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217 - (2005/11/01 (火) 14:45:44) の編集履歴(バックアップ)


217.時計塔の鐘


黒馬にまたがり一路北へと疾走するバドスケ。
彼は思った。

「めっちゃこえーーーーーーーーーーー!!」

速度増加の加わった黒馬、それも深淵の騎士子の乗馬である。
その身に宿した魔の力、それを余すところなく存分に振るって一直線に駆け抜ける。
もちろんバドスケもこんな速度感じた事も無い。
真正面以外は景色が早すぎてまともに見えないのだ。
「あ、あの野郎……こういう手で仕返しにくるか普通ーーー!!」
もちろん深淵の騎士子に他意は無い。たまたまそうなっただけなのだが、これはそんな愚痴もこぼれる程の恐怖であった。
あっという間にアルデバラン南まで辿り着く黒馬とバドスケ。
そこまで来ると、流石に速度増加の効果は切れるが、やはりそれでも恐ろしいまでに速い。
ふと、バドスケは疑問に思った事がある。
「こんなに速ぇのに、なんだって深淵が乗るとこの馬のろのろ動いてやがるんだ?」
数秒考える。
「……もしかしてあの鎧が重いのか?」
黒馬が嘶いて反応した。
大した理由は無いが、バドスケは黒馬が『そうだ』と答えた気がした。

アルデバランに侵入するなり、即座に敵のお出迎えがあった。
「ソルジャーガーディアン!? なんだってこんなのが……っだー! ぞろぞろいやがる!」
アルデバラン南から時計塔に至るまでの一直線の通路に三体、そして、それ以外の場所にもうようよと居るようだ。
しかし、黒馬はそれが見えないとでもいわんばかりにまっすぐに突っ込む。
迂回も考えた、だがバドスケはこいつを信じる事にした。
きっとそれが正解であろう。この黒馬はGHでも一二を争う凄腕、深淵の乗馬なのだから。
そいつが行けると踏んだのなら、文句を言う気は無い。
「くそったれ! 構う事ぁねえから突っ込みやがれ! 俺の命はお前に預けたっ!」
「ぶひひーん」
なんとなくだが『お前そもそも生きて無いだろ』と言われた気がした。


ヴァルキリーレルム内部の部屋に警報が鳴る。
その音を聞くべき人物は、血溜まりの中に倒れ伏し、既にその呼吸を止めていた。
無機質に、警報は鳴り続ける。
それを止める人間はその場には誰も居なかった。


ソルジャーガーディアンは、その巨体を使って黒馬の進路を塞ぎつつ、正面から斬りかかる。
それを黒馬は急に斜め前方に移動する事でかわし、ソルジャーガーディアンの側面を駆け抜ける。
即座に彼方から矢が降り注いで来る。
そちらを見る余裕は無いが、おそらくアーチャーガーディアンも居るのであろう。
黒馬は当たらないと決めつけて走り続ける。
バドスケはその背にしがみつくので精一杯だ。
二体目のソルジャーガーディアンは、姿勢を低くして、剣を横薙ぎに振るう。
黒馬はそれを信じられない脚力で飛び越えて見せるが、最初にかわしたソルジャーガーディアンが既に戻ってきていた。
後ろから駆け寄りざまに剣を振りかぶる。
真後ろで為されているそれをまるで見えているかのように、黒馬は二体目のソルジャーガーディアンの後ろに走り込む。
一体目のソルジャーガーディアンは二体目のそれが邪魔で剣を振るえない。
そして二体目は、真後ろに位置されているので、同じく剣を振るえない。
数秒のタイムラグ。黒馬にはそれで充分であった。
一気に二体を振り切り、時計塔を目指す。
ソルジャーガーディアンに当たる心配が無くなったアーチャーガーディアンはここぞとばかりに矢を射かける。
数本がまともに黒馬に突き刺さるが、黒馬はまるで意に介さず走り続ける。
三体目のソルジャーガーディアン。
黒馬を手強い敵と認識したのか、慎重に、そして確実に仕留めるべく剣を構え、そしてその剣を突きだした。
正面ど真ん中への突き。これをかわしたとしても即座に右にも左にも剣を振るう事が出来る。
当たりさえすれば、足を止める事も出来る。
後はアーチャーガーディアンの矢で矢襖だ。
そしてそれを読み切った黒馬は、突き出された剣を飛び越してかわす。
剣を横に振る間も与えずに、その剣を蹴って更に高く飛び上がる黒馬。
「マジかお前ーーーーーー!!」
バドスケの悲鳴を無視してソルジャーガーディアンの頭頂を蹴ってその上に飛び上がる。
既に落ちたら無事では済まない高さだ。
そしてそれ以上に危険な物体が眼前にそびえ立っていた。
「ばっきゃろーーーー! 時計塔に突っ込む気かーーーーー!!」
その速度から考えるに、激突時の衝撃は黒馬とバドスケに致命傷を与えるに充分と思われた。
黒馬は最後の仕上げとばかりに体を捻る。
僅かな乱れも許されない、ギリギリの勝負。
黒馬はその一発勝負を見事決めてみせた。

