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「肉親はいるのか?」
気がつけば、どこかの留置場にいた。
灰色の室内。木製の机と椅子。

目の前には、ボスがいた。

「お袋は事故で。親父は借金作って蒸発した。姉貴は…」
気がつけば、口が勝手そう言っている。

ああ、そうか。これは随分昔の記憶だ。

「つい先日病死…か。東の丘に埋葬されたそうだが」
「知ってるのか?」
俺の問いに、ボスは頷く。
確か、この記憶はまだ俺が20にも満たなかった頃のものだ。
「ヘンリー・ウェールズ。有名な弁護士だな。そして君の姉の婚約者だった男。彼の事務所で捕まったそうだが」
「出そうとしないからだ」
ボスの口調は平坦だ。対して俺の口調はと言えば、随分生意気だ。今の俺が聞いててもそう感じる。
「彼は出張で遠くの島に行っているそうだ」
「俺もそう言われたよ。だから待ってると言ったんだが、あの糞野郎が叩き出そうとしやがったんだ」
「ああ、供述書にもそう書かれていた。秘書が警備員を呼び、そして諍いが起こったのだったな」
そう言いつつ、ボスは俺の言葉に面白そうに鼻を鳴らす。
「興味深かったのは、君の持っていたメモだ。住所と電話番号のリスト。これをどうやって手に入れた?」
過去の俺の視線が横を向く。その先には留置場の灰色の壁があるだけだ。
「…あんたにそれを話して何になるって言うんだ?」
「聞かせてほしい」
俺の問いには答えず、ただそうボスは問い、そんなボスを過去の俺が一瞥する。
俺を尋問した警官達とは違う。その眼には真摯さと、俺を一人の人間として扱うという姿勢が出ていた。
それを感じ取ったからかもしれない。俺は白状した。
「あの事務所に詳しい情報屋を脅した。所長だけでなく事務員全員の名前を教えろってさ。あとは電話帳とか、色々だ」
「何日かけてこれだけ調べた?」
「何日もかけてない。一日だよ」
ボスは何かを納得したように頷く。そしてしばらく考える様子を示してから、やがて言った。
「名はなんと言う」
「知ってるだろ」
「君自身の口から聞きたい」
そう言いながら、ボスは口元に笑みを浮かべる。そう言えば、この表情は久しく見ていない。
過去の俺は渋々といった調子で答えた。

「スティーブ。スティーブ・ハントだ」

ボスは頷くと、名刺を取り出してテーブルに置いた。
「スティーブ・ハント、喜べ。合格だ」
「…は?」
「保釈金を出すと言ってるんだ。荷物を纏めたら、この住所に来い。必ずだぞ」

そうだ。これが…俺がこの道に進むことになった発端だ。

ボス。あんたは俺を一人の人間として扱ってくれた。だから今の俺がある。

この時から、あんたはマフィアに関わっていたのか?

あんたは俺を殺そうとした。俺が独立したからか?それとも、ロワイアル・ファミリーと深く関わりすぎたからか?

答えてくれ、ボス――


『起きて』

頭の中に響く声に、俺は目を開ける。
全身が痛い。確か走行中の車から飛び降りて地面に転がったものの、その勢いを殺しきれずに民家の塀に全身を強かに叩きつけた筈だ。そのせいで意識を失っていたらしい。
「ガハッ!!」
駄目だ。あまりの痛みにたまらず俺は吐血した。
昨日から色々怪我もしている。今回は特に無茶をし過ぎた。

「スティーブ!!」

遠くの方で、レベッカの呼ぶ声が聞こえる。見ると、少し離れた所で先程俺が飛び降りた車が止まっていた。
「行け!!」
「でも!!」
分からねぇ女だ、さっきあれだけ説明したのに。俺が飛び降りたら止まらずに先に行けと。
まぁ、俺の指示になんか従わないのがレベッカだったな。初めて会った時から。
そう思うと自然に笑みが浮かんだが、即座にそれを消して俺は再度叫ぶ。
「行け!!振り返るな!!」
一瞬、酷く哀しそうなレベッカの表情が見えたが、それを認識した時にはレベッカは頭を引っ込めて車を発進させていた。

