**汝は竜殺しなりや? ◆Wv2FAxNIf. 人々がせわしなく行き来する大通りの、遙か上。 そびえ立つビルの屋上から一人の少女と一体の魔物が、感情のこもらない目で地上を見下ろしていた。 少女の名をエィハという。 肋骨が浮くほど痩せた体に纏うのは、粗末な布きれと最低限の防具のみ。 年齢は十に届くか届かないかという幼い子どもでありながら、目元の鋭さは獲物を狙う獣に近い。 頭頂部を挟んで生えた一対の尖った耳は、彼女の血に魔物の因子が混じっていることを示していた。 「……見つけたわ」 エィハは傍らにいた大型の魔物の背に跨る。 全体は犬に近く、しかし両腕には蝙蝠の羽根のような皮膜がある、巨大な白い魔物だ。 潰れた目には包帯が巻かれ、エィハが選んだ小さな花が挿してある。 エィハの背丈の数倍もの体躯を持つこの魔物を、エィハはヴァルと呼んでいた。 この「ヴァル」と共にあることこそが、エィハの最大の特徴だった。 決して、エィハがこの獣を使役しているのではない。 エィハがこの獣に従っているのでもない。 彼らはただ“つながっている”。 「まずは――……」 ヴァルが翼をはばたかせ、標的に向かって一気に高度を下げる。 目が潰れていようと、魔物にとってそんなことはさしたる問題ではない。 そしてヴァルは巨体に見合わない俊敏さで空を切り、牙を剥いた。 幼い少女は必死に考えていた。 順番を。 殺す順番を。 「……まずは、あなたから」 そうしてエィハとヴァルは、一人の少年に襲いかかった。 ▽ 枢木スザクが目覚めた場所は地下駐車場。 騎士服の上に紺と紅の二色の装飾過多なマントという、目立つ出で立ちだった。 身辺や周囲の確認をした後は、階段で上階へ。 眼下の街を眺めながら、スザクは〈竜〉と〈喰らい姫〉という少女の言葉を反芻する。 状況を飲み込むまでに、そう時間はかからなかった。 耳慣れない単語をいくつも並べられたものの、最初に〈竜〉の存在を見てしまった以上は信じる他になかった。 それに元よりギアスという超常の能力に関わっていたのだから、多少の耐性はできている。 スザクは〈竜〉も、儀式も、殺し合いも、全て現実だと受け入れた。 儀式に巻き込まれた理由も、スザクはうっすらと察していた。 ここに連れてこられたのは、数日後のゼロ・レクイエムという計画に向けた準備の最中のことだった。 そして名簿には計画の中核となる二人と協力者一人、そして計画と激しく衝突することになったもう一人の名前がある。 この時期だからこそ、この四人だからこそ巻き込まれたのだと納得がいった。 しかし納得したからといって、儀式に協力する気になったわけではない。 世界の流れを決める力が得られると言われても、それが欲しいとは思えなかった。 ゼロ・レクイエムは人々にきっかけを与えるものであって、その後の世界を決めるのは人々自身だ。 思い通りにならない世界に悲しみや憤りを覚えることはあっても、個人が世界を思い通りにできていいはずがない。 〈竜〉に縋れば、人の意志を踏みにじってきたギアスと同じになってしまう。 だから〈竜〉を殺す気はない。 かといって世界を変えるほどの力を、特定の個人に渡したくもない。 ルルーシュたちとともに生還することが最優先だが、可能なら儀式そのものを壊しておくべきだ。 そこまで考えた上で、スザクは電話をしていた。 「ルルーシュ、無事かい? …………うん。 さっきは通話中だったから、そうだと思った」 携帯電話が手元にあるとなれば、当然真っ先に使う。 この状況で本当に携帯電話が使えるのか半信半疑だったが、幸い電波は問題なく届くようだ。 電話の相手は神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。 友人であり、今のスザクの主にあたる相手でもある。 ひとまず互いの安全が確認できて、スザクは胸を撫で下ろす。 その感情は、決して騎士としてのものではない。 親友だったから、という感傷によるものでもない。 ゼロ・レクイエムのためには二人の生存が必須だという、打算に近い。 