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目を覚ますと、まず感じたのは腹からの痛みだった。

気がつけば、俺はベッドに寝かされていた。
身を起こし、視線を下ろすと、腹に包帯が巻かれている。
そこで初めて俺は周囲を見回した。どうやら病院の個室のようだ。
白い壁、白い天井、窓。入り口のドア。
そこまで把握して、俺は何故ここにいるのか思い返した。


悪夢というのはこういうのを言うんだろう。
俺に探偵のイロハを教えてくれたボス。あの男が、『ルシウス・サイファー』という名の、ロワイアル・ファミリーの最高幹部だったとは。
そのボス――ルシウス・サイファーに撃たれて、俺は意識を失ったんだった。
意識を失う直前に誰かに声をかけられた気がするのだが、どんな人物だったのかは思い出せない。女の声だったような気もする。
そいつが救急車を呼んで、ここに運び込まれたのだろうか。

ベッドから降りようとして、俺は気づいた。
右手に手錠がかけられ、それがベッドに繋げられている。
当然か。ボスの元に行く直前、俺は殺人事件の重要参考人であり病院で治療を受けていた身だった。そこから抜け出してボスの元へ行ったんだから。
とにかく、この状態ではどうすることもできないだろう。
この際、もう一度寝ようかと思い始めた所だった。


「起きたな。早速話がある」
その言葉と共に、ドアから誰かが入ってきた。

マーク・ウィルクス。当初は俺と因縁のある刑事カーネル・ジョンソンの部下として俺の前に現れたが、色々とその動きがきな臭かった男だ。
事実、共に行動している筈のエリス・ブラウン刑事の姿が今回も無い。
俺は再度身を起こすと、ウィルクスを睨んだ。
「丁度いい。お前には色々と聞きたいことがあった」
そう言った俺を見据えるウィルクスの表情は、以前見たものとは全く別のものだった。
以前見たときは、人間の善性というものを信じている若造という雰囲気だったが、今その顔にはそんな甘さなど欠片も残っていない。その代わり、その眼には何か覚悟を決めたかのような、熱意とでも言うようなものが浮かんでいた。
「なるほどな。エリスに見せていたのは表面上の顔で、今のお前が本当の顔というわけか」
「悪いが貴方の無駄話に付き合うつもりは無い」
そう言いながら、ウィルクスは扉近くの椅子に腰を下ろし、俺の眼を真っ直ぐ見つめる。
「直接指示しても到底貴方は従いはしないだろう。だから情報だけ渡し、我々の望み通りに動いてくれるのを祈るしかない」
俺は奴の言葉の殆どが気に食わなかった。気に食わないながらも、まずは情報から手に入れることにした。
「『我々』というのは何を指している?警察か?カーネルやエリス達の事か?それとも…」
「付き合うつもりは無いと言った筈だ」
俺は改めて奴を睨む。奴は憮然とした顔で俺の視線を受け止めていた。
そして、奴は口を開く。
「話には聞いているだろう、ロワイアル・ファミリーが次のボスを決めるため、あるゲームをしようとしていることを」
「…ああ」
ウィルクスの言っている『ゲーム』とは、俺が今回撃たれる切欠となった事件で情報を手に入れていたものだった。

まずロワイアル・ファミリーの最高幹部達が一人につき一人ずつ、外部から殺し屋を雇う。
そして今後ロワイアル・ファミリーの障害となる人物をターゲットとし、その殺し屋達に一晩で始末させていく。
そうして、一番多くのターゲットを始末した殺し屋を雇った最高幹部が次のロワイアル・ファミリーのボスとなる。
最初から最後まで、実に狂ったゲームだ。