「おわーーーーーー!!」

空中で黒馬が身をよじったせいで、その背から放り出され宙を舞うバドスケ。
その体は吸い込まれるように時計塔2Fの窓に飛び込み、それを見た黒馬は満足気な笑みを見せた。
少なくともバドスケには、そう見えたのだった。
その後、黒馬がどうなったのかバドスケにはわからない。
大きな激突音、そしてその後どうなったかは予想する気も起きなかった。
時計塔内部の床を転がりまわるバドスケは壁に激突してようやく止まれた。
体中がばらばらになりそうな衝撃に、さしものバドスケも意識を失いそうになるが、全身に力を込めてそれを堪える。
そしてすぐに立ち上がると、最上階目指して走り出した。
黒馬は最後に『行ってこい。次はお前が走る番だ』そう言った気がしたから。


以前に公爵が言っていた。
ただ単に時計を動かすだけなら、ここまで巨大な装置は必要ではない。
この時計塔はそれ以外の目的があって建造されたのだと。
そして訊ねた。
時計に時を刻む以外の目的を持たせるとしたら、どんな目的があると思う?
バドスケはいくら考えてもわからなかったが、アラームは簡単に答えた。
よりたくさんの人に時を知らせる事。
公爵は嬉しそうに言った。
このミドガッツ全ての人に時を知らせる。それがこの時計塔の役割だと。
例え地の底、空の彼方に居ようとも、時計塔の鐘の音は万人に等しく鳴り響く。


時計塔はかつて知ったる古巣だ。
階段、針、振り子を伝って最短距離で最上階を目指す。
途中、窓の外に不可解な物を見つけた。
それは視界の遙か彼方、そこに光が見えたのだ。
その光は少しづつ広がっているようにも見えたが、より優先させるべき事の為にバドスケは走った。
時間が無いのだ。
3Fを抜け、本来なら番人の守っているであろう4Fの扉を迂回して、時計塔の住人しか知らない入り口から4Fに入る。
中心部に辿り着いたバドスケはその更に奥へと進む。


「秋菜、何をしてるんだい?」
♂GMが時計塔の最上階にて不思議そうに秋菜を見る。
「この鐘の音が、聞こえないようにしてるのよ」
「何故? 君はあんなにこの鐘の音が好きだったのに」
秋菜はいきなり癇癪を起こしたように喚き散らす。
「うるさいわねっ! だから気に入らないのよっ!」
鐘の音を聞く度に、世間知らずで愚か者だった頃の自分を思いだし、言いようの無い不快感に包まれる。
♂GMは何も言わなかった。
苦労しながら、この世界に鐘の音が鳴らないように機器をいじくる秋菜。
時計塔ごと壊してしまえばいいのに、秋菜はムキになって鐘の音を消そうとしている。
何度も失敗しては悪態を付きながら、作業を再開する。
♂GMはそんな秋菜を放っておいて、外の景色を見る。
そこから見えるミドガッツは何処か霞んで見えて、自分がとても不安定な土台の上に立っているかのように思えた。
不安になって秋菜を見る。
すると、遂に彼女は目的を果たし、得意気に♂GMを見て鼻を鳴らしていた。
そんな彼女をとても愛おしいと♂GMは思ったのだ。


