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スティーブ・ハント。私立探偵。

ただのデコイであり、ディグアウターですらない。

彼がこの一件に加わる切っ掛けになったのは、ゴーストとの関わりだろう。

彼はゴーストが支配していたとある施設から、特殊な能力を持つ少女――レイラを連れ出し、顔見知りのジャーナリスト、レベッカ・ミラーと共に街を脱出した。

そして彼は、列車の中で古代人――マザー・ユーナとゼゼと邂逅し、ある依頼を受けたのだった。

その、依頼とは。


列車の中。
マザー・ユーナとゼゼの依頼を、スティーブ・ハントは聞いていた。

「クロウ・エリュシオン。私の大切な、家族です」

「その依頼、受けてやる」

そう承諾したスティーブは、しかし。

その後数時間、列車の中で医者にかかっていた。
「…ああ、糞…走行中の車からダイブなんてするもんじゃねぇな」
「当たり前だ」
寝台車のベッドの上で医者に診断されながら、スティーブはそう愚痴る。
黒人で坊主頭の男性の医者は、スティーブの胸に聴診器を当てていた。
今は寝台車のような車両で、ベッドの上で診察を受けさせられている。
スティーブの愚痴を聞き言葉を返しているのは、この医者ではなかった。傍に立っている男の方だ。
金色の短髪に爽やかな顔立ちで、灰色のコートを着た男。背はスティーブより少し低い。
その男――マーク・ウィルクスは、医者に診断されているスティーブを見ながら、何かの書類を読み進めていた。
「これからどこに向かう?」
スティーブの質問に、ウィルクスは書類に視線を向けたまま、無表情で答える。
「この路線の先に小さな港があり、そこに我々の拠点がある。そこで関係者を集めて、情報を整理する予定だ。お前も含めて、有識者を集めて情報の周知も行う」
「そうかい…それで、あの二人は?」
スティーブの言ったあの二人とは、共にこの列車に乗ったレベッカ・ミラーとレイラのことだ。
ウィルクスはその質問にもすぐに答えた。
「一先ずあの二人もそこまで一緒だ。そこから先をどうするかは、そこで考える」
それを聞いた後、しばしスティーブは沈黙し、考えを巡らせる。

やがて医者が診察を終え、去っていった。
それを見計らい、スティーブはウィルクスに向かって言う。
「街は、どうなった」
「…」
スティーブの問いに、マーク・ウィルクスはやはり書類に視線を向けたまま、無言で返す。
それが気に入らなかったスティーブは、言葉を並べ立てた。
「俺を病院からビートルジュースのカジノへ行かせた時、お前は言ったな。『ロワイアル・ファミリーのボスを決める作戦が今夜起こる』と。あの夜、何人もの殺し屋が街中を駆け巡り、情報を入手していた警察と抗争になった筈だ」
「…ああ、そうだ。まさかお前が生きて帰るとは思わなかった。しかもあの少女を連れて」
視線を向けずに紡がれたウィルクスの言葉に、スティーブは耳を疑う。
「俺が生きて帰ると思わなかったなら、何でわざわざ俺をあの場に行かせた!?」
「…ああ、分かった分かった。説明してやる」
遂に根負けしたかのように、マーク・ウィルクスは書類から目を離し、そう言って肩を竦めた。

「最初、ロワイアル・ファミリーは次期ボスの座を巡って、最高幹部達が独自に外部から暗殺者を雇い、ファミリーにとって邪魔となる者達を一夜のうちに殺して回らせ、一番多くのターゲットを殺した暗殺者を雇った幹部をボスの座に据える、そういう計画が情報屋から警察に齎された」
マーク・ウィルクスの説明は、スティーブが以前聞いたものと合致していた。そのため、スティーブは最後の言葉を訂正する。
「それはロワイアル・ファミリー内でも同じ認識だった筈だ。事実、俺は奴らの幹部の一人、サルヴァトーレ・マドヴィックと会った際、同じ内容の作戦について事実かどうか確認し、奴は肯定した」
スティーブの言葉に、ウィルクスは頷くと、言った。
「だが考えてみろ。そんな重大な作戦にしては、容易に警察に情報が流れ過ぎている。不自然なほどに」
ウィルクスの言葉に、スティーブは先程言った幹部の一人サルヴァトーレの企みを思い出す。
「その理由は知ってる。サルヴァトーレ・マドヴィックという最高幹部が、さっきの計画をぶち壊そうとしたためだ。予定の日よりも前にターゲットを自分の手で殺し、自分がボスになる腹積もりだったらしい。それを事前に知った別の幹部が、意図的にターゲットのリストを警察に漏洩させた」
スティーブの言葉に、ウィルクスは目を細めた。
「それもあるが…別の計画があったんだよ、ビートルジュースには」
「…どういうことだ?」
背筋に妙な悪寒を憶えて、スティーブは言葉の続きを待った。