「そのゲームが行われるのは、今夜だ」
「何…!?」
そう言われ、俺は即座に室内の時計を探したが、どこにも無い。
「今は18:00。もう始まっていてもおかしくはないだろう」
「ってことは…俺は丸一日近く眠っていたわけか」
確か、俺が撃たれたのは真夜中だった筈だ。今が翌日の18:00なら、それくらい寝ていたことになる。
「今夜だと分かっているなら、お前は何でここで俺と悠長に喋ってるんだ?」
「無論、私もこれから警察と合流するさ。それより前に、貴方に情報を渡しておきたい。今を逃せば次のチャンスは一ヶ月、下手すれば二ヶ月は待たねばならない」
「…おい、さっきからお前が何言ってるのか全然分からないんだがな」
「これはマーガレット・カーライルから情報を渡された貴方にしかできない仕事だ」
俺の抗議など完全に黙殺するウィルクスに、俺は一度ぶん殴ると決めた。
「それで、何が言いたい?」
「月に一度、ロワイアル・ファミリーは町の中心部でカジノのイベントを開く。大々的に」
殴ると決めてからはすんなりと奴の言葉が頭に入るようになった。
だが、それと共に嫌な予感も増していく。
「そこで賭博でもやってるってのか」
「…賭博は賭博だが。普通の賭博ならどんなに良かったかと思うよ」
そういって肩を落とす様は、ここに現れてから奴が始めて示す人間性のように見えた。
そしてウィルクスは、着ている濃い緑色のコートのポケットから地図を取り出した。この街の全域を記した地図のようだ。
そして、俺のいるベッドの上に広げると、奴はほぼ中心を指差す。
「ここだ。この街の中心部にあるホテル『グランドクロス』。ここの地下にあるカジノで、奴らは賭博をしてる」
「それが分かってるならお前らがガサ入れをすれば済む話だろう」
俺の言葉に、ウィルクスは首を振る。
「地下1階から4階はポーカー、スロット、ルーレットなど、普通のカジノだ。だがその下からは違う」
「何がある」
その質問に、奴は口を噤んだ。
「貴方の眼で確かめろ。月に一度開かれる。そして…それがロワイアル・ファミリーの、最大の収入源だ」
そう言うと、奴は俺に何かを差し出した。

それは、銀色のカードだった。

「何だこれは」
「このホテルのカジノ…それも地下5階から下は、このカードを持つ者しか入れない」
俺が受け取るまで、そこを動かないつもりらしかった。
ベッドから動けない以上、俺はそれを受け取るしかない。
俺が受け取ったのを確認すると、ウィルクスは俺の手にかけられた手錠を解除した。
「つまり…俺にそこへ潜入しろと?」
ウィルクスは答えなかったが、そう言っているも同然だ。俺の問いに答えない代わり、奴は沈黙の後に別の言葉を紡いだ。
「マーガレット・カーライルの依頼はまだ終わっていない筈だ。彼女が死のうとも、貴方は支払われた報酬分の仕事はするべきだ」
やはりまだ物事の全容が見えない。何故ここでマーガレット・カーライルの名前が出てくる?

彼女――マーガレット・カーライルは、ロワイアル・ファミリーの手によって銃殺された、俺の依頼人だ。
俺は目の前にいたにも関わらず、彼女が殺されるのを止めることができなかった。
そして彼女の俺への依頼内容は、ロワイアル・ファミリーに囚われている、『レイラ』という少女を助けて欲しい、というものだった。

最早怒りを通り越して呆れさえ覚えたが、俺は最後に確認することにした。
「…お前の言うロワイアル・ファミリーの最大の収入源。今夜行われるという奴らの虐殺。そしてマーガレット・カーライルが救いたがっていた、『レイラ』という少女。全て…さっきお前が言ったカジノの地下と関係があるというのか」
「そうだ」
こいつと、こいつのいる組織は確かに気に食わない。だが、こうまでお膳立てされては、俺も行動を起こすしかないのか。
ここで行動を起こさなければ、恐らく一生後悔するだろう。だが、もし奴の誘導通り、俺が潜入したとして、あっさり捕らえられて頭に弾痕を付けて物言わぬ死体になったとしたら?

まぁ、いいか。どうせルシウス・サイファーに撃たれた時点で、俺は一度死んでいる。

「いいさ。死人一人、お前らの口車に乗ってやる」


マーク・ウィルクスの先導で病院を出ると、俺はそのまま奴の車に乗り込んだ。
後部座席に座った俺の隣に、一着分のスーツが置いてある。
「移動している間に、これに着替えろ」
運転席に座りながら、ウィルクスは事も無げにそう言った。
「…随分と準備がいいな」
俺の言葉に奴は答えず、車を発進させる。
行き先は高級ホテルだ。上にコートを着ているとはいえ、今のような病院の患者が着る服のまま行けば、たちまち摘み出されるだろう。
仕方なく、俺は走行中の車の中という身動きの効かない中で必死にスーツに着替え始めた。
「これも付けろ。念のため人相も誤魔化す必要がある。付け焼刃だが」
スーツを着替えている俺に向かってそう言うと、ウィルクスは車のダッシュボードから眼鏡を取り出し、俺に寄越した。
確かに、ロワイアル・ファミリーの殺害リストに俺も入っているなら、俺の人相が奴らに知れていても可笑しくない。
眼鏡一つで誤魔化せる可能性は低いが、無いよりはマシだろう。そう思い、俺は慣れないながら眼鏡を顔にかけた。当然ながら度は入っていない。
そうしてしばらく走るうちに、奴は言った。
「今この瞬間にも、ロワイアル・ファミリーの雇った殺し屋が街の中を動いているだろう」
「お前らに任せて大丈夫か?」
「…少なくとも、貴方にできることは何も無い」
一々癇に障ることを言ってきやがる。以降俺は何も喋らず、黙々と渡されたスーツに着替えた。


