SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ内検索 / 「しけい荘大戦 最終話「夜明け」」で検索した結果
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しけい荘大戦 最終話「夜明け」
決着を迎えた時刻──暁光がホテルに淡く差し込んだ。 シコルスキーがゲバルに対抗できる点は指だけだった。指しかなかった。だからこそシ コルスキーは指を根こそぎ生かし切ることで、勝利をもぎ取ることができた。 敗北を喫したゲバルがまもなく意識を取り戻す。清々しい表情をしている。 「よう……シコルスキー。グッドゥモーニング」 「ゲバル……」 「……敗けちまったな。こうなった以上、俺はもうボッシュに手を出す気はない」 ゲバルは潔く敗北を宣言した。余力はある。力を出し尽くした今のシコルスキーならば、 襲いかかれば百パーセント倒せるにもかかわらず、だ。 戸惑うシコルスキーに、ゲバルは爽やかに微笑む。 「胸を張ってくれよ。おまえはテロリストからも、俺たちからも、ボッシュを守り抜いた。 ボディガードをやり遂げたんだからな」 右手と右手。互いに傷つい... -
しけい荘戦記 第一話「しけい荘再び」
第一話「しけい荘再び」 ひときわ異彩を放つ木造アパート、『しけい荘』。異臭かもしれない。 東京は新宿、真新しい住宅街の中にあって図々しくも居座っている。存在感はそんじょ そこらの建売住宅や高級マンションの非ではない。 構造はいたって単純である。 二階建て。上と下を繋いでいるのは狭い踊り場付きのくの字の頼りない階段。部屋は一 階に三つ、二階にも同じく三つ。それぞれで一人ずつ暮らしている。つまり、住民は全部 で六人というわけだ。 都会は恐ろしい。品行方正な秀才と他人を糧にする術しか知らぬ無法者が共存し、中に は秀才と無法者を兼ねる突然変異さえおり、さらにはそんな突然変異と五分に渡り合う凡 人までいる。しかし彼らとて、しけい荘の住人と比較されたなら、その他大勢と区分され る他ない。 しけい荘でもっとも朝が早いのは柳龍光。10... -
しけい荘戦記 第二十八話「しけい荘とコーポ海王」
夜が明けた。 シコルスキーとサムワンは通報で駆けつけた警官らによって、病院に搬送された。二人 の敗北は、すぐさま彼らの住処(すみか)に伝えられた。 これでしけい荘とコーポ海王、両陣営の犠牲者は計五名となった。 流派や思想はちがえど、武力を頼みにする彼らが受けた衝撃は大きい。 もはや一刻の猶予もない。 コーポ海王の管理人室で向かい合う劉海王と烈海王。称号の上では同格だが、椅子にゆ ったりと腰かける劉に対して、弟子である烈は立ったまま訴えかける。 「老師……私はこれ以上我慢なりません」 「うむ、オリバ氏とも連絡を取ったが、昨夜の二人はさらに凄惨な倒され方であったらし い。これは我ら武術家に対する完全なる挑戦──」 「そうではありません。私は海王の名が辱められることが我慢ならないのです」 さえぎる烈。彼には仲間や好敵手が倒された... -
しけい荘戦記 第三十三話「出撃」
時は満ちた。 しけい荘とコーポ海王を巻き込み、ホームレスまでもが介入した闇討ち事件。泣いても 笑っても今日が決着の日となる。 純・ゲバルとマホメド・アライJr。両者の決闘によって白黒がつく。 しけい荘203号室。ゲバルはいつも通りロッカーの中で立ったまま目覚めると、あく びをしながら戸を開いた。 トーストを平らげ、水だけで洗顔し、歯ブラシを手に取る。毛先が若干曲がっていたが、 ゲバルが歯ブラシを高速で振ると、あっという間に毛先が整った。鼻歌を交えて陽気に歯 を磨くゲバル。 歯磨きを済ませると、寝巻きから普段着へ。締めに愛用のバンダナを巻き、いざ出陣。 靴を履き、ドアを開け、階段を降り、アパートを出る。試合場となるグラウンドは徒歩 にして十分程度。リズミカルに歩を進めるゲバル。 彼は決してこのたびの決戦をあなどっているわけではな... -
しけい荘戦記 第三十話 ~ 第三十九話
前作・しけい荘物語ならびにしけい荘物語外伝はこちら 第二十話 ~ 第二十九話 第三十話「MAX」 第三十一話「長い夜の終わり」 第三十二話「奇妙な一日」 第三十三話「出撃」 第三十四話「純・ゲバル対マホメド・アライJr」 第三十五話「立つ!」 最終話「昨日の敵は今日の友」 -
しけい荘大戦 第七話「挑戦者たち」
102号室──。 珍しく空道の道着を着用し、片足立ちで不気味な沈黙を保つ柳。右手につまんだ和紙を 解放し、重力に委ねる。ひらりひらりと木の葉の如く、頼りなく和紙が落ちる。 浮いている右足裏を和紙に近づける。これがもし「右手」だったなら、和紙は吸い込ま れるように掌に張り付くことだろう。 穏やかな瞳が、突如見開かれる。 酸素濃度6%未満──真空の発現。 和紙は足裏に引き込まれ、くっついたものの、一秒と経たぬうちに剥がれ落ちてしまっ た。 失敗。しかし落胆も失望も省略し、すぐに柳は修業を再開した。 片足立ちとなり、和紙を空中に落とす。 常軌を逸した執念。歴史の闇を暗躍していた空道の歴史にあって、だれもが不可能と断 じ、試行錯誤すらしなかった。足による空掌。 柳は必ず完成できると信じていた。 「大家さん、いい機会を与えて... -
