背中に、剣が突き刺さる。
その感触に、ロックマン・ジーザスはその目を見開いた。
即座に、目を瞑る前に見た、ロックマン・ミラージュがいた辺りの壁に眼を走らせる。そこには、変わらず壁に縫い止められたミラージュがいた。
では、自分の背中に刃を突き立てているのは、一体誰なのか。
「ロックマン・ロード…!!」
背後に視線を向け、その男の名をジーザスは呼んだ。
ロックマン・ロードは全身にビームサーベルによって付けられた黒い斬撃の痕を残し、それでも尚生きてジーザスの背中に剣を突き立てていた。
「ようやく隙を見せたな…ロックマン・ジーザス!!」
ジーザスの背中の、左側の翼の根元に、ロードは剣を突き立てている。
彼はそうしながら、言った。
「プロキオンの言っていた言葉を、思い出したぞ…!!」
ジーザスが行動を起こす前に、ロードは言葉を続ける。
「お前に勝負を仕掛けるのは、台風の上陸していた昨夜がベストだったという事だ…今は晴天。この状況は確実にお前に有利な状況を作っている…何故なら、お前のエネルギー源は『太陽光』だからだ!!」
「ぐっ…!!」
ジーザスはロードの剣から逃れようと身を捩るが、深く突き刺さった剣は抜けそうも無かった。ロードは尚、言葉を紡ぐ。
「そして、この翼だ。この戦闘中、一度もここには風が吹いていない。そしてお前は、一度もこの翼で『羽ばたき』はしなかった…すなわち、お前を空中に浮遊させていたのは風ではなく、重力操作であるという事だ。ならば、何故こんな巨大な翼を持つ?たとえあれだけの数のビームサーベルを収容するものだとしても、それでも大き過ぎる事に変わりはない」
ロードの言葉を聞いて、ジーザスは再び目を見開く。
「まさか…貴様っ!!」
「この翼が…太陽光を吸収している。違うか!!」
そう言うと、ロードは片手を剣から放し、ジーザスの左の翼の根元近い部分に手をかけた。
そしてロードは、渾身の力を込めて、ジーザスの翼を捥ぎ取りにかかった。
「うっ…おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ロードの全力を持ってしても、ジーザスの翼は簡単には捥ぎ取れない。しかし、突き立てた剣が翼の根元に決定的な亀裂を作り出していたお陰で、その事実は徐々に変わり始めた。
「っ…!!」
翼の根元から、血が流れ出す。頭部の翼とは違い、背中の翼には血が通っていたのだ。
ジーザスは歯を食いしばっているが、目元は前髪で覆われ、表情の様子は分からない。
そして遂に、ロードはジーザスの片翼を根元から捥ぎ取った。
ジーザスの背中から血が噴出し、大きな翼が床に落ちる。
同時にロードは、剣を引き抜こうとした。
そのロードの首を、背中側に回したジーザスの左手が瞬時に掴んだ。
「がっ…!!?」
「賞賛しよう…テスタメントでも成し得なかった事を、お前はやり遂げた」
囁くようなジーザスの言葉が、ロードの耳に届く。
同時に、徐々にロードの首に締まる力が、増していった。
そして、ジーザスは片目を背後のロードに向けた。
ジーザスの顔には、ゾッとする様な笑みが浮かんでいた。
「代償は、お前の命だ」
ミラージュは、未だに突き刺さった刀が抜けずにいた。
抜こうとすると、身体全体に激痛が走る。
それに加え、血を流し過ぎたらしい。視界に靄がかかり、それは時間が経つ毎に濃くなっていく。
体力もとっくに限界を超えているようだ。
「(俺は…何を…やってる…!?)」
かつてテスタメントに言われた問いが、頭に甦る。
何人もの犠牲を目の当たりにした。
守りたかったものも、守れなかった。
殺す覚悟をした。
――それでも届かない。
そしてまた一人、仲間と呼べた者が死んだ。