「僕は品川にいるけどどうする? ……ああ、それなら僕がそっちに向かった方がいいか」 スザクは与えられた地図と駐車場内にあった路線図とを見比べながら電話しているが、何度も首を傾げる。 ここはスザクが知るトウキョウ租界とは様子が違うようだった。 地名、それに路線の名前が少々異なるのだ。 ルルーシュもそれに気づいているようで、探るようにして待ち合わせ場所を決める。 ルルーシュは現在、九段下――トウキョウ租界でいうところの政庁付近にいるという。 環状線の中心部であり、ルルーシュはそこを拠点にするつもりらしい。 「分かった、少しこの辺りの様子を見てから向かうよ。 近くまで行ったらまた連絡するから、君も何かあったらすぐに電話してくれ」 その後いくつか確認を終えると、スザクは電話を切る。 それから別の番号を呼び出そうとしたが、その前に電話がかかってきた。 ちょうど、連絡しようとしていた相手からだった。 「ジェレミア卿ですか。 ……ええ、ルルーシュから聞きました」 携帯電話の向こう側にいる相手はジェレミア・ゴットバルト。 ゼロ・レクイエムの協力者の一人であり、スザクと違って純粋な忠誠心でルルーシュに従う人物だ。 スザクに先じてルルーシュと連絡を取っていたことからも、彼の性質が窺える。 「九段下ですよね。 ……何か音がしますけど……いえ、それならいいんです」 電話越しに金属音が聞こえるが、ジェレミア本人が問題ないというのなら問題ないのだろう。 こんな状況ではあるが、彼がそうそう殺されるような人物でないことは分かっている。 「……ええ。 全ては、ゼロ・レクイエムのために」 最低限の連絡を終え、電話を切る。 本当はもう一人の知り合い――紅月カレンにも電話したかったのだが、スザクは彼女の番号を知らなかった。 同じ生徒会にいた頃、スザクは携帯電話を持っていなかったからだ。 しかし知っていたところで、着信拒否になっていただろう。 自分と彼女の間にある断絶は理解していた。 代わりに名簿に記載されていない上司にかけてみたが、こちらは電波が届かなかった。 あの〈喰らい姫〉という少女は、会場内はともかく外界と接触を取らせるつもりはないらしい。 一通り携帯でできることを試した後、スザクは駐車場の外へ向かう。 外に出てみて最初にこの「東京」に抱くのは、違和感。 言いようのない気持ち悪さだった。 スザクは東京を――トウキョウ租界を知っている。 しかしここは同じ名前の土地で似た雰囲気を纏っているだけで、別物だ。 中途半端に似ているだけに気味が悪い。 異なる点はいくつもある。 そのうちの一つが、人々がスザクに対し見向きもしないことだ。 元より悪い形で有名になってしまっていたスザクだが、現在は悪逆皇帝の騎士として戦死したことになっている。 人々の憎悪を背負って死んだ騎士が化けて出たというのに、注目されるどころか誰も気づかないのは不自然だ。 そして何より「租界が存在している」。 それだけで、ここがスザクの知る土地とは全く違う場所なのだと分かった。 何故ならほんの数ヶ月前、他でもないスザクが、破壊兵器フレイヤによって租界の半径数キロを消し飛ばしたからだ。 巨大なクレーターと化して死んだ土地が、そう簡単に修復されるはずがない。 だからここは、日本ではない。 あの〈喰らい姫〉が言ったように本当に「夢」なのかも知れないと、スザクは自嘲気味に笑った。 そんな思考をしている最中に、スザクは意識を失いかけた。 「……ッ!!」 無意識のまま地面を蹴り、転がるようにしてその場を離れる。 コンマ数秒の差でスザクが立っていた場所を白い巨体が横切り、コンクリートに爪痕を残した。 「生きろ」というギアスをかけられたスザクはそれを逆手に取り、優れた危機察知能力として活用している。 その恩恵がなければ、今の一撃は避けられなかったかも知れない。 そうしてスザクの横を通り過ぎたそれは空中で方向転換し、スザクの方へ向いた。 「女の子……!?」 そこにいたのは翼の生えた白い獣と、それに乗った褐色の肌の少女だった。 少女が獣に囚われているのか、獣が少女を守っているのか――いくつか可能性を考えるが、恐らくどれも違う。 少女は明確な殺意を向けてきている。 白い獣から向けられている感情と、全く同じものだ。 