快傑まふっと軍基地騒動記

 それは、第四回WBRを間近に控えた、ある日のことだった。
 突如として基地を揺るがす振動が起こり、それは地上の兵舎にまで伝わる。
 その時、兵舎内にいた一軍のバトロイファイターはスピードワゴン承太郎のみだった。

「承太郎さん、今のは何だ?まるで何かが爆発したみたいだったが?」
「分からん・・・だが今の揺れは地下からだ。急ぐぞスピードワゴン」

 地下へと降りた二人が見たものは、もうもうと立ちこめる煙と、通路の壁や床に開いた発砲の跡。

「ううッ、こ・・・これは!?」

 そして、基地に多数配備されている美少女型アンドロイド達がことごとく破壊、あるいは戦闘不能に陥って倒れていた。
 見ると、重火器を手にしている者までいる。
 彼女達が相手にしたのは多数の敵か、もしくは相当な強敵と推察された。

「ひ、ひでえ・・・それにしても、良く訓練されているはずの彼女達がこうも一方的にやられるとは・・・ま、まさか他勢力のバトロイファイターが攻めてきたのか!?」
「いや、それにしては侵入者警報が鳴らないのがおかしい。これは・・・内部の者の仕業だろう」
「そ、そいつは・・・?」
「一人、心当たりがある。というか、こんな事をするのは奴しか考えられん。やれやれだぜ」

 再び起こる振動が、近くで戦闘が行われていることを伝える。
 二人はその方向に向かって走った。



 今まで見た中でも特に破壊が激しいエリアにたどり着いた承太郎とスピードワゴン。
 死屍累々と言えるほどに倒れ伏すアンドロイド達の中に、彼らはそれまでと違うものを見た。

「あ、あれはッ!」

 それは、あまりにも見覚えがある三人だった。
 ツェペリジョナサンジョセフ・・・いずれも自分達と同じ一軍のバトロイファイター。
 その彼らが床に倒れたままピクリとも動かない。

「な、なんてこった・・・歴戦の波紋使い達をこんな風に倒すなんて、一体相手は何者なんだ!?」

 驚愕するスピードワゴンを尻目に、承太郎は彼らの脈を確かめた。

「生きてはいるが、全員血を吸われている・・・貧血で倒れたようだな」
「血を吸われている?す、すると、この騒ぎの犯人は・・・」
DIO、だ・・・」
「ツェ、ツェペリのおっさん!?」

 倒された三人の中で唯一、ツェペリだけがかろうじて意識を保っていた。

「やはりDIOの野郎だったか・・・」
「し、しかし、なぜ奴がこんな事を?生まれついての悪とはいえ、俺達と同じ軍のバトロイファイターじゃねえかッ!」
「あいつは・・・DIOは、今度のWBR出場者の人選について不満を持っていた・・・」

 息も絶え絶えなツェペリが、ここに至った経緯を語る。
 第四回WBR出場枠二名の内、一名は前回優勝の快傑ズバット、そして残りの一名は基地司令・快傑まふっとの判断で、ちゅるやさんに決定した。
 DIOから見ればただの小娘に過ぎないちゅるやさんが自分を差し置いて出場するというのは、到底受け入れられるものではなかった。
 しかも、なぜかちゅるやさんとDIOのパラメーターは全く同じ設定。これがさらにDIOの怒りの炎に油を注いだのだ。

「・・・なるほど。プライドの高いDIOの野郎にしてみれば、WBR出場の選考から外れた上に、女子高生と同じ強さと見られたのは屈辱の極みと言えるな」
「それじゃあ、DIOの目的は、まさか!」
「そうだ。司令に出場者の変更を要求するつもりだ。何とかして我々で奴を止めようとしたが、ご覧の有様だよ。す、すまな、い・・・」

 そこまで話すと、ツェペリは意識を失った。
 承太郎の表情がより厳しいものとなり、スピードワゴンを見る。

「スピードワゴン。俺達バトロイファイターにとって司令の判断は絶対だ。DIOが司令に出場者の変更を要求したところで受け入れられる訳がねえ。だが、そうなるとDIOは後先考えず、実力行使に出る可能性が高いぜ」
「じょ、冗談じゃねえぜ!俺達をバトロイに登録するという最も重要な仕事は司令にしかできねえ!もしも司令の身に何かあったら・・・」
「今度の第四回WBRは棄権せざるを得なくなる・・・やれやれだぜ」

