死体安置所から出て、俺は最近ようやく修復された事務所に、二日酔いの頭痛が未だに残る頭を抱えつつ向かった。
重ねて言うが、頭痛に必死で耐えながら俺は事務所に入ったのだ。
そして、そこで思考が停止した。
俺の事務所には、椅子が二脚ある。俺のデスクの前にあるものと、依頼人用の二つだ。だがそれ以外に、壁際に長いソファが置いてある。主に依頼人が荷物を置いたり、依頼人の付き添いが座ったりするためのものだ。
そこに、傷だらけの少女がうつ伏せに寝ていた。
年は12か13くらいに見え、ブロンドの長い髪が背中に覆い被さっている。眠ったままこちらに向けている顔は、年相応の幼さが残るが、線の細い美人といった顔つきだった。
体つきは少し痩せているように見える。
服装は動きやすそうなジーンズに、白色の半袖のシャツを着ている。ただし、服は所々が切れ、その下の肌からも赤い血のようなものが滲んでいた。
「マジかよ」
そう呟きながら、俺はこれが二日酔いによる幻である事を願った。が、少女はいつまでも消えてくれない。
どうしたものかとその場に立っていた俺は、とにかくこの状態だと依頼人が来ても話など確実に無理だと判断した。なので、とにかくその少女を起こす事にした。
「おい、起きろ」
言いながら、少女の肩を叩く。頼むから厄介事などなく、起きたら大人しく出ていってくれと思いながら。
結論から言うと、そんな願いなど無駄だったわけだ。
俺の声に、少女はようやく眼を開けた。
そして気が付いた途端に、俺の顔を見て心底驚いたらしく、甲高い悲鳴を上げた。
繰り返すが、俺は二日酔いで頭痛に悩まされてた。
女、それもガキの甲高い声に、俺は一瞬頭にハンマーでも喰らったかと思った。溜まらず後ずさりながら、俺は両手を両耳に当てた。
まぁ、俺がそんなリアクションを取った時には、少女は悲鳴を自分の両手で押さえ込んでたんだが。
「静かに、しろっ…!」
俺の言葉に、少女は素直に何度も頷いた。俺は深く息を吐くと、言う。
「一応言っとくが、ここは俺の事務所だ。どうやって入った」
少女は恐る恐るといった様子で口元から手を離すと、言った。
「鍵、開いてました」
どうやら、昨日俺は余程精神が緩んでたらしい。鍵を閉め忘れるとは。
ちなみに財布は俺自身が持ってたし、今は特に受けている依頼なども無いから重要な証拠品など持っていなかったので、盗まれて困るのは家具くらいしかなかったのが幸いだった。
「それは分かった。で、用が無いなら出て行ってほしいんだがな」
俺の言葉に、少女は俯くと、言った。
「…ってください」
「何だ、聞こえんぞ」
こう言ったのが間違いだった。
その瞬間、再度少女は大声を上げた。
「ここに、匿ってください!!」
再度俺の頭に、ハンマーが直撃した。俺は頭を押さえながら必死で言葉を返す。
「分かった、分かったから静かにしろっ!!」
ここでそう返してしまったのが運の尽きだった。俺は大声を出さなくても聞こえるって意味で分かったと言ったんだが、それが少女には、自分の言葉が聞き入れられたと思えたらしい。
「ありがとう、ございます…!」
そこまで言うと、少女は再度気絶しちまった。
「…マジかよ」
最初に事務所に踏み込んだ時の第一声を、思わず繰り返す。
昨日の件があるとは言え、これで少なくとも向こう数時間は新規の依頼人に話を聞く事ができなくなった。
ガックリと肩を落とし、俺は扉の札を『臨時休業中』に替えた。
「ったく…」
そう一人呟きながら、俺は近場のファミレスでトーストを食べていた。
まだ客が多くなる前の時間なのだろう、四人席に一人で座っている。
だが、不意にそんな俺の前に、一人の人物が座った。
「久しぶりね…ってそんな嫌そうな顔しなってたっていいんじゃないの?」
後ろに纏めた赤髪に、茶色のコートを着た、20代後半くらいの、鋭い眼をした女―レベッカ・ミラー―だ。
「何の用だ。俺は今朝食で忙しい」
トーストを頬張りながら俺は言った。
「別に。今調査している件について、何か情報を持ってないかと思って」
あまり気の無い風にレベッカは言う。あまりこの女と会いたくない俺は、うんざりした雰囲気を纏ってレベッカを見た。そんな事をしてもこの女には通用しない事は分かってたが。
