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目が覚める。これで何度目だ。

「あー…糞…」
眩い光が目を刺す。どうやら照明の様だ。
一先ず、俺は起き上がった。
まず、感覚している限り身体に変化は無い。意識を失う前にマクスウェインの部下に殴られた箇所も痛いままだ。
それから、周囲を見回した。


「う、うう…」
「痛たた…」
「さ、寒い…」
「くそ、何だここはぁ!!」

響き始める幾つもの声。
俺は意識を失う前の出来事を思い出していた。

ああ、地獄に来たってことか。

照明は眩く輝き、その室内には俺の他に7、8人の男達がいた。
スーツの人間、私服の人間、港湾労働者らしい作業服の人間。人種も年齢も様々だ。
そしてこの部屋は円柱形の部屋で、周囲の壁には何も無かった。
一箇所だけ出口らしき鉄製の扉があるが、恐らく開かないだろう。無理やりこじ開けるには何十人もの力が必要そうだ。

そして――恐れていた通り、部屋の中央には大きな井戸のような丸い穴があった。

穴の底は暗くなっていて見えない。だがどこまでも続いていそうだ。
そして、その穴からは冷たい風が室内に流れ込んできていた。
「あんた、何故ここに?」
俺は先程受けた暴行で痛む口の中を堪えつつ、近くにいたスーツ姿の男に話しかけた。
「わ、私は検事だ。夜中に事務所で書類を整理していたら、突然男が現れて…気がついたらこの部屋にいた」
検事。そう聞いて、俺は自分の推測を口にした。
「近いうちにロワイアル・ファミリーに関係しそうな案件を担当する予定だったか?」
「ロワイアル・ファミリー…あの、マフィアのか。確かに来週、その組織に関係している男の案件を担当する予定だったが…」
「…賄賂の話が来たが突っぱねた、なんて事が最近あったか?」
「何故分かった!?」
ああ、やっぱりだ。
俺は立ち上がり、周囲の男達を見回した。
若い男もいる。恐らく歳は20に行くか行かないかだろう。一番年齢が高そうな男は、40か50くらいだ。つまり、極端に若い者や極端に老齢の人間はいない。
「…俺達が餌になる番か」

『あ、あー、マイクテスト』

急に、室内に声が響き渡った。
周囲を見回してみると、天井の各所に、スピーカーが設置してあるのが見える。
声は、そこから流れているようだ。
聞き覚えの無い声だった。若い声にも、年取った男の声にも聞こえる。

『さて諸君、俺の名はビートルジュース。ロワイアル・ファミリーの者だ』

ロワイアル・ファミリーの名を聞いた途端、この部屋にいた者達が色々なリアクションを取った。
絶望の声を上げる者、呆然とする者、怒りの声を上げる者。他にも色々だ。
「この声が…ビートルジュース…!」
そして俺も、自然と言葉を呟いていた。
ビートルジュース。顔の片側を幾何学模様のタトゥーで覆った、ロワイアル・ファミリー最高幹部の一人にしてこのゲームを考案した狂人。ここにきてこの名を何度も聞き、そして一度は一瞬だが実際に対面した。だが、その肉声を聞くのはこれが初めてだったのだ。

『今日お前らに来てもらったのは他でもない。死んでもらうためだ』

「何だとこの野郎!!」
最初から威勢の良い、ここにいる男達の中では一番体格の良い男が吼えた。だが、それには答えず、スピーカーから響く声は話を続けていく。

『だが、ただ死んでもらうのは面白くない。そこで、ゲームをしてみることにした』

スピーカーから響く声の主の言葉に、その場にいた者達が口々に色々と声を発する。
だがどれにも応答する気配は無い。やはり俺達は餌に過ぎないというわけか。

『その部屋の中央に穴が開いているだろう?そこは、この街の地下にある遺跡へと繋がっている』

飛び込めと言うんだろう。俺はその場に座り、次の言葉を待った。

『手っ取り早く言おう。そこから遺跡へ降りろ。そして徘徊するリーバードから逃げ延びて、出口まで辿り着けた奴がいるなら…』

一泊を置き、ビートルジュースは宣言する。

『もうそいつには、ロワイアル・ファミリーは手を出さない。約束しよう』

その言葉には、不思議な説得力があった。
この中でも比較的非力そうな者達から、歓声のような安堵のような声が上がる。生き延びられる可能性を見つけたのだから当然か。
だが、そんな彼らの声を、一人のスーツ姿の男の大声が遮った。
「馬鹿を言うな!ディグアウターでもないのに、武器の一つもなしに遺跡に飛び込めだと!?自殺行為にも程がある!!」
スーツの男の訴えに、一同に生まれた希望とでもいうものが、縮んでいくのが分かる。
そして、俺にはこの先の展開もある程度予想がついた。意識を失う前に、マクスウェインが言っていたからだ。『武器を持った人間だけがこの賭けを盛り上げられる』と。