しけい荘大戦 第三十話 ~ 最終話
第二十話 ~ 第二十九話 第三十話「最終決戦」 第三十一話「BOMB」 第三十二話「シコルスキー対純・ゲバル」 第三十三話「ヤイサホーッ!」 第三十四話「ダヴァイッ!」 第三十五話「登頂」 最終話「夜明け」 -
しけい荘大戦 第十三話「駆け引き」
郭春成が嗤(わら)う。 これから味わえる殺しという美酒を予感するだけで、彼の唇周辺を構成する筋肉が快楽 に歪む。 身体中の全細胞が「殺させろ」と叫んでいる。 狂える獣が、その異名に恥じぬ速度と狂気を帯びて、駆け出す。 ドリアンは百戦錬磨である。が、それゆえに、数十年間で初めて体感する猛烈な殺気に、 体を一瞬硬直させてしまった。反応が遅れる。 ダッシュの勢いをそのままに、まともに鳩尾に突き刺さる崩拳。 しけい荘においてスペックに次ぐ巨躯が、拳の一撃で吹き飛ぶ。 ──が、春成はすかさずドリアンの足の甲を足刀で潰した。これでドリアンの体は吹き 飛ぶことなく、停止した。 「ぶん殴るたびに間合いが開いてちゃあ、面倒だからなァ」 正中線──喉、鳩尾、ヘソを貫き手が抉る。 さらに折れやすい鎖骨めがけ、放物線を描く変則ハイキック。ぶ厚... -
しけい荘戦記 第十三話「戦争」
鮎川ルミナは成長した。 シコルスキーとの決闘で芽生えた男としての覚悟が、彼を変えたのである。 「鮎川君、変わったよね」 「うん。おどおどしなくなったっていうか、堂々としてるっていうか」 「もうあいつを弱虫だなんていえないや」 本人が一皮むければ周囲の評価も当然変わる。あの日を境に、ルミナの人生は明らかに 好転した。 しかし、これが面白くないのは今までルミナをいじめていた級友たちだ。いじめはある 意味「世論」によって成り立つ。世論に弾かれた者だからこそ、堂々といじめという名の 制裁を加えることが可能になるのだ。クラスの大多数の支持を得ようとしているルミナを いじめることはもうできない。彼らは楽しみを失ってしまったのだ。 特にルミナをしけい荘に向かわせた三人組は先陣を切っていじめていたので、クラスで の立場も微妙なものとなっていた。 ... -
しけい荘戦記 第二十話 ~ 第二十九話
前作・しけい荘物語ならびにしけい荘物語外伝はこちら 第十話 ~ 第十九話 第二十話「犯罪者ハンターオリバ」 第二十一話「新たな強敵」 第二十二話「継承者」 第二十三話「夜は動く」 第二十四話「露泰同盟」 第二十五話「激突」 第二十六話「破られた誓い」 第二十七話「不死身の男」 第二十八話「しけい荘とコーポ海王」 第二十九話「ハイレベル」 第三十話 ~ 第三十九話 -
しけい荘戦記 第三十話「MAX」
「貴様は我が拳を以って──全身全霊にて叩き潰す!」 烈の拳がさらに速さを増す。まるで無数の手が生えたような、残像を生じるほどのスピ ード。体を丸めガードを固め、なすすべなく打たれまくるゲバル。止まる気配のない拳と いう名の豪雨。手を出すどころではない。 待とうが祈ろうがてるてる坊主を吊るそうが、止みそうもない。ならば、立ち向かう。 ガードを外すゲバル。いいのを二、三発まともにもらいながら、強引すぎる胴タックル を実行する。 執念は実った。ゲバルは烈の腰に組みつくことに成功する。 しかし、鍛え抜かれた足腰はビクともしない。打撃戦を嫌い、寝技に持ち込もうという ゲバルの目論みは崩れた。 「無駄だ……」 鉄の肘がゲバルの脳天に落とされる。 頭蓋が割れてもおかしくない一撃だったが、しつこくしがみつくゲバル。ゲバルは両足 をぴたりと地... -
しけい荘大戦(サナダムシさま)
前々作・しけい荘ならびにしけい荘物語外伝はこちら 前作・しけい荘戦記はこちら 第一話 ~ 第九話 第十話 ~ 第十九話 第二十話 ~ 第二十九話 第三十話 ~ 最終話 -
しけい荘大戦 第六話「幕開け」
米国大統領ジョージ・ボッシュ、来日。 政治にはまったく無縁なしけい荘にとっては、はっきりいってどうでもいいニュースで ある。──ただ一人を除いては。 戦闘時にも劣らぬ真剣さで新聞に目をやるゲバルに、シコルスキーが声をかける。 「熱心に読んでるな。俺なんて日付くらいしか読まんぜ」 「せめてテレビ欄、最低でも四コマ漫画くらいは読んでくれ」 「ところでどの記事を読んでるんだ?」 「これさ」 ボッシュ来日の記事に、きょとんとするシコルスキー。この記事とゲバルの関係性を瞬 時に推測しかねた。 「これがどうしたんだ?」 「日本にいる間、奴の護衛を俺が任されることになった。準備や下調べのため、今日から しばらく留守にすることになるが、よろしく頼む」 「へぇ~すごいじゃないか!」 「すごい? ……なにがだ?」 「護衛を任されたことがだよ。... -
しけい荘戦記(サナダムシさま)
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しけい荘戦記 第三十二話「奇妙な一日」