やがて、目的のカジノの前にある大通りの端で、車は止まった。
街一番のホテルにあるというだけあり、凄まじい大きさのホテルだ。
地上30階建て、一フロアにつき20部屋もあるというのだから驚きである。少なくとも、安い給料の俺では一生縁の無いホテルであることは確かだろう。
「悪いが、迎えは出せない。この後私も『ゲーム』の対応に回るからな」
「そうかい。初めから期待しちゃいないさ。どうせ俺が死ぬことも想定済みなんだろう」
俺に言葉に、ウィルクスは無言だった。それを肯定と受け取り、俺は必要なものを持って車を出る。
先程着替えたスーツの上にコートを羽織った姿で、そのまま振り返らずにホテルへ直行した。

ウィルクスから渡されたカードは効果抜群だった。
扉を潜る度に複数人の警備員に出くわしたが、カードを見せるだけで彼らの方から扉を開けてくれる。いつも潜入の際に警備員に気を付けていたのが馬鹿らしくなるくらいだ。
ホテルの地下階には、確かにカジノがあった。案内板には、ウィルクスの言った『地下5階から下』は存在せず、地下4階までしか表示されていない。
ウィルクスの言う通り、スロットやルーレット、色々な種類のカードなど、この階はまだ普通のカジノだ。
下の階へ行くにつれて、客層の年齢が上がっていくのが分かった。端から見ているだけで、賭けられていく金額が多くなっていくのも。

やがて、地下4階に辿りついた。階段もエスカレーターも、ここで途切れている。
だが、更に下の階への道はすぐに見つかった。
フロアの端にもう一つ下へ向かうエレベーターがあり、両側に二人の警備員が陣取っていたのだ。
しばらく観察していると、明らかに客と思しき豪華絢爛な衣服に身を包んだ老齢の紳士が、警備員に案内されてエレベーター内へ入っていくのが見えた。そして、その際に銀色のカードを見せているのも。
警備員は見るからに堅気ではなさそうだ。一様に黒いスーツとサングラス。一方はスキンヘッドで一方は角刈り。どちらも身長2メートルを超え、逞しい体格がスーツの上からでも分かる。

顔認証でもされてないだろうな。そう思いつつ、それでも他に策が無かった俺は、二人の警備員のうち一人にカードを差し出した。
警備員はカードを詳細に調べると、耳についたマイクから何事か話し出した。
「少々お待ち下さい」
何事か話し終えた警備員はそう言うと、エレベーターの横にある下階へのスイッチを押す。
少ししてエレベーターが到着してドアが開くと、俺はその警備員に促されてエレベーターに入った。

気付かれたら詰みだな。内心で冷や汗を掻きつつ俺はそう思った。
普通、エレベーターには監視カメラが付いている筈だ。
眼鏡をかけているとはいえ、知っている者がいればすぐに俺だと気づくだろう。

やがて、かなりの時間下降した後、エレベーターのドアが開いた。
ドアの先からは、上の階のカジノで響いていたのと同種の喧騒が聞こえる。
俺はその中に入っていった。


「…?」
そこは広いホールのような場所だった。
先程見た紳士と同じく、豪華な服装の年配の人間達がいる。彼らは、思い思いにテーブル付のソファに座り、前方に移る巨大なモニターを眺めていた。よくよく見れば、新聞で見たことのある顔も幾つか見える。どうやら、政財界に顔の効きそうな人間も多く集まっているらしい。
彼らが見つめている巨大なモニターは何画面かに分割されており、端のモニターには秒単位に変化する数値が表示されていた。
そして、モニターを見ながら、その客達は一喜一憂しているのだ。
「(…一体、何が映っている?)」
俺はしばらくモニターの内容が分からなかった。
だがやがてそのモニターに映された光景の意味に気付くと、絶句した。
「なっ……!?」


以前の事件で、俺はこの街の地下に広がる、古代の遺跡というものを調査する役職――そう、確か…ディグアウターという職業について調べたことがあった。
図書館にある大量の資料を、調査の一環として読み漁ったのだ。
その時は、俺のような纏まった資金などない下層の人間には一生縁の無い職業だろう。そう思っていた。