「あの狂った計画を立てたビートルジュースは、その後予定日までの間に、単独で最高幹部達と別々に会っていたらしい」
「…何のために?」
「別の計画を嗾けるためだ」
やはり、嫌な予感が尚も高まる。生唾を飲み込み、スティーブは言った。
「…じゃあ、あの夜実行されたのはさっきの計画じゃなく…」
スティーブが言い終える前に、ウィルクスは頷いていた。
「ビートルジュースが最高幹部達各々に持ちかけた計画はこうだ。『リストが警察に流出したことだし、暗殺者のターゲットを、お前以外の幹部共にしようぜ、そうすれば晴れてお前がボスだ』とな」
ウィルクスの言葉に、スティーブは頭がクラクラするような気分になる。しばらくして漸く、彼は感想を紡いだ。
「狂ってるな…最高に」
「当然、断った最高幹部もいたろうが…今じゃ誰が賛同し、誰が断ったのかを知る術はない。あの夜、事前に知らされていたターゲットを警護していた警察達は、死体安置所に次々に運ばれてくるマフィアの幹部達の死体を見て、やっと事態を理解し始めた」
「つまりだ。マフィアと警察の抗争ではなくマフィア同士の内ゲバが街中で起こったってわけか」
マーク・ウィルクスは頷いた。
「お陰で警察側の予期しない地点で銃撃戦が起き、路上にいた一般市民や駆けつけた警察にまで被害が出た。死者多数だ」
「ビートルジュース…奴はマフィアまで玩具にしたわけか。見事に」
頷きながら、尚もウィルクスは説明する。
「一夜明けて、マフィア関係者の多数の死体が安置所に積み上がった。事態を把握するのに、警察は子飼いの情報屋をフル動員して情報を集めたよ。今分かってるのは、生きている何人かの最高幹部達の名前と、事態の結果として彼らが仲違いしたということだけだ。お陰で現在、あの街の裏社会は、分裂した最高幹部達が各々の地区を支配しているという状況だ」
「誰が生き残ってる?」
スティーブの問いに、ウィルクスは不快そうな表情をして見せた。
「ここまででも警察内の機密を話し過ぎてる。全員の名前を教えるわけには行かない」
「おい…お前の指示で俺はビートルジュースのアジトに踏み込んで死にかけたんだぞ。もう少し情報を貰ってもいいくらいだと思わんか」
「全員は無理だ」
苦虫を噛み潰したような表情で、スティーブはやっと言った。
「分かった。じゃあこれから言う幹部達が生きてるかどうかだけ教えろ」
「…それだけなら」
渋々といった様子で了承するウィルクス。スティーブは言った。
「まず…ビートルジュース」
「全てを仕掛けた奴が死ぬわけがない。それどころか…いや、奴についてはこれから行く拠点で動向を話してやる。だから少し待て」
「じゃあ、サルヴァトーレ・マドヴィック」
「奴は最高幹部達の中でも古参の幹部だった。長年の経験が奴に何かを察知させたのだろう。襲い来る暗殺者から奴は逃げ延びた。但し、銃弾は受けた。運悪くそれが脊髄に当たり、奴は半身不随となったらしい」
マドヴィックの思いがけない末路に、スティーブは驚愕した。ただ、死んでいるだろうと半分思っていただけに、生きていたのも意外だった。
気を取り直し、スティーブは新たな名前を言う。
「最高幹部じゃないが…スタンリー・マクスウェイン」
「マクスウェインか。奴は…特に情報は無いが、死体安置所に運ばれた者の名前には無かったと思う。だから恐らくは死んでいないだろう」
恐らくは、か。そうスティーブは思った。ただ、彼の頭の中で、マクスウェインは生存しているだろうという奇妙な確信がある。
そして、大いなる覚悟を持って、スティーブは最後の名前を言った。
「…ルシウス・サイファー」
「サイファーは…そいつだけは情報が得られていない。死んでるか生きてるかとかそういう情報どころか…動向すらも情報屋たちの間に漏れてこない。お陰で一夜明けてから今まで、行方知れずだ」
「…そうか」
元々、ボス――ルシウス・サイファーは電話でしか最高幹部同士の会議にも出席しないというスタンスだった筈だ。
ならば、警察がまだ情報を手に入れられないのも仕方ないだろうな、とスティーブは推測した。

