レベッカにどこまで真実を話すべきか。
正直な所迷っていた。俺が情報を渡すことで、いつものようにこの女は余計なことを仕出かして、俺のように地獄に突き落とされるのではないかと。
だが、前に考えたことと同じだ。結局、情報を渡そうと渡すまいと、この女は余計なことをする。
では今回の場合は、情報を渡して最大限警告をしておくべきか。俺が情報を渡さなかった事で死なれたら、恐らく俺は後悔するだろう。
そう判断し、俺は今までの体験をレベッカに語った。
この街の財界の大物や政治家達が通い詰める、地下での賭け場。賭けの内容である虐殺。それを見た俺が実際に地下へと落とされたこと。そこで出会ったのがレイラだったこと。そしてレイラが、人間の頭の中に声を伝えることができる、ということ。
「それって、つまり…テレパシー?」
「言うな。そういう単語が出てくると途端に胡散臭くなる」
「でも、そうとしか思えないじゃない?」
俺はため息をついた。
「とにかく、これで全部だ。ロワイアル・ファミリーは俺が思っていたより何倍もヤバイ組織だった。お前も、俺と関わってると奴らに目を付けられるかもしれん。そうなったら、地下で機械の獣と追いかけっこしなきゃならなくなるってこった」
俺の言葉に、レベッカは黙り込んだ。
俯き、何かを考えている様子だ。そんな彼女に、俺は尚も声をかける。
「ああ、分かってるよ。とても信じられないってな」
「…うん。あんたなら私を騙そうとしても不思議じゃないわね」
正直に言い過ぎだ。俺はソファに背中を預けて、今夜何度目かのため息をついた。
レベッカは再度言葉を紡ぐ。
「でも、本気で騙そうとするならこんな荒唐無稽な話はしないでしょ。それに、何より私はさっき、あの子の『声』を聞いた。それで…十分よ、信用する」
俺はホッとした。
信用すると言うのなら、ロワイアル・ファミリーと戦うということがどういう意味かも分かってくる筈だ。今後は無茶な行動をしないといいのだが。
「それはそれとして、あんた達がこの街を出るまで、私はついていくわよ」
俺は内心で肩を落とした。
「ああ、ここまでついて来たからそれは予想してたがな。一応警告しておくぞ、そうなるとお前もロワイアル・ファミリーから狙われる事になるかもしれん」
俺の言葉に、憮然とした表情でレベッカは言葉を返す。
「それがどうしたって話よ。あんたが言うような『地獄』が本当にこの街にあるっていうのなら…そんなの放っておけないじゃない」
正直だな。羨ましいくらいだ。レベッカの物言いに、俺は少し感動していた。
「…それがお前の答えか。なら俺はもうこれ以上口を出す気はない」
内ポケットから煙草を取り出そうとしつつ、俺はそう言った。
が、煙草は入っていなかった。そういえば、ここに来るまで色々あったが、ポケットの中身は確認していなかった。多分遺跡かどこかで落としたのだろう。
「で、具体的には、俺とレイラをこの街から出した後、お前はどうするつもりだ」
レベッカはそう聞かれて、答えに詰まる。
「どうするって…とにかくあんたの言った事が本当にあったのか調べて…」
「ああ、お前ならそうするだろうな。だが、具体的には」
「知り合いに情報通なのが何人かいるから、彼らを当たるわ」
レベッカの回答に、俺は非常に不安になった。
ロワイアル・ファミリーの情報網がどれほどのものなのか、正確な所は分からない。だが確実に言えるのは、それを管理しているのがボス――ルシウス・サイファーだということだ。
「絶対にやめろ。どこまで奴らの目が届いている分からん。奴らの手にかかれば、お前が嗅ぎ回ってることなんてすぐ分かっちまう」
俺の言葉に、レベッカが激昂する。
「だったらどうすりゃいいのよ…!?」
「とにかく、もう少し冷静になれ。奴らの事を嗅ぎ回るなら、誰にもそれを悟られないようにしろ。そうでもしなきゃ…俺と同じように、地下へ真っ逆さまだ」
レベッカは尚も止まらない。
「でも!!」
「レベッカ」
俺は努めて冷静に言葉を吐いた。そしてレベッカを睨む。
俺の視線に、ようやくレベッカは黙り込んだ。
「とにかく、耐えろ。少しずつだ、奴らを調べるならな。欲をかけば命を落とす。それを肝に銘じろ。俺も今回、身に染みて分かった」
「…じゃあ、あんたはどうなのよ」
しばらくの沈黙の後、レベッカはポツリと言った。
「俺?」
「そう。あの子を街の外に避難させたら、その後どうするつもりなの?」
そこまでは考えていなかった。レイラをどうするかも含めて。
一先ず、地下で機械の獣を操っていた件も合わせて、ディグアウターズギルドに情報を提供すれば保護してくれるか?