『…待ってる』

頭の中に響いたレイラの声。それを最後に車は走り去った。


激痛に耐えて起き上がった俺は、周囲の状況を確認する。
ジョニーの車は俺が飛び出したことによる驚愕とヒビの入ったフロントガラスによりカーブを曲がり切れず、俺の向かいの民家の塀に側面から激突していた。
俺が撃った銃弾は助手席に命中しており、ジョニーには当たっていないようだ。まぁ、それを狙ったんだが。

痛む全身のせいで歩くのが辛い。
あまりの痛みに、ゆっくり歩くので精一杯だ。
俺はどうにか一定の距離を保って、車の側面から覗くジョニーの頭に銃を突きつけた。

ジョニーは力無い表情のまま片目で俺の方を見ている。
座席とエアバッグで挟まれて、銃を構えることができないのだろう。
呆気無いものだ。マフィアの裏切り者が従えていた多数の用心棒や、荒くれ者が揃っていた強盗団を壊滅させた男が、こんな俺の即興で考えた捨て身の策で動けなくなっている。

いや、本当にそうか?俺の側からはジョニーの横顔と座席とエアバッグしか見えない。手元が見えないということは、俺が撃とうとしたら反撃する用意はできているかも。

どっちにしろ、もう俺はうんざりだった。

だから、銃を捨てた。

それを見たジョニーの目が驚愕するのが分かる。
それを見据え、俺は言った。
「あっちで、24時間営業のダイナーがやってた」

「コーヒーでもどうだ?」
言われたジョニーは相変わらず無表情のまま、しかし頷いた。

「…付き合おう」


俺の姿は言わずもがな、ジョニーの方も事故によりそれなりにボロボロだった。
そんな姿の二人が入ってきたものだから、ダイナーの店員は困惑していた。
「気にするな」
割とキツめに睨みつつそう言うと、店員は大人しく店の奥に引っ込む。
こんな時間だからか、店内には他の客は誰もいなかった。
窓際の席に、俺とジョニーは向かい合って座った。酒を酌み交わしている時のように並ばず。