時計塔最上階最深部、その場所の意味は公爵に教わったが、決してみだりに触れてはならないとも言われた。
「そうは言っても非常事態だ。勘弁してくれよな」
慣れない手つきで機器を操作し、最大ボリュームにセットする。
「世界の果てまで……か。それ以上まで届くかどーかはしらねえが……」
大きく息を吸って、スイッチを入れるバドスケ。
「やってみるさ!」
時計塔が振動する。
無数にある歯車が動き出し、その一つ一つがそれぞれの役割を果たし始める。
最後の部品、時計塔の鐘が少しづつ、少しづつ揺れだした。


ヒャックは♀GMに食事を勧める。
「少し休んだ方がいい。これ以上は体に触るよ」
♀GMは首を横に振って作業を続ける。
とにもかくにもエミュ鯖の位置を特定出来なければ何のアクションも起こせない。
♀GMは不眠不休でそれを探し続けていたのだが、手がかりすら無い現状ではそれこそ雲を掴むような話だ。
ヒャックは肩をすくめる。
「わかった。ここからは僕が作業を引き継ぐよ。だからその間は少し休んで……」
ふと、何かの気配を感じて動きが止まるヒャック。
「すみません、では……ん? どうしました?」
突然何かに取憑かれたかのように機器をいじくりだすヒャック。
「ここだ! 座標が出た!」
一定の波長で、確かにその場所から何かが発せられていたのだ。


「ちくしょう! なんで鐘が鳴らねえんだよ!」
バドスケは機器をめちゃくちゃにいじるが、鐘は鳴らない。
動いてはいるのだ。だが、肝心の鐘の音は全く聞こえてこない。
「ふざけんな! ここまで来て……ちくしょう!」
『……誰か……居るのですか? ……応答……』
中空から声が聞こえてくるが、バドスケは怒鳴り返す。
「うっせえ! 声じゃねえよ! 俺は鐘の音が聞きてえんだ!」
『生存者っ!? 人が居るのですか!』
「だからてめえになんざ用は……」
我に返るバドスケ。
「……マジでどっかに繋がったのか?」
『お願いします! 生存者がいらっしゃるなら応答してください!』
「おい! お前本当に外の奴か!? 俺はバドスケだ! お前俺達をこっから出せるのか!」
『やってみます! 他の生存者の方はいらっしゃいますか!? ……ああ、なんでこんなに信号が弱いの……』
「ばっかやろう! 俺なんてどうでもいい! 他の連中を助けてやってくれ!」
♀GMからの言葉は既に雑音にしか聞こえない程、小さく、弱々しい物になっていた。
しかしバドスケは声を限りに叫んだ。

「♂ローグは最後の最後までアラームを守ってくれてた! ガラは悪いけど、すんげー良い奴だ!」
『俺はさ』
「♀セージはめっちゃくちゃ頭が良い! あいつは元の世界に戻ったらぜってーすんげー学者になるぜ!」
『姐さんと違って』
「♀クルセは♂ローグがぶっ倒れたら、いつまでも側に居てやるような優しい子なんだ!」
『アンデッド歴長いからさ』
「♂アーチャーは一次職なのにここまで生き残ったタフガイだ! あいつなら最高のハンターになれるに違いないぜ!」
『自分の限界はわかるんだよな』
「♂プリーストは絶対許せないはずの俺を赦してくれた! あいつぐらい聖職者らしい聖職者、俺は見たこと無い!」
『だからさ』
「深淵は……最高の奴だ! 強くて優しい! 最高のモンスターなんだ!」
自分の体が崩れていく。
それを自覚してるにも関わらず、バドスケはそれ以上にやらなければならない事の為に、最後の力を振り絞った。
「あいつらみんな良い奴なんだよ! すげー奴なんだよ! 頼むからあいつら助けてやってくれよ!」
立っていられなくなり、しゃがみこんでもバドスケは叫ぶのを止めない。
「俺なんざゴミ屑だ。それでもあいつらは……格好良いあいつらは……生きてなきゃなんないんだよ……あいつらが死ぬなんてあっちゃなんねえんだ」
想いがうまく言葉にならない。
詩人が聞いて呆れる。そう思った頃にはバドスケは最早言葉を紡ぐ事が出来なくなっていた。
『情けない詩人だよな……もっと気の効いた言葉の一つも言えってんだ……』
視界の片隅に、外が見える。
時計塔最深部中央、なのに外が見える構造になってる事を不思議に思う以上に、その先に見えた光が気になった。
『……アラーム。今、そっち行くぜ……』
光は速度を増してバドスケに近づいてくる。
バドスケからは見えなかったが、光はルイーナ砦を包み込んだ瞬間にその速度を増したのだ。
そうして光はアルデバラン、そして時計塔を包み、その領域を広げていった。


