護送車の襲撃事件から数日。カーネルは副署長に冷遇されながらも、何とか情報を集めていた。
もう一人の部下にして別組織とのパイプを持つマーク・ウィルクスと連絡は取れたが、彼の上司と話ができるようになるには数日かかると言われ、それが今日だった。
「ブラウン、何か分かったか?」
出かける前に、カーネルはエリスに捜査の状況を聞きに来た。そのエリスはカーネルの顔を見るなり、別の部屋へと案内を始める。
「こちらです、警部」
その部屋にはモニターが何台も置かれ、それぞれに別々の映像が流れていた。全て監視カメラの映像だ。
「何か見つかったか?」
「ええ、僅かにですがジャンゴ・ザネッティと思われる人相の男が映っている映像も見つかりました」
カーネルと違い、エリスは副署長の捜査にもある程度協力できており、そのためこの監視カメラ群を使っての捜査に入ることが許されていた。
「それで、ジャンゴが見つかった辺りの日時周辺の映像を洗い直してみたんですが…」
「また何か見つかったんだな?」
言い淀むエリスに、カーネルは即座にそう言葉を返す。エリスはただ頷いた。
「これを見て下さい」
それは、大勢の人間が通る広い通路の映像だった。
「数日前の港の映像です。時刻は朝、丁度人の往来が多くなり始める時間帯ですね」
やがて映像が、ある場面で止まる。特別な場面というわけではなく、やはり人の往来があるばかりだ。
「ここ、拡大して」
「はい」
エリスの指示に、画面を捜査していたオペレーターが言われた通りに捜査を行う。
拡大されたのは、一人の若い女性の横顔だった。
大勢の人々が歩いている映像のため、服装までは分からないが、横顔は確かに撮れている。
濃い化粧に長い黒髪を後頭部に結い上げ、蝶の髪飾りをした若い女。
その顔を見て、エリスが何か言う前にカーネルは声を上げていた。
「まさか…ベルカナ・フォン・ロワイアルか!?」
「恐らくは。資料にあった写真とは大分雰囲気が変わっていますが」
カーネルはしばらく眼を瞑り、言った。
「こいつも情報屋の話では死んだと言われていた筈だな」
「ええ。逆にそのせいで、無関係ではないと確信しました。あのバーテンダーが言っていた協力者らしき女性とは、彼女である可能性が高いと思います」
エリスの言葉に、カーネルは頷く。
「署長が殺された映像に映っていた人物は、明らかにロワイアル・ファミリーの最高幹部の一人だったビートルジュースだ。そして南方で暴れ回っていた空族ジャンゴ・ザネッティ。更に殺されたと思われていたロワイアル・ファミリーのボスの娘までか」
「ええ。ジャンゴ・ザネッティがロワイアル・ファミリーと関わりがあったと考えれば、今回の一連の事件はロワイアル・ファミリーが黒幕と考えるのが自然ですが…」
エリスの言葉に、カーネルは思案した。そうしながら、頭に浮かんだ言葉を呟く。
「確かに…そう考えるのが自然ではある。だが、当のロワイアル・ファミリーを今の分裂状態に陥れたのが他ならぬビートルジュースだ。そしてベルカナ・フォン・ロワイアルは一時期、ロワイアル・ファミリーの幹部に殺されたと噂が立った。街中にだ」
「ええ。私も迷いました。一連の事件がロワイアル・ファミリーの仕業と断定していいのか、それとも…そこから分離した別の組織の仕業なのか」
カーネルはしばらく、情報を頭の中で整理した。だが、やはり纏まらない。纏めるにはもう少し情報が必要だろう。
「よしブラウン、街中の情報屋を当たれ。ロワイアル・ファミリーに関することを中心に情報を集めるんだ。特に幹部だったビートルジュースについては徹底的にだ。どんな小さな情報でもいい。ベルカナとジャンゴについても、それにクロウ・エリュシオンの名前が出たらそれもだ」
「クロウ・エリュシオンもですか?」
そう聞き返すエリス。カーネルもエリスも、今回の件についてクロウ・エリュシオンはシロであると確信しているからだ。
