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203.激闘プロンテラ南フィールド 後編

八回目の打ち込みを回避する♂ローグ。
最初に遭遇した場所からは随分と離れてしまっていた。
すぐに九回目が襲いかかる。
それを斧の届く距離から離れながらスチレで弾き、体勢を崩させつつ更に逃げる。
これを延々と繰り返して時間を稼ぐ♂ローグ。
『くそっ、なんだってこープロ南にゃ木が少ねえんだよ!』
♂ローグはそう愚痴りながらも、最善を目指す。
城壁側には確か木々が茂っていたはずだ。そこまで騙し騙し引っ張って行くしかない。
深淵の騎士と♀ローグとの相性はお世辞にも良いとは言えない。
これにバドスケのサポートが入れば、♀ローグは倒せない相手ではないであろうというのが♂ローグの読みだった。
もちろん♀ローグも同じ事を考え時間稼ぎをしているだろうが、♀ローグは足止めの事も考えなければならない。
バドスケと深淵の騎士子が一緒になってこちらを追ってきたら、三対一対一となり、圧倒的に♂ローグ達が有利になる。
『……まあ、あの深淵の騎士子が敵じゃなけりゃの話だが。見た所、モンスターっつーワリには、そんなに性悪にも見えなかったしな』
よっぽど♂BSや♀ローグの方がタチ悪い。
バフォメットJrといいアラームといいバドスケといい、この場においてはモンスターの方が人間より信用出来るのではないのか。
そんな気がしてならない♂ローグであった。
そして都合十回目の斬撃を、なんとかしゃがむこんでかわした♂ローグは、フェイントをしかけて右に行くと見せかけて左側面から懐を抜け出す。
『思ってた以上に戦闘経験が少ないなこいつ……小技に弱いのか?』
♂ローグはその引き出しにまだまだ技を隠し持っているが、♂BSの攻撃パターンはそれほど多くも無いようだ。
そうと気付いた♂ローグは、走りざまに足下の砂を掬い、振り返ってこちらに向かってくる♂BSの顔面めがけて投げつけた。
すぐにバックステップでひょいっとばかりに距離を取る。
ちょうど♂BSがまかれた砂から目を斧で覆っているタイミングだ。
♂BSが斧を降ろした時には、既に♂ローグとはかなり離されてしまっている。
『神経すり減るぜ全く』
「♂ローグ!?」
突然すっとんきょうな大声が聞こえてくる。
草原の先にその声の主を見つけた♂ローグは、歓声を挙げた。
「おお! ナイスタイミングだ♀アーチャー!」
すぐ側には小バフォも居る。勝った、これで時間稼ぎはいつまででも出来る。
そう思った♂ローグの真後ろから声がした。

「残念。ぎりぎりアウトよ」

背筋が凍り付いた。
振り返る間も無く激痛が♂ローグの背中を走る。
「バイバイ♪」
そう言って思いっきり♂ローグを蹴飛ばしたのは、♀ローグであった。
♂ローグが蹴飛ばされ、怪我の痛みによろめいたその先に居たのは♂BSであった。
『マズッ! かわしきれ……』
「チャージアロー!」
弓手の技術により、突き刺す力以上に跳ね飛ばす力を備えた矢を放つ。それがチャージアローだ。
正に今この時の為の技術であろう。
その判断の正確さに♂ローグは助けられた。
舌打ちしながら♂ローグに斬りかかろうとする♀ローグだったが、すぐに真後ろに向けてダマスカスを構える。
「こちらは我に任せて一度下がれ♂ローグ殿!」
小バフォが小柄な体に相応しい俊敏さであっという間に距離を詰めていたのだ。
そして鎌を振るうが、それは♀ローグのダマスカスに受け止められる。
「誰を誰に任せるって?」
「貴様を我にだ。文句あるか人間」
「こういう時の文句は口で言うもんじゃないわねぇ」
鎌を力任せに跳ね飛ばすと、♀ローグはダマスカスを小バフォに振るう。
それを鎌の柄の部分で弾き、弾いた瞬間に一気に下がって距離を取る小バフォ。
その目線が自分の右腕へと落ちる。
「……何時の間にもう一撃を……」
小バフォの右腕が薄く切り裂かれていたのだ。
♀ローグは酷薄に笑う。
「逃げたのは正解よ。あそこで踏み込んでたら首が飛んでたわね~」

