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「ああ、そうさ…彼は死んだよ。哀しい…最期だったね」
今にも泣きそうな顔で、その少年は微笑んだ。

それを見たクロウは、ゆっくりと息を吐いて、目を瞑る。
「やはり、そうだったか」
「ああ。僕はノアじゃない。残念ながら、ね」
目を開いたクロウは、再び歩き出す。
彼が横に来るまで待ってから、少年も歩き出した。
そうして、二人とも前方を向いたまま、話を続ける。
「改めて、もう一度訊きたい。お前は誰なんだ。ノアではない、だがノアの記憶は持っているようだったが」
無表情のまま、呟くようにそう言ったクロウに対し、少年は薄く微笑みながら言った。
「まず、僕の名はイデア。知っての通り、ノアのオリジナルだった、古き神々の一人だよ」
「だが、イデアはタナトスによって拷問の末、殺されたと聞いたが」
「そう。だから僕も、厳密に言えばクローンだよ。ノアと同じ、ね」
イデアの語調は余裕を装ってはいるが、僅かに苦しそうだとクロウは思った。
「つまり、ノアは『限りなくオリジナルに近い人格を持ったクローン』を作ってたんだよ。自分の中に僅かに残った、オリジナルのイデアの記憶を頼りに、ね」
「何故、そんな事を…それに、ならばお前がノアの記憶を持っているのは…?」
イデアの説明に、益々疑問が増えるクロウ。それを初めから理解していたかのように、イデアは説明を進めていく。
「一から説明するね。まず知っての通り、君が研究所の地下で見た端末が、僕だよ。その後、ノアは自分の身体に僕の端末…この身体を『取り込み』、あるプログラムを施した」
「取り込んだ…?」
イデアの話があまりにも現実離れしていたせいで、クロウは思わず疑問符を口にしていた。
「そう、分かりやすく説明するのは難しいんだけど、要は僕の身体を構成する物質を、ノアは自らの体内に格納していたんだ。そして…自分の身体の崩壊をスイッチとして、僕の身体を再構成するように、プログラムしていたんだよ」
そこまで聞いて、クロウは冷静に考える。イデアの説明は常軌を逸しているが、ノアの持っていた科学力ならば可能だと言われれば、納得できるような気がした。
「そこまでは分かった…もう一つ、ノアの記憶を持っているのは?」
「それは簡単だよ。ノアの死と共に僕の身体が再構築された際に、ノアの記憶も僕に引き継がれたんだ。ただし、僕の人格はノアのものとは違う。だから僕が持っているのは、あくまで『他者であるノア』の記憶なんだよ」
「…つまり、ノアの記憶を持っているが、あくまでお前は別の人間、という事か」
少年は無言で頷いた。

クロウは、ここまで少年の説明を聞いて、一つ、確信できた事があった。
「つまり…ノアは、自分の死を計算に入れていたというわけか」
「そう。そしてタナトスは、それを見破る事ができなかった」
「だから…」
「そう、だから彼は、自分の命を引き換えにして、ようやくタナトスに勝ったんだよ」
そこまで話し終えて、二人は黙った。
互いに考える事が、そして想う事があったからかもしれない。


「それにしても…よく気付いたね、僕がノアじゃないって事」
世間話でもするかのような調子で、少年――イデアはそう切り出す。
クロウはやはり表情を変えないまま、答えた。
「確信は無かった。だから明確な理由は言えない。だが、それでも…俺の直感が告げていた。お前はノアではないと」
その答えを聞いて、イデアは目を瞑り、溜め息を吐く。
「残念だな。ゼゼには騙し通せたのに」
「馬鹿を言うな」
その言葉に、イデアは愕然とした表情で反射的に目を見開き、クロウの横顔へと目を向ける。
そんなイデアの反応に動ずる事の無いまま、クロウは言った。
「俺が気付いたのに、ゼゼが気付かなかった訳、無いだろう」
「…じゃあ、何故彼女は…」
酷くショックを受けた様子で、イデアはそう呟く。余程の衝撃だったのだろう。その語尾は消え入りそうだった。
「それは、俺にも分からん」
ここまでと同じく無表情のまま、しかし決然とした様子で、クロウは言った。
「だが推測はできる。あいつは…信じたかったんだと思う。ノアは、生きていると」
そう語るクロウをしばらく眺めていたイデアだったが、やがて視線を足元に落とすと、自嘲気味に笑った。
「そうか…僕じゃ、到底勝てなかったんだな。君達の絆には」
「そんなものがあったのかは、正直疑わしいがな」
イデアの言葉に、即座にクロウはそう言い返す。その言葉が妙に低く呟かれたので、イデアは噴き出してしまった。

