(損害の額の推定等)
第一〇二条
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができない事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。(本項追加、平一〇法律五一)
2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
3 特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。(改正、平一〇法律五一)
4 前提の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重要な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。(改正、平一〇法律五一)
旧法との関係 当該条文なし
趣旨
本条は、民法七〇七条の特別規定である。民法七〇七条は「故意又は過失によって他人によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた賠償する責任を行う。」べき旨を規定しているが、この場合の損害の額の立法責任はいうまでもなく請求する者の側にある。ところが特許権侵害の場合にあってはその立証は容易なことはない(他の場合も決して容易なわけではないが、特許権侵害の場合はとりわけ容易ではない。)ために十分な賠償を受けることができなかったという事例も少なくない。このような事情にかんがみ、本条は、特許権侵害があった場合の損害額の算定方式を定めたものである。
一項は、平成一〇年の一部改正により新設された規定で、特許権の侵害により生じた損害(逸失利益)の額の算定方式を定めるものである。
平成一〇年の一部改正前においても、特許権を侵害する製品が販売された結果、特許製品の販売数量が減少したことに伴う損害(逸失利益)の賠償は、民法七〇七条に基づき請求することが可能であった。しかし、こうした請求に対するこれまでの判決をみてみると、市場構造が極めて単純で、「侵害製品の販売数量すべてを権利者が販売し得た」ことの立証ができた場合にしか逸失利益の賠償が認められておらず、それ以外の場合は、妥当な損害の補填がなされているとはいえない状況であった。
こうした問題を解決するため、一項は、①侵害品の譲渡数量に権利者の製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、実施能力に応じた額の限度において、損害額とする。②ただし、侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を権利者が販売することができない事情が存在するときは、その事情に応じた額を控除する旨規定し、侵害者の営業努力や代替品の存在等の事情が存在し、侵害品の譲渡数量すべてを権利者が販売し得たとはいえない場合でも、それらの事情を考慮した妥当な逸失利益の賠償を可能とするものである。
二項は侵害者が侵害の行為により受けた利益の額をその請求をする者が立証すれば、その利益の額が損害の額と推定される旨を規定したものである。したがって、この利益の額の立証がなされた後に侵害者が相手方(権利者)の損害の額を立証しない限りその利益の額が損害の額と認定されるわけである。侵害により自己が受けた損害の額の立証をすることの困難に比べれば相手方の受けた利益の額の立証の方が幾分でも容易である(常にそうであるとはいえないが)ことを考え権利者を保護するために規定が設けられたものである。審議会の答申においては、民法七〇七条の不法行為の規定と同趣旨の規定のほかに「故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害の行為によって受けた利益の返還を請求することができる。」旨の規定をおくこととしていたが、利益が損害の額を超える場合にまでそのすべてを返還せしめるのは侵害者に苛酷であり、民法の原則から著しく逸脱することになるというような理由から、これを改めて利益の額は損害と推定するという二項のような規定にしたものである。
三項もまた侵害の額の立証が容易でないということにかんがみて設けられた規定である。本項の趣旨は、故意又は過失により特許権又は専用実施権の侵害がされたときは、その特許発明の実施料相当額の賠償として請求することができるというのである。
平成一〇年の一部改正前においては、その特許発明の実施に対し「通常」受けるべき金銭の額に相当する額の金銭の賠償を請求することができる旨の規定であったが、侵害訴訟で認定される本項の実施料相当額については、特許権者が既に他者に設定している実施料率や、業界相場、国有特許の実施料率に基づき容認された例が多く、特許発明の価値や、当事者の業務上の関係や侵害者の得た利益等の訴訟当事者間において生じている諸般の事情が考慮されないとの問題点が指摘されていた。こうした問題は、規定振り(特に「通常」という文言)によるところが大きいと考えられたため、平成一〇年の一部改正において、「通常」という文言を削除し、訴訟当事者間の具体的事情を考慮した妥当な実施料相当額が認定できるようにしたものである。
また、本項の規定に基づき請求できる実施料程度の金銭は最小限であって、四項前段に規定しているようにより多くの損害があったことを立証してその賠償を受けることを妨げるものではない。しかし、一度本項の規定による実施料相当額を損害の額として賠償を受けその訴訟が完結したときは、その後にたとえその実施料相当額以上の損害額の立証をしたとしても、その請求をすることはできないことはいうまでもない。
四項前段は、先にも述べたように三項に規定する実施量相当額は最小限を示すものであって、特許権者等がそれ以上の損害の額を立証して賠償を請求することを妨げるものではない。しかし、実施料相当額以上の賠償を請求した場合において、当該侵害行為が軽過失によってされたものであるときは、その軽過失であるという事実を損害の賠償の額を定めるについて参酌することができる、というのが四項後段の規定である。参酌することができるというのは、実際の損害額より少ない額で賠償額を定めることができるということであり、その参酌の結果、どの程度に定めるかは裁判所の裁量権に属する。ただ、その実施量相当額以下に軽減することはできない。この規定は、侵害者の具体的な責任の程度に応じて賠償額を定めようとするものであるが、請求する者にとっては、賠償額が裁判所の裁量によってきまるのである程度の不安は免れないであろう。
なお、平成一〇年の一部改正において、新一項の創設に伴い、従来の一項から三項を二項から四項へ条文移動する改正を行った。
[字句の解釈]
1 <侵害の行為による利益>侵害の事実がなかったと仮定した場合に予想される財産の総額とその事実の発生した後の現実の財産の総額との差である。したがって、その侵害の行為によって財産が積極的に増加する場合と財産が減少するはずであったのを免れた場合とを含む。
2 <重大な過失>抽象的には善良な管理者の注意を甚だしく欠いた心理状態であるということができるが、具体的にはそれぞれの事例について定めるより仕方がない。過失のうちの重大な過失でないものが、軽過失である。我が国の法令用語にいて軽過失という語が使われていないので、「故意又は重大な過失がなかったとき」という表現を用いたのである。
3 <参酌することができる>民法七二二条二項は過失相殺について「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と規定しているが、この場合の「考慮して…定めることができる。」と同じ意味である。債務不履行の場合にも過失相殺の規定がある(民法四一八条)が、この場合には、考慮して…定める。」となっていて、過失があれば必ず考慮すべきものと解釈されているが、本条の場合は民法七二二条の場合と同じく裁判所が考慮する必要がないと考えれば考慮しなくてもよいのである。
[参考]
<利益の返還>審議会の答申は「特許権者は故意又は過失によって自己の特許権を侵害した者に対しその侵害の行為によって得た利益の返還を請求することができる」旨の規定を設けるべきことを述べている。これは、民法七〇三条及び七〇四条の規定による利益の返還に関する規定が権利者の損失の額を限度として返還することになっていることと著しく違う。その意味では、この答申はいわゆる不真正事務管理の説における結論と同じことを述べたものということができる。この審議会の案に対して立案の過程において権利者の保護が不当に厚くなりすぎるという意見が強く述べられ、結局採用に至らなかった。その代案ともいうべきものが本条二項の規定であるが、ただ、本条二項は審議会の結論の代案としてはかなり性質の違ったものとなっている。すなわち、審議会の結論は不当利益の返還として問題を捉えているのに対し、本条は不法行為による損害の賠償として問題をとらえているのである。(青本第17版)
最終更新:2009年11月27日 07:16