焼ける様に熱い背中の傷を無視して立ち上がる♂ローグ。
敵は二人、♀ローグに♂BS。それに対するこちらは♂ローグに小バフォ、♀アーチャーの三人。
『やべぇ! 絶対勝てねえ!』
進退窮まる♂ローグ。
小バフォに♀ローグと近接戦闘をさせるのは荷が重すぎる。
かといって♂BSの相手が出来るかといえば、それも否だ。
どちらも♂ローグが押さえ無ければならない相手で、二人を同時に押さえつつ、小バフォと♀アーチャーを守る術を♂ローグは思いつけなかった。
インティミでどちらかを拉致るにしても、どちらを残しても小バフォと♀アーチャーの命は無い。
相手はブラッドアックスに、バックステップ持ちなのだから。
『なら……その前提から崩すまでだ!』
チャージアローによって跳ね飛ばされた♂BSは立ち上がる。
♂ローグは、スチレを構えて♂BSに向かって突っ込む。
「こらローグ何すんのよ! さっさと逃げなさいってば!」
『だーから逃げる段取り組んでんだっての!』
と心の中だけで反論した♂ローグだったが、突然視界が斜めに傾く。
『おろ?』
地面が、垂直に立ち上がる。
横にある壁に顔が押しつけられる。痛い。大して勢いついてないように思えたのだが、結構痛かった。
『なんだって壁? ……俺は……』
♀アーチャーの悲鳴で♂ローグの意識は覚醒する。
「ローグッ!」
チャージアローで再度吹っ飛ばされる♂BS。
矢を放ちながら駆け寄る♀アーチャー。
ようやく自分が倒れた事に気付いた♂ローグだったが、立ち上がろうにも手足に力が入らない。
♂BSのプレッシャーに耐えながら、ひたすら防戦に徹する。
それは、♂ローグが考えている以上に自らの体に負担を強いる作業であったようだ。
加えて背中からの出血も夥しい。
『俺……死ぬのか?』
♀アーチャーの三回目のチャージアロー。
彼女は倒れ伏す♂ローグの前に立ち、♂BSを前に弓を構えて昂然と胸を張る。
「死なせるもんですか!」
♂BSはそんな♀アーチャーに走り寄り、ブラッドアックスを振り上げる。
同時に放たれた四度目のチャージアローは、♂BSが反射神経だけでかわしてみせた。
「♀アーチャー殿!」
そう叫んだ子バフォが♂BSに向かって鎌を投げつける。
それは、♂BSにとっても不意打ちであったようで、鎌が当たった♂BSの上半身が後ろに揺れる。
「わーーーーーーーーっ!!」
♀アーチャーは、弓を放り投げ、♂BSに体当たりをしかけた。
自暴自棄になっての行動ではない。
♂BSのベルトを両手でしっかりと掴み、重心の高くなっていた♂BSを低い姿勢から全力で押し続ける。
たたらを踏む♂BS、そして体勢を立て直すべく軸足を大きく後ろに伸ばすが、そこには地面が無かった。
♀アーチャーの狙い通り。急な丘陵を二人は重なり合ったまま転がり落ちていった。
「がはっ!」
♂ローグの背後から悲鳴が上がる。
胴体中央部を♀ローグに刺し貫かれた子バフォは、その場にゆっくりと崩れ落ちた。
鎌も無く、♀ローグに真後ろを見せた子バフォを♀ローグが見逃すはずも無かったのだ。
それは、子バフォにもわかっていたのだろう。
だが、彼はあの二人の危機を見逃せなかった。
子バフォにとって、理由はそれだけで充分であった。

丘陵がなだらかになるにつれて、♀アーチャー、♂BSの二人の転がる速度が落ちていく。
転がりながら、ブラッドアックスを♀アーチャーに振るう♂BS。
♀アーチャーはそれを左の肩に受け、小さい悲鳴を上げる。
ブラッドアックスが欠けていたおかげで、その程度で済んだ。
その勢いで二人の回転は止まり、同時に立ち上がる♀アーチャーと♂BS。
ブラッドアックスを振り上げる♂BS、矢筒から矢を取り出してそれを振り上げる♀アーチャー。
『私は絶対に負けないっ! あんたなんて恐くもなんともないんだからぁ!』