しかしその後で、イデアはクロウの様子が変化していることに気が付いた。

「だが、だがな…イデア」
いつのまにか、クロウは立ち止まり、イデアの方へ真っ直ぐ視線を向けている。その表情は、真剣そのものだった。
「別にお前がノアじゃなくたっていい。ノアの代わりをやれなんて言うつもりも無い。だが、それでも…ゼゼのために、お前は必ず生きて地上に帰れ。いいな…!」
真剣に紡がれたクロウの言葉に、イデアは呆気に取られ。
「…ああ。できるなら、そうしたいさ」
やっとの事で、そう呟いた。クロウにはその答えで十分だったのだろう。彼は再び前方に視線を向け、歩き出す。

彼を追って歩き出したイデアの表情は、酷く寂しそうだった。


「ところで…気付いてるかい?」
不意に、緊張の張り詰めた声でイデアは言う。
クロウは、イデアの言葉に前方を向いたまま、無言で頷いた。
それが合図だったかのように、二人は立ち止まる。
彼らの視界の先には、もうヘブンへと続く石造りのゲートが見えていた。見えていたからこそ、クロウにも気付けたのだ。

彼らの周囲を通り、無数の『糸』がゲートの向こうへと移動していくのが。

「タナトスが使っていた糸…だな。これが動いてるという事は…タナトスがまだ…」
「…タナトスがノアに種明かししたんだけどね、この糸一本一本が、意思を持っている『古き神々』なんだそうだよ」
クロウの言葉が終わらないうちに、イデアが語る。彼もまた、油断の無い表情で、石造りのゲートを見据えていた。
「この糸…一本一本がか」
周囲を移動していく糸に視線を巡らせ、クロウが呟く。
「ああ。タナトスはこれらを『意図』と表現していた…分かり易く言うなら、『神々の意図』とでも言えばいいかもしれない」
「それで…何故こいつらは、あのゲートへ…ヘブンへ向かってる?」
クロウとは対称的に、イデアはゲートへ視線を向けたまま、言った。
「二つ考えられる。一つは、ヘブンの技術で造られた彼らが、故郷に戻ろうとしているのかもしれないという事。意思を持ってるとは言え、指示する者が消えた上にヘブンと直接繋がっているこの場所にいるのなら、そう仮説を立てられる。但し何も確証がない以上、無理矢理な仮説だ。もう一つの理由の方が、もっと自然だ。それは…」
「指示する者がまだ生きている、という事だな」
クロウの言葉に、イデアが押し黙る。それ反応が何よりの、肯定と化していた。
「イデア。もしタナトスがまだ生きているのなら…」
「ロックマン・ミラージュ。僕には二つ、やらなければならない事があった」
クロウの言葉を遮り、話を始めたイデア。彼の方に、クロウは再度視線を向けた。
「一つはタナトスを殺す事。もう一つは…デウス・エクス・マキナを停止させる事だ」
そこまで言って、ようやくイデアは視線をゲートからクロウへと向ける。
「もし、まだタナトスが生きていたとしたら…後者の役目を、君に任せたい」
イデアの言葉に、クロウは呆気に取られた。そして、幾つもの疑問が頭を過ぎった。

ノアでも相打ちがやっとだった相手を、この少年が殺す事はできるのか?

デウス・エクス・マキナを『殺す』ではなく『停止』させるとは、どういう事なのか?

――そして、そうなった時、『彼女』はどうなるのか?

それら幾つもの疑問を、無理矢理クロウは押し留めた。頭の中に、確かな確信があったからだ。

できるできないの話ではない。恐らくここで自分が断れば、これまでの戦いで失われた命が、無駄になるのだろう、と。

「…分かった」

そう言って、クロウは頷いた。
やがて二人は、決然とした表情でゲートへと向かい、やがてそこに、足を踏み入れた。



最終更新:2015年01月31日 22:35