「俺は情報屋じゃない。どんな情報を持っていたにせよ、依頼人以外に話すつもりは無ぇよ」
「やっぱりね。最初から期待してなかったわ」
この女を殴りたい衝動を必死で押さえながら、俺はコーヒーを啜った。
「ところで、全然怪我なんかしてる風には見えないけど、何それ」
そう言いつつ、レベッカは俺の横にある紙袋に視線を向ける。
薬局で買ってきた傷薬やら包帯やらだ。あの少女を手当てするためでもあるし、そろそろストックも無くなってきた頃だったのだ。
俺はそれを説明しようとして、気付いた。
非常に不本意ではあるが、俺は目の前のレベッカに助けを求めるべきなのだと。
「…お前、今って暇というわけじゃないよな?」
「だから今情報が欲しくてあちこち駆けずり回ってるの!まぁ…時間的にはまだ余裕があるけど」
言いつつ、どうやらレベッカは俺に何か事情がある事を悟ったらしい。僅かに、その顔に笑みを浮かべる。
「どんな厄介事を抱えてるのか知らないけど、事情を話してくれれば協力するわよ?」
『事情を話してくれれば』とは即ち、情報を渡せという事だ。忌々しいが、背に腹は変えられん。
俺は恨みの篭った目でレベッカを見ると、溜め息を吐いた。
俺は事情を話してレベッカを連れ事務所に戻ると、例の少女は依然ソファで寝ていた。
「見ての通りだ」
「何か話したの?」
「匿ってくれとさ。返事する前に再び気絶しちまった」
レベッカは俺が持ってきた紙袋から傷薬と包帯を出しながら、慎重に少女を見つめる。
「匿ってって事は…警察に行けない理由があるという事?」
「俺に聞くな」
言いつつ、俺は自分のデスクの前に座ろうとした。
その俺の背に、レベッカが声をかける。
「何してるの?」
「何って、座ろうと」
振り向いた俺の目に、レベッカの鋭い視線が飛び込んできた。
「あなた、この子の手当てをさせるために私を呼んだのよね?」
「…分かった。席を外す。どれくらいかかるんだ?」
「そうね…とりあえずどれくらい傷を負ってるのか調べてみない事には。少なくとも…1時間は欲しいわね」
俺は頭を掻きつつ、ドアを開けた。
「分かった。ただ、そいつが何者なのか分からん。油断はするなよ」
「この女の子のどこに危険な要素があるってのよ」
「仕事柄、常に最悪の想定をしてるもんでな」
言いつつ、俺は事務所を出た。
事務所を出た俺は裏の駐車場に行くと、昨夜一晩止めてあった車に乗る。
そして煙草を吸いながら、携帯電話でとある場所にかけた。
「はい、こちら…」
「スティーブ・ハントだ。ボスに頼む」
相手が言い終える前に、俺は必要最低限の言葉を喋る。早く目的の人物と話したかったのだ。
相手の若い事務員が若干不快そうな声で分かりましたと告げると、しばらく保留の音声が流れてくる。
「私だ。スティーブか」
目的の人物の声が電話口から聞こえてきた。
相手は俺が『ボス』と呼ぶ人物で、俺に探偵のイロハを教えた人物だ。多数の調査員を擁する興信所を開いている、50代の男である。
今朝、俺が対面したブルース・ラインハンもこの興信所の調査員であり、俺にブルースの死の知らせをくれたのもこのボスだった。
「丁度顔見知りの刑事と遭遇できたお陰で、死体を確認できた」
「…それは運が良かったな」
無感情な声で、ボスが言葉を返す。
俺も余計な感情が出ないように、意識して声を低くし、聞いた。
「ブルースに、何があった?」
ボスはしばらく沈黙していた。だが、やがて溜め息を吐くと、彼は言った。
「依頼の内容を明かせない事など百も承知の筈だ。それに、お前はここの人間ではないのだぞ」
「分かってるさ。明かせる事だけでいい。何故昨夜に、あいつが死ななければならなかったんだ?」
ボスは再度沈黙していたが、やがて言った。
「奴は昨日の昼頃、とある依頼を受けて、ある場所の警護をしていた。だがトラブルがあり、奴は勤めを果たせなかった。そしてそのまま、奴は戻ってこなかった。昨夜の20時頃、あいつはここに電話をかけてきて、『名誉を挽回するチャンスができた』と言っていたらしい。そして奴は、今朝方死体で発見された」
ここまで言って、ボスは言葉を切った。