♀アーチャー、そして子バフォの最後。それらは♂ローグが倒れた時に、彼が自分で予期していた結末であった。
だが、♂ローグは自分で考えている以上に衝撃を受けている事に驚いていた。
じりじりと近づいてくる♀ローグ。
『くそっ! 動けよっ! 頼むから動いてくれよっ!』
痺れの取れない腕を、それでもと力を込め続ける♂ローグ。
♀ローグは真顔で、♂ローグの様子を観察しながら近づく。
この状態の♂ローグ相手でも一切油断の気配は無い。
『……そうだよ。違うだろ、俺』
一度全身の力を抜く♂ローグ。
手足の先は、まだ何も感じない。
『あいつは俺が動けないと思ってる。なら、狙うは急所一点。こっちは倒れてるから一度姿勢を低くしなきゃならん』
肘の辺りに、痛みが走る。
『ダマスカスを逆手に、膝を落して、真上から……』
手足の先に暖かさを感じる。
『狙うは心臓。一番よけにくいここを一発で狙ってくる』
すぐに、手足から凄まじい痺れと痛みを感じる。
『腕一本、くれてやらあ!』
♀ローグが♂ローグの心臓目がけてダマスカスを振り下ろす。
♂ローグは、それを胸元まで振り上げた左腕で受け止めた。
上体を上げ、♀ローグの襟首を掴みながら、♂ローグはインティミデイトを放った。


走り出す深淵の騎士子とバドスケの二人、そしてそれを見て安心したのか、アラームは一度目を閉じた。

びくん! びくん!

突如、痙攣を始めるアラーム。
「なっ!? 安定してたのにっ!」
♂ケミはアラームの体を必死に押さえる。
「まずいっ! なんとか……」
異変に気付いたのか、すぐに二人が戻ってくる。
「おい! どうしたアラーム!」
しかし、アラームは白目を剥いたままで何も答えない。
呆然とアラームを見下ろす深淵の騎士子。
「ばかな……つい、今ままで落ち着いて……出血も止まって……」
♂ケミが必死の声で言う。
「二人ともアラームを押さえて! これじゃまた傷口が開いちゃう!」
バドスケは慌ててアラームの両手を押さえ、深淵の騎士子もその両足を押さえる。
それは、子供の力とはとても思えないような力で、バドスケも深淵の騎士子も変わり果てたアラームの様子に驚きを隠せない。
そんな二人を勇気づけるように♂ケミは言う。
「痙攣はすぐに収まる! それまでなんとか傷口が……」
そこまで言って、♂ケミは最悪の事態の到来を知る。
アラームの傷口を覆っていた包帯からは、赤い物がにじみ出していた。
絶望、そんな言葉が脳裏に浮かんだが、首を横に振ってそれをうち消す。
『ここで僕まで見捨てたら、誰がこの子を救うっていうんだ!』
青ハーブをアラームの口元に持っていき、その香りをかがせる♂ケミ。
すると、すぐにアラームの痙攣は収まった。
安堵するバドスケと深淵の騎士子だったが、そんな二人に言い放つ♂ケミ。
「傷口がまた開いた! 今すぐ水と綺麗な布を集めてきて!」
それを聞いた深淵の騎士子はすぐに言い返す。
「なんだと!? 無茶を言うでない! これ以上の治療はこの娘には耐えられ……」
「出来るさ! 僕達が信じないでどうするんだ!」
♂ケミの言葉に、バドスケははっとして、地面に落ちていた水筒を拾い上げる。
「水だな! すぐに用意する!」
それを見た深淵の騎士子もバッグをあさりに向かう。
その間に♂ケミは包帯を外し、傷の具合を見る。
開いたのが肉の傷口だけであるのなら、出血のみが問題となる。
「……ちっくしょうっ! 神様は僕達が嫌いなのかよ!」
しかし、傷口を確認すると、出血は体内の奥底からしている様であった。
思いっきり息を吸い込み、そして意を決するとアラームの腹部側面に出来た傷口に白ハーブを持ったまま手を突っ込む。
慎重に、そして迅速に、出血箇所を手の感覚だけで探る。
「頼むっ! 頼むっ! 見つかってくれ!」
♂ケミが以前に見た人体の研究書、その記憶だけが頼りだ。
指先に微かな反応があった。それが鼓動なのか、それとも出血による物なのかの判断しかねたが、これ以上は無理と考えた♂ケミはそこに治療を行う。
最後の赤ポーションの栓を、手慣れた手つきで片手で抜く。
「ポーションピッチャー……」
♂ケミの手に持った赤ポーションが、少しづつ減っていく。
その治癒の力は、♂ケミが白ハーブで押さえたアラームの傷口へと伝わり、そして傷口を完全に癒しきった。
そこからの出血を感じられなくなった所で、♂ケミはアラームの体内から手を引き抜いた。
すぐにバドスケのくんできた水を傷口にかけ、そこにハーブを敷き詰めると、深淵の騎士子の用意した布を包帯にして治療を終える。
アラームは依然として青白い顔のまま目を閉じている。
沈黙に耐えきれずバドスケが♂ケミに聞く。
「なあっ! アラームどうなったんだよ!」
「……傷口は塞いだ。後はこの子の体力次第だよ……」
素人目に見ても、アラームが既に流した血の量は並大抵の物ではないとわかる。
だが、それでもバドスケは、すがるような気持ちでアラームを見つめていた。