ゲバルと烈の果たし合いは、辛くもゲバルが勝利を収めた。 これにより闇討ち事件の総括となる最終決戦、「ゲバル対アライJr」が正式に決定さ れた。日時は一週間後正午、場所は草野球場を借りて行われる。 全ての段取りは、しけい荘の大家であるオリバが誰かが口を挟む間もなく進めてしまっ た。いうまでもなく逆らう者はいない。 しかし、闇討ち犯人を協力して倒そうとしていた柳、ドイル、スペックは複雑だった。 柳が住む102号室に集結し、愚痴の吐き合いを展開する三人。 「あれだけ張り切ってたのに……すっかり先越されちまったな」 煙草の煙を吐き出し、寂しそうに呟くドイル。 「完敗ですな。明日から動こうとした我々に対し、彼は今日から実行してみせた。ゲバル さんの情熱を読み切れなかった」 うつむき首を振る柳。 「シッカシマァ、烈海王ヲ倒シチマウトハナ。正... -
しけい荘大戦 第一話 ~ 第九話
前々作・しけい荘ならびにしけい荘物語外伝はこちら 前作・しけい荘戦記はこちら 第一話「シンクロニシティ」 第二話「ルーザールーズ」 第三話「祝福」 第四話「しけい荘最大の危機」 第五話「海王になろう」 第六話「幕開け」 第七話「挑戦者たち」 第八話「東西南北」 第九話「アメリカ合衆国大統領」 第十話 ~ 第十九話 -
しけい荘大戦 第三話「祝福」
スペックは不愉快だった。 この間のしけい荘が生まれた日は、アパート全員で回転寿司を食べに行き、盛況のうち に幕を閉じた。 なのになぜ──。 「チクショウッ! 今日ハセッカク俺ノ誕生日ダッテノニ、アイツラ“オメデトウ”ノ一 言モアリャシネェッ!」 スペックは今日でめでたく97歳を迎える。しかし、だれも祝ってくれない。それどこ ろか、スペックの誕生日に気づいている気配すらない。 この日のために一週間前からスペックは入念に伏線を張っていた。 わざと大声でハッピーバースデートゥーユーを歌い、しけい荘全員の郵便受けにケーキ の広告を挟み、ことあるごとに「モウスグ俺モ97歳カ」と口ずさんだ。 結果、これらの努力は実ることなく、彼は一人部屋でくさっていた。 「ヤッテラレネェヤッ!」 ドアを乱暴に蹴破り、スペックは外に飛び出した。 ... -
しけい荘戦記 第二話「真剣勝負」
第二話「真剣勝負」 笑顔で自分を迎えるクラスメイト。手渡される刃渡り十五センチほどのナイフ。坂道を 転げ落ちるように状況は悪化していく。 「じゃあこれ持って、あのアパートに行って来い」 「で、でも……」 「そんでアパートの誰でもいいから、ナイフ突きつけて『俺と勝負しろ』っていってこい。 それだけでいいんだ、簡単だろ?」 いじめっ子のリーダー格は目で威圧しながら、一方的に命令を与えてきた。 「頑張れよ。応援してるぜ、鮎川」 「大丈夫だよ、殺されやしないって」 リーダーの後ろでは、同じくいじめっ子に属する二人組が無責任な励ましを飛ばしてい る。あくまで主犯ではないように振舞いいざという時の逃げ道を残しながら、なおかつい じめによる愉悦をとことんまで味わおうとしている。 「さ、行って来い」 「ちょ、ちょっと待ってよ……僕は……」... -
しけい荘大戦 第二十四話「黒幕」
目を覆いたくなる画が成立していた。 ブリーフ一丁で重傷を負った筋肉の権化と、トランクス一丁で気絶している少年。床は 陥没し、天井はひび割れ、辺り一面に血痕が飛び散っている。 「ミスターオリバ、いったいここでなにが……」 突入した警官のうちの一人が、オリバに問いかける。向き直るオリバ。 「君たち、この少年……範馬刃牙をすぐに病院に運ぶんだ。丁寧に、そして注意深く」 「え、あの……」 「早くしたまえ」命令するオリバに、ある閃きがよぎる。「あとついでだが、彼が起きた らこれを渡しておいてくれ」 オリバはブリーフに手を突っ込むと、中からしわくちゃの10ドル札を取り出した。そ れをオリバに問いかけた警官に手渡す。 「こいつで彼女とコーヒーでも楽しめ、とな」 「なんかこれ、ちぢれた毛がついてるンですけど……」 「頼んだぞ」 警官らがホテ... -
しけい荘大戦 第二十七話「結」
爪を指でつまみ、左目から取り除く天内。失明は免れていたが、左部はほとんど闇に覆 われてしまっている。 「グゥ……ッ!」 天内が視線を戻すと、拘束から逃れたシコルスキーの姿がない。と、気づいた時にはす でに死角から攻め込まれていた。左頬を穿つ右フック。真横にダウンを喫する天内。 「こ、こんなことが……ッ!」 「さァ……決着をつけようぜ、天内」 タキシードを脱ぎ、勢いに任せて床に叩きつけようとするシコルスキー。が、直前でタ キシードがオリバからの借り物ということを思い出し、丁寧に折りたたむ。あとで返す時 に殴られてはたまらない。 「私が……敗けるハズがない……。地上を愛で満たすまで……」 満身創痍の両雄が向かい合う。あとは二人の間で、勝者と敗者を決するのみ。 天内悠は、生来争いを好まない性質だった。 少年時代。飼い犬同士の喧... -
しけい荘戦記 第一話 ~ 第九話
前作・しけい荘物語ならびにしけい荘物語外伝はこちら 第一話「しけい荘再び」 第二話「真剣勝負」 第三話「老いと青春」 第四話「ドリアン対スペック」 第五話「パス」 第六話「護身開眼」 第七話「ソムリエ五人衆」 第八話「宴」 第九話「お茶の間デビュー」 第十話 ~ 第十九話 -
しけい荘大戦 第四話「しけい荘最大の危機」