ここまでマーク・ウィルクスの情報を聞いて、スティーブはある人物の事を考えずにはいられなかった。
ロワイアル・ファミリーの一員であり殺し屋である、ジョニー・ケルズのことだ。
つい数時間前に殺し合い、そしてコーヒーを飲んだ仲である。
ファミリーが分裂した夜からほぼ24時間後に自分達を追ってきたのだから、あの男が生きているのは当然なのだが、そうなると疑問が沸き上がる。

一体奴は、誰の指示で俺達を追ってきたんだ?そう思わずにはいられなかった。

そして、スティーブがビートルジュースのアジトの地下で行われている賭け事について明かすと、『自分の眼で確かめる』と言って彼は去っていったのだ。
「奴は…一体誰の下にいるんだ?」
「誰の話だ?」
目の前にいるウィルクスが、スティーブの呟きに声をかける。
「いや…こっちの話だ。それで、お前の言う拠点とやらはいつ着くんだ?」
「もう2、3時間はかかる」
その言葉に、スティーブは腰かけていたベッドに横になった。
「昨日から碌に寝てないんだ、着いたら起こしてくれ」
「…不本意だが仕方ない」
そう言うと、ウィルクスはその場から去っていった。

横になったまま、次第に眠っていく頭でスティーブは考える。

引き離されたレベッカとレイラは無事だろうか。

何かあったら、マーク・ウィルクスをぶん殴ってやろうと。


ズキズキと全身が痛み、スティーブは目を覚ました。
まだ身体が痛む。
痛み止めが切れたのかもしれない。
目を開けると、窓から差し込む太陽の光が目に入った。
「…そろそろ…か?」
窓の外には、小さな港が見える。
段々列車の速度が落ちているようにも思えた。
やがて足音が聞こえ、廊下からマーク・ウィルクスが顔を出す。
「上着を着て荷物を纏めろ。着いたぞ」

ウィルクスに伴われ、スティーブは列車を出た。
そこは大きな建物の駅のようだったが、プラットフォームには作業着を着た男達や駅員らしき者達が歩いているのみで、客らしい人間の姿は見当たらない。
「こっちだ」
ウィルクスはスティーブに向かってそう呼びかけつつ、躊躇なく駅の奥へと歩いていく。
やがて幾つかのドアを潜り、長い廊下に出た。
「どこへ行く?」
「今日全員が集まる予定だったんだ。時間が無い。このまま会議室へ向かう」
寝起きでそのまま会議か。そう思いつつ、スティーブはうんざりした気分で歩く。
昔、ボス――ルシウス・サイファーの興信所で働いていた時は、会議というようなものを何度もやった記憶がある。そこで自分の作成した書類や情報の詰めが甘いと、ボスに容赦無く叱られたものだった。
今更になってまた会議などというものに出ることになろうとは。そうスティーブが胸中で呟く。
「って、ちょっと待った」
寝ぼけた頭だったからか、ウィルクスに促されてそのまま列車を下りてきてしまったことをスティーブは後悔し、足を止めた。
「どうした?」
怪訝な表情で振り返るウィルクスを、スティーブは睨む。
「レベッカとレイラはどうした」
スティーブの質問に、ウィルクスはしばし無言でその場に佇んでいた。
が、やがて踵を返すと、歩き始める。
「おい、質問に答えろ!」
「いいからついてこい」
有無を言わさぬウィルクスに、遂にスティーブは怒りが収まらなくなった。
ウィルクスに詰め寄り、その胸倉を掴む。
「手前ぇ、あの二人に手でも出したんならただじゃ…」
「スティーブ!」
突然響いた女性の声。スティーブはウィルクスの胸倉を掴んだまま、その視線を声のした廊下の奥の方に向ける。

廊下の先、一室のドアから、レベッカ・ミラーが姿を現していた。

赤髪に濃い茶色のコートを着て茶色のハンドバックを肩にかけた、気の強そうな20代前半の女性。
「レベッカ、無事か!?」
「こっちの台詞よ、どこに行ってたの?」
「…色々あったんだよ」


