空は澄み渡り、どこまでも青く続いている。
山道は前日降った雪に覆われていた。
車が一台、そこを走っている。
片方は森が続き、片方は垂直に近い山肌。
そんな道をずっと進んでいた。
他にすれ違う車も、後続の車も無い。
それは、穏やかな旅だった。
傍らの森から、巨大な鋼の獣が現れるまでは。
獣の体躯は車よりも一回り大きく、そしてその眼は車を狙っていた。
獣の体当たりで呆気無く車は吹っ飛び、山肌に激突する。
横転し、煙を吹く車。
やがてその車から、一人の男がよろめきながら現れる。
鋼の獣は、その眼を男に向けた。
男はそれを察知するとすぐに車から脱出し、山肌を背にして獣と向き合う。
次の瞬間、鋼の獣は突進し、今度はその凶悪な爪を男に向けて振り下ろした。
かろうじて脇に入ることでそれをかわし、男は道路の反対側にある大木の前まで走る。
だが、獣もそれを察知すると、すぐに振り向いて再度突進を始めた。
かろうじて大木の前まで来た男は振り返ると、今度は獣の突進を避けようとはしなかった。
諦めたのではない。その眼は、死んではいなかった。
そして獣は、男の背後にあった大木へと激突する。
大木が軋み、その木や周囲の木々にいた小鳥達が一斉に飛び上がっていく。
獣の牙が、深々と木に食い込んでいた。
男は、獣の下に潜り込んでいた。
そしてその獣の喉元、鋼の皮膚の隙間に、男の右腕が差し込まれていた。
男の腕は内部の配線を手当たり次第に千切り、引き抜いてゆく。それと共に、大量の火花と血のような黒い液体が溢れ、男の身体を濡らしてゆく。
獣は抵抗し、もがき苦しむかのように身体を揺さぶり続けた。
だがやがて、その身体は地に伏し、それきり動かなくなった。
獣の横で、男は仰向けに倒れていた。
素手で獣の体内を壊した両腕は大量の切り傷に覆われ、血がその腕全体とその周囲の雪を染めている。
それでも立ち上がり、男は横転した車の方へ向かった。
その時、通りかかる車が現れ、運転手が出てきて男に話しかける。
だが男はそれに答えず、それどころかその運転手に気づいてすらいなかった。
ただただ男は、急ぎ自分の車へと向かう。
煙を吹いていた車が炎に包まれたのは、その瞬間だった。
絶叫し、炎を上げる車へと向かおうとする男。
それを、通りがかった運転手が肩を掴んで必死に制止する。
やがて炎は益々激しくなり、やがて巨大な爆発が巻き起こった。
その爆発に向かって、男はただ絶叫することしかできなかった。
妻と、娘の名を。
最終更新:2016年11月05日 00:28