 そんな最悪の事態が到来する前に、何としてもDIOを止めなくてはならない。
 承太郎とスピードワゴンは、DIOを追って司令室へと向かった。



「くそっ、間に合え・・・間に合ってくれ!」

 DIOを阻止するべく司令室へと急行する二人だったが、幸いにも司令室から離れた場所でDIOの後ろ姿を視界に捕らえることができた。

「ま、間に合ったぜ承太郎さん!このまま一気に二人がかりで行きやしょう!」
「待て、スピードワゴン。DIOの他に誰かいる!」
「えっ?」

 よく見ると、DIOは何者かと対峙しているようだ。
 DIOを足止めできる者など、一軍のバトロイファイターしか考えられない。
 二人がDIOの背後数メートルまで近付いた時、その正体が判明した。

「あ、あいつは・・・か、(笑)!」

 快傑まふっと軍の中でも異色中の異色と言えるバトロイファイターがいた。
 電脳世界出身と言われる謎の顔文字生命体・・・その名も(笑)。
 その顔文字を使った変幻自在の攻撃を操る(笑)は、スピードワゴンや承太郎も一目置く存在だった。

「(`ヘ´)プンプン」

 やはり(笑)も、今回のDIOの暴虐に怒り心頭のようだ。
 それに対してDIOは、3対1の状況にもかかわらず余裕の表情を浮かべている。

「もう来たのか承太郎・・・少しだけ待ってろ。このザコを片付けてから、お前の相手をしてやる」
「(#^ω^)ビキビキ」

 ザコ呼ばわりされたのが頭に来たのか、(笑)は弾かれたようにDIOへと突進した。

「ダダダダダダダダダ≡≡≡≡≡(Ο; ̄□ ̄)Ο ぬおおお!!」

DIOの懐に飛び込んだ(笑)が、すかさず先制攻撃を繰り出す!

「ミギヨシd(´Д`_)三(_´Д`)bヒダリヨシ q(´∀`)イッテヨシ」
「ほう・・・おもしろい顔文字だ・・・人間というものは創意工夫次第で、こういう不思議な顔文字を作り出せるのか」

 だが、所詮はただの通常攻撃。端から見てもDIOに対して決定的な打撃を与えられそうな威力とスピードには見えなかった。
 コケにされたと思ったのか、DIOの額に青筋が走る。

「UREYYYYY!そんな半角カナだらけの顔文字で、このDIOが倒せるかァ―――――!?」

 怒りに燃えたDIOの素早い一撃が(笑)を捕らえたかに見えた瞬間!

「[壁]|彡サッ」
「ヌウッ?」
「う、うまい!壁に隠れて攻撃をかわした!」
「ヽ(*´▽`)ノ~▽▼▽[かかったな、アホが!]▼▽▼~ヾ(´▽`*)ノ」
「_| ̄|Σ・:'、`---===≡≡≡≡´ω`)ノ こんちゃ!」
「やった!(笑)、会心の一撃!! 挨拶すると同時に顔文字の頭部を射出して相手の意表を突く必殺技!まさに攻守において完璧だ!!」
「これを破ったバトロイファイターは、一人としていねえぜ!」

 誰もが完全に決まったと思ったその時、(笑)の顔文字がDIOの目前でピタリと止まった。

「あ・・・あれは!」
「無駄 無駄 無駄 無駄ァ―――――ッ!!」

 止まっただけではない。顔文字全体がいつの間にか凍っている!

「こいつは・・・気化冷凍法!」
「相手の体内の水分を一瞬にして気化させることから、熱を奪い凍らせる!そ、それにしても凄まじいのはDIOの能力!全角約20文字分を一瞬の内とは!」
「ガクガク (;゚Д゚) ブルブル」
「貧弱、貧弱ゥ・・・ちょいとでも俺にかなうと思ったか!マヌケがァ~!」

 為す術もなく固まる(笑)に対し、DIOの無慈悲な一撃が炸裂する。

「死ぬしかないな、(笑)!」
「´д`)三○)д`) ああん」

 (笑)のLIFEは0になった!
 (笑)はやられた・・・。

「工エエェェ(´Д`;)(´Д`)(;´Д`)ェェエエ工」

 (笑)は一度も勝つことができなかった・・・。

「な、なんてこった!あの(笑)が、DIOに何のダメージも与えられずに敗れ去るとは・・・」

 一方的な展開を目の当たりにして戦慄するスピードワゴン。
 そしてDIOは、悠然とした態度で承太郎を指差す。

「次は、承太郎!貴様だ・・・」
「野郎・・・DIO!」





 表情こそほとんど変わらないものの、承太郎の目に更なる怒りの炎が燃え上がる。
 その怒りを具現化したかのように承太郎のスタンド『スタープラチナ』が背後に浮かび上がった。
 それを受けて、DIOも『ザ・ワールド』を出現させる。
 すでに互いの射程距離内に立つ二人。
 果たして、どちらが先に仕掛けるのか―――――

