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門を潜り抜けた先にあったヘブンは、やはりクロウの記憶と寸分違わなかった。
とはいえ、ついさっきも一瞬だが来た場所だ。
だから彼は、周囲の様子よりも先に、彼や傍らにいるイデアと同じように門を潜ってきた、無数の『神々の意図』の動向に注目した。
「(どこにも行く様子は無い…まさか、先程イデアの出した仮説のうちの前者が答えだった…というのか?)」
意思を持つが故に、故郷へ戻ろうとした。そう出したイデアの仮説は、しかしイデア自身も言っていたが、俄かには信じられない話だ。
だが現実として、門を潜った無数の糸はどれもヘブンの上空へと舞い上がり、それから目視できなくなっていた。
幾ら考えても答えは出そうにない。そう思い視線を下げたクロウは、そこでようやく、イデアのしている事に気が付いた。
彼は、ヘブンズ・ゲートの中に片手だけを差し入れていた。
「…何をしている?」
イデアは、まるでそう言われるのを待っていたかのように、少しすまなそうな表情で、クロウに顔を向ける。
「超長距離まで空間を歪曲させ、地球上からヘブンへと直通する道、それがヘブンズ・ゲートだ。本来なら三千年前に失われた技術。マザー・セラもマザー・ユーナも、存在すら知らない」
イデアが語ったその話の内容で、クロウは彼が何をしようとしているのか、理解できた気がした。
だから、彼は頷いた。
「異存ない。そんなものがあれば、今後どんな風に悪用されるか、分かったものじゃない」
だがクロウがそう答えたのは、イデアにとっては予想外だったらしい。彼は僅かに驚いた顔で、目を見開いた。
「でも、そうしたら…」
「ヘブンの端末にアクセスすれば、どうあっても地球にいるマザー達は気が付くだろう。彼らが迎えに来る事を祈るしかない」
そこまで言ってから、クロウは思い出し、一言付け足した。
「それに、ゼゼが事態を教えてくれている筈だ」
ゼゼの名を聞いて、イデアは僅かに明るさの戻った表情で、頷いた。
そして、ヘブンズ・ゲートから腕を戻した時には、彼の手にはディフレクターが握られていた。

完全な球状の、真っ白なディフレクターが。

「初めて見たな…そんな形のディフレクター…」
「ああ。失われた技術で作られたものさ。これがヘブンズ・ゲートのキーだよ。ロゴスという古き神々の一人が、三千年の時をかけて複製したものだ」
そこまで言うと、イデアはそのディフレクターに注いでいた視線を、クロウの顔へと向ける。
「覚悟はいいね」
「ああ」

イデアが、球状のディフレクターを地面へ落とす。

その瞬間、クロウは刀を抜き、そのディフレクターを真っ二つに斬り裂いた。

「これでもうしばらくは、誰もヘブンに来られない」
「そして誰もヘブンから出られない…だろう」
クロウの言葉に、イデアは真剣な表情で頷く。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
そして二人は、草原に転がる真っ二つになった純白のディフレクターに背を向け、マスタールームへと続く建物へ向けて歩き出した。


「開けるよ」
マスタールームのある、灰色の円柱状をした建物の入口で、クロウは息を呑んだ。そんなクロウの様子を窺いつつも、イデアはゆっくりと、入口であるゲートを開く。

果たしてそこに、黒装束に身を包んだ、長い金髪の女性が立っていた。
白い肌、翠色の瞳と、僅かに幼さの残る、優しそうな顔立ち。クロウの記憶通りならば、『彼女』が死んだ時の年齢は16だった筈だ。
彼女は部屋の中央ではなく、奥にあるモニターの傍に立っていた。そしてそこが、かつてヘブンの支配者であったマスターがいつも立っていた場所だと、クロウは気付いた。
「デウス。君を破壊しに来た」
そう言いながら、イデアは歩き出す。
床を一歩一歩踏みしめながら、部屋の中央にある空間へと。
彼がそこまで辿り着いたのを確認した後、クロウも同じように歩き出し、イデアの隣まで歩いて行った。
そしてその間、彼女の瞳から目が離せなかった。