ヒャックは座標確定後、忙しなく動いていたが、突然真っ青になって♀GMを呼ぶ。
「どうしました?」
「あの世界が縮んでいる。これは……中で何が起っているんだ?」
「秋菜が何かを? しかし彼女はまだあの中に居ます。まさか世界をどうこうしようなんて……」
「ただでさえ不安定な世界なんだ。あそこで下手なきっかけなんか与えたらすぐに世界全体に影響を及ぼすぞ」
「エミュ鯖とはいえ、最低限の世界維持機能はありますから、いきなり世界が壊れるという事は無いと思いますが、時間はあまり無さそうですね。内部の座標特定に全力を注ぎます」
そう言って♀GMも作業に戻る。
だが、ヒャックは最悪の事態を予想した。
「そもそも、あれだけ大きな世界で目印も無い数人の人間を見つけるなんて不可能だ。秋菜のパスコードが無い限り直接のアクセスも出来ない。これじゃあ……誰も、助けられない……」


<バドスケ 死亡 現在位置/時計塔 所持品:アラーム仮面 山程の食料 深淵の黒馬(死亡) 備考:特別枠、首輪無し>
<♀GM 現在位置/外の世界 エミュ鯖の位置特定なるも鯖内部への侵入不可>
<ヒャックたん 現在位置/外の世界 エミュ鯖の位置特定なるも鯖内部への侵入不可>
<残り6名>

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218.力対知恵と工夫と下準備


♂アーチャーはDSを秋菜に放つ。
秋菜は苦しそうな顔をする深淵を横目に見ながら、その矢をよけようとして、すぐに止める。
『鋭いっ!?』
空いた手でその矢を二本とも空中で掴み取る秋菜。
矢の先端は秋菜の眼前、数ミリの所で止まっていた。
すぐさま深淵がベコごと踏み込んで剣を振り下ろすが、それを身のこなしだけで簡単にかわす秋菜。
ふと、頬に何かが伝う感覚を覚えた。
戦闘中なので手で確認する事も出来ない秋菜は、舌でぺろっとなめてみる。
鉄の味がした。どうやらさっきの矢は僅かに止め損ねたらしい。
『苔の一念とは良く言ったものね……』

