、棒立ちになってしまう。
二人の迷いも最もだった。今ここでいのとチョウジが離れたら、シカマルはシドウ、トウバと二対一で戦う羽目に陥る。
影真似でシドウの動きは封じられているが、トウバがシカマルに攻撃を加えれば、シカマルは影真似を解く以外ない。
「オレは大丈夫だ! 早く!」
「で、でも……」
シカマルに急かされたものの、いのは躊躇する。シドウ、トウバとシカマルの実力差は、火を見るより明らかだった。
一人で残ったとして、敵う相手とは思えない。と、そこで。チョウジは黙って、いのの手を引いた。
「ちょっと、チョウジ!」
非難の目を向けるいのに、チョウジは毅然とした口調で言い切る。
「シカマルが……『大丈夫』って言った。だったら、シカマルは絶対に大丈夫!」
その言葉を聞いて、シカマルが少年らしい笑みを浮かべる。チョウジもまた、笑顔で返す。
意志の疎通は、それだけで済んだ。二人の間柄、それ以上の言葉は無粋なだけだった。
いのは、そんな二人の遣り取りに釣られたように、微苦笑した。
男の子同士のこういう関係が、少し、羨ましかったりする。
女の子同士では、こう上手くは行かないから……と、いのは思う。
意地っ張りな親友の姿と、それに負けじと意地になってしまう自分の姿が、胸の奥に浮かんで消えた。
「行こう」
黄昏れていたのは、ほんの数秒にも満たない時間。
チョウジの力強い声で、いのは現実へと引き戻された。
もう、迷いはなかった。いのは頷くと、チョウジと一緒に、巻物を持った三人を追跡すべく走り出した。
「あんたも、追え……! こいつは、俺一人で、十分だ……!」
森の奥へと消えてゆくチョウジといのの背中を横目で見て、シドウがトウバに声をかけた。
「俺としても、正直、カイ、ゲンだけでは心配でね。時間が惜しい。加勢の必要がないと言うならすぐにでも後を追わせて貰うが……いいのか?」
トウバは念押しするように問いかける。単純にこの戦闘の勝率、効率だけを考えるならば……
ここはトウバがシドウを拘束する影真似の術を解除した上で、二対一で仕切り直すべき局面だろう。
「構わん……!」
だが、シドウの自信はどうやら、口だけではないようだった。チャクラを全身に漲らせ、影真似を独力で破らんとしている。
術者も、シドウの抵抗を抑えながら術を維持するだけで精一杯、といった風だ。確かに、この様子なら任せても大丈夫そうではある。
「オーケイ」
返事を聞くなり、トウバは跳躍。森が作り出す光と影の迷彩に紛れるようにして、あっと言う間に姿を消した。
シカマルも負けじと叫んだ。が、当の二人の反応は鈍い。判断に困ったような表情で、棒立ちになってしまう。
二人の迷いも最もだった。今ここでいのとチョウジが離れたら、シカマルはシドウ、トウバと二対一で戦う羽目に陥る。
影真似でシドウの動きは封じられているが、トウバがシカマルに攻撃を加えれば、シカマルは影真似を解く以外ない。
「オレは大丈夫だ! 早く!」
「で、でも……」
シカマルに急かされたものの、いのは躊躇する。シドウ、トウバとシカマルの実力差は、火を見るより明らかだった。
一人で残ったとして、敵う相手とは思えない。と、そこで。チョウジは黙って、いのの手を引いた。
「ちょっと、チョウジ!」
非難の目を向けるいのに、チョウジは毅然とした口調で言い切る。
「シカマルが……『大丈夫』って言った。だったら、シカマルは絶対に大丈夫!」
その言葉を聞いて、シカマルが少年らしい笑みを浮かべる。チョウジもまた、笑顔で返す。
意志の疎通は、それだけで済んだ。二人の間柄、それ以上の言葉は無粋なだけだった。
いのは、そんな二人の遣り取りに釣られたように、微苦笑した。
男の子同士のこういう関係が、少し、羨ましかったりする。
女の子同士では、こう上手くは行かないから……と、いのは思う。
意地っ張りな親友の姿と、それに負けじと意地になってしまう自分の姿が、胸の奥に浮かんで消えた。
「行こう」
黄昏れていたのは、ほんの数秒にも満たない時間。
チョウジの力強い声で、いのは現実へと引き戻された。
もう、迷いはなかった。いのは頷くと、チョウジと一緒に、巻物を持った三人を追跡すべく走り出した。
「あんたも、追え……! こいつは、俺一人で、十分だ……!」
森の奥へと消えてゆくチョウジといのの背中を横目で見て、シドウがトウバに声をかけた。
「俺としても、正直、カイ、ゲンだけでは心配でね。時間が惜しい。加勢の必要がないと言うならすぐにでも後を追わせて貰うが……いいのか?」
トウバは念押しするように問いかける。単純にこの戦闘の勝率、効率だけを考えるならば……
ここはトウバがシドウを拘束する影真似の術を解除した上で、二対一で仕切り直すべき局面だろう。
「構わん……!」
だが、シドウの自信はどうやら、口だけではないようだった。チャクラを全身に漲らせ、影真似を独力で破らんとしている。
術者も、シドウの抵抗を抑えながら術を維持するだけで精一杯、といった風だ。確かに、この様子なら任せても大丈夫そうではある。
「オーケイ」
返事を聞くなり、トウバは跳躍。森が作り出す光と影の迷彩に紛れるようにして、あっと言う間に姿を消した。
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