「ああ。無実の可能性が高いとは言え、我々の前から姿を消したのは事実なんだ。そのせいで私も副署長に表立って反論できずにいる。首謀者が奴などとは思えんが、これを仕組んだ者達とクロウ・エリュシオンの間には何らかの関係があると思った方が良い」
カーネルの指示に、エリスは頷く。
「分かりました。警部はこの後ウィルクスの所へ?」
「ああ、少し外す。後を頼んだぞ」
そしてカーネルはモニター室を出て行った。
雪の積もる朝。
北方にあるその都市の駅に、一人の少年が降り立っていた。
茶色の短髪に幼さの残る顔立ち。フード付きのジャンパーを身に着け、厚手のズボンと手袋をし、荷物の入ったリュックを肩に担いでいる。
幸い雪は降り止み、空には太陽が昇っていた。
駅から出てきたその少年は、駅前に止まっている一台のトラックと、その傍に立っている壮年の男の方へ向かい、言った。
「親父、お待たせ!」
「ジャック、元気そうで何よりだ!」
少年――ジャック・アースガルドは、最近ハイスクールに進学し、一人暮らしを始めていた。
後数ヶ月で2年目に入ろうかという時期であり、そしてハイスクールが長期の休みに入ったため、実家に戻ろうとしているのだ。
ここはプリズナの町から数キロ南下した場所にある都市であり、プリズナへ帰るまでに列車で行ける一番近くの駅だった。
事前に連絡した所、父親のケイン・アースガルドがトラックで迎えに来てくれたのだ。
そのケインは茶色のジャケットとズボン姿で、白髪の混じり始めた茶色の短髪に口の周りを髭が覆っている。
やがて、ケインのトラックの助手席にジャックが乗り込むと、彼らはプリズナへ向けて出発した。
「最近はどう?親父怪我とかしてない?」
「ああ、問題ねぇよ。電話でも言ったが、近所の連中の伝手を借りてやっと店を開けた」
ケインの言った通り、事前にジャックは電話で、最近ケインがプリズナの町に酒場を開いたことを知らされていた。
これを聞いた時には酷く驚いたものだが、開店から数ヶ月した今、特に大きな問題は起きていないらしい。
「休みの間は俺も店を手伝うよ」
「ああ、そうしてくれると助かる。正直言って、この歳で荷物の運搬は結構大変でな」
トラックは都市部から出て山々を間を通る道を走り続ける。
ここからプリズナまで数時間はかかる距離だった。
――かつてこの道を逆方向から一人で行こうとして、野良リーバードに襲われ、ある出会いが待っていたなと、ジャックは心の中で振り返る。
そう思いつつも、彼は話題を振った。
「ところで、町の方はどう?何か変わったこととかあった?」
「あー、そうだな…観光客なんて滅多に来ない町だってのにでっかいホテルが建ったことと、あとは…」
そこまで言ってケインが言葉を濁す。その様子にジャックは訝しげな視線を向けた。
「…ミラちゃんの事は話したっけか。今はノービルさんの所で世話んなってる」
「ああ、聞いたよ。ノービルさんのパン屋で住み込みの手伝いしてるって」
以前にケインから電話で教えてもらった、幼馴染であるミラ・クラウスの今の様子について思い返すジャック。
以前の事件で父親を失った彼女は、プリズナの町で昔からパン屋を経営しているパメラ・ノービル夫人の元に住み込みで働いていると。
「最近、ちょっと妙なことがあったんだ」
依然として少し言い難そうに、ケインは語る。
「妙なこと?」
「ああ。市庁舎の近くに住んでるマーカス・フェンリーって爺さん、覚えてるか?」
ジャックは、ケインの言った人物について思い返した。
いつも猟銃を肩に担いでいる、灰色の髭が口元を覆った老人だ。
確か猟師で、時折山で狩った熊や兎の肉を肉屋に卸しているという話だった。いつも犬を連れている姿がジャックの印象に残っている。
「あの爺さんの飼ってる犬、大層利口でな。リーバードの匂いを嗅ぐとすぐに吼えるんだ。それで何度もあの爺さん命拾いしたって言ってたよ」
「そうなんだ。それで、それが?」