深淵の騎士子の剣を受け止めながら、秋菜は悩んでいた。
深淵とこうして遊んでいるのも悪くないが、ほっとくと他のGMが危険であるようだ。
それで秋菜がどうこうなるとは思わないが、結局最後は自分で全員斬り倒しましたではあまりに芸が無い。
自分が完全に後ろに下がって、前衛GMをフル支援すれば勝利は疑いようも無いが、それもそれで興ざめである。
せっかく色々手配して手に入れたGM達を、こんな簡単に手放すのも惜しい気がする。
『うまい事全員捕まえられれば一番なのよね~。となると……』
捕まえた時、一番面倒そうな相手を選ぶ。
『知恵袋はやっぱり♀セージちゃんよねっ。この子が無惨に殺されれば他の子も逆らう気、無くなるかな? 彼女抜きなら逆らっても大して恐く無いし♪』
首輪外しは秋菜にとっても驚きであった。
参加者がこの世界にある物だけでこの首輪を、秋菜に知られる事無く外したというのは、もちろん前例が無い。
『今回はテストケースとしても最高の出来みたい♪ うん、んじゃーそのお礼も兼ねて♀セージちゃんに狙いを絞りましょ♪』
秋菜は深淵の剣を力押しに押しきり、僅かに距離の空いた所で、ユピテルサンダーを放つ。
両腕を交差して、その雷の塊を受け止める深淵の騎士子だったが、魔力の勢いに押されてベコごと大きく後ろに下がる。
そうして出来た秋菜と深淵の間に他のGMが割って入る。
即座に秋菜から指示が入り、全GMは秋菜を中心に陣形を組み直す。
同時に秋菜から飛ぶヒールと各種支援魔法。
もちろん♀セージ達も手をこまねいていた訳ではないが、GM達のポテンシャルの高さにどうしても押し切れ無かったのだ。
秋菜の動きがあった瞬間に、♀セージが指示を出し、捨て身の集中攻撃に切り替えたのだが、それで倒せたのは二人までであった。
「ほんとにも~。♀セージちゃん勘良すぎっ♪ 二人もヤられるなんて秋菜びっくりよ~」
♀セージはあっさりと決断を下す。
「引くぞ」
恨み重なる秋菜を前に引くのは断腸の思いだが、深淵の騎士子も♂プリーストも♂アーチャーも素直に従う。
♂プリーストが速度増加をかけなおして、次の仕掛けまで一度引こうとした矢先、それは来た。
秋菜が、GM達の隙間をかいくぐって単身で飛び込んできたのだ。
他GMは動く気配は無い。
引くか挑むか。全員の反応が僅かに遅れた。
駆け寄りながら剣を振るう深淵の騎士子の剣を、髪の毛一本の差で見切ってかわし、♂アーチャーが放った矢をバルムンで受け流す。
♀セージは秋菜の背後にファイアーウォールを立てる。
何のつもりかは知らないが、このチャンスを逃す気は無い。
しかし、秋菜は下がる気などハナから無かったのだ。
他の連中には目もくれずに♀セージ目がけて走る秋菜。
ぎりぎりで秋菜の狙いに気付く♀セージ。
「皆引け! 私の事は構わず……」
秋菜は剣を振り上げ、♀セージに振り下ろさんとし、♀セージはその剣筋を見切るべく秋菜の動きに集中する。
「ふぇーいんと♪」
秋菜は右手に持った剣を振り下ろす事はせず、左手で♀セージの腕を掴もうとした。
♂プリーストは、秋菜の攻撃のタイミングに合わせて♀セージを突き飛ばす。
秋菜は言った。
「いんてぃみでいとー!」
戦場から消えたのは秋菜と♂プリーストの二人であった。


秋菜と♂プリーストが消えた中庭、二人が消えるなりGM達が動き出した。
判断に迷う深淵の騎士子と♂アーチャーに♀セージが一喝する。
「例の場所に引く! 急げ!」
三人は砦入り口に向かって走り出す。
それを追うGM8人。どちらにも速度増加がかかっているので、差はほとんどつかない。
一人深淵の騎士子だけがベコに乗っていたので、どんどん差を広げ、門側の城壁の所に先に辿り着く。
目の前にあると、その巨大さは特に際だって感じられた。
「ふんっ!」
気合い一閃、巨大な門扉と城壁との境目に一撃を加えると、その部分がひしゃげ、門扉が微かに傾く。
深淵の騎士子は一度上を見た後、満足気に肯くと、すぐさま♀セージ達と合流する。
駆け寄ってきた深淵の騎士子に、♀セージは笑みを見せ、門扉のすぐ前に立つ。
♂アーチャーは不安そうに♀セージに言う。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
「もちろん」
いざ傾いた巨大な門扉の前に立つと、流石に恐ろしいのか深淵の騎士子も不安そうだ。
「これで間違えましたとかぬかしたら許さんぞ貴様」
「その時は三人揃って潰れている。文句はあの世とやらで聞くとしよう」
GM達が殺到する。
♀セージはファイアーボルトを唱えた。
炎の矢は、門扉上端にいつの間にか結んであった鎖を支えていたもう一方の壁面を崩す。
鎖がその限界を遙かに超える重量を支えていた事もあって、壁面は勢いよく弾け飛んだ。
深淵の騎士子の一撃で本来は倒れるはずであった門扉は、この時、このたった一本の鎖だけで支えられていたのだ。
唸るような音と共に10メートル弱の巨大な門扉が倒れ込んできた。
門扉下端を軸に、四分の一回転ほどした所で、完全に安定を失った門扉は、傾くにつれてその速度を増し、膨大な質量と共にGM達に襲いかかった。
5人がかわす間も無く押しつぶされた。
残る3人は位置の関係もあって、なんとか難をしのいだが、直後に襲ってきた土煙によって視界を遮られ、行動を制限される。
そして土煙が落ち着いた頃、♀セージ達が居たはずの場所を見たGMは、彼女達が既に去った後である事を知り、その追跡に移った。