だが、そこへのパイプがない。となると、どうにかして奴らを信用させる必要がある。
どうやって信用させる?
「…まだそこまで考えてねぇ」
「私の事言えないじゃない」
痛い所を突かれた。確かにそうだ。
「悪かったな。さっき話した出来事からまだ一日しか経ってねぇし、その間一睡もしてねぇんだ。そこまで頭が回らん」
「じゃ、とっとと寝なさい。私が見張ってるわ」
好意はありがたいが、正直レベッカが見張ってたとしてもロワイアル・ファミリーから殺し屋が来たなら俺達は一巻の終わりだろう。
それを口に出したかったが、やめた。いつも綱渡りだ、もう面倒になった。
俺はソファに横になり、目を閉じた。
「ねぇ」
「何だ」
声をかけたレベッカだが、しばらく黙っていた。どうやら逡巡しているようだ。
だが、意を決したようで、漸くその口を開いた。
「あんたの言ってることが本当なら、この子…何人も人を殺して」
「やめろ。やらせてるのはロワイアル・ファミリーだ」
「この子にそれを聞いた?」
その問いに、俺は目を開けた。
確かにそうだ。そこまで詳細に聞いてない。
そもそも、ロワイアル・ファミリーがレイラにどういう扱いをしていたのか、それによってレイラに罪があるかどうかが変わってくる。
そんなことにも気づかないなんて、やはり俺は疲れていたんだろう。
「また明日な」
それを肝に銘じて、俺は再度、目を瞑った。もうレベッカも話しかけてこなかった。
「どうしたの?」
寝入る寸前にレベッカの声が聞こえ、俺は目を開ける。
向かいのソファで、レイラが起き上がっていた。
やばい。さっきの会話を聞かれてたか?
まず危惧したのはそれだったが、どうやら様子が違う。
レイラはどこか別の方向に顔を向け、ずっとそっちを見ている。
「ねぇ、どうしたの…?」
レイラは答えない。ずっと様子は変わらないままだ。
しばらく、困惑するレベッカと俺だった。
だが急に目に光を取り戻したかと思うと、レイラはレベッカの方に視線を向ける。
「もう、大丈夫」
「?一体どういうこと?」
レベッカの問いに、レイラはただ首を振り、そしてまた横になった。
恐らく答えるつもりが無いか、答えられないのだろう。
レベッカが困惑したままだったので何か声をかけようと思ったのだが、疲労がそれを上回ってしまったらしい。
いつの間にか俺は眠りに入ってしまっていた。
目が覚めたのは翌朝――とも言えない夜中だった。午前1:30頃。
列車の発車が3:00なので、あと1時間半だ。
そろそろ支度をせねばなるまい。そう思い、寝ていた体勢からソファに座り直したのだが。
「腹減ったな」
山を降りて近くの売店まで行き、ここへ戻ってくるには時間が足りない。そもそもこんな時間では店もやっていないだろう。
ここは空腹を我慢するしかないか。そう思った時だった。
「はい、サンドイッチ」
向かいのソファに座っていたレベッカが鞄から取り出したサンドイッチを放る。
いつの間に起きてたんだ。
「いつからこんなもん…」
「あんたがマスクとサングラス買った売店でよ。何か厄介事っぽかったから多めに買っといて正解だったわね」
俺はレベッカの勘の良さに感謝せざるを得なかった。
とはいえ、もう随分食っていない。丸二日くらいか?このサンドイッチだけでは空腹は紛らわせないだろう。
そう思いつつ、気がついたらそのサンドイッチをもう食い終わっていた。
「…しまったな」
やがて、俺とレベッカが起きたのに気づいたのか、レイラが目を擦りながら起き上がる。
「起きたか、移動するぞ、レイラ」
レイラはソファの、レベッカの隣に座り直すと、ただ頷いた。
それを見届けると、俺は腕を組み、口を開く。
「だが、その前に聞いておくことがある」
俺の言葉に、レイラは首を傾げた。
