「ぶるぉぉぉぉおい! 我輩は風にぬぁあるぅぅう!」
ミナカの頭の上でサイレンよろしく騒ぎ立てるペンギンがうるさい。風にたなびく髪をヘルメットで押さえ付け、私はミナカにしがみついている。へっぽこな面ばかりが目立つ我が家のお手伝いだが、なぜか原チャリの運転技術はプロ級だ。原チャリにプロなんて無い、とツッコミを入れたくなるけども、時速が六十五を超えた辺りでそんな事は関係なくなった。間違いなく改造してある。きっとエンジンが違う。音がおかしいし。
「ミナカ、逮捕されちゃわないでしょうね?」
「大丈夫です。私、大型二輪の免許持ってますから」
「相変わらず妙な技能持ってるのね。まぁ、それ以前にスピードオーバーだけど」
「ふふ、警察なんかに負けはしませんよ」
少しだけ振り返って不敵に笑うミナカは、いつものほんわかメイドじゃなかった。
「お嬢様、しっかり捕まっててください!」
私がぎゅっと抱きつくのを確認すると、ミナカは前輪を持ち上げて直角に方向転換した。その先にあるのは建物の間にある本当に細い道。幅がギリギリだ。
「やぁるじゃねぇかメイドぉ!」
「ちょっと、大丈夫なの?」
「こっちの方が近道なんです。このまま行けば三十秒で着きますよ」
そりゃあ、こんな細い道を六十キロ超で走れば河川敷なんてすぐだろう。
私は体をミナカの背中に押しつけるようにして、この絶叫タイムを乗り切った。裏道を突破して視界が開けた後でも、心臓が早鐘を打っているのがわかる。
だけど絶叫は終わらない。すぐ目の前には堤防が万里の長城のごとく横たわっている。もちろんミナカが方向を変える素振りはない。むしろアクセルを全開にして突撃する始末だ。加速によるGが胸を圧迫する。原チャリの殻を被ったモンスターマシンはその表現に違わぬトルクを発揮して、まるでザクザクと鉤爪を突き立てるかのように堤防の急斜面を駆け上がっていく。
「私に制覇できないコースはありませんよぉぉ!」
堤防を登り切った車体が、ロケットじみた勢いで投げ出される。眼下には広めの河川敷と、当然そこにあるべくしてある新正川。このままだと着地しても勢い余って突っ込むのがオチだ。なんとなく、テレビで見たバイクショーを思い出した。
「ぶるぉぁあああい! こいつぁヤヴァイんじゃないのかよぉぅ!」
「ご冗談を! これがっ、アクセル・パウルゼン・ジャンプです!」
いかなる技術かは理解できないが、唐突に車体が横に回転した。無駄に一回転してからもう半回転。完全に後ろ向きに飛んでいる状態で、私達は河川敷に着地した。ギリギリと地面を噛み砕くようにタイヤが回って、原チャリもどきが停止した。
「ふん、来やがったな……!」
こんな時でも器用にミナカの頭の上に乗っているペンギンが、ニヒルに唸る。
視線を川に架かる鉄橋に向けて、私は思わず固まってしまった。
大型トラックよりも大きな、二足歩行する灰色の戦車。身の丈は軽く四メートルほど。二足で立っているものの、人型ではない。むしろ怪獣だ。ほとんど塗装されていない灰色の体はごつごつと角張っていて、見るからに頑丈そうだ。腕らしき部分には黒い機関銃が備え付けられているのが見える。中央にある、
ゴジラのような口の中には、白いミサイルが見える。両肩にもミサイル。背にはひときわ大きなカタパルトを背負っている。
「すごいプレッシャーを感じますね、お嬢様」
本当に威圧感はたっぷりだ。シューティング・ゲームだったら二面のボスキャラになりそうな印象を受ける。勝手な偏見だが。ちなみに三面は戦艦と決まっている。
「ここで会ったが運の尽きってヤツだ鉄血軍曹ぉぅ。貴っ様の命運もここまでよぉ」