「ええ。待っていました」

静かな、しかしよく通る声で、彼女――レノア・エリュシオンはそう言った。
イデアはそれに対しても表情を変えぬまま、再び言葉を紡ぐ。
「でも、先程のノアのように事を急ぐつもりは無い。ここまで来たんだ、まず君は、彼の意思を翻弄した始末をつけるべきだ」
そう言って、イデアはクロウに視線を向ける。
それに伴って、レノアの視線もイデアからクロウへと移っていた。
イデアの言った言葉の意味が、一瞬クロウには分からなかった。だが彼の言う『意思を翻弄した』というのが、あの嵐の夜にレノアが自分の目の前に現れた時の一件の事だと、彼女の眼を見返した時に気付いた。
「その事なら、もういい。あれで俺は大きな過ちを犯したかもしれないが、それでも俺なりにやる事はできた。それに…道なら正してもらった」
引き止めてくれたロックマン・テスタメントと、諭してくれたノアを思い浮かべながら、クロウは言う。それと同時に、自分が今ここにいる事ができたのは、沢山の人々のお陰なのだと、今更ながら実感していた。
「それより、聞きたい。『デウス・エクス・マキナ』とは、一体何なんだ」
クロウの言葉に応える様に、イデアはレノアへと視線を向ける。
レノアはクロウの言葉に、決然とした口調で言った。
「全てお話します」

「『デウス・エクス・マキナ』とは…地球という星に生きる全ての人々の、記憶と人格の保管庫なのです」
その言葉に――正確に言えば、その内容のスケールの大きさに、クロウは驚きを隠せなかった。
大方の予想はしていたのだ。ノアや他の古き神々の口ぶりから、『デウス・エクス・マキナ』とは、何らかのシステムなのでは無いかと。
だが、レノアの口から語られたその全貌は、そんなクロウの予想を遥かに超えていた。
そんなクロウの驚愕も承知しているかのように、淡々とレノアは言葉を進める。
「デコイ、オリジナル・ヒト・ユニット、リーバード…そしてマザーでさえも、ヘブンの管理する全ての個体の感覚、思考をリアルタイムに記憶し、人格さえもコピーして保管する。それが、『デウス・エクス・マキナ』の役割なのです」
「役割の一つ、だろう」
横にいるイデアが訂正する。クロウがそちらへ視線を向けた時、彼の表情には何の感情も浮かんではいないように見えた。
イデアの言葉を受け、レノアは頷きながら答える。
「ええ。それも役割の一つ。エデンを介し、地上の施設を介して、気象や地質など、あらゆる地球環境の変化を、情報として蓄積する事も」
「一体…何の為にそんな事を」
その言葉を待っていたとでも言うかのように、レノアは静かに言葉を紡いだ。
「未来を…予測するためです」

「地球という星の、あらゆる生命の思考、そしてその思考を左右させる外的要因。更に確率論も考慮に入れ、それらを元に地球という星、ひいてはそこで生活を営む生命の未来を予測する。そのために『デウス・エクス・マキナ』は作られたのです」
そこまで語ったレノアの言葉を、クロウが理解した丁度そのタイミングで、イデアは言った。
「そう。そして…それは間違いだった」

「人の未来には、滅亡しか待ってはいないのだから」

そう言い放ったイデアの眼には、ノアに浮かんでいたものとよく似た、『憎悪』の色が滲んでいた。
レノアは、無表情でその言葉を受け止める。肯定も否定もしないまま、彼女は言った。
「まだ、この星…ヘブンが完全には完成していなかった頃。そんな時期に、『デウス・エクス・マキナ』は起動しました」
話を続けるレノアを、イデアは複雑な表情で見つめている。
「初期情報――即ち、その時点でのできる限り集められた地球環境の情報と、そこに住む知的生命体の思考パターン――を入力し、『デウス・エクス・マキナ』が最初に示した未来は、それでした」
彼女の言う『それ』が何なのか、クロウには一瞬理解できなかった。だがレノアの視線がイデアに注がれている事と、その彼女の表情から、クロウはようやく理解する事ができた。

