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気が付くと、視界は暗闇で覆われていた。
照明が灯っていないのではない。頭に黒い布のようなものを被せられているせいだ。
聴覚は機能している。気配も感じる。どうやら、複数人の男に囲まれているようだ。
空気の淀み具合と音が反響していない事からして、ここは意識を失う前に俺がいた、あの廃工場の外でも中でも無さそうだった。
今分かるのはそんな周囲の状況と、俺自身が椅子に縛り付けられているらしいという事だ。
どうやら、俺を囲んでいる男達は俺が意識を取り戻した事に気付いたらしい。意識を失う前に聞いた声が耳を打った。
「ようやく目が醒めたか。聞かせてもらうぞ」
「…何の話だ?」
口には何も詰め込まれていなかったので、話す事はできた。俺の返答を聞くと、声が再度室内に響き渡る。
「お前があの工場を嗅ぎ回っていた理由だ」
俺は咄嗟に頭に浮かんだ出任せを口にした。
「…散歩だ」
「ほう、探偵がこんな所を散歩か」
言われて気が付いた。俺は気を失う前に着ていたコートをまだ着てはいるが、そのコートが若干軽くなっている。
どうやら、財布はおろか、身分証明や名刺等の類を全て奪われたようだ。これはいよいよ状況が悪くなったと思いつつ、俺は言った。
「ああ。最近、廃墟の散歩に凝っててな」
「あくまでその説明で押し通す気か」
男がそう言ったすぐ後に、乱暴な手つきで俺は頭に被せられた黒布を外された。
そこにいたのは、いかにも悪そうな、屈強な男達だった。
俺に声をかけていたのは頭をスキンヘッドにした口髭の大男で、どうやらそいつが、この場にいる男達のリーダーらしい。
「一つ、当ててやろう。ここを抜け出したガキに言われて、俺達の様子を探りに来た。違うか」
「さぁ、どうだろうな」
俺の返答に、リーダーらしきその男は顔色一つ変えず、むしろ予想してさえいたかのようだった。
「やはり、簡単には吐かないか。いいだろう、30分やる」
男がそう言った途端に、周囲の男達のうち一人が抗議の声を上げる。
「おい!こいつが警察に連絡してるかもしれんのだぞ!!」
「いや、こいつがあの工場に来た時点で、周囲で待機してる警官の姿が無い事は確認済みだ。従って、こいつは警察の犬ではない」
そう言うと、再度男は俺の方に視線を向け、言った。
「隣の男を見てよーく考えるがいい。自分がどうするべきかを、な」
そう言うと、その男を含めた男達は、後ろにあったドアを潜り抜けて出て行った。最後の一人が出て行くと同時にドアを閉め、更に鍵を閉める音が聞こえた。

俺は椅子に縛られた状態のまま、周囲を見回した。
赤レンガの壁に囲まれている。古い倉庫のようだ。何かの詰まった麻袋が幾十にも積まれているが、その上には大量の埃が積もっていた。

そして俺の隣に、血塗れの男が転がっていた。

死んではいない。ヒューヒューと息をする音が聞こえる。男は痩せ気味の体系で坊主頭であり、気の弱そうな顔つきをしている。年は30代後半か40代位に見えた。
俺は先程の男達の会話を思い返し、男が誰であるかを推測した。
「おい、起きろ、フローライト!」
俺の叫びに、男がビクリと身体を震わせ、その眼を開ける。
どうやら、推測した通りソフィアの父親の様だ。仲間の一人の娘を『抜け出したガキ』とリーダーらしき男が発言した事から、どうやら親父は碌な目に遭っていなさそうだと思ったのだが、案の定だった。
ソフィアの父親が何も言おうとしないので、俺は言った。
「ソフィアの親父だな?」
男は、蚊の泣くような声で言う。
「ソフィア…ソフィアは無事なのか…?」
「ああ。今頃はのんびりしてるだろうよ。それより聞きたい事がある」
ソフィアの父親は、倒れたまま俺に視線を向けた。
「絵…確か『天使の懺悔』だ…あれを盗んだのは、お前とあいつらなんだな?」
俺の言葉に、ソフィアの父親は苦悶の表情を浮かべる。
「ああ…許してくれ…神様…!」
「おい、俺の話を聞け…!!」
30分で、奴らはまたやってくるだろう。今度は話さなければ、隣の男のように俺もリンチされるに決まっている。
時間との勝負だ。
そう考えた所で気付いた。現在時刻をまだ俺が把握していない事に。
だが周囲を見回しても、時計の類は一切見当たらない。腕時計も外されている。仕方ないので、今は時刻の把握は後回しにして、目の前の男から情報を聞き出すのに集中する事にした。
「俺は私立探偵のスティーブ・ハントだ。あんたの娘に言われてここに来た。色々聞きたい事もあるだろうが、まずはあんたの知っている事を俺に全て話してくれ」
男はしばらく黙っていたが、漸くかすかに顎を上下させると、囁くような小さな声で、話を始めた。

