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混沌戦争 - (2015/12/02 (水) 00:42:19) の最新版との変更点
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**混沌戦争 ◆Wv2FAxNIf.
「どうしよう……メリルがいない!!」
往来の真ん中で、大真面目に、その青年は叫んでいた。
端正な容貌を持った金髪碧眼の若者だ。
情けない声を上げてはいるが、身を包むのは物々しい漆黒の甲冑。
そしてそれを飾る赤青二色の布地、随所にあしらわれた紋章、そのどれもが彼のドナティア騎士という身分を示している。
より正確にいえば、神聖ドナティア帝国の黒竜騎士。
強大な軍事国家の中でも最強の戦力と謡われる黒竜騎士団、その末席に名を連ねるのがこの青年――スァロゥ・クラツヴァーリである。
一騎当千の能力と絶大なカリスマをもって部隊を率いる騎士――それが黒竜騎士という存在だ。
〈赤の竜〉と同格の存在〈黒の竜〉と契約した者たちであり、三十名のみという精鋭中の精鋭である。
だがスアローはひどく風変わりな騎士だった。
人通りの多い町中で、人目も気にせず狼狽するその姿は、黒竜騎士に憧れる人々の夢を一瞬にして粉砕するに違いない。
だがスアローは深刻な問題に直面しているのだ。
「どうしようこの状況、僕一人でどうにかなるとは思えない……!
しかも婁さんまでいるじゃ――あっ」
スアローが手にしていた名簿に目を通したところで、「名簿が崩れ落ちた」。
自ら破ったわけではない。
ただそれが紙の寿命だったとでもいうように自然と、スアローの手から細かな紙片となって風に流されていく。
「あっちゃんこー……」
困り果てたように――だがこうなることを知っていたように諦めた表情で、スアローは名簿の残骸を見送った。
『粉砕』の呪い。
生まれながらにして付きまとう、スアローを蝕むもの。
スアローが手にしたものは例外なく、その一回で破壊される。
食器も、本も、釜も、触れればそのどれもが悲鳴を上げるように軋み、壊れてしまう。
顔以外で唯一鎧に覆われていない両腕は、その能力をそのまま示したかのようにどす黒く染まっている。
この理不尽な力を呪いと呼ばずして、何と呼ぶのか。
つまりスアローは一人では何もできないのである。
着替えも、飲食も、財産の管理も。
従者であるメリル・シャーベットの献身的なサポートがあってようやく人並みの生活を送れているのだ。
たった一人でこの儀式に巻き込まれたスアローが頭を抱えるのも、致し方ないことだった。
「どうする、このままじゃ僕は食事の度に犬食いする羽目に……!
水も飲めない、そもそも財布がない!!」
そうしてひとしきり騒いだ後、大仰に溜息を吐き、のろのろと歩き出す。
嘆いたところで、メリルは現れないのだ。
「……うん、とりあえず忌ブキさんとエィハさんを探そう。
多分、少しは協力してもらえる……かも知れない」
名簿に記載されていた二人の名前を挙げ、スアローは一人で何度も頷く。
忌ブキとエィハは知り合いではあるのだが、スアローとは微妙な関係を保っている。
かといって他に頼れる相手もいない。
他に名簿にあったのは知らない名前ばかりで、残るもう一人の知り合いに関しては論外だった。
少し時間をおくと落ち着きを取り戻し、メリルの不在についても諦めがついた。
そしていないものは仕方がないと、スアローはそのまま街の散策を始めたのであった。
知り合いの暗殺者が参加しているということもあって警戒ながら進んでいたのだが、緊張は次第に緩んでいった。
何せ、目新しいものに満ち溢れた街だ。
ドナティア本国すら及ばないほどの賑わいを見せる都市の存在など、スアローは想像したこともなかった。
しかしくつろぎ始めてはいるものの、街全体の違和感に関心がないわけではない。
(『夢』……ねぇ)
〈喰らい姫〉の説明を反芻しながら、思い出す。
数日前、スアローは彼女から手紙を受け取った。
手紙の中で〈赤の竜〉と縁深き者、と名乗っていた彼女。
そしてニル・カムイを蹂躙する〈赤の竜〉について、夢のようなもの――と説明していたのだ。
夢、故に討伐することはあたわない。
本体を目覚めさせたくば、時代の移り変わりに浮かび上がる〈契りの城〉に来い――と。
その手紙を受けて、スアローはドナティア軍とともに指定された地へ向かっていた。
この儀式では少々のルール変更があったが、「〈契りの城〉で〈竜〉の本体を殺す」という部分は変わりないようだ。
(ニル・カムイで暴れる〈竜〉も、この土地も、住んでいる人々も、全部夢……。
それなら、この夢を見ているのも〈赤の竜〉なのかな)
〈契りの城〉で微睡む〈竜〉に思いを馳せ、スアローは空を見やる。
作りものであろうその空は、普段見る景色と「何ら変わらない」。
脆い。
今にも崩れ落ちそうだ。
もっともそれは空に限った話ではなく――スアローの目には何もかもが、儚いものにしか見えないのだが。
そうしてほどなくして、街全体が還り人の軍勢に飲み込まれた。
▽
聞仲はその場に留まり、忌ブキと話を続けていた。
大きな通りが交差した中心で、それぞれの通りの数百メートル先は死体――忌ブキが言う、還り人たちによって塞がれている。
そこに不可視の壁があるかのように、彼らは近寄ってこない。
聞仲と忌ブキはそんな彼らを無視して会話しているのだった。
聞仲が新たに課した条件を忌ブキが飲んだことで話は纏まり、約束通り忌ブキから情報を得ているところだ。
「さて……」
その聞仲が、忌ブキの話を中断させた。
数十分にわたって動きのなかった還り人たちが、再び活発に蠢き出したためだ。
聞仲が警戒を強めるものの、還り人たちの意識は聞仲や忌ブキには向いていない様子だった。
群れに遮られて見えない大通りの先で、何かが起きているらしい。
「黒麒麟」
『お任せ下さい、聞仲様』
傍に控えていた霊獣は聞仲が詳細な指示をするまでもなく、忌ブキの盾となる位置に移動した。
何か来る。
気配を察して、聞仲はその方角に目を凝らす。
そして――還り人たちが吹き飛ばされた。
胴体や手足が千切れ、紙のように軽々と宙を舞う。
そうして拓けた道から一人の青年が現れたのだった。
「おっと、ここかな?」
重々しい漆黒の鎧に身を包んだ、金髪の青年だった。
だが目を見張るべきは鎧ではなく背中の、腰より少し低い位置に提げられた剣の方だ。
十本にもなる剣を革ベルトで束ねており、鞘の先端から剣の柄にかけて扇のように広がって見える。
その重量をものともせず、還り人の群れを軽々と踏破してきた――それだけで、人間離れした実力が窺えた。
そしてその青年の異質さを何よりも物語るのは、青年が手にしてた剣の末路。
今しがた還り人たちに向かって振るった剣が、根本から砕け散った。
自然と――不自然なまでに自然と『粉砕』されたのだ。
彼が仙道であるかないかなど些末な問題であり、聞仲は既に禁鞭に手を伸ばしていた。
しかし当の青年はといえば、脳天気な笑顔で聞仲に向かって手を振っていた。
「おーい、そこの人ー」
聞仲が特に反応せずにいると、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。
およそ「殺し合え」と言われたばかりとは思えない、人のやる気を削ぐ優男である。
青年はそうして聞仲の前までやってきて、はにかみながら事情を話し出した。
「いやー、話ができそうな人に会えてよかった!
