「は? お見合いだあ?」
母親の一言に、コジローは目を丸くしながら間抜けな声をあげた。
「あんたも、そろそろいい年なんだから身を固めなくちゃねえ」
「か、勝手なこと言うなよババア」
「じゃあ、おめえ何だ。いい人でもいるってのか?」
箸で煮物をつついていた父親が、コジローを怒鳴りつける。
「いや、別に付き合ってるやつもいないけどさあ」
「いないならいいじゃない? ね、ね? あってみるだけでもさ」
「うーん……」
コジローは腕を組んで考えこむ。確かに、恋人も好きな相手もいない。
しかし、お見合いなんてことになったらあいつ等はどんな顔をするだろう。
脳裏に、室江高剣道部の生徒たちが浮かぶ。
「はあ、久々に手伝いに来いって言うから来たのに、こんなワナがあるとは……」
「いいじゃない。あんたも家族ができればフラフラした生活もできなくなるよ」
母親がカラカラと笑いながらコジローの肩を叩く。
「で、写真がコレなんだけど」
そう言って見合い写真を母親が取り出したが、コジローはそれを手で制した。
「いいよ、別に。会うだけなんだから興味ねえよ」
「ま、この子ったら相手に失礼じゃない」
プリプリ怒る母親を尻目に、コジローはやれやれと立ち上がった。
「じゃあ、俺はもう帰るわ。なんか疲れちまったし、見合いはあとで決まったら教えてくれよ」
「あいよ」
本当に疲れた、と1人こぼしながらコジローは家路につくのであった。
「というわけで、今度の土曜日は用事があるから休みにする。
各自、休みだからといって気を抜かないようにな」
「先生、用事ってなーにー」
放課後、剣道部でコジローが休みの連絡を部員に告げる。
それと同時に、サヤが余計な好奇心を働かせてめざとく突っ込んできた。
「用事は、その、用事だよ」
「なんでどもるんですか?」
ミヤミヤも、コジローの言葉から何かを察したようだ。
「いや、それは……まあ、なんつーか、親の都合でな。お見合いをすることになって」
「えぇぇぇぇぇ!」
部員一同がざわめく。
「お見合いって先生、あんた!」
あんたには、と言いかけてサヤは思わず隣のキリノを見た。
眉毛一つ動かさず、同様すら見せずいつも通りにニコニコとしてる。
なんで、あんたコジロー先生がお見合いしちゃうんだよ! とサヤは思わず叫びたくなった。
「いや、別にそのまま結婚するわけでも付き合うと決まったわけでもないしな」
コジローがしどろもどろになって、生徒たちに言い訳した。
「先生、相手の人ってどんな感じなんですか?」
ミヤミヤが鋭い眼光で睨みながら、コジローにたずねた。
「いや、じつは興味ないから見合い写真も見てないんだ」
「いい加減ですね。だったら、最初から断ればいいのに」
「まあ、親の手前もあるしなあ……そういうわけにもいかねえんだよ」
そんな会話を聞きながら、サヤは今にも爆発寸前といった感じでギリギリと歯軋りをしている。
キリノを見ると、相変わらずおだやかで、それがなおのことサヤの怒りに火をつけていた。
「じゃあ、アタシは先に帰りますね」
しかも、キリノは突然立ち上がるとそういって道場から出て行ってしまう。
きっと、傷ついてるんだわ……とサヤの怒りは頂点に達した。
「先生! あんたねえ!」
サヤはいてもたってもいられなくなり、大声で叫ぶとコジローの胸元をつかんだ。
「お、おいおいサヤ」
「あんたねえ、どこまで鈍感であの子のことを苦しめたら気が済むのよ!」
ボロボロと涙をこぼしながら、コジローの顔を平手で2、3発殴る。
「もう、バカバカバカバカバカ!」
そのまま、腕を放すとキリノーと叫んで先に出て行ったキリノの後を追っかけていってしまった。
「先生、お見合いうまく行くといいですね?」
ミヤミヤはどす黒い笑顔でコジローに竹刀を投げつけると、ダンとともに出て行ってしまう。
サトリは空気を察して、ミヤミヤの後をついていき、ユージとタマキまで呆れた顔で道場を出て行く。
最後に忍からケリが一発入り、コジローは1人道場に取り残された。
「なんだよ、別に俺だって見合いなんかやりたくねえよ」
誰もいない道場で、コジローは1人天井を見上げているのであった。
土曜日。料亭の席に座っているコジローの気持ちはまったく晴れていなかった。
お見合いなんてガラじゃない。それに……とサヤのセリフを反芻しながら、
コジローは剣道部に復帰したときのことを思いだしていた。
こんなときに、抱きついてきたキリノが頭から離れないなんて……俺ってヤツはなあ。
「おい、虎侍。なにくらい顔してんだ。
これから、すげえ美人さんがお前にわざわざ会いに来るんだぞ?」
「そうよ、こんなチャンスめったにないんだからね」
「うっせーよ……」
親に悪態をつくコジロー。
「すみません、遅くなりました」
そんな会話を続けていると、見合い相手の母親らしき着物姿の女性が座敷に姿を現した。
その女性を見て、またキリノの姿を思い浮かべてしまう。
正体の分からない罪悪感で、胃がチクチクと痛んだ。
「いえいえ、私たちも今来たとこですよ」
「じゃあ、娘を連れてきますから。ほら、入っておいで」
よし、どんな相手でも断ろう。コジローは腹を決めお茶を飲みながら入ってくる相手を見た。
「失礼します」
そして、相手の姿を確認するとお茶を吹き出した。
「千葉紀梨乃と申します。よろしくお願いします!」
「キ……キリノじゃねえか!」
「あれ?虎侍。本当に見合い写真確認しなかったのかい。バカだねえ」
とまどうコジローを見て、ニヤニヤと笑う母親。
「ど、どういうことなんだよ。これは。ドッキリか?」
「いやあ、先生。じつはこの間石田さんがウチに惣菜買いに来たときに
いいお見合い相手がいないかって話になりましてね」
キリノの母親が、コジローに事情を説明しだす。
「それで、その話を聞いたウチの娘がアタシ、アタシがやるって聞かなくて」
「えへへへへへへ、ごめんなさい。でも、先生本当に見合い写真も見てなかったんすね」
「お前なあ……」
「じゃあ、後は若い2人に任せてあたしたちは退散しましょうか」
「オホホホ、そうですねえ」
「お、おい待てよ」
コジローの両親は、キリノの母親と一緒に部屋から出て行ってしまった。
「ええと、普段はどんなお仕事をされてるんでしょうか」
「知ってるだろ……お前なあ」
「いやあ、形だけでもお見合いっぽくしとかないとなあ、なんて」
ハア……とため息をついてコジローはキリノを見る。
「でも、まあ何だか安心しちまったよ」
「あたしもっすよ。先生、よっぽどお見合いしたくなかったんですね」
「別にそういうわけでもなかったんだけどな」
ニコニコと笑うキリノを見て、コジローは思わず彼女の頭をなでた。
「ま、ここの料理はうまいって話しだし、飯でも食べながら話でもするか?」
「はい! アタシ、ゆっくりコジロー先生と1日話してみたいなって思ってたんですよ」
こうしてコジローのお見合い騒動は幕を閉じた。
結局このお見合いがどうなったのかは……ご想像にお任せすることにしよう。
最終更新:2008年12月06日 22:34