俺はボスの説明に対する疑問を述べる。
「らしい、とは?」
「私は聞いていないのだ。電話を受けたうちの若い者が言うには、私に取り次ぐ時間さえも惜しい様子だったらしい。先程の一言を私に伝えてくれと言っていたそうだ」
「…そうか」
ボスの説明に、俺は色々と想像を働かされたが、情報が足りなさ過ぎた。
「スティーブ、貴様は首を突っ込むな」
そんな俺の行動などお見通しとでも言うかのように、ボスの釘を刺す言葉が飛ぶ。
俺は、次の一言を言い終えると同時に、電話を切った。
「さっきあんたが言った通りだ。俺はもう、そこの人間じゃない」
1時間経って事務所に戻ると、レベッカと意識を取り戻した少女が迎えた。
どうやら怪我はレベッカによって応急処置がされているようだ。小さい切り傷が大半だったようで、特に深刻な外傷は無いらしい。
レベッカからその報告を聞いた俺は、とりあえずデスクの前に座ると、少女に視線を向けた。
「とりあえず、椅子に座れ。中央の椅子に」
少女は無言で頷くと、恐る恐るといった様子で部屋の中央の、依頼人用の椅子に座る。
未だソファに座るレベッカを退室させようかと一瞬思ったが、もう既に色々知られてしまっている。このまま巻き込むより他は無いだろうと判断した。
「色々と聞きたい事はあるが、とりあえず、名前を教えろ」
「ソフィア・フローライト…です」
少女は聞き取るのが難しいほど小さな声で、やっとそう言った。
俺は新しい煙草を取り出して火を付けながら、少女を眺める。
「どういう事情でこの事務所に来たのか聞きたい」
それを聞くと、少女はポケットから何かを取り出し、デスクの端に置いた。
俺は立ち上がってデスクの端に手を伸ばし、それを拾い上げ、そして愕然とした。
それは、血痕の付着した、俺の名刺だった。
「父を…助けて欲しいんです…!」
名刺には混乱を覚えたものの、少女の言葉は予想していた解答の一つだった。そして予想していたという事は、追い払う理由も予め用意していたという事だ。
俺は一旦名刺の事は頭から追い出し、少女の顔を見据えて言った。
「報酬は」
どう見ても、この少女が金を持っているようには見えない。
探偵はボランティアでも正義の味方でもないんだ。そういうのは警察の仕事だ。
俺は少女に報酬を求める事で、暗にそれを示すことにした。
だが帰ってきたのは、予想の範囲外、というより俺の知らないものの事だった。
少女の言葉に、反応が早かったのは俺よりもレベッカの方だった。
「『天使の懺悔』…ですって…!?」
「何だそりゃ」
俺の言葉に、信じられないような顔をするレベッカ。
「アンタ…新聞読んでないの!?」
「今日は色々あったからな」
呆れたと言いたげな様子で目元に手を当てるレベッカに、俺は少々イラついた。ようやくレベッカは、自分の鞄から新聞を取り出し、俺のデスクの上に乗せる。
「つい昨日の出来事よ。多分今日売ってる新聞の一面は全部この話題でしょうね」
俺はレベッカの新聞を広げ、一面を読む。
簡単に言えば、内容は強盗の話だった。
オークションに出されるという、著名な画家の描いた絵画『天使の懺悔』なるものが、オークションの準備中に現れた強盗団によって強奪されたという話だ。
俺はざっと中身を読むと、言った。
「で、これを俺に渡すって?」
少女―ソフィアは、ゆっくりと首を縦に振る。
「論外だ。もし仮にその話が本当だったとしても、そんなものを受け取れば俺が警察に捕まる。しかも昨日の今日の話なら、警察が全力で捜査中の筈だ」
俺の言葉に、ソフィアは俯く。レベッカも流石に俺の意見には反論できないようで、心配そうな目でソフィアを見つめた。
「それとも、これについて何か情報を握ってて、警察に言えない事情でもあるのか」
俺の言葉に、ソフィアは顔を上げると、再度首を縦に振る。
何度目かの溜め息と共に、俺は煙草を灰皿に押し当てると、言った。
「レベッカ、ここからは外せ」
即座に抗議の声を上げようとしたレベッカに、俺は畳み掛けるように言う。
「どれだけ危険な仕事か、今の話である程度は分かった筈だ。情報なら、こっちで吟味した上で必要な分だけお前に流してやる。これでも文句あるか?」