それらの事実が改めて脳内に列挙され、凄まじい無力感がミラージュの心を押し包んでいく。
その無力感に抗おうと、身体を動かす事を試みるが、やはり突き刺さった刀による激痛がそれを許そうとしない。
そして、そうしている間にも血は流れ続ける。
このままここを動けなければ、意識を失うのは時間の問題だった。
「(何か…何か、使える、物は…)」
辺りを見回しても、散らばっているのは瓦礫だけだ。
だが瓦礫を刀に叩き付けたところで、深々と突き刺さった刀は抜けはしないだろう。
再び刀に手をかけるが、やはり激痛が身体を駆け巡る。
「(せめて、この痛みさえ…無け…れば…)」
そう考えて、ふと一人の男の言葉が、脳裏に甦った。
『薬品をね、収納したんだよ』
『特定の感覚を麻痺させるものだ』
『デフォルトでは痛覚に設定してある』
『効果時間は1分だ』
あの男――ノアが言っていた。アーマーに薬品を仕込んだと。
腕の操作盤から、投与が可能だった筈だ。
彼は震える手で、腕の操作盤を開いた。
「ぐっ…!!」
貴様の思い通りになるものか。ロードは、そう呟こうとした。
だが首に締まる力が強すぎて、声が出せない。手を振りほどこうともがくが、ジーザスの手は緩みもしなかった。
そうしているうちに、ロードは目の前の光景が変化している事に気づき、視線がそちらに釘付けとなる。
ジーザスは左手でロードの首を絞めたまま、右手を前方に掲げた。
同時に、無数に散らばるビームサーベルの羽根の一部が、ジーザスの目の前に集合していく。
そして遂には、それはまるで金色の槍へと変化したかのように、一つの形を取ってジーザスの目の前に浮かんだ。
その光景をロードも見つめているのを確認し、ジーザスは言った。
「よく聞いておけ。自分の心臓に、風穴が開く音を」
そして、ジーザスは金色の槍を手に取った。
次の瞬間、ロードが反応する暇も無く、ジーザスは金色の槍を自身の左腕の脇から後ろへと突き入れた。
金色の槍は、ジーザスの脇から背後にいるロードの胸へと、寸分の狂い無く突き立てられる。
「っ……!!」
声にならない悲鳴が、かすかにロードの口から発せられた。
それを聞きながら、尚もジーザスは左手の力を緩めない。それどころか、むしろ力を更に込め、そして遂に。
ロードの首の骨が折れる音が、ドーム内に響いた。
「こちらの方が大きかったな…!!」
ロードが剣から手を離したのは、この時になってからだった。
ロードの全身から力が抜けるのを確認したジーザスは、そのままロードを投げ飛ばす。
ロードの身体は、ドームから伸びる廊下の方へと飛ばされ、地面に落ちて数回バウンドした後、この戦いの序盤でジーザスが開けた大穴の中へと一直線に落ちていった。
背に突き刺さっていた剣も引き抜き、同じ穴へとジーザスは投げ込む。
「はぁ…はぁ…」
だが、彼のダメージも甚大だった。翼を失い、背中から血が流れ続けている。
それに加え、元々ロードに背中を刺される直前に、身体に蓄積していたエネルギーの大部分をバスターに込めて発射していた事もある。
ロードの言う通り『太陽光』が彼にとってのエネルギー源で、背中の翼からそのエネルギーを蓄積していた彼は、翼の片方を失った今、エネルギーが不足していた。
とは言え、まだ太陽光は頭上のドームの天井に開いた大穴から降り注いでいる。
このままこの場にいればすぐにエネルギーは十分に溜まるだろう、と彼は状況を分析した後、自嘲するように言葉を紡ぎ始めた。
「はは…まさか、最後の最後に一矢報いてくるとはな。どうやら甘く見ていた様だ…」
その時、急に一陣の風が吹いた。
風が肌を撫でるのを感じ、ジーザスは、ふと顔を上げる。
目の前に、血走った目を見開き、殺意を漲らせたロックマン・ミラージュが立っていた。
