(審決又は決定の取消し)実意商(見出し改正、平一五法律四七)
第一八一条
裁判所は、第百七十八条第一項[審決等に対する訴え]の訴えの提起があつた場合において、当該請求を理由があると認めるときは、当該審決又は決定を取り消さなければならない。(改正、平一五法律四七)
2 裁判所は、特許無効審判の審決に対する第百七十八条第一項の訴えの提起があつた場合において、特許権者が当該訴えに係る特許について訴えの提起後に訂正審判を請求し、又は請求しようとしていることにより、当該特許を無効にすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であると認めるときは、事件を審判官に差し戻すため、決定をもつて、当該審決を取り消すことができる。(本項追加、平一五法律四七)
3 裁判所は、前項の規定による決定をするときは、当事者の意見を聴かなければならない。(本項追加、平一五法律四七)
4 第二項の決定は、審判官その他の第三者に対しても効力を有する。(本項追加、平成一五法律四七)
5 審判官は、第一項の規定による審決若しくは取消しの判決又は第二項の規定による審決の取消しの決定が確定したときは、さらに審理を行い、審決又は決定をしなければならない。(改正、平一五法律四七)
旧法との関係 一二八条ノ五
趣旨
本条は、審決又は決定の取消しについて規定したものである。
一項は、審理の結果、訴訟において主張されている請求が正当であり、審決又は決定をそのまま維持することができないと認める場合には、裁判所は審決又は決定を取り消すべきことを定めたものである。この場合、裁判所が具体的な行政処分をすべき旨の判決をすることは、裁判所が行政権を行使することになるので認められない。例えば、特許を無効にすべき旨の請求の棄却の審決に対する訴訟で審決の誤りが発見された場合、裁判所は無効にすべきことを特許庁に命ずる給付判決をすることはできず、審決を取り消すという形成判決をすることができるにとどまる。
二項の規定は、平成一五年の一部改正において、「キャッチボール」現象の弊害に対処するため(一二六条の[趣旨]を参照)、新たに導入した「差戻し決定」を規定するものである。差戻し決定は、無効審決を受けた特許権者に訂正の意思があるときは、裁判所が実体判断せず、柔軟かつ迅速に事件を特許庁に差し戻すことができることとし、無駄な審理期間をなくすことを趣旨とするものである。
この規定により、裁判所が、審決の適法性に関する実体審理を経ずに、決定をもって原審決を取り消して事件を特許庁に差し戻すことができる。差戻しの判断は、裁判所の訴訟指揮権の一類型であり、当事者の申立てによらない職権判断事項であるが、この決定は終局裁判であり、差戻し決定によって訴訟は終了する。裁判の形式を「判決」ではなく「決定」としたのは、差戻し決定は、権利義務の確定を目的とした本案の裁判ではないため、必要な場合にのみ口頭弁論を経由すれば足りうると解されること、差戻しは裁判所の訴訟指揮の一種であることから決定の形式が整合的であること、及び決定の形式によることにより迅速な審理が可能になること、の理由に基づく。
三項は、差戻し決定の規定が導入されたことに伴い、追加された規定である。差戻し決定は、裁判所が、訂正審判確定前において、職権により実体判断を経ずに原審決を取り消すことを認めるものであるが、一旦訴訟係属が有効に生じた後は、訴訟当事者は、実体判断に基づく判決を受ける利益を有している。したがって、差戻し決定をするに際しては、当事者の意見を聞いて実体判決を受ける利益に十分な配慮をすることが望ましい。そこで、裁判所は差戻し決定に際して当事者の意見を聴くべきであることを明示的に規定した。
四項は、差戻し決定の規定が導入されたことに伴い追加された規定である。一般に、行政処分を取り消す判決には第三者効が認められている(行訴法三二条一項)。しかし、差戻し決定は「判決」ではないので、当然には同条項の適用を受けない。これでは、行政処分たる特許の効力について合一的確定が妨げられ、法律関係が不安定になる上、審判官に対して効力を有しなければ、五項に規定する特許庁における無効審判の再開の根拠につい疑義を生じるおそれがある。そこで、差戻し決定の効力が審判官その他の第三者にも及ぶことを明示した。
五項は、一項の判決及び二項の決定に対する特許庁の措置を規定する。東京高等裁判所の判決に対しては更に最高裁判所に上告をすることができるが、不服の申立の方法が尽きて特許庁の処分を取り消すべき旨の判決が確定した場合には、五項の規定に基づいて裁判官は審理を行わなければならない。すなわち、審判は審決によって終了するのであるが(一五七条一項)、裁判所によって審決が取り消されれば審判は終了しないことになり、引き続いてその審理がされることになる。この場合は行政事件訴訟法三三条の「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する」という規定が適用される。平成一五年の一部改正において、二項の差戻し決定が創設されたが、差戻し決定がなされた場合も従来の取消し決定があった場合と同様に審判官が更に審理をして審決することを明確にした。なお、差戻し決定は、訴訟物について実体判断をするものではないから、行政庁に対する拘束力(行訴法三三条一項)はない。