♂ローグは、インティミ後に動き出せるタイミングを熟知していた。
だからこそ、まともに動いてくれない体でもインティミ到着地にたどり着いた刹那、♀ローグを投げ飛ばすなぞという芸当が出来たのだ。
舌打ちしながら、起きあがる♀ローグ。
「本当に往生際が悪いね~あんたは」
同じく、ふらつきながらも立ち上がる♂ローグ。
「言ったろ。悪党はしぶといもんだって……それにな」
この景色を♂ローグは覚えている。
ふって沸いた♂ローグを見て、目を丸くする深淵の騎士子、バドスケ、♂ケミの三人を見ながら♂ローグは不敵に笑う。
「悪運の良さも大したもんだろ」
アラームの事に気を取られながらも、♀ローグを見るなり戦闘態勢に入れたのは、この世界での生活が長かったせいかもしれない。
深淵の騎士子はツヴァイハンターを構え、♀ローグを睨み付ける。
しかし、バドスケはこの場を動こうとはしなかった。
一瞬♀ローグを見た後、すぐにアラームを見つめるバドスケ。
そんなバドスケを見た♂ケミの胸が痛む。
深淵の騎士子は後ろでアラームを見守る二人を置いて、♀ローグに歩み寄る。
「♂ローグはすっこんでいろ。今の私は……とても不機嫌だ」
一足飛びに自らの剣の間合いに♀ローグを捉えると、ツヴァイハンターを縦に振るう。
♀ローグは後ろに飛んでそれをかわすが、ツヴァイハンターを地面に当て、そこから跳ねる勢いを利用しつつ、すぐに深淵の騎士子は二撃目を放つ。
掬い上げるような一撃を、今度は横に飛び、ツヴァイハンターの剣の腹をダマスカスで叩きながら、その方向を逸らす。
深淵の騎士子はその叩かれた勢いに逆らわずに、剣を跳ね上げさせ、それが重力に引かれて落ちるタイミングで力を込め直して更に三撃目を振り下ろす。
これらが、幅広の両手剣で行われているのだ。♀ローグは踏み込むどころか、とにかく剣の間合いから離れるので精一杯である。
『っちゃー、まずったね~。♂ローグがそこにいなきゃもう少しやりようもあるんだけど……』
深淵の騎士子の命じるままにその場に立っている♂ローグ。
だが、彼が何の策も無しにただ突っ立っているなぞ♀ローグは欠片も信じていなかった。
♂ローグの神速の突き、そしてこれにバックステップを組み合わせれば、間合いも何も無い所から必殺の一撃を放つ事が出来る。
♀ローグはそれをも警戒し続けなければならないのだ。

それはどれほどの時間であったのだろうか。
数時間経っていたのかもしれない、ほんの数秒の間だったのかもしれない。
アラームに変化があった。
それを見た♂ケミは、血相を変えてアラームの目を片手で開く。
そしてすぐに、震えるその手でアラームの瞳を閉じ、言った。

「アラームは、死んだよ……」

覚悟を決める時間はあった。それでも尚、そのショックは耐えうる物ではなかった。
俯き、両肩を震わせるバドスケ。
♂ケミはそんなバドスケの肩に手を置く。
その手に自分の頭を乗せ、バドスケにもたれかかる。
♂ケミの腕づたいに、頭が静かにずり落ちて行く。
肘の部分にひっかかると、そのまま腕から外れた頭はバドスケの懐に向かって落ち、完全にバドスケに体重を預ける形になってしまう。
「……ほっといてくれ」
そう言って♂ケミを振りほどくと、♂ケミは力無く地面に崩れ落ちる。
「……?」
バドスケは♂ケミを見下ろす。
彼は荒い息を漏らしながら、うなされるように何かを呟いていた。
「……何? 何も見えない……深淵さん? 深淵さん何処?」
♂ケミの頭部の出血は既に止まっている。
だが、背中の傷口は開いたままになっており、そこからの出血で♂ケミの背中は真っ黒に染まっていた。
慌ててバドスケは♂ケミを抱え起こす。
「おい! どうしたんだよ! 傷痛むのか?」
「目がチカチカして、何も見えないんだよ……。深淵さん! 深淵さん何処っ!」
アラームの死を嘆く暇も無い。今度は♂ケミの意識が危うい状態になっていた。
医療の心得の無いバドスケは最初狼狽えるが、すぐに♂ケミの希望通りにするのが一番だと考えた。
立ち上がってマンドリンを拾いながら深淵の元に走る。
「深淵! 早くこっち来い! アルケミがヤバイ!」
バドスケの叫び声に、深淵の騎士子は顔中蒼白にしながら♂ケミの方に駆け寄ってくる。
当然、交戦中であった♀ローグは背中を見せた深淵の騎士子を放っておくような事はしない。
バックステップで瞬時に回り込むと、隙だらけの深淵の騎士子にダマスカスを突き立てようとする。
同時に♂ローグが動いた。
♀ローグの真横から跳び蹴り一発で彼女を跳ね飛ばす。
深淵の騎士子は後ろも見ずに駆け抜けていく。
入れ違いにバドスケが♀ローグに相対した。
「悪いがここは通せねえぜ姐さん!」
「あーもうなんだってんだい! やる気あんのかあんた達!」


