「2-223」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

2-223 - (2006/08/09 (水) 11:47:35) の1つ前との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

222.生者のために、死者のために [2日目深夜] ---- 光の届かない夜の森で、闇がうごめいていた。 よほど慎重なのか足音も小さく、風のざわめきを利用して巧みに存在を隠していた。 けれど瞳には、まともな人間であれば見ただけで萎縮し、取り乱してしまうほどの赤黒い殺意の炎が燃え上がっていた。 蠢動する闇とは裏腹に、男の表情は苦痛にゆがんでいた。 見れば男の脇腹からは、血らしきものが流れ落ちている。どうやら手当てしてあった傷口が開いたらしい。 男の傷はそれだけではない。 血には染まっていないものの、左目にはまだ新しい傷があり、おそらくは失明しているのだろう。 簡易的な処置を済ませてはあるが、焼けただれた左半身も、見るからに痛々しい。 が、男が顔をしかめることになった原因は別にあった。 不意をつかれて投擲された銛と呼ぶのもためらわれる鏃と棒を組み合わせただけのもの。 その先端が肌をかすめた程度でしかないのに、もうれつな睡魔が男を襲ったのだ。 男は睡魔にあらがうため、自らの傷を自らの手で開いた。 当然おびただしい痛みが男のからだを蹂躙した。 それでも眠ってしまうことに比べれば、ましだと判断したのだろう。 顔をくしゃくしゃにしながらも、ぎりぎりのところで痛みと睡魔に耐えていた。 槍を投げてきた相手が、仕掛けるタイミングをはかりながらどこかに潜んでいることは、容易に想像できた。 自分が同じような効力の槍を持っていたならば、間違いなくそうするからだ。 睡魔に耐えながら、さらにいつ襲ってくるかわからない相手に神経をすり減らしている相手へどう仕掛けるか。 この手の戦い方では、そこが肝心とも言えた。 しかし相手の作戦がわかっていたとしても、どうすることもできないことがある。 動きが鈍ることが、それだった。 体捌きに切れがない。そして反射神経すらも、麻痺しているようだった。 とにかく全身が、鉛をつめこまれたみたいに重かった。 鎧を身につけていなくてこの重さなのだから、冗談ではない。思わず苦笑したくなったほどだ。 それでもそんな暇はなかった。 相手が闇の中からようやくにして、飛びかかってきたからだ。 待ちかねたとばかりに男はシミターで反撃を試みた。 怪我をしていようと、手足が重かろうと、どこかで襲ってくるとわかっていた以上、遅れをとることはなかった。 その点ではさすがに戦い慣れていると言えた。 明かりの乏しい森に火花が散った。 ぶつかりあうバスタードソードとシミター。弾ける火花が剣戟の音にのって、持ち主の姿を浮かび上がらせた。 男は仕掛けてきた相手が女だったこと。 さらにはその女が冒険者ではなく、見知ったカプラ職員の一人であったことに眉をひくりとさせて驚いた。 女は男がクルセイダーであるのに盾を持っていないこと。 そして男が自分の銛によって困憊しているだけではなく、左目に傷を負っていることを知り、冷たい笑みを浮かべた。 どうせ他の殺人鬼に襲われて傷を負わされ、ほうほうの体で森に逃げこんで傷を癒していたに違いない。 これなら死角をうまく使うことで手早く決着をつけることができる。 そのカプラ職員の女、グラリスはそう思ったのだろう。自然と動きに単調さが生まれた。 まさか目の前のクルセイダーが祝福された死神の二つ名を持つ殺人鬼だなどとは、推察できるはずもなかった。 ♂クルセイダーは、グラリスが自分の左目に気づいたからには、ためらいなく狙ってくると確信した。 彼女の瞳にどうしようもないほどの焦燥と殺意が渦巻いていることから、殺す側の人間であると直感していた。 だからこそ、行動を先読みできた。 この相手を見抜く力の差が、明暗をわけた。 グラリスが♂クルセイダーの死角から剣を揮う前に、♂クルセイダーは右目をも閉じていた。 どこからどう斬りつけてくるのかが予測できるのだから、あとはその瞬間さえ見誤らなければ良いのである。 視覚など必要ない。触覚と聴覚を研ぎ澄ませれば、それでじゅうぶんだった。 グラリスの剣をかわしざまに、♂クルセイダーはシミターで腕ごと斬り飛ばした。 首を飛ばしていれば、グラリスはその場で絶命しただろう。 