「次は外さないわ」 「待て!!」 抑揚のない声で告げた少女に、スザクは会話を試みる。 無視されるなら応戦する構えだったが、少女は一旦動きを止めた。 「君も儀式に巻き込まれたのか?」 「そう」 「君は〈竜〉を殺したいのか?」 「違う」 「なら、どうして」 「説明する必要があるのかしら」 短い言葉の応酬を終えると、白い獣が再び牙を剥き出しにした。 スザクはもう一度、今度は交渉を試みる。 「自分は、君たちを殲滅するだけの戦力を有している。 これ以上続けるつもりなら、自分はこれを行使する!」 無表情だった少女が、僅かに顔をしかめる。 そして値踏みするようにスザクの全身を眺めた。 「……あなたがヴァルより強いとは思えないわ」 「本当に、そう思うかい?」 スザクは手の中にある「鍵」を握り締める。 できればそれを使わずに済むようにと、慎重に言葉を選ぶ。 「仮に君たちが勝つとしても、消耗するのは本意ではないはずだ。 それに、僕も〈竜〉を殺す気はない。 話し合いの余地はあるんじゃないか?」 少女は考える素振りを見せていた。 白い獣と一緒にコトリと首を傾げ、スザクに問いを投げかける。 「……あなたは〈竜〉に興味がないのかしら」 「ないよ。 できれば誰とも戦いたくない。 知り合いと一緒にここを出られればそれでいいんだ」 少女は真剣な表情で熟考を重ねている様子だった。 やがて白い獣が力を抜き、羽ばたくのをやめて着地した。 そして獣から降りた少女を見て、スザクは目を剥く。 一瞬見間違えたかと思ったが――獣と少女の間に、一本の蔦があった。 それは少女の尾てい骨付近から伸びて、獣の背中に直接繋がっている。 「……いいわ。信用する。 信用できなくなったら殺すわ」 この後、スザクは聞かされることになる。 彼らは“つながれもの”――視界を、魔力を、命を共有する者たち。 「分かった、それでいいよ」 少女の視線は変わらず、友好的なものにはほど遠い。 しかし多少ではあるが殺意は薄らいだようだった。 少女を相手に切り札を出さずに済んだことで、スザクは安堵の息をもらした。 ▽ 「注文は決まった?」 「少し待って」 エィハが見つめているのは、スープバーの外にあるフードメニューだった。 彼女は真剣な表情でそれを見つめ、色とりどりの写真とにらめっこをしている。 「…………」 さらに二十秒ほど待ってみるが、決まらない。 これ以上店の前で棒立ちになるわけにはいかないので、スザクは口出しすることにした。 「僕の分も選んでいいよ。 後で少しあげるから」 「いいの?」 「うん」 相変わらず表情の変化は乏しいが、少しだけ声のトーンが明るくなった気がした。 戦いさえ絡まなければ、同年代の少女とそう変わらないのかも知れない。 無事に注文を終えて、スザクとエィハはカップを持って席につく。 ヴァルの巨体では店内に入れなかったため、テラス席を選んだ。 ヴァルは「おいしいものなら何でも食べる」とのことだったのでカレーを注文したが、気に入ってもらえたように見える。 「それ……外れないんだね」 スザクは彼らを繋ぐ蔦に視線を遣る。 簡単に説明を受けたものの、「魔力の蔦で繋がっている」と言われてもピンとはこなかった。 「私はヴァルで、ヴァルは私。 そういうものだから。 ……あなたは、本当につながれものを知らないのね」 「魔物っていうのを見るのだって初めてだよ。 君が住んでいたところでは有名だったのかい?」 「珍しくはなかったわ。 いい顔はされなかったけど」 冷めた口調で言いながら、エィハがカップを手に取る。 彼女が真っ先に注文したトマトシチューだ。 トマトの香りが湯気とともにスザクの席まで届き、思わず喉を鳴らしそうになった。 とろみのあるシチューをスプーンで掬い上げたエィハは、それを口に含んだ途端に目を丸くする。 「……おいしい」 「そう、よかった」 エィハに触発されて、スザクも自分のカップに手を伸ばした。 エィハが悩んだ末に選んだのは、牛すじ肉と野菜のスープ。 シチューと違って透明度の高いスープだが、口にした途端に濃厚な牛肉の味が口いっぱいに広がった。 薄味ではない、しかしさっぱりとしていて飲みやすい。 