旧法との関係 八六条
趣旨
平成一〇年の一部改正以前の特許無効審判では、他の審判と同様、審判請求の理由を変更し、新たな無効理由及び証拠を追加することが認められていた。そのため、当初の請求書に記載した理由以外に新たな理由が遅れて発見された場合、請求人が無効理由・証拠のの追加を無期限・無制限に行うことも多く、審理の遅延の原因となっていた。このような弊害を改善するため、平成一〇年の一部改正において、特許無効審判請求書の請求の理由については、その要旨を変更する補正は認めないものとすることとした。その結果、審判請求時に十分な準備をし、すべての無効理由を提出しようとするインセンティブが審判請求人に働くようになり、審理期間の大幅な短縮が図られた。
他方で、請求の理由の要旨を補正しなければ追加できないような無効理由を手法するためには、別途の無効審判を請求することが必要となり、平成一〇年の一部改正以降、同一特許について同一特許について同一人が異なる無効理由を挙げて複数の無効審判を繰り返し請求する事例が増加することとなった。また審判請求人が、審判官に対して職権探知の対象とすることを期待して「上申書」により新たな無効理由や証拠が提出されるという実務も生まれ、当事者の不満や手続の透明性等の問題が指摘された。
本条は、このような問題点を解決するため、平成一五年の一部改正において、特許無効審判における審判請求書の補正について、例外的に容認する規定を導入するに当たり新設されたものである。当該規定は、平成一〇年の改正事項である特許無効審判の請求の理由の補正について、要旨変更にわたる補正を制限することを基本としつつ、審判請求時にその無効理由を提出できなかったことに合理的理由が認められる場合は、一定の要件のもとに新たな無効理由を追加することを容認することで、事件の迅速な解決の要請と一回的解決の要請とを調整するものである。
一項には、従来の
特許法一三一条二項で規定していた、審判請求書の要旨変更の制限規定を移行させ、同項本文において、審判請求書の補正について要旨変更を認めないとしつつ、ただし書において、まず、特許無効審判以外の審判については請求の理由の補正制限を加えない旨を規定し、他方、特許無効審判については、請求の理由の例外的に認めるため、その形式的要件として、審判長による許可が必要であることを定めた。
二項には、審判請求の理由の補正を例外的に認めるに際しての審判長の補正許可の根拠規定を定めた。補正許可については、審判請求人が早期にすべての無効理由を提出するインセンティブを失うことなく、審理する価値のある無効理由のみを追加的に採用することができることを基本的な考え方とし、その補正許可の要件は、一般的には、その補正が、不当に審理を遅延させないこと、合理的理由があること、特許権者の同意があることとした。他方、訂正請求がなされた場合には、特則として特許権者の同意を求めないこととした。これは、訂正請求によって特許請求の範囲等に変更がある場合、それに応じて新たに無効理由を追加することは原則として合理的であり、また、特許権者による訂正請求に起因して無効理由が追加させることから、訂正請求をすることをもって特許権者の同意があったものと擬制することが可能であるからである。
条文の項制として、二号は一般的な要件を示し、また、一号に特則として訂正請求がなされた場合の要件を示した。補正許可の第一の要件である「不当に審理を遅延させないこと」については、本項一号及び二号に共通する要件として本文中に規定した。
なお、審判長が補正許可を「することができる」とするのは、要旨変更にわたる補正をすることは当事者の権利ではなく、裁判長の裁量権に服するものであることを明示するためである。
三項には、審判長による補正許可ができる補正は、審判請求書の副本送達後のものに限られる旨を規定した。審判の補正許可を副本送達後に限定したのは、請求の理由が実質的に記載されていないような著しい瑕疵のある審判請求書の提出を抑制するためである。副本送達前に、要旨変更をしなければ方式の瑕疵を治癒できないような著しい欠陥のある請求書は補正不能となり、一三五条により特許権者の反論を待たずに審決却下されることとなる。
四項には、審判長による補正の許可又はその拒否の決定に対しては、不服申立てをすることができない旨を規定した。これは、許可に係る補正が審判請求人の当然の権利ではなく審判長の裁量に服するものであること、審判請求人はいつでも別途の無効審判請求を可能であるから不服申立てができなくとも特段の不利益がないこと、更に、独立の不服申立ての途を用意すると審判が不当に遅延しかねないことによる。
[参考]
1 <特許無効審における上申書の扱い>
平成一〇年の一部改正以降に、審判請求人が、「上申書」により新たな無効理由や証拠を提出するという実務も生まれた。ここでの「上申書」は、特許無効審判の当事者としての主張立証活動を目的とするものではなく、専ら審判官に対して職権探知の対象とすることを規定して提出されるものであった。上申書により提出された証拠が強力なものである場合は、特許庁では職権探知権限に基づき採用しており、その結果、平成一〇年の一部改正以降も、事実上無効理由の追加が認められているのが実態であった。しかし、このような職権審理は、平成一〇年の法改正の趣旨に整合するものでないばかりか、無効理由通知という本来必要としない手続を経ることになる。職権審理によって通知される無効理由通知は請求人の意図した無効理由が構成されるとは限らず当事者にも不満が生じ、また、上申書は特許権者の関知しないところで提出され、かつ、上申書によって提出された無効理由の採否の基準も明確でないため、手続の透明性に欠けるとの批判もあった。
2 <補正許可の要件>
「審理を不当に遅延させるおそれがないことが明らか」であることについて、当該要件は、平成一〇年の一部改正の趣旨にのっとり理由証拠の追加による審理の遅延を防止するためのものであり、例えば、最初の弁駁機械や訂正請求後の弁駁機会までに提出されない無効理由や、主張の基礎となる証拠の価値が低く、一見して明らかに適切な無効理由を項制しない無効理由などがこれに当たることになる。
また、「当該補正に係る請求の理由を審判請求時の請求書に記載しなかつたことにつき合理的な理由があること」について、この要件を充足する事例としては、例えば、①無効審判において訂正請求がなされたことにより、審判請求の後に特許の内容に変容が生じたため、新たな証拠を提示する必要が生じた場合、②被請求人の答弁によって始めてクレーム解釈に関する被請求人の主張が明らかになり、これに対する無効理由を追加する必要が生じた場合、③侵害訴訟を提起されるなどの事情により早急に無効審判を請求する必要がありながら、無効理由の根拠となる証拠が極めて特殊な外国文献等であるため、審判請求以前から努力していたとしても、その入手に相当の時間を要し、提出が遅れたとしてもやむえないと認められる場合などが考えられる。(青本第17版)