さっきこっちで凄い音がしたから、きっと誰かいると思ったんです。
僕はドナティアの」
「スアロー・クラツヴァーリだったか」
「そうそう……あっれー、僕ってそんなに有名人?
それともどこかでお会いしましたっけ?」
この状況で名を言い当てられても、やはり軽い調子だった。
聞仲はこれ以上の会話は不毛と打ち切ろうとしたが、聞仲に代わって応える声が上がる。
「僕が、教えました」
黒麒麟の陰にいた忌ブキが進み出る。
それを見たスアローは表情を一層明るくした。
「忌ブキさん!
無事でよかった、こんなに早く会えるなんて!」
再会を喜ぶスアローとは対照的に、忌ブキの表情は暗い。
そのことに気づいているのかいないのか、スアローは相変わらず親しげに言葉を投げかける。
「この人は知り合いなのかい?
知ってると思うけど僕は真面目で堅そうな人が苦手でね、できれば忌ブキさんからも何か――」
「スアローさん」
忌ブキの真剣な声に、スアローの喋りがぴたりと止まる。
人なつこい笑みは、苦い笑いに代わったのだった。
「僕は……革命軍の王です」
「うん、禍グラバさんから聞いてるよ。
君がそう決断したっていうなら、それはそれでいいと思う」
先程までの無駄に明るい調子は故意のものだったようで、スアローは落ち着いた様子で頷いている。
忌ブキの言う「革命」の意味を知った上での言だとすれば、冷静というより淡白ですらあった。
柔らかい雰囲気を纏うのにどこか冷め切っていて、掴みどころがない。
それが、聞仲から見たスアローの印象だった。
「僕はニル・カムイを変える為に、契り子になります」
「ってことは、君は〈赤の竜〉に会うんだね。
そうなると――」
「遠慮は無用、ということだ」
今度は聞仲が二人の会話に割って入る。
忌ブキの知り合いであっても、聞仲がやるべきことは変わらない。
「待った待った!!
せめてもう少し話し合いを!」
「何故私がこの場に留まっていたと思う?
……陛下をお捜しする前に、間引くためだ」
黒麒麟とともに上空から確認した限り、この東京という土地はそれなりの広さがある。
その中から二十人の参加者を捜し出すのは至難。
よって聞仲は、参加者たちが自ら姿を見せるよう網を張ったのだった。
忌ブキを助ける際、禁鞭の攻撃を必要以上に広範囲に向けたのもそのためである。
まだスアローが何事か叫んでいたが、聞仲は既に聞く耳を持たない。
禁鞭が振り下ろされ、この新宿に二度目の轟音が響き渡った。
▽
忌ブキは黒麒麟の足にしがみつき、何とか吹き飛ばされずに済んだ。
額から生えた角が、熱を帯びているのが分かる。
皇統種が持つ恩恵《魔素の勲》。
空気中の魔素を操り、聞仲に優位な場を作り出しているからだ。
「問題なかったのだろう?」
「…………はい」
祝ブキは聞仲の問いに答えながら、激しい風と土埃に目を瞬かせる。
そして聞仲の背中に、そしてスアローが立っていた場所を見つめる。
妙な人物ではあったが、忌ブキやエィハに対していつも気遣っていた黒竜騎士。
忌ブキが悩んだ時、相談を持ちかけたこともある。
嫌いではなかった、むしろ皇統種やドナティア騎士という身分がなければもっと話せていたのではないかと思う。
だが忌ブキは彼の情報を、聞仲に渡した。
臨戦態勢に入った聞仲を止めようとはせず、むしろその背を押した。
聞仲が出した条件のうちの一つに、「保護を適用するのは忌ブキのみ」というものがある。
聞仲には、参加者二十名のうち知り合いが三名いるのだという。
そして聞仲は彼らを生還させるつもりでいる。
それは聞仲を含めれば四名分、〈赤の竜〉に謁見するための切符は既に指定されているようなものだ。
残る一つの切符が忌ブキのものになる。
つまり忌ブキが「他に生き残らせたい人がいる」と言ったところで、聞き入れられることはないのだ。
その条件を、忌ブキは承諾した。
エィハも、スアローも、婁震戒も――大切な友達も、仲間だった人たちも。
彼らを殺しても構わない、そして自分だけは助けて欲しいと。
自分が生き残るために、恥も外聞もない取引をした。
そうしてでも忌ブキは生き残る必要があった。
だからせめて、スアローの最期からは目を逸らすまいとしていたのだ。
もっとも――少なくとも今の一撃だけでスアローが死ぬとも、忌ブキには思えなかったのだが。
「いやー……参った、これは本格的に参った。
流石に僕もお手上げかも知れない」
砂煙の中から、緊張感の薄い聞き慣れた声がする。
視界が晴れるとそこにはスアローの姿があった。
何事もなかったかのように無傷のまま、まだ剣も手にしていない。
それを見て安堵してしまっている自分に気づき、忌ブキはかぶりを振ってその考えを追い払った。
そんな忌ブキの複雑な心境を知ってか知らずか、スアローは平然と会話を再開するのだった。
「一応もう一度確認しますけど、他の方法を採るつもりはありませんか?
僕としても〈赤の竜〉には会いたい。
でも五人と言わず二十人全員で〈契りの城〉を目指せないか、少し模索してもいいんじゃないかなって」
「必要ない。
そんな不確かな可能性に懸ける時間も惜しい」
スアローが持ちかける交渉に、聞仲が応じる様子はない。
忌ブキの時と同様、聞仲の優先順位は常に揺るがない。
「スアロー・クラツヴァーリ、おまえはここで死ね。
我が子……殷の永遠の繁栄のために」
そこで――スアローが動きを止めた。
目を何度も瞬かせ、聞仲をまじまじと眺めている。
喜んでいるような、驚いているような。
不思議なものを見るような目を、向けている。
「永遠?」
スアローのその呟きを聞いて、忌ブキは思い出す。
婁震戒が混成調査隊を離反した後、シンバ砦でスアローと話した時の、彼の言葉を。
――率直に言って、物には愛着が持てないかな。
――なにしろ、僕は一度も物を所有したことがない。
スプーン一つ、どころか石ころ一つですら、彼は手にできない。
手にしたものは分け隔てなく、全て壊れてしまうから。
――僕はそういうたった一回で壊れてしまう物に愛着は持てないが、同時に愛してはいる。
――永遠に残るから愛しているのではなく、壊れてしまうからこそ、僕はそれを惜しんでいる。
きっとスアローは、「永遠」というものを誰よりも――
「今、永遠って言ったのかい?」
スアローが聞仲に対し、再度問う。
その唇は引きつるような、歪んだ笑みをつくっていた。
▽
絶体絶命。
そんな状況で、スアローは笑っていた。
「今、永遠って言ったのかい?」
「……それが、何か?」
対する聞仲は憤怒のような、嫌悪のような表情を浮かべていた。
今、スアローは彼の心の踏み込むべきでない箇所へ踏み込もうとしている。
そのことを、スアロー自身が気づいていないわけではない。
それでも踏み込まずにいられないのだ。
「〈喰らい姫〉が見せてくれたけど、殷って国……というか王朝だったと思うんだ。
王朝って滅んだり滅ぼされたり、新しく興ったりするものだよね?」
「殷は滅びない。私が滅ぼさせない。
それだけの話だ」
「仮にあなたが殷を守り続けたとして、それでもあなたにだって寿命はあるだろう。
亡くなった後まで守る気なのかい?」
「私は道士だ、人間よりも長く生きる。
それまでに私がいなくなっても存続可能なシステムを構築する必要はあるだろう」
「どんなにあなたが頑張っても、星にだって寿命がある。
星がなくなったら王朝どころの話じゃないんじゃないか?」
「くどいッ!!!!!!」
聞仲の額が縦に割れ、第三の目が開く。
凄まじい怒気とともに再び砂塵が舞い上がり、地面が揺れる。
スアローはその怒りに圧倒されるも、張り付いた笑みは消えなかった。
「私は殷を守る。星が消えるというなら星も守ろう。
殷は永遠に滅びない。
おまえは私の揚げ足取りをしたいのか?」
「違う、そうじゃない。
僕はあなたのことをもっと知りたくなったんだ」
聞仲が怒るだろうと予想しつつ言ったのは確かだが、決して怒らせたかったわけではない。
スアローが聞仲に抱く感情は悪意でも敵意でもなく――尊敬であり、羨望だ。
「僕は、物に愛着がない。執着というものもできない。