「俺の名はポール。ポール・フローライトだ…俺はある倉庫の警備員をしてた。だが、あの仕事だけじゃ娘と暮らすには満足な給料が得られなくてな…貧しい生活だった」
なるほど、ソフィアの言った通りだな。
「そんな時だ。、あの男が俺に話を持ちかけてきた」
「スキンヘッドに口髭の男か」
俺の言葉に、ポールは頷いた。やはり、あの男が強盗達のリーダーだったようだ。
「あいつは…ルーサー・バーンズは言ったんだ。ある著名な画家の絵がオークションに出品されるんだが、出品前には俺の警備してる倉庫に保管されるんだと。強盗の手引きをすれば分け前を寄越すと言われて、俺は断れなかった」
ルーサー・バーンズ。それがリーダーの名か。
「…それで、奴らと一緒に盗んだわけか」
ここで、ポールは泣きそうな表情になった。
「だが、絵を見た瞬間、凄まじい罪悪感に襲われたんだ。何というか、あの絵は、俺の良心を増幅させるような…」
「絵の事はどうでもいい。続きを話せ」
俺の言葉に、ポールは我に返ったような表情で、再び話を紡ぐ。
「だから俺は、あいつらの注意を引いている間に、娘に絵を託したんだ。警察に届けてくれって」
「待て。という事は、お前は仲間達と落ち合ってる場所に娘を呼んだのか?」
俺の質問に、ポールは答える。
「いいや、俺は娘を預ける相手もいなかったから、あいつらと落ち合う時は娘も一緒だったんだ。あいつらに手を出させないように、いつも見ていたんだが…それが裏目に出たな」
「と言うと?」
「娘がいなくなった途端に、男達は俺の意図に気が付いたんだ。俺は男達に袋叩きにされ、あいつらは娘を探した。だがその時…あの男が現れたんだ」
「黒人の大男か?」
俺の言葉に、ポールは頷いた。ようやくだ。俺の聞きたかった話がようやく出てきた。
俺が続きを促すと、ポールは言った。
「あの男は、娘と絵を奪って逃げた…奴らが追っていったが、見つからなかったらしい。奴らは慌てて、落ち合っていた工場を離れてここまでくると、ここに俺を押し込んだんだ」
ここで再度、ポールの表情が崩れる。
「今朝になって…奴らが再び焦りだしていた。昨日奴らが離れた工場の周囲に、沢山の警官が現れたらしい…しかも、ニュースであの男の死体が発見されたと報道があったんだと…あの工場の近くでだ。奴らは怯えてたよ。けど結局警察がここを見つけることは無かったんだ。結局、娘は消えて、俺には絶望だけが残った…けど、どうやら神様は娘を見捨てはしなかったようだな」
今度こそ、ポールの眼から涙が溢れ出た。
「あんたに頼みたい…俺も、絵も、どうなったっていい。ただ、娘だけは、奴らに渡さないでくれ…頼む…!!」
この状況で頼まれてもな。そう思いつつ、俺は考えた。
どうやら、ブルースは奴らと銃撃戦を演じた結果、致命傷を負ったようだ。ただ、娘は逃がせたようだったが。しかし、皮肉なものだ。父親は絵を、娘を通じて警察に届けるつもりだった。だが逆に娘は、父親を犯罪者にしたくないという理由で絵を隠してしまった。オマケに、絵が原因で父親も娘も、下手すれば両方死ぬ事になる。
俺はポールの方に視線を向け、言った。
「それは約束できない。それに、まずここから脱出しなけりゃ、俺もどうなるか分からん」
「ああ、神様…!!」
ポールの言葉に、俺は呆れるしかなかった。
「あのな…神に祈る暇があったら、自分の力でどうにかする方法を考えろ」

