第一話・前編



      始めに……

 この話は、ぶるおぁぁぁぁ! のファンである一人の人間によるちょっとした悪ふざけなのであぁるぅ。よって、小説的にあり得ぬぁい表現が多々ございます、が、全て、全て「わざと」なのは言うまでもありまっせん。だから殴らないでぬぇえい。
 そんじゃまあ、本編本編。


     第一羽:偉大なる鳥は特売品・前編

 十一月十日。
 うちにメイドを名乗る変なのがやってきた。どうしようもなく役立たずのメイドだった。

 十一月十五日。
 今日はもう平凡な一日だった。ただ、この頃は食費が増えて大変だ。バイト増やすか。

 十一月二十日。
 友達がうちに来るとか言い出して、正直焦った。あれを衆目に晒すわけにはいかない。

 十一月二十三日。
 ヤバイ。バレそうだ。さらにエンゲル係数甚大。本気で追い出すことも検討中。

「——って、酷くないですかぁ!」
「人の日記勝手に読んで言う台詞がそれ?」
 相当の衝撃だったのか、わなわなと震えるミナカの手から日記帳を奪い返す。今時毎日ちまちまと日記を書いているなんてのは時代遅れなのかもしれないが、最近ではブログが流行りらしいし、実際は人気が再興しているのかもしれない。ま、私の場合は惰性みたいなもんだけども。ちなみに、まだネット回線が繋がっていないアナクロな我が家にブログなんてものは存在しない。
 フローリングなんて上等なものはなく、日焼けした畳にコタツがある程度。台所があるのが唯一の救い。残念なことにお風呂は無い。家具は一応ある程度揃えたものの、どうも古臭さ、良く言えばレトロ感が漂うのは否めない激安アパートの一室が私の家だったりする。
「追い出さないでくださいお嬢様ぁ!」
 私よりも三つか四つ年上で身長も高いくせに、ミナカは泣きながらまるで子供みたいに縋りついてくる。
 もうどうしようもないほどステロなメイド服を恥ずかしげもなく着こなし、某電気街に放り込めば就職先くらい簡単に見つかる疑惑赤マル上昇中のへっぽこお手伝い、ミナカ=天梁=ルルアージュ=ヴィ=ブリトニア=以下略。ツッコミどころのモグラ叩きで、偽名疑惑スカイロケットな彼女が我が家にやってきてからそれなりに日が経った。
 このそれなりの日数が私に与えてくれたのは「気にするな」という神の啓示だけだった。
「さてと、夕飯の支度でもするかな」
「私も手伝っちゃいますよぉ!」
「いや、お手伝いを名乗るのなら『も』じゃなくて『が』だと思うのは私だけ?」
「私がやります! はははお任せくださいお嬢様。こう見えて私、メイド養成学校時代は料理の天才として名を馳せておりまして〜」
 陽気に笑いながら、ミナカは台所に滑っていく。もう本当に滑っているようにしか見えないのはなぜだろう、と本当にどうでもいいことを漫然と考えながら、私は溜息をついた。部屋のメランコリー指数が無駄に上昇する。
 特に意味はないがテレビをつける。ミナカの面倒を見るという案もあるにはあったが、録画したまま結局見ていない積みビデオを消化するという使命感の前に敗れ去った。
 当然のごとく、我がオンボロなアパートの一室にDVDなどという高性能な情報媒体はない。とはいえ最近はもうDVDレコーダーの方がビデオデッキよりも安いらしいので、そろそろ買い換えも考えている。
 巻き戻して、再生ボタンを押したその時。
「うわきゃあぁぁぁぁ!」
 素っ頓狂な悲鳴が台所、もっと詳しく言えば冷蔵庫の前から飛んできた。
「おおおお、お嬢様ぁ! タマゴが!」
「ああもう、なんでいつもこうかな」
 またもメランコリー指数の増大に寄与しながら、私は冷蔵庫の前でへたり込むミナカに駆け寄って、絶句した。
 ミナカは私がスーパーの特売で買ってきたタマゴ(賞味期限=明日)を抱えて、わなわな震えている。問題はそのタマゴ。なぜか携帯のバイブのように震えながらピキピキとひび割れ始めているのだ。まるで、何か出てくるみたいな感じで。
