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「その絶望もまた、世界を創るものの一つだよ、アラン」
目の前の女性は、そう言った。
優しくでもなく、かといって冷淡とも言えない口調で。
例えるなら――そう、子供に言い聞かせるような。

クロウは呆然と、その女性を見つめる。
そんな彼の様子を見て、女性――レノアは一歩、踏み出した。

だが次の瞬間、クロウは刀を抜き、刃をレノアに突きつけた。

立ち上がり、目の前の女性から距離を取るクロウ。
彼の行動を気にも留めないかの様に、変わらぬ口調のまま、レノアは言った。
「…思い出した?」
彼女の言葉に、クロウは静かに頷く。
そして、はっきりした声で言った。
「ああ…全て思い出した。レノア…レノアは、俺の目の前で死んだ」
物思いに耽るように視線を落とし、そう呟くクロウ。だがやがて彼は、再びその視線を目の前の女性に向けると、言った。
「ならば…お前は誰だ…!!?」

たっぷり10秒間の沈黙。
その間、レノアはクロウを見つめ続け、そんなレノアの瞳からクロウも目が離せなかった。
だがやがて、それまで保っていた微笑を不意に消すと、レノアは決然とした表情で不意に口を開いた。
「その剣で、私を殺せる?」
「っ!?」
彼女の言葉に、クロウの刀を持つ腕が震える。
レノアの表情は、かつてただ一度だけ自分を叱咤した時と同じものだった。
「分かっているでしょう。手を下せない事が、大切な人の死に繋がると」
クロウは『やめろ』と言おうとしたが、心とは裏腹に口からは何の言葉も出てはこない。
そんなクロウに向かい、レノアは容赦無く言葉を紡ぐ。
「思い出して。この戦いで、犠牲になった人達を」
彼女の言葉に呼応するかのように、クロウの脳裏に様々な人の顔が浮かぶ。死んで行った者達と、彼らの死に涙した者達の姿が。
「あなたが強い覚悟を持っていたなら、彼らは…」
「やめろ!!」
遂にクロウは、声を張り上げた。耐え切れなくなったかのように。
だが彼が更に言葉を紡ぐ前に、レノアはそっと、クロウの突きつけた刃を手に取った。
「あなたなら、分かっている筈。ここから先は、強い覚悟を持たなければ、先に進めない」
クロウは何も言えず、ただレノアを見つめる。そんな彼を見つめ返すと、レノアは言った。
「これ以上、誰かが傷つくのを見たくないなら。それでも、人を殺す事ができないのなら…」
そう話すレノアの瞳から、目を離す事ができない。
「私を殺して、そこから始めて」

静かにレノアは、その刃を自らの首筋へ押し当てた。


降りしきる雨の中、先程と変わらぬ様子で、レノアだけが立っている。その背後に、シルクハットに金髪と顎鬚を生やし、黒い燕尾服を纏った男が、蝙蝠傘を差して立っていた。
「随分と、無茶をなさりましたね」
男は、彼女にそっと近づくと、手にした傘を彼女の頭上に掲げる。
「心にもない事を」
抑揚の無い声でそう言うと、レノアは振り返った。

彼女の視線は、冷え切っていた。

「あなたが私にさせたのでしょう、タナトス」
少女のそんな視線を意に介さず、タナトスと呼ばれた男は彼女に背を向ける。
「ええ勿論、御助力感謝致します。それから、今は『ベテルギウス』と名乗らせて頂いておりますので、お見知りおきを」
そして、『タナトス』と呼ばれ『ベテルギウス』と名乗った男は、踵を返した。
「それでは、お送り致します…デウス様」
ベテルギウスはそう言うと、ゆっくりと歩き出す。
だが、少女はそうしなかった。雨に濡れるのも気にしない様子で。
「待って」
少女の声に、歩き出したベテルギウスが振り返る。
少女は、片手を頭上に掲げていた。
「…まさか…これが私の手に渡る事になるなんて、ね」

掲げた少女の手に、黒いスカーフが落ちてきた。

少女はしばらくそのスカーフを見つめていたが、やがてゆっくりとした動作でそれを首に巻くと、口を開く。
「さぁ…いきましょう」
そんな少女の様子を眺め、ベテルギウスは僅かに微笑んだ。