「所で、ここはどこだ?」
俺は問いを投げつけた。ポールの話の内容から、ここが俺が意識を失う直前に様子を見ていた廃工場ではないと分かったからだ。
恐らく、奴らは廃工場から逃げ出した後、絵を取り戻すために周囲に網を張ってたんだろう。あそこを誰かが嗅ぎ回らないか見張り、それに俺がかかったというわけだ。
俺の言葉に、しばらくポールは反応を示さなかったが、ようやく小さな声で返答が来た。
「昔使われていた倉庫だ。奴らがアジトとして使ってる。あの黒人の男はここから少し離れた廃工場の近くで死んでたので、警察の手がここまで来なかったんだ」
「なるほどな…ここに電話とかは無いのか?」
「あっても奴らが没収してる…」
最後の男の声は消え入りそうだった。

やがて、奴らが入ってきた。
出て行く前と同じく、ボスらしき男―ルーサー・バーンズを中心に、周囲を8人の男達に取り囲まれる。
俺の正面に立ったルーサーは、言った。
「自分の状況がよく分かったか?もう待つ気は無い。返事は慎重にするんだぞ」
俺は周囲の男達に視線を向けた。
金属バットを持った奴や、水の入ったバケツとタオルを持った奴がいた。あとロープを肩に巻いた奴も。
「…ああ、そうするとしよう」
俺の返答に満足そうに頷くと、ルーサーは口火を切る。
「本題はお前も予想が付いてるだろうから、後回しにするとしてだ…まず、自分がここに来る事を、誰かに話したか?」
「…警察には言ってないな」
この返事ではぐらかすつもりだったが、これに騙されるほどルーサーは鈍くなかったようだ。
米神に青筋を立てた奴は、傍らの男からひったくるように金属バットを奪うと、その先端を俺に向けた。
「探偵。貴様耳がどうにかなっちまったか?俺の質問は『誰かに』言ったかどうかだ。警察にとは聞いていない。俺がその気になりゃ、お前を全裸にして逆さ吊りにしてから質問を再開してもいいんだぞ?このバットで全身に痣を作ってからな」
「…俺の事務所にいる奴らは知ってる」
額から冷や汗が一筋流れるのを感じながら、俺は漸くそう返事した。
「いや…正確には、俺にあの廃工場に行くように言った…あんたらの言う所の『ガキ』だけだな」
「本当か?」
ルーサーの言葉に、俺は頷く。そうするより今は他に無い。
すると今度は、ルーサーは俺の上着から取り出したのだろう名刺をポケットから取り出すと、そこに書いてある俺の事務所の住所を読み上げた。
「ここにガキがいるんだな?そこで倒れてる男のガキだ」
金属バットで俺の隣で倒れてるポール・フローライトを指し、ルーサーは言う。再度俺は頷くと、言った。
「その通りだ。勝手にあんたらで攫いにでも行くといい」
そう言った俺の顔を、ルーサーは目を細めて観察する。俺は感情を読み取られないよう、無表情を努めた。
「次の質問だ。絵はどこだ」
来たか。恐れていた本題が。何が恐ろしいかと言えば、この質問に対してだけは、俺が事実を言っても信用してもらえない可能性が大いにあった事だ。
「それも、『ガキ』しか知らない」
「…つまり、ガキがここに来なければ、俺達の欲しいものは何一つ手に入らん、と言いたいんだな?」
俺は言葉には出さず、ただ頷いた。
しばらく、沈黙するルーサーと俺との睨み合いが続く。
だが、それを破ったのは周囲の男達だった。
「おい、とっととガキを攫いに行こうぜ!」
「そうだ、これ以上あんなガキにいいようにされてたまるか!」
「黙ってろ!!」
周囲の男達が口々に言うのを、ルーサーが一喝する。
そして、奴は俺に視線を向けたまま、言った。
「誰か、電話を持ってこい」
そう言われ、男達のうち一人が部屋を出て行く。それを確認すると、ルーサーは言った。
「事務所は貴様の本拠地だ。何を仕込んでいてもおかしくない。電話で、あのガキを呼び出してもらおう」
マジか。そうくるとは思わなかった。
俺はあえて行動を促す事で警戒心を抱かせ、俺も一緒に事務所に行くように仕向ければ打開策の一つくらいは見つかると思ったのだが。
「子供一人で俺の事務所からここまで来れると思うのか?」
「クク…貴様、さっきミスを犯したろう。『俺の事務所にいる奴ら』と」
ルーサーの指摘で、俺は自分のミスにようやく気が付いた。
ソフィアから廃工場の住所を教えてもらってはいないものの、レベッカも今は俺の事務所にいる。それを、先程漏らした俺の一言で悟られてしまったのだ。
「お前の事務所にガキと一緒にいる奴に、ガキを連れてきてもらおう」
ルーサーの言葉に、俺は再度思考を巡らせ、疑問を呈した。
「わざわざ自分達のアジトに呼ぶのか?第三者を?」
俺の言葉に、半ば予期していた答えが返ってくる。
「違うな。お前には、さっき俺達に捕まった廃工場の場所を指定してもらう。安心しろ、お前の協力者がそこにガキを連れてきてくれたら、お前も協力者も解放してやる」
嘘つけ。俺もレベッカも殺すつもりの癖に。その言葉が、危うく口まで出掛かった。