ウィルクスに促され、スティーブはレベッカが出てきた部屋に通される。
そこに、銀髪で白いワンピースを着た、左目に包帯を巻いている10歳くらいの少女――レイラもいた。
そのレイラはソファーに座り、部屋に入ってきたスティーブを無言で見つめている。
「大丈夫か?」
スティーブの言葉に、レイラはコクリと頷いた。
が、次に言葉をかけようとした時、背後にいたマーク・ウィルクスがスティーブに向かって告げる。
「さっきも言ったが、もうすぐ会議だ。ちゃんと会わせたのだからついてきてもらうぞ、スティーブ・ハント」
「…仕方ない」
流石にレベッカとレイラを会議に出すわけには行かないだろう。ウィルクスの言葉に従うしかない。そう思ったスティーブだったが、その思考をレベッカが両断した。
「会議?だったら私も出るわよ」
「駄目だ。貴方はジャーナリストだろう。ここから先は重要な機密事項の関わる案件だ。外部に漏らすわけには行かない」
ウィルクスの言葉に、しかしレベッカは引き下がらない。
「冗談じゃない!!何のために私がここまで来たと思ってんのよ!?」
レベッカの大声に、いつもながらうんざりしたスティーブは、彼女に声をかけた。
「分かった分かった。レベッカ、後で必要な情報は伝えてやる。だから今はレイラを見ててやってくれないか」
「でも…!!」
「ここから先は俺の依頼の話だ。安心しろ、お前にはここまで付き合ってもらった恩もある。相応の情報を報酬として伝えれば満足だろう」
レベッカはスティーブの提案にしばし考えこんだが、やがて言う。
「分かったわよ。ただ、あんたの情報が気に入らなきゃ、私は自分の方法で情報を集めるから!」
「そりゃお前の勝手だ」
完全には納得していなさそうだったが、スティーブの返事を聞いて渋々レベッカは引き下がる。漸く、スティーブはウィルクスと共に部屋を後にした。


ウィルクスに案内された会議室には、ドアから見て正面の壁にスクリーンがかかっており、それを囲むように数十人が座れるようなパイプ椅子が並べられている。
結構な広さのある会議室だったが、その場に集められたのはスティーブの予想以上に少ないメンバーだった。

スティーブ、ウィルクス、ユーナ、ゼゼ、そしてスティーブに見覚えはないが容姿からしてユーザやゼゼと同じ肌・髪色をしたショートカットの古代人、そしてテンガロンハットを被り茶色の外套で全身を覆った男。これが会議の出席者だった。
「…サーカスかよ」
カウボーイのような姿をした男を見て、スティーブはそう呟く。
その男――スティーブより背が高く大柄でがっしりした身体つき、口の周りを黒い髭が覆っている――は、帽子の下からスティーブを睨みつける。
だが、睨むだけで何も言おうとはしない。スティーブもそれ以上男には関わらず、離れた椅子に座った。
ゼゼ、ユーナとスティーブの知らない古代人はスクリーンの最前列に座っており、スクリーンの横の司会者の机の前にはマーク・ウィルクスが立っている。
やがて、入り口が開き、また一人会議室に入ってきた。
振り返り、その顔を見てスティーブは驚愕する。
「カーネル…!?」
「…何故お前がここにいる、スティーブ」
『カーネル警部、貴方で最後です、お座りください』
マイクから響いてきたウィルクスの声に、カーネル・ジョンソン警部は手近な椅子に座る。
それからウィルクスは着席した者達の席を回り、資料を一人一人に配り始めた。

資料が配られ、やがてウィルクスがマイクを使って話を始める。
『では今回の一件について、まず簡単な概要から話を始めましょう。最初に、発端となった映像…警察署長の映像について、実際に観て頂きます』
最初のウィルクスの言葉から既に、スティーブには意味不明だった。
発端とは何の件のことなのか。警察署長の映像とは?
誰かに聞こうかと思ったが、近くの椅子には誰も座っていない。
そう思考する間も、ウィルクスの言葉は続く。
『かなりショッキングな映像ですので、注意して観て頂きたい』
そう言うと、彼はリモコンを操作した。それに伴って、部屋の照明が暗くなり、プロジェクターからスクリーンに映像が投影され始める。