けれどそれができなかったのは、♂クルセイダーの肉体が本調子から遠いことの証だった。 つまりあと一歩が届かなかったのだ。 耳を裂く絶叫がグラリスの口からあふれた。 かろうじて右手はつながっているものの、左手の手首から先を失ったのだから無理もない。 突っ伏してうめくと、さらにのたうち回った。 気を失ったとしても不思議ではない痛みが脳を駆け巡っているはずである。 ♂クルセイダーにとってこれ以上の好機はない。 ところが彼もまた、次の一手を打つことができなかった。血を流しすぎたのだ。 ゆらりと上半身を揺らし、大木に背を預け、必死の形相でグラリスを見る。 相手は剣と左手を失ったのだからすでに問題はない。いや、そんなことはないと♂クルセイダーは考えていた。 あれほどの殺意を持った人間がその程度であきらめたりはしないことを、彼はよくわかっていた。 最終的には自分の命すらも必要としていない、殉教者のそれと同じである。命よりも優先するべきことが、他にあるのだ。 油断ない声で♂クルセイダーは言葉を発した。 「お前はこの島で、なにを求める? 自分の命すらも投げ出して、なにを求めている?」 答えられるはずがない。普通なら痛みに動くこともできないはずである。 ところが彼女は普通ではなかった。 どこからか取り出した矢で、唐突に左腕を刺した。 ぐさり、ぐさりと彼女は矢を刺した。それも一本ではない。二本、三本、四本と立て続けに突き入れた。 とても正気の沙汰ではない。 が、♂クルセイダーは彼女がなにをしているかをすばやく察した。 先ほどの♂クルセイダーとは逆である。 ♂クルセイダーが痛みで眠気を飛ばそうとしたのに対して、グラリスは眠気で痛みを紛らわせようというのだ。 つまりはスリープアローを鎮痛剤として使ったわけである。 「それでもお前の死は動かない。無駄なことはするな」 声が届いていないのか、それとも届いていても聞いていないのか、彼女は皮膚をかきむしって痛みに耐えていた。 その上でさらに飛ばされて転がっているバスタードソード近くまで這いずろうとするのだから、おそろしい。 執念というほかなかった。 なにが彼女をそうまでさせているのか? ♂クルセイダーにはわからなかったが、手足が動くのなら、せめて楽にしてやりたいと思った。 実際には木にもたれかかっていることが精いっぱいで、両手も両足も、もう一歩も動かせなかった。 もしグラリスがこのままバスタードソードまでたどり着き、右手に持って襲いかかって来たら殺されるかもしれない。 そうでなくとも、自分もこの女も、この状態では遅かれ早かれ・・・・・・ 気がつけば、噛みしめた奥歯が砕けていた。 ほんのひと時でも死を受け入れようとした自分を、自分の中のなにかが拒否したのだ。 意外に思うよりもはやく♂クルセイダーは自分の浅慮を悔いた。 (そうだ、俺は死ねない。死ぬわけにはいかない。たとえどんなことがあっても殺されるわけにはいかない) (俺を殺す神など、いない) 今度は♂クルセイダーが絶叫した。 森中を震わせる、あらん限りの力をしぼり出した叫びだった。 死神にはふさわしくない、生命に満ちた叫びだった。 ひたすらに吼えて♂クルセイダーはシミターの剣先を、いまだ地面を這いずるグラリスに向けた。 殺さなければ、殺される。そして死ぬわけにはいかない。 ♂クルセイダーはひどく当たり前のことを思った。 理由は違うが、きっと彼女もまた同じなのだろう。目的を果たすまで、死ぬわけにはいかないのだ。 ♂クルセイダーはグラリスが戦う理由を知らない。 それは愛するWを生かすために。 そしてグラリスもまた、♂クルセイダーが戦う理由を知らない。 それは神を信じて死んだ少女を弔うために。 二人はそのために相手を殺さなければならず、そのために生きなければならなかった。 あまりにも悲しい戦いだった。 <♂クルセイダー> 現在地:E-4 髪 型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) 状 態:左目の光を失う 脇腹に深い傷 背に刺し傷を負う 焼け爛れた左半身 体力は再びレッドゾーン 備 考:♂騎士を生かしはしたものの、迷いはない <グラリス> 現在地:E-4 容姿:カプラ=グラリス 所持品:TBlバスタードソード、普通の矢筒、スリープアロー十数本とそれを穂先にした銛 備考: 状態:裂傷等は治療済み 左手首から先を失う 体力はレッドゾーン ---- | [[戻る>2-221]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-223]] |