ようやく、手下の男が携帯電話を持ってきた。
俺のものじゃない。どうやらこいつらは相当用心しているようだ。
俺は殴られた事で廃工場の住所が頭の中から消え去っていない事を、脳内で思い返す事で確認した。
その間に、ルーサーが俺の名刺を見ながら、携帯電話に番号を打つ。
「言っておくが、俺達の存在を知らせようとするな。そんな素振りを見せた時点で電話は切り、貴様は死ぬ事になる」
「…予想はしてたよ」
両手は椅子の後ろで縛られたままだ。ルーサーは漸く番号を打ち終えた携帯を、俺の耳に当てた。
しばらく呼び出し音が鳴り、そして電話が繋がる。

『はい、こちらスティーブ・ハント探偵事務所でございます』

ゾワリとした悪寒が、全身を駆け抜けた。

明らかにレベッカの声ではない。若い男の声だ。
「…誰だ?」
俺の言葉に、目の前にいる男達の顔色が変わる。
まずい。下手な素振りを見せれば俺は目の前の男達に殺されるが、今電話の向こうでは、明らかに俺の想定していなかった事態が起こっている。
『ああ、良かった。お久しぶりですねぇ、探偵さん』
その言葉に、やがて俺は声の主を思い出した。
「…何で、お前がそこにいる…スタンリー・マクスウェイン…!!」
スタンリー・マクスウェイン。この街を取り仕切るマフィア『ロワイアル・ファミリー』の幹部だ。そして、つい昨日酒場で飲み比べしたジョニー・ケルズが護衛していた男でもある。
「おい、どうなってる!!」
俺の発言に、ルーサーが声を上げる。
俺は必死に考えを纏めようとした。今までの話からすると、目の前の男達は、マフィアが取引しようとしていた商品を強盗していた事になる。
俺は眼で必死に、取り込み中である事をルーサーに告げようとしたが、伝わってはいなさそうだった。
「よく聞け…俺の事務所に、知らねぇ…いや、ヤバイ奴らがいる。下手すると、お前らの命も危ないぞ…!!」
俺は電話の相手ではなくルーサーに向かい、低い声で言った。だが、それでも奴は素直に静かにはならない。
「ふざけるな!ガキはどうした!!」
「今から聞き出す…!静かにしろ…!!」
『おや、どうしました?誰と話しているのです?』
マクスウェインの言葉に、俺は慌てて言うしかなかった。
「い、いや、こっちの話だ。それより、何でお前らが俺の事務所にいる!?」
思わず声を荒げたが、そんな俺の様子が逆にルーサーを冷静にさせたらしい。奴は片手を上げて、ざわついていた男達を制した。
そうしている間にも、マスクウェインは俺の言葉に返答を告げていく。
『絵ですよ。アレの回収を命じられていましてね。私の部下が情報を収集した結果、この事務所にいる娘さんが在り処を知っているのでは、ないかと』
俺は、マクスウェインの情報収集能力に戦慄を覚えた。
深夜から早朝にかけて街を彷徨った子供一人の足取りを、奴の組織は辿る事が可能だったというのか。
しかも、絵の在り処をソフィアが知っているという事まで掴んでいると言う事は、だ。
「おい、マクスウェイン…ブルースを殺したのは、お前らの組織の者か…?」
胸中に湧き上がる怒りを必死で押さえ込み、俺は最低限の声量で聞いた。
しばしの沈黙。俺には、恐ろしくこの沈黙が長く思えた。