♂ローグと♀ローグの二人が消えた後、♂BSは深淵の騎士子達の居た場所へと移動を始めた。
「勇敢な……娘だったな」
惜しい、そう思える程の勇気の持ち主だった。
それでも殺すが定め。ここはそういう場所なのだ。
最早落ち込む事すらない、力強い足取りで歩を進める♂BS。
「……?」
そんな♂BSの前に、手の平大の光の塊が現われた。
それは、少しづつ形を成し、最後には古くて青い箱となって光が消える。
いぶかしさを感じながらも、それを開く♂BS。
そこには五個のイグドラシルの種が入っていた。
そして、その種の一番上に一枚の紙がある。
『御願いします。誰か秋菜を救ってあげてください。彼女の暴走を止め、元の優しい彼女に戻してあげてください。その為に……』
そこまで読んで、♂BSはイグドラシルの種もそのままに手紙を青箱に戻す。
そして、憎しみを込めてブラッドアックスを振り上げた。
『戻す? 止める? ふざけるなっ! 絶対に許さん! 藻掻き苦しみ、絶望の中で死ぬがいい! この世に生を受けた事すら後悔させてやる!』
♂BSは何度も何度も青箱に斧を振り下ろす。
箱ごと叩き割られたイグドラシルの種から汁が零れ、それが触れた草花が急激に成長を果たす。
♂BSにとってはそれすら憎しみの対象だ。
バラバラに切り刻み、全てを完膚無きまでにたたき壊す。
それが済むと、♂BSは何事も無かったかのように先を急ぐのだった。

♂ケミの側に駆け寄り、その手を取る深淵の騎士子。
「アルケミ! どうしたしっかりしろ!」
その声を聞いたアルケミは焦点の合わない目で、それでも嬉しそうな顔になる。
「……ああっ、深淵さん無事だったんだ……良かった。君まで倒れたら僕……」
「もちろん無事だぞ! ええい……くそっ! わ、私はどうすれば良い!? 私には医療の知識は無いのだ!」
深淵の騎士子はそう言ったが、♂ケミにはあまり聞こえていないのか、うわごとのように呟く。
「ごめんね……アラーム救えなかったよ……ごめんね。深淵さん、きっと気にしてると思ったから頑張ったんだけど駄目だったよ……ごめんね」
「ば、馬鹿を言うな! お前は一生懸命やった! 最高の治療であったぞ!」
背中の血はゆっくりと、しかし確実に♂ケミの命を奪っていく。
深淵は身も世もない声をあげる。
「誰か! 誰かアルケミを助けてくれ! 頼む! 私はなんでもするからこのアルケミだけはなんとか助けてやってくれ!」
その声を聞いたバドスケはマンドリンを真横から振るい、♀ローグに叩きつける。
♀ローグはそれを軽く後ろに下がってかわす。
バドスケは更に踏み込む事はせずに、そのまま叫ぶ。
「深淵! 今の俺達に治癒の手段は無い! 馬を使ってプリーストを探せ! まだ生き残りがいるはずだ!」
アリスの仇、にっくきバドスケの言葉。
だが、今の深淵の騎士子にはそれを考える余裕すら無い。
跳ねるように立ち上がると、♂ケミを抱えて黒馬に飛び乗る。
♂ケミを自分の前に乗せ、深淵の騎士子は後ろから手綱を握った。
走り出す前に、バドスケに向かって何かを言おうとしたが、少し迷った後、結局何も言わずにその場を走り去るのだった。