大根を中心とした具にも肉の味が染み込んでおり、口の中で野菜の味と絡み合う。 主役である牛肉は噛みごたえを残しつつも柔らかく、旨みが凝縮されている。 思わずもう一口、というところで、スザクはカップをエィハに差し出した。 「僕の分もどう?」 「もらうわ」 店に入った目的として、座って話せる場所が欲しかったというのはもちろんある。 しかしそれ以上に、スザクはエィハの痩せた体を見て、思わず何かしてやりたくなってしまったのだ。 エィハがスープを希望したのでこの店になったが、もっと腹持ちのいいものを食べさせてやりたかったぐらいだった。 一時期スザクの同僚だった少女に雰囲気が似ていたことも、情が湧いてしまった原因の一端だろう。 同情を喜ぶような少女ではない。 それでも夢中でスープを口に運ぶ彼女の姿を見ると、少しほっとした気持ちになる。 ――この後、彼女を殺すことになったとしても。 酷い偽善だと、スザクは吐き出しそうになった溜息を飲み込んだ。 「あなたは、いい人なのね」 「……いい人じゃないよ。 これだって、ただのスープだし……」 先ほどまで殺気に満ちていたとは思えないほど、エィハの様子は丸くなっていた。 スープだけでここまで態度を変えられてしまうと、お節介ながら彼女の将来が心配になる。 「毒を盛られるとは思わなかった?」 「あなた、自分が飲んでからくれたでしょう」 「あ、そこは見てるんだ……」 エィハなりの判断基準によって「いい人」と評価されたようだが、調子を狂わされてしまう。 余計なことを、考えてしまう。 ――ルルーシュ、カレン、ジェレミア、そして自分の四人が生き残るなら、あと一つ席が残る。 もし殺し合うことになったとしても、彼女一人なら助けられるのではないか、と。 そんな甘い考えを、思い浮かべては打ち消した。 計画に支障をきたしかねない甘さは、捨てなければならない。 「あなたは戦わずに、知り合いと一緒にここを出られたらいい……と言っていたわね」 「ああ、うん」 「無理だと思うわ」 「えっ」 突然断言されて、スザクは驚きの声を上げる。 そんなスザクの反応を無視して、相変わらずエィハは淡々とした声で意見を述べた。 「私は以前〈喰らい姫〉に会って、〈竜〉の話を聞いた。 だから私は彼らがどんな存在か知ってる。 あなたがいい人だと思うから、忠告してるのよ」 エィハはパンを頬張った。 それからスープを口に含むと、また少し口元が緩んだ気がする。 そして彼女が咀嚼を終えたタイミングで、スザクは質問した。 「〈喰らい姫〉って何者なんだい?」 「〈赤の竜〉と縁が深い、巫女のようなものだと聞いたわ。 でも、例えば彼女を捜し出して説得したり、殺したり。 そういうことをしても、この儀式は止まらないと思うの」 「そうなの?」 儀式を止める方法として、真っ先に思い浮かぶのがそれだ。 元凶と思われる少女を止めれば終わるのではないかという考えを、確かに持っていた。 「本人が言っていたように、彼女はただの案内人よ。 『そういうもの』を『そういうもの』だと伝えるのが彼女の役目。 儀式といっても、彼女が執り行っているわけじゃなくて……多分『そういうもの』なのよ」 「随分、曖昧な言い方だね」 「話す相手と言葉は選ぶわ」 「なるほどね」 エィハの様子からは、既に自分の考えに確信を持っているように見える。 それでも曖昧な物言いになるのは、要はスザクには詳細を話せないということ。 彼女は「いい人」への最低限の忠告をしているのであって、それ以上の情報を渡すつもりはないのだ。 残念ではあったが、スープだけで完全に気を許されたわけではないと思うと逆に安心した。 「それに前に私が会った時は、彼女は消えたわ。 話が終わってすぐに」 「どこに?」 「行方知れずになった、という意味じゃないわ。 消えたの。 彼女も『夢』だったんだろうって、私と一緒にいた人は言っていたわ。 だから儀式の説明を終えた以上、彼女はもうどこにもいないんじゃないかしら」 今から〈喰らい姫〉を捜したとしても見つからない。 彼女は既に役目を終えているから。 そんな忠告を、エィハは続ける。 