目の前の分割された巨大なモニター。その分割された画面には、薄暗く、埃っぽい床と壁が映っていた。画面から見える壁面は、土なのかコンクリートなのか判別がつかない。
だが、その画面内に広がる不気味な雰囲気に、俺は否応無く以前に図書館で見た資料を思い出してしまっていた。

何から何までそっくりだった。画面に映っている光景が、図書館で見た遺跡の資料と。

モニターからは、映している人間の激しい吐息が聞こえる。どの画面からもだ。
映している人間は皆一様に走っているようだった。ある画面は前方に向かって一直線に走り、ある画面では後ろを振り返るのを繰り返しながら進んでいる。
「(何だこりゃ…ディグアウトの光景、なのか…?)」
それにしては変だ。どの画面も、映している者の動作が落ち着き無い。ディグアウターであれば、もっと落ち着いてゆっくり移動しそうなものだが。
ホールにいる人間は皆一様にその画面に見入っている。
その人間達の手元を見ると、皆一枚の紙を握っていた。
「(おい…まさか…)」

以前の事件で掴んだ事実が頭に浮かばざるを得なかった。
ある研究所の地下階に、真下の遺跡へと通じる穴がある。

『ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!』

瞬間、画面の一つから絶叫が聞こえてきた。
その画面には、中央に灰色の巨大な、獅子に似た機械の獣が現れていた。
周囲に比較物が無いせいで、その機械の獣の正確な大きさは分からないが、少なくとも体長3メートルはあるように見える。
そして、映している男の絶叫を聞き取ったのか、どんどんその姿が大きくなる。遠くから一直線に、こちらへ向けて迫ってくるのだ。

『だ、誰かっ!!誰か、助けっ…』

声が全てを紡ぐことは無く、画面は一瞬血飛沫がかかったかと思うと、砂嵐へと変わっていた。


画面を見ていた者達の一人が、あからさまに落胆した様子で舌打ちする。

「チッ、あいつに賭けてたのに!」

その男の肩をもう一人の太った、葉巻を吸う男が笑いながら叩いた。

「ハハハ、お前の掛け金は俺が貰っていくぞ!!」

その一方で、もう一人の派手な柄のスーツの男が別の画面を見ながら興奮した様子で手を叩く。

「まだだ、もう少し…もう少し粘れ!もうあと数分で俺の金が戻ってくるんだ!!」

更に別の画面を見ながら、化粧の濃い老齢の女がパイプを吹かす。

「嫌ね、また真っ先に死んだ!今日はついてないわ」


「賭けてやがる…のか…こいつら…」
血の気が引くのが分かった。
金で人間が逃げ惑い、殺される様を楽しむ。
そんな娯楽が、それもこの街の権力者達の間で行われているなど、俄かには信じられなかった。

マーク・ウィルクスは言っていた。
ここがロワイアル・ファミリーの最大の資金源だと。
元々、俺は権力者などに仕える性分でなかったのは確かだ。
だが…もしこれがそうであるなら、この街は、俺が思っていた以上に…腐っていたということだ。


「気に入りましたか?」
不意に横から声をかけられ、全身が震えるのを抑え切れなかった。
横を向くと、そこに男が立っていた。
金色の短髪に長身、白いスーツに眼鏡をかけた優男。
そして、できることならこの場所で一番会いたくなかった男――スタンリー・マクスウェインが立っていた。
「ようこそ、スティーブ・ハントさん。歓迎しますよ、手厚くね」


今までであれば、交渉に使えるような有効なカードがあった。だが、今はそんなに都合の良いものはない。
ボスが敵だと分かったショックからだろうか。俺は、マーク・ウィルクスの言葉に乗せられて、考えなしに行動し過ぎた。
そのツケがこれだ。別室に連行され、俺は黒服の恰幅の良い男達に、先程からしこたま殴られていた。
顔面は何度殴打されたか分からない。鳩尾には何度も拳がめり込み、倒れた際に背中を何度も蹴られ、踏みつけられた。
先程着替えたばかりのスーツは血に染まり、顔にかけていた眼鏡はとっくにどこかへ飛んでいってしまっている。
治療されたばかりの、ボスに撃たれた腹の傷が痛む。最後に思い切り鳩尾を殴られ、俺は盛大に吐血した。
だが、それが不幸中の幸いだった。
「もういい。ここで死体を増やすのは困る」
マクスウェインのその一言で、俺を取り囲んでいた男達はその腕を下ろす。
代わりに、男達の一人が倒れていた俺を無理やり起こし、椅子に座らせた。