だからあなたみたいに一つのものに……それも王朝なんて形のないものにこだわるあなたに、憧れる」
はじめて婁震戒と出会った時と同じだった。
剣を命よりも大切なものと言い切った婁を見て、そんな彼を見ていればその感覚を学習できるのではと期待した。
結局分からないまま彼と袂を分かったが、嫉妬にすら似た感情は今も残っている。
「そこまで極端に打ち込む人なんて、婁さんぐらいかと思ってたんだ。
だから驚いたし、僕をここに呼んだ〈喰らい姫〉に感謝したくなった……ちょっとだけね」
婁震戒に打ち明けたその時まで、誰にも告げずに内側に秘め続けていた空白。
スアローの胸の中心にある、がらんどう。
「執着を知りたい」などと。
婁震戒に出会うまで、他人にそんな話をする日が来ると思っていなかった。
またこうして口にする日が来るとも思っていなかった。
聞仲という存在はスアローに対し、婁に出会った時に近い衝撃をもたらしたのだ。
「愛着も執着も、こだわりもないか。
おまえは私にとってどうあっても相容れない相手のようだ」
「……そうなんだよねぇ」
スアローにとって相容れる相手などいない。
聞仲や婁に限った話ではなく、友達も、気の合う相手もいない。
「物を所有する」という当たり前の経験が欠落しているスアローは、他の誰とも感覚を共有できない。
そこにいるだけで、呼吸しているだけで、こだわりや信念を持った者の神経を逆撫でて苛立たせてしまう。
混成調査隊の一員として過ごした日々は、スアローに少なくない変化をもたらした。
このどうしようもない呪いとも、以前よりも少しだけ、折り合いがつけられたように思う。
けれどこうして執着を知る者と対峙すると、改めて思い知らされる。
スァロゥ・クラツヴァーリはいつでも、どこまで行っても、たった一人なのだと。
「ここで最初に迎え討つ相手がおまえだったことは、私にとって幸運だったのかも知れん。
真っ先に、消しておく必要がある……!」
「そうだよねー、結局こうなる気はしてた!
〈喰らい姫〉への感謝は撤回!」
言うと同時に、スアローが左足の契約印を解放する。
〈黒の竜〉に与えられた傷。
契約した時点でスアローの身体能力はおよそ三倍に跳ね上がったが、契約印を解放すれば更に三倍。
左足の火箸が突き刺さるような痛みと引き替えに、元の十倍近い力を発揮できるようになる。
契約印解放後のスアローは、もはやヒトガタの〈竜〉に等しい。
契約印を解放する一呼吸の間に、既に聞仲の鞭が迫ってた。
回避の目はなく、スアローは《黒の帳》を展開する。
〈黒の竜〉に与えられた恩恵の一つであり、自身の生体魔素を消費して自分の周囲に頑強な障壁を作る力だ。
聞仲の初撃を防いだのもこの障壁であり、契約印を解放した今なら黒竜騎士団団長の一撃でも防ぐことができる。
鞭と《黒の帳》がぶつかり合う。
拮抗し、そして、鞭が障壁を破ってスアローの頬を掠めた。
「えっ」
聞仲の最初の一撃は様子見の、挨拶代わりのようなものだったのだろう。
だが聞仲がほんの少しやる気を見せれば、契約印解放後の《黒の帳》すら易々と突破してしまう。
それを受けてスアローは瞬時に判断した。
無理、と。
《黒の帳》は強力な盾ではあるが、スアローの生体魔素を必要とする。
何度も展開できるようなものではなく、防戦に回ればあっという間に魔素の枯渇を招くだろう。
故にスアローは前へと踏み出した。
腰のテンズソードホルダーに換装された十本の剣、うち一本は既に還り人相手に使ってしまっている。
残る九本全てを消耗する覚悟で、スアローは聞仲に挑みかかる。
スアローが手にした全てのものは『粉砕』されるが、それだけではない。
壊れる瞬間、そのものが生きるはずだった時間、年月の全てを最大限に発揮する。
そのものが剣であれば、一層の破壊力を絞り出す。
そこに〈黒の竜〉との契約が加わることで、城塞すら打ち崩すほどの威力をもたらすのだ。
「当たれ……っ!」
高く掲げて振り下ろした一撃は躱され、地面を穿って地割れを引き起こす。
同時に剣が砕け散り、いつもの虚無感と息苦しさがスアローの胸に迫る。
だがスアローは止まらずに新たな剣を抜き放った。
「次!」
スアローは壊れてしまうものを惜しみ、愛している。
だが壊れてしまったものに対する感慨は持たない。
たった今、己の呪いで破壊した剣も同じことで、既に意識の内にはない。
一振り、また一振りと、スアローが振るった剣はその風圧だけで地面や周囲の建物を砕くが、聞仲には届かない。
聞仲は鞭の破壊力にものを言わせるだけの人物ではなく、そもそもの膂力が並外れているのだ。
余裕をもって、子どもをあしらうように避けている。
五本目の剣を抜く。
振り抜き始めた時点で、聞仲がスアローの間合いから跳び退って逃れるのが見えた。
更に踏み込んでも、なお足りない距離は剣一本分。
これまでよりはいくらか接近できているが、このままでは掠りもしない。
だが――届くのだ。
「《黒の刃》を乗せる!!」
左足から噴き上がった闇の奔流が剣にまとわり、質量を増大させる。
螺旋に渦巻いた黒い魔素が空間を浸食し、掻き毟る。
漆黒に染まった剣は巨人が振るうものと見紛うほどの大きさにまで膨れ上がった。
スアローが踏みしめた地盤はその重量によって蜘蛛の巣のようにひび割れる。
「――――――」
踏み込み。
腰の捻り。
腕の角度。
全てが噛み合って、スアローは決定的成功(クリティカル)を確信する。
聞仲が腕を上げて防御しているのが目に入ったが、これが生身の腕で防げるような一撃にならないことは明白だった。
剣を振り抜く瞬間、胸に去来するのは。
やはり、虚しさだけだった。
▽
まるでこの世の終わりのようだと、忌ブキには思えた。
破壊の規模だけなら〈赤の竜〉に破壊されたシュカの街の方が酷かった。
だがここで戦っているのは、たった二人。
黒竜騎士と道士が衝突しただけで、かろうじて原型を留めていた建造物も崩れ、舗装された道路は無惨にめくれ上がっている。
忌ブキが黒麒麟の影に隠れていなければ、飛んできた瓦礫が当たっただけで死んでいただろう。
忌ブキにとっては絶望的なまでに、遠い。
道士である聞仲も、それと渡り合うスアローも――同じ人間とは思えないほどに、超えがたい隔たりを感じた。
しかしそんな戦いにも終わりが近づいている。
スアローの刃が聞仲を捉えるところまでは、忌ブキにも見えていた。
だが聞仲が吹き飛んで建物の瓦礫に叩き込まれた後は、土煙に阻まれてしまっている。
「結局、どうなって……」
それでも忌ブキには分かっていた。
聞仲が倒れたのか否か。
黒麒麟が動こうとしない時点で――動くまでもないと判断している時点で――聞仲は健在なのだ。
「勘弁して欲しいなぁ……。
あなただったら、一人で〈赤の竜〉を倒せちゃうんじゃないか?」
疲れたように苦笑するスアローに、砂塵の内側から禁鞭が襲いかかった。
長い一本の鞭のはずなのに、その速度のあまり忌ブキの目からは無数に枝分かれして見える。
禁鞭を叩きつけられたスアローは、その目前に発生させた黒い障壁ごと弾き飛ばされた。
「忘れていた肉体的な痛みを思い出した。
少々、見くびっていたようだ」
そう口にする聞仲の腕から血が滴り落ちるが、禁鞭を振るうのに支障はないようだ。
ぞっ、と忌ブキの背筋に寒気が走る。
かつて契約印を解放したスアローが岩巨人を両断する姿を、忌ブキは目の当たりにしていた。
空をも斬り裂くような、痛烈な一撃。
それが聞仲にはまるで通用していない。
自分がどんな相手と手を組んだのか――組んでしまったのか。
それを改めて見せつけられた。
「これで――」
『聞仲様!!!』
突然、それまで静観を続けていた黒麒麟が動いた。
黒い巨体が浮き上がって聞仲の頭上に位置取り、同時に金属音が響いた。
空から降り注いだ無数の閃光が、黒麒麟の装甲に遮られて弾かれる。
そして一人の金髪の少年が、黒麒麟よりも更に高い位置から落下してきた。
その少年は猫のようにしなやかな身のこなしで着地し、悔しそうな声を漏らす。
「かってー!