「だから〈竜〉と彼女が言っていた通り、生き残れるのは五人だけ。 戦うしかないし、殺すしかない。 そうしたらあなたはどうするの?」 パンの最後の一口を手にしたまま、エィハは問うた。 鋭い視線は「いい人」の反応を、一挙一投足を見逃すまいとしているようだった。 「僕と僕の知り合いには、やらなければならないことがある。 だから、どうしてもその必要があるなら。 僕には殺す覚悟がある」 「それならここで私も殺す?」 エィハが間髪入れずに問いかける。 既にパンを食べ終えて、スープも飲み干している。 エィハとヴァルの二方向から殺気が飛ばされて、いつ飛びかかられてもおかしくない状況だった。 しかしスザクの返答は変わらない。 「戦いたくないよ……今は。 君は無理だと言ったけど、僕はまだ諦めてないから。 襲われたら別だけどね」 そうしてスザクは逆にエィハに釘を刺し、目を細める。 殺気で怯むほど、平坦な人生は送っていない。 「…………そう。 それなら私も、今はあなたと戦わないわ」 「試したのかい?」 「あなたが戦いたくないだけの人なら、殺してたわ」 エィハはさらりとそう言ってのける。 そしてスザクがそれに反応しようとした時、携帯電話が鳴った。 「ごめん、出るね」 そういえば携帯について説明していなかったと気づいたが、特に警戒された様子はなかった。 画面に表示された名は、ジェレミア・ゴットバルトだ。 「はい、もしも――」 電話に出た途端、ジェレミアの剣幕に圧倒されてしまった。 しかし一拍遅れて彼の言っている意味を理解すると、スザクの背筋に冷たいものが走る。 ルルーシュと電話が繋がらない。 『街中で動く死体が大量に発生した』。 『そのことをルルーシュ様にお伝えしようとしたが、繋がらない』。 『私は既に九段下に向かっているので、君も早く来い』。 それだけ伝えると、ジェレミアはすぐに電話を切ってしまった。 動く死体、というのは意味が分からなかったが、ルルーシュの安否不明という一点で事態の深刻さを理解した。 スザクもルルーシュの番号を呼び出してみたが、確かに繋がらない。 ルルーシュの身に何かあっては、計画は終わりだ。 スザクは音を立てて椅子から立ち上がった。 「エィハ、――」 「何か来るわ」 事態を彼女に伝えようとして、しかしそれを遮られる。 エィハが見ているのは大通りの先――ヴァルが見ている景色。 人には見えない遙か遠くを見据えている。 同じようにスザクもエィハが見つめる方向に目を凝らすが、何かが蠢いている、以上のことは分からない。 視力には自信があったのだが、エィハたちには敵いそうになかった。 「動く死体が大量に現れた、って知り合いが……」 「多分、還り人よ。 向こうから来てるけど、誰か戦ってるみたい」 「一人で?」 「ええ」 還り人とは「起き上がった」死者のことであり、その多くが人を襲うのだという。 そこまで聞いて、スザクは決意を固める。 ルルーシュを捜しにいく前に、やるべきことができてしまった。 「……エィハ、安全な所に逃げられるかい?」 「ヴァルがいる所が、安全な所よ。 あなたはどうするの?」 「その人を助けにいく」 エィハが目を見張る。 それに構わず、スザクは『鍵』を握り締めた。 「ここでお別れだ、エィハ。 こんなことを言うのは変かも知れないけど、気をつけて」 向かうのは「還り人」がいるという方角ではなく、スザクが初めに目を覚ました駐車場。 エィハを残し、スザクは走り出す。 ▽ ヴァルの背に乗って風を切る。 ごわごわとした毛並みと温かさを全身で感じる、いつも通りの感覚。 エィハとヴァルは必死で考えた「順番」に従って、再び爪と牙を振り上げた。 ヴァルの爪が還り人の手足を千切り、牙がその爛れた体を噛み砕く。 十把一絡げに、還り人たちをなぎ倒していく。 「おっ。手伝ってくれんのか嬢ちゃん」 そう気さくに話しかけてきたのは、たった一人で還り人の群れを相手にしていた大柄な男だ。 伸びっぱなしになった金髪を額に当てた布で纏めており、背丈はエィハの倍ほどもある。 棍一つで複数の還り人に対抗できるほどの実力者――否。 得物の一振りで整備された地面を叩き割るのを見るに、単に「鍛えている」の域を超えている。 