222.生者のために、死者のために [2日目深夜] ---- 光の届かない夜の森で、闇がうごめいていた。 よほど慎重なのか足音も小さく、風のざわめきを利用して巧みに存在を隠していた。 けれど瞳には、まともな人間であれば見ただけで萎縮し、取り乱してしまうほどの赤黒い殺意の炎が燃え上がっていた。 蠢動する闇とは裏腹に、男の表情は苦痛にゆがんでいた。 見れば男の脇腹からは、血らしきものが流れ落ちている。どうやら手当てしてあった傷口が開いたらしい。 男の傷はそれだけではない。 血には染まっていないものの、左目にはまだ新しい傷があり、おそらくは失明しているのだろう。 簡易的な処置を済ませてはあるが、焼けただれた左半身も、見るからに痛々しい。 が、男が顔をしかめることになった原因は別にあった。 不意をつかれて投擲された銛と呼ぶのもためらわれる鏃と棒を組み合わせただけのもの。 その先端が肌をかすめた程度でしかないのに、もうれつな睡魔が男を襲ったのだ。 男は睡魔にあらがうため、自らの傷を自らの手で開いた。 当然おびただしい痛みが男のからだを蹂躙した。 それでも眠ってしまうことに比べれば、ましだと判断したのだろう。 顔をくしゃくしゃにしながらも、ぎりぎりのところで痛みと睡魔に耐えていた。 槍を投げてきた相手が、仕掛けるタイミングをはかりながらどこかに潜んでいることは、容易に想像できた。 自分が同じような効力の槍を持っていたならば、間違いなくそうするからだ。 睡魔に耐えながら、さらにいつ襲ってくるかわからない相手に神経をすり減らしている相手へどう仕掛けるか。 この手の戦い方では、そこが肝心とも言えた。 しかし相手の作戦がわかっていたとしても、どうすることもできないことがある。 動きが鈍ることが、それだった。 体捌きに切れがない。そして反射神経すらも、麻痺しているようだった。 とにかく全身が、鉛をつめこまれたみたいに重かった。 鎧を身につけていなくてこの重さなのだから、冗談ではない。思わず苦笑したくなったほどだ。 それでもそんな暇はなかった。 相手が闇の中からようやくにして、飛びかかってきたからだ。 待ちかねたとばかりに男はシミターで反撃を試みた。 怪我をしていようと、手足が重かろうと、どこかで襲ってくるとわかっていた以上、遅れをとることはなかった。 その点ではさすがに戦い慣れていると言えた。 明かりの乏しい森に火花が散った。 ぶつかりあうバスタードソードとシミター。弾ける火花が剣戟の音にのって、持ち主の姿を浮かび上がらせた。 男は仕掛けてきた相手が女だったこと。 さらにはその女が冒険者ではなく、見知ったカプラ職員の一人であったことに眉をひくりとさせて驚いた。 女は男がクルセイダーであるのに盾を持っていないこと。 そして男が自分の銛によって困憊しているだけではなく、左目に傷を負っていることを知り、冷たい笑みを浮かべた。 どうせ他の殺人鬼に襲われて傷を負わされ、ほうほうの体で森に逃げこんで傷を癒していたに違いない。 これなら死角をうまく使うことで手早く決着をつけることができる。 そのカプラ職員の女、グラリスはそう思ったのだろう。自然と動きに単調さが生まれた。 まさか目の前のクルセイダーが祝福された死神の二つ名を持つ殺人鬼だなどとは、推察できるはずもなかった。 ♂クルセイダーは、グラリスが自分の左目に気づいたからには、ためらいなく狙ってくると確信した。 彼女の瞳にどうしようもないほどの焦燥と殺意が渦巻いていることから、殺す側の人間であると直感していた。 だからこそ、行動を先読みできた。 この相手を見抜く力の差が、明暗をわけた。 グラリスが♂クルセイダーの死角から剣を揮う前に、♂クルセイダーは右目をも閉じていた。 どこからどう斬りつけてくるのかが予測できるのだから、あとはその瞬間さえ見誤らなければ良いのである。 視覚など必要ない。触覚と聴覚を研ぎ澄ませれば、それでじゅうぶんだった。 グラリスの剣をかわしざまに、♂クルセイダーはシミターで腕ごと斬り飛ばした。 首を飛ばしていれば、グラリスはその場で絶命しただろう。 けれどそれができなかったのは、♂クルセイダーの肉体が本調子から遠いことの証だった。 つまりあと一歩が届かなかったのだ。 耳を裂く絶叫がグラリスの口からあふれた。 