互いのコーヒーをテーブルに置き、まず先に口を開いたのはジョニーだった。
「撃とうと思えば、俺を撃てた筈だ」
「…借りを返しただけだ」
俺の言葉に疑問符を浮かべるジョニー。俺は過去を振り返りながら言葉を紡ぐ。
「前に強盗団のアジトに乗り込んで壊滅させたことがあったろ。そして俺と鉢合わせた。あの時、お前は俺を殺せたのに殺さなかった」
「…お前が奴らの一味には見えなかったからだ」
「だが、あのアジトにいた人間は全員殺せと言われてた。違うか?」
ジョニーは無言で頷く。俺も同様に頷いた。
そして今度は、俺の方が単刀直入に切り込んだ。
「当てよう。今度は俺を殺すよう言われて来たな」
俺の言葉に、ジョニーは同様に無言で頷く。
「娘を一人回収しろと言われたろ」
やはりまた、ジョニーは頷いた。
その割には巻き添えを考慮せずに撃っていたような気もするが。
コーヒーを一杯飲むと、俺はしばらく眼を瞑り、やがて目を開けて言った。
「昨日…いや一昨日か。それから色々あった」
ジョニーは無言で俺を見つめている。言葉を一字一句聞き逃さないように集中しているようだった。
「ハッキリ言っとくぞ。ロワイアル・ファミリーはお前みたいな男が忠誠を誓うような組織じゃない」
俺の言葉に、ジョニーは目を瞑った。
目を瞑ったまま、微動だにせず口を開く。
「何があった」
「簡単に言えば、奴らは人が死ぬのを見世物にしてる。あまつさえ権力者にそれで賭けをやらせてすらいる」
一泊を置き、俺は言葉を継ぐ。
「いや…お前も知ってるのか?」
俺の疑問に、しかしまだジョニーは答えなかった。
奴は目を開けると、コーヒーを一杯飲んでから言葉を紡ぐ。
「先程、『お前みたいな男』と言ったが、俺のことを知ってるわけじゃないだろ」
「勿論だ。俺が知ってるお前は、無慈悲に標的を殺し、酒で内心の苦悩を押し殺してる男――それしか知らん」
しばらく、ジョニーは黙っていた。
ジョニーが黙っていたので、俺は更に言葉を継ぐ。
「…普通の仕事に就き、普通に暮らす。そういう道も選べるんじゃないのか。酒で罪悪感を紛らわす必要など無くなるぞ」
「普通って、どんなだ」
ジョニーの言に、俺は言葉に詰まった。
俺も、普通の人間からは幾分外れているからだ。
それでも、何とかして回答を捻り出してみた。
「そうだな…真っ当な家庭を持ち、バーベキューに野球見物…なんてどうだ?」
自分で言ってて笑えてくる。しかしジョニーは笑わず、代わりに更なる疑問を呈す。
「お前の暮らしは普通なのか」
痛い指摘だ。考えながら俺は言った。
「俺が?まさか。給料は自分を養うので精一杯、一歩間違えばマフィアから追われる身だ、今みたいにな。真っ当な家庭なんて望めんよ」
ジョニーは頷くと言葉を返す。
「ならそれこそ別の生き方を探すべきだろう。俺にそう勧めたように」
その言葉に、自然と笑みが浮かぶ。
「別の生き方を知らなくてな」
「俺もだ」
頷きながらジョニーは言った。俺は言葉を継ぐ。
「…探す気も無いしな」
「…俺もだ」
しばらく、俺もジョニーも黙ってコーヒーを飲んでいた。

先に言葉を紡いだのはやはりジョニーの方だった。
「先程、俺の事を『酒で苦悩を押し殺してる』と、そう言ったな」
「ああ」
「少し違う」
そう言うと、ジョニーは視線を俺の顔から窓の外へと向ける。
窓の外はまだ日が出ておらず、暗闇が広がっていた。
「こういう夢を、よく見る」
その目は、どこか遠くを見ているようだ。
「大きな晩餐会のテーブルで、俺の標的となった者達がテーブルを囲み、真っ黒な目で俺を見つめてる。俺に撃たれた時のまま、血塗れだ。流す血は尽きたのだろう、傷口には蛆が沸いてる…そんな奴らが、テーブルを囲んでる」
正直言って俺は呆気に取られていた。
ジョニーがそんな事を言うなんて、それこそ夢にも思わなかったからだ。
かろうじてそんな内心を表情に出さず、俺は言葉を返した。
「…喋るのか?」
「いや、何も」
「黙ったまま?」
「ああ。黙ったままそこにいて、俺を見つめてる。ただそれだけの夢だ」
他に言葉を返そうと思ったが、正直驚愕のあまり言葉が浮かばない。
だから代わりに、俺は自分のことを語ることにした。
「俺のはトンネルの中を歩く夢だ」
ジョニーは俺に視線を向け、小さく頷く。俺は続けた。
「広いトンネルの中をずっと歩くんだ。照明が消えているのか、辺りは暗闇に包まれてる。次第に遠くの方に光が見えるから、そっちへ進むんだ。やっと光の中へ出たと思った瞬間、いつも決まって目が覚める」
「…どういう意味だ?」
夢に意味などあるわけがない。ただ、ジョニーの表情を見ると、自然とその質問が出たと言う感じだ。だから俺は自分の推測を話した。
「進み続けていれば…いつか行きたい場所に出られる。そういう意味かもな」
「行きたい場所…か」
呟くように俺の言葉を繰り返すジョニー。
またしばらく、俺達は黙ってコーヒーを飲んでいた。