何だこいつ!!」
言いながら、聞仲と倒れたスアローの間に立つ少年。
唐突に乱入してきた彼はスアローを助けるつもりなのだと、忌ブキは遅れて理解した。
「おい、あんた。
まだ動けるんだろ?」
「ひょっとして僕に言ってる?」
「他に誰がいるんだよ!」
スアローが暢気な返事をしながら立ち上がった。
障壁で禁鞭を防いでいたためか、こちらも大きな怪我はないらしい。
そして少年は、おもむろにスアローの手首を掴んだ。
「今回はカンベンしてやる!」
スアローの手を引き、少年が脱兎のごとく逃げていく。
聞仲の怒りが膨れ上がるのが、離れた位置から見ている忌ブキにも伝わった。
「逃がすと思うか!?」
禁鞭が振り下ろされる。
度重なる衝撃で脆くなっていた地盤が崩れて陥没し、二人が立っていた場所に大穴を作った。
だがそこに二人の姿は既になく、忌ブキには小さくなっていく背中だけが見えた。
▽
『……さしでがましい真似をしました、聞仲様』
「構わん」
『今ならまだ追いつけるかと』
「いや、今回はこれでいい。
私も冷静さを欠いた」
黒麒麟と会話しながら、聞仲はスアローたちが逃れた方角を見遣る。
スアローは強い相手ではあった。
仙道と比べても遜色なく、〈赤の竜〉と同格の〈黒の竜〉から力を得ているという話にも頷ける。
とはいえ、感情的になってまで固執するべき相手でもなかったはずだ。
執着がない。
それを当たり前のことのように言う男。
生かしておくだけで、これまで大切にしてきたものに泥を塗られたような気分になる。
おどけた態度こそ太公望に近いが、その性質は真逆と言ってもいい。
「……次はない」
それだけ呟き、聞仲は視線を外す。
スアローのことをこれ以上思い出すまいとするように、次にとるべき行動へと思考を移した。
【一日目昼/新宿】
【忌ブキ@レッドドラゴン】
[所持品]鞭、〈竜の爪〉
[状態]健康(現象魔術を数度使用)
[その他]
・タタラの本名は聞いていません。
・聞仲の生殺与奪に口出ししない。
【聞仲@封神演義】
[所持品]禁鞭、黒麒麟
[状態]腕に軽傷
[その他]
・情報と引き換えに忌ブキを保護する。
▽
ティーダと名乗った少年とともに走り続けたスアローは、還り人がいない地域まで逃れて一息ついた。
黒い魔物から聞仲と呼ばれていた彼は、追ってきてはいないようだった。
「助かったー、君は命の恩人だ!
あの人から逃げられるとは思ってなかったよ」
「見逃された、って感じだったけどな……」
ティーダの逃走は確かにそれに特化した技術ではあるが、誰にでも通用するわけではないという。
今も追いすがってくる様子がないことからも、ティーダの言うように「見逃された」というのが正しいのだろう。
改めて二人きりになり、スアローはティーダの姿を頭の頂点から爪先まで観察する。
少し日焼けした、金髪の少年。
こんな状況でも表情や声は明るく、溌剌としている。
左腕こそ防具で固めているものの、残る手足は肌を晒した身軽なものだ。
逃げる途中に襲いかかってきた還り人の群れを片手剣一つで難なく撃退していたところから、戦い慣れているのが分かる。
聞仲に奇襲を仕掛けたぐらいなのだから、自分の力に自信もあるのだろう。
名前を名乗り、身分を伝え、相手が本当に信用できるのか探り合って。
そういう手順が必要になる場面だった。
しかしスアローには、そういった順番を無視してでも確かめねばならないことがある。
従者のメリルからどんなに渋い顔をされても直ることがない、スアローの悪癖のうちの一つである。
「一つ訊きたいんだけど、いいかな」
「なんスか?」
ティーダの歳は、見たところスアローよりも十ほど下だ。
既に少年と青年の狭間に差し掛かっているようだが、スアローは確認せずにはいられなかった。
「君は育っちゃう系? それとも育たない系?」
「はぁ?」
忌ブキにも、エィハにも、初めて会った子どもには例外なく使ってきた質問である。
毎回相手から怪訝な顔をされるが、スアローは特に気にしていない。
初めこそ、ティーダはわけが分からないといった表情を浮かべていた。
だが次第に真剣なものに変わり、明るかった顔は曇っていく。
そんなティーダの様子に「気づいてはいても関係なく」、スアローは答えを待った。
そしてティーダはスアローと目を合わせることなく、独り言のように呟いたのだった。
「俺は育っちゃったけど…………多分もう、育たない」
ティーダが苦々しく俯く。
故に、ティーダは見ていなかった。
スアロー自身も鏡を見ていたわけではないので、誰もスアローの表情を見ていなかった。
ティーダの返答を聞いたスアローの目は期待に溢れ――笑っていた。
【一日目昼/新宿北部】
【スアロー@レッドドラゴン】
[所持品]両手剣×4
[状態]軽傷
[その他]
・〈竜殺し〉です。
【ティーダ@FFX】
[所持品]アルテマウェポン
[状態]健康、オーバードライブ使用直後
[その他]
・特記事項なし
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|005:[[殷の太師]]|忌ブキ|-|
|~|聞仲|~|
|&color(blue){GAME START}|スアロー・クラツヴァーリ|-|
|~|ティーダ|~|
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**混沌戦争 ◆Wv2FAxNIf.