『それは、絵の強盗があった夜に殺されたという、ブルース・ラインハンの事ですか?』
「知ってるじゃないか。早く答えを言え」
有無を言わさぬように凄んだつもりだった。が、相手はマフィアの幹部だ。一介の探偵の俺が凄んだ所で、怯む筈もない。
『まぁ、落ち着いてください。今のあなたには、友人が殺された真相よりも、知りたい事があるんじゃないですか?』
マクスウェインの言葉に、しかし俺は動じなかった。奴が俺の事務所にいると分かり、そして幾分が時間が経って冷静になり始めた頭で考えれば、俺の事務所がどうなってるかくらい予想がついたからだ。
「…レベッカとソフィアを預かってると言いたいんだろ。俺は今二日酔いだからレベッカの罵声は聞きたくない」
俺の言葉に、マクスウェインは噴き出した。
『フッ…ハハハハハハハハッ!相変わらず面白い事を言いますね。それで、こちらの要求を聞いてくれる用意はありますか』
俺は押し黙り、周囲を眺めた。俺を取り囲む男達を。
「そういう聞かれ方をすると、あまり芳しい答えは返せそうに無いな…一応、聞いておこうか」
『おや、どうも歯切れが悪そうですね…まぁいいでしょう。ではまず、絵をあなたが持っていると仮定して…ここに渡しに来てくれたら、彼女達を無事に返しましょう。こちらも、何としてでも絵は取り戻したいものでしてね』
何で俺が絵を持ってると仮定してるんだ。
その言葉が喉まで出かかったが、思い直した。どうやら、マクスウェインは俺が、ソフィアに教えられた『隠し場所』に絵を取りに行ったとでも思ったんじゃないだろうか。
困った事になった。目の前の強盗達は『絵の在り処を知るソフィアを工場に呼ぶ』事を要求し、マクスウェインは『絵を事務所に持ってくる』事を要求している。オマケに、強盗達の存在をマクスウェインに知らせでもすれば、俺は即殺されるという寸法だ。
どう話を誘導するか。そう思いつつ、俺は言った。
「フェミニストのお前の事だから心配はしちゃいないがな、一応二人の声を聞かせろ」
そう言うと、受話器が別の手に渡される音が聞こえ、やがて別の声が耳に響いた。
『スティーブ!こいつら急にここに押し寄せてきて…!!』
「分かってる。ソフィアに代われ」
そう言ったのだが、レベッカの奴はまだ不毛な事を叫んでいたので、痛む頭を必死で堪えてまた怒鳴る羽目になった。目の前の強盗達はと言えば、最初の脅すような目付きから、今は困惑の表情で互いに眼を向け合ってる有様だ。
『あの、探偵さん…』
やっとソフィアの声が聞こえてきた。心なしか、事務所を出て行く前よりも随分沈んだ声だ。恐らく、今俺の事務所にはマクスウェインと取り巻きの黒いスーツを着た大男が大勢いるだろうから、子供が怯えるのも仕方ない話だろうが。
「ソフィア、俺に場所を教えろ。でなければ、俺もお前も死ぬ事になる」
必要最低限の言葉だけで、ソフィアに俺の意思を伝えた。『絵の場所を教えろ』と。
途端に、ソフィアが息を呑むのが分かった。
「周囲の男達に聞かれないよう、小さな声で話せ」
俺自身も声を落として、そう言い聞かせる。ほどなく少女の口から語られた絵の隠し場所に、俺は本日何度目か分からない驚愕を味わう事になった。