そこでようやく、俺は今自分がいる場所をよく見ることができた。
何のことは無い、少し装飾が豪華な裏方用の事務室だ。
照明は点いていないが、窓の外は先程俺がいたホールとなっており、ブラインド越しに差し込んだホールの照明が室内を照らしていた。
俺の視線の先には、その窓から先のホールを眺めるマクスウェインの姿がある。

口の中が切れて上手く喋れなかったが、俺は口にせずにはいられなかった。
「こ…こは…ここは、何だ」
「先程見たでしょう。ただのギャンブル会場ですよ」
マクスウェインは窓からホールを眺めたまま、俺の言葉に答える。その口調には、不思議と面白くなさそうな響きが含まれていた。
「…機械の化け物の餌にされてるのは人間なのか」
「当たり前じゃないですか。でないと賭けにはなりませんよ。犬ではすぐに殺されるし、猫では死ぬか逃げるか。盛り上がらない」
そこまで言うと、ようやく向き直ったマクスウェインは言葉を継ぐ。
「武器を持った人間だけが、初めてあの賭けを盛り上げられるんです」
「ゲホッ…反吐が出るな。ここのオーナーはお前か!?マクスウェイン!!」
吐血交じりに紡がれた俺の言葉に、マクスウェインは微笑む。
「まさか。私はただの目付け役ですよ。ここのオーナーは『ビートルジュース』という名の最高幹部です。彼は現在特等席で観戦中ですがね」
ビートルジュース。かつての事件で一瞬だけ遭遇した、顔の片側に幾何学模様のタトゥーをした男。一瞬目が合っただけで、嘔吐するほど強烈なプレッシャーを受けた男だった。
今一度その名を聞いて、ある意味合点がいった俺は、次の疑問を口にせざるを得なかった。
「ボス…ルシウス・サイファーは、これを知ってるのか」
「この街のことで彼の知らない事などありませんよ」
覚悟していたが、あっさりとしたマクスウェインの肯定に俺は愕然となる。
そうして一連のショックが去った後、俺の中に残ったのは、憤怒だった。
「お前ら…まさかここまで腐りきってたなんてな!!」
だが俺の憤りも、マクスウェインは黙殺する。
奴は窓の外のホールの様子を眺めたまま、しばらく沈黙していた。
ホールから響く盛況な声が、薄暗いこの別室にも届く。
「まぁ…」
不意に、マクスウェインは言葉を紡いだ。
「自分の贅肉を肥えさせるのに余念が無い豚共には、良い餌だと思いますがね」
「お前もその豚の一匹だろうが…!」
間髪入れずに返した俺の言葉に、マクスウェインは振り向いた。

いつも微笑んでいたその顔から、笑みが消えていた。

怒りは無い。蔑みも無い。ただただ、その顔は無表情で、それが俺に言い知れぬ不安と恐怖を抱かせる。
それを振り払うように俺は言葉を継いだ。
「否定できるのか。ここの売り上げがお前の懐にも入ってるんだろうが…!」
「確かに。それは否定できませんし、するつもりもない」
そう言ったマクスウェインの顔には、もう笑みが戻っていた。

「だが…あなたはどうです?」

マクスウェインの言っていることの意味が分からない。俺は更に食って掛かった。
「どういう意味だ!?」
「シャド・デスペイン」
奴の口から紡がれた名を、かろうじて俺は思い出した。
シャド・デスペイン。ロワイアル・ファミリーの裏切り者だ。
奴の暗躍により無実の人間が裁かれようとしていたため、俺とマクスウェインが奴の身柄を巡ってカジノで賭けをしたことを覚えている。
「彼の身柄を賭けであなた方は手に入れた。あれとこの賭けと、どう違うと?」
「ふざけるな…!」
「ふざけてなどいない。シャドの身柄を手に入れることで、貴方も報酬を得た。あれと我々の行為の、何が違うと?」
一泊の間を置き、マクスウェインは言葉を継いだ。
「何も変わりませんよ。人の命を賭けている、その点についてはね。だから…所詮あなたも、我々と何の違いも無い」
「て、手前ぇ…!!」
俺は奴に反論しようとした。
シャドはマフィアの元幹部、極悪人だ。だがここで虐殺されている人々は。
俺はシャドと彼らとの違いを言おうとしたが、上手く言葉にできない。
それを嘲笑うかのように、マクスウェインは宣告する。

「では、あなたも餌の一つになってもらいましょう」

その瞬間、俺の背後にいた黒服が、俺の顔に何か布を被せてきた。
警戒する暇も無い。
数秒もしないうちに、俺の意識は闇の中へと引きずり込まれた。


最終更新:2017年05月03日 23:36