「オラオラオラオラオラオラオラオラァ―――ッ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ―――ッ!」

 全くの同時だった。
 無数の拳が繰り出され、最初から両者とも手加減無しでぶつかり合う。
 だが、その全てが相手の拳によって相殺され、お互いにダメージを与えるような打撃が出ない。
 このままでは埒が明かないと悟り、一旦身を引き距離を取る承太郎とDIO。
 再び睨み合いに入った両者の様子を、スピードワゴンは固唾を飲んで見ていた。

(りょ、両者とも全くの互角!いや、怒りに燃えている分、承太郎さんが必ず上回ると信じたい・・・!)

 一方、承太郎は次の一手をどうすべきか考えていた。

(スタンドのパワーとスピードでは互角。となると次は時間を止めるしかねえ・・・)

 DIOの『ザ・ワールド』と承太郎の『スタープラチナ・ザ・ワールド』による時間停止は共に5秒。
 その止まった時の中を動ける時間も共に2秒。相手の動きを完全に封じられるのは実質3秒の間と言える。
 しかし、お互いにそれを警戒して充分に距離を取っているこの状況では、一方的に攻撃できるのは1秒あるかないかだろう。
 もし先に時間を止めて、その1秒の間に決定的なダメージを与えられなければ、すかさずカウンターで相手に時間を止められて圧倒的な不利に陥る。
 先に動くのはリスクが大きいが、かと言ってこのままずっと睨み合っているわけにもいかない・・・。
 そう承太郎が迷っていると、その一瞬の隙を突くかのように、DIOが先に動いた。

「承太郎、一気に決着を付けてくれる!時よ止まれ!『ザ・ワールド』!!」

(リスクを承知の上で先に時間を止めた・・・何かあるぜ、これは!)

 その予想通り、DIOには秘策があった。

「ゃ ≡≡≡≡ Σ・ ん :'、` ´ω`) こ --- ! == _| ̄| ち  ノ」
「何ッ!?」

 どこに隠し持っていたのか、DIOは先程の(笑)との戦いで凍らせた顔文字を砕き、それを多数の飛び道具として承太郎へと投げたのだ!
 仮にも会心の一撃の顔文字。これを食らっては到底タダでは済まない。

「クックックッ・・・今の内に動いてこの顔文字から逃れないと、時が動き出してから苦労するぞ、承太郎・・・あと4秒!」

 たまらず身をかわして顔文字の軌道上から逃れる承太郎。

「おっと、まだこんなのもあったようだ・・・受け取れ承太郎!あと3秒だ!」
「ル ガ ))) ク ブ ガ (((( ル ;゚Д゚) ブ ク」
「や、野郎・・・!」

 承太郎が身をかわした先に、更なる顔文字を投げるDIO。

「オラオラァッ!」

『スタープラチナ』で顔文字を弾き飛ばした承太郎だったが、そこでピタリと動きが止まった。

「動けるのはそこまでのようだな・・・これで私の勝ちだ、承太郎!あと2秒!」

 承太郎が動けなくなったと見るや突進してくるDIO。
 もはや承太郎にDIOの攻撃を防ぐ術は無い。

「あと1秒!食らえッ、承太郎!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ―――ッ!」

『ザ・ワールド』のラッシュが炸裂し、その全てが承太郎に命中する。

「ぐああっ!」

 全身に走る激痛に耐える承太郎。
 しかし、これにあと1秒持ちこたえれば時は動き出し、『スタープラチナ・ザ・ワールド』で立場は逆転するのだ。

(もうすぐ時は動き出す・・・!)

 だが、その1秒が過ぎても、なぜか時は止まったままだった。

(な、何だと・・・!?)