[参考]
1 <一八一条一項の差戻し判決と同条二項の差戻し判決の関係>差戻し決定は、原審決の取消しを主文とするものであって、従来の審決取消し判決において差はない。しかし、従来の取消し判決が審決の違法を認定した場合に審決を取り消すことを直接の目的とし、その後の差戻しは取消の結果として生じるに過ぎなかったのに対して、平成一五年の一部改正において新設した差戻し決定は、審決の違法性について判断せず、審理を特許庁に差し戻すことを直接の目的とするものである。この点において、両者の制度は本質的に異質なものであるから、一八一条二項の規定中「事件を裁判官に差し戻すため」との文言を用いて当該規定の目的を明示し、従来の審決取消し判決との制度的相違を条文上明確に示した。なお、差戻し先を「審判官」としたのは、審判の審理・審決をする行政庁は、一八一条五項の規定により、審判官であると認められるからである。
2 <差戻し決定の要件>
差戻し決定の要件は、第一に、特許権者が出訴後に訂正審判の請求をし、又は請求しようとしていること、すなわち、特許権者に訂正意思があること、第二に、特許庁の無効審判手続の中で訂正に係わる審理をさせるのが相当であると認められること、第三に、訂正意思と差戻しが相当と認められることとの間に因果関係があること、の三点である。
まず、第一の要件として、訂正意思の存在を要件とするのは、特許権者に訂正の意思がない場合に裁判所が職権で事件を特許庁に差戻すことはできないことを明らかにし、当事者の裁判を受ける権利を保障することにある,既に訂正審判が請求されている場合(事後差戻し)のみならず、特許権者が訂正審判を請求しようとしている場合(事前差戻し)にも差戻しを認めるのは、特許権者が特許無効審判手続の中で訂正請求をすることを希望している場合にまで形式的に訂正審判の請求をさせて差戻し決定を待たせるのは無駄だからである。むしろ、特許権者が訂正審判を請求しようとしていると認められる場合には、当事者の意見を聞いて、特に問題がなければ、訂正審判の請求を待たずに差戻しをすることが簡易かつ迅速な手続となる。なお、訴訟手続上は、事後差戻しの場合には審判請求人が訂正審判請求書を書証として提出することにより、また、事前差戻しの場合には特許権者が特許庁に提出する予定の訂正明細書等を提出することにより、訂正意思の存在を立証することになるであろう。
また、第二の要件である、特許庁の無効審判によって訂正に係る特許についての審理をさせることが相当であると認められることについて、ここでの相当性の具体的意味は、訂正によりいずれ原審決の違法性について実体的判断がなされることなく取り消される蓋然性が認められれば足りると考えられる。いわゆる「キャッチボール」現象の問題は、「大径角形鋼管事件」の判決に起因するものでり、この判例のもとでは、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正ををする意思が特許権者に認められるときは、特段の事情がない限り、いずれ実体判断を経由せずに原審決が取り消されることとなる蓋然性が認められることになるから、このような場合、原則として相当性が認められることになるであろう。
他方、実体判断を経由せずに原審決が取り消される蓋然性が認められない場合には、相当性を欠くこととなる。例えば、原審決の違法性が明らかで直ちに取り消すことが出来る場合などが考えられる。この場合には実体判断が可能であるから、差戻し決定ではなく取消判決をすべきこととなる。また、稀有な例となるが、特許請求の範囲の減縮以外を目的とする訂正がなされる場合には、「大径角形鋼管事件」の判決の判旨が及ばないから、いずれ取り消されるという関係が認められない場合もありうる。これは今後の裁判例に委ねられることとなるであろう。更に、提出予定の訂正明細書が極めて杜撰で訂正が認容される蓋然性が一見して著しく低い場合なども、いずれ取消し判決がなされるという関係が認められないから差戻しを認める必要はないであろう。なお、訂正明細書の内容が極端に杜撰な場合には、訂正意思がないと認められる場合もあると考えよう。
最後に、第三の要件として、訂正審判を請求し、または請求しようとしていること「により」との文言は、訂正意思と差戻しの相当性との間に因果関係があることを要求するものである。つまり、いずれ原審決が取り消されることとなる、との状態は、特許権者に訂正意思が存在することに起因して認められるものでなければならず、それ以外の理由で原審決が取り消される場合には差戻し決定はできない。(青本第17版)
最終更新:2010年01月13日 07:19