「どうしよう……メリルがいない!!」
往来の真ん中で、大真面目に、その青年は叫んでいた。
端正な容貌を持った金髪碧眼の若者だ。
情けない声を上げてはいるが、身を包むのは物々しい漆黒の甲冑。
そしてそれを飾る赤青二色の布地、随所にあしらわれた紋章、そのどれもが彼のドナティア騎士という身分を示している。
より正確にいえば、神聖ドナティア帝国の黒竜騎士。
強大な軍事国家の中でも最強の戦力と謡われる黒竜騎士団、その末席に名を連ねるのがこの青年――スァロゥ・クラツヴァーリである。
一騎当千の能力と絶大なカリスマをもって部隊を率いる騎士――それが黒竜騎士という存在だ。
〈赤の竜〉と同格の存在〈黒の竜〉と契約した者たちであり、三十名のみという精鋭中の精鋭である。
だがスアローはひどく風変わりな騎士だった。
人通りの多い町中で、人目も気にせず狼狽するその姿は、黒竜騎士に憧れる人々の夢を一瞬にして粉砕するに違いない。
だがスアローは深刻な問題に直面しているのだ。
「どうしようこの状況、僕一人でどうにかなるとは思えない……!
しかも婁さんまでいるじゃ――あっ」
スアローが手にしていた名簿に目を通したところで、「名簿が崩れ落ちた」。
自ら破ったわけではない。
ただそれが紙の寿命だったとでもいうように自然と、スアローの手から細かな紙片となって風に流されていく。
「あっちゃんこー……」
困り果てたように――だがこうなることを知っていたように諦めた表情で、スアローは名簿の残骸を見送った。
『粉砕』の呪い。
生まれながらにして付きまとう、スアローを蝕むもの。
スアローが手にしたものは例外なく、その一回で破壊される。
食器も、本も、釜も、触れればそのどれもが悲鳴を上げるように軋み、壊れてしまう。
顔以外で唯一鎧に覆われていない両腕は、その能力をそのまま示したかのようにどす黒く染まっている。
この理不尽な力を呪いと呼ばずして、何と呼ぶのか。
つまりスアローは一人では何もできないのである。
着替えも、飲食も、財産の管理も。
従者であるメリル・シャーベットの献身的なサポートがあってようやく人並みの生活を送れているのだ。
たった一人でこの儀式に巻き込まれたスアローが頭を抱えるのも、致し方ないことだった。
「どうする、このままじゃ僕は食事の度に犬食いする羽目に……!
水も飲めない、そもそも財布がない!!」
そうしてひとしきり騒いだ後、大仰に溜息を吐き、のろのろと歩き出す。
嘆いたところで、メリルは現れないのだ。
「……うん、とりあえず忌ブキさんとエィハさんを探そう。
多分、少しは協力してもらえる……かも知れない」
名簿に記載されていた二人の名前を挙げ、スアローは一人で何度も頷く。
忌ブキとエィハは知り合いではあるのだが、スアローとは微妙な関係を保っている。
かといって他に頼れる相手もいない。
他に名簿にあったのは知らない名前ばかりで、残るもう一人の知り合いに関しては論外だった。
少し時間をおくと落ち着きを取り戻し、メリルの不在についても諦めがついた。
そしていないものは仕方がないと、スアローはそのまま街の散策を始めたのであった。
知り合いの暗殺者が参加しているということもあって警戒ながら進んでいたのだが、緊張は次第に緩んでいった。
何せ、目新しいものに満ち溢れた街だ。
ドナティア本国すら及ばないほどの賑わいを見せる都市の存在など、スアローは想像したこともなかった。
しかしくつろぎ始めてはいるものの、街全体の違和感に関心がないわけではない。
(『夢』……ねぇ)
〈喰らい姫〉の説明を反芻しながら、思い出す。
数日前、スアローは彼女から手紙を受け取った。
手紙の中で〈赤の竜〉と縁深き者、と名乗っていた彼女。
そしてニル・カムイを蹂躙する〈赤の竜〉について、夢のようなもの――と説明していたのだ。
夢、故に討伐することはあたわない。
本体を目覚めさせたくば、時代の移り変わりに浮かび上がる〈契りの城〉に来い――と。
その手紙を受けて、スアローはドナティア軍とともに指定された地へ向かっていた。
この儀式では少々のルール変更があったが、「〈契りの城〉で〈竜〉の本体を殺す」という部分は変わりないようだ。
(ニル・カムイで暴れる〈竜〉も、この土地も、住んでいる人々も、全部夢……。
それなら、この夢を見ているのも〈赤の竜〉なのかな)
〈契りの城〉で微睡む〈竜〉に思いを馳せ、スアローは空を見やる。
作りものであろうその空は、普段見る景色と「何ら変わらない」。
脆い。
今にも崩れ落ちそうだ。
もっともそれは空に限った話ではなく――スアローの目には何もかもが、儚いものにしか見えないのだが。
そうしてほどなくして、街全体が還り人の軍勢に飲み込まれた。
▽
聞仲はその場に留まり、忌ブキと話を続けていた。
大きな通りが交差した中心で、それぞれの通りの数百メートル先は死体――忌ブキが言う、還り人たちによって塞がれている。
そこに不可視の壁があるかのように、彼らは近寄ってこない。
聞仲と忌ブキはそんな彼らを無視して会話しているのだった。
聞仲が新たに課した条件を忌ブキが飲んだことで話は纏まり、約束通り忌ブキから情報を得ているところだ。
「さて……」
その聞仲が、忌ブキの話を中断させた。
数十分にわたって動きのなかった還り人たちが、再び活発に蠢き出したためだ。
聞仲が警戒を強めるものの、還り人たちの意識は聞仲や忌ブキには向いていない様子だった。
群れに遮られて見えない大通りの先で、何かが起きているらしい。
「黒麒麟」
『お任せ下さい、聞仲様』
傍に控えていた霊獣は聞仲が詳細な指示をするまでもなく、忌ブキの盾となる位置に移動した。
何か来る。
気配を察して、聞仲はその方角に目を凝らす。
そして――還り人たちが吹き飛ばされた。
胴体や手足が千切れ、紙のように軽々と宙を舞う。
そうして拓けた道から一人の青年が現れたのだった。
「おっと、ここかな?」
重々しい漆黒の鎧に身を包んだ、金髪の青年だった。
だが目を見張るべきは鎧ではなく背中の、腰より少し低い位置に提げられた剣の方だ。
十本にもなる剣を革ベルトで束ねており、鞘の先端から剣の柄にかけて扇のように広がって見える。
その重量をものともせず、還り人の群れを軽々と踏破してきた――それだけで、人間離れした実力が窺えた。
そしてその青年の異質さを何よりも物語るのは、青年が手にしてた剣の末路。
今しがた還り人たちに向かって振るった剣が、根本から砕け散った。
自然と――不自然なまでに自然と『粉砕』されたのだ。
彼が仙道であるかないかなど些末な問題であり、聞仲は既に禁鞭に手を伸ばしていた。
しかし当の青年はといえば、脳天気な笑顔で聞仲に向かって手を振っていた。
「おーい、そこの人ー」
聞仲が特に反応せずにいると、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。
およそ「殺し合え」と言われたばかりとは思えない、人のやる気を削ぐ優男である。
青年はそうして聞仲の前までやってきて、はにかみながら事情を話し出した。
「いやー、話ができそうな人に会えてよかった!