 驚愕する承太郎を見て、邪悪な笑みを浮かべるDIO。

「かかったな、承太郎ッ!私のターンは、少なくともあと5秒は続くぞッ!」
「ま、まさか、こいつは・・・!」
「フフフ・・・今頃気付いたか承太郎!先程ジョースターどもの血を吸って、このDIOの時間停止能力は通常の二倍以上も持続するようになっているのだッ!」

 事前に彼らの血を吸って倒していたのは、承太郎との戦いを見越しての布石でもあったのだ。
 その策略に承太郎は完全にしてやられた形となった。

(やれやれだ・・・こいつはちょっとヤバいかもな・・・)

 さらに5秒間、容赦無いDIOの攻撃を浴び続ける承太郎。
 そして再び時は動き出した。

「ぐあああああっ!!」

 時間停止中に食らった全ての攻撃の勢いを受けて承太郎は吹っ飛び、壁に深々とめり込む。
 戦況を見守っていたスピードワゴンの目にも、もはや承太郎の敗北は明らかだった。

「じょ、承太郎さん・・・!」

 深手を負って床に倒れた承太郎を見下しながら、ゆっくりと歩いて近付くDIO。

「フン、お互いの条件が対等などと思ったのが運の尽きよ・・・戦いが始まる前からすでに、お前は圧倒的に不利な立場に追い込まれていたのだ!」
「や、野郎・・・!」
「承太郎・・・その傷では、もう残りLIFEは1といったところだな。すでに時を止める力すら残っていないと見た!」

 DIOの言う通り、もう承太郎に反撃する力は残っていなかった。

「だが油断せず時を止めてから、確実に決めさせてもらうぞ!」

 用心深く『スタープラチナ』の射程距離外に陣取り、時間停止を発動させる。

「『ザ・ワールド』!時は止まった・・・とどめだッ、承太郎!」

 とどめの一撃が、今まさに振り下ろされようとしたその時!



チャラララーン♪



「な、何ッ!?」

 どこからともなく聞こえてきたギターの音が、逆にDIOの動きをピタリと止めさせた。
 予想外の出来事に、慌てて周囲を見回すDIO。

(い、今・・・確かに止まった時間の中でギターの音色が聞こえた・・・こ、これは一体!?)

 周りを見ても怪しい姿は見当たらない。
 その存在に最初に気付いたのは、時間停止が解けた後のスピードワゴンだった。
 DIOが承太郎にとどめを刺さないままでいるのを不思議に思っていた彼は、通路の奥から近付いて来る人影を見た。

「だ・・・誰だ、あいつは?」

 次第に明らかになってくるその姿に、思わず息をのむスピードワゴン。
 黒いテンガロンハットを目深にかぶって、その顔はよく見えない。
 だが白いマフラーに赤いシャツ、黒いベストにズボンという衣装はインパクト絶大である。
 そして何より、手袋をしたままで白いギターをかき鳴らし、自らが演奏するBGMと共にゆっくりと登場してくる光景は、その場にいた全員の視線を釘付けにした。

「あいつの事なら、噂を聞いたことがあるぜ・・・」
「じょ、承太郎さん!」

 満足に動かない体を懸命に起こしながら、承太郎が話し始めた。

「時々基地内に現れて、いつも同じ曲をギターで弾きながら基地の中をさすらうかのごとく歩き回っている謎の男らしい。今まであいつに戦いを挑んだファイターは全て、自分の持つ技を遙かに上回る『日本一の技』で返り討ちに遭い、その強さはまるで、あの快傑ズバットと戦っているようだったと言われている・・・」
「な、何だって!?」

 快傑ズバット・・・それは、以前に開催された第三回WBRを圧倒的な強さで優勝し、今や快傑まふっと軍における不動の『エース』という称号まで得た、最強のバトロイファイター。
 そんな彼に匹敵する存在がもう一人いるなど、スピードワゴンにはにわかに信じがたい話だった。
 その謎の男がDIOの目前にまで歩み寄り、立ち止まると同時にギターの演奏が止まる。
 流れる静寂。そして二人の間に走る緊張。
 それを見ていたスピードワゴンの額に汗が浮かぶ。

「こ、これから一体、何が始まるっていうんだ・・・?」





 至近距離で対峙するDIOと謎の男。
 その間に流れる静寂を破ったのはDIOの方だった。

「貴様、何者だ?」
「地獄から来た掃除人・・・お前のような悪いホコリを掃除して回っている男さ」
「フン、随分とでかい口を叩く奴だ・・・名を名乗れ!」
「さすらいの私立探偵、早川健。悪い奴が暴れているのを見ると、つい我慢できなくなってね。この手でたっぷりと懲らしめてやりたくなるのさ」
「貴様、この私に戦いを挑むつもりか。この私が誰だか知ってるのか?」
「不死身の吸血鬼で、時間を止めるスタンド使いのDIO。ただし!その腕前は日本じゃあ二番目だ」
「何ッ!二番目だと?このDIO以外に日本一がいるとでも言うのかッ!?」
「ヒュウッ、チッチッチッチッチッ・・・」

