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――僕は『その時』になって、ようやく思い知ったんだ。

――誰もが僕の力を恐れ、僕の死を望んでる。

――僕が死んでも、哀しむ者は一人もいない。

――だから、僕は問い続ける。



――君が死んだら、哀しむ人はいる?



3千年前。
ある大陸の、広大な平原にて。
平原を覆い尽くすほど多くの人間と、化け物。
それらが、ただひたすらに戦っていた。
それは、人間と異形なるモノとの、戦争と言っていい光景だった。

平原から離れた場所には、片方の軍勢の拠点とでも言うべき場所が存在している。
拠点の最も奥には、指揮をしているテントがあった。
指揮官達はテントの内部に設置された機材の反応を見ながら、中央のテーブルの上にある地図を睨んでいる。この平原の地図だ。
そんな中、テントに一人の白衣の老人が入ってきた。
老人が入ってくるや否や、テント内にいた指揮官や通信士が敬礼する。
「戦況は?」
「我が軍は劣勢と言わざるを得ません。既に戦力は3分の一まで消耗し、補給もままならない。しかし、ここを突破されれれば、我々に唯一残った地上の施設は目と鼻の先です…!!」
明らかに焦りを色を見せ、指揮官がそう報告する。
指揮官は全身に灰色のアーマーを纏った大柄な男だった。白人で、金髪を後ろに撫で付けている。
傍らの通信士も同じく灰色のアーマーを付け、頭も同じ色のフルフェイスヘルメットを被っていたため、顔は分からなかった。
戦況を尋ねた老人は、頭には毛は一本も無く、髭の類も無い。その代わり、顔全体に幾十にも刻まれた皺が老人の年齢の高さを物語り、そしてその顔の大半には焼かれたような痕があった。
「そうか…理想的な状況だな」
その言葉に、報告した指揮官は疑問の色を顔に浮かべる。
だが次の瞬間、彼は老人の言った言葉の意味を理解した。
「では…!」
「うむ。『奴』が…儂の最高傑作が、もうすぐこの戦場へ到着する」
老人の言葉に、指揮官は安堵の色を表情に出さずにはいられなかった。
心に余裕ができたせいだろう。指揮官は、老人に問いを投げかけた。
「ですが、別の方角にいた敵を殲滅しに行ったのでは?」
「その通りだ。だが…昨日完成した装備を追加し、『奴』は遂に完成したのだ。その完成した肉体をもって、奴はあれほど強大だった敵を、一瞬のうちに殲滅せしめた。もはや…『奴』に敵う者など、この世に一人もおらん…!!」
老人の自信に満ちた言葉に、指揮官は喜びの色すら顔に浮かべる。
だが、それでも緊迫した状況には変わりない。そう思い、改めて指揮官は気を引き締めた。
「おそらく敵軍は、この地上に残った主要な残存戦力が全て集結した軍勢だと思われます」
指揮官の言葉に、老人が頷く。
「そうだな…強大な力を持った個体は、全て開発途中の『奴』が殲滅したからな」
老人の言葉が終わるのを待って、指揮官は続けた。
「敵軍の指揮官は『ロゴス』…もはや唯一残った敵軍の幹部です」
「そいつならば知っている。やはりあの頭脳は侮れん。最初から、『奴』の力を警戒し、別方面へ向かったとの情報を掴んでからこの場所へ残存兵力を集結させたのだろう」
老人の言葉に指揮官は冷や汗を流す。
つまり、敵は最初から確実に勝てる状況を想定し、現在の状況を作り上げたと言っても過言ではなかったからだ。老人がこの場所へと来なければ、おそらく自分の命も無かっただろう。
「ですが逆に言えば、残存戦力を全てこの場所へと集結させている以上、ここで敵が敗れれば、我々の勝利は確定です」
「その通りだ」
指揮官の言葉に老人はそう言って頷いた。
「では、本隊を撤退させます」
「いや、待て」
老人の言葉に、指揮官は怪訝な表情で口を開く。
「しかし、『彼』の力では、こちらにも被害が出ます。それを避けるには本隊を撤退させるのが得策かと…」
「撤退のタイミングが重要だ。早過ぎれば、敵軍の軍勢は『奴』の攻撃範囲外まで侵攻して来ることになる」
指揮官は老人の言葉に頷かざるを得なかったが、尚も言い募る。
「ですが、『彼』の到着のタイミングはこちらでは…」
「安心しろ。通信機は『奴』も持っている」
そう言うと、老人は白衣の内ポケットから通信機を取り出した。
ようやく、指揮官はホッと胸を撫で下ろす。
「そうでしたか。では、現状は戦線を維持し、『彼』の到着が近づき次第、撤退を開始します」

直後に、通信士が声を上げた。

「戦場の上空に、高エネルギー反応!!」
「なっ…!!」
通信機器が、異常を知らせる警報を発し始める。
通信士は焦りの色を含んだ声で、言った。
「モニターに出します!!」
言葉と共に通信機器の上に設置されていたモニターが点灯する。