「うあああああぁぁぁぁぁ!!!」
ジーザスの全身に悪寒が走るのとほぼ同時に、絶叫しながらミラージュが襲い掛かる。
刀の突き刺さっていた、胸と左肩の間から大量の血が流れ続けているが、彼の斬撃は、そんな傷を負っているものとは思えないほどの速さを持って振るわれた。
ジーザスは地面を蹴り、紙一重の所で迫り来る刃を避けるが、ミラージュは即座に第2撃を振るう。ジーザスは避けながらも、言った。
「幾ら来ようが、手負いの貴様、などに…!!」
ジーザスは反撃を繰り出そうとするが、背中から走る激痛が、動きを鈍らせ、タイミングを逸し続けさせる。
そして何より、ロックマン・ミラージュの動きは、ジーザスの想定しているよりも遥かに速くなっていた。
「(何故だ…!!)」
床は所々に砕け、足場は悪い。
かと言って空中に逃げようにも、浮かび上がろうとすれば即座に斬撃を浴びる事になる。
辛うじて刃を避け続けながら、ジーザスは思考し続けた。
「(奴もとっくに体力は底を着いている筈だ…!!なのに、何故…!!?)」
後退しながら片腕をミラージュに掲げ、無数のビームサーベルの羽根を殺到させる。身体中を切り裂かれ、黒い斬撃の痕がミラージュの身体中に付けられていく。
だが、それでもミラージュはその勢いを止めなかった。
「(奴のこの力は、一体どこから沸いてくる…!!?)」
無数のビームサーベルを掻い潜り、ミラージュは遂に至近距離にまでジーザスに接近した。
「おおおあああああぁぁぁぁぁ!!」
「くっ…この…!!」
ジーザスは左腕を振り上げ、その5本の指先からビームサーベルを射出する。そして、彼はそのサーベルを振り下ろした。
次の瞬間、床に落ちたのはジーザスの左腕だった。
「っ…!!?」
ミラージュの斬撃は、ジーザスの想像以上に速さを増し、彼の左腕が振り下ろされる寸前に、その腕を斬り落としたのだ。
振り切った刃を、再度ミラージュが振り上げる光景が、ジーザスの眼前にスローモーションに展開される。
それを見てジーザスは、恐怖と共に――高揚を覚えた。
「これをあなたは…望んで…いたの…?」
途切れ途切れに、デウスが言葉を紡ぐ。
タナトスは満足そうに頷いた。
「ええ。その通りです」
食い入るように彼は視線をモニターへと注いだまま、言葉を続けた。
「ロックマン・ミラージュとロックマン・ロード。彼らはかつてこそ、ヘブンで量産される通常の粛清官クラスの一人に過ぎませんでした。ですが…今は違う。彼らの肉体は『あの男』に改造を施され、通常の粛清官とは比べ物にならないほどのポテンシャルを秘めるに至った…それを確認するのには大変な労力がかかりましたが、最終的に私は、そこにあのロックマン・ジーザスを打倒する一縷の可能性を見出したのです」
そこまで一気に話し終えると、タナトスは嬉しそうに付け加える。
「やはり…やはり私の判断は、間違ってはいなかった…!!」
「そう…」
消え入るようなデウスの返事。
彼女の声とほぼ同時に、僅かな音が室内に響いた。
一粒の水滴が、床に落ちたような音が。
「…?」
振り返ったタナトスは、目を見開いた。
デウスの瞳から、止め処なく大粒の涙が流れ落ちていた。
タナトスの表情が一変していく。
興奮と高揚を孕んだ表情から、まるで心の底から失望したとでも言うようなものへと。
彼は眼を細め、そして言った。
「器に、近づき過ぎた様ですね」
デウスは涙を流したままタナトスを睨み、そして答える。
「初めから、覚悟はできてる。この端末を破壊したければ、そうしなさい」
しばらく、タナトスとデウスの睨み合いが続いた。
だがやがて、タナトスは諦めたように深く溜め息をつき、そして言った。
「仰せのままに」