 口笛を吹いて舌打ちをしつつ、指先でスッと帽子の鍔を上げ、不敵な笑みを浮かべながら親指で自分を指差す。

「この俺さ!」
「ふざけた事を抜かす奴め。スタンド使いでもないお前ごときに何ができるというのだ!」
「そいつは実際にやってみないと分からないぜ、DIOの旦那!」
「よかろう。望み通り勝負してやろうではないか!」

 おもむろにDIOは、足元に多数散乱していた壁や天井の破片を拾い上げ、壁際に立っていたスピードワゴンに視線を向けた。

「おい、スピードワゴン。ちょうどいい場所に立っているな。そこを動くなよ」
「な、何をする気だ?」
「少しでも動いたら死ぬぞ・・・」

 DIOと『ザ・ワールド』が何十個という破片を同時に投げ、それらが目にも止まらぬ速さで飛んでスピードワゴンの体ギリギリに突き立つ。
 服の端をことごとく壁に縫い付けられて、スピードワゴンは身動き一つ出来なくなってしまった。

「う、うああっ・・・!」
「見たか、このDIOの技を!お前にこれ以上のことができるか?私は世界一だッ!!」

 得意気に宣言するDIOに対し、早川はクールな態度を崩さない。

「なるほど。大したものだな・・・」

 そう言いつつ早川は足元の破片を一つだけ拾った。

「俺には一つで充分だ・・・」

 そして奇妙な構えを見せたと思った次の瞬間、神速とも言える素早い動作で破片を投げた。
 しかし、それは意外にも、あさっての方向へと飛んで行く。

「バカめ、どこに向かって投げている!」

 嘲笑するDIO。だが、早川が投げた破片は壁や天井で何回も反射を繰り返した後、スピードワゴンの元へと飛んで行き、彼を壁に縫い付けている破片の一つに見事命中し、弾き飛ばした。

「何ッ!?」

 それだけではない。その弾き飛ばされた破片が、同様に何度も反射した後に別の破片を弾き飛ばし、またその破片が他の破片を弾き飛ばして行く。
 まさに人知を越えた神業の連鎖が繰り広げられ、あっという間にスピードワゴンは体の自由を取り戻した。

「バ・・・バカなッ!」

 驚愕を隠し切れないDIOに対し、早川は余裕の表情で口笛を鳴らす。

「だったら俺は、宇宙一かな?」

 彼の言う通り、今の勝負は誰がどう見ても早川の圧倒的勝利である。

「お・・・おのれッ!」
「さて、次はどうしますかな、DIOの旦那?」

 おどけた態度でDIOを挑発する早川。
 プライドを打ち砕かれたDIOの形相が怒りに満ちていく。

「いい気になるな早川ッ!小手先の技が多少優れている程度で、このDIOの『ザ・ワールド』にかなうと思うなよッ!10秒と経たぬ内にボロ雑巾にしてやるッ!!」

 今のDIOに睨まれれば、並の人間なら腰を抜かしてもおかしくないほどである。
 だが早川は、そんなDIOを前にしても、まるで雑魚を相手にしているかのような扱いだ。

「やれやれ、弱い奴ほどよく吠えるってのは、まさにこの事だな・・・そんなにしゃべっている暇があるなら、さっさとかかって来たらどうだ?」

 ギターを肩に担ぎながら、余裕の表情で手招きする早川。

「こ、このDIOをコケにしたことを後悔させてやる・・・!」

 ついにブチ切れたDIOは、容赦無く『ザ・ワールド』を発動させた。

「時よ止まれ!『ザ・ワールド』!!」

 時が止まり、全てのものが動きを停止させる。

「フッフッフッ、これで私の勝ちは決まった。後は、ゆっくりとお前を料理して・・・」

 しかし、早川が立っていた場所に視線を移すと、いつの間にか早川の姿が消えていた。
 ありえない現象に、DIOは我が目を疑う。

「は、早川が消えた・・・確かに時間は止まっているというのに・・・ど、どこへ行った早川?隠れるのも日本一か!?」
「俺はここにいるぜ、DIO!」

 背後からの声に振り向くと同時に、『ザ・ワールド』の拳を繰り出す。
 しかし、その攻撃は何も捕らえることなく空を切った。

「ま、また消えた・・・し、信じられぬッ!」

 考えられる理由はただ一つ。早川に『ザ・ワールド』の時間停止は効かないのだ。
 だが、自分の強さの拠り所と言っていい能力が完全に通用しない相手が存在するなど、到底認められるものではなかった。
 しかし現実に早川は時間を止めても、その影すら見ることもかなわないではないか。
 いつしか時間停止が解けているのにも気付かず、冷や汗をかきながら視線を宙にさまよわせるDIO。
 そんな動揺するDIOに向かって、再び背後から声が掛かる。