話の続きを促すと、ケインは言った。
「だが、あの犬も爺さんに負けず劣らず結構な老犬でな。どうも最近耄碌してきたらしい」
「…犬って耄碌するの?」
ジャックの問いに、ケインは肩を竦める。
「そりゃお前、犬だって生き物だ。どっかしら衰えたりはするもんだろ。何せ…ミラちゃんを見ると吼えるようになっちまったんだから」
「…ミラを?」
「ああ。他の人には何とも無いんだが、あの爺さんと犬がパン屋の前を通りがかっただけで、凄い剣幕で吼えるんだ。ミラちゃんが店番してる時だけな」
状況を想像して、ジャックは嫌な気分になった。ケインは続ける。
「近所の人達が、狂犬病にでもかかったんじゃないかと爺さんに獣医へ行くように勧めたんだが、あの爺さんも頑固でな。自分の犬は絶対に健康だ、おかしいのはあの娘の方だって言い張って聞かねぇんだ」
「おかしいって…」
「そういうことがあったんで、最近はあの爺さんもパン屋には近寄ろうとしなくなった」
ジャックはケインの話を聞き、しばし考え込んだ。
少なくとも一連の出来事で、ミラが傷ついた事は間違いないだろう。ただでさえ彼女は1年近く前に父親を失っているのだ。
ジャックは、プリズナへ帰ったらすぐにミラの様子を見に行こうと、そう心に誓ったのだった。
「…っと、この時間か」
ジャックが考え込んでいる間に、ケインはトラックのラジオのスイッチを入れていた。
ラジオからは、天気予報が流れてくる。
プリズナの町の近辺は、今日は夕方にかけて吹雪になると報じていた。
「チッ、やっぱり吹雪くか…」
それを聞き、運転しながら何事か考え込んでいたケインは、やがてジャックに言う。
「悪いな、ジャック。途中で一人乗せてくぞ」
「えっ?」
プリズナへの行き道の途中に、山を迂回する地点があった。
ここは崖の下を通り過ぎる道で、森と壁のようになった山肌に挟まれている。
その山肌の前で、一人の人物が佇んでいた。
身長2m近くの大柄な男だ。黒い髪は肩下辺りまで伸びており、無骨な顔つきをした年配の男だった。
全身を黒いコートが覆っており、足元は茶色いブーツ姿だ。
その男の手には、その容姿に似合わず花束が抱えられている。
そして、それを道の端、山肌の前に置くと、そこに立ち尽くしたまま眼を瞑っていた。
やがて、雪が降ってきたのも気に留めないまま。
「ああ…やっぱりいたな、今年も」
トラックを止めて、ケインは数メートル先の山肌の前で佇む男の姿を見つめた。
ジャックはその男を見て、何か思い出しそうになったが、どうしても思い出せない。
「…あの人、どこかで見たような気がする」
「そうか、少しは憶えてたか」
「え?」
ケインの言葉に思わず振り向くジャック。苦笑しながらケインは、遠くを見るような眼で語り始めた。
「お前がまだ小さかった頃のことだ。友達と遊んでて、山で遭難しかけたこと、あったろう」
「ああ、そんなこと、あったね…」
まだミラとも知り合う前、今では忘れてしまった友人達と、ジャックはある日いつものように遊んでいた。
やがて友人の一人が、山に入って遊ぼうと言い出した。大人達からは絶対に山には入るなと言われていたのだが、入っていってしまったのだ。
結果は案の定、道に迷ってしまった。それも、歩いていくうちに友人達が一人消え、二人消え、やがてジャックは自分一人であることに気が付いた。
「…どうなったんだっけ、それから。全然覚えてない」
「助けられたんだよ、あの男に。あの男、プリズナの東にある山の中腹に住んでてな、偶然お前を見つけたって言ってたよ」
そう言って、ケインは山肌の前に佇む男に視線を向けてみせる。
ジャックは再度男の方を見た。しばらく、ずっと見ていたが。
「…やっぱり思い出せないや」
「そりゃそうか。まだあの時お前小さかったものな。あれは眼を離した俺も悪かった。気が付けば、他の子供達と一緒に消えてたんだもんよ」
大きく溜め息をつき、ケインは言った。