そこに映っていたのは、天使の姿をしたモノだった。

「は…早過ぎる!」
指揮官は混乱した表情で、老人へと振り返った。
「あの位置まで降下したという事は、敵軍にも存在が察知されている筈です!それは『彼』も分かっているでしょう!!」
「…ふむ、予想以上に早かったな」
指揮官とは対照的に全く焦りの色の無い老人。
指揮官はモニターを凝視したまま叫んだ。
「撤退だ!すぐに本隊を撤退させろ!!」
「無駄だ」
通信士が答える前に老人が紡いだ言葉に、指揮官は反射的に老人を振り返った。
指揮官が何か言う前に、老人は言葉を続けた。
「『奴』は待機するつもりなど無い。儂も待機するなと命令した」
愕然とした表情で、指揮官は老人を見つめる。
「何を考えているんです!!今『彼』が攻撃を開始すれば、兵士達にも多数の犠牲が出る!!」
老人は確固とした口調で答えた。
「事態は一刻の猶予もないのだ。我々の被害を気にして兵士を引き上げれば、奴らはこちらへ更に進軍する。我々の…ヘブンの地上施設が無くなるかもしれんのだぞ!!」
遂に老人が声を荒げる。
指揮官は、老人を挟んで中央に置かれていたテーブルに両の拳を叩き込んだ。
「勝利のためには、兵士の犠牲などどうでもいいと!!?」
「貴様は先ほど言った筈だ!ここで勝てば、我々の勝利は確定だと。この長きに渡った戦争が、今日終わるのだぞ!!」
「このっ…!!」
遂に感情を抑えきれなくなったのか、指揮官が本気の拳を机に叩き込んだ。
机が大きく凹み、その表面に指揮官の拳から出た血が飛び散る。
だが、それ以上は指揮官は何も言わなかった。ただ机に両手を乗せ、頭を垂れているだけだった。
そんな指揮官に、近づくと、老人は言う。
「その感情、この後の任務に取っておけ」
老人の言葉に、指揮官は憤りと共に疑問も含んだ表情で顔を上げる。
その指揮官の耳に、老人は何事か囁いた。
老人の言葉を聞くうち、指揮官の表情はみるみるうちに変貌していった。


老人が『奴』と呼称したモノは、天空の高みから戦場を見下ろした。
「…間違いなく、最後にして最大規模の戦場だな」
地上にいた異形の怪物達のうち何体かは、上空にいる彼の姿を認め、機銃や火球を撃ち出してくる。
だが、全て無駄だった。大半は彼の横を素通りし、当たりそうなものは彼の発生させているエネルギー・シールドに防がれる。
「だが…」
彼は上空で、伸びをするように背中と頭部の2対の翼を大きく広げた。
目を瞑り、大きく深呼吸する。
翼に太陽光を存分に浴び、彼はゆっくりと眼を開けた。
「我が名は、ロックマン・ジーザス」
名乗りを上げた彼――ロックマン・ジーザスの頭上に、光が収束し、輪が形作られる。
右腕をバスターへと変形させ、彼は威風堂々と、頭上にバスターを掲げた。

「ヘブンのため、そしてこの星の未来のため、お前達には死んでもらう…!!」

そして、ロックマン・ジーザスは眼下へとバスターを向けた。
途端に、凄まじい光が戦場の全てを覆った。


平原が、巨大なクレーターと化す。
真っ白な灰が、戦場に舞い落ちる。
「何という…事だ…!!」
灰色の頭髪に口髭を生やした初老の男が、平原から幾分離れていた場所で、その光景を見つめていた。
「これが…ヘブンの…奴らのやり方なのか…!!」
「撤退します!早くお逃げください、ロゴス様!!」
部下達が、荷物を持ってその場から逃げ出していく。
副官達に腕を掴まれ、ロゴスと呼ばれた初老の男はヨロヨロと後ずさりした。
そんな彼の視界の端に、見覚えのある男が映る。
黒い燕尾服にシルクハット。ステッキを片手についた男。彼は面白いものでも見るような目で、巨大なクレーターの中央付近に視線を向けている。
「タナトス!!何をしている!!お前も早く撤退しろ!!」
タナトスと呼ばれたその男はロゴスに視線を向けると、ある行動を取った。
「な…こんな時に、ふざけているのか、貴様!!」
タナトスは、ただ人差し指を口元に当てていた。


地上に降り立ったロックマン・ジーザスは、周囲を見回した。
そして彼は、自分に近づいてくる男達を見つめる。
男達の中央にいたのは、指揮官に命令をしていた、あの老人だった。
ジーザスは、老人に向かい、口を開く。
「任務、完了しました」
老人は、指揮官相手には見せなかった満面の笑みを、その顔いっぱいに浮かべた。
「よくやった。流石は、我が最高傑作だ。お前のお陰で、ヘブンの勝利は確実なものとなった」
老人の言葉に、ジーザスは安心したように微笑む。
「お前を生み出して本当に良かった。お前は、私の息子も同然だ」