「おい♂ローグ! お前もちったー手伝え!」
♀ローグが繰り出す嵐の様な短剣捌きを、マンドリンで受け止めながらのバドスケの泣き言にも♂ローグは動かない。
より正確に言うと動けないが正しい。
体力は限界に近く、背中の傷からの出血もある。
少しの間ならば全力で動く事も出来るが、今の状態で正面きって♀ローグとやりあったら、それこそあっという間に殺される。
もう少し、体力を回復する時間が必要だった。
だが、動きを見ていると♀ローグの動きにもキレが無くなってきている。
後一押しだ、その為にも今ここで動く訳にはいかなかったのだ。


深淵の騎士子は馬を走らせながら、♂ケミに話かける。
「しっかりしろ! プリーストを見つけるまでの辛抱だぞ!」
♂ケミも、かすれた声ながらもなんとか返事をする。
「……うん」
「大丈夫だ! すぐに良くなる! ええっと……そう! 良くなるぞ!」
こんな時、どんな話をすれば良いのかわからない。
それでも、何かをしていなければ深淵の騎士子自身が押しつぶされてしまいそうで、とにかく話しかけ続けていた。
「……それでな、カリッツ候と来たら……」
深淵の騎士子に出来るのはグラストヘイムの話だけ。
それでも♂ケミは、苦しいながらも相づちを打ち、そして時に笑ったりもした。
深淵の騎士子はそれが嬉しくて、思いつく限りの話をした。
その話は、♂ケミからの返事が無くなり、黒馬が早足で駆けるのを止めてゆっくり歩き出しても、いつまでも続くのだった。


チュンリム湖を目指す♀セージ達、最初に異変に気付いたのは♂アーチャーであった。
「待った。……この辺、血の匂いがする」
全員に緊張が走る。
程なくして周辺の草木が乱れる様に気付き、遂にそれを発見した。
♀クルセが声にならない悲鳴をあげる。
右の首の下から、左の脇の下までを真っ二つに切り裂かれ、怒りの表情のまま倒れ伏していたのは♀アーチャーであった。
震えながら♀アーチャーの遺骸の側に膝をつく♀クルセ。
♀セージは♂プリーストの方を向き、小声で言う。
「大剣か斧だな。重量のある武器を使わなければこうはいかん」
「ひでぇ……知り合いか?」
肯く♀セージ。感傷を振り払うように首を振ると、♂アーチャーと♂プリに声をかける。
「殺されてまだ間が無いようだ。私達で周辺を探るとしよう」
何処までも冷静な♀セージ。しかし、♂アーチャーも♂プリも最早それを見て冷酷と取ったりはしない。
敵は近くにいる。それでも尚♀クルセには何も指示をしないのが、彼女なりの優しさであると気付いているのだ。
三人がその場から散った後、一人残された♀クルセは♀アーチャーの瞳を閉じる。
ネガティブな言葉が頭の中を駆けめぐる。
だが、それに溺れる訳にはいかない。それはわかっている。
しかし、感情はそう簡単に整理する事は出来なさそうだ。

「……クルセ殿か?」

草むらの中から今にも消え入りそうな小さな声が聞こえる。
はっとして振り返ると、そこには憔悴しきった子バフォが居た。
「子バフォか! お主よくぞ無事で……」
そこで言葉に詰まる。
子バフォの胴体から流れ出る血に気付いたのだ。
絶句する♀クルセ、しかし子バフォは喜びの声をあげる。
「おおっ、首輪を外したか……これぞまさしく天佑なり」{{br}}
「子バフォ! そこにおれ! 今すぐプリーストを呼んでくる!」
「ヴァルキリーレルム! そこにっ……」
最後の力を振り絞ってそれだけ言うと、子バフォは息絶えた。
余りにもあっさりと、二人の仲間の命が失われた。
♀クルセは怒る事すら出来ずに、ただ呆然とするのみであった。