そんな男が、エィハに対して豪快に笑った。 「がっはっは、面倒なことに巻き込まれたところにこいつらが来たもんだからよ! ちょいと相手してやろうと思ったらキリがねえんだ、これが。 街の連中は、逃げろっつっても聞きゃあしねえしよ!」 エィハはその雑談を半ば無視して還り人を狩る。 ヴァルが噛み潰し、踏み砕き、次の還り人を狙う。 「おーっ、すげぇなその白いの! 霊獣か?」 「ヴァル」 「ヴァルか、強いな!!」 男はヴァルの凶行やエィハの淡白な反応に不快感を示すでもなく、平然と笑っている。 エィハにはこの男の肉体の強靱さよりもその精神性こそが、人間離れしているように思えた。 「俺ぁ周の開国武成王、黄飛虎ってんだ」 「エィハ」 「よしエィハ、ここを切り抜けんぞ」 ヴァルと飛虎が、死体を死体へ還していく。 飛虎が言ったようにキリがないと、エィハがそう思い始めた頃。 エィハたちの頭上に影が差し込んだ。 『エィハ、そこを離れて!』 聞き覚えのある少年の声に、エィハが顔を上げる。 そして――硬直した。 〈喰らい姫〉が儀式の宣告をした時以上に、エィハは不意を打たれてしまった。 しかしすぐさま我に返り、ヴァルに方向転換させた。 飛虎の襟首をくわえ、ヴァルが飛ぶ。 空中に浮かぶのは鋼鉄の鎧。 「それ」は銃を構えていた。 しかし銃口から放たれたのはただの弾ではない、光の弾丸だ。 弾丸は還り人の群れの中心に着弾し、轟音を掻き鳴らす。 それだけで還り人たちは文字通り蒸発し、大通りにはクレーターができあがった。 「それ」がもたらした光景を見て、エィハは〈赤の竜〉に初めて出会ったオガニ火山での出来事を思い出す。 「エィハが一度殺された」、あの時。 狂乱した〈竜〉のブレスによって人は焼け、岩すらバターのように溶けた。 規模こそ比べものにならないが、「それ」の持つ力は〈竜〉に比肩し得る。 だから「それ」は「そう」なのだろう。 エィハは小さく、そばにいる飛虎の耳に届かないほどの声量で呟きを漏らした。 「そこにいたのね、〈竜殺し〉……」 ▽ KMF(ナイトメアフレーム)――人型自在装甲機と呼ばれる機動兵器。 人がコックピットに乗り込んで操縦する、鋼鉄の鎧の総称である。 スザクの切り札であるランスロット・アルビオンはその中でも、技術の粋を詰め込んだ最新鋭のものだ。 ダモクレス戦役で爆発四散したはずのこの機体が、何故完璧な状態で用意されていたのかまでは分からなかった。 スザクはランスロットを降り、還り人と戦っていた男に会いに行く。 途中、手伝ってくれたエィハに礼を言ったのだが、考えごとをしていたようで返事はなかった。 「ばっはっは!!! いやー、エィハも兄ちゃんも、仙道でもねぇのに強ぇな!!」 黄飛虎と名乗った男は、スザクの背をばしばしと叩いた。 初めて見たというKMFにも物怖じしない豪快な人物だ。 そんな彼を見ていて、スザクは「父親」というものを思い出しそうになる。 しかし自分にその資格はないと、感傷に重石をつけて、心の底に沈めて蓋をした。 「無事で何よりです。 だけど……すみません、自分は友人を捜しに行かないと……」 「それなら俺も付き合うぜ!」 飛虎が堂々と己の胸を叩く。 殺し合いの最中だというのに、スザクを疑うという発想はないようだ。 そのお陰でスザクの方も、飛虎を疑う気は失せてしまっていた。 とはいえランスロットは一人乗りであり、スザクは答えに窮した。 そこに、意外な声がかかる。 「ヴァルの背中に乗ればいい」 助け船を出したのはエィハだった。 スザクが飛虎と話している間、彼女はずっとランスロットを観察していたようだ。 「狭いんでしょう? あの、乗り物」 「うん……ランスロットっていうんだ。 確かに、一人乗りだ」 「あなたにしか操縦できないの?」 「そうだよ」 「…………そう」 エィハの申し出はありがたいものだった。 状況が最終的にどうなるかは不透明だが、今のうちは仲間を作っておいた方がいい。 そして飛虎と同行するなら、エィハとヴァルがいてくれた方が都合がいい。 しかし、疑問が残る。 そもそもエィハが何故飛虎を助けたのかも分からず、スザクは問う。 