「何か、言い残したい事はあるかね」
ノアは老人を見下ろすと、そう言った。
老人――プロキオンは目を閉じていたが、やがて彼は眼を開けると、ゆっくりと口を開く。
「シリウス」
名を呼ばれ、ノアから離れた位置に立っていたシリウスは背を預けていた壁から離れる。
シリウスの視線を受けて、プロキオンは再び口を開いた。
「リゲルとは、戦うな」
「…何?」
死に際に許された発言。それにも関わらず、プロキオンはシリウスへ、忠告めいた言葉を言い残そうとしている。その事実に、シリウスは少し驚いた。
プロキオンは続ける。
「『ロックマン』である以上、お前は奴には…勝てん」
「…どういう事だ?」
シリウスは顔をしかめ、問う。同時に視線をノアに向けると、ノアは無言で頷いた。
「あれは、3千年前の事だ。当時…ヘブンと古き神々の間で戦争があった」
「それは知っている。お前がその頃、古き神々側の指揮官をしていたという事も」
シリウスの言葉にプロキオンは頷くと、更に続けた。
「ああ。確かにそれは話した。だが…まだ話していない事がある」
「それがリゲルの事か」
「そうだ。奴は…あの戦争における、ヘブン側の切り札のような存在だったのだ」
シリウスは内心で巻き起こった驚愕を抑えつつ、プロキオンの話に聞き入った。
「奴は…儂の目の前で、我々の1個師団…およそ1万体もの古き神々達を、虐殺してのけたのだ!!」
プロキオンの強い言葉に、シリウスの脳裏にこれまで出会った古き神々達の姿が映る。
ケフェウス、カストル、ポルックス、アルデバラン。リーバードとしての姿はデータでしか知らなかった者もいたが、それでも自分が単独で戦っても倒せるかどうか分からない者や、どう頑張っても倒せるとは思えない者ばかりだった。
「奴らを、1万体…斃したというのか…!」
「ああ。奴は、当時のヘブンの科学技術の粋を集め創造された、間違いなく…ヘブンの歴史上、最強のロックマンだったのだ…!」
「しかし…しかしそれも3千年も前の話だ。なのに、何故俺が勝てないと断言できる…!?」
「お前と奴、同じ『ロックマン』でも、当時と今とでは製作目的が全く異なるからだ。お前達現在の粛清官は、『ヘブンの防衛』を目的とした『防衛の為のロックマン』だ。だが奴は違う。純粋に敵の殲滅を目的として作られた『攻性のロックマン』…それも、ヘブンの技術を結集し、全身に無数の武器が内蔵された…紛れも無く『究極のロックマン』と言っていい存在だ!!」
「究極の…ロックマン…!!」
シリウスは純粋に驚愕していた。これまでの言動から、リゲルが元はヘブンに所属していた者であり、そしてこの前のロックマン・テスタメントとのやりとりを見た限り、3千年前に活動していた粛清官である可能性は高いと思っていた。だが、まさかそこまでの存在であったとは思わず、完全にその想像を上回っていた。
プロキオンは、更に言葉を紡ぐ。
「だが、その精神は…『末路』と言っていいモノだ。お前も知っていよう、奴の言動の端々に、狂気が滲んでいた事を。この3千年、儂が抑え続けていたが…もはや…」
力なく、プロキオンは俯く。だが、シリウスの方はこのやりとりで、逆に疑問が沸いてきていた。
「分からない。何故そんな存在が、ヘブンと敵対する古き神々であるお前の元に居たんだ…?」
「それについては、予想できているよ」
そこで初めて、ノアが口を挟んだ。シリウスの疑問に答えようとしていたプロキオンは、逆に驚きの表情でノアを見る。
ノアは、視線をプロキオンに注いだまま続けた。
「彼を連れてきたのは…ベテルギウスだろう?」
「貴様…何故知っている…!?」
プロキオンの言葉は、ノアの言葉を肯定したようなものだった。
「そんな事、もう今の君に話しても、無意味な事だろう」
ノアの言葉に、プロキオンは目を見開くと、再び顔を下に向けた。
「…そう…だな…」