『後ろの壁を見ろ』

そう言われて、男達が皆自分達の背後にある壁へと振り向いた。
それを合図に、少しの間地響きのような音が鳴る。
やがて、壁が上に上がり、何段もある棚のようなものが現れた。

そしてその棚のスペースに、色々な武器が置いてあった。

拳銃は言うに及ばず、ショットガンやライフルが見える。
最初は皆怪し過ぎて手を出す者はいなかった。
だが、スピーカーの声が煽るように促す。

『それを使え。勿論弾丸も用意してある。実弾だ。なんなら近くにいる奴を撃ってでも確かめてみろ。まぁ、生き延びたいなら無駄に人数を減らす必要は無いがな』

スピーカーの促す声にも、しばらくはまだ武器に手を伸ばす者はいなかった。
だが、ここでも最初に武器に手を伸ばしたのは、体格の大きい労働者の男だ。
男は一丁のショットガンを手に取ると、おもむろにその銃身を頭上へと掲げた。

紛れもない銃声。

一瞬後に、天井に設置されていたスピーカーの一つがバラバラになって落ちてする。
「間違いない、本物だ…!!」

男のその言葉を皮切りに、他の男達が動き始める。
そして、皆思い思いの武器を手に入れていく。
「よこせ!それは俺が目をつけたんだ!!」
「ふざけんな!!俺が先に手に取ったんだぞ!!」
同じ武器を目当てに、争う男達まで現れた。
こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ現れる人間の浅ましさに、俺は呆れを通り越して苦笑した。きっと、あの会場にいる貴族達も笑っているだろう。反吐が出る。

最早、この時点で俺は自分の生存を諦めていた。

あの会場で見た、凄まじい大きさの鉄の獣。どんな武器があったって、アレを相手に生き残れる気がしない。

なので、俺が壁から出てきた武器の山に手を伸ばしたのは、男達が思い思いに武器を手に取った後だった。
俺は銃を探した。なるべく、『その時』が来たら引き金を引きやすいように軽いものを。

「…これは…」

武器の山の中に、見慣れた小型の拳銃が見つかった。

マーガレット・カーライルが持たされ、俺を撃とうとして撃てなかった銃。そして、俺がボスを撃つことができなかった銃。
あの時の銃と同型のものだった。

「…お誂え向きだな」

本物はボスに撃たれた時、取り落としてから見ていない。ボスの事務所に落ちているのか、それとも警察かマフィアが持ち去ったかだろう。いずれにしろ、もう俺の手元に戻る可能性は低い以上、今この手にある銃に頼るしかなさそうだ。
それを一頻り眺めてからポケットに入れた時だった。

「お前ら、離れろ!!」

その大声と共に、あの労働者の男が、グレネードランチャーを手に部屋の一角にある鉄の扉に銃口を向けていた。
間髪入れず、弾丸が発射され、鉄扉に着弾する。
凄まじい爆発音に、俺は耳を塞いだ。

だが、煙が晴れたそこには、傷一つ付いていない鉄扉があるだけだった。

当然だろう。ここにある武器で脱出できるようなら、こんな賭けが成立する筈がない。
労働者の男はそれを見ると、諦めたようにグレネードランチャーをその場に落とし、今度はそれより巨大な銃を持ち上げる。
ミニガン。携帯用の機関銃。弾丸がトイレットペーパーのように繋がれている。
「一瞬で弾切れして終わりだぞ」
俺は思わず、男にそう言わざるを得なかった。
あの鉄の獣には有効な武器かもしれないが、それでも一瞬で殺せる火力ではない。それを、人間一人が持ち運べる程度の弾数でどうにかできるわけがないと思ったのだ。
「うるせぇぞ、黙ってろ!!」
男が敵意のある眼を俺に向けてくる。俺は黙るしかなかった。