息巻くペンギンを見下ろし、灰色の歩行戦車はジョイントとか、そんな小細工を完全に無視したデタラメな動きで橋から飛び降りた。ペンギンはふんぞり返って口上を続ける。
「どうした、この我輩と出会ってしまったことが悔やまれるかぁ、ん〜。だが現実は非情ぉぉぅだ。今の貴様には何もできやしぬぁい。この、うすらトンカチずんべらぼぉぅ」
その自信はどこから沸いてくるのやら。ペンギンは弱っちいくせにラスボスのオーラを存分に発散させている。全てはこの、うねるような低音が悪い。
名前と姿が一致している鉄血軍曹は、真紅の一つ目を動かしてペンギンを捉えるや否や、その目が真っ赤に輝き始めた。これには見覚えがある。ビームを発射する前兆だ。
「避けろぉぃ! ガルスヴェラ・スマッシュが来るぁぁ!」
「い、イエッサー!」
ミナカが原チャリを急発進させる。その一瞬後、さっきまでいた場所を細いレーザーが抉った。私は背筋が凍るのを感じた。地面が、ぐずぐずに溶けているのだ。あんなものに当たったら、人間なんか原形も留めないに決まっている。
「ヤツの名前は、あの何でも溶かすレーザーから来てるわぁけよ。ヤツに撃たれた戦車は、鉄の血を流したってぇ話だ……」
「趣味の悪いネーミングね」
「敵の名前なんざぁ、そぉれで十分よぉ。亜空大佐は必ず最初に現れるから亜空大佐だしねぇぃ。まぁ、ともかくガルスヴェラ・スマッシュに当たったらおしまいってぇワケだ」
そんなことくらい見ればわかる。とりあえず、周囲への被害を最小に抑えないとまずい。このままじゃ、わけもわからないままに人死にが出る。
「そもそも、なんでこんな強そうなのが現れるのよ」
「だからこの前言っただろぉがよぅ。我輩らの前に現れるのは、そぉの時点で最大の敵だ。雑ァ魚なんてのはよ、出てきやしぬぁいのよぉ」
「そんな荒木理論はマンガの中だけにしてほしいんだけど」
「ん〜、まぁ、それが運命だ。諦めろぃ」
したり顔で言われるとすごく苛立つ。ただ、今はそんな事に気をやっている余裕はない。歩行戦車はきっちりとこちらを捉えている。
「青子ぉ! 今こそぉ、契・約するときだってばよぉぅ!」
「はいはい……」
思わず嘆息する。しかしそんな憂鬱な気分などお構いなしに、鉄血軍曹は肩のミサイルをぶっ放してきた。弾道弾のように一度真上に上昇する。
こうなったら、やるしかない。だるいけど、それは生きるのを放棄する程じゃない。
困難の矢面でいつも私は決起する。決意は一瞬。それは万の障害を打ち砕く魔法の拳。私はその拳でいくつもの困難を打ち砕いてきた。それは今回にも通じるものだと私は信じている! 大きく息を吸い込んで、羞恥の心を鋼の意志で塗り潰す。
「世界の終わりに地獄の炎、この世の全てを焼き尽くせ。さすれば一人、自由は我が手に。りりかるまじかーる★じぇのさいどー」
棒読みになってしまったのは致し方ない。恥ずかしいし。
ただ、それでも呪文は有効だった。
原チャリから飛び降りる。
暗転。私の身体が真っ暗闇に包まれた。服が弾け飛び、何本もの妙な帯がタイトに巻き付いてくる。その中の一本が、私の中にも入り込んできた。その一本に、純粋なやる気を込める。つまりは、戦うという意志。障害を打ち砕くだけの意志力を硬く、硬く固める。
次の瞬間、真っ暗闇が弾け飛び、私の視界に光が戻る。
右腕に掛かる重みに、一瞬戸惑った。
頭には、コミックホラー系の三日月みたいな顔が描かれた真っ黒な三角帽。ばさばさと風に煽られるのは、真っ黒なマントだ。そして何より、右手に握られた重く長い杖。いや、杖というにはあまりに攻撃的なフォルムで機械的だ。むしろ、矛と言った方がいいんじゃないだろうか?