普通ならここまで言えば引き下がるだろう。だが、レベッカは普通じゃなかった。
「あるわね。言い逃してたけど、今私が調べてるのもこの件なのよ。やっぱり一緒にこの子から話を聞きたいわね」
「お前は子供の話にどんだけ期待してるんだ」
今度は俺の方が呆れる番のようだ。とは言え、わざわざ探偵事務所を訪ねて来る時点で、ソフィアが普通の子供でない事は、レベッカも予想していたようだった。
さて、どうするか。どちらにしろ、この子供から話を聞く必要はどうしてもある。主にこの名刺の件に関して。ただ、これについて話を聞くためには、全て話を聞くしかないという気がした。
「…分かった。別に同席してもいいが、下手すると危険な事に首を突っ込む可能性もあるぞ」
「望むところよ」
涼しい顔で言い切るレベッカ。この女は死ぬまでこんな調子でいる気がする。
「決まりだな。ソフィア、改めて事情を話せ」
少女は、ゆっくり頷くと、恐る恐る話を切り出した。
「私の父が、『天使の懺悔』を盗んだ人達の一人なんです」
少女がそう言った途端に、レベッカが目を見開いた。俺の方は予想の範囲内だったので特に驚かなかったが。
「そんな強盗達の一員である父親を助けろとは、どういう事だ?」
その言葉に、少女は顔を上げると、声を張り上げた。
「父が犯罪者になるのを、止めたいんです…!!」
「…つまり父親が捕まってほしくないから、警察ではなく俺の所に来たと言う訳か」
ソフィアは俺の言葉を聞くと言葉を失い、目を逸らして静かに頷いた。
「では、絵画もその強盗達の所にあるという事か」
「…いえ…」
そう言い淀むと、ソフィアは黙り込む。
「どういう事だ?」
俺に続きを促され、漸くソフィアは言った。
「実は…父は仲間の人達に無理矢理協力させられてて…でも、あの絵を彼らの好きにさせちゃいけないって、仲間の人達の目を盗んで…私に『天使の懺悔』を…託したんです」
その言葉は流石に予想外だった。どうやら昨日の俺と同じように、強盗団とやらも重要な仕事を終えて、気が抜けていたらしい。
「では、絵画はそのアジトには無いんだな?」
やはりソフィアは頷いた。だが何も言わない。
「どこにある?」
「それが…逃げようとした所で…知らない人が目の前に現れたんです」
そう語るソフィアは、僅かに震えていた。
「その人、私の持っていた絵を見た途端に、私から絵を奪おうとしてきたんです。抵抗してると、父の仲間の人が気付いて…」
どうやら、思っていた以上に切羽詰った状況である様だった。俺は目で続きを促す。
「撃ち合いが始まって…私、絵と一緒にその人に連れて行かれて…」
絵に当たるかもしれないってのに銃撃戦が展開されたのか、と強盗団の無用心さに半ば呆れながら俺は言った。
「で、結局絵はどこ行ったんだ。そしてお前さんは何があってこの事務所で寝てたんだ?」
少女はここで、酷く緊張した様子になった。これまでよりも目を見開いて、額からは汗を流している。
しかしやがて、意を決したように、少女は言った。
「その人…撃たれてて…それで私に絵とこの名刺を渡して、ここへ行けって言ったんです。あと、途中で絵を隠せとも」
「その通りにしたというわけか」
「…はい」
俺の言葉に、少女はそう言って頷く。
「つまり…今現在、絵の場所はお前しか知らないんだな?」
やはり、少女は頷いた。
話は、俺の予想とは大分違っていた。まぁ、それはいい。それよりも、非常に気になる事があり、そしてそれを訊くのもかなり覚悟が要るのだった。
俺は、声の震えを押さえながら、ようやく口を開く。
「一つ訊きたい。お前を連れ去ったというその男…大柄で、黒人だったか?」
少女は頷いた。
「年は30代後半で、スキンヘッド。間違い無いか?」
少女はやはり、頷いた。
思った通り。
今朝死体で発見された、ブルース・ラインハンだった。
「何故自分を攫った男の言う通りにした?」
質問している俺の声がいつもより若干低くなっている事に、レベッカも気が付いたらしく、僅かに顔をしかめている。
ソフィアは少し萎縮しながらも、やっとの事で言った。
「その人に、頼んだんです。父を犯罪者にしたく、ないから…お願いだから…絵を、警察に届けないで…欲しいって…」