『全員、武器を持ったな?ならその穴へ飛び込め。言っておくが、その部屋に残ろうとは思うなよ。生き延びたければ、降りて遺跡を脱出するしかない』

スピーカーからの言葉に、何人かの男が穴の中を恐る恐る眺める。だが穴の底は暗闇に覆われ、見ることは叶わなかった。
「ここから…落ちたら転落死するんじゃないか?」
「ずっとここにいれば…助けが来るかも」
非力そうな者達が口々にそう言う。
それを、先程異議を申し立てていたスーツの男が否定した。
「多分…転落死はしないだろう。あの声は『ただ死んでもらうのは面白くない』と言った。それにこんなに大量の武器まで用意したんだ。転落死で終わりになんてする筈がない」
男の言葉に、何人かが頷く。
今度はこれまで喋らなかった、壁際にいた痩せて薄汚れた作業着を着た男が言った。
「逆に、ずっとここにいたら撃ち殺されるんじゃないか?」
男の言葉を最後に、その場を沈黙が覆った。

若い男が泣き出した。こんな状況に陥った現実を受け止められなかったのだろう。

それを合図にしたかのように、男達の表情を暗い影が覆っていく。

仕方ないか。俺のように大体の事情を掴んでいる者は恐らくこの場には殆どいないだろう。
先に逝ってやる。そう思い、穴に向かって一歩を踏み出した時だった。

「皆何してる。こんなに人数がいてこれだけ大量の武器があるんだ。脱出できないなんてことは無いだろ!!」
そう言うと、体格の良い労働者の男が、ミニガンを担いで踏み出した。

「このままここで死ぬのを待つくらいなら、俺は行くぞ!お前らも生き残りたければ、俺について来い!!」

そう言い残し、男は躊躇い無く穴の中へ落ちて行った。
それを見送った後に続くように、他の男達が言う。

「よ、よし!俺も行くぞ!!」
「俺もだ!さっきあいつが言ったように、固まって行った方が生き残れるかもしれない!!」

その声を皮切りに、男達が次々に穴へと飛び込んでいく。
やがて、2人の小心者と俺だけが残されていた。
一人は俺の後ろの壁際で、現実を受け入れられず蹲ったままの小男。そしてもう一人は未だに武器を漁り続ける若者だけだ。

「…仕方ない」

このままここにいても、何も変わらないだろう。
そう思い、俺は意を決して、穴の縁へと歩いた。
ゆっくり深呼吸する。片手はポケットに入った拳銃を握ったまま。

『ああ、そうそう』

不意に、頭上のスピーカーから声がした。
このタイミングでまたスピーカーから声が出てくるとは思わなかった俺は、驚いて上を見上げる。

その瞬間、不意に背中を押された。

驚愕した直後だったため不意を衝かれた俺は、なすすべなく穴の中へ落ちていく。
だが、それでももがきながら、俺は振り返った。


俺を押した――先程まで壁際に蹲っていた小男――は、俺を見下ろして醜悪な笑みを浮かべていた。

顔の片側に、幾何学模様のタトゥーを浮かび上がらせて。


「幸運を祈るぜ、スティーブ・ハント」


落ちながら、俺は絶叫していた。

「お前は…何なんだああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


しばらく続く落下感。どれほど深いのだろう。
まんまと一杯食わされた。俺は悔しさを噛み締めた。
まさか、あの中に『ビートルジュース』本人がいたとは。
マクスウェインの言っていた『特等席』の意味がこれとは思ってもみなかった。
そう思いながらも、妙な違和感が心に燻る。

ビートルジュースという男は、前に一瞬だがこの目で見たことがある。
その像と先程見た男を照らし合わせようとしても、違和感が残るのだ。
だが、何が違和感なのか、説明ができない。

そこまで考えて、俺は思考を打ち切った。
考えても分からないし、恐らく答えも出ないだろう。それよりも、今自分が直面している問題の方に意識を集中するべきだ。

そう思った瞬間、身体に衝撃が来た。

「ゴホッ!!」
治療されたばかりの腹の銃創や、マクスウェインの部下に殴られた痣が衝撃で痛む。
俺は身を起こすと、溜まらず床に血を吐いた。
「お、おい!大丈夫か!?」
横から声をかけられる。俺より先に降りた奴か。
辺りは薄暗く、目が慣れていないせいでまだ視界が開けない。だが、どうやら床にクッションのようなものがあるようだ。このお陰で転落死はしないで済んだ。