三千年前に『デウス・エクス・マキナ』が予測した未来とは、イデアの言った『滅亡』だったのだという事に。

僅かな間目を瞑り、やがてレノアは言った。
「そして…その日から、永きに渡る戦争が始まりました」
「それは…一体、何故」
思わず口にしていたクロウの疑問に答えたのは、イデアの方だった。
「以前ノアが言ったと思うんだけどね、その頃には、マスターと同じオリジナルの人間達は、まだ十数人はいたんだ。そして、『デウス・エクス・マキナ』の出した結論に対して、彼らの意見は分かれた。肯定する者と、否定する者とに」
イデアの言葉の後を、レノアが続ける。
「ええ。『デウス・エクス・マキナ』の出した結論を受け入れず、自分達の力で人の未来を築こうとする人々と、たとえ『デウス・エクス・マキナ』が人という種の破滅を予測したとしても、その予測を分析し、未来へと役立てるべきだとする人々。オリジナルの人間達の勢力は、主にこの二派に分かれました」
ということは、その二派が現在の『ヘブン』と『古き神々』なのか。ここまでの話を聞いて、そうクロウは推測した。
尚も、レノアは話を続ける。
「最初は、穏やかな議論で始まりました。しかし、やがて議論は成り立たなくなっていきました」
それは一体何故なのか。そうクロウが疑問を呈する前に、レノアはその疑問に答えていた。
「そうなってしまったのは、『デウス・エクス・マキナ』の危険性が原因でした。地球環境、そして生物の思考が掌握できてしまうこのシステムは、悪用されればどれほどの危険性を得るのか、当時の人々にとっては、予測するのも恐ろしかったのです。やがて『デウス・エクス・マキナ』の予測を受け入れなかった人々はシステムの消去を訴え、『デウス・エクス・マキナ』の予測を未来へ役立てたかった人々は、システムの存続を訴えました」
そこまで話し終えると、レノアは一拍を置き、そして再度口を開く。
「やがて二派の主要な人物達はヘブンから地球へと降り、最終戦争を開始したのです」
そうレノアが言った時、イデアの表情は曇った。忌まわしい記憶を思い出したかのように。
そして、彼は言った。
「僕…いや、オリジナルの人間の一人だった『イデア』は、『デウス・エクス・マキナ』の予測を受け入れなかった人間の一人だったんだ。彼もこの戦争に参加した。ただし…」
イデアは一瞬眼を閉じるとやがて意を決したように言葉を紡ぐ。
「開戦直後に、彼は捕らえられた。『タナトス』という名の、オリジナルの人間達の一人によって。そして…度重なる人体実験を繰り返され、やがて彼から…『ノア』が造られた」
そんなイデアの様子を、驚愕の表情でクロウは見つめる。ノアの出自は先程本人の口から聞いていたが、このような背景があるとは思わなかったのだ。
次に言葉を紡いだのは、レノアの方だった。
「やがて、この戦争にも終わりが見えてきました。切っ掛けとなったのが…『ロックマン・ジーザス』です」
レノアの紡いだ名前に、クロウは覚えがあった。それどころか、数時間前に殺し合いまでした相手の名だ。
「あいつか…!」
クロウの反応に、レノアは静かに頷く。
「ええ。彼の齎した戦果により、実質的な勝敗は決しました。『デウス・エクス・マキナ』を受け入れなかった人々の勝利へと。しかし、その代償は決して安くはありませんでした。生き残ったオリジナルの人間は、もう数人しか残っていなかったのです」
「その数人も、すぐに数が減った。自分達の行いの報いを受けて」
そう呟いたイデアをレノアは哀しそうな目で見つめた。
「多大な戦果を上げた『ロックマン・ジーザス』が、彼らは怖くなったんだ。最大の敵を倒した彼らにとって、最も危険な存在は彼だったから。そして彼らは、勝利した『ロックマン・ジーザス』を殺そうとした」
「そう。戦争の最後の局面は、勝者達の内紛でした。その最後の戦いで、オリジナルの人間は悉く彼に殺害され、遂にはマスター一人となったのです」
そこまでのレノアの話の内容に、クロウは疑問を差し挟まざるを得なかった。
「だとするなら…『古き神々の祖』とは?ノアは、そいつらもマスターと同じオリジナルの人間だと言っていたが…」
言葉を紡いだクロウに向かって、レノアは頷いてみせる。
「ええ。敗者となった、『デウス・エクス・マキナ』を肯定した側の人間達のうち生き残った数人は、自分達の敗北を確信すると、地下へと身を隠しました。そして密かに力を蓄えた。配下となるリーバードを創造したり、自らの身体を改造したり…様々な方法で」
「それが…『古き神々』…」
「ええ。勝者となった、『デウス・エクス・マキナ』を否定した側の勢力は、ヘブンを支配しました。敗者となった勢力は地下に篭りましたが、時折ヘブンの勢力と激突する事もあった。ある者は殺害され、ある者は地下の施設に封印され…そうしていくうちに、いつしか彼らはヘブンの者達に『古き神々』と呼ばれるようになったのです」
レノアがそこまでで言葉を切ると、クロウは言った。
「…レノア、イデア。発端と、今に至るまでの歴史、そして『デウス・エクス・マキナ』というものの役割は分かった。だが、分からない事がある。三千年前の戦争で、『デウス・エクス・マキナ』の予測を否定した側が勝利したのなら、何故今も、消去されずに存在しているんだ」
クロウの疑問を聞いたレノアは、再度僅かに俯く。
「一つは、『デウス・エクス・マキナ』の作成に直接関わった人間が、戦争後に生きてはいなかった事。二つ目に、『デウス・エクス・マキナ』というシステムが、ヘブンの管理システムと密接に結びついていた事。これらの理由により、ヘブンの管理者となった、生き残ったオリジナルの人間――マスターには、削除する術が無かったのです。彼は、『デウス・エクス・マキナ』を封印しました」
「そして、マスターが亡くなり、システムの実権を握ったマザー・セラがロックマン・トリッガーに敗れた事で、『デウス・エクス・マキナ』の封印は解かれた」
後を引き継いで紡がれたイデアの言葉に、レノアは静かに頷いた。

