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「おい…おいアランっ!!」
急に呼びかけられて、アランは眼を覚ました。
起き上がり、辺りを見回す。
周囲の光景は、緑黄色の葉をした木々がひしめき合う、森の中だった。
所々の木々には、果物が生っているのがかすかに見える。
木々の間からは、眩い木漏れ日が降り注いでいた。
「…ここは…」
「何寝ぼけてんだよ」
急に背後から聞こえた声に、アランは即座に振り返った。
青いTシャツに長いズボンを着た、金髪の13歳くらいの少年がそこに立っていた。
その顔の鼻の辺りには包帯が巻かれている。
その少年には見覚えがあった。遠い記憶の彼方で、色々な思い出が甦ってくる。

その少年の名は、アポロといった。

そしてその鼻の怪我は、アラン自身がやったものなのだと、彼は思い出していた。

記憶に翻弄され何も言えないでいるアランに、アポロは呆れたような表情で言う。
「ったく、転んで頭打って気絶とかトロイ奴だな。お前が怪我するとまた俺が疑われんのに」
いつか見た時と同じ表情、同じ雰囲気で、アポロはそこにいた。
つい口をついて、アランは言葉を返す。
「ご、ごめん…」
「気をつけろよな」
そう言うと、アポロはアランに背を向け、歩いてゆく。

「(そう、か…そういう事…なのか)」

立ち上がり、アランは真っ直ぐアポロの背中を見据える。
もうチャンスはこの一度きりだと分かっていたからだ。そして、普通ならあり得ない『やり直し』の機会が与えられたという事に、言い知れぬ感動を感じてもいた。
「アポロ」
「あん?」
不機嫌そうな声で、アポロは振り返り、アランを見る。
アランは、緊張を隠しきれぬままアポロの目を見据え、言った。
「殴った事、それに怪我をさせた事、本当に…ごめん」
そう言うと、深く頭を下げるアラン。
次の瞬間に殴られたって構わない。そんな面持ちで、アランは頭を下げたまま、アポロの次の言葉を待った。

「…何でお前が謝んだよ」

「…え?」

意外なアポロの言葉に、アランは顔を上げ、彼の顔を見る。
アポロはやはり不機嫌そうな表情をしたまま、次の言葉を紡いだ。
「あれは元はと言えば俺からやったんじゃねぇか。そんで俺は昨日お前に謝った。それで終わりの話だろ」
「アポロ…」
そう言うと、アポロは先程と同じように、アランに背を向けた。
「くだらねぇ事気にしてんじゃねぇよ」
「アポロ!どこへ…」
「レノアのとこだよ」
そう言うと、アポロは迷い無く前方を歩いてゆく。
「ったく、お前がこんなとこで寝てるから俺が探しに行く羽目になったんだ」
そう呟きながら、アポロはどんどん進んでいった。その背中を、アランは必死に追う。
彼は、アポロが言った言葉を思い出していた。そして遠い記憶の中で、レノアがアポロを評した言葉を。
『アポロは、確かに意地悪だけど、素直な時もあるのよ』
レノアの言葉は本当だった。
このままずっと彼らと暮らしていたら、アポロの事も深く理解できたのだろうか。もう過ぎた話だが、アランはそう考えずにはいられなかった。


アポロの背中を追い、森の中を進む。その先にあるものを考え、緊張しながら。
自分の心臓の鼓動が、一際大きく聞こえる。この先にあったかつての光景が、頭から焼きついて離れないからだ。
誰かが争うような音は、聞こえなかった。
やがて、アランの目の前の光景が開ける。
彼の眼に映ったのは――

沢山の子供達と、彼らの中で一緒に笑い合っている、レノアの姿だった。
「あ…」

自分は、この光景が見たかったのかもしれない。アランはそう感じていた。

「アラン!どこいってたの?」
レノアに果物を渡していた子供達の一人が、アランの姿を見て駆け寄り、問いを投げかける。
子供たちから果物を受け取っていたレノアも、アランの姿に気付き、視線を向けた。
「アラン!心配したのよ…何かあった?」
「転んで頭打って寝てただけだ。大した事ねぇよ」
いつのまにかアランの横にいたアポロが、呆れたようにそう答えを返す。
そんなアポロの答えを聞いて、子供達がアランへと口々に問いを浴びせ始めた。
「頭打ったの!?大丈夫だった…?」
「アランは果物取ってこれなかったの?」
「ほらほら皆、そんないっぺんに質問したらアランも困っちゃうで…どうしたの、アラン?」
子供達を諌めていたレノアが急に顔色を変え、近づいてきてアランの顔を覗き込む。
「え…」

そう言われて初めて、アランは自分の頬を涙が伝っているのに気がついた。

周りの子供たちもアランの異変に気がつき、黙り込む。
アランは袖で涙を拭うと、微笑んだ。
「…ううん。何でもない」
それでもレノアも子供たちも、不安そうにアランを眺めている。
そんな彼らに、少しすまなそうに、アランは言った。
「ごめん…レノア、みんな。僕、もう…行かなくちゃ」
紡がれたアランの言葉を理解できず、子供達は顔を見合わせる。
だがレノアだけは、その答えで全てを悟ったらしい。諦めたように、彼女は微笑んだ。
そして地面に片膝を着くと、自分の首に巻いていた白いスカーフを解き始める。
「…おいで、アラン」
レノアの言葉に、アランは彼女に近づいた。
「もうあなたには必要ないかもしれないけど…持っていって」
そう言いながら、レノアはアランの首にスカーフを巻いていく。
ようやく巻き終えた時、アランはそのスカーフを握り締めると、力強く頷いた。
そんなアランの両肩に手を置き、レノアは言った。

「アラン。これから先、きっとまだまだ苦しい事や辛い事が待ってると思う」

「でも、これだけは忘れないで。あなたの人生は、あなた自身が創っていくの」

「だから…誰のためでもない、あなた自身の人生を、生きて」

そう言ったレノアの表情には、初めて会った時と同じ、安心させるような微笑みが浮かんでいた。
それを目に焼き付けてアランは、皆に背を向け、歩いて行く。
背中から、声が聞こえる。
沢山の子供達の声が。彼らは、去り行くアランを励ましていた。
応えず、それでも胸中で彼らに感謝しながら、アランは歩む。
やがて、彼は辿り着いた。
森の出口へ。
その先にある、光の中へ。



最終更新:2015年03月08日 22:38