「でもお前、あの男に背負われて、スヤスヤ眠ってたんだぞ。暢気に寝やがって、って俺は怒りたくなったぜ」
ケインの言葉に、今度はジャックが苦笑した。覚えていないとはいえ、昔の自分に関する思い出話をされると、何だか気分がむず痒くなる。
「それで、あの人は何であそこにずっと立ってるの?」
ジャックの問いは当然だった。だがケインは、今度こそ話し辛そうに頭を抱える。
「あー、そうだな…話してもいいが、下手に話題に出すなよ」
ケインの念押しに、ジャックは頷く。
「お前が生まれるずっと前、この道であの男の奥さんと子供が亡くなったんだ」
「えっ…!」
驚くジャックに、ケインは眼を瞑って頷いた。
「リーバードに襲われたんだ。今じゃこの道も付近のリーバードが退治されて進めるようにはなってるが、当時はまだこの辺も野良のリーバードが多くてな。あの男だけどうにか生き長らえたが、二人は…駄目だった」
「そうなんだ…」
「それ以来、あの男は毎年欠かさず、ここで花束を捧げてる。奥さんと子供の命日に、必ずな」
ジャックはケインのその言葉で、先程ラジオを聴いてケインが思案してた理由に思い至った。
「じゃ…今日がその日なんだ」
「ああ。勿論、遺体はプリズナに運ばれて、墓地に埋葬されてる。そこにもあの男は月に一度通ってるんだ。だが、奥さんと子供が死んだのはこの場所だ。あの男にとっては、それが重要なことなんだろうな」
ジャックとケインはしばらく、立ち尽くす男の姿を眺めた。
車を出て声をかけるべきだったのかもしれないが、邪魔したくないという思いが強かったのだ。
「…その事故って、いつ頃?」
「もう20年以上前だ」
「…何だか、哀しいね」
「…ああ」
そろそろ雪が強くなってきた。
フロントガラスに積もる雪の量も眼に見えて多くなり、やがてケインは車を降りる。
そして、ずっと山肌の前で眼を瞑り立ち尽くす男に向かって、ケインは声をかけた。
「おい、ジョン!」
だが、男は答えない。ケインは更に数歩歩いて、尚も声をかけた。
「ジョン・クラフト!!」
男――ジョン・クラフトは、ゆっくりケインの方を振り向く。その顔には何の表情も宿っていない。
「もうすぐ吹雪が来るそうだ。乗ってけ」
そう言ってトラックを指差すケイン。ジョンは無表情のまま頷いたが、トラックの助手席に座るジャックを視界に捉えると、言った。
「俺は荷台でいい」
「寒いぞ?」
「…空を見ていたい」
ジョンの言葉にケインは溜め息をつき、笑みを浮かべると言った。
「あんたの自由だ。とりあえず乗ってけ」
「ジャ…ジャック・アースガルド…です…」
トラックの助手席の窓を開け、そう言ってジョンに向かって頭を下げるジャック。
「憶えてるか?あんたが昔、山で助けてくれた坊主だよ」
微笑みながらそう付け加えるケイン。ジョンは、その口元を綻ばせ、頷いた。
「憶えてる。大きくなった」
そして、ジョンは手を差し出す。それにジャックも応えて、二人は握手した。
ジャックは、ジョンの手が予想以上に大きく、少し驚いていた。
「さっき人とすれ違った」
「人と!?」
ジョンの発言に、驚いて繰り返すケイン。
ここまでトラックで走ってきて、特に誰ともすれ違ってはいない。にも関わらずジョンがすれ違ったということは、ジャックとケインが出発した都市からプリズナまで、歩いて向かっている人間がいるということだ。
プリズナへの道路がここしかない以上、そうとしか思えない。
「車でも数時間かかる距離だぞ」
「俺も歩いてきた」
ジョンの言葉に、ばつが悪そうに頭を掻くケイン。
「とにかく、雪も強くなってきたし、そいつも乗せてくか」
そしてジョンが荷台に乗り、トラックは再度動き始める。
やがて、丘を上がって降りていく道となる。その道を眺めながら、ジャックは思い返していた。
およそ1年近く前、父親が仕事で遅くなり、そして今日と同じく吹雪の予報が出ていた際、自分は食料を持って父親を迎えに行ったことがあった。