「お前は地下で、鋼の獣を操って何人も人を殺した」
しばらく黙っていたが、レイラはまた無言で頷く。
レベッカは声をかけたそうな顔をしていたが、我慢しているらしかった。
俺は続ける。
「それが悪い事だと分かっているか」
やはり肯定の頷きをレイラは返した。
「…命令されたからやったのか」
しばらく、レイラは俯いていた。しかし、やがておずおずと口を開く。
「…色んな人がいた。大きな人、小さな人、元気な人、元気じゃない人、若い人、歳取った人」
回答にも言い方に違和感を覚えたが、それは置いておき、俺は耳を傾ける。
「皆、私を見ると逃げていった。皆、あの子達を見ると逃げて行った。私には、彼らも、あの子達も同じに見えたのに」
『あの子達』か。思い出した。レイラはあの遺跡の中で、鉄の獣達を『この子達』と言っていた。
まるで…そう、まるで、自分の子供のように。
俺はレイラの瞳を見据え、覚悟を決めて言った。
「だから食わせたのか」
「仲良くしてほしかった。でも、あの子達はそうしなかった」
レイラは俯き、続ける。
「あの人が言ってた。それがリーバードだと。私はあの子達の親だから、あの子達に餌をやらなきゃいけないって」
「…分かった、もういい」
傍らで聞いていたレベッカの表情が、哀しみと困惑でない交ぜになっているのが分かる。
だが、事情を詳しく知っている俺が抱いた感情は違うものだった。
あの、外道共…!!
「もう一つ…もう一つ、聞きたいことがある」
色々と考えてから、俺は再度口を開いた。
「あの遺跡から出た時、俺達を包囲していた黒服達を、同士討ちさせたな?」
「…どういうこと?」
そうだ、この件はレベッカに話してなかった。
いや、それはどうでもいい。後で話せばいいことだ。
俺はレベッカのリアクションは気に留めずに、やはりレイラの方だけを注視した。
当のレイラはしばらく迷っている風だったが、やがて重々しく口を開く。
「私の、力は…」
「人の頭の中を、操る力」
「頭の中…脳を?」
俺の言葉に、レイラは小さく頷く。
「そう。だから、あの時みたいに私が考えた行動をさせられる」
俺はそれを聞いて、あの遺跡を出た際に俺達を包囲した黒服達が恐慌に陥る様子を思い返した。
最初に味方を撃った黒服の一人は、明らかに狼狽していた。そう、丁度、自分の行動が信じられないみたいに。
それが事実であれば、信じられないものをロワイアル・ファミリーは作ったということだ。
俺はレイラの力、ひいてはその価値がどれほどのものなのかを改めて実感していた。
これを奴らも把握しているとなると、今頃は血眼になって探している筈だ。それこそ俺達がここまで見つからずにいることが不思議なくらいに。
「その力に…制限はあるのか?」
「制限?」
「一度に行動を操れるのが何人までとか、自分から遠い場所にいる人間は操ることができないとか、そういった能力の…限界とか、そういうものだ」
レイラは、しばらく考えていたが、やがて困惑した顔のまま言った。
「分からない」
肝心な部分は分からないか。とはいえ、強大な力であるのには変わりない。
となると益々、この街から早急に脱出する必要があるわけだ。現状街の出入り口であるトンネルはすぐそこだが、奴らが張っていないわけが無いだろう。
とはいえ、昨日トンネルの近くを通った際は検問などは無かった筈だ。今も無いことを祈るしかない。
「これで最後だ」
さっきの話が理解できずにポカンとしていたレベッカを無視し、俺は言葉を続ける。
「さっき『あの人』と言ってたな。リーバードに人間を食わせるよう言った人間のことだ」
やはりレイラは頷く。
「一体誰だ。ビートルジュースか」
俺の言葉にレイラは、予想に反して困惑した顔になった。