「まだ、一つ分からない事がある」
数秒の沈黙の後、ポツリとシリウスは言った。
そして彼はプロキオンの前まで行くと、無表情で問う。
「何故死の間際だというのに、俺にそんな事を言う」
プロキオンは俯いたままで、答えようとしない。尚もシリウスは言った。
「俺にそんな事を話しても…プロキオン、あんたにとっては無意味な筈だ」
「いいや…意味ならある」
不意に顔を上げ、真剣な表情でプロキオンはシリウスを見つめる。
「シリウス…何故儂が、新入りのお前を我々の末席にまで取り立てたか。理由が分かるか」
シリウスが答える前に、プロキオンは更に言葉を紡いだ。
「もう7、8年前になるか…お前がここへ踏み込み、護衛の者達を殺し尽くしのけてから儂の前に来た時。その時、儂はすぐに分かった。お前が、ただの粛清官ではない事を」
シリウスは、ただ無言でプロキオンを見つめたままだった。
「幾ら粛清官といえども、幾ら記憶を持ったままとは言え。10歳の子供の身体で、訓練された屈強な人間をおよそ20人近くも殺すなど、不可能だ!だが…だが、お前はやってのけた。その類稀な才能と、そしてその眼の奥に宿った憎悪。儂はそれに、ただただ可能性を感じたのだ!!あの…リゲルよりもな!!」
「ならば…俺に何をさせたい…!?」
プロキオンを見つめたまま、シリウスは強い口調で問う。間髪入れず、プロキオンは答えた。
「お前が、『王』となるのだ!」
プロキオンの声が、室内に響き渡る。一瞬の沈黙の後、彼は言った。
「無論、今の封印された『王』のような存在に、ではない。かつての…3千年前の儂の様に、ヘブンと全面的に争った儂の様にだ!未だ地上で生きている古き神々達を纏め上げ、今度こそ地上の覇権を、お前の手によって我々の元へと取り戻させたかったからだ!お前にならば、それが可能だと儂は直感したのだ!!」
「それが…お前の真意か…!」
シリウスは奥歯を噛み締め、そう言った。
今だ強く見つめ続けるプロキオンの瞳に向かい、彼はやがて、静かに言葉を紡ぐ。
「確かに、かつてのお前は今とは比べ物にならない規模の軍を率いていたのかもしれない。だが…その結果はどうだ!?リゲルに壊滅させられ、今はこんな辺境の街で身を潜めているのが精一杯だ!!」
そう言うと、シリウスは遂にプロキオンに背を向ける。
プロキオンはそのシリウスの背に、言葉をかけた。
「だが…お前ならばと」
「お前にさえできなかった事が、俺にできるなどと思うな。結局、どれほど強い者だろうと、時が過ぎればやがて衰えていくんだよ」
そしてシリウスは、その憎悪の宿った瞳でプロキオンを一瞥し、言った。
「だから俺は今から…リゲルを殺し、ミラージュを殺し…そしてこの救いようの無い世界を打ち壊す…!!」
そう言うと、シリウスは出口に向かい歩き出していった。決して振り返る事無く。
ノアは黙ってその背を見送る。
「待て…シリウス…!」
プロキオンの言葉に足を止め、シリウスは静かに言った。
「もうシリウスじゃない。俺は…ロックマン・ロードだ」
そしてシリウスは部屋を出て行った。彼の消えた出口を眺めたまま、ノアは呟く。
「やはり、君は哀れだ。ロゴス」
「…殺せ」
再び俯き、それだけ言うプロキオン。
ノアは振り返ってプロキオンを眺め、その場に片膝をついた。
「望み通りに」

その瞬間、ノアの腕がプロキオンの胸を貫いた。

だが、その次の瞬間にはプロキオンは激しい呼吸と共に意識を取り戻した。
「なっ……んだ……これ…はっ……!?」
彼は慌てて、両手で今まさにノアに貫かれた筈の胸を掻き毟ったが、胸に穴など空いてはおらず、服が破けているだけである。
「一体…何をした…!?」
ノアは、彼の目の前に片膝をついたままだ。そのまま彼は、笑顔でこう言った。
「君の身体に、私のナノマシンを投与した」
「何っ…!!?」
ただ淡々と、ノアは言葉を紡いでいく。
「ナノマシンは自動的に君を治療する。これで君は、自分の意思で死ねなくなったわけだ」
ノアの説明の不可解さに、プロキオンはただただ動揺するばかりだった。説明は続く。
「だが、私はタイマーを設定した。その時間が来れば、ナノマシンは君の全身に激痛を走らせ、この世のものとは思えぬ苦しみを抱えたまま、君は死ぬ」
「な…何故だっ…!?」
ようやく吐き出されたプロキオンの言葉に、ノアはそこでようやく笑みを浮かべた。
「君は今、死を確信した。そんな者を殺したところで何の意味がある。君は、これから先、君の人生で最も死にたくないと思ったその瞬間に、苦しみと共に死ぬんだよ」
「貴…様……!!」
そしてノアは立ち上がり、今しがたシリウスが消えた出口へと歩き始めた。
「ああそれと、リゲルが切断した腕と足は治らないから、そのつもりで」
「クロノス…クロノスッ……!!」
プロキオンの言葉に、ノアは足を止めない。
そうしてノアが消えて行った室内には、ただ一人の、片腕と片足を失った、哀れな老人の悲痛な叫びだけが残された。

「クロノスウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!!!」



とあるアパートの一室。男は一人、ここにいた。
室内は壁紙も絨毯もなく、窓にだけはカーテンがかけられている。
部屋の中央には適度な大きさのテーブルと椅子のみ。
そのテーブルの上に、分解された拳銃の部品と、銃弾が並べられていた。
男は無言で、黙々と部品を丁寧に点検し、組み立てていく。
その、金色の短髪に金色の瞳をした長身の男――ロックマン・テスタメントは、銃を組み上げながら、これまでの事を思い出していた。
彼の回想はいつしか、今よりも遥か昔、かつて自分が初めて受けた任務の、その結末へと辿り着いていく。

一面の荒野。空は厚い黒雲に覆われ、太陽の光は一筋も地上に入りはしない。
その雲の中で、幾つもの爆発が起こった末、その中から何かが地上に落下した。
地上に落下したのは、黒い鎧を纏った男だった。全身の鎧にはヒビが入り、明らかに満身創痍の状態だったが、それでも男は立ち上がる。
だが次の瞬間、再び衝撃を受けてその身体は地面に仰向けに横たえられた。

鎧の胸の部分を踏みつけ、もう一人の男がいつのまにか降り立っていた。

「ぐぅ…!!」
黒い鎧の男を踏みつけたその男――そちらもまた、かなり意匠の異なった、スラリとした白い鎧を纏っている――もその全身に破壊の痕が残り、状態としては黒い鎧の男とさして変わらない。
「…もう止めようか。幾らボクらが戦った所で、得るものなど何も無い」
白い鎧の男はそう言った。黒い鎧の男は、それでも尚起き上がろうと、もがきながら言う。
「何故だ…お前は、以前とまるで違っている…!」
「変わらざるを得なかったんだよ。以前ならもっと楽に戦えたんだろうし、こんな真似もしなかったろうにね」
そう言うと、白い鎧の男は片手を黒い鎧の男の頭に向ける。
黒い鎧の男はそれでも腕を上げ、その手を白い鎧の男に向けて掲げた。

その瞬間、掲げられたその腕が爆ぜた。

「ぐ…あぁっ!!?」
「ここまでよく頑張ったね。けど、これで終わりだ」
白い鎧の男の眼は――黒い鎧の男とは違い、白い鎧の顔は露出している――ただ睨むでもなく眺めるでもない、ただ諦めの篭った眼をしていた。
だが黒い鎧の男は、それでも殺気を漲らせ、顔を覆う鎧の奥から白い鎧の男を睨む。
「…残念だよ」
そう言うと、白い鎧の男は片腕を黒い鎧の男の顔に向け、掲げた。

光がその腕に収束していく。同時に、白い鎧の男の背に、純白の翼が広げられた。


そこまで回想して、テスタメントは部品を組み上げながら、思った。
「(結局、最後に残った因縁が、私が最初に受けた任務だったとはな)」
やがてようやく、彼は何の変哲も無い、回転式拳銃を組み上げた。
「…申し訳ありません、ディエス様。あなたに救って頂いたこの命、無駄にしてしまうかもしれません」
彼は拳銃に弾丸を込めると、ロングコートを纏った。
そして、嵐の中の夜中の街へ、躊躇する事無く歩み出して行った。



「報告致します。時刻と天気の事もあり、市街では出歩く人間は疎らな模様です。捜索地域のうち7割は完了。あと1、2時間で残りの3割も完了の見込みです」
兵士達が集合していた地下の大広間。彼らを送り出してから既に3時間が過ぎた。
地上には現在台風が上陸しており、更に時刻は夜中へと差し掛かっているため、ググの報告通り市街で出歩く人間は極端に少ない様であった。
報告を聞き、リゲルは思案する。
「…どう思う?あの二人は見つかると思うかい?」
あの二人とはシリウスとベテルギウスの事であり、リゲルは兵士達に、生死を問わずにこの二人を連れて来いと命じていた。
最も、プロキオンにより肉体改造を施されたデコイの兵士達だけで、あの二人を取り押さえられる可能性は低いとリゲル自身は考えていたのだが。
リゲルの問いにググは顔をしかめ、答えた。
「正直…可能性は低いでしょう。兵士達に民家の中まで全て捜索させるには、この街は広過ぎますし」
「だろうね…」
言いつつリゲルは、兵士達を運び出した地下の大広間と地上とを結ぶエレベーターへと視線を向けた。
ちなみにこの時、彼は全く想定していなかった。数時間前まで、捜索対象の一人であったシリウスは先程自分が訪れた場所――プロキオンの私室にいたという事を。
そしてそんな事実を知らないまでも、リゲルは既に見当をつけていた。捜索対象の一人が、次にどの様に現れるかを。
「そろそろだと、思うんだけどね…」
「は…?」
リゲルの呟きに、傍らのググが疑問符を浮かべる。
だがその時、エレベーターの方を警備していた兵士達が急にざわつき始め、ググはそちらに視線を向けた。