さっきこっちで凄い音がしたから、きっと誰かいると思ったんです。
僕はドナティアの」
「スアロー・クラツヴァーリだったか」
「そうそう……あっれー、僕ってそんなに有名人?
それともどこかでお会いしましたっけ?」
この状況で名を言い当てられても、やはり軽い調子だった。
聞仲はこれ以上の会話は不毛と打ち切ろうとしたが、聞仲に代わって応える声が上がる。
「僕が、教えました」
黒麒麟の陰にいた忌ブキが進み出る。
それを見たスアローは表情を一層明るくした。
「忌ブキさん!
無事でよかった、こんなに早く会えるなんて!」
再会を喜ぶスアローとは対照的に、忌ブキの表情は暗い。
そのことに気づいているのかいないのか、スアローは相変わらず親しげに言葉を投げかける。
「この人は知り合いなのかい?
知ってると思うけど僕は真面目で堅そうな人が苦手でね、できれば忌ブキさんからも何か――」
「スアローさん」
忌ブキの真剣な声に、スアローの喋りがぴたりと止まる。
人なつこい笑みは、苦い笑いに代わったのだった。
「僕は……革命軍の王です」
「うん、禍グラバさんから聞いてるよ。
君がそう決断したっていうなら、それはそれでいいと思う」
先程までの無駄に明るい調子は故意のものだったようで、スアローは落ち着いた様子で頷いている。
忌ブキの言う「革命」の意味を知った上での言だとすれば、冷静というより淡白ですらあった。
柔らかい雰囲気を纏うのにどこか冷め切っていて、掴みどころがない。
それが、聞仲から見たスアローの印象だった。
「僕はニル・カムイを変える為に、契り子になります」
「ってことは、君は〈赤の竜〉に会うんだね。
そうなると――」
「遠慮は無用、ということだ」
今度は聞仲が二人の会話に割って入る。
忌ブキの知り合いであっても、聞仲がやるべきことは変わらない。
「待った待った!!
せめてもう少し話し合いを!」
「何故私がこの場に留まっていたと思う?
……陛下をお捜しする前に、間引くためだ」
黒麒麟とともに上空から確認した限り、この東京という土地はそれなりの広さがある。
その中から二十人の参加者を捜し出すのは至難。
よって聞仲は、参加者たちが自ら姿を見せるよう網を張ったのだった。
忌ブキを助ける際、禁鞭の攻撃を必要以上に広範囲に向けたのもそのためである。
まだスアローが何事か叫んでいたが、聞仲は既に聞く耳を持たない。
禁鞭が振り下ろされ、この新宿に二度目の轟音が響き渡った。
▽
忌ブキは黒麒麟の足にしがみつき、何とか吹き飛ばされずに済んだ。
額から生えた角が、熱を帯びているのが分かる。
皇統種が持つ恩恵《魔素の勲》。
空気中の魔素を操り、聞仲に優位な場を作り出しているからだ。
「問題なかったのだろう?」
「…………はい」
祝ブキは聞仲の問いに答えながら、激しい風と土埃に目を瞬かせる。
そして聞仲の背中を――その先の、スアローが立っていた場所を見つめる。
妙な人物ではあったが、忌ブキやエィハに対していつも気遣っていた黒竜騎士。
忌ブキが悩んだ時、相談を持ちかけたこともある。
嫌いではなかった、むしろ皇統種やドナティア騎士という身分がなければもっと話せていたのではないかと思う。
だが忌ブキは彼の情報を、聞仲に渡した。
臨戦態勢に入った聞仲を止めようとはせず、むしろその背を押した。
聞仲が出した条件のうちの一つに、「保護を適用するのは忌ブキのみ」というものがある。
聞仲には、参加者二十名のうち知り合いが三名いるのだという。
そして聞仲は彼らを生還させるつもりでいる。
それは聞仲を含めれば四名分、〈赤の竜〉に謁見するための切符が既に指定されているようなものだ。
残る一つの切符が忌ブキのものになる。
つまり忌ブキが「他に生き残らせたい人がいる」と言ったところで、聞き入れられることはないのだ。
その条件を、忌ブキは承諾した。
エィハも、スアローも、婁震戒も――大切な友達も、仲間だった人たちも。
彼らを殺しても構わない、そして自分だけは助けて欲しいと。
自分が生き残るために、恥も外聞もない取引をした。
そうしてでも忌ブキは生き残る必要があった。
だからせめて、スアローの最期からは目を逸らすまいとしていたのだ。
もっとも――少なくとも今の一撃だけでスアローが死ぬとも、忌ブキには思えなかったのだが。
「いやー……参った、これは本格的に参った。
流石に僕もお手上げかも知れない」
砂煙の中から、緊張感の薄い聞き慣れた声がする。
視界が晴れるとそこにはスアローの姿があった。
何事もなかったかのように無傷のまま、まだ剣も手にしていない。
それを見て安堵してしまっている自分に気づき、忌ブキはかぶりを振ってその考えを追い払った。
そんな忌ブキの複雑な心境を知ってか知らずか、スアローは平然と会話を再開するのだった。
「一応もう一度確認しますけど、他の方法を採るつもりはありませんか?
僕としても〈赤の竜〉には会いたい。
でも五人と言わず二十人全員で〈契りの城〉を目指せないか、少し模索してもいいんじゃないかなって」
「必要ない。
そんな不確かな可能性に懸ける時間も惜しい」
スアローが持ちかける交渉に、聞仲が応じる様子はない。
忌ブキの時と同様、聞仲の優先順位は常に揺るがない。
「スアロー・クラツヴァーリ、おまえはここで死ね。
我が子……殷の永遠の繁栄のために」
そこで――スアローが動きを止めた。
目を何度も瞬かせ、聞仲をまじまじと眺めている。
喜んでいるような、驚いているような。
不思議なものを見るような目を、向けている。
「永遠?」
スアローのその呟きを聞いて、忌ブキは思い出す。
婁震戒が混成調査隊を離反した後、シンバ砦でスアローと話した時の、彼の言葉を。
――率直に言って、物には愛着が持てないかな。
――なにしろ、僕は一度も物を所有したことがない。
スプーン一つ、どころか石ころ一つですら、彼は手にできない。
手にしたものは分け隔てなく、全て壊れてしまうから。
――僕はそういうたった一回で壊れてしまう物に愛着は持てないが、同時に愛してはいる。
――永遠に残るから愛しているのではなく、壊れてしまうからこそ、僕はそれを惜しんでいる。
きっとスアローは、「永遠」というものを誰よりも――
「今、永遠って言ったのかい?」
スアローが聞仲に対し、再度問う。
その唇は引きつるような、歪んだ笑みをつくっていた。
▽
絶体絶命。
そんな状況で、スアローは笑っていた。
「今、永遠って言ったのかい?」
「……それが、何か?」
対する聞仲は憤怒のような、嫌悪のような表情を浮かべていた。
今、スアローは彼の心の踏み込むべきでない箇所へ踏み込もうとしている。
そのことを、スアロー自身が気づいていないわけではない。
それでも踏み込まずにいられないのだ。
「〈喰らい姫〉が見せてくれたけど、殷って国……というか王朝だったと思うんだ。
王朝って滅んだり滅ぼされたり、新しく興ったりするものだよね?」
「殷は滅びない。私が滅ぼさせない。
それだけの話だ」
「仮にあなたが殷を守り続けたとして、それでもあなたにだって寿命はあるはずだ。
亡くなった後まで守る気なのかい?」
「私は道士だ、人間よりも長く生きる。
それまでに私がいなくなっても存続可能なシステムを構築する必要があるだろう」
「どんなにあなたが頑張っても、星にだって寿命が来る。
星がなくなったら王朝どころの話じゃないんじゃないか?」
「くどいッ!!!!!!」
聞仲の額が縦に割れ、第三の目が開く。
凄まじい怒気とともに再び砂塵が舞い上がり、地面が揺れる。
スアローはその怒りに圧倒されるも、張り付いた笑みは消えなかった。
「私は殷を守る。星が消えるというなら星も守ろう。
殷は永遠に滅びない。
おまえは私の揚げ足取りをしたいのか?」
「違う、そうじゃない。
僕はあなたのことをもっと知りたくなったんだ」
聞仲が怒るだろうと予想しつつ言ったのは確かだが、決して怒らせたかったわけではない。
スアローが聞仲に抱く感情は悪意でも敵意でもなく――尊敬であり、羨望だ。
「僕は、物に愛着がない。執着というものもできない。
