(同前)
第一五三条
審判においては、当事者又は参加人が申し立てない理由についても、審理することができる。
2 審判長は、前項の規定により当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときは、その審理の結果を当事者及び参加人に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならない。
3 審判においては、請求人が申し立てない請求の趣旨については、審理することができない。
旧法との関係 一〇三条
趣旨
本条は、前条と同じく職権による審理について規定したものである。前条は手続の進行の面から職権主義をとらえているが、本条は実体的な審理についても職権主義が妥当することを示している。すなわち、民事訴訟であれば当事者の主張した事実のみを参酌し、当事者の提出した証拠のみを取り調べればよいが、一般公衆の利害と関係する審判においては、当事者が主張した事実だけを参酌したのでは十分ではない。たとえば、無効審判において、客観的には新規性なしという無効理由が存在するにもかかわらず、請求人が誤って後願という無効理由を主張した場合、もし民事訴訟の原則によるとすれば後願の事実の有無のみを調査することになるであろう。この場合には後願という事実は存在しないのであるから審判請求は棄却され、新規性のない発明についての特許権がなお有効とされる。しかし、これでは一般公衆の利益が不当に害されるので、本条で当事者又は参加人が申し立てない理由についても審理することにした。上記の例についていえば、審判官は後願以外の無効理由についても審理することができ、その結果、新規性がないということを理由として当該特許は無効とされるであろう。なお、旧法には「取下タル理由」についても審理することができる旨を規定していたが、取り下げたときは始めから申し立てなかったことになるので「申し立てない理由」で読めるとして削除した。
二項は職権で審理した結果について当事者に通知することにしたもので、これによって当事者は、自己に不利な材料が知らない間に審判官の手もとに集められ、なんら弁明の機会を与えられないうちに審判官の心証形成の基礎となるという不利から救われる。職権で証拠調をした場合にも、同じ趣旨の規定がある(一五〇条五項)。
三項は審判官の審理機能の範囲についての規定である。審判において職権主義が支配するといっても、当該事件についてはすべての事項が職権で審理できることにとどまり、その事件以外には及ぼない。たとえば、訂正の審判においては訂正すべきかどうかが判断の対象になり、そのためには職権で広範囲に審理できるのであるが、訂正の可否をこえて、その特許権について有効無効を判断する等は許されない。また、無効審判においても、たとえば、A及びBの二請求項に記載された発明を包含する特許権のうち、A請求項に記載された発明に係る部分について無効審判が請求された場合に、B請求項に記載された発明に係る部分について有効無効を判断することは審理権の範囲をこえるものである。
このように、審判官は審判請求書で示された請求の趣旨の当否を審理することができるにとどまるという趣旨を明らかにしたのが三項である。
[参考]
<職権主義>審判は職権主義によってつらぬかれているといわれる。しかし、職権主義という表現は非常に多くの意味をもつもので、これだけでは新版の性質を明確に理解することができない。条文に即して考えれば、次のようなことがいえるであろう。第一に審判手は当事者の意思いかんにかかわらず進行できる(一五二条)。民事訴訟も訴訟追行の権能は裁判官にゆだねられるのであるが、その場合でも当事者の一方が出頭しなければ手続を勧めることができない。双方が不出頭のまま一定期間が経過すれば訴えが取り下げられたものとみなされるのである(民事訴訟法二六三条)。第二に職権で証拠調を行い、事実を調査することができる(一五〇条、一五三条)。いわゆる職権探知主義ともいわれるもので、民事訴訟の場合と著しい対照をなす。職権探知主義のもとでは当事者に事件を処分する権能がなく、和解、請求の放棄、認諾はありえないと解される。また当事者が自白しても審判官を拘束するものでないことは、一五一条の読替規則からも明瞭である。(青本第17版)
最終更新:2009年12月24日 19:05