エレベータが到着し、中からベテルギウスが姿を現していた。

「なっ…!!?」
その出現に完全に面食らったググが驚きの声を上げる。エレベーターの周辺を警備していた兵士達が、ライフルをベテルギウスに向けていた。
リゲルだけはこの事態を予想していたかのように、冷静な様子だ。
「遅かったね。来ると思っていたよ、ベテルギウス」
ベテルギウスは兵士達に見えるように両手を上げてエレベーターから出てくると、言った。
「ごきげんよう、リゲル。プロキオンを裏切ったのですね?」
リゲルは薄く笑うと、言う。
「その言い方…やっぱり君は、分かってて言ってるね」
リゲルの言葉に、表情はそのままに首を傾げるベテルギウス。
リゲルは眼を細め、やがて言った。
「とにかくそういうわけだから、ボクはもう古き神々じゃない」
「では何とお呼びすればいいでしょう?」
平然と質問するベテルギウス。リゲルはそんな質問が来るのは予想外だったのか、軽く笑いながら言った。
「そうだね…『ヨハン』でいいよ。一番使用期間が短かった名前だけど…ボクの手元に最後に残った名前だ」
「ですが、あなたはこれから、もっと古い名を名乗らなければならなくなる」

ベテルギウスの言葉に、その瞬間リゲルの顔から笑みが消失した。

「粛清官としての名を、ね」
ベテルギウスは続けてそう言い放つ。リゲルの顔からは完全に表情が消えていたが、やがて彼は溜め息をつくと、僅かな不快感を表情に浮かべた。
「その顔に見覚えがあるなぁ」
「ほう、どこでです?」
リゲルは、ベテルギウスを睨んだまま、言った。

「僕を殺した奴らが、そういう表情をしていたよ」

そう言うと、リゲルは数歩ほど歩き、そして再び口を開く。
「僕を…いや、僕らを操っていた者達は、きっと皆、そういう顔をしていたんだろう」

リゲルはそう言った瞬間に右腕を振り、その瞬間ベテルギウスの首が落ちた。

首が床に落ちる。首に続き、胴体も崩れるようにその場に倒れた。
「っ…!!」
状況を見守っていたググも兵士達も皆一様に息を呑み、ベテルギウスが倒れてからも一言も発する事ができないでいる。
だがググは、やがてベテルギウスの遺体が変化している事に気がついた。

ベテルギウスの首と身体が、やがて黒い液体へと変化していった。

帽子と衣服までも、全て液体に変化し、やがて完全に黒い水溜りとしてしか、その場に残らなくなっていく。
「これは…一体…」
「…『アバター』だよ」
リゲルの言葉に、ググは彼の方へと視線を向ける。リゲルはその黒い水溜りを、忌々しそうに眺めていた。
「奴が…ベテルギウスが使役する、液体金属でできたリーバードさ。ボクらとの会議に臨んでいたのも、おそらくこれと同じく奴の『アバター』だったんだろう」
リゲルの言葉に、ググは黒い水溜りに目を凝らした。
リゲルの言う通り、水溜りの中央に、真っ二つとなったリーバードの瞳が落ちていた。
「では、本体…と言うべきモノは、一体どこに…」
呟きに近くなっていたググの言葉に、リゲルは答える。
「さて…そもそも本体なんてものがあるかな。彼は、『死』という概念そのものだからね」
リゲルの言葉に、ググはその意味が飲み込めず、怪訝な表情で彼を見る。
当のリゲルは水溜りに視線を向けたまま、しかし僅かに口調を変えて言った。
「ググ。捜索に当たっている兵士に連絡してくれ。もう捜索は切り上げていいと」
リゲルの言葉に、ググは慎重に尋ねる。
「よろしいのですか?」
「ああ、そしてもう一つ。今から言う建物に兵士全員を集合させ、中を厳重に警備するように、とも。建物内に人がいた場合は射殺して構わない」
リゲルの指示に不可解さを覚えながらも、ググは頷いた。
リゲルは一呼吸置くと、言った。

「その建物は、街の中心部の大聖堂。ここの地下に『ディメンジョン・ゲート』がある。ここが…最後の戦いの場だ」


綾なす人々。
彼らの運命が、今一つの地点に交わっていく。
そして最大の闘いが今、静かに幕を開けた――


最終更新:2012年09月23日 23:52