響く打撃、蠢く殺気、轟く悲鳴。これらはしけい荘が今日も平和であることを示す証で ある。 ──オリバの巨拳が腹筋を穿つ。 ──柳の鞭打が肌を抉る。 ──ドイルの刃が肉を切り裂く。 なすすべなく崩れ落ちるシコルスキー。ここでいつもなら泣きわめくか、命乞いをする か、逃げ出すか、のいずれかであったが──。 シコルスキーの目にはあざけりの光が宿っていた。あえて表現するなら、この場は勝た せておいてやる、といったような輝きだった。決して負け惜しみや強がりではなく、本気 でそう思っている。 シコルスキーはよろよろと立ち上がると、 「いやァ痛かった……。さすがに強いな、みんな……」 と部屋に戻っていった。その佇まいにはやはり余裕というか、貫禄が漂っている。 残されたオリバ、柳、ドイルは追撃をしにくい雰囲気となってしまい、立ち尽くすのみ... -
しけい荘大戦 第三十話「最終決戦」
耳という機構を成り立たせている蝸牛と三半規管を、ズタズタに引き裂かれた。ゲバル の冷酷な絶技によって。これでもう、柳が天地の区別をつけることは不可能になった。 「勝負あり」 柳の耳を破壊したこよりを捨て、ゲバルはボッシュを担ぐレッセンに向き直る。 「さすがです、ボス」微笑みを返すレッセン。 「うぅ……」もしかしたらという希望を絶たれ、うなだれるボッシュ。 ──直後、ゲバルは背後からにじり寄る殺気を感知した。 ゲバルの延髄に突き刺さる一本拳。意識を一瞬断ち切られたが、すぐさま後ろ蹴りで反 撃するゲバル。これを十字受けで阻止する柳。 柳はまだ終わってはいなかった。 「信じられん……ッ! ボスのアレを受けて、立つことが──ましてや戦うことなどでき るはずがないッ!」 驚きを禁じえないレッセン。無理もなかった。内耳を破壊されて戦闘を続行で... -
しけい荘大戦 第十話「開戦!」
ボッシュがホテルに入ってから一時間余り。いまだに襲撃が起こる気配はない。徳川ホ テルは昨日までと同じように時を刻んでいた。 ボッシュ殺害を予告したテロ組織は、自由、平等、博愛を掲げ、これまでも地球上あら ゆる場所で予告テロを成功させている。一方で規模や人員は一切が謎に包まれており、首 謀者ですら明らかではない。分かっていることは、予告が決して脅しではないということ だけ。爆破するといったら必ず爆破し、拉致するといったら必ず拉致し、殺害するといっ たら必ず殺害する。 ホテル内に緊急設置されたモニター室。ホテルの要所に仕込まれた監視カメラから映し 出される、無数の壁一面のモニターを、飽きもせず眺める二人。徳川光成と園田盛男。 「なかなか始まらんのう。つまらん」 「つまらなくていいんですよ、徳川さん」 「しかし、格闘士とテロリストのガチンコの闘争... -
しけい荘大戦 第十六話「甘い」
しけい荘の老怪人、スペックが敗北を喫した。 ホテルの外壁に叩きつけられ、落下し、うつ伏せのままぴくりともしない。 このショッキングな映像はむろん、モニター室から戦闘を監視する光成と園田にも届け られた。 開戦からずっとはしゃぎっ放しだった光成から、初めて笑みが消えた。 「な……なんということじゃ……」 園田も同様だった。無念そうに首を振る。 「完全に計算外だった……。テロリストがあんな化け物を用意していたとは……。自衛隊 がいたとしても、いやアンチェインでも勝てるかどうか……」 果たしてアレを止められるのか。最悪の結末が頭をよぎる。 しかし、映像の中のカマキリはまっすぐホテルには向かわない。 「なにをしておるんじゃ……あやつは」 カマキリはサイズに合わせて肥大化した本能と鋭敏化した感覚で、とある気配を察知し ていた。 ... -
しけい荘大戦 第十話 ~ 第十九話
前々作・しけい荘ならびにしけい荘物語外伝はこちら 前作・しけい荘戦記はこちら 第一話 ~ 第九話 第十話「開戦!」 第十一話「我、五体猛毒なり」 第十二話「殺し屋」 第十三話「駆け引き」 第十四話「エレファントキラー」 第十五話「オリバの予感」 第十六話「甘い」 第十七話「無呼吸の果て」 第十八話「チェックメイト」 第十九話「愛国心」 第二十話 ~ 第二十九話 -
しけい荘大戦 第二十六話「失恋」
右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足。 両足を交互に上下させ、天内はシコルスキーの顔面を踏みまくる。表情を微塵も変化さ せることなく、淡々と踏みまくる。 天内が足裏から伝わる感触に生命を認める以上、刑は執行され続ける。 しかし、シコルスキーとは不思議な習性を持つ生物である。毎日のように敗北を堪能し、 いつしか如何に無傷で敗北するかを細胞レベルで創意工夫するまでになった。だからこそ、 絶対に敗けられぬ戦いとあらば、敗北を知り尽くした後ろ向きな肉体は、他の生物以上に 敗北を拒絶する。 敗けたくない。 踏まれるたび、彼方に遠ざかっていたシコルスキーの意識が呼び戻される。否、鮮明に なっていく。 シコルスキーは鋭い眼光で、天内の右足首を掴んだ。 「ほう、さすが生命力だけは──」 「寂先生……使わせてもらう」 ... -
しけい荘大戦 第十二話「殺し屋」