「何をやってるんだDIO?もう10秒なんて、とっくの昔に過ぎ去ったぜ・・・」
「!」

 さっきと違い、DIOが振り向いたと同時にギターの底板が飛んで来た。

「ぐわっ!」

 ギターで顔面を殴られ、転倒するDIO。
 しかし、DIOにはその肉体的な痛みより、精神的なダメージの方が遙かに大きかった。
 何しろスタンド使いでもない人間に、止まった時の中を自由に動かれているのだから。

「バ、バカなッ!こ、こんな事がッ!あり得ぬ・・・あり得ぬッ!!」

 『ザ・ワールド』の時間停止が効かないという、思いもよらぬ展開。
 それはDIOだけでなく、承太郎やスピードワゴンをも驚愕させていた。

「じょ、承太郎さん、こいつは一体どうなってやがるんだ?あいつ、スタンド使いでもないのに、時間を止められても平気みたいだぜ?」
「正直言って、俺にもよく分からん・・・だが、あえて推測するなら、早川健は何をさせても日本一の技を持つ男。もしも、その技の上達速度が光速を越えたとしたら、どうなる?」
「ま、まさか・・・あいつは時間の流れる速度を操る『技』を身に付けたって言うのかッ!」
「おそらくな。それなら止まった時間の中でも、俺と違って無制限に動くことが可能だ。それを利用して一方的に相手をブチのめさねえのは、彼のヒーローとしてのこだわりなんだろう」
「そ、そんなバカな!あ、ありえねえ・・・ふ、不可能だ、そんな事ッ!」
「スピードワゴン、よく覚えておいた方がいい。早川健に対して『無理』だとか『不可能』という言葉は、最も似合わないという事をな・・・」



 相変わらずDIOは、床に這いつくばったままだった。
 立とうと思えばすぐにでも立てるというのに、彼を床に縛り付けているもの・・・それは、ただの人間相手に負けているという『屈辱』。
 時間停止が効かぬ今、DIOにはどうすれば早川を出し抜けるのかが分からなかった。

(どうすれば、どうすれば奴を上回れる?次の一手が思い付かぬ・・・こ、このDIOが、たかが人間ごときにッ・・・!)

 その瞬間、DIOの邪悪な頭脳にひらめくものがあった。

(そうだ、所詮は奴も正義を気取る愚かな人間。この上ない一手があったではないかッ!)

 途端にDIOの目に生気が蘇り、ゆっくりと立ち上がった。
 そして早川とは反対方向に走り出す。
 しかし、それは逃走のためではなかった。
 DIOは床の上でほとんど動けない承太郎を引き起こし、自分の前に出した。

「そこまでだ早川!少しでも動いたら承太郎の命は無いぞ!」

 すでに戦闘不能となった承太郎を人質に取り、早川に降伏を迫るDIO。
 その卑劣な手段に対し、スピードワゴンが歯ぎしりする。

「DIOの野郎・・・やはり生まれついての悪!ゲロ以下の匂いがプンプンするぜ―――ッ!!」
「フン、何とでも言うがいい・・・お前もそこを動くなよ。その気になれば一瞬で承太郎の首をへし折れるのだからな!」

 この場の主導権を奪い返すのに成功した途端、その本性をむき出しにして大きな態度を見せる。

「さあ早川、どうする気だ?承太郎を助けるのか?それとも見捨てるのか?さっさと答えろッ!」

 そう言われた早川はギターを担いだまま、もう片方の手を上に挙げて降参の意志を示した。

「やれやれ、しょうがねえな・・・さ、好きにしな!」
「フフフフフ・・・素直に言うことを聞いたお礼を、たっぷりと進呈してやろう!」

 DIOは早川に向かってスタンドパワー全開で攻撃した。

「今までのお返しだッ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ―――ッ!」
「うわあああああ―――――っ!!!」

 『ザ・ワールド』の攻撃を全弾まともに食らった早川は、もの凄い勢いで通路の遙か奥へと吹っ飛び、その姿が見えなくなってしまった。

「フッフッフッ、思い知ったか!過程や方法など、どうでもよいのだ・・・最後に勝ちさえすればな!フハハハハ―――ッ!!」

 勝利に酔いしれ、高笑いするDIO。
 だが、その笑い声に別の音が重なる。



ゴオオオオン・・・



「な、何だ・・・この音は?」

 何やら遠くの方から音が聞こえてくる。まるで車が走って来るかのような音が・・・。
 ほどなくして猛スピードで接近して来る物体が視界に入り、その独特のフォルムを見てDIOは驚愕した。

