(先使用による通常実施権)
第七九条
特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。
(改正、昭四五法律九一、昭六〇法律四一、平五法律二六)
旧法との関係 三七条
趣旨
本条は、先使用による通常実施権について規定したものである。本条の規定の適用ある場合について例示すれば、甲が昭和四六年五月一日に苛性ソーダNの製造方法について特許出願をしたが、乙は甲の特許出願の内容である発明と同じ発明、すなわち、苛性ソーダNを製造する方法の発明を自分で独立的に(すなわち、甲の模倣としてではなく)発明し、昭和四六年五月一日には乙はその苛性ソーダNに製造方法の発明の実施をしていたとすれば、甲の特許出願が特許になった場合においても、乙は引き続き苛性ソーダNの製造をする権利を有するというものである。例示をすればこのようになるが、本条については字句の解釈上種々の問題がある。
なお、昭和六〇年の一部改正において補正却下後の新出願の制度を廃止したことに伴い、本条中の該当箇所を削除した(当該制度の廃止理由については五三条[参考]参照)。
さらに、平成五年の一部改正において、出願公告の決定の謄本の送達前になされた補正が要旨を変更するものであった場合に出願日を繰り下げることを規定した従来の四〇条が廃止されたことに伴い、該当箇所を削除した。
[字句の解釈]
1 <発明の内容を知らないで>旧法においては「善意ニ」という語が用いられ、その解釈としては他人の特許出願の際にその他人に帰属すべき発明を実施している者が知っているかどうかの問題と考えられていたが、現行法においては特許出願の時点における知不知はあえて問題とせず、実施している発明の知得の経路を問題としている。ところで、発明の内容を知らないでという場合は、その特許出願に係る発明の発明者より自分が先に発明したような場合は問題なく内容を知らないでということになろう。自分が後から発明した場合であっても「発明の内容を知らないで」といい得る場合が少なくない。ボーダーラインの問題として、特許出願に係る発明の発明者と本条の権利を主張する者とが発明の完成される途中の段階までは共同して研究してきたが、途中から別々に分かれて研究をし、完成させた発明は同一のものであったというような場合などが考えられる。どの段階まで共同していたかという事実を具体的に検討して判断するより致し方ないであろう。
2 <特許出願の際>特許出願の際であるから理論上は特許出願の日のうちの時刻も問題になるが、実際には時刻が問題になることはごくまれであろう。
3 <事業の準備>旧法においては事業設備を有する者となっていたが、現行法において事業の準備と改めた。旧法においては問題の発生を少なくなるため外観的表象の明確な事業設備をもって本条の実施権の要件としたものと思われるが、本条の立法理由の一つが先発明者と特許権者の間の公平ということにあるとするならば、事業設備を有する者に限定するのは狭きにすぎるということから改められたものである。ところで、事業の準備とはどの程度の段階までの準備をいうかが問題になるわけであるが、少なくともその準備が客観的に認められ得るものであることを要する。したがって、単に頭の中で発明の実施をしようと考えたとか、実施に必要な機械購入のために銀行に資金借入れの申込みをしたという程度では事業ということはできない。一方、その事業に必要な機械を発注してすでにでき上がっているとか、雇用契約も結んで相当宣伝活動をしているような場合は事業の準備の中に含まれるであろう。
4 <発明及び事業の目的の範囲内>発明の範囲内とは、自己が現に実施している発明は特許出願に係る発明の一部にすぎないような場合は、その実施している一部についてのみ本条の通常実施権を有するのであり、特許出願に含まれた発明の全部について通常実施権を有するのではないという趣旨である。また事業の目的の範囲内とは苛性ソーダの製造のために当該発明を実施していた場合はその苛性ソーダ製造業の範囲内において通常実施権を有するのであり、当該設備を製鉄事業に使用する場合にまで通常実施権を有するのではないという趣旨である。なお、苛性ソーダ製造業に使用する限りはその製造規模を拡大することを許される。(青本第17版)
最終更新:2009年11月12日 05:42