そう語るソフィアの目から、僅かに涙が零れる。
それを見守るレベッカの目が、もういいでしょうと言っていた。
さて、これで色々と分かった事がある。
俺はこれから、どう考えても自腹で調査を行わなければならない点、そして俺を巻き込んだのが、死んだブルース・ラインハンであるという点だ。
望む所だ。どんな結末が待っていようと、必ず解決してやる。
ソフィアが泣き止むのを待ってから俺は言った。
「ソフィア。お前は俺に、どうしてほしい。俺は絵を貰っても警察に渡すしかないし、結局お前の父親も警察に突き出す事になる」
「!でもっ…!!」
俺は辛抱強く、言い聞かせるように言った。
「結局な、事に及んでしまった時点で、お前の父親がやるべきなのは一つだけなんだよ」
一拍を置き、俺は言った。
「警察に絵を渡して、自首する事だ。他に無い」
俯いた少女の目から、再び涙が流れ落ちる。
「わかり…ました…」
俺は煙草の煙を吐き出しながら、頷いた。
「そこの所が分かった上で俺に強盗達のアジトの場所を教えるなら、後は俺がお前の父親を助け出してから警察に連絡して一件落着だ。それでいいな」
本来なら、アジトの場所を俺が警察に連絡するだけで済む話だったろう。だが、乗りかかった船だ。
強盗達も馬鹿ではない。今頃は裏切りが露見し、強盗達によってソフィアの父親は拷問されるか、殺されている可能性が高い。
それを確認しに行きたかった。そこまで警察に任せたんでは、ブルースの葬儀に出る資格は無いだろうとさえ思ったのだ。
そう思いながら紡いだ俺の言葉に、何やら酷く恐怖したような表情で、やっとソフィアは頷いた。
「ならば、教えてもらおう。お前の父親と強盗達の居場所を」
強盗達のアジトの場所を教えてもらい、俺は事務所のドアを開けた。
ここからは少し遠い倉庫だ。車で行く必要がありそうだった。
そして、死体安置所でエリスから教えられた、ブルースの死体発見現場からさほど遠くない位置だった。
「(ソフィアはブルースを看取ってから近場に絵を隠し、そして夜通し歩いてここに辿り着いたと言うわけか…)」
思考を巡らせながら、裏の駐車場まで歩く。ソフィアの証言で、ようやく事件の全貌が見えてきた所だった。
「(だが、子供の考えた隠し場所だ。ブルースの死体が発見されたのは早朝…下手すると既に周辺を捜査した警察に見つかってる可能性があるな…)」
「スティーブ」
急に後ろから、レベッカの声が響く。振り返ると、丁度建物の角から出てきた所だった。
妙に緊張感の混じったレベッカの表情に疑問を持ちつつも、俺は言った。
「レベッカ。俺が帰るまで、ソフィアを事務所から出すなよ」
「分かってる。他には何かある?」
随分親切だな、明日は槍でも降るのか。などという事を考えつつ、俺は続けて言った。
「隠したっつっても、子供がここに来るまでに隠したってだけの話だ。警察が絵を発見してる可能性も大いにある。テレビでもラジオでもいいから、情報がすぐに入るようにしとけ」
「ええ。その代わり、この件は納得行くまで取材させて貰うから」
それがその顔に浮かんだ緊張感の理由か。俺は呆れつつ、車のドアを開けながら片手を振った。
「スティーブ…それともう一つ」
尚も言葉を紡ぐレベッカに、俺は再度振り返る。気が付けば、レベッカは俺のすぐ近くまで歩いてきていた。
何事かと若干驚く俺を他所に、レベッカは声を低め、言った。
「これはあくまで噂のレベルで、本当かどうかちゃんと調査できてないんだけどね…」
「何?」
次に紡がれた言葉に、俺はレベッカの顔に浮かんだ緊張感の、本当の理由を知った。
「絵が出品されたオークション…主催者のバックに、ロワイアル・ファミリーがいるらしいのよ」
『ロワイアル・ファミリー』。この街の裏社会を全て取り仕切っている、マフィアの名だ。
反射的に、俺はレベッカの目に視線を合わせた。やはり、ジョークでは無さそうだ。
「つまり…連中も絵を探してるのか」
「言ったでしょ、未確認情報よ。でももし本当なら、探してても不思議じゃない。最悪、ソフィアの親御さんも含めて、強盗に関わった全員が既に始末されてても不思議じゃない…!」