「なんかもう強烈にヤバげな感じですよぅ!」
「落ち着こう。焦ったところで戦況は悪化するだけだって、伝説の傭兵も言ってた」
「蛇さん? 蛇さんですか!」
 納得したように叫ぶミナカの手の上から、唐突に割れかけのタマゴが跳ね上がった。
 一気にひびが全体に広がり——割れる!
「ぶるるおぁぁぁぁあ! やぁっと出られとぅぁぁい!」
 なんかテレビとかで聞き覚えがあるような親父声で叫びながら、何かが飛び出した。卵の殻がパイナップル爆弾のごとく周囲に飛び散り、毎日頑張って掃除している台所に多大な汚染を撒き散らす。
「人ん家を、汚すなぁ!」
 出てきたのが何なのか確認する前に、反射的に手が出ていた。
 威力とスピードに自信のある私の拳は、妙に勢いよくスマートかつクリティカルな感じで未確認生命体に突き刺さった。
「ぶふぉあぁぁ!」
 未確認生命体は天井に勢いよくぶつかって、力無く床に落下した。
「ふぅ……なかなかハードなお出迎えだな」
 無駄に渋い声で呟きながら、それは立ち上がった。ひらぺったい手で口元を拭う。
 タマゴから現れた生物の正体を見て、私達は息を呑んだ。
 それは、いつぞや整髪剤で有名になったイワトビペンギン。少し小さいが、誰がどう見てもイワトビペンギン以外の何でもなかった。
「うむ、なぜだか無性に体の節々が痛むのはこの際放置するとして、自己紹介しよう」
「お嬢様、なんかナチュラルにしゃべってますよ」
「そうね。サーカスに高く売れるかな?」
「待て待て待て待てーい! 『偉大なる鳥』をそう簡単にうっぱらおうとするとは、一体全体どういう神経してんだおぉまえらぁ」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねるペンギンとは聞いていたけど、これはちょっとジャンプ力があり過ぎやしないだろうか。というか、なぜにニワトリのタマゴからペンギン?
 私は心を落ち着けるためにとりあえず雑巾を手に取った。
「おお、聞いてくれるのだな。よかろう、我輩は——」
「その前に、掃除。全部片付けないと、今日の夕飯には世にも珍しい唐揚げが並ぶことになるから」
 雑巾をペンギンの頭にかぶせ、問答無用で私はテレビの前に戻った。
 いくら珍妙な動物だろうと、私が買った特売品のタマゴから生まれてきたのは事実なのだ。つまりそれは、あくまであれは食材で私の好きにしていいということ。とはいえ私は鳥のシメ方なんて知らないから、結局はどこかに売ることになるんだろうけど。
 再生しっぱなしだったビデオはもうAパートが始まっていた。悔しいので巻き戻す。人からドライだとか言われるけど、こういうときでも平常心でいられるのは私の長所だ。逆に、すぐ動転できるのがミナカの長所だ。こういう変な事が起きたときに流れに乗れると楽だろうなぁ、といつも思う。
 今見てるアニメだって、突然変な事件に巻き込まれた少年が主人公なんだけども、話の流れに乗せられて戦うことになった挙げ句、なんか生き甲斐とか感じてる。たまには流れとかそういうものをすっぱり無視して、広大な世界観の中で好き勝手に暴れてくれる……そんな主人公も見てみたいと思う私はやっぱりマジョリティーな嗜好の持ち主なのだろうかと、これまでの人生を少し振り返ってみたら、やっぱりそうなのかもしれない。
 思い出は何でも美化されてキラキラと輝いている……そんないい加減なことを言ったのは誰だか知らないけれど——
「お、終わったぞ。我輩頑張ったぞ」
「ふーん」
 うるさくなりそうなので停止ボタンを押した。
「ごほん、あーあー、テス、テスぅ」
 コタツの上に乗って咳払いするペンギン。降ろそうかと思ったけど、面倒なので却下。
「我輩は、偉大なる鳥・ルール=ハズバンド。もしかしたらもしかするとぉ、我輩の姿はペンギンに見えるかもしれない。しかぁしッ! 我輩は鳥の中の鳥! いわば鳥の皇帝であって断じてイワトビペンギンではぬぁいのであぁぁるぅ! つーわけで、跪けぃ!」