かろうじて右手はつながっているものの、左手の手首から先を失ったのだから無理もない。 突っ伏してうめくと、さらにのたうち回った。 気を失ったとしても不思議ではない痛みが脳を駆け巡っているはずである。 ♂クルセイダーにとってこれ以上の好機はない。 ところが彼もまた、次の一手を打つことができなかった。血を流しすぎたのだ。 ゆらりと上半身を揺らし、大木に背を預け、必死の形相でグラリスを見る。 相手は剣と左手を失ったのだからすでに問題はない。いや、そんなことはないと♂クルセイダーは考えていた。 あれほどの殺意を持った人間がその程度であきらめたりはしないことを、彼はよくわかっていた。 最終的には自分の命すらも必要としていない、殉教者のそれと同じである。命よりも優先するべきことが、他にあるのだ。 油断ない声で♂クルセイダーは言葉を発した。 「お前はこの島で、なにを求める? 自分の命すらも投げ出して、なにを求めている?」 答えられるはずがない。普通なら痛みに動くこともできないはずである。 ところが彼女は普通ではなかった。 どこからか取り出した矢で、唐突に左腕を刺した。 ぐさり、ぐさりと彼女は矢を刺した。それも一本ではない。二本、三本、四本と立て続けに突き入れた。 とても正気の沙汰ではない。 が、♂クルセイダーは彼女がなにをしているかをすばやく察した。 先ほどの♂クルセイダーとは逆である。 ♂クルセイダーが痛みで眠気を飛ばそうとしたのに対して、グラリスは眠気で痛みを紛らわせようというのだ。 つまりはスリープアローを鎮痛剤として使ったわけである。 「それでもお前の死は動かない。無駄なことはするな」 声が届いていないのか、それとも届いていても聞いていないのか、彼女は皮膚をかきむしって痛みに耐えていた。 その上でさらに飛ばされて転がっているバスタードソード近くまで這いずろうとするのだから、おそろしい。 執念というほかなかった。 なにが彼女をそうまでさせているのか? ♂クルセイダーにはわからなかったが、手足が動くのなら、せめて楽にしてやりたいと思った。 実際には木にもたれかかっていることが精いっぱいで、両手も両足も、もう一歩も動かせなかった。 もしグラリスがこのままバスタードソードまでたどり着き、右手に持って襲いかかって来たら殺されるかもしれない。 そうでなくとも、自分もこの女も、この状態では遅かれ早かれ・・・・・・ 気がつけば、噛みしめた奥歯が砕けていた。 ほんのひと時でも死を受け入れようとした自分を、自分の中のなにかが拒否したのだ。 意外に思うよりもはやく♂クルセイダーは自分の浅慮を悔いた。 (そうだ、俺は死ねない。死ぬわけにはいかない。たとえどんなことがあっても殺されるわけにはいかない) (俺を殺す神など、いない) 今度は♂クルセイダーが絶叫した。 森中を震わせる、あらん限りの力をしぼり出した叫びだった。 死神にはふさわしくない、生命に満ちた叫びだった。 ひたすらに吼えて♂クルセイダーはシミターの剣先を、いまだ地面を這いずるグラリスに向けた。 殺さなければ、殺される。そして死ぬわけにはいかない。 ♂クルセイダーはひどく当たり前のことを思った。 理由は違うが、きっと彼女もまた同じなのだろう。目的を果たすまで、死ぬわけにはいかないのだ。 ♂クルセイダーはグラリスが戦う理由を知らない。 それは愛するWを生かすために。 そしてグラリスもまた、♂クルセイダーが戦う理由を知らない。 それは神を信じて死んだ少女を弔うために。 二人はそのために相手を殺さなければならず、そのために生きなければならなかった。 あまりにも悲しい戦いだった。 <♂クルセイダー> 現在地:E-4 髪 型:csm:4j0h70g2 所持品:S2ブレストシミター(亀将軍挿し) 状 態:左目の光を失う 脇腹に深い傷 背に刺し傷を負う 焼け爛れた左半身 体力は再びレッドゾーン 備 考:♂騎士を生かしはしたものの、迷いはない <グラリス> 現在地:E-4 容姿:カプラ=グラリス 所持品:TBlバスタードソード、普通の矢筒、スリープアロー十数本とそれを穂先にした銛 備考: 状態:裂傷等は治療済み 左手首から先を失う 体力はレッドゾーン ---- | [[戻る>2-222]] | [[目次>第二回目次3]] | [[進む>2-224]] |

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
人気記事ランキング
目安箱バナー