近年、私が一番、感動した映画、インビクタスをご紹介します。
次は、太平洋の奇跡でしょうかね。
マット・デイモンとコンビを組んだ映画『ヒア アフター』の公開を記念し、クリント・イーストウッド監督作品の人気投票を行ったところ、アカデミー賞初受賞を果たした映画『許されざる者』が1番人気であることが明らかになった。
それでも上位と下位の差がそれほど開いているわけではなく、撮る映画すべてが代表作というイーストウッド監督の職人ぶりが際立つ結果となった。(アンケート結果は2月22日現在)
人気投票の対象になったのは、アンジェリーナ・ジョリー主演の映画『チェンジリング』、二宮和也、加瀬亮ら日本人俳優が多数出演した映画『硫黄島からの手紙』、オスカー4部門受賞のヒューマン映画『ミリオンダラー・ベイビー』、ショーン・ペン、ティム・ロビンスの演技が光る映画『ミスティック・リバー』、そしてイーストウッドが監督・製作・主演を務めた映画『許されざる者』の5作品。『許されざる者』は約25パーセントの支持を得ており、ほかの作品を上回った。俳優としては1950年代、監督としては1970年代より活躍していたイーストウッドが念願のオスカーを獲得した作品だけに、昔からのファンの思い入れはとりわけ強そうだ。
続いて映画『ミリオンダラー・ベイビー』『硫黄島からの手紙』が僅差(きんさ)で2位、3位に入るという結果になった。
意外だったのは、票差こそ大きくないものの、アンジーやショーン・ペンといった大スターを擁した映画『チェンジリング』『ミスティック・リバー』が下位に沈んだこと。どちらもスター主演ということで期待値が高過ぎたのか、あるいは暗い雰囲気が終始作品を覆っていたのが原因かも? それでも、最下位の『チェンジリング』と1位の票差もわずか7パーセントであり、特定の作品に票が片寄らないというのがイーストウッド監督作品の特徴といえそう。それは裏を返せば、どの作品も代表作として遜色(そんしょく)ないということだ。
映画『インビクタス/負けざる者たち』に続いてマット・デイモンとタッグを組んだ映画『ヒア アフター』は現在80歳のイーストウッド監督が、真正面から死と向き合ったヒューマンドラマ。
死後の世界をテーマに立場も年齢も異なる3人の登場人物の人生が絡み合う中で繰り出される豊穣なドラマが堪能できる。マットというスター俳優を起用していることが吉と出るか、凶と出るかは……自分の目で確かめてみるしかない!?
映画『ヒア アフター』は現在公開中
【関連情報】
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インビクタス-負けざる者たちは、実話ですか?
1990年代初めまで、南アフリカの黒人は政治や公共の場から締め出され、白人の生活を支えるための単なる労働力として扱われていた。
パス法や原住民土地法など数えきれないほどの法によって、黒人たちに抑圧された生活を強いていたアパルトヘイトは「人類に対する犯罪」と呼ばれていた。
しかし、アパルトヘイト政策が撤廃されても白人と黒人の間の溝が埋まることはなかった。
そんな中、就任間もないマンデラ元大統領は、無謀とも思えるアイディアを思いつく。
アパルトヘイトの象徴であったラクビーを通じて国の心をひとつにしようと考えたのだ。
その大統領の誕生は、熱い喜びと、激しい怒りで迎えられた。1994年、南アフリカ共和国初の黒人大統領、ネルソン・マンデラだ。
マンデラは就任早々、国の最大の問題を大統領官邸で目の当たりにする。白人の職員たちが新政権の下を去るべく、荷物をまとめていたのだ。
マンデラは、すぐに全職員を集めて、「過去は過去だ。皆さんの力が必要だ。我々が努力すれば、我が国は世界を導く光となるだろう」と語りかける。
南アフリカは、問題を山のように抱えていた。
不況、失業、犯罪増加──それらに立ち向かうために、対立する黒人と白人をひとつにする──それがマンデラの願いだ。
1年後、ラグビーのワールドカップが、南アで開催される。マンデラのなかで、何かが閃く。
その日からマンデラは、秘書のブレンダが心配するのも聞かず、どの政策よりもラグビー強化を優先するのだった。
1995年、遂にワールドカップが幕を開ける。サッカーファンだった黒人たちも、今やスプリングボクスを応援している。
熱狂するスタンド、TVの前に集まる人々、南ア国民4300万人が見守る中、一国の、そして世界の歴史を変える“事件”が、始まろうとしていた。
ネルソンマンデラについて
1918年7月18日、ネルソン・マンデラは南アフリカのウムタタ地方で生まれました。
彼はアパルトヘイトを無くすために闘い続け、63年に国家反逆罪などの罪で政治囚として終身刑を宣告され、ロベン島収容所に収監されてしまいます。
27年間の刑務所暮らしに耐え、90年に釈放された彼は翌年にANCの議長に選出され、ついに94年には南アフリカ共和国の大統領に選出されました。
その前年の93年にはノーベル平和賞も受賞しています。
また民族の融和にも尽力し、アパルトヘイト制度撤廃と共に96年には真実和解委員会を設置しました。
この委員会はアパルトヘイトの下に行われた人権侵害などの被害者の救済と民族の和解を対話によって進めていくというものです。
現在は公職から退き、ユネスコの親善大使を務めています。
マンデラが大統領となり、大きな進歩を遂げた南アフリカ共和国。
しかし、南アフリカ共和国が真の「虹の国」となるにはまだまだ課題が残されています。
女性と少女に対する暴力、難民・庇護希望者・移民に対する人権侵害、改善されないHIV/エイズ問題、犯罪加害者の免責、警察などによる拷問・虐待が繰り返されているのが現状です。
映画を観る前に、今の南アフリカ共和国の姿を知ればまた違った見方ができるはずです。
最終更新:2011年02月25日 15:02