♂プリーストが警戒の声をあげる。
「おい! 何かこっちくるぞ!」
それぞれに別れて偵察を行っていた♀セージと♂アーチャーもすぐに♂プリーストの側に集まる。
漆黒の馬に深淵の騎士子がまたがり、その前に座らせた♂ケミの死体に何やら楽しげに語りかけている。
そんな異常な光景に、三人共絶句する。
ふと、深淵の騎士子が三人に気付く。
彼女は、笑いながら涙を流して言った。
「アルケミが、返事をせぬのだ……なあ、何故返事をしてくれぬのであろう? プリーストに頼めばアルケミは返事をしてくれるであろうか?」
♂プリが一歩前に出る。
「この世界じゃ、リザレクションは効果が無いらしい。済まないが、もうどうする事も出来ない」
「それでは……アルケミは、死んだのだな」
「そうだ」
「それでは、私はもう独りぼっちになってしまったぞ」
自分の前に居るアルケミを後ろから抱きしめる深淵の騎士子。
「他に何もいらぬ。だから……皆を……返してくれ。皆、私の大切な仲間なのだ……頼むから皆を返してくれ……」
余りの痛々しさに見ていられなくなり、目を閉じる♂プリ。
♀セージはそんな♂プリの肩を叩きながら深淵の騎士子に言う。
「質問に答えてくれ。♂ローグ、アラーム、子バフォ、♂BSの四人の内の誰かの居場所を知らないか?」
深淵の騎士子は黙ったまま、一方を指さす。
♀セージは♂プリに言う。
「このアルケミの傷も新しい。ならばまだ間に合うかもしれない」
それを聞いた♂プリは怒りを隠そうともせずに肯き、言う。
「♂アーチャー! この子と♀クルセを頼む! 俺達はこれをやったクソ野郎をブチ殺す!」
「わかった。気を付けろよ」
二人は返事も待たずに駆けだした。


♂ローグは黙って時を待つ。
確実に♀ローグをしとめられる一瞬。
その前にバドスケが限界を迎えたらアウトだ。そうなる直前にバドスケを抱えてインティミで逃げなければならない。
ここは見通しの良い草原だ、♂BSが現われてもすぐそれとわかるだろう。
『♀ローグ、バドスケ、そして♂BS……どいつが一番早い?』
1/3は分の悪すぎる賭けでは無かったつもりだが、相変わらず運命さんとやらは♂ローグに容易い人生を与えてはくれないようだ。
♂BSが姿を現し、♂ローグめがけて駆け寄ってきたのだ。
想定内の事態だ。♂ローグはバドスケに向かって走り出したが、急遽、その方向を翻す。
バドスケも♂ローグと同じ事を考えていただけに、♂ローグの急な方向転換に驚く。
「おい! お前何する……」
♂ローグが動いた。それは♀ローグにとっても転機であった。
背中を見せた瞬間に動く。それは♀ローグにとっても一瞬のチャンスであったのだ。
バドスケのマンドリンに短剣を叩きつけると同時にトンネルドライブをしかけ、背後に回り込む。
そう決めて短剣を振るった♀ローグだったが、実はマンドリンはバドスケ以上に消耗していたのだ。
♀ローグの一撃で、遂にマンドリンのネックの部分が砕け、弦がバラバラにはじけ飛ぶ。
それは偶然であったのだろう。
その弦の一本が♀ローグの目の上に当たったのだ。
そのせいで、僅かにトンネルドライブに入るのが遅れる。
バドスケにとって、マンドリンの限界は予期しえた事であった。
だからその時は絶対こうやって最後の足掻きをしようと心に決めていたのだった。
砕けたマンドリンから手を離し、左手で自らの肋骨を掴むと、力任せに引き抜き、♀ローグに向かって突き出す。
一瞬バドスケの体が光に包まれる。
胴の中央を狙った肋骨の一撃は、♀ローグが今までバドスケに受けたどの一撃よりも素早い攻撃であったが、
♀ローグは目を細めながらも体を捻ってそれをかわす。
肋骨は、わずかに♀ローグの左の脇腹を薙いだだけにとどまった。
『やるねぇ……でもまだまだ甘いんだよ!』
左手を大きく振り上げ、ダマスカスを振り下ろさんとする♀ローグ。


ぼたぼたぼたっ


そんな音と共に♀ローグの動きが止まる。
「あ……あれ?」
急に軽くなった我が身を訝しんで見下ろすと、肋骨により開いた傷口から何やら山のような肉塊が飛び出している。
それを止めようと左腕を降ろすと、更に中から肉の塊が飛び出してきた。
「なん……だいこれ?」
落ちた肉は、全て♀ローグの内臓であった。
体内からこぼれ落ちたそれを拾おうと身をかがめると、背骨が♀ローグの体重に耐えられなくなったのか、真ん中から真っ二つにへし折れる。
「ごぼふっ……うぇっ」
突然の事にバドスケも反応出来ない。
地面に倒れた♀ローグは、その時の衝撃で原因に思い至った。
「そ……っか。とっくに私の体限界だったんだね……どうりで腹が重いと思ったよ……痛く無いってのも善し悪しだねぇ」
もう動く力も残っていない♀ローグに、バドスケは砕けたマンドリンのボディ部を拾って振り上げる。
「そんなになる前に……どうして普通に生きられなかったんだよあんたは! あんた俺には良い人だったじゃねーかよ!
んな外道みたいな事なんてしなくたってあんたなら……」
バドスケは、マンドリンを振り下ろせずにいた。
そんなバドスケを見て♀ローグは晴れやかに笑う。
「……私はねぇ、そんなのいらないんだ。普通の生活、仲間、正義……そんなん無くたって……」
バドスケはマンドリンを振り下ろす。
『私は今、こうしてここに、生きているんだ。私にはそれで充分さね……』