「ビートル…ジュース?」
「何その不味そうなジュース」
「人名だ。少し黙れ」
俺の言葉に一瞬で不快そうな表情になるレベッカを他所に、俺は追加情報を提示する。
「顔の片側に幾何学…いやとにかく模様がある人間か?」
「あ、うんその人」
やっぱりビートルジュースか。あの賭けを考えた野郎が、レイラにそんな事を吹き込んだというわけだ。
そう考えた瞬間、レイラが言葉を継いだ。
「ええと、確か…『ショチョウ』って呼ばれてた」
「『ショチョウ』…?」
レイラの言葉にレベッカが疑問符を浮かべる。
俺はソファか立ち上がり、一頻り室内を歩き回り、やがて叫んだ。
「畜生、そういう事か!!」
突然俺が大声を出したので、レイラもレベッカも身を震わせる。
だが、俺は突然色々な霧が晴れた為、何故この可能性が浮かばなかったのか悔しささえ感じていた。
「そういうことだったのか…!!」
「ちょっと、どういう事よ!」
レベッカが溜まらず口を挟む。
俺はしばらく片手で自分の顔を覆っていたが、やがて言った。
「『ビートルジュース』…ロワイアル・ファミリーの最高幹部の一人。ファミリーの人間からはそう呼ばれている」
「最高幹部…!?」
ロワイアル・ファミリーの最高幹部と聞いて、流石のレベッカも顔色が変わる。俺はそのまま話を続けた。
「昨夜お前に話したな。地下で行われている狂った賭け。それの元締めがコイツだと」
「え、ええ…」
「この街で、ロワイアル・ファミリーの庇護の下、人体実験を行っている研究施設がある。それも中心部のビルの一角にだ」
「…何それ、初めて聞いたわよそんな話」
そうだ。昨夜レベッカに話したのは今回の件だけで、それ以前の件は話した事が無かったな。
だがこの一つ前の件で、俺はその施設を嗅ぎ回っていた。潜入こそできなかったが、そこに『レイラ』がいると、マーガレット・カーライルは言っていたのだ。
「研究所の人体実験、関係者の殺害、地下での賭け。全部最初から、一本の線で繋がってやがったんだ」
そこまで呟いてから俺は、レイラとレベッカに視線を向けた。
「『ビートルジュース』…本名『カール・アンドロマリウス』。人体実験を行う研究所の、『所長』にだ!」
「奴が、この街を腐らせる…いや狂わせている元凶だったってことだ!!」
アンドロマリウス研究所。ここで奴は人体実験を繰り返した。その成功体――そう、今俺の目の前にいるレイラのような――ができあがると、地下の遺跡で組織の邪魔者を相手にその力を試験し、更にはそれを財界の大物や政治家による賭けに使って利益を得る。そういう体制だったのだろう。
一つ引っかかるのは、以前見た『カール・アンドロマリウス』の写真や現在の年齢…そういった経歴と、幾度か邂逅した『ビートルジュース』の容姿が似ても似つかないことだが…そんな違いは書類を改竄すればどうにでもできる。
そして、情報統制の下それらを隠蔽してやがるのが、ボス――ルシウス・サイファーなのだ。丁度、俺があの研究所を調べた際に証人が次々殺されたように。
そうだ。そういう相手なのだ。俺は覚悟を決めた。
万が一マフィアが来た時のために、車の上に覆い被せていた木々の枝や葉をどけ、俺は必要な荷物――といってもここに持ってきた分で全部だが――を車に積み込んだ。
流石に夜中であるせいでまだ眠そうなレイラを後部座席に座らせ、レベッカが助手席に、俺が運転席に乗り込んで発進させる。
「まだ隣町の駅までは時間がかかる。レイラは寝ていていい」
やはり大人しくレイラは頷き、横になる。
「トンネル…張られてない?」
レベッカの危惧に、俺も頷いた。
「まだ俺とレイラが遺跡から脱出して2日も経ってない。張られてると見た方がいいだろうな」