「何だ、あれはッ!?」

 通路の中を、赤を基調とし、車体後部に巨大なファンを搭載した車が疾走して来る。
 その運転席に乗っているのは、快傑まふっと軍なら誰もが知っている人物だった。

「あ、あの人は・・・!」

 スピードワゴンがその名前を言いかけたが、それは別の声にかき消された。

「フライトスイッチ、オン!」

 その掛け声と共に主翼が展開して車体が浮き上がり、ジェットエンジンで更なる加速が付いた特殊自動車(ズバッカー)は、その勢いのままDIOを跳ね飛ばした。

「ぎにゃあああああッ!!!」

 およそ彼らしくもない絶叫を上げつつ、まるでピンボールのように何度も壁や天井で跳ね返りながら吹っ飛ぶDIO。

「お、おの・・・れ・・・!」

 床に倒れてピクピク痙攣するDIOの前に、停車したズバッカーからジャンプ一番、赤いヘルメットと強化服に身を固めた男が華麗に舞い降り、高笑いする。

「お、お前は・・・!」
「ズバッと参上!ズバッと解決!人呼んでさすらいのヒーロー!快傑ズバ―――ット!!」

 堂々たる名乗りポーズを決め、懐から自慢のムチを取り出し、ビシッとDIOに突きつける。

「WBRに出場できなかった事を不服とし、あまつさえ傍若無人の限りを尽くし、この基地を混乱に陥れたDIO!許さん!」

 早川健が倒されて希望の光は潰えたかに見えたが、この土壇場において最強のバトロイファイターである快傑ズバットが現れたのだ。

「ズ、ズバットさんだ、ズバットさんが来てくれた!これでもう大丈夫だぜ!」

 まさに救世主の降臨を見るかのごとく喜ぶスピードワゴン。
 それほどまでに皆の快傑ズバットに対する信頼は絶大だった。
 一転して窮地に追い込まれたDIOだが、まだあきらめた訳ではなく、よろめきながらも起き上がり、抵抗の意志を見せる。

「くそっ、よりによって、こんな時にお前が現れるとは・・・いや、これは逆に考えればチャンスだ!ここで快傑ズバットに勝ち、第四回WBRの出場権を奪い取ってやる!」
「果たして、そううまく行くかな?DIO!」

 両者が同時に跳躍し、空中で互いの攻撃がぶつかり合う。

「無駄無駄無駄無駄ァ―――ッ!」
「ズバ―――――ッ!」

 『ザ・ワールド』による拳の連打を軽々とムチ一本で防ぐズバット。
 それどころか、パワーにおいてもズバットが上回り、次第に押されていく状況にDIOは焦った。

「な、何という強さだ!このままではまずい!時よ止まれ、『ザ・ワールド』!!」

 しかし、DIOの期待とは裏腹に、時間を止めてもズバットの動きは止まらなかった。

「な、何ッ!?お前も早川と同じ・・・」
「ズバ―――――ッ!」

 驚愕するDIOの隙を突いて、ズバットによるムチの連打がDIOの頭部を襲った。

「ぐわあッ!」

 頭から血しぶきを上げて倒れるDIO。

「おのれッ!まだ勝負はこれから・・・」

 それでもなお立ち上がろうとするDIOだったが、不様にも足を滑らせて再び倒れ込む。
 弱点の頭部を集中攻撃されたことにより、もはやDIOの体の自由は無きに等しい状態となっていた。

「こ・・・こんなバカなッ!あ、足に力が入らんッ!何てことだ・・・このDIOが快傑ズバットに頭を破壊されて、立つことができないだと!?」

 ズバットは動けなくなったDIOに詰め寄り、その襟首を掴んで問い質す。

「二月二日、飛鳥五郎という男を殺したのは貴様か!?」
「そ、そんな男は知らん・・・!」
「ウソをつくな!」
「ほ、本当に知らん!俺はその日、大西洋の海底にいた!!」

 ズバットは憎々しげにDIOの顔面へもう一撃を食らわすと、空中高くジャンプしてとどめの必殺技を炸裂させた!