コーヒーが少なくなってきた。そろそろ話を本題に戻す頃合だ。
そう思い、言葉を紡ごうとした。
だが、先に言葉を発したのはジョニーの方だった。
「知らなかったと言えば嘘になる」
最初ジョニーの言っている言葉の意味が分からなかった。
だが数秒して、先程の俺の問いの答えだと分かり、息を呑む。
「組織内でもそんな噂は立っていた。俺の耳に直接は入らなかったが」
俺は無言で言葉の続きを待った。
「…信じたくなかった。俺がまだガキの頃に拾われてから、ロワイアル・ファミリーは俺の全てだった」
先程より僅かに小さな声で紡がれたその言葉に、俺はかける言葉が見つからない。
つい最近似たような体験をしたからだ。
だがジョニーは、俺が返事を思いつく前に言葉を継いでいた。
「だが…だからこそ、今一度確かめる。俺が自分の眼で」

「そうか…お前の意思は分かった」
とはいえ、だ。最悪の事態を考えておかなければならない。
そして、その場合を見越した行動を取るべきだった。
「お前とは酒を酌み交わした仲だ。できることなら…こんなことは言いたくない。だが言っとくぞ」
だから俺は、予め用意しておいた言葉を紡いだ。
「もし…お前がロワイアル・ファミリーの真実を知っても尚、奴らに忠誠を誓うと言うのなら…それはお前も街を腐らせる側にいるって事だ」
目を細め、俺は言うべき言葉を言った。
「その時は…」

「俺の手でお前を殺す」

これまでと同様に、ジョニーはただ頷く。
だが、俺の言葉を聞いた瞬間、奴の眼には鋭さが増していた。
そして、奴も言葉を紡ぐ。
「殺し合いは、コインを投げるのと同じだ」
俺も同じように頷いた。ジョニーは言葉を続ける。
「その時、もし裏が出たなら」

「躊躇わずお前を殺す」

一泊を置いて、ジョニーは言葉を続ける。
「俺も、お前のことは気に入ってる。だが引き金を引く時、そこに躊躇は無い。それが俺の生き方だ」

互いに、言ってしまってからは、むしろもう楽だった。
コーヒーの最後の一口を飲み干すと、俺は言った。
「…どう出るかな。神のみぞ知る、って奴か」
神など信じちゃいない。だが、最後の一言は自然に出てしまっていた。
そして俺の言葉に、ジョニーはやはりそれまでと同じ調子で言葉を返す。
「或いは、もう二度と会わないかもな」
ここまで言っておいてそんなオチだったら笑えるな。そう思い、俺は笑おうと思った。
だが実際には、俺もジョニーも笑みを浮かべるだけで終わった。


そうして、俺とジョニーはダイナーを出て別々の方向へ歩いていった。
どちらも決して振り返らなかった。


隣町はあまり来たことがない。だからそんなに大きな町でなかったのは幸いだった。
俺は勘と標識を頼りにまず線路まで辿り着き、そこから操車場まで歩いた。
時間が無い。痛む身体を押し、必死で歩く。
やがてやっとのことで操車場まで来た俺は、暗がりで佇む男を発見した。
俺が発見するのと同時に、男の方も俺を発見する。
俺は男の反応を窺った。男は俺と目が合った際に特に動揺を見せず、妙な動きもしない。服装や目付きを観察し、俺は最大限注意を払って男の方へ近づいた。
そしてすぐ傍まで近づくと、先に男の方が口を開く。
「『乗客』か?」
俺は頷いた。男は無言で歩き出し、俺はそれについていく。
「今日は車両の連結作業があるから10分遅れてる。運が良かったな」
「…そうか」
男の言葉には何の調子の変化も無い。やはり、日常的な仕事としてここにいる男だ。俺は安心した。
そしてタイミングが酷くギリギリだったことが分かり、内心冷や汗を掻いた