頭の中に、声が響く。
同時に、『あの光景』が浮かび上がってくる。
彼女が、死んだ時の光景だ。
どれほど振り払おうとしても、消えてくれない。
今は、目の前の事に集中していたいのに。
昨夜ようやく思い出した、彼女の死に際の声。
その言葉が、頭に響いてくる。
彼女は血に濡れた顔で、必死に声を絞り出していた。
…今分かった。
レノア。俺は、お前が望むような人間には、なれなかったよ。
次々に繰り出されるミラージュの斬撃を、ジーザスはかわすのが精一杯だった。
だがその事実が、逆に彼を高揚させていた。
頭部の一対の翼。太陽光をエネルギーとして吸収できる、背中の翼のうちの片方。そしてその上、左腕まで失った。
このままでは、確実に命は無い。否、目の前の男に、殺される。
「(だというのに…ハハ、楽しくて、仕方が無い!!)」
斬撃をかわし、その瞬間にジーザスは右腕のビームサーベルを薙ぎ払う。だが、その一撃もミラージュは刀で受け止め、更に押し切った。
ジーザスはすかさず後方へ跳び、周囲の羽根をミラージュへと殺到させるも、やはりミラージュは多数の傷を負いながら、ジーザスへと突っ込んでくる。
歯を食いしばり、両の目を見開いた、凄まじい形相で。
「くっ!!」
勢い良く繰り出されたミラージュの斬撃を、ビームサーベルで受け止めるジーザス。だがその斬撃の勢いは、彼の身体を後方へと吹き飛ばすほどのものだった。
そしてその瞬間、床に落ちていた瓦礫がジーザスの踵に当たり、彼の身体のバランスが崩れる。
「っ…!!?」
まずい。そう思う暇も無く、背中が床に衝突する感触を彼は味わった。
視線の先にいたミラージュは勢いを失わず、それどころか地を駆け、もうジーザスの目の前にまで迫る。彼が刀を逆手に持ち替え、振り下ろそうとする光景が、スローモーションで展開されていく。
それを見て、彼は――嗤った。
「ハ、ハハ、ハハハハハハハハ!!ハーッハッハッハッハッハハハハハハハハ!!」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫しながら、ミラージュは刀を振り下ろした。
刀は、ジーザスに届かなかった。
刀を振り下ろしたミラージュの腕が、いつのまにか彼の背後にいた者に掴まれたからだ。
ミラージュの後ろにいたのは、ロックマン・テスタメントだった。
ミラージュも、そして今まさに止めを刺されようとしていたジーザスも、驚愕に目を見開く。
「テスタ…メント…」
髪も瞳も灰色へと変貌したテスタメントは、それでも確固とした眼でミラージュを見据え、ただ一言、呟いた。
「それ以上、踏み込むな」
「何を、言って…」
ミラージュはテスタメントの腕を振りほどこうと、刀を握った手に力を込めるが、テスタメントは手を離さない。
そして尚も、彼は言葉を続けた。
「お前は、まだ戻れる筈だ」
「っ…黙れ!!」
ミラージュが声を荒げる。テスタメントはミラージュの眼を真っ直ぐ見据え、口を開いた。
「このままでは、行き着く先は…今お前が殺そうとした、その男だぞ!!」
最後には声を張り上げたテスタメント。彼の言葉に、ミラージュは目を見開いた。
「…!」
テスタメントの言葉で、ミラージュは自分の手から力が消えていくのに気付く。
それを把握したテスタメントは、もう何も言わなかった。
刀を振り上げていた手を下ろすと、そこでようやくテスタメントも手を離す。
彼は静かに言った。
「ここの地下にある遺跡の最深部に行け。そこに、ディメンジョン・ゲートがある」
言いながら、彼はジーザスが作り出した、ドームに続く廊下の床に空いた大穴を指差す。
「そこが近道になっている筈だ。お前自身の決着も…その先でつくだろう」