東門に設置された監視カメラが、モニター室に陣取る徳川光成と園田盛男に柳の勝利を 報告する。 「ほっほっほ、さすがじゃのう。あの暗器メーカー“クードー”で史上ナンバーワンとい われるだけのことはあるわい」 「人間じゃない……。北沢軍団をたった一人で退けてしまうとは……」 喜びも束の間、すぐさま部下の手によって新手の情報が舞い込む。 「園田警視正ッ!」 「どうした」 「機動隊が突破され、南門にテロリストが迫っているとの情報がッ!」 「南門か……。たしか、しけい荘ではドリアン海王が担当していたな」 園田も柔道家のはしくれとして、海王の名については多少の知識を持つ。このため、東 西南北を守護するしけい荘メンバー四名の中で彼がもっとも信頼を置いていたのは、ドリ アンだった。 「ミスタードリアンは中国拳法の達人だ。さほど問題はあるまい」 「... -
しけい荘大戦 第八話「東西南北」
広大な敷地に、高層ビルさながらのホテルがそびえ立つ。選ばれた富豪だけの領域。だ れもが一瞬、ここが都会の一等地であることを忘れてしまう桃源郷。 日本最大級にして最高級のホテル『徳川ホテル』──徳川財閥最高傑作の一つである。 オリバに借りたタキシードを着用し、始めは気が大きくなっていたしけい荘一行だった が、ホテルに入って五十歩も進むとすっかり小さくなってしまっていた。 列の最後尾を歩くドイルが、すぐ前のシコルスキーにささやく。 「……シコルスキー」 「どうした、ドイル」 「よく周囲を見渡してみろ。いくらボディガードのためとはいえ、私たちなんかが入って いいホテルじゃないぞ」 踏むたびに無重力を錯覚するほどにふかふかの赤絨毯。左右には無数の石像と絵画が美 術館さながらに展示されている。おそらくはいずれも一般人の年収など遥か後方に置き去 ... -
しけい荘大戦 第三十五話「登頂」
シコルスキーは直感する。 ちょうど真下に位置するゲバルが、まもなく人類史上初となる恐るべき推進力を得よう としていることを。そしてその力はおそらくは拳によって、自分にぶつけられるというこ とを。 ゲバルの力みが臨界点に達しつつある。攻撃開始はもう間近だ。 落下しながら、シコルスキーはゲバルが先ほどいっていたことの意味が分かったような 気がした。 ゲバルを後押しする巨大すぎる球体──地球。 咄嗟に、シコルスキーは信じがたい行動に出る。 ──地球(ほし)に対抗するには惑星(ほし)になるしかない。 顎を引き、膝を抱え、背中を曲げる。シコルスキーは丸まってしまった。 一方、ゲバルは意にも介さず偉大なる支えから受け取った力を全て右拳に注ぎ込み、発 射する。 地球対シコルスキー星、正面衝突。 シコルスキー星、敗れる。 ... -
しけい荘大戦 第十九話「愛国心」
ここを守りきれるか否かで勝敗は決する。最後の防衛ラインとなった徳川ホテル北門は これまでにない猛攻に晒されていた。テロリストの中でも特に優秀な精兵が、格闘、ナイ フ、銃火器とあらゆる手段を用いて殺到する。 これに対し、警察側も園田が東、西、南から応援を向かわせたことによってどうにか五 分五分の戦いを演じていた。 とりわけ、しけい荘メンバーであるドイルの活躍はめざましかった。 「スッゲェ……あいつ一人でもう百人は倒してるんじゃねぇか?」 「体中から武器が飛び出るし、いったいどんな構造してやがんだ」 「とにかく、心強い戦力だということはたしかだな」 場違いなタキシード姿の二枚目イギリス人に手も足も出ないなど、テロリストらは想像 すらしていなかったことだろう。 磨きに磨き上げた体術と、仕込みに仕込んだ武器(タネ)。並大抵の人間では太刀打ち ... -
しけい荘戦記 第十話 ~ 第十九話
前作・しけい荘物語ならびにしけい荘物語外伝はこちら 第一話 ~ 第九話 第十話「七人目」 第十一話「戦士として」 第十二話「開けるな」 第十三話「戦争」 第十四話「走れルミナ」 第十五話「敵地へ」 第十六話「シコルスキー対マウス」 第十七話「絶体絶命」 第十八話「集結!」 第十九話「老人会」 第二十話 ~ 第二十九話 -
しけい荘大戦 第二十五話「対空戦」
ゲバルとレッセンが腰の抜けたボッシュを連れ、部屋から出て行く。 本来ならば祝勝会の会場となるべきだった徳川ホテルVIPルームは、残された二人に よる極めて高密度な闘争領域となった。 シコルスキーが迎え撃つのは、国際的テロ組織を率いる『ボス』天内悠。 美女を思わせる柔らかなルックスに、スレンダーで引き締まった体格。他人を喜ばせる ことを特技とする好青年は、心の奥底にとてつもない悪魔を潜ませていた。 「さてと、すぐ終わらせねば追いつくのに苦労しますからね。始めましょうか、シコルス キーさん」 「ふん、ゲバルは足も速い。今すぐ追いかけたところで、間に合うものか」 「心配は無用です。以前、ボッシュに飲ませたビタミン剤……本当はある種の発信機だっ たのですが、あれが体内にある以上、彼が私から逃れられる可能性は絶無です」 「くっ……!」 たとえ... -
しけい荘大戦 第三十一話「BOMB」