視界の隅には、相変わらずカウントダウンの数字。
『スタンバイ中。あと、五分』
妙に時間が掛かるみたいだが、今度はなんだろうか。ついでに、何ができるかの検索をかけておく。結果、魔法は相変わらずバリアのみ。なんという不親切な。けれど、今回は武器がある。用途不明だけど。
「ぶるぉあぁぁああ! 力が、力が、みなぎって——こぬぇぇえぇい!」
ペンギンが頭を抱えて叫ぶ。またか。諦めろと言いたい。
落ちてくるミサイルに向けて、私はバリアを張った。というか、勝手に出てきた。
「よぉし! その調子だぁぁ!」
「そう、ね!」
とりあえずペンギンを鉄血軍曹に向けて蹴り飛ばした。絶叫を上げながら、炎に包まれたペンギンが歩行戦車に特攻を仕掛ける。
「ぶるぉぉぉ————ぐべばッ!」
「びくともしないわね……」
やっぱりというかなんというか、生身では金属に勝てなかったみたいだ。炎もたいしたダメージを与えていない。木人には効果抜群だったのに。
「なぁんで貴様はいつもいつも我輩を蹴りやがるぅ!」
「そりゃ武器がないんだから使うわよ」
バリアが勝手に展開して、鉄血軍曹の黒い腕から放たれた無数の銃弾をことごとく防ぎきる。ただ、バリアの消耗も激しかった。ごっそりとゲージが持っていかれる。
『あと、四分。バリア耐久度減少につき、応戦形態に移行。ストライカー起動』
相変わらずわけのわからないメッセージをくれる私の視界。バリアが消えて、代わりにハルバート型の杖——検索したらそう書いてあった。杖がメインらしい——が震えた。
わけのわからない武器に戸惑う私と、なぜか使い方がわかる私が混在している。
「ギ……ギギ」
鉄血大佐の肩から、再びミサイルが発射される。今度は一直線に私を狙って。
私はハルバート型の杖=ストライカーを両手で持って真ん前に突き出した。ガチャリと金色の穂らしき部分が分解して、中から砲身みたいなものが現れる。
ドガンッ!
砲声一発、何かが発射された。速すぎて何が飛んだかは私にもわからない。ただ、その何かは発車直後のミサイルを貫通、誘爆でミサイルポッドを吹き飛ばした。そのまま追い打ちを掛けるように三発撃ち込む。でも——
「頑丈にも程があるでしょ……」
私は思わず嘆息した。鉄血軍曹には傷一つ付いていない。功績といえばミサイルポッドが空になったことだけだった。これはピンチだ。反撃を間一髪バリアで防ぐ。気が付けばミナカがいない。ペンギンは完全に伸びている。気が付けば目の前には四メートルの歩行戦車。真っ赤な単眼が私を睨む。
鉄血軍曹は灰色の左腕を私に向けた。まるで仕込み刀のように、鋭利なブレードが飛び出す。やられる。そんな考えが浮かぶのと同時に、バリアが展開した。
ものすごい衝撃音がして、ブレードが止まる。しかしそれも束の間。ぎりぎりとバリアを破って押し込んでくる。
『あと、三分。バリア耐久度限界値。攻撃形態に移行』
視界の隅に文字が浮かび、ストライカーが変形していく。より大げさで攻撃的な形へ。柄頭にロケットノズルが現れる。穂が真ん中で割れて、赤い宝石が現れる。まるで未来の戦闘機みたいな形だ。
『ヤッチマイナー!』
この表記、私の頭はどうなっているのだろうか。ともあれ、なぜかやり方はわかるので金色の穂を鉄血軍曹に向ける。
ばぎんッ! とバリアが砕け散った。終わりだ、と機械の眼が笑う。
「終わりはそっちよ!」
どぅん、という衝撃が私を襲う。割れた穂の間に電気が走ったと思ったのもつかの間、光の刃が展開した。同時にノズルから光が炎みたいにバーストし、私を後ろに押し戻そうとする力を相殺する。もともとそのために付いていたらしい。
光の刃は一瞬しか出なかったけれど、たしかに命中した。爆発でも壊れない硬度を持つブレードが、切断されて宙を舞う。
【ガァァッ!】
それは鉄血軍曹の叫びだったのか。腰だめに構えた右腕からもブレードが飛び出した。けれど今はその軌跡がしっかりと見えていた。考えるより先に体が動く。ストライカーをブレードの前に動かして受け止める。重すぎる一撃に、私の身体はボールのように軽々と吹き飛ばされていた。
『危険・危険:杖に損傷。白兵戦は不利=緊急回避後、聖火ハンマー発動』
途端、柄頭のノズルが火を噴いて、私の体勢を元に戻した。着地したときには鉄血軍曹との間にかなり距離が開いていた。ストライカーが勝手に前を向く。
『SATSUGAIセヨ!』