ミラージュは視線の先にある廊下の穴を見つめ、静かに歩き出す。
テスタメントの横を通り過ぎ、遅くとも、確実な足取りで、彼は進んだ。
「ロックマン・ミラージュ」
振り向かないまま、テスタメントが言う。ミラージュも振り向かず、しかしその足を止めた。
「すまなかった」
ミラージュは、僅かに俯き、何も言わずに再び歩き出す。
そして、彼は遂に穴の縁まで辿り着いた。
穴は直径15m以上はあり、底は見えず真っ暗な闇だけが広がっている。
彼は躊躇せず、その闇の中へと身を躍らせた。
「結局、こんな結末か…お粗末だ」
ジーザスはそう言うと、立ち上がってテスタメントを見た。
テスタメントは、ただ無言でジーザスを睨みつけている。
ジーザスもまた無表情のまま、言葉を紡いだ。
「一つ質問をしたい」
ジーザスの言葉に、やはりテスタメントは沈黙で返す。
だがそれを肯定と受け取ったのか、ジーザスは頭上を見上げ、口を開いた。
「過去の如何なる戦いも、そして今この瞬間も…全て、誰かの思惑の上だった」
一拍の間の後、ジーザスはテスタメントに再度視線を向けながら、言った。
「そういう存在なんだ、僕達は。『ロックマン』は」
尚もジーザスは言葉を続ける。テスタメントは、無言でそれを聞いていた。
「そうして、幾つもの戦いが巻き起こり、仕組んだ奴らに利が回る。その、幾つもの戦いの果てに、今がある」
いつしか、ジーザスはまるで歌うように語っていた。
「そうした輪廻から、どうやって脱出する?決まってる。僕らを…『ロックマン』をそういう存在に仕立て上げた奴らを、葬るしかない」
そこまで言った所で、ジーザスは大きく息を吐いた。
ゆっくりと瞬きし、そして彼は口を開く。
「3千年前に、僕は死に、甦り、そして狂った。それから、3千年生き、ようやくそう結論を出す事ができた。もう僕は、僕を殺した奴らも、殺そうとしてきた奴らも、そして君も、恨んではいない。ただ、奴らの植えつけた本能に従って…奴らに報いを受けさせたかったんだ」
再度、一瞬の沈黙の後、ジーザスは言う。
「しかし…この3千年、ヘブンに反旗を翻した者は数多くいたけど、誰一人として僕と同じ結論に達した奴はいなかった。ロックマン・ロードやロックマン・ミラージュにも一度、期待を抱いたけどね…結局、彼らも個人的な妄執に苛まれただけだった。何故だろう?」
そこまで聞いたところで、テスタメントは静かに、だがはっきりと言った。
「ロックマン・ミラージュの友人だったデコイを殺したのも、そのためだったというのか。奴を狂わせ、自分と同じ思想へと行き着くのを期待したと…ただ、それだけのために」
そう言うと、僅かに声を低め、彼は言う。
「ジーザス。お前の言っているのは、『戦い』というモノの構造そのものだ。如何なる理由において起こる、どんな争いも、突き詰めればそれは…『交渉』と同じ。どんな思惑であろうと、誰かに利が回るのは、当然の事だ」
テスタメントの言葉に、ジーザスは僅かに目を見開いた。
一拍を置き、テスタメントは再び言葉を紡ぐ。
「お前が、お前の言うその『輪廻』から本当の意味で脱したかったのなら、やるべき事はただ一つ――その力を捨てる事、それだけだ」
目を瞑り、テスタメントは続ける。
「しかしお前はそうしなかった。やった事と言えば、ただひたすらに虐殺を続け、屍の山を築き上げる事だけだ」
眼を開け、彼は最後の言葉を言い放った。
「ジーザス。お前は今まで、その手に得たものがあったか。あったとすればそれは…お前が本当に欲しかったものか?」
これまでよりも遥かに長く、沈黙が続く。やがてジーザスは目を瞑り、言った。
「いいや、何も。何も無い。何も…」
ゆっくりと眼を開け、言葉を続ける。