急な方向転換で♂ローグが♂BSの方に向かってくる。
♂BSにとっては望む所である。
♂ローグの短剣程度の攻撃力では、ゴーストリングの力を抜く事は出来ない。
だから、振り上げたブラッドアックスよりも素早く♂ローグのスチレが♂BSの左腕に伸びた時も、彼は全く意に介さなかった。
振り下ろされるブラッドアックス。
それは、♂BSの意志に反してまっすぐ真下に落ちた。
「あ……」
♂ローグのスチレに魔法の輝きが見える。
それが、この短剣にゴーストリングの効果を失わせる力があったようだ。
♂BSの左腕は、完全に切断された。
呆然とする♂BSに炎の矢が降り注ぐ。
慌てて頭を庇おうとするが、庇う為の腕が二本とも無い。
「ひっ……ひぃぃ!!」
突然の事に混乱し、そして恐怖する♂BS。
今の自分が寄って立つ圧倒的な力の源を失ったのだ。
覚悟は決めていた。しかし、それでもなお明確に眼前に示された死への恐怖は失われない。
踵を返して逃げ去ろうとする♂BS。
炎の矢は尽きる事無く♂BSに降り注ぎ、その衝撃で両腕を失いバランス感覚の欠けた♂BSはあっさりと倒れる。
すぐに立ち上がろうとするが、絶え間なく火の矢が降り注ぐ中、両腕を失った状態では立つに立てない。
そうこうしている間に、炎の矢が♂BSの足を捉える。
それで、立ち上がる事はほぼ絶望的となってしまう。
「お、俺にはやらなくちゃならない事がっ……」
♀セージは、炎の矢を止めない。
「俺はここで死ぬ訳にはっ……」
復讐、♀セージはそんな事を考えていた訳ではない。
ただ殺す目的で、それに最適な行動をとり続けているだけであった。
「ちくしょう……仇を討たせてくれよっ……頼むよ……」
♂BSの末期の言葉は、降り注ぐ炎の矢の轟音にかき消され、誰の耳にもとまる事は無かった。


<♂ローグ 現在地/プロ南 ( prt_fild08 )所持品:ツルギ、 スティレット、山程の食料>
<バドスケ 現在地/プロ南 ( prt_fild08 )所持品:マンドリン、アラーム仮面 アリスの大小青箱 山程の食料 備考:特別枠、アラームのため皆殺し→焦燥→落ち着き>
<深遠の騎士子 現在位置/プロ南 (prt_fild08)所持品/折れた大剣(大鉈として使用可能)、ツヴァイハンター、遺された最高のペコペコ 備考:アリスの復讐>
<♀セージ 現在位置/プロ南 ( prt_fild08 )所持品/垂れ猫 クリスタルブルー プラントボトル4個、心臓入手(首輪外し率アップアイテム)、筆談用ノート、エンペリウム2個>
<♂アーチャー 現在位置/プロ南 ( prt_fild08 ) 所持品/アーバレスト、銀の矢47本、白ハーブ1個>
<♀クルセ 現在位置/プロ南 ( prt_fild08 )所持品/青ジェム1個、海東剣>
<♂プリースト 現在位置/プロ南 ( prt_fild08 )所持品/チェイン、へこんだ鍋>

<♀アーチャー 現在地/プロ南 ( prt_fild08 )所持品/グレイトボウ、矢、小青箱 備考:実は怪力? 死亡>
<子バフォ 現在地/プロ南 ( prt_fild08 ) 所持品:クレセントサイダー(jrサイズ)小青箱 死亡>
<アラーム 現在地/プロ南 ( prt_fild08 )所持品:大小青箱、山程の食料 死亡>
<♂アルケミ 現在位置/プロ南 (prt_fild08)所持品/ハーブ類青×50、白×40、緑×90、赤×100、黄×100、石をつめこんだ即席フレイル、無形剣 死亡>
<♀ローグ 現在位置/プロ南 (prt_fild08)所持品:ダマスカス、ロープ 備考:首輪無し・アンデッド 死亡>
<♂BS 現在位置/プロ南 ( prt_fild08 ) 所持品:ブラッドアックス(罅あり)、ゴスリン挿しロンコ 死亡>


<残り7名>

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