新たな助っ人。しかも二人。しなびていたボッシュの開拓精神に、再び火が灯り、つい でにガソリンが浴びせられる。 「よォし、君たち! 早くこいつら二人を倒し、私を助け出すのだっ! さすれば、君た ちのアメリカンドリームを盛大に叶えてやろう!」 訳が分からないことをまくし立てるボッシュ。 どのように運命が作用すればこの男が米国大統領になれるのか。二十一世紀における世 界七不思議に認定しても良いくらいだ。 「さァ、シコルスキー君とえぇと……イギリス人らしき人! ミーのために存分に戦って くれたまえっ!」 とうとう一人称が「ミー」になった。しかしながら、ドイルをイギリス人と見破った観 察眼は伊達ではない。とにかく放っておくといつまでもわめきそうなので、うんざりした ゲバルは強硬手段に出る。 「ボッシュ……少し黙ってろ」 一本拳をこめかみに... -
しけい荘大戦 第二十八話「風立ちぬ」
会心のドロップキックから着地し、シコルスキーは倒れている天内に目を向けた。反撃 してくる気配はない。注意深く接近すると、気絶していることが分かった。 「や……やってやったぜ……」 安堵と歓喜がわずかに灯り、どっと疲労が押し寄せる。あぐらをかくシコルスキー。 しかし、休んでばかりもいられない。テロリストのボスの討ったのだから、オリバや警 察に連絡し、処遇を託す義務がある。 ずっと寝ていたい気分を抑え、シコルスキーが部屋を出ようとドアを開ける。 すぐさまシコルスキーは、まだ自分が寝られないことを知った。外で控えていたボディ ガードが、全員倒されている。死人はいないようだが、すぐに目覚めるようなやられ方で もない。 思考が困惑し、加速する。 天内の仕業であるはずがない。ホテル内にまだテロリストが潜んでいるというのか。ゲ バルたちは無事... -
しけい荘大戦 第五話「海王になろう」
「今年の海王認定試験の開催地は、日本(リーベン)に決定した。君らならば充分合格圏 内にある。是非参加されてはいかがかな?」 コーポ海王の管理人、劉海王からの誘いだった。 試験の門戸は意外に広く、健康な男性ならばだれでも受験が可能なのだという。 しけい荘の住民たちは大いに奮い立った。中国拳法最高峰の証、海王。実に挑戦しがい のある試練ではないか。 まして、彼らが暮らす日本は資格社会である。資格さえあれば実際に通用するかはとも かく、スタートラインには立ちやすくなる。海王の称号があれば、道場を開くこともでき るし、講演会のネタにも困らない。 いくらかの打算を含む向上心から、しけい荘一行は受験を決意した。 ドリアンによると、試験の内容は毎年変わり、しかも武術性を重視するため当日まで明 かされないという。 「ちなみに私の時は山に素手でトン... -
しけい荘大戦 第二話「ルーザールーズ」
しけい荘203号室。シコルスキーとゲバルは暇を持て余していた。 「ゲバル、なんか面白い話とかないのか?」 「ン~……面白い話はないが……」 「ないが?」 「面白いゲームなら知っている」 目を輝かせ、身を乗り出すシコルスキー。 「どういうゲームなんだ?」 「ルーザールーズといって、ハンカチを使うゲームさ。もっともハンカチでなくとも丈夫 な布であればいいがね」 ルーザールーズ。シコルスキーには初耳だった。 「聞いたことがないな」 「へぇ、俺の故郷や米国(ステーツ)らへんじゃ結構有名なゲームだけどな」 「あいにく、ロシアは情報が閉ざされた国でね……暗黒街はそうでもないらしいが」 過剰に沈むシコルスキーを、ゲバルが励ます。 「あまり気にしないことだ。せっかくだし、アパートの皆を集めて説明しようか」 ルーザールーズというゲー... -
しけい荘大戦 第十五話「オリバの予感」
もし一匹のカマキリと殺し合いになったとしたら、人間はどう対処するだろうか。 足で踏み潰すだろうか、それとも手で叩き潰すだろうか、あるいは残酷にも体をバラバ ラにしてみせるだろうか。手段はどうあれ、人間の圧勝という結果は揺るがないだろう。 だが、カマキリのサイズが少し変わるだけで、結果は大きく揺らぐ──。 「テロリストト戦ウッテノハ聞イテタガヨ……相手ガカマキリダトハ聞イテナカッタゼ」 巨大カマキリを前に、さすがのスペックも動揺していた。 幻覚などでは、断じてない。 嫌でも目につく巨大な二丁鎌の前脚、細長く硬そうな胸部、重そうに大きく膨れた腹部、 表情を持たない逆三角形の頭部──いずれも緑色を基調として染色されている。 カマキリの後ろには、さっきまで勇敢に戦っていた警官とテロリストが無数に散らかっ ている。ケントが危惧した通り、敵味方の区... -
しけい荘大戦 第十七話「無呼吸の果て」
戦闘時、スペックは両の拳を天に捧げる構えを取る。脇腹をがら空きにしてでもパンチ に体重を乗せることを優先する、いわば攻撃特化のスタイル。息継ぎを伴わない不断の高 速連撃が、この構えを支えていた。 かつてスペックはある女性をめぐってドリアンと戦った。あのドリアンでさえ、無呼吸 連打に対しては防御を固めるしかなかった。 しかし、今彼が対峙している敵は次元がちがう。人間など及びもつかぬ攻撃性能と防御 性能で、スペックのラッシュなどお構いなしに反撃してくる。 ──ならば。 体全体を回転させてのフルパワー右フック。自らの血で飛沫を巻き上げながらの初弾も、 効力は薄い。すかさずカマキリが両前脚を振り下ろす。 スペック、これをバックステップでかわし、間を置かず左ストレート、左ミドルキック。 カマキリの右前脚によるフック。当たれば集中治療室行きの一... -