だからあなたみたいに一つのものに……それも王朝なんて形のないものにこだわるあなたに、憧れる」
はじめて婁震戒と出会った時と同じだった。
剣を命よりも大切なものと言い切った婁を見て、そんな彼を見ていればその感覚を学習できるのではと期待した。
結局分からないまま彼と袂を分かったが、嫉妬にすら似た感情は今も残っている。
「そこまで極端に打ち込む人なんて、婁さんぐらいかと思ってたんだ。
だからあなたの言葉に驚いたし、僕をここに呼んだ〈喰らい姫〉に感謝したくなった……ちょっとだけね」
婁震戒に打ち明けたその時まで、誰にも告げずに内側に秘め続けていた空白。
スアローの胸の中心にある、がらんどう。
「執着を知りたい」などと。
婁震戒に出会うまで、他人にそんな話をする日が来ると思っていなかった。
またこうして口にする日が来るとも思っていなかった。
聞仲という存在はスアローに対し、婁に出会った時に近い衝撃をもたらしたのだ。
「愛着も執着も、こだわりもないか。
おまえは私にとってどうあっても相容れない相手のようだ」
「……そうなんだよねぇ」
スアローにとって相容れる相手などいない。
聞仲や婁に限った話ではなく、友達も、気の合う相手もいない。
「物を所有する」という当たり前の経験が欠落しているスアローは、他の誰とも感覚を共有できない。
そこにいるだけで、呼吸しているだけで、こだわりや信念を持った者の神経を逆撫でて苛立たせてしまう。
混成調査隊の一員として過ごした日々は、スアローに少なくない変化をもたらした。
このどうしようもない呪いとも、以前よりも少しだけ、折り合いがつけられたように思う。
けれどこうして執着を知る者と対峙すると、改めて思い知らされる。
スァロゥ・クラツヴァーリはいつでも、どこまで行っても、たった一人なのだと。
「ここで最初に迎え討つ相手がおまえだったことは、私にとって幸運だったのかも知れん。
真っ先に、消しておく必要がある……!」
「そうだよねー、結局こうなる気はしてた!
〈喰らい姫〉への感謝は撤回!」
言うと同時に、スアローが左足の契約印を解放する。
〈黒の竜〉に与えられた傷。
契約した時点でスアローの身体能力はおよそ三倍に跳ね上がったが、契約印を解放すれば更に三倍。
左足の火箸が突き刺さるような痛みと引き替えに、元の十倍近い力を発揮できるようになる。
契約印解放後のスアローは、もはやヒトガタの〈竜〉に等しい。
契約印を解放する一呼吸の間に、既に聞仲の鞭が迫ってた。
回避の目はなく、スアローは《黒の帳》を展開する。
〈黒の竜〉に与えられた恩恵の一つであり、自身の生体魔素を消費して自分の周囲に頑強な障壁を作る力だ。
聞仲の初撃を防いだのもこの障壁であり、契約印を解放した今なら黒竜騎士団団長の一撃でも防ぐことができる。
鞭と《黒の帳》がぶつかり合う。
拮抗し、そして、鞭が障壁を破ってスアローの頬を掠めた。
「えっ」
聞仲の最初の一撃は様子見の、挨拶代わりのようなものだったのだろう。
だが聞仲がほんの少しやる気を見せれば、契約印解放後の《黒の帳》すら易々と突破してしまう。
それを受けてスアローは瞬時に判断した。
無理、と。
《黒の帳》は強力な盾ではあるが、スアローの生体魔素を必要とする。
何度も展開できるようなものではなく、防戦に回ればあっという間に魔素の枯渇を招くだろう。
故にスアローは前へと踏み出した。
腰のテンズソードホルダーに換装された十本の剣、うち一本は既に還り人相手に使ってしまっている。
残る九本全てを消耗する覚悟で、スアローは聞仲に挑みかかる。
スアローが手にした全てのものは『粉砕』されるが、それだけではない。
壊れる瞬間、そのものが生きるはずだった時間、年月の全てを最大限に発揮する。
そのものが剣であれば、一層の破壊力を絞り出す。
そこに〈黒の竜〉との契約が加わることで、城砦すら打ち崩すほどの威力をもたらすのだ。
「当たれ……っ!」
高く掲げて振り下ろした一撃は聞仲に躱され、代わりに地面を穿って地割れを引き起こす。
同時に剣が砕け散り、いつもの虚無感と息苦しさがスアローの胸に迫る。
だがスアローは止まらずに新たな剣を抜き放った。
「次!」
スアローは壊れてしまうものを惜しみ、愛している。
だが壊れてしまったものに対する感慨は持たない。
たった今、己の呪いで破壊した剣も同じことで、既に意識の内にはない。
一振り、また一振りと、スアローが振るった剣はその風圧だけで地面や周囲の建物を砕くが、聞仲には届かない。
聞仲は鞭の破壊力にものを言わせるだけの人物ではなく、そもそもの膂力が並外れているのだ。
余裕をもって、子どもをあしらうように避けている。
五本目の剣を抜く。
振り抜き始めた時点で、聞仲がスアローの間合いから跳び退って逃れるのが見えた。
更に踏み込んでも、なお足りない距離は剣一本分。
これまでよりはいくらか接近できているが、このままでは掠りもしない。
だが――届くのだ。
「《黒の刃》を乗せる!!」
左足から噴き上がった闇の奔流が剣にまとわり、質量を増大させる。
螺旋に渦巻いた黒い魔素が空間を浸食し、掻き毟る。
漆黒に染まった剣は巨人が振るうものと見紛うほどの大きさにまで膨れ上がった。
スアローが踏みしめた地盤はその重量によって蜘蛛の巣のようにひび割れる。
「――――――」
踏み込み。
腰の捻り。
腕の角度。
全てが噛み合って、スアローは決定的成功(クリティカル)を確信する。
聞仲が腕を上げて防御しているのが目に入ったが、これが生身の腕で防げるような一撃にならないことは明白だった。
剣を振り抜く瞬間、胸に去来するのは。
やはり、虚しさだけだった。
▽
まるでこの世の終わりのようだと、忌ブキには思えた。
破壊の規模だけなら〈赤の竜〉に破壊されたシュカの街の方が酷かった。
だがここで戦っているのは、たった二人。
黒竜騎士と道士が衝突しただけで、かろうじて原型を留めていた建造物も崩れ、舗装された道路は無惨にめくれ上がっている。
忌ブキが黒麒麟の影に隠れていなければ、飛んできた瓦礫が当たっただけで死んでいただろう。
忌ブキにとっては絶望的なまでに、遠い。
道士である聞仲も、それと渡り合うスアローも――同じ人間とは思えないほどに、超えがたい隔たりを感じた。
しかしそんな戦いにも終わりが近づいている。
スアローの刃が聞仲を捉えるところまでは、忌ブキにも見えていた。
だが聞仲が吹き飛んで建物の瓦礫に叩き込まれた後は、土煙に阻まれてしまっている。
「結局、どうなって……」
それでも忌ブキには分かっていた。
聞仲が倒れたのか否か。
黒麒麟が動こうとしない時点で――動くまでもないと判断している時点で――聞仲は健在なのだ。
「勘弁して欲しいなぁ……。
あなただったら、一人で〈赤の竜〉を倒せちゃうんじゃないか?」
疲れたように苦笑するスアローに、砂塵の内側から禁鞭が襲いかかった。
長い一本の鞭のはずなのに、その速度のあまり忌ブキの目からは無数に枝分かれして見える。
禁鞭を叩きつけられたスアローは、その目前に発生させた黒い障壁ごと弾き飛ばされた。
「忘れていた肉体的な痛みを思い出した。
少々、見くびっていたようだ」
そう口にする聞仲の腕から血が滴り落ちるが、禁鞭を振るうのに支障はないようだ。
ぞっ、と忌ブキの背筋に寒気が走る。
かつて契約印を解放したスアローが岩巨人を両断する姿を、忌ブキは目の当たりにしていた。
空をも斬り裂くような、痛烈な一撃。
それが聞仲にはまるで通用していない。
自分がどんな相手と手を組んだのか――組んでしまったのか。
それを改めて見せつけられた。
「これで――」
『聞仲様!!!』
突然、それまで静観を続けていた黒麒麟が動いた。
黒い巨体が浮き上がって聞仲の頭上に位置取り、同時に金属音が響いた。
空から降り注いだ無数の閃光が、黒麒麟の装甲に遮られて弾かれる。
そして一人の金髪の少年が、黒麒麟よりも更に高い位置から落下してきた。
その少年は猫のようにしなやかな身のこなしで着地し、悔しそうな声を漏らす。
「かってー!