漸く目が慣れてきたので、俺は周囲を見回した。
降りた穴の直径より少し広い程度の四角い部屋だ。俺の他には先程声をかけてきた男しかいない。
部屋の一角に、先程と同じような扉があった。ただし、ノブが無い。
俺は図書館で見た資料を思い出した。確か、扉の横に開閉を操作するスイッチがあるんだったか。
そこまで把握してから、俺は男の方に目を向けた。
よく見れば男というか、少年だ。ジャケットにジーンズ。まだ20にも満たないだろう幼さの残る顔。茶色の短髪をした白人だ。
先程の部屋から持ち出してきたのはライフルらしい。マガジンも何箇所かのポケットに突っ込んでいる。
その少年を眺めると、自然と疑問が俺の口をついて出てきた。
「あの場所に集められたのは、少なからずロワイアル・ファミリーと関わった奴らだった筈だ。お前もそうか?」
「…何で急にそんなことを」
「話したくないならいい。ただ確認しておきたかっただけだ」
それで会話は終わりかと思ったが、少年はしばらく迷ってから話し始めた。
「俺も詳しくは知らない。ただ、親父がヤバイ連中から金を借りたって事しか」
俺は思わず呻き声を上げそうになった。
まだ未成年で、しかもほぼ無関係とさえ言えるような奴じゃねぇか。何でこんな地獄に送る必要がある。
「バイトから家に帰ったら、親父もお袋もいなくなってて、突然覆面被った男達に襲われたんだ。頭を殴られて、気がついたら、ここに…」
「分かった、もういい。それより、他の奴らは?」
俺の問いに、少年は視線を扉の方に向けた。
「あそこから出て行った」
俺は生唾を飲み込むと、立ち上がった。
そして扉に向かう。後ろから少年が声をかけてきた。
「お、おい!あんたも行くのか!?酷い怪我してるみたいだが」
「ああ。この先はいつ死んでもおかしくない。お前も覚悟ができてから来い」
そうして行こうとしたが、少年は俺の隣まで歩いてきた。
「だったら一緒に行くよ。先に出て行った奴らも、固まって行った方が生き残る可能性は高くなる筈だと言ってたし」
俺はその少年の言葉を聞き、意識を失う前にあのホールで見た映像を頭に思い浮かべる。
あんなでかい獣が何匹もいるなら、幾ら人間が集まろうと生き残れる気がしない。
「…一緒に行くなら、一つだけ条件がある」
「何だ?」
「もし死んでも、俺を恨むなよ」
俺の言葉に、少年は力無く笑みを浮かべるだけだった。
そして、俺達は扉を開けて先に進んだ。


どうやら、ロワイアル・ファミリーはやはり誰一人として生かすつもりは無かったらしい。
扉の先は、広大な空間だった。
右を見ても、左を見ても、暗闇で見えなくなるまで壁が続き、天井さえもどこまで高いのか分からない。
申し訳程度の照明は、少し先までしか見渡すことができないようになっていた。

そして…その広大な空間の中で、怒号や絶叫がそこかしこから聞こえてきたのだ。

「おい…今来た扉、開くか?」
俺は背後の少年にそれだけ尋ねた。
背後で、少年が扉のスイッチを操作する音が聞こえる。
「あ、開かない」
あの部屋に戻ってくる者がいなかったのは、こういうカラクリか。この扉は、奥の部屋から操作すれば開くが、こっちからは開かないようになっているのだ。
「とにかく、壁伝いに逃げるぞ」
俺は少年と共に、壁伝いに走り出した。

やがて、ここへ来た扉が見えなくなった頃、地響きのような音が聞こえてきた。
後ろから。
即座に振り向く。背後にいた少年も、走りながら振り返っていた。

体高2.5メートルはありそうな、四足の鉄の獣が、俺達を追いかけていた。

あまりにも足が速い。見る間に、俺達に接近してくる。
そして少年の眼前まで接近したそれは、その巨大な頭部を少年に向けて振り払った。
「危ねぇ!!」

最初は助けるつもりなど無かったんだが、やはりこんな極限的な状況下だと、思考と行動は必ずしも一致するわけではないらしい。
俺は振り返り、少年を突き飛ばそうとしていた。
だが一瞬間に合わず、少年は鉄の獣の突進をまともに喰らい、俺も巻き添えになる形で吹っ飛ばされていた。