そして、クロウ・エリュシオンが刑務所で見せられた、警察署長が『ゴースト』と名乗る男に拷問されるシーンが流された。

「こんなことに…なってたのかよ…」
映像が終わり、照明が明るくなってから、スティーブの口から出たのはその言葉だ。
あの街の警察署長が一夜にして、マフィアの最高幹部の一人に拷問され、殺される。そんな事件が自分の知らないうちに起きていたとは。
『ゴーストと名乗ったこの男、我々の居た街ではビートルジュースと呼ばれ、ロワイアル・ファミリーの最高幹部として知られていた男です』
特に感情を交えることなく、ウィルクスは話を続けていく。
『この映像の中でゴーストと名乗った男が呼びかけている、クロウ・エリュシオンという人物ですが、彼は元ディグアウターで、昨日の朝まで刑務所で服役していました』
スティーブが捜索を依頼されたのもこのクロウ・エリュシオンという男の事だ。この先の情報に、注意してスティーブは耳を傾けた。
『彼にもこの映像を見せました。そして、この施設へ移送してから詳しい情報の共有をするつもりでした』
「移送?何故その場で一切合切説明しない?」
そう声を上げたのはスティーブではなく、テンガロンハットを被った男だった。その男の言葉に、ウィルクスは返答を返す。
『トラヴァースさん、先程も言いましたがゴーストという男はマフィアの最高幹部でした。また、あの街ではマフィアが大きな力を持っており、警察内部にもマフィアの内通者がいる可能性があった。そのため、まず彼を街から出してから諸々の準備をするつもりでした』
「だってよ、言われてるぜカーネル警部殿?」
スティーブは声を上げて、離れた席にいるカーネル・ジョンソンに呼びかける。
カーネルの方は特に反応を見せない。
「で、その…クロウという奴はここにいるのか?」
男の言葉に、いたら自分にあのような依頼をしては来ない筈だ、とスティーブは胸中で答える。
そしてスティーブの予想通り、ウィルクスは首を振った。
『いいえ。移送中に街の中で襲撃に遭いました。その混乱の中で、クロウ・エリュシオンは消えました』
「攫われたか?」
トラヴァースの問いに、ウィルクスは若干申し訳無さそうにカーネルを一瞥すると、言う。
「いいえ。現場にいた刑事達の証言から判断すると、自分から姿を消したようです。最も、代理の警察署長は彼が逃げたことで、ビートルジュースとグルだと判断したようですが」
「お前らは違うと判断したわけだ」
今度はスティーブの方が口を挟む。自分が担当する案件なだけに、情報の確認は詳細にしておきたかったため、自然と声を上げていた。
「ええ。現場の刑事が証言した、姿を消した当時の彼の様子と、そして何より彼の人柄を知っている人物がここにはいますので。彼はビートルジュースのような反社会的勢力に協力したり、増してやこの件を無視して逃げるような人物ではないと証言を得ています」
言いつつ、ウィルクスは最前列にいるゼゼを一瞥する。
スティーブは考えを纏めようとしながら、尚も言った。
「だが、それだけじゃ手掛かりが無いな。俺への依頼内容はそのクロウ・エリュシオンという男を探すことだろ」
ウィルクスは頷き、他の出席者達に視線を向けつつ言う。
『ハントさん、後程別途ご説明しますが、クロウ・エリュシオンの人柄等、詳細な手掛かりとなりそうな情報を提供します。そこから調査を始めてほしい』
「…そういうことなら、そうさせてもらう」
そう答えつつ、今になって自分に対して敬語を使ってるのは、上司らしい古代人の手前だからか、とスティーブは合点した。