果たして、男の案内した先に貨物列車があり、男はその扉を薄く開けた。
中のスペースにはみすぼらしい男や屈強な男、不自然に身なりはいいが周囲を警戒している男女など、訳ありらしい者達が多く乗っている。
座席が無いため、各々が思い思いの場所で床の上に腰を落ち着けていた。
まるで集団で密入国しようとでもしているかのようだ。実際には逆だが。
「スティーブ!」
「静かにしろ…!」
レベッカが駆け寄ってきた。
俺は口に人差し指を当てて騒ぐなと言い含める。
しかしそれにも構わず、レベッカは俺を抱き締めた。…と言えば聞こえは良いのだが、実際は鯖折りだ。俺の体感にして、この世のものとは思えないほどの力で。
「今度こそ、死んだかと思ったわよ…!!」
「痛い痛い今死にそうだ!!」

レイラも何事も無く待っていた。俺はレベッカと共にレイラを挟んで床に座る。
「このままだとお前も一緒に街を離れることになるが、いいのか?」
「よかないわよ。朝になったら職場に休暇連絡しないと」
「…別にお前までついてこなくても」
言いかけた言葉を、レベッカの目に遮られる。
「…だって、放っておくとあんた死にそうだし」
「何だと?」
「あんなボロボロのまま走行中の車から飛び降りておいて反論できると思ってんの!?」
確かに耳が痛い。
こうなるとレベッカには逆らえん。
俺は諦めた。レベッカが相手だと諦めが肝心だと思わされることが多いのが遺憾だ。


やがて、無事に貨物列車は走り始めた。
マフィアの殺し屋が乱入したり、ウィルクスの部下が強制捜査したりもしてこずに。
いつのまにか、レイラとレベッカは肩を寄せ合って眠っている。セーフハウスではレベッカの方が一睡もしていなかったせいだろう。逆に俺は、ジョニーとコーヒーを飲んでいたせいで眠たくはならなかった。
だから、改めて時間ができたのでここまでの道のりを振り返る。
ジョニーの襲撃以外に目立った障害が無かったのは何故だろう。正直死ぬような思いこそしたものの、上手く行き過ぎていると思った。
だが、どちらにしろこのまま行ける所まで行くだけだ。
窓の外を流れる暗闇の光景を、俺は眺め続けた。


一生の不覚だった。

結局のところ俺は疲れていたらしい。レベッカとレイラを寝かせたので俺は起きていようと思ったんだが、二人の横で座っていたら寝入ってしまっていた。

目を開けると、他の乗客はいなくなっており、一人の男が俺の視線の先に立っていた。

「!!?」
マーク・ウィルクス。
奴は俺達のいる壁際とは向かいにある壁際に立ったまま背を預け、腕を組んで俺達のことを見ていた。
「自分達が今、どんな立場にいるか、分かってるな」
「…糞が。他の客は仕込みか」
毒づく俺に構わず、ウィルクスは頷く。
「安心しろ、その娘を殺す気はない。彼女らを起こしたくないだろ。ついてこい」
そう言うと、奴はそのまま歩いていき、今俺達のいる貨物室から繋がっている隣の車両へと姿を消した。
俺は横を見た。レベッカは背中を壁に預けて座り、そのまま眠っている。
俺の隣にいたレイラもまたレベッカの膝に頭を乗せ、毛布で身体を包んで眠っている。
二人ともすぐには起きなさそうだ。そう判断した俺は、立ち上がろうとする。
そこで、服の裾をレイラが握っていたことに気づいた。気づかれないように俺はそっとレイラの手から服を離すと立ち上がる。
そして隣の車両まで音を立てずに歩いていった。