スノーモービルを駆り、勇んで出発したものだ。その頃、普段からスノーモービルを運転するのに夢中だった彼は、その日自分の腕を過信して、道を逸れて森に入り、ショートカットを試みたのだった。
結果、大型のリーバードに襲われ、必死に逃げて道に戻ったものの、リーバードはまだ追ってきた。
その状況を助けてくれた人物がいた。クロウ・エリュシオンである。
双刀を操るディグアウター。ディグアウターを見るのが初めてだった彼は、町を訪れたクロウに懐いたものだった。
それから、彼もクロウもある諍いに巻き込まれる事になった。僅か1年ほど前とはいえ、今では懐かしい思い出だ。幼馴染のミラが父親を失った、苦い思い出でもある。
そんな過去を思い返していた彼の視界に、道の端を歩く誰かの姿が映る。
「ああ、あれがジョンの言ってた奴か」
隣でケインがそう呟く。ジャックは、ひょっとしてそれが、今思い返した人物ではないかと一瞬だけ期待した。
だが、その人物はクロウ・エリュシオンではなかった。
クリーム色のコートに、毛の付いたフードを被った後姿。
その背は、ジャックより僅かに高いくらいだった。記憶にあるクロウの背よりも小さい。
トラックの音を聞きつけたのか、その人物は頭に被っていたフードを外すと、振り向いてこちらを見つめる。
男性か女性なのか判断に迷うほど整った顔立ちをしていた。歳は20代前半くらいだろうか。金色の長髪を後頭部で縛り、眼鏡をかけている。
ケインはその人物の隣までトラックを進めると、止まって窓を開けた。
「よう、プリズナへ向かうんだよな?もうすぐ吹雪になる。乗ってくか?」
その人物は微笑し、答える。
「それは助かります。ありがとう」
返事を聞き、ジャックは自分の側の扉を開けた。
そして扉の前まで歩いてきた人物に、ジャックとケインは自己紹介する。
「ジャック・アースガルドです、よろしく」
「その親父のケインだ。よろしくな」
微笑みながら、その人物は答えた。
「クリストファー・セレナード。クリスとお呼びください」
そして扉から車内へ入る前に、その人物――クリスは、荷台に乗るジョンにも微笑みかける。
「同乗させてもらいます、よろしく」
「…ジョン・クラフトだ」
そしてジョンは先程と同じように手を差し伸べ、クリスもそれに応えて握手を交わす。
やがてクリスも乗せて、一行のトラックは再度プリズナへ向けて走り出した。
「しかし、車も使わず徒歩でプリズナまで行くとは、余程体力に自信があるんだな」
運転しながらそう言ったケインに対し、クリスは微笑みながら返事を返す。
「あまり運転が得意ではなくて。でも体力はありますから」
「プリズナへは旅行ですか?」
ジャックの問いに、クリスはやはり微笑を絶やさぬまま、語り始めた。
「いえ、話すと長くなるんですが…最近、親しい友人が事故で他界しまして」
その言葉に、ジャックとケインが言葉を濁す。
「そ、それは…」
「ご愁傷様で」
「いえ…すみません。それで、その友人が生前、プリズナの町へ来た事があったのですが、そこで見た山々の景色が良かったとしきりに話してくれていたんです。ですから、この機会に私も行ってみようかと思って」
クリスの話の内容に、ジャックとケインは顔を見合わせる。
特に自分達の町の景色が良い、という自覚がなかったからだ。それどころか、別にプリズナの町の市政は観光事業に特別力を入れているわけではない。
そんな二人の様子を見て、クリスはその表情に疑問符を浮かべる。
ジャックはそんなクリスの表情を見て、慌てて取り繕った
「あ、え、ええと…何というか、その友人がそこまで気に入る景色がプリズナにあったなんて、住んでる僕達には思いも寄らなかったので」
「ああ。正直言って、そんな風にプリズナの景色に感銘を受けたなんて言われたら、正直嬉しさとかより驚きの方が大きいからな」
「そうなんですか?」