次に、ウィルクスが再度リモコンを操作すると、スクリーン上に3枚の人間が映った写真が映し出される。
そのうち一枚は、先程の映像に映っていたゴースト――ビートルジュースの切り抜きだ。もう二つは、一つが痩せ型で金色の短髪をした白人男性の顔写真、もう一枚が金髪を結い上げた、ドレス姿に翠色の瞳をした美しい女性の写真だった。
『カーネル警部から提供された情報により、今回の件に関わっている可能性が高い人物がビートルジュースの他に二人浮上しました。それがこの二人です。男の方が…』
ウィルクスが言い終える前に、トラヴァースが声を上げる。
「なるほど、それで俺が呼ばれたわけか」
その声に、ウィルクスが頷き、話を続ける。
『一人がジャンゴ・ザネッティ。南の島々で悪名高い空賊です。基本的に一匹狼で、名のある空賊に用心棒として雇われるのを繰り返して悪名を馳せました。強盗に殺人の前科が数十件。非常に危険な人物です』
「だが、数か月前の戦いで死んだと思われていた。だろう」
トラヴァースが再度割り込み、そう語る。
『ええ。貴方もその戦い…死の谷の戦乱に参加していた。そうですよね、レオン・トラヴァースさん』
レオン・トラヴァースと呼ばれたその男は、ゆっくりと頷く。
「死の谷の戦乱…聞き覚えはあるが、どんな事件か覚えてねぇな」
スティーブの呟きに、ウィルクスは言う。
『一時期マスコミが相当騒ぎ立ててた事件です。ある島の谷底でマフィア同士が武器取引を行っていたが、それを嗅ぎ付けた警察とディグアウターズギルド、更に賞金稼ぎや火事場泥棒を狙う空賊達が入り乱れての銃撃戦となった。地形の状況から逃げ場が少なく、更に悪天候も重なり、あまりに多くの死者が出たことから死の谷の戦乱と呼ばれている』
「ジャンゴ・ザネッティはその戦いで22人を殺した。俺も同業の友人を何人も殺されたし、片腕もこの有様だ」
自嘲と共にトラヴァースが纏っていた外套を脱いで見せた。

身体には灰色のアーマーが纏われていたが、その左腕は肘から先が無かった。

スティーブは勿論、カーネルも目を見開いて驚愕する。
外套を纏い直しながら、トラヴァースは何事も無かったように話を続けた。
「だが、奴も銃弾を浴びた。それも何発もだ。そして大量に出血しながら、崖から海に飛び込んだ。その日の海は嵐で荒れ放題。誰もが死んだと思っていた」
『ええ。ですが、クロウ・エリュシオンを襲撃した人物がジャンゴ・ザネッティであると証言した者がいたんです』
「奴がどうやって生き延びたかは知らないが…リベンジを果たせるなら願ってもないチャンスだ」
淡々と、しかし意を決したようにそう語るレオン・トラヴァース。
やがて、ウィルクスは次の人物について話を始める。

『女の方はの名はベルカナ・フォン・ロワイアル。こちらも警察の情報網では長らく死んだとされていた人物です』
「ロワイアル?」
スティーブの言葉に、ウィルクスは頷く。
『4か月ほど前、ロワイアル・ファミリーのボスが精神の異常をきたし、入院しました。しかし、その後治療の甲斐も無く、1か月ほどで突然死した。そういう情報が警察の子飼いの情報屋から提供されました』
スティーブはウィルクスの言葉を脳内で反芻した。
顔見知りの情報屋から聞いた話とも合致する。
『そのロワイアル・ファミリーのボス、グレアム・フォン・ロワイアルには娘がいた。それがこのベルカナ・フォン・ロワイアルです』
「娘か」
そう発言したのは、古代人の一人、ショートカットの少女だった。
「ロワイアルというのは古き神々の一人、プロキオンの仮の名だった筈。奴らが子を成せる身体かどうかは疑問だ」
少女の言葉に、スティーブの脳内に疑問符がいくつも浮かび上がる。
古き神々?ロワイアル・ファミリーのボスはただの人間じゃなかったのか?
『ええ。まだ調査が完全には済んでいないですが、どうやらグレアム・フォン・ロワイアルは何人か養子として引き取っていた者がいたようです。恐らく、このベルカナもその一人と思われます』
「…その言い方では、他にも養子がいることになるが」
淡々とした古代人の少女の指摘に、ウィルクスは頷いた。
『ええ。人数は不明ですが、他にも養子はいたようです。ですが、このベルカナ以外は素性や現在どこにいるのか等、詳細がまだ判明していません』
ウィルクスの言葉に、遠くの席にいるカーネルが頷くのをスティーブは見た。
『このベルカナも、グレアム・フォン・ロワイアルの死が情報屋たちの間に知れ渡った頃に、同じように死んだという情報が噂されていました。次期ボスの座を狙うロワイアル・ファミリーの幹部のうちの誰かが、殺し屋を雇って彼女を殺させたと』
「随分剣呑な話だな。普通のマフィアじゃ、そんな情報が出回れば組織内で疑心暗鬼になりかねない。そうならないために情報を握り潰しそうなもんだが」
スティーブの言葉に、ウィルクスは首を振る。
『ええ、普通のマフィアならそうする可能性が高い。ですが、その情報は警察内にも知れ渡り、そして今頃死んだとされていた本人が現れた』
その言葉に、スティーブは合点する。
「フェイクか。誰に向けたものか知らんが」
『十中八九警察