俺は息を呑んだ。流石にマフィアも関わってるなんて予想の範疇に無かったからだ。
「…お前の言いたい事は分かった。心配ありがとよ」
「あなたの心配じゃないわ。あの子の、哀しむ顔が見たくないだけ」
言いつつ、レベッカは俺に背を向け、事務所に戻っていこうとする。
その背に、今度は俺が声をかけた。
「お前、随分とあの子供に入れ込んでるな」
「…それがどうかしたの」
立ち止まるが振り返らないレベッカに、尚も俺は言う。
「別にお前の勝手だがな、子供の持ってきた情報だ。満足行くリターンが無くても暴れんなよ」
明らかに不快そうな顔で、今度こそレベッカが振り返る。
「あの子の情報に頼ってるのは、あなたも一緒じゃない!」
「俺の場合は…そうだな、渡りに船という奴だ」
「何それ、意味わかんない…!」
どうやら必要以上に怒らせたらしい。ズンズンという効果音が似合いそうな歩き方で、レベッカは事務所の方へ歩き去った。
それを見送ると、俺は車を出し、通りから目的の場所へと車を走らせた。
ソフィアから受け取ったメモに書かれてあった強盗団のアジトの住所は、車で行けば俺の事務所から1時間もかからない距離にあった。
子供が、直接知ってるわけじゃない俺の事務所に一晩で行けたんだから、それほど遠くなくとも当然だったのかもしれない。
そしてその場所は案の定、死体安置所でエリスから教えてもらった、ブルースの死体が発見された場所の近くだった。
俺の事務所のある辺りの一角よりも更に人通りが少なく、民家よりも工場の多い地区だ。
俺は目的の通りに辿り着くと、道路の端に車を止め、ある場所へと視線を向けた。
「…あそこだな」
目的の場所は、あっさり見つかった。
今は使われていないようで見るからに寂れているが、大きな廃工場だ。壁の大部分が錆びついている。
念の為にあえて少し先へ行ってから車を止め、俺は歩き出した。
そして同時に、携帯で事務所の電話にかける。
「はい、ミラーです」
「おい、そこは俺の事務所だぞ」
よりによって自分のファミリーネームを名乗ったレベッカに呆れつつ、俺はそう返した。
「ああ、そうだったわね。それで、絵は見つかったの?」
謝罪をしろ謝罪を。そう思いつつ、俺は口を開く。
「いや、これからソフィアに教わった強盗達のアジトに向かう所だ。ニュースで警察が捜査の進展とかそういう類の発表はしてないか?」
「ええ、ラジオを聴いてるけど、特にそういうニュースは入ってきてないわ」
カーネル・ジョンソンは今回の件は担当していないのだろうか。そう考えつつ、俺は廃工場のすぐ近くまで来ていた。
これ以上足を進めれば、強盗達に出くわさないとも限らない。周囲を見ても、俺の他に通行人は見当たらなかった
「分かった。引き続き情報を集めてろ」
そう言って電話を切り、周囲を見回す。
側面へと回り込み、窓から中を窺った。
工場内は荒れ放題だった。
もう使われていなさそうな錆びついた、何らかの器具が無数に散らばっている。
黒い灰や埃が内部を舞い、日の光でオレンジに輝いていた。
そして、俺は窓から床を見て気付いた。
降り積もった埃の中に、複数の足跡が見える。どうやら、ここが強盗達のアジトだというソフィアの証言に信憑性が増してきたようだ。
とはいえ、まだ確証は無い。地元の若者が遊び場に使っている可能性だって大いにあり得るのだ。
それに、もう一つ。強盗達が息を潜めていると仮定しても、不自然な位に人の気配が無い。もしここがアジトだったなら、話し声の一つ位は聞こえてきてもいい筈なのだ。
もう少し奥へ行かないと駄目か。そう考えつつ、窓から視線を離して再度周囲を見回そうとした時だった。
「動くな。両手を頭の後ろにつけ」
すぐ後ろからそんな声が聞こえた。
俺はギクリとして、言われた通りにしながらも背後を振り返る。
そこには、黒い目出し帽を被った、大柄な黒いジャケットを着た男が立っていた。
どうやら、最悪の相手とエンカウントしてしまったようだ。
更に悪い事に、俺が振り返るのと、男がライフルの柄を振り下ろしたのがほぼ同時のタイミングであった。
つまり、俺は相手の姿を見た瞬間に頭を殴られて昏倒したと言う事だ。
最終更新:2014年08月17日 21:23