その言葉が聞こえたと思った瞬間、銃声が鳴った。

「え?」
いつのまにか、老人の手に拳銃が握られていた。
銃口からは、煙が上がっている。
違和感を感じたジーザスは、己の腹部に視線を向けた。
腹から、血が流れている。
「何…故…」
数歩後ずさりし、彼はようやくそれだけ言った。
膝が地面に着く。
彼の頭は疑問で埋め尽くされていた。
撃たれた理由もそうだったが、こんな傷ならば、身体に流れるナノマシンが急速に治癒する筈なのだ。
なのに、傷は治らず、時間と共に痛みは増し、血が夥しく流れ出てくる。
次の瞬間、彼は勢い良く吐血した。

「どうだ?」
老人の言葉に、彼の傍らにいた兵士が口を開く。
「想定通りです。ナノマシンの活動は完全に止まりました」
その兵士は先程までアタッシュケースを持っていた筈だが、今はそのアタッシュケースを地面に置いて開き、中にある機材を注視していた。
「何故…何、で…」
血を吐きながら、ジーザスは必死で言葉を紡ぐ。
老人は無表情でジーザスを見つめ、口を開いた。
「お前は、儂のかけがえの無い息子だ。だから…お前の最期を、儂が見届ける」
そう言うと、老人はジーザスの後ろの方へ視線を向け、頷いた。
その仕草に、ジーザスは即座に後ろを振り向く。

指揮官が、大型のレーザーガンをジーザスへと向けていた。

「部下の、仇ぃ!!」
今まで向けられた事の無いほどの憎悪。
それを宿した表情で、指揮官はジーザスを睨んでいた。
そして、先程よりも大きな銃声が木霊した。

頭が吹き飛ばされ、半分無くなった様な感覚を感じた。

「(ここで…終わり?)」

「(こんな所で、終わるのか…?)」

「(ようやく…ようやく、平和を手に入れたのに…)」

「(もう…殺さなくていいのに…)」

声が響く。
自分のものでない声が。

『終わりを、受け入れますか?』

無感情なその声が、今の彼には酷く無慈悲なものに聞こえ。
必死で彼は、言葉を返した。

『受け入れないのなら…足掻きなさい』

「……ない……」

『あなたには、その力があるのだから』

「…終わりたく、ないっ…!!」

暗闇の向こうに、光が見える。
光に、手を伸ばした。


「馬…鹿な…」
自らの血に塗れ、頭部が焼け爛れても、ロックマン・ジーザスは生きていた。
彼は即座にビームサーベルを起動し、指揮官の首を刈った。
老人の周囲にいた兵士達がビームガンを連射するが、即座にエネルギー・シールドを展開してそれを防御するのは、彼には容易い事だった。
そしてビームサーベルの出力を上げ、離れた位置にいる兵士達の首を刈る。
最後に立っていたのは、老人だけだった。
「あ…」
老人が膝をつく。その首筋に、ジーザスはビームサーベルを当てた。
「何故だ」
まるで彼自身が先程聞いたのと同じような、無感情で無慈悲な、有無を言わさぬ声。
老人は、声を絞り出す。
「お…お前は、危険過ぎた」
「私はヘブンに忠誠を誓った」
ジーザスの言葉に、老人は僅かに首を振る。
「お前がそうでも、ヘブンはお前の存在を…許しはしなかったのだ」
ジーザスは、目を見開いた。
「私は、敵を斃した。何体も、何体も…!!」
「そうだ!!」
老人が絶叫する。
「お前は敵を斃した!お前に敵う者など、誰一人いなかった!!それが儂の誇りだ!お前の存在そのものが、儂の誇りなのだ!!だがヘブンは、平和な世界に、お前の居場所など作る気は無かった!!」
ジーザスの心が、絶望に塗り潰されていく。
老人は震える手で、持っていた拳銃を自らの米神に押し当てる。ジーザスのビームサーベルは依然として首筋に当てられていたが、それを恐れている様子は無い。
「お前を殺した後に、こうするつもりだった」

ジーザスが反応する間も無く、老人は引き金を引いた。

血飛沫が舞い、その身体が倒れる。
自らの生みの親は、呆気なく死んだ。
ロックマン・ジーザスは、呆然としたまま、周囲を見回した。
自分が首を刈った者達には、全員見覚えがあった。

「あ…」

全員、同じ粛清官――ロックマンだった。

「ああ…」

親しく話した者さえ、いた。

「あああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ!!!!」

ロックマン・ジーザスの絶叫が、灰の舞い散る戦場に響いた。


いつしか、彼は眼を瞑っていた。
眼を開けた時、そこには別の光景が広がっていた。

平原を埋め尽くす、ヘブンの軍勢。

ジーザスの裏切りを感知し、送られた者達。
白いアーマーを纏ったロックマン達が、平原の向こうから静かに歩いてくる。皆一様に、殺意の篭った視線を彼に向けていた。
彼は、笑顔を浮かべると、ポツリと一言、囁いた。
「そうか…これがボクの、宿命か」
彼は翼を広げて宙に浮くと、バスターを軍勢へと向ける。

それが、彼の終わりであり、始まりだった。



最終更新:2013年02月10日 00:26