「ズバットアタ―――ック!!」
「このDIOがァァァァァ―――――ッ!!!」

 ズバットアタックをまともに食らったDIOは、厚い壁をも貫通して別の通路にまで吹っ飛び、もんどり打ってノックダウンした。

「飛鳥・・・お前を殺した犯人は、こいつでもなかった・・・!」

 ズバットは倒れて動かないDIOの体の上に、ズバットカードを投げつける。
 そのカードには、こう書かれていた。

『この者、悪の帝王!』



 こうして、快傑まふっと軍基地の騒動は収束した。
 戦闘によって損害を受けた基地の修理には一週間ほどかかる見込みだ。
 騒動の張本人であるDIOは、罰として第四回WBR終了までレベル10のフォースフィールドが張られた営倉入り。
 その後も厳重な監視の下に置かれる予定である。
 そして三日後。復旧が進む基地の中を、承太郎・スピードワゴン・快傑ズバットの三人が並んで歩いていた・・・。

「承太郎さん、体はもう大丈夫なのかい?」
「ああ。波紋で治療してもらったから、もう問題ない。ところで、快傑ズバット・・・」
「何だ?」
「今度の第四回WBR、期待しているぜ。何せ連覇が掛かっているんだからな」
「期待してくれるのは嬉しいが、ほぼノーマークだった前回と違って、今回は他勢力もマークを厳しくするのは必至だ。前回のようには行かないだろう・・・」
「何言ってるんです。ズバットさんの強さなら、今回も優勝間違いなしですよ!」

 陽気に答えるスピードワゴン。DIOを倒したあの強さを目の当たりにすれば、そう思いたくなるのも無理はなかった。

「・・・それにしても一つ気になるのが、あの時現れた早川健という男、何者だったんでしょうね?DIOにやられた後、全然姿を見なくなったから、ちょっと心配になってきましたよ」
「心配には及ばねえぜ、スピードワゴン。その早川健なら・・・ここにいる」
「ええっ?じょ、承太郎さん、どういうことですかい?」

 驚くスピードワゴンを尻目に、承太郎はズバットに向かって言う。

「もう正体を隠す必要は無いと思うぜ、快傑ズバット・・・いや、早川健!」
「な、なんだって―――――ッ!!」

 そんなバカな、と思ったスピードワゴンだったが、承太郎の推理は正しかった。

「バレたとあっちゃあ、仕方がねえな・・・」

 ズバットはそう言いつつ、ヘルメットのフェイス部分を開けて素顔を晒す。
 その奥には見覚えのある、あの早川健の顔があった。

「ほ、本当だ・・・快傑ズバットの正体は、早川健だったのかッ!」
「承太郎、私の正体がなぜ分かった?」
「俺には時間が止まっている間の動きが見える。あの時、早川もズバットも止まった時間の中を自由に動いていた。そんな芸当の出来る奴が二人もいるとは思えねえ。それに・・・」
「それに?」
「どちらの声もよく似ていた」
「ハッハッハッ。確かに・・・」

 そこにスピードワゴンが口を挟む。

「じゃあ、変身を解いて基地の中を歩き回っていたのはなぜだい?」
「おおかた、正体を隠してズバットスーツを着たままの生活がきついから、気晴らしに謎の男を装って散歩していたといったところだろう。違うか?」
「その通り。大した推理力だな承太郎。だが・・・」
「日本じゃあ二番目だ」

 いつもの台詞を先に承太郎に言われて、苦笑するズバット。

「やれやれ・・・この俺の正体を見破ってくれたお礼に、どうだ?今夜バーで一杯飲まないか?俺がおごるぞ」
「俺はまだ高校生だぜ。牢屋の中でビールを飲んだことはあったけどよ」
「そうだったな。なら、第四回WBRが終わって時間があれば、一度手合わせするか。お前とは一度、戦ってみたいと思っていたからな」
「それはいい考えだ。受けて立つぜ!」

 珍しく笑顔を見せる承太郎。快傑ズバットのような強者との戦いには心躍るものがあるのだろう。

「さて、今日の所はこの辺でお別れだ。WBRに備えて、できるだけ訓練を重ねておかないとな。これから忙しくなりそうだ」
「ああ、健闘を祈っているぜ。またな!」

 快傑ズバットと承太郎たちは、それぞれ別の方向へと歩き出した。
 その間を基地の人員や車両などが次々と横切って行き、いつしか彼らの姿は見えなくなっていく。
 騒動は終わり、日常がそれに取って替わりつつある。
 今回の出来事も、しばらくすれば遠い過去の記憶へと埋没して行くだろう。
 果たして、次に起こるのは今回のような騒動か、それとも・・・?



 ここは快傑まふっと軍基地、強者達が集まる場所・・・。





最終更新:2009年12月05日 15:04
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。