 セルみたいな声で命令しながら人ん家のコタツの上で妙に偉そうにふんぞり返る、その姿に軽く殺意を憶えながら、私は即答した。
「やだ」
「ほほぅ、予想通りの返答だ、が、我輩がぁ万札に載ってるぅなんてしょぉぉぉげきぃの事実を知ってもまだ、その態度を続けられるのかな?」
「なんか面白いペンギンですねっ、お嬢様」
 残念ながらそう思えない私のセンスはおかしいのだろうか。
「そう卑下することはない。十人が十通りのセンスを持ち合わせているものだ。しかし、我輩への敬意だけはぁ、万国古今東西天地無用で持ち合わせているべきだ、と我輩は思うのだが」
「ミナカ、ロープと箱持ってきて」
 私は無駄にえばるペンギンの首根っこをぎゅっと掴んで、ミナカに言った。我が家には箱もあまりないが、たしか木製のみかん箱があったはずだ。電球の取り替え用として重宝する逸品を使うのは非常に忍びないけど、仕方がない。
 するとペンギンは身の程を思い知ったのかはたまた純粋な危機感からか、急に慌てたようにじたばたし始めた。
「ぶるぉぉぉい! 待て、待ってくれぇい! まだ本題じゃぬぁぁいんだってばよぉう」
「ふぅん」
「我輩、偉大なる鳥の使命は、世界の危機を打破することなのであぁるぅう! よって、故に、選ばれし者よ。我輩と共に——」
「断る」
 こういうときにイニシアチブを握られるような意志の弱い人間が、巻き込まれ型の主人公になるのだ。
「私に益ないし。バイトで忙しいし」
「えー、そういうのありかなー。我輩泣いちゃうぞーい」
「泣けばいいと思うよ」
「ほほーぅ、そういう固体血液の持ち主には我輩からの正義の鉄槌、ジャァスティスハンマーを喰らわせてやるから、覚悟しろぃあァァァァ——!」
 ペンギンは奇声を発しながら、そのやたら大きく鋭いくちばしを全面的に突き出して、私に向かって突撃を敢行した。
「お嬢様危なぁぁぁい!」
 叫びながらも、自分が盾になるとか私を突き飛ばすとかそういうことは一切せずに一人傍観を決め込んでいるミナカには初めから期待していない。
 いつでも自分の力が命綱。私の短い人生が教えてくれた恐るべき教訓だ。そもそも私は一人でも暮らしていける程度には自立していると自負している。
 目の前の現実から目を逸らさない。その意志力は人生を切り開くと信じている!
 受けて立つのは渾身の拳。やる気無い私が時たま見せる、やる気っぽい何か。
 ごっ、という音を立てて、拳がペンギンの横っ面に突き刺さった。
「ぶるぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!」
 畳の上に無様に転がったペンギンはぴくぴくと痙攣しながら沈黙した。
「ミナカ。大家さんから檻借りてきて」
「え、そんなものも貸してくれるんですか?」
「余ってるって言ってたからきっと大丈夫。それにここ、ペット禁止にするほどいいとこじゃないから安心して即時即刻即座に借りてきて。タイムリミットは二分いーちにー」
「あわわわわわっ、わかりましたマッハで借りてきます!」
 慌ててコタツから這い出すと、ミナカは半ば全力で部屋を出ていった。
 へっぽこメイドが戻ってくるまで、きっと十分は掛かる。その間にこのペンギンが目を覚ましてもいいように、すべきことは一つ。私は適当な荷造り用ロープを棚から引きずり降ろして、ペンギンの両足を縛った。あとは翼とか胴体を一緒くたにしてぐるぐる巻きに。動物虐待? セルみたいな声でしゃべる動物を日本では動物とは言わないから問題なしだ。
 きっかり十分経って、ミナカは戻ってきた。持ってきたのは小型犬が飼える程度の檻。十分ペンギンが入れるスペースだが、天井はギリギリっぽい。
「まぁ、これでいっか」
「あのぅ、どこに置けばいいんでしょうかぁ……」
「その辺の隅っこにでも置いとけばいいよ」

    ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

「えー、すみません。反省してるから出してくれると我輩嬉しいなぁ」
 狭い檻の中で目が覚めたペンギンは、急に態度を小さくして頭を下げ始めた。
 その姿はなかなか見せ物になるような気がしないでもなかったが、カチカチ山の教訓を私は忘れない。出したら負け。負けなのだ。
 なんて思っていたら、ペンギンが語りだした。
「勇者達よ。我輩思うのだが、少しは事情を聞いてくれてもいいんじゃないかぬぁ。いや、皆まで言わんでもわかっているともぅ。だからおぉまえたちには特別に世界に迫る危機について説明しよう。本当はパニック回避のために流布しない決まりなのだ、が、今回緊急事態につき特別扱ぁい我輩特例ぃー」
「どうにかならないの、この騒々しさ」
「え、賑やかでいいじゃないですか」
「聞けよおまえら。まだ誰も気付いてないかもしれないがしかぁし、この世界は崩壊の危機に直面している。環境問題はモチロンのこと、この世界におけるバランスっつーもんがてんでバラバラのめちゃくちゃになっちまってるのだよ。知らないか先日北海道で起きた群発地震。あれも崩壊の予兆だったりするわけよ。このままじゃ百パー確実ほうかぁい、な状況を打破すべくぅ、我輩たち偉大なる動物はぁ、協ぅ力者を捜しているのだよ」
「ふーん」
 残念にも思わないが、私の感想はそれだけだった。
 第一、そんな電波な話をされて「そうなのか」と納得して危機感を持てる人は頭の中がどうかしているに違いない。
「ちなみにぃ、我輩の声が聞こえるのは選ばれし者の証! つまり——」
「あ、私、あんたの声なんか聞こえてないから」
 私は反射的にそう言っていた。
「聞こえてんじゃねぇかぁぁぃッ。実にいい度胸だ、勝負してやっから出てこいやぁ!」
 檻の中で威勢良くファイティングポーズをとるペンギンを無視していると、ペンギンの声に紛れて、うちのドアをノックする音が聞こえた。
『あーちゃん、いる?』
 そのやや陽気な女性の声を聞いて、私は唐突に思い出した。
 今日は、バイトの雇い主が打ち合わせに来るんだった!
 私は慌てて立ち上がると、すぐそこのドアに光の速さで直行した。
 ドアが、開く——その時。
「うーん、仕方ありませんね」
 私の嫌な予感メーターを最大限押し上げてくれるミナカの声が、のほほんと私の鼓膜を震わせた。慌てて振り向くと、何やら電波に反応して言いくるめられたらしい電波メイドが南京錠に手を掛けていた。
「ちょっと待——」
 がちゃり、という音。手遅れだった。
「ぶるおぁああああ! 勝負はいつでも一撃ひっさぁぁぁつッ! 我輩のミサイルじみた一撃が貴様を悪夢へと誘ってくれるぁぁぁぁ!」
 わけのわからない雄叫びを上げながら、猛烈な勢いで突撃してくる。
 そんなクライシスな状況だとはつゆ知らず、私にとっての救世主がドアを開けて入ってくる。
「おじゃましまーす。さっき美味しい大福が——」
「ぶるぉあああああああああああああああぃ!」
「は?」
 状況が飲み込めず一瞬硬直した、その額に。
 狙いが逸れたペンギンのスーパーハードな頭が直撃した。
「はう……」
 私の救世主は、意識を刈り取られて私の足下に倒れ伏した。
 腰まで届く国宝級の黒髪が畳の上に広がって、まるで黒い海のよう。その中に着地した黒い鳥類を無造作に蹴っ飛ばし、私はその細い体を抱き起こした。
 黒いミディドレスにブルージーンズと暗紅のボレロという一風変わった服装に、今までこれ以上を見たことがないほど綺麗な顔立ちのお姉さん。この人は世界的に有名な探偵で、私は助手のバイトをしている。この人のおかげで私の一人暮らしが続いていると言っても過言ではないくらいの恩人だ。
 しかし、それも今日で終わりかもしれない。なにせ事故とはいえこの通りノックアウトしてしまったのだから。
「どうしたもんかなぁ……」
 部屋のメランコリー指数とエントロピーをぐいぐいと押し上げながら、私は胸の奥から特大の溜息を吐き出した。


      ……後編へ、続く
最終更新:2009年09月29日 00:21
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