「し、心臓に悪いぞ!」
深淵の騎士子はまだばくばく言っている胸を押さえながら♀セージに文句を言う。
「お、俺当分は門の側に行けそうにない……」
♂アーチャーも青白い顔をしている。
♀セージが計算により導き出した場所には、門扉は決して当たらない。
それを当てにして、その超至近距離であの巨大な門扉が半回転した挙げ句、派手な音を立ててぶっ倒れるのを間近にて見るハメになっていたのだ。
周到な準備を要する門扉倒しの策を、最大限に活用するにはどうしても囮が不可欠。それも囮はなるたけ門扉の側に居る事が望ましい。
大丈夫と言った♀セージを信用してはいたが、改めて眼前でこれを行われると流石に震えが来る。
だが、♀セージはすぐに二人に移動を促す。
♂プリーストの去就が気になるのは深淵の騎士子も♂アーチャーも同じなので、即座に同意した。
『……手遅れ……か? それでも私はっ!』
秋菜と二人で何処に現われようと、あの秋菜相手ではほんの数分も持ち堪えられないであろう。
♀セージの判断はそう言っていた。
それでも♀セージは行く事にしたのだ。
自分では意識していなかったが、その表情はかつて♀セージを救いに燃えさかる屋敷に飛び込んだ、♀ウィズのそれに酷似していたのだった。


♂アーチャーは二人と別れて目的の場所へ向かった。
まだ敵GMも残っていて危険は伴う。しかし♂アーチャーがそこへ向かうのを♀セージは止めたりはしなかった。
信頼の証か、はたまたそれ以外かはよくわからない。
それでも、♂アーチャーが考えた事を♀セージが認めてくれたのが嬉しかった。
城壁上を身をかがめて目立たないようにしながら走り、目的の場所に着くと、それはあった。
城壁外へと向けられたそれを、♂アーチャーは苦労して中へと向ける。
今まで一度も扱った事が無いので、正直に言うとうまく使えるかどうかあまり自信が無かったが、泣き言言ってる余裕も無ければ、言う気も無い。
「見てろよ秋菜! 絶対一泡吹かせてやるからな!」


<深遠の騎士子 現在位置/ヴァルキリーレルム 所持品/折れた大剣(大鉈として使用可能)、ツヴァイハンター、遺された最高のペコペコ 備考:首輪無し>
<♀セージ 現在位置/ヴァルキリーレルム 所持品/垂れ猫 プラントボトル4個、心臓入手(首輪外し率アップアイテム)、筆談用ノート 備考:首輪無し>
<♂アーチャー 現在位置/ヴァルキリーレルム内部の城壁側のとある場所 所持品/アーバレスト、銀の矢47本、白ハーブ1個 備考:首輪無し>
<♂プリースト 現在位置/ヴァルキリーレルム インティミにより秋菜と何処かへ 所持品/チェイン、へこんだ鍋、♂ケミの鞄(ハーブ類青×50、白×40、緑×90、赤×100、黄×100 注:HP回復系ハーブ類は既に相当数使用済) 首輪無し>
<GM秋菜 現在位置/ヴァルキリーレルム インティミにより♂プリと共に何処かへ>

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