翼のように横に飛び出した部分がバラバラに分解して展開する。
瞬間——閃光が私の視界を焼いた。一瞬遅れてガラスが割れるような音が耳朶を打つ。
何が起きたのかはわからなかったが、鉄血軍曹は右腕を消し飛ばされてよろめいた。あれだけ硬かった装甲が真っ赤になって溶けている。とんでもない熱量が直撃したらしい。
問題は、別に倒したわけじゃないということと、今の一撃を最後に杖が機能を停止してしまったことだ。
『あと、二分』
私は丸腰だってのに、それで二分もどうやって耐えろというのか。私の苦悩もお構いなしに、鉄血軍曹は容赦なくもう一方のミサイルポッドを解放してくる。こうなったら杖を投げるしかないか。
——その時だった。
「まわせ地獄の魔法陣! 全てを飲み込め大津波! 愛と正義は我にあり! 正義の味方の名にかけて、ハッピーエンドは渡さない!」
朗々と響く陽気な声。鉄橋を見上げれば、金色の髪を風になびかせて、ポーズを決めたサジが立っていた。……あまりの決まりっぷりに思わず見蕩れてしまった。
「ウェイクアップ・ザ・ヒーロー☆ドレスアーップ!」
放電のような光がサジの体を包む。稲妻のような減少がボーイッシュな服を焼き払い、上から別の服をかぶせていくのが視えた。変身ポーズも手慣れていて、巧妙に隠していく。どこを、とは言わないけど。
一瞬後、放電現象が外に向けて弾け飛び、中から変身し終わったサジが飛び出してきた。華麗に鉄血軍曹の上に着地する。
白と青で塗り分けられた、派手で魔法少女っぽい戦闘服。ばさばさと風に煽られるのは長いスカートだ。そして左手に握られているのは長い杖。正統派のデザインで、先端には三光をかたどったオブジェが取り付けられている。SF系の私と違って煌びやかだ。
サジはせっかくの杖を使うことなく、紋章の浮かぶ拳を鉄血軍曹に叩き付けた。
「ヒィィィィトッ! エンドォォォォ!」
ミサイルでも私の武器でも傷一つ付かなかった灰色の装甲にひびが入ったかと思うと、木っ端微塵に砕け散った。だけど、まだ終わっていない。それがわかった。機械の単眼が赤く光る。
なんてこった。私にどう防げと。そんな嘆きに応えるように、どこからか爆音が。
バルルルオォォォオォオン!
「お嬢様ぁッ!」
さっきと同じように、ミナカを乗せた原チャリが空を飛んできた。違うのは、ミナカが厳ついショットガンを片手で構えていること。照準は鉄血軍曹の目。
一流スナイパーもかくやという正確さで、SPAS−12が火を噴いた。ガラスも鋼鉄みたいに硬かったようで、壊すには至らなかった。けれど、軌道は逸らせた。誰もいない地面が溶ける。ちょうど、ペンギンのすぐ横が。
熱で気が付いたのか、ペンギンが跳ね上がる。
「ぶるぉぉぉおおおい! どぉぅなってんだこりゃぁあ!」
「いいセンスだメイド!」
原チャリに巻き付いて、賞賛の声を上げる蛇。ミナカはやっぱりアクセルを決めて私の目の前に着地した。
「どこ行ってたのよ」
「サジさんを迎えに行ってたんですよぅ。ついでに蛇さんと契約してきました。なんだかイケそうな気がし——痛ッ!」
このままだと際限なく暴走しそうだったので、私はミナカの沸騰した頭を覚ますために手刀を振り下ろした。張り切るのはいいけど、彼女が頑張るとロクな事にならないのだ。空回りが空回りを呼ぶというか。
「まったく、勝手に動くなって言ったでしょうが……」
「青子! 避けて避けて!」
焦燥感を露わにしたサジの声に振り向くと、装甲が剥がれてスリムになった鉄血軍曹が、怒濤の勢いでこちらに迫ってきていた。灰色のごつごつした部分は外部装甲だったらしい。今は光沢のある赤い装甲が表面を覆っている。
「まずぅい、まずいぜこいつはよぉぅ!」
全力で走りながらペンギンが喚く。何がまずいのか具体的に言えというのだ。
「前回の戦いで鉄血軍曹を倒せなかったのはなぁ、野郎の装甲があらゆる攻撃を弾き返すかぁらなぁのよぉう。だぁから金髪美女ぉ! 絶ッ対に攻撃するんじゃねぇぞぉぃ」
「攻撃とか無理だから! 落ちないようにするのが精一杯だから!」
「跳べ、相棒! 君ならできるはずだ!」
問答無用の説得力を感じる低音で蛇が叫ぶ。とはいえピンチはこっちも一緒だ。何しろ身軽になった鉄血軍曹が全力疾走で迫ってきているのだ。
「お嬢様こっちですッ」