しけい荘大戦 第三十四話「ダヴァイッ!」
飛んでくるのは軽快なジョークでもなければ、陽気な笑い声でもない。荒海を狩猟場と してきた戦士による、純度百パーセントの闘争心のみ。シコルスキーの意地と底力が、つ いにゲバルの全力を引き出した。 立ち上がったシコルスキーは、たちまち背筋が凍りついた。 「これが、ゲバルの本気……。ここから……ってワケか……ッ!」 海賊時代の化粧を施し、より引き締まった肉体を手中にしたゲバル。格段に上昇した戦 力は、ゲバルの間合い(エリア)内の空間を捻じ曲げるほどだ。 歪曲した領域に、シコルスキーは切り裂く拳とともに果敢に侵入を果たす。 「出航(ふなで)の刻(とき)」 ゲバルは竜巻になった。遠心力をたっぷりと吸収した右フックが、シコルスキーの頬骨 にめり込む。風車のように横に一回転したシコルスキーの顎には、待ちかねていた左アッ パーが来訪する。 首を根... -
しけい荘大戦 第一話「シンクロニシティ」
しけい荘で暮らしていくには、最低でも最高速で突っ走るトラックと激突しても立ち上 がれるぐらいの耐久力を求められる。こんな世界最危険区域に指定されてもおかしくない 最凶アパートが、東京には実在する。 現在の入居者は七名。いずれも劣らぬ曲者揃いである。 101号室、アンチェインにして大家、ビスケット・オリバ。 102号室、殺法の達人にしてサラリーマン、柳龍光。 103号室、海王にしてペテン師、ドリアン海王。 201号室、凶器人間にして手品師、ヘクター・ドイル。 202号室、しけい荘最高齢にして家賃滞納常習犯、スペック。 203号室には、サンドバッグにして生命力ナンバーワン、シコルスキー。元海賊にし て現役大統領、純・ゲバル。この二人が同居している。 彼らが一堂に会する機会は、実はさほど多くない。しかし、今日は特別だった。 なぜ... -
しけい荘大戦 第二十話「バックファイア」
へし折れた鼻から夥しい量の血があふれ出す。ガーレンの鼻から顎にかけ、あっという 間に赤が塗りたくられる。 「おのれ……一度ならず、二度までも……ッ!」 無残に『領土』から垂れ流される『資源』に、ガーレンの怒りが頂点に達する。 これを好機(チャンス)と見たドイルは素早く立ち上がり、下半身の強化スプリングを も起動させ高速で踏み込むと、万全のスプリングパンチをお見舞いする。 効いた。ガーレンの巨体が大きくのけぞる。 右手首から飛び出た刃で胸に一太刀浴びせ、ジャンプ。右足、左足と華麗な二段蹴りを 決め、スマートに着地まで魅せるドイル。が、ガーレンも倒れない。 「どうやら……」虚ろな目で、重心を低く構えるガーレン。アマチュアレスリング特有の 体勢だ。「やはり君は投げ殺される運命にあるらしい」 突如、腕立て前方転回でドイルに迫ると、側転に技を切... -
しけい荘大戦 第十八話「チェックメイト」
光成と園田が、死闘を制したスペックのもとに駆け寄る。 「い、生きとるかっ?!」 「もうすぐパトカーが来る! しっかりしろッ!」 救急車はすでに警官やテロリストの搬送で手一杯のため、園田は機転を利かせ前もって パトカーを呼んでいた。 「ハハ……元気、イッパイ……ダゼ……」 精一杯の虚勢を張るスペック。唇を動かすたびに口の中から血が滴り落ちる。 まもなく到着したパトカーにスペックと加納を乗せると、園田は改めて現況の整理に取 りかかる。 「アンチェイン……いや、しけい荘には本当に感謝せねばならんな。これで東西南北のう ち、東、西、南からの攻撃は防げた……。あとは残る北門を守りきれば、我々の完全勝利 だッ!」 すると、光成の甲高い声が園田を呼ぶ。 「おォ~い、園田君。なにをやっておるんじゃ」 「はい?」 「モニター室で観戦の続き... -
しけい荘大戦 第二十二話「地上最強のガキ」
恨みはない。面識すらない。対決する必要は全くない。だからといって、やるからには 全力でやらねばならない。 オリバの剛腕が、刃牙の顔面を半分近く床に埋め込んだ。刃牙が腕立て伏せの要領で上 からの圧力に抗うが、押し込められた顔は一ミリさえ持ち上がってくれない。力での抵抗 は無意味に近い。 刃牙は真っ向からの脱出を諦め、発想を転換させる。自らの後頭部を掴むオリバの右腕 を、無我夢中で引っ掻いた。オリバの黒い皮膚に、赤い線が何本も刻まれる。 激痛で一瞬だけ力が緩んだ巨腕から、刃牙はようやく逃れることに成功した。 「ふぅ……スゲェ力だな、アンタ」 深く息を吸い込み、オリバの怪力に狂わされた体内リズムを整える刃牙。 「フム……粗塩も意味を成さんか。まだ若いのに、戦い慣れている」 傷まみれの右腕を観察し、感心するオリバ。 再び構え、即突っかけ... -
しけい荘大戦 第三十三話「ヤイサホーッ!」