『探偵さんの…車の、トランクの中…です』

これほど灯台下暗しという言葉が似合う状況などあるだろうか。そう考えながらも、俺は驚愕をソフィアに知られないようにしながら言った。
「分かった。電話をマクスウェイン…最初に電話を取った男に渡せ」
再び、俺の事務所の電話がマクスウェインの手に渡る。
さて、ここからが正念場だ。俺は心を引き締めた。

『彼女達の無事は分かったでしょう?』
「ああ…そこで一つ、お前の要求について変えて欲しい部分がある」
短い沈黙。奴は俺の意図を察知しようと考えているに違いない。
『…聞きましょう』
漸く答えた声に向かって、俺は言った。
「俺は絵を持ってない」
『…それはどういう事です?』
そう聞いた声は、今まで聞いた事がないほど、酷く冷え切っていた。
「今、ソフィアが絵を隠したという場所に来てるんだが、見つからないんだ。やはり、子供の隠し場所を大人が見つけるのは困難ってことだな」
『では、ソフィア嬢に代わりますので…』
「いいや。お前らに、連れて来てほしい。今から言う住所にな」
再び、酷く長い沈黙が過ぎった。
この要求が通らなければ、悲惨な結末になる事は間違いない。だが、奴の立場を考えると、より強硬な手段で事を荒立てるよりは、俺の要求に従う公算の方が高い筈だった。
そして、その予想は幸いにも、間違っていなかった。
『ま、いいでしょう。住所はどこです?』
下手すると、俺はこの時周りの状況も考えずに顔を綻ばせていたかもしれない。ともかく、俺は廃工場の住所を奴に教えた。
『そこに行けばいいんですね?車ならすぐに行ける距離ですね、いいでしょう。これから部下とジャーナリストの彼女、それにソフィア嬢を連れて行きますので、少々お待ち下さい』
危うく、レベッカは余計な事しかしないから置いていけ、と言ってしまう所だった。
それはともかく、問題なのはこの後にマクスウェインが言い放った一言だった。
『ああそれと、あなたもソフィア嬢に謝罪の言葉を準備しておく方が良いかもしれませんね』
「…どういう事だ?」
次の言葉に、俺は戦慄した。

『絵を奪った男達の身元、そして彼らの「二つ目の」アジトが先程割れましてね』

『私の上司のマドヴィック氏がジョニー・ケルズに命じたんですよ。全員消せと』

『恐らくソフィア嬢の御父上も、今頃は天国か地獄のどちらかに行ってしまってるでしょうね』

部屋に、別の男が勢い良くドアを開けて現れたのは、この時だった。
どうやら、強盗団の一人で下っ端らしいこの小男は、息を切らせながら言った。
「だ、誰かが一直線にここに向かってる!たった一人だが、どう見ても堅気の人間じゃねぇ!!」