私は迷わず原チャリに飛び乗った。ミナカの腰に右腕を回してしっかりとしがみつくと、彼女は即座にアクセルを回して発進した。相変わらずの急加速で、強制的に肺から空気が押し出される。
「我輩をぉ置いていくんじゃぬぇええい!」
「ホントに手間の掛かるペットね」
私は無駄に長い杖でペンギンを引っかけて回収した。鉄血軍曹は即座に進行方向を変えて追尾してくる。なんでこんな四メートルもあるような歩行戦車と鬼ごっこなんてしなくちゃいけないんだろう。しがみついたままのサジが悲鳴を上げている。
「曲がらないでぇぇえぇ!」
「おぉのれぇい、なんて野郎だ。あれにゃあ九〇式もおぉ手上げだぜ……」
「だから言ったじゃないか、核が必要だと」
「つまり、それくらいの熱量なら溶けるんでしょ?」
「そういうことになるな。よっぽどの火力がいるが」
そのよっぽどの火力を、私は持っている。それで右腕を吹き飛ばしたのだ。あとは動きを一瞬でも封じられれば倒せるような気がする。ただ、その杖は動かないんだけど。
その時、ようやく私の視界の片隅で、準備完了が表示された。
『スタンバイ完了。承認動作を』
ぶぅぅぅん、と停止していた杖が震える。わかりたくなかったけれど、その瞬間、承認動作とやらが台詞と一緒に頭の中に流れ込んできた。だけど、今は無理だ。原チャリに乗っていてはできないし、歩行戦車が追い掛けてくるこの状況でそんな余裕はない。
こうなったら仕方ない。ペンギンを囮にしよう。
「我輩ぃ、な〜んか再び嫌〜な予感ん」
「とんでけ!」
杖を振ってペンギンを投げる。鉄血軍曹の、大きなミサイルが収まった口の中へ。私がやるとなぜか炎をまとうので好都合だ。何をしたいのか察したサジが身構える。鉄血軍曹も、やっぱりそこが弱点だったらしく迎撃しようと立ち止まった。
すかさず飛び降りるサジ。
同じくその隙に飛び降りた私は、三角帽子にぶら下がる銀色のリングに指を引っかけ、半回転。杖を回転させながら振りかぶり、横一閃。そして、切り上げるように天を衝いた。
「マジカルトレイス!」
『確認。アルティメット・トゥルース:エンゲージ』
ペンギンが殴られて宙を舞う。
——直後、空から巨大な棺桶が降ってきた。
「ぬぁんじゃこりゃぁぁぁああい!」
すれすれのところで押し潰されずにすんだペンギンが絶叫する。だけど私には、棺桶の正体がわかってしまった。サジも理解したらしく、目を輝かせて見上げている。
黒い棺桶に切れ目が入り、変形した。中から出てきたのは、黒い悪魔のようなロボット。棺桶だったものがマントのように肩にくっついている。大きさは鉄血軍曹より少し大きいくらい。いかにもすぎる、真っ向勝負のステロなデザインだ。武器はない。
鉄血軍曹はこの黒い悪魔を最大の脅威と認めたのか、すかさず鉄でもドロドロに溶かすビームを撃ってくる。だけど、悪魔の黒い装甲に吸収され、傷一つ付かない。
検索を掛けると、この悪魔はどうやら私の思ったとおりに動かせるらしい。ためしに、一番得意な構えをさせる。右手を天に、左手を地に向けて、あらゆる攻撃を待ち構える。このまま完璧なカウンターを決めてやる。
「……来なさい」
鉄血軍曹は馬鹿正直に向かってこようとせず、体勢を低くして、ゴジラみたいな口から大きなミサイルを発射してきた。
ここだ。
左手の掌底でミサイルを空高く弾き飛ばし、それと全くの同時に右手をヤツの口の中にねじ込む。私の杖を何倍にも強化したような悪魔の爪が、心臓部を守る装甲を穿ち、深々と突き刺さる。そして、黒い悪魔は重そうな鉄血軍曹を片腕で持ち上げた。
右腕が拍動する。逃れようのない光の連続爆発が、鉄血軍曹を中から破壊した。
「ジ・エンドね」
心の中で帰れと命令すると、空っぽになった鉄血軍曹の残骸を巻き込んで、黒い悪魔はもとの棺桶型に戻った。そのまま空高く昇っていく。まるでサターンロケットだ。
いや、こんな悠長に見ている暇はない。このまま変身が解けるとまずいのだ。
「ミナカ、ダッシュで帰るわよ!」
そう叫んだ瞬間、ぼかんッ、というオーソドックスな煙に包まれた。しかしそれも一瞬で消える。
「かぁいいよ青子っ!」
後ろからサジに抱きつかれた。
確信めいた絶望を胸に、自分の体を見下ろすと、風呂場で見慣れた素肌を、申し訳程度にバスタオルが覆っていた。
「そいつぁ、我輩からのサァァァビスよぉ」
偉そうに——いつの間に戻ってきたのか——ふんぞり返るペンギンを、怒りにまかせてボロ雑巾にしてあげたことは言うまでもない。