やがて、クロウは最後の疑問を紡ぐ事を決心した。
どんな答えが返ってくるのか、想像もできない。そしてその答えにより自分がどうなるのかも。
「最後に一つ、答えて欲しい」
先程、目の前のレノアが言った事が本当なら、自分の思考も読まれている筈だ。それでも、クロウはあえて、疑問を口にしようと思った。
「何故。レノアの姿をしている」
「…あなたに賭けようと思ったからです」
そういったレノアの表情は、確固たる覚悟を物語っていた。
その表情に、クロウは内心で激しい焦燥を感じつつも、再度問い続ける。
「それは…一体何の賭けなんだ…!?」
「彼――タナトスの計画通りに動きながら、それでも尚タナトスの計画を打破するには、あなたが必要だった。だから…あなたの破滅しそうな精神を救うには、レノア・エリュシオンが必要だったのです」
レノアの言葉を聞いて、クロウは再び、あの嵐の夜の事を思い浮かべる。
「そうか…確かにあの時、君が現れなければ、俺はもう…死んでいたかもしれない」
俯いて、クロウはそう呟いた。
これで疑問は全て解けた。
そして、全ての元凶だった古き神々の一人・タナトスは、先程ノアが自分の命と引き換えに消滅させたのだ。
これで、自分ができる事はもう何もない。そう感じていた。

イデアには、何かが引っかかっていた。
レノア・エリュシオンの姿をした、目の前にいる人物。その表情、その口ぶりから、タナトスが最大の懸念事項だったように感じられるのだが、その顔から緊張感は消えていない。先程までは、その顔に浮かぶ緊張はロックマン・ミラージュに真実を話さなければならない事からくるものだと思っていたのだが。
この分だと、ロックマン・ミラージュの方は大丈夫そうだ。なのに、やはりレノアの表情からは緊張感が消える気配は無い。
だからイデアは、疑問を口にした。
「僕からも一つ聞きたい」
レノアが、視線を向ける。
「タナトスの『糸』がヘブンに移動した理由だ」
その質問も、彼女は予想していたようだった。

横にいたイデアの発した質問に、レノアの表情が僅かに曇ったようにクロウには感じられた。
レノアは、僅かに間を置くと、言葉を紡ぐ。
「待っていたからです。『彼』が」

その瞬間、クロウとイデアの背後で、マスタールームのゲートが開いた。

反射的に振り向いたクロウの目に、予想外の人物が立っていた。

血と埃に塗れたアーマーとマント、そして頭に被ったフード。
フードから除く銀髪。クロウと同じ位の背丈。
その顔を覆う、銀色の仮面。

クロウは数時間前に、その人物が死ぬ所を見ていた。
しかし不思議と、生きて目の前に現れた事を、受け入れている自分もいた。
死んだ筈の者が目の前に現れた事が、今までに幾度もあったからかもしれない。

覚悟と共に、クロウはその人物の名を呼んだ。
ほぼ同時に横にいるイデアも、そこにいる人物の名を呼んだ。

「ロード…!」
「タナトス」

同じ人物を見ている筈の二人が、それぞれ別の名を呼ぶ。

これが、最期の戦いの、幕開けの合図だった。



最終更新:2015年02月07日 22:10