そして今に至る。
意識を失っていたのは恐らく数秒くらいだったろうが、1時間くらい寝ていたような感覚だ。
気がつくと、俺は壁際に倒れていた。
全身が痛い。肋骨が何本か折れたようで、呼吸するだけで体中に激痛が走る。
思えば、ボスに撃たれたのに始まり、マクスウェインの部下に散々殴られ蹴られ、そして今の鉄の獣の突進。
何でまだ死なせてくれない。そうとすら思った。
傍らには既に事切れた少年の死体。
先程俺達に突進を見舞った鉄の獣は、どういうわけか姿を消していた。
獲物はどちらも仕留めたと思ったらしい。
俺は、どうにか壁を背にして身を起こした。それだけで全身が焼かれるような痛みを訴え、口からは溢れるように血が流れる。
それでもどうにか上半身を壁に預けると、俺はポケットを探った。
先程拾った拳銃がどこかに行っていなかったのは不幸中の幸いだった。
俺は、震える腕で拳銃を持ち上げると、その銃身を米神に当てた。


遠くで労働者の男がミニガンの銃弾ををばら撒いているのが見える。
と思えば案の定、見る間に弾切れだ。その瞬間、何匹もの巨大な鉄の獣が、男に群がり凄惨な肉塊へと変えていく。
ああ、どうして俺はこんな地獄にいるんだ?
最初は普通の探偵だった筈だが。人生一寸先は闇とは言うが、どうやら俺はいつのまにか、底の無い闇の中にダイブしちまってたらしい。
そうぼんやりと考えていた。米神に銃口を当てたまま。
だが俺は少なくとも、さっきの男のような死に方は御免だ。
そうなるくらいなら、自分で決着をつけた方が何万倍もマシだ。
だが、あの獣に見つかるまでは、もう少しこの暗くて寒い地獄を眺めてやる。それが俺の、ささやかな抵抗だ。
そして、俺は目の前の広大な空間を眺めた。

先程よりも暗さに目が慣れたせいだろう。そこかしこに、元は人間だったのであろう肉塊が見えた。
もう絶叫も銃声も聞こえない。とっくに全滅してしまったのだろう。
体長3メートル、体高2.5メートルくらいの鉄の獣が、そこかしこをうろついているのがここからでも見えた。
ああ、見れば見るほどろくでもない光景だ。
俺は痛みを堪えながら、首を回して周囲を見回した。


そして、信じられないものを見た。

これは死ぬ間際に見るタイプの夢か?そう思わずにはいられなかった。


無数の鉄の獣達。そいつらの中央に、背の低い子供が立っていたのだ。


いや、顔が見えないほど遠くにいるので、実は大人なのかもしれないが。
それでも、その背の低さや体格は、子供としか思えなかった。

「な…」

驚きから、声を発してしまった。
その途端、視界にいた無数の獣達が一斉にこちらを振り向く。
さっきまでは、その瞬間に引き金を引いていただろう。
だが、今は。
立ち位置や、全く攻撃されていない所から見て、俺は自然とこう思っていた。

あの子供が、この獣達を操っているのか、と。

だから、俺はその子供に銃を向けた。
視界に、持っていた銃が映る。その銃を見た途端、今度は別の思いがこみ上げてきた。
「(あぁ…マーガレット、そういやあんたは子供を助けて欲しいと依頼したな。それが最初だった筈だが、今や俺は子供に銃を向けちまってる。すまない)」
気がつけば、柄にも無く胸中で謝罪していた。
ああ、ヤキが回ったな。そう思いつつ、獣達が襲い掛かるのを待った。
襲い掛かってきた瞬間に撃つつもりだった。当たろうが外れようが構うものか。
震える腕を必死に堪え、俺は待った。

だが、獣達は襲ってこなかった。

代わりに、獣達の中央にいた子供が、段々と俺に近づいてくるように見えた。
霞む視界の中で、段々その姿がよく見えるようになってくる。
黒に金色のラインが入ったワンピースを着ている。裾が長く、ギリギリで床に着かないくらいだった。
髪の色は銀色で、腰くらいの長さだ。
そして、その顔は見えなかった。銀色の仮面を被っていたからだ。
しかし次の瞬間、その子供が自ら、顔に被っていた仮面を取り外していた。

見覚えのある顔だった。

その口から、出る筈のない名が出た。


「…マーガレット?」


――今思えば、これが俺の運命を変えるものだったのだ。

――この、地獄の底の出会いが。



最終更新:2017年05月06日 02:07