おいらの見る月夜 交錯する二人の拳

 他の試合も終わり、いよいよ二回戦。あの日本人とおいらの試合だ。朧月夜は観客席から、おいらがでてくるのを待っていた。
「異常なる強さ、一回戦。関節技が決まるも力技で返し、そのままKO。人間を超えた、肉弾魔人! おいら入場!」
 アナウンスと共にもうダッシュでおいらが登場。そして、リングにかけのぼりまたもや両手をあげる。迫力のあるおいらの登場に観客も大声援だ。
「続いて、抜群のカウンター。そして身軽な動き。牛和歌丸の生まれ変わりか? 殺丸入場!」
 おいらとは打って変わり、落ち着いた様子の殺丸が入場してきた。さっきと同じように余裕綽綽とした表情で、リングで気合を入れているおいらを見ている。ゆったりと殺丸はリングにあがり、お辞儀をして見せた。
 二人の名前がコールされ、そしてまたレフェリーが注意事項を説明する。
 その間もおいらは手をくるくるまわして殺丸をにらみつけている。一方の殺丸は今日の飯は何にしようかなといったように、これから戦うような男の顔ではない。おいらの方など一度も見ずに、何考え事をしているかのよう。
「ファイ!」
 だが、その表情もレフェリーの合図とゴングによって一瞬にしてかわった。
 リング内だけではない、会場全体にぴりりとした痺れを感じた。それは、殺丸のせいだった。さっきまで、へらへらしていた男の視線が鋭くなり、その目線はおいらを貫いていた。
「うお、急に変わるもんだ。一歩踏み出しただけで喰われそうだぜ」
「ひひ、口と目がまるで違うぜ」
 会場全体が息を呑む中、リングの二人は笑っていた。とくに、おいらは楽しそうというよりも幸せそうな表情だ。殺丸のほうもさっきの試合とは別人そのもの。目線こそ、厳しいが戦いを楽しんでいるようだ。
「この感覚、強者と会うといつもこう感じるんだ」
「ひひひ、ありがとさん」
 合図など何もなかった。二人の拳がいつの間にか交錯し、観客にはいつ、その試合がはじまったのか分からなかった。
「何が起きてるんじゃ」
 見守る朧月夜も目が点になる。魔法を使った戦闘ならひけをとることはない。だが、この二人の戦いを見ると体を使う格闘は単純にすごいと感じてしまう。自分には到底、こんなまねはできない。
「おいら! がんばるのじゃ!」
「おう!」
 朧月夜の声が聞こえたのか、おいらはこちらに向かって大きく手を振って答えた。余裕などないはず。いや、そうではない。その、手を大きく振り、こちらに笑顔を向けるそぶりすら隙がない。殺丸の額には汗が滲んでいた。
「ひひ、彼女にご挨拶かい」
「まあな」
「違うわ」
 二人の会話に聞こえないようにつっこみをいれておく。
 リングが大きく揺れた。おいらが足を大きく踏み出し、力任せに拳を振りかざした。
「怖いね」
 大きすぎる一撃、そんな単純な攻撃をするわけがない。殺丸が怖いと感じたのはその攻撃そのものでなく、隠された次に待ち構えている二撃目。
 音の衝撃が観客席まで伝わってきた。
 殺丸はおいらの大振りな一撃を片手で受けていた。リングに足がめり込みそうになるほどの攻撃。
「重いねえ、ひひひ」
「ぐっ」
 それは丁度、居合い斬りの構えだった。猫背気味の体勢から、開いたほうの拳でおいらの腹を打ち抜いていた。
「なんだよ、その体勢でだせるかよ」
「侍なんでね」
 殺丸の本質がその構えから見て取れた。まるで刀を構えているような体勢。違うのは手にはめているものがグローブなだけ。
「剣術には柄で殴り、相手を気絶させる技もある。俺がこれからあんたに使うのはそんな技だ」
「いいぜ、なんでも使ってきな。でなきゃ、後悔するだけだ」
 おいらの構えも妙だ。ボクシングでもなければ、柔術の構えでもない。ただの仁王立ちだ。カウンターを打ち込む気でいるにしても、無防備すぎる。かといいつつ、自ら攻めに回ろうとしても動作が遅れる。理に適っていない構え。しかし、そこには絶対的な肉体の強さを自らが自負しているのだけは分かる。この先、どんな攻撃がこようが避けない。それが、殺丸が打てない理由でもあった。何をしようが効かない可能性がある。さきほどの攻撃のような、不意の一撃でも食らわせなければダメージは与えられない。しかも、覚悟を決めたおいらに不意なんて言葉は存在しなそうに見えた。
「ひひ、そりゃあ悪手だぜ。まるでどうやっても崩せそうにない、不沈艦。だけどそれを沈めたくなるのが、格闘家としては当然なんだろうな。そして、俺は……」
 仁王立ちするおいらの前、殺丸はゆっくりとその場を振り返りリングを降りようとした。その動きは隙だらけであり、真剣勝負の中、おいらが攻撃を加えればそれこそノックアウトだ。しかし、それを見送るおいらもまた、隙だらけであった。
「おい、殺丸」
「ひひ、負けたよ」
 殺丸の一言に観客がどよめく。レフェリーもどうしたのかと殺丸に問いかける。
 分かっているのは戦った二人だけのようである。
「見ろ、このサイズ差だ。俺が奴の攻撃喰らったら死んじまう。怪我する前にやめとくんだよ」
 レフェリーにああだこうだいう殺丸。本当の理由は違うに決まっている。
「お前、さっき自分で沈めたくなるって言ったろ」
 からかうようにおいらが言う。
「生憎、俺は格闘家でなくただの戦争堕ちなんでね。このまま、戦ったら消耗戦になる。そしたら、俺は次の仕事に支障ができまう。生活が苦しくなるんだよ」
「良い言い訳だよ。まあ、またやろうぜ」
「へ、誰が魔人なんかとやるかよ」
 調子の良い笑みを浮かべ、疲れたといいながら殺丸はリングから去っていった。
 たった二度の交錯。
 一度目は腕が重なる程度。そして二度目は殺丸がおいらの攻撃を受け、カウンターの一撃。どちらかといえば、試合を押していたのは殺丸のほうだった。
 釈然としないが、物事を深く考えないおいらは別にいいかと同じようにリングを後にした。
「決勝じゃな、がんばるのだぞ」
 控え室に戻ると、今度は朧月夜が出迎えてくれた。嬉しそうに目がキラキラさせている。
「決勝の相手はリカルド。ここ最近じゃ無敵のチャンプとか言われてるけど、敵じゃねえな」
「何を言うか、我はリカルドの試合を見たが、あっという間に試合を終えていたぞ。主もそうじゃが」
「あ、おいら様?」
 控え室になにやら試合の関係者らしき人間が入ってきた。
「なんだ?」
「あの、リカルド選手が試合を放棄したみたいで。優勝が決まりました」
「なぬ!?」
 驚きの声を発したのは朧月夜の方。おいらの方はこうなることが分かっていたかのようだ。
「どういうことじゃ!」
「えと、よく分かりませんが。やっても無駄みたいなことを言ってまして」
「ま、奴も一端の格闘家じゃねえってことだ」
 よいしょっとおいらが腰を持ち上げ、関係者の隣にたった。
「じゃあ、ファンに挨拶でもしてくるかな」
「はい、さっそくお願いします」
 そそくさと、二人して控え室を後にしていった。
 朧月夜は意味がよく分からず、ただその場でどうしたものかと考えていた。



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最終更新:2008年12月21日 22:41
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