「確かに、お前の言う通りかもしれない。一番手っ取り早い方法は、この力を捨てる事だったのかも」
息を大きく吸い、ジーザスは声を上げた。
「けれど、確かに得るものは無かったが…この生き方を、私は後悔するつもりは絶対に無い。だから…決着だ、テスタメント!!」
ジーザスの言葉に応じ、テスタメントが構えようとした時、ジーザスは徐に、右腕を背中へと回した。
そして彼は、自身の残った最後の翼に手をかけると、力を込めた。
「う、ぐっ…あああああああぁぁぁぁぁ!!!」
血飛沫が走り、ジーザスの最後に残った翼が、彼の背中から引き抜かれ、床に落ちる。
数秒、呼吸を整えると、ジーザスは言った。
「久しぶりだな、この感触…君のを抉った時以来だ」
テスタメントは、無言でジーザスを見据えるだけだった。
そんなテスタメントを見て溜め息を吐くと、ジーザスは静かに言う。
「何故かな、とても名残惜しい」
言いながら、ジーザスは右腕をバスターに変える。テスタメントは左腕をビームサーベルの射出口へと変形させると、静かに答えた。
「いいや。私にとっても…そしてお前にとっても、長過ぎる旅だった。それも…もう終わりだ」
そのまま、両者はピタリと動きを止めた。
硬直状態が続く。これまでの沈黙の時間よりも遥かに長く。永遠とも思えるほどに、その静止の時間は長かった。
やがて、大聖堂ドームの壁の一部が不意に崩れる。
当然のようにそれが合図となり、ロックマン・ジーザスとロックマン・テスタメントは動き出し。
ジーザスのバスターがテスタメントを飲み込んだ。
テスタメントの纏う、黒い鎧が砕け散っていく。
ジーザスは勝利を確信したが、それは同時に、酷い落胆を彼に覚えさせた。
だが、次の瞬間。
光の奔流の中から突き出されたビームサーベルが、ジーザスの胸を貫いた。
「っ!!?」
ジーザスが驚愕しても尚、数秒の間、そのまま彼のバスターからエネルギーが射出され続けたが、やがてそれが途切れる。
ジーザスのバスターは床を抉り、壁に大穴を開けた。だが、そのバスターをまともに受けたテスタメントは右半身を消滅させながらも立っており、左腕から射出されたビームサーベルをジーザスへと突き立てていた。
その姿に、ジーザスはただ笑みを浮かべ、言う。
「…この、死に損ない…」
次の瞬間、テスタメントはビームサーベルを勢い良く上へと振り上げた。
胸から頭頂部までを割られ、ジーザスの身体が、静かに仰向けに倒れる。
そしてその直後、テスタメントのビームサーベルが消失した。これで本当に、全てのエネルギーを彼は使い切ったのだ。
彼は腕を下ろし、斬り裂かれたジーザスを見た。
黒い傷跡が、胸から頭を真っ二つにしている。どのような死に顔をしていたのか、分からないほどに凄惨な傷跡だった。
ロックマン・ジーザスは、確かに死んだ。それを確認すると、そのまま空を見上げ、テスタメントは息を吐いた。
体力も底を着き、崩れるように両の膝が地面に着く。
視線の先にある、地上を照らし続ける太陽。それを視界に納めた後、彼は眼を瞑った。
3千年前、自分がこの世に生まれ、初めて受けた任務。それを今、成し遂げることができた。
勿論、ロックマン・ミラージュとロックマン・ロードがジーザスにダメージを与えていなければ、自分にはできなかっただろう。それはわかっている。
それでも、ここまでのことが自分にはできた。できたのだ。
――それなのに、何故、唯一守りたかったものを守れなかったのだろう。
そんな疑問が頭を掠めただけで、彼の眼から、生涯流した事のなかった涙が、一筋流れていた。
再び吹いた風が、彼の頬を撫でる。優しく、まるで労わる様に。
それきり、彼が眼を開ける事は無かった。
最終更新:2013年03月10日 18:45