そう言いつつ、俺は運転しながら口元をマスクで覆う。まだ日が出ていないのでサングラスはやめておいた。
後部座席を一瞥すると、レイラは毛布で全身を覆っていた。これなら外から見てもすぐには気づかれないだろう。
ここまでずっとマフィアにもウィルクスの部下にも気づかれなかったのは、俺が女連れという情報が無かったせいかもしれない。それに関してはレベッカに感謝すべきだろう。
それを考えると、この先のトンネルで誰かが張っていたとしても切り抜けられる可能性は高い。
「ここまでは上手く行ってる。この先もそう願うしかないな」
「…神頼みはしない主義なの」
そっけないレベッカの返事に苦笑しつつ、俺は山道を下って車をトンネルの方へ走らせた。
トンネルの中に車を走らせつつ、俺は周囲に目を配った。
トンネル内で走行している車を待ち伏せるような気配は無い。道路を遮断するにはそれなりに大掛かりな仕込みが必要な筈だが、入り口辺りから見て出口付近までそういったものは見えなかった。
となれば後は走り抜けるだけだろう。真夜中のせいか走行している車もほぼ無い。
俺はそのまま車をトンネルに突入させた。
トンネルに入ってしばらくして、レベッカが口を開く。
「ねぇ、昨日から気になってたんだけど」
「何だ」
「あんたの車、こんな車種だったっけ?」
こんな時に嫌なことを聞いてきやがる。俺は白状した。
「昨日、遺跡を脱出して助けを求めた所から逃げる際に貰ったんだよ。どこかは聞くな」
「ああ、どおりで…どうやって返すつもりなの?」
益々嫌なことを。
「返せる状況じゃない。向こうもそれを承知して、盗難届けを出しておくそうだ」
「…色々と切羽詰まってたのね」
「…来る」
不意に、後部座席からレイラの声が聞こえた。
「ん、何か言ったか、レイ…」
瞬間、後部座席の窓ガラスにヒビが入った。
「!!?」
「え、何!?」
次の瞬間には、立て続けの破裂音と完全に砕け散る窓ガラス。
「糞、掴まってろ!!」
俺は全力でアクセルを踏んだ。
気がつけば、バックミラーを見ると後ろに黒塗りの車が一台見える。
前では無く後ろからつけてきて襲撃されるとは予想外だった。
アクセルを踏んで引き離そうとするも、しばらくして向こうの車もスピードアップし、すぐ追いついてくる。
そして更なる銃撃で、後方のライトが割れたのが分かった。
レベッカの悲鳴。後ろを一瞥すると、レイラは座席の中で蹲っている。
しかし、トンネルの出口はすぐそこだ。俺はスピードを上げたことで揺れる車内に耐えながらアクセルを踏み続けた。
大通りではいい的だ。
トンネルを出た所で24時間営業のダイナーを見つけ、その駐車場を横切って脇道に逸れる。
脇道に逸れる際に、追ってくる車を一瞥した。
「…ははっ」
「ちょっと、何笑ってるのよ!!」
悲鳴のような声でレベッカが怒鳴る。
だが、俺は笑いを堪え切れなかった。
「ロワイアル・ファミリーとくりゃ…そりゃ『お前』が出てくるよな」
「何の話よ!?」
俺は更にアクセルを踏み込み、ギリギリの制御で更に角を曲がる。
もう少しハンドルの回転が遅ければ民家の塀に突っ込んでた所だ。
だが、脳内に流れるアドレナリンのせいか、そんなことは気にならなくなっていた。
「いいさ、かかってこいよ!ジョニー・ケルズ!!」
ジョニー・ケルズ。二十代前半で鋭い顔つきをした、痩せ型で肩まで伸ばした黒髪の男。
ロワイアル・ファミリーの掃除屋。早い話が殺し屋だ。
紛れもなくその男が、今俺達を追跡していた。
先程、追跡車を一瞥した際に確かに見たのだ。側面の窓を開け、銃を向けるその男の姿を。
何故一台だけで追跡してくるのか分からなかいが、少なくとも追ってくるのが奴だということは分かった。
俺は依然として車を走らせつつ、後部座席へ声を飛ばす。