「どうして、僕に付き合ってくれるんだい?」 「付き合いたいと思ったから」 一瞬で嘘と分かるような台詞を、エィハは眉一つ動かさずに口にした。 短い間ではあるものの、エィハと話していて分かったことがある。 彼女は隠し事が下手だ。 隠している内容は決して言わないが、隠し事をしているというそれ自体は隠せない。 今もそうだ。 何かを隠していて、そして何を隠しているのかは言うつもりがない。 ただ、何かしらの打算によって動いているのは確かだ。 そこまで分かった上で、スザクは受け入れることにした。 ここで突き放しても、お互いの危険が増えるだけだろう。 「……分かった。 エィハ、これからもよろしく。 飛虎さんも」 飛虎はともかく、エィハからは目を離さない方がいい。 スザクはそのことを肝に銘じた。 ▽ エィハには目的がある。 忌ブキを王にするという確固たる目的が。 そのためには今すぐにでも十五人を殺し、忌ブキを守らなければならない。 だが、それだけでは足りない。 エィハのもう一つの目的のためには“順番”を守る必要がある。 目的を果たすための条件そのものは、シンプルではあった。 ――〈竜殺し〉を全員殺す。 ――その後で〈竜〉を殺す。 直接でもいい、間接でもいい、事故でもいい、順番通りに〈竜殺し〉と〈竜〉が死ねばいい。 〈喰らい姫〉から教わったその順番を守るために、そして同時に忌ブキを死なせないために、エィハは動いていた。 エィハには〈竜殺し〉を見分けられるが、かといって〈竜殺し〉を見つけた端から殺していけばいいというわけでもない。 強力な能力を持つ〈竜殺し〉の手を借りなければ、更に強大な〈赤の竜〉を殺すのは難しいからだ。 〈竜殺し〉たちを殺して〈竜殺し〉でない者たちだけで〈赤の竜〉に挑んでも、〈竜〉を殺せなければ意味がない。 最も理想的なのが、〈竜殺し〉ではなく、それでいて強力な仲間を見つけることだ。 逆にそれができないのなら〈竜殺し〉と〈竜〉が衝突するように仕向け、互いに弱ったところを襲うといった手間が必要になる。 確実に順番を守るにはどうすればいいのか、エィハは悩んでいた。 初めにエィハがスザクを襲ったのにも、この順番が関わっている。 彼は〈竜殺し〉ではなかったが、〈竜〉討伐の仲間とするには力不足に思えたのだ。 それに忌ブキを最後の五人に残すために、殺せる相手は殺しておいた方がいいという判断があった。 その後スザクと協力する方針へ変えたのは、彼が戦力の保持をほのめかしたからだ。 〈竜殺し〉ではない、かつ信用できる戦力が手に入るとすれば願ってもない。 飛虎を助けたのも、そのスザクに恩を売るためだった。 そうして、エィハは常に“順番”に従って行動していた。 必死に考えて、考えて、最善を選んできたつもりだった。 しかしランスロットの出現が全てを狂わせた。 婁震戒が持つ剣は〈竜殺し〉だ。 無機物が〈竜殺し〉となる可能性を、エィハは知っていた。 それでもスザクが〈竜殺し〉ではないと分かった時点で、どこかで思考停止してしまっていたのだ。 ランスロットは〈竜殺し〉。 〈竜〉の力を受け継ぐ資格を持つ器。 ランスロットを破壊しなければ、エィハの目的は果たせない。 この鋼鉄の鎧を、ヴァルの爪では突破できない。 またスザクを殺すだけではランスロットを破壊したことにはならない。 これを壊すにはどうすればいいのか。 誰を殺せばいいのか。 誰から殺せばいいのか。 先を歩くスザクの背を見つめながら、エィハは考え続ける。 大切な、友達のために。 【一日目昼/品川】 【枢木スザク@コードギアス】 [所持品]ランスロット・アルビオン [状態]健康 [その他] ・ランスロットは〈竜殺し〉 【黄飛虎@封神演義】 [所持品]棍 [状態]健康 [その他] ・〈竜殺し〉ではない 【エィハ@レッドドラゴン】 [所持品]短剣 [状態]健康(還り人) [その他] ・特記事項なし Back:[[還り人の都]] Next:[[朱理は紅蓮の野に立つ]] |&color(blue){GAME START}|エィハ|013:[[竜殺しを探して]]| |~|枢木スザク|~| |~|黄飛虎|~| ----