クリスの言葉に、ケインは相槌を打つ。
「確かにプリズナは東西と北を山に囲まれてるが、別に特別高い山や美しい山ってのがあるわけでもねぇ。だから観光目的で来る人間も少ないし、そういう奴らがいたら鉄道も引っ張ってきてくれるんだが、今の所そんな話も聞かん」
そこまで言って一泊を置き、ケインは自嘲気味に言った。
「正直言って、景色って点を言えば他に売りにしてる雪国は幾らでもある。あんたの友人がプリズナの景色のどこに惹かれたのか、俺たちが聞きたいくらいだぜ」
「そう…ですか」
そう言うと、クリスは座席の背もたれに背を預ける。
そんな様子が落胆したように見えて、居た堪れなくなったジャックは再度口を開いた。
「で、でも、それでもクリスさんの友人の方はプリズナに惹かれるものがあったんですよね?ならクリスさんがプリズナに行くことにも、きっと何か意味がありますよ…!」
ジャックの言葉に、クリスはしばらく何事か思案しているようだった。
だがやがて、彼は静かに口を開く。
「1年くらい前に、地下の遺跡が陥没したって話を聞きました」
その内容に、ジャックはビクリと肩を震わせる。対してケインの方は普段通りのまま、クリスの言葉に相槌を打った。
「ああ。あの事故には驚いたぜ。死者が出なかったのが幸いだったよ」
「…でも、遺跡の専門家達は言うんです。遺跡の外壁は、私達の持つ科学力では決して壊せない素材でできているって。だから、遺跡が崩れてその上の地面が陥没するなんて、普通はありえないことなんです」
「…あんたは、それも気になってプリズナに行くのか?」
「ええ。それも行く理由の一つですね」
「ふむ…そうか…」
それからしばらく、ケインもジャックも、そしてクリスも、誰も口を開かなかった。
夜になり、辺りは暗くなる。
予報の通り、雪の勢いは益々強くなり、道を見分けるのが困難な状況だった。
ケインは寒さを覚悟しながら窓を開け、未だ荷台に腰を落ち着けているジョン・クラフトに対して言葉をかける。
「おい、あんたもそろそろ車内に来た方がいいぞ。このままじゃ凍死する!」
だが、やはりジョンは頭上に目線を向けたまま、答えた。
「既に三人乗っている。俺が入れるスペースは無いだろう」
「だがな…!」
「こういう時にこそリーバードに襲われたら危険だ。俺が見張っている」
そう言われてしまっては、返す言葉も無い。
「…すまん!」
そしてケインは窓を閉め、雪に覆われそうになっている道路を見分けながら運転に集中することにした。
ジャックは膝に置いたリュックに頭を乗せて寝入ってしまっており、クリス・セレナードは外の景色を眺めている。
「いつもこんな雪なんですか?」
クリスの言葉に、ケインは運転に集中しながら言った。
「まぁ、そうだな。今日は吹雪だから、いつもよりかは勢いが強い。だが、それでもこの時期はこれくらいの吹雪は度々起こるな」
「それは…大変でしょう」
「まぁな。でも今日は予報で吹雪と言われてたから、それなりの装備は持ってきてる。あんたやジョンを拾えて幸いだったよ」
「ええ、こちらも感謝しています」
そう言葉を交わすと、クリスはまた窓の外へと視線を向け、無言に戻る。
それからはもう、プリズナの町まで彼らが言葉を交わすことは無かった。
その後は何事も無く、トラックはプリズナの町へと辿り着く。
町へ着いた頃には吹雪は止み、空からは雲が去っていた。
町の入り口へ入った頃、荷台側の窓をジョンが軽く叩く。
「この辺でいい」
そう言われて、ケインは車を止めた。
「墓にも行くのか?」
ケインの問いに、ジョンはただ頷き、荷台から地面へと降りる。
「すまない、拾ってくれて助かった」
「別にいいさ。代わりに、俺の店に時々飲みに来てくれたら嬉しいが」
ケインの言葉に、ジョンは口元に笑みを浮かべる。
そして、彼らに背を向けてジョンは歩き去ってしまった。
「さて…」
そしてケインは振り向いたのだが。