小男の報告を聞いた途端にルーサーは携帯を切ると、俺に向かって怒鳴り散らした。
「貴様の差し金か!!」
明らかに逆上している。同時にルーサーはポケットから銃を取り出して俺の額に押し付けていた。
「あんたらに気絶させられてここの場所すら分からない俺がどうやって味方を呼ぶってんだ!!」
正直、あまりに混沌とした状況にうんざりしてた部分もある。俺は苛立ちを隠さぬままにそう言い返した。
「だが一つだけわかる事がある。そいつはあんたら全員、殺す気だ」
俺の言葉に冷静さを取り戻したのか、ルーサーは俺を睨み付けたまま、声を張り上げる。
「一人だけなのか!」
「ああ。監視カメラには一人しか…」
仲間の報告に、ルーサーは笑みを浮かべた。
「こっちは9人だ。何者か知らないが、俺達を甘く見たな。お前ら、とっととぶち殺しに行け!!」
その号令で、俺を取り囲んでいた大勢の男達が次々に部屋を出て行く。
やがて、ルーサーも同じように足早に出て行こうとした。
「一つ聞きたい」
俺は高めに声を上げて、その背中に浴びせた。
再度ルーサーは米神に青筋を立てながら、俺の方を振り向く。
「何だ!!」
「昨夜、お前らの言う『ガキ』を連れ去った男がいた筈だ。そいつを殺したのはお前らか?」
俺の質問に、ルーサーの眼の色が変わった。そしてその声に、納得と同時に激怒の色が浮かぶ。
「貴様、奴の仲間か!!」
そう絶叫するや否や奴は銃口を俺に向けると、残っていた傍らの小男に向かい、言った。
「おい、こいつを見張ってろ!殴り込んできた野郎をぶち殺した後は、俺達の計画を台無しにした野郎の仲間を気が済むまで痛めつけてやる!!」
そう言うと、ルーサーは荒々しくドアを閉める。見張りを命じられた小男が、ドアに鍵をかけた。

さて、いい加減、この状況にもうんざりした。外で色々と起こってるのに、命が惜しくてここに缶詰なんざ真っ平だ。
俺は見張りの小男に向かい、言った。
「行かなくていいのか。言っとくが、あいつらは皆殺しになるぞ」
「だ、黙ってろ!!」
男が銃を取り出し、俺に突きつける。俺は肩をすくめ、黙った。
小男は満足したのか、それでいいとでも言うように頷きつつ、銃をポケットにしまう。

その瞬間に、俺は動き出した。
まず、ルーサーとの会話中に緩めておいた縄を一気に振り解き、更にその縄を纏めて小男の顔面に投げつける。
そして小男が一瞬視界を奪われた隙に近づき、小男が構えた拳銃の銃口を左手で上に持ち上げる。
最後に、右手で小男の喉に思い切り拳打を叩き込んだ。

上手く意識を失ってくれたようだ。白目を剥いて、男がうつ伏せに倒れ伏す。
俺はそれを確認すると、小男の持っていた銃を検分した。
安物の自動拳銃だ。弾は5~6発入っている。
それをポケットに入れると、俺は今まで座っていた椅子の隣で倒れているポールの腕を肩に回し、立ち上がらせた。
「おい、生きてるか?」
「…あ、ああ…」
意識が朦朧としているようで、未だに眼の焦点が合っていない。だが、それでもまだ生きている事は確かだ。
俺は必死でポールに呼びかけ続ける。
「おい!ここから出口までどうやって行けばいいか分かるか!」
だが、ポールは答えてくれなかった。
仕方ない。俺は怪我人を肩に担いだまま、倒れ伏している小男のポケットから鍵を取り出し、ドアを開けて外に歩いて行った。
銃声の飛び交う外へ。


ドアの外は廊下だった。遠くから銃声が聞こえる。
俺は肩にポールを担いで、歩き出した。できるだけ急がなければならない俺の心境と裏腹に、男一人担いでいるせいで足取りは重い。
やはり赤レンガの壁と土の地面の廊下は蛍光灯で照らされているが、切れかけのものが多いせいで薄暗かった。
廊下は一本道で、その先に鉄製の階段がある。3~4階分の高さで、その先に開けっ放しのドアがあり、銃声はその先から聞こえていた。
仕方ない。行くか。
俺は意を決し、人一人担いだまま階段を上る。その先に待っているものを想像し、覚悟しながら。
「うっ…ここは…」
ようやくポールが眼を覚ました。奴らにボコボコにされて顔は青痣だらけで、顔面は乾いた血に塗れていたが、命に別状は無さそうだ。
「生きてるか?この先には何があるか分かるか」
「あ、ああ…!」
頭上から聞こえる銃声に、ようやく今の状況を理解したらしい。
ポールも歩き始めたお陰で、大分歩みが速くなる。とは言え肩を担いだままにしなければならないほど、ポールの方も消耗していたが。
「こ、この先に事務室がある。そこから更に裏の階段を下りて駐車場に向かおう。車がある筈だ」
「壊されてなきゃいいがな…」
今にもジョニー・ケルズが、この場所にいる者全員を消そうと迫ってくるかもしれない。俺は内心で恐怖しながら、早足で先を急いだ。