一枚のバンダナをきっかけに、二人の闘士は期せずして「ルーザールーズ」の形を取っ ていた。 元々はゲバルがしけい荘に広めたゲームであり、シコルスキーもルールは知っている。 かといって、二人がバンダナを握り合ったのは偶然に過ぎない。ルーザールーズを始め る義務はどこにもない。 しかし、なぜかどちらもバンダナから指を離そうとはしない。 すでに二人の間で暗黙のルール変更は成されていた。 「俺もルーザールーズはずいぶんやったが、こういう始まり方はさすがに経験したことが なかったな」 「天の上にいる誰かさんが、やれっていってるのかもしれないな」 「……だったら、なおさらやらないと天罰が下るな」 「じゃあ始めようか」 規格外のピンチ(つまむ)力を二つも受け、バンダナが軋む。偶然か、はたまた必然か、 神が命じた天然ルーザールーズが幕を開ける。... -
しけい荘大戦 第十一話「我、五体猛毒なり」
「大統領の命(タマ)ァ取ったる……ぞォォォッ!」 「オオオオオッ!」 リーダー北沢に率いられ燃え盛る、一千人からなる大軍勢。 対する大統領陣営は、ホテル東門をオリバから任された柳ただ一人。津波の如く押し寄 せる群れから、柳は冷静に中心人物(キーマン)を見破る。 北沢ではない。おそらく実質のトップは、北沢の横にいる長身で浅黒い肌を持つ若者。 「まずあれを叩くか……」 たった一人でテロリストを迎え撃とうとする柳に、北沢が吠えかかる。 「おい、チビ親父ッ! まさかてめぇ、一人で俺らの相手するつもりかよッ!?」 「おい北沢、あいつは俺にやらせろ。軽く血祭りに上げて、さらにムードを盛り上げる」 「分かったぜ、内藤さん」 柳が標的にした若者は内藤という名だった。わざわざ向こうから来てくれるとは、これ ほど楽なことはない。 拳を構え、内藤が... -
しけい荘大戦 第二十一話「始まってしまった
米国大統領ボッシュ来日を引き金とし、勃発した対テロリスト戦争。 戦場と化した徳川ホテル東西南北の門は、ついに突破されることはなかった。 まだ残党による抵抗はあるものの、しけい荘住民の活躍によって主要メンバーを欠いた 者たちでは大統領までたどり着くことはほとんど不可能に近い。事実上、ドイルが担当す る北門の勝利によって戦争は決着した。 「よくやってくれた……。しけい荘の彼らがいなければ、今頃ボッシュの命はなかったか もしれんな」 モニター室。全ての終わりをようやく実感した園田は、素直にオリバを始めとするしけ い荘の面々に感謝の念を覚えた。 もちろん隣では、ある意味では黒幕といえる光成が満面の笑みを浮かべている。 「いやァ~どの戦いも楽しめたわい。これほど堪能したのは本当に久しぶりじゃ。どうせ なら、ホテルを全壊させるくらい派手にやって欲し... -
しけい荘大戦 第九話「アメリカ合衆国大統領」
午後六時──米国大統領、到着。 大勢のシークレットサービスを引き連れ、ボッシュは徳川ホテルの最上階に移動する。 東西南北に仲間が散り、しけい荘メンバーでホテル内にいるのはオリバとシコルスキー の二人のみ。 「シコルスキー、大統領が到着したらしい。今すぐ部屋に向かいたまえ」 「えっ、俺一人でか!?」 「当然だろう。心配するな、話はつけてある」 「し、しかし……本当に俺みたいな馬の骨が──」 シコルスキーが弱音を口にした瞬間、オリバはぐいっと胸ぐらを掴み上げた。 「お、大家さん……!」 「君は私のアパートの住民だ。たかが大統領如きに怯える必要など一ミクロンたりともな い。……分かるな?」 「……はい」 「もし外の四人が敗北し、私が突破されたなら、君の出番だ。──頼んだぞ」 オリバはシコルスキーを振り向かせ、背中に張り手を喰らわせ... -
しけい荘大戦 第十四話「エレファントキラー」
徳川ホテル西門では、機動隊とテロリスト部隊による激しい衝突が始まっていた。 守る側と攻める側、互いに相反する目的に従いながら、誇りを懸けて一進一退の攻防を 繰り広げる。 部隊の最後尾で指揮を執るテロリストらの幹部、ケント。身長250センチ以上を誇る ギネス級の大巨人である。 「ジャパニーズポリスもなかなか優秀なようだな……」 長引かせては、警察側に新たな戦力を投入され不利になるのは明らか。とはいえ膠着を 脱する妙案もなく、ケントが手をこまねいていると、彼の背後に見知らぬ四トントラック が停車した。 「何者かね……?」 「私ですよ、ケントさん」 「アレン君!」 トラックの助手席から、眼鏡と白衣を身につけた科学者風の男が降り立った。 名はアレン。テロリストに助力するという名目のもと、彼らから資本を得て、生物兵器 の開発を行って... -
しけい荘戦記 最終話「昨日の敵は今日の友」
珍しい光景だった。試合が決した瞬間、立っていたのは敗けた方であった。 ゲバルは立ち上がると、意識を失っているアライJrの手を取り、上に掲げた。しけい 荘とコーポ海王の面々は一人の例外もなく、彼らに惜しみない拍手を与えた。 審判を終えたオリバが、大家としてゲバルに話しかける。 「よくやったな、ゲバル」 「ありがとうアンチェイン。しっかし日本はすげぇのがいっぱいいるな。今日だけはロッ カーを使わず今すぐ眠りたい気分だよ」 「ふふふ……残念だが、まだ休めそうもないぞ」 「ん?」 オリバが指差した方角からは、ドリアン、柳、ドイル、スペック、シコルスキーが駆け 寄ってきた。──否、突進してきた。 「ラヴィ~ッ!」歌いながら迫るドリアン 「良き立ち合いだった」称えながら迫る柳。 「おめでとうッ!」祝いながら迫るドイル。 「胴上ゲダッ!」叫... - @wiki全体から「しけい荘大戦 最終話「夜明け」」で調べる