隣の車両はまた貨物室で、こちらは人が歩くための通路以外は色々な貨物で埋まっていた。
ウィルクスはその車両で待ち、俺が来たのを見ると顎を振って再度ついてくるように示す。
俺がついてくると同時に、奴は喋りだした。
「君が死体安置所から出てきてからずっと我々は君を監視してた」
「…何?」
ウィルクスは振り返らずに話を続ける。
「気づかなかったろ。君がどの程度の尾行に気づくのかは、先日確認させてもらっていたからな」
俺は背筋が凍った。
かなり以前、エリスとウィルクスが俺を尾行していたことがあった。
俺がそれに気づいたのはジョニー・ケルズと一悶着あった時で、その時俺は激昂し、以後尾行がついていないか敏感になっていたのだが。
「何で放っておいた?俺がレイラを連れているのに気づいてたんなら、すぐに俺からあの娘を取り上げることだってできた筈だ」
「君を試してた」
また俺の癇に障ることを言う。俺は怒りを押し殺し、ウィルクスの言葉の続きを待った。
「一つは君があの娘の能力に気づくかどうか、もう一つは気づいたとして、君があの娘の能力を悪用するかをだ」
「…高みの見物って訳か」
「そうでもないぞ。ロワイアル・ファミリーから放たれた殺し屋を、君達が気づく前に処理していたのは我々だ」
再度俺の背筋に寒気が走る。
「…何?」
「あの娘の様子、変じゃなかったか?近くに殺意を感じ取っていた筈だ」
そう言えば、時折レイラは俺やレベッカの言葉に反応しないことがあった。
それに、確かにここに来るまでうまく行き過ぎていたとは思っていた。目立った障害はジョニー・ケルズだけだ。
「昼にワンボックスカーに乗った4人組、夜にプロの殺し屋が二人。君達に気づかれないように彼らを処理するのは大変だった」
「ジョニー・ケルズはどう説明する」
「奴だけは我々が気づいた時には既に遅かった。君達の車に接近し、既に銃を発砲していた。派手なカーチェイスに発展していたので、我々のエージェントが裏方に回ることもできなかった」
エージェントときたか。俺は内心の怒りをそのまま言葉に込める。
「じゃあ何か。俺に降りかかる障害を、お前らが代わって排除してくれたって訳か。感謝しないとな。あまりの感動で涙が出てくる」
「君は合格した」
俺の皮肉に反応すらせず、ウィルクスは宣言するように語気を強めてそう言った。
そして奴は立ち止まり、俺に向き直る。
「君はあの娘の能力を知り、それでもただあの娘を脅威から守るために戦った」
「だから何だ。さっきから試すだの合格だの、何様だお前は。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「…この先にいる方に聞け」
そう言うと、更に先の車両に続く道を、ウィルクスは空ける。そして、目線で先へ進めと促した。
「…レイラは」
「無論、殺しなどしない。そもそも私は彼女の能力を知っていたから、最悪の場合射殺も止むなしと考えていただけだ。そのせいで彼女を怯えさせてしまったようだが」
「…つまり?」
「もう彼女の能力が悪用される危険は無くなった。故に私が彼女を殺す理由も無い」
俺はしばし考えた。
ここはマーク・ウィルクスが関わってる謎の組織のテリトリーだ。
下手に逆らわん方がいいだろう。それに、奴の言っていることにも説得力はある。
だが、殺さない理由も無い筈だ。それほどまでにレイラの能力が危険なものであることは俺にも分かっていた。
「…100%信用はできんな」
「それでいい。とにかく、この先にいる方の話を聞いてほしい。それだけだ」
嫌にこの先にいる人物と俺を会わせたがるな。俺はウィルクスの顔色を観察したが、何も読み取れなかった。
「いいだろう。だが警告しておく。これ以上俺を騙そうとするなら、死ぬより痛い目に遭わせてやる」
俺の言葉に、ウィルクスはただ頷いた。
そして、俺は更に隣の車両へと歩いていった。


最終更新:2017年06月04日 02:48