ようやく事務室に着いた。広い部屋で、ここも蛍光灯が全て点いており、部屋の中央に大きな事務机を並べたものが置かれていた。
その上には、大量の書類やら赤いペンで色々と印が付けられた大きな地図が置いてある。
なるほど、奴らはここで強盗の計画を練ったわけだなと考えつつ、その地図の横にあるものに注意を向けた。
俺の財布と名刺入れ、それに携帯電話だ。それらをコートのポケットに入れ、俺は安堵した。
下手すればルーサー・バーンズが持ち歩いていたかもしれないと考えていたからだ。もしそうなら、回収は諦めなければならない所だった。
そこまで考えていた所で、俺は驚愕した。
「っ…!!」
部屋の片側は大きな窓が存在しているのだが、そこに何発分かの弾痕があったからだ。
そして、大量の銃声はその窓の外から聞こえてくる。
俺はポールと共に窓の下を通るように伏せながら移動したが、その途中で窓の外に慎重に視線を向けた。

その先は、先程俺達がいたところより何倍も大きな倉庫になっていた。50メートル平方はある広さに、高さも普通の建物の3~4階分はある。
そして、床から天井までの間の、2階分くらいの高さの壁に沿って、渡り廊下が設置されていた。
見ると、その渡り廊下に沿って強盗達が走りながら、倉庫の中央の方に向けてライフルを乱射している。
そしてようやく、俺は倉庫の中央付近に視線を向けた。
やはり、そこにジョニー・ケルズがいた。
昨日俺に見せたような泥酔した様子など一切無い。以前見た時と同じ、冷徹な機械の様な眼をしている。
奴は周囲に視線を巡らせ、最小限の動きでライフルの弾丸を避けながら、両手に持った拳銃を発砲させていた。
見た事も無い動きだ。全身に目が付いているかのように、一切無駄の無い動きはまるで舞踏の様で、そんな動きの中で自身が撃った弾は、本当に機械のように正確に、ライフルを発射している強盗達の身体に穿たれていく。
このままだと、ほどなく強盗達が全滅するのは目に見えていた。
「おい、早く行こう…!」
ポールの呼びかけで俺は我に返った。
事態の深刻さは明らかとなり、俺もポールも、命惜しさに必死で進む。
事務室内には、裏に続くドアと、倉庫内へと続くドア、そして今俺達が入ってきたドアの三つがあった。
俺とポールは、裏へと続くドアを開け、その先にあった階段を下りる。

ポールの言う通り、地下は駐車場となっていた。普通の乗用車が数台と、強盗に使われたのであろう、弾痕の残ったトラックが何台か置かれている。
ここまで来て、ようやくポールも自力で動けるまでに回復したらしい。命惜しさに必死になっている部分もあったろうが。
「待ってくれ、鍵が纏めてボックスに入ってた筈だ」
そう言うと、ポールは俺たちが入ってきた駐車場内の扉の傍らの壁に取り付けられた、鉄製の箱を開けた。
そこには、無数の車の鍵が吊るされている。随分無警戒な管理だなと半ば呆れながら、鍵を手に取って手近な乗用車に向かうポールの元に俺は歩いた。
車の鍵を開けながら、ポールが言う。
「よし、俺の車は無事だ。早く行こ…」
言いながら、俺の方を向いたポールの顔が凍りついた。

それとほぼ同時に俺は、先程小男から奪った銃を取り出して構えながら、振り向いた。

案の定、戸口にジョニー・ケルズが、銃を構えて立っていた。



最終更新:2014年08月24日 10:00