「レイラ!今回だけ特別だ、俺達を追ってくる奴、何を考えてる!?」
レイラは急にそう言われてビクリと身体を震わせ、やがて躊躇するように言った。
「あなたを殺そうとしてる」
「だよなぁ!!」
更に角を曲がり、入り組んだ隣町の民家の間を疾走する。バックミラーからはまだ黒塗りの車が張り付いてくるのが見える。ジョニーの奴もそう簡単に諦める気は無さそうだ。
「でも…ちょっとだけ、迷ってる!」
悲鳴に似たニュアンスで、車内の衝撃に耐えながらレイラがそう叫んだ。
そしてそれを聞き、俺は安堵する。
プロとは言え、機械でもない限り仕事とプライベートを完全に切り分けるなんて人間のできることじゃない。
それでも奴はプロだ。そんな胸中の躊躇などお構いなく、仕事を遂行しようとするだろう。
『私の力を使えば…』
頭の中に響いた声に、俺は怒鳴りつけた。
「やめろ!それだけは絶対に!!」
隣のレベッカがビクリと震え、俺の方を見やる。
俺はどうにか車両の制御しながら、一瞬だけ後部座席のレイラを睨んだ。
『でも…さっき特別って…』
「心を読むのだけだ。それ以上はするな…!」
運転に集中したまま、隣のレベッカの反応は無視して、俺は言葉を紡ぎ続けた。
「それをすれば、後戻りできなくなる」
『…死ぬかもしれないのに?』
頭に響く声は、どこか切実な響きだ。
だが俺は、こう返した。
「それが…普通の人間だ」
俺はしばらく考えた後、視線を前方から外さずに二人に話しかけた。
「レベッカ、レイラ」
二人が緊張した表情のまま俺の方を見ているのが分かる。
「普通の方法じゃ奴には勝てない。だからよく聞け」
そして俺は、ジョニーを退けるための策を二人に伝えた。
直後に飛んでくる反論を退けつつ。
策とはいっても、今思いついたものだからまともな策とは言えない。
とはいえ、これしか思いつかん。
「いいかレベッカ、タイミングを合わせろ!!」
「いいから早くしなさいよ!!」
後ろのジョニーは一台分の幅をつけて迫ってくる。先程まで側面の窓から銃口を向けていたが、俺の取るコースにカーブが増えてきたためか、その銃口は見えなくなっていた。
「3、2、1!!」
瞬間、俺はアクセルを踏んでいた脚を離した。そしてその瞬間に、レベッカが片足をアクセルに踏み込む。
これで脚はオーケーだ。次はハンドルだが、こちらのタイミングはずっとシビアだ。
何せ…ハンドルを手放すと同時に俺は車から飛び降りるからだ。
「次のカーブだ。合図したらハンドルを掴め」
「大丈夫なの!?」
大丈夫なわけがないが、それを言ったらこの女は空気も読まずに抗議するだろう。それを思い、俺はただ頷いた。
「さぁ、もうすぐだ…3、2、1!!」
「死んだら、承知しないから!!」
カーブに差し掛かり、車が地面にタイヤの跡を残しながらカーブする。
その瞬間に、俺は手を離し、ドアを開けて車の外へ躍り出た。
「ジョニー!!」
実際の時間にして何十分の一秒だろうか。黒塗りの車のフロントガラスの向こうで、驚愕しているジョニーの顔が見えた。
つまり――千載一遇の、ジョニーの虚を突けたのだ。
そのガラスに向かって、俺は予めポケットから取り出した銃を続けざまに撃った。
穴が開き、その穴を中心にしてフロントガラスにヒビが入る光景が、スローモーションのように見える。
最終的な結果まで見ている余裕など無い。
すぐそこに地面が迫っている。
俺はどうにか転がって衝撃を和らげようと試みるが、やはり全身に伝わる衝撃は凄まじかった。
衝撃を殺しきる前に、民家の塀が眼前に迫る。
俺は咄嗟に身を翻し、背中から塀に激突した。
凄まじい衝撃に吐血したのを最後に、俺の世界は暗転した。
最終更新:2017年05月26日 22:52