「?おい、ジャック」
助手席に座るジャックに声をかける。寝息を立てていたジャックは、呻き声と共に顔を上げた。
「ん、どうしたの親父?」
「クリスさん、いつのまにいなくなったんだ?」
車内から、クリス・セレナードの姿は消えていた。
ジョンと別れる時まで、ケインは運転席から開けたドアの前にいた。
クリスは助手席側の窓際に座っていた筈だが、助手席側のドアが開けられた形跡は無い。
「…え、いなくなったの?」
キョトンとした顔でジャックが問う。ケインは、トラックの周囲に視線を走らせた。
しかし結局、クリス・セレナードが彼らと共にいたという痕跡は、一切見つかることは無かった。
クリスのことが気にかかりながらも、プリズナの町の自宅に着いたケインとジャックは、駐車場にトラックを停めると、ドアを開けた。
荷物を自宅に運び込み、そしてジャックはすぐに家を出る。
「おい、もうそろそろ暗くなるぞ」
「うん、ちょっと用事が…」
「ああ、ミラちゃんの所か。あんまり遅くなるなよ」
そう言いつつも、ニヤニヤと笑みを浮かべながらジャックを見送るケイン。
ジャックは頭を掻きつつ、家を出て行く。
それを見送ると、ケインはトラックに積み込んでいた幾つかの荷物を取り出した。
荷台は先程までジョンが座っていられた程度にはスペースがあったが、ケインが開いている酒場に仕入れるものを幾つか積み込んでいたのだ。
それを持って、ケインは自宅からほど近い所に借りている酒場の方へ向かった。
暗くなり始めた町の中、表通りの裏手にある、人通りの多い商店街。雪は止んでいるが、先程まで吹雪いていたため、家々の屋根や道路は雪に覆われている。
そして点々と光を放ち始めた街灯と、この時間帯に夕食の材料を買いに行っていた主婦達の姿もあってか、ここには活気があった。
「あら、ジャック君じゃない、戻ってたの?」
「ええ、今日帰ってきました。休みの間はここにいるつもりです」
顔見知りの主婦にそう言って挨拶するジャック。
歩いているうちに、視界の遠くの方に大きなビルが見えた。
10階以上はあるだろう。窓の幾つかから照明が灯っているのが分かる。
「あれが親父の言ってたホテルか」
ジャックは数時間前にトラックの車内でケインが言っていた言葉を思い出した。でっかいホテルが建ったと。
そのホテルを見ながら、ジャックは商店街を進んで行った。
そしてやがて、目的のパン屋を見つけた。
そのパン屋は、足を悪くしたパメラ・ノービルという年配の女性が経営しており、そして約一年前の事件で父親を失ったミラを引き取ったのも彼女だった。
店に入ると、籠に入ったパンの置かれた棚が各所に置かれている。そして、レジの前にノービル夫人がいた。
年齢は60を過ぎた老婦人で、白髪を後ろで纏め、眼鏡をかけている。薄い緑色の服の上にピンクのエプロンを着ていた。
「おや、ジャック君じゃないかい。久しぶりだねぇ」
「ええ、お久しぶりです」
ノービル夫人とも顔見知りであったジャックは、頭を下げた。
丁度その時、他の客がトレーに商品を置いてノービル夫人の所へやってくる。
客が商品を購入し、店を出て行くのを待ってから、ノービル夫人はジャックに声をかけた。
「ミラは今買い物に行かせてるんだけど、そろそろ帰ってくる頃だと…」
「ジャック!!」
急に後ろから呼びかけられジャックが振り返ると、そこにミラがいた。
以前は長かった金髪を肩上まで切っており、ピンク色のセーターにエプロンをしている。
手には夕食の材料だろう野菜類の入ったビニール袋を提げていた。
「久しぶり…!」
「うん、久しぶり、ミラ」
客のピークは過ぎた頃らしく、ジャックの後に来る客はまだいない。
ジャックとミラは客の入れない店の奥にあるキッチンで、椅子に座って話していた。
ノービル夫人は二人のためにココアを淹れ、それが済むとまた店番に戻っていく。
そして先に口を開いたのはミラの方だった。