何だこいつ!!」
言いながら、聞仲と倒れたスアローの間に立つ少年。
唐突に乱入してきた彼はスアローを助けるつもりなのだと、忌ブキは遅れて理解した。
「おい、あんた。
まだ動けるんだろ?」
「ひょっとして僕に言ってる?」
「他に誰がいるんだよ!」
スアローが暢気な返事をしながら立ち上がった。
障壁で禁鞭を防いでいたためか、こちらも大きな怪我はないらしい。
そして少年は、おもむろにスアローの手首を掴んだ。
「今回はカンベンしてやる!」
スアローの手を引き、少年が脱兎のごとく逃げていく。
聞仲の怒りが膨れ上がるのが、離れた位置から見ている忌ブキにも伝わった。
「逃がすと思うか!?」
禁鞭が振り下ろされる。
度重なる衝撃で脆くなっていた地盤が崩れて陥没し、スアローら二人が立っていた場所に大穴を作った。
だがそこに二人の姿は既になく、忌ブキには小さくなっていく背中だけが見えた。
▽
『……さしでがましい真似をしました、聞仲様』
「構わん」
『今ならまだ追いつけるかと』
「いや、今回はこれでいい。
私も冷静さを欠いた」
黒麒麟と会話しながら、聞仲はスアローたちが逃れた方角を見遣る。
スアローは強い相手ではあった。
仙道と比べても遜色なく、〈赤の竜〉と同格の〈黒の竜〉から力を得ているという話にも頷ける。
とはいえ、感情的になってまで固執するべき相手でもなかったはずだ。
執着がない。
それを当たり前のことのように言う男。
生かしておくだけで、これまで大切にしてきたものに泥を塗られたような気分になる。
おどけた態度こそ太公望に近いが、その性質は真逆と言ってもいい。
「……次はない」
それだけ呟き、聞仲は視線を外す。
スアローのことをこれ以上思い出すまいとするように、次にとるべき行動へと思考を移した。
【一日目昼/新宿】
【忌ブキ@レッドドラゴン】
[所持品]鞭、〈竜の爪〉
[状態]健康(現象魔術を数度使用)
[その他]
・タタラの本名は聞いていません。
・聞仲の生殺与奪に口出ししない。
【聞仲@封神演義】
[所持品]禁鞭、黒麒麟
[状態]腕に軽傷
[その他]
・情報と引き換えに忌ブキを保護する。
▽
ティーダと名乗った少年とともに走り続けたスアローは、還り人がいない地域まで逃れて一息ついた。
黒い魔物から聞仲と呼ばれていた彼は、追ってきてはいないようだった。
「助かったー、君は命の恩人だ!
あの人から逃げられるとは思ってなかったよ」
「見逃された、って感じだったけどな……」
ティーダの逃走は確かにそれに特化した技術ではあるが、誰にでも通用するわけではないという。
今も追いすがってくる様子がないことからも、ティーダの言うように「見逃された」というのが正しいのだろう。
改めて二人きりになり、スアローはティーダの姿を頭の頂点から爪先まで観察する。
少し日焼けした、金髪の少年。
こんな状況でも表情や声は明るく、溌剌としている。
左腕こそ防具で固めているものの、残る手足は肌を晒した身軽なものだ。
逃げる途中に襲いかかってきた還り人の群れを片手剣一つで難なく撃退していたところから、戦い慣れているのが分かる。
聞仲に奇襲を仕掛けたぐらいなのだから、自分の力に自信もあるのだろう。
名前を名乗り、身分を伝え、相手が本当に信用できるのか探り合って。
そういう手順が必要になる場面だった。
しかしスアローには、そういった順番を無視してでも確かめねばならないことがある。
従者のメリルからどんなに渋い顔をされても直ることがない、スアローの悪癖のうちの一つである。
「一つ訊きたいんだけど、いいかな」
「なんスか?」
ティーダの歳は、見たところスアローよりも十ほど下だ。
既に少年と青年の狭間に差し掛かっているようだが、スアローは確認せずにはいられなかった。
「君は育っちゃう系? それとも育たない系?」
「はぁ?」
忌ブキにも、エィハにも、初めて会った子どもには例外なく使ってきた質問である。
毎回相手から怪訝な顔をされるが、スアローは特に気にしていない。
初めこそ、ティーダはわけが分からないといった表情を浮かべていた。
だが次第に真剣なものに変わり、明るかった顔は曇っていく。
そんなティーダの様子に「気づいてはいても関係なく」、スアローは答えを待った。
そしてティーダはスアローと目を合わせることなく、独り言のように呟いたのだった。
「俺は育っちゃったけど…………多分もう、育たない」
ティーダが苦々しく俯く。
故に、ティーダは見ていなかった。
スアロー自身も鏡を見ていたわけではないので、誰もスアローの表情を見ていなかった。
ティーダの返答を聞いたスアローの目は期待に溢れ――笑っていた。
【一日目昼/新宿北部】
【スアロー@レッドドラゴン】
[所持品]両手剣×4
[状態]軽傷
[その他]
・〈竜殺し〉です。
【ティーダ@FFX】
[所持品]アルテマウェポン
[状態]健康、オーバードライブ使用直後
[その他]
・特記事項なし
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|~|聞仲|~|
|&color(blue){GAME START}|スアロー・クラツヴァーリ|014:[[スアロー・クラツヴァーリの場合]]|
|~|ティーダ|~|
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