「そっちの学校はどんな感じなの?」
「毎日勉強勉強で忙しいよ。ただでさえ僕勉強苦手でさ。でもディグアウターの人達って、あんなに色んな知識が必要なんだなぁって…痛感したよ」
「そっか…やっぱり大変なんだね」
ミラは自分のカップを眺めながらそう頷く。
ジャックはケインの顔を思い浮かべながら、言葉を続けた。
「でも、折角親父が大金払って俺を学校に入れてくれたんだし、精一杯やってみるよ」
「うん、私も応援してる…!」
そう言って、ミラは微笑んだ。
「ミラの方は最近どう?パン屋の仕事には慣れた?」
「うん、パメラさんは慣れてるからいいんだけど、私だと力不足なことが多くて。パン屋って思ってたより力が要る作業だって分かった」
依然、カップに淹れたココアの水面を眺め、ミラはそう呟く。
「そっか…やっぱりそっちも大変なんだね。休みの間はここにいるから、何かあったら相談に乗るよ」
「うん、ありがとう、ジャック」
一頻り話も終わり、ジャックとミラは立ち上がった。
そろそろ外も暗くなりかけており、お暇の頃合だとジャックが思ったからだ。
そして、椅子にかけていた上着を着ると、ジャックはミラとノービル夫人に見送られ、店のドアを開けた。
「じゃ、また明日ね、ミラ」
「うん」
「いつでもおいで」
「ジャック…」
「え?」
パン屋を出て数歩歩いたジャックだが、後ろから店を出てきたミラに呼び止められ、振り返った。
「ジャック…あのね…」
ミラが何か言いかけているので、ジャックは聞き返す。
「何、ミラ?」
「あのね…ええと…あの、ね…」
ミラは、何か言い淀んでいるようだった。
その表情に、どこか苦しそうな、そして哀しそうな印象をジャックは受けた。
「…どうかした?」
しばらく、辺りを沈黙が覆い。
「…ううん、何でもない」
顔を上げたミラの表情は、また笑顔に戻っていた。
「そっか。じゃあ、また明日」
そう言って、ジャックは手を振ってミラと別れる。
ミラが何かに悩んでいるであろうことは、ジャックにも分かった。でも結局言わなかったのだから、これ以上聞いてもどうにもならないだろうと思ったのだ。
この時、何故もう一言聞いてみなかったのか。ジャックは一生後悔することになる。
「さて、今日の荷物はこのくらいでいいか」
酒場に荷物を運び終え、ケインはそう呟いた。
店内はカウンターにテーブルと椅子、全て所定の位置にあり、酒瓶も全て漏れなく棚の上に置かれている。
今日は息子を迎えに行くために臨時休業してしまったが、明日はいつも通り店を開けるだろう。
息子に接客させてみるのもいいか。普通は接客業というのは見ず知らずの人間相手にするものだから、酷く大変なものだが、幸いこの店にはケインの顔見知りしかやってこない。ふざけてジャックに酒を飲ませるような輩もいないので、ジャックに一時だけ手伝わせるなら理想的な職場と言えた。
こういうのも人生経験だな、と考えていたら、自然とケインの口元に笑みが零れる。
その時、店のドアが開いた。
風が吹き込む。雪明りに照らされ、ドアを開けた人物は陰になってよく見えない。
「誰だ?今日は臨時休業なんだが」
その人物はケインの言葉にも構わず、ズンズンと店の中に入ってくる。
ジャケットの上に厚いコートを羽織り、頭には黒いマフラーを包帯のように巻きつけているため、人相は分からない。
それらの服装全てが古ぼけて色褪せ、所々が擦り切れており、見るからに汚い。都会に住む人間が見ればホームレスにしか見えない格好だった。
そして、ケインがいるカウンターの前まで来ると、その人物は顔に巻いたマフラーを外した。
「あ…あんたは…!!」
「…久しぶりだな。危険を知らせに来た」
変わり果てたクロウ・エリュシオンの格好に、ケインは驚愕するしかなかった。
この時、この瞬間より、この町に住む全ての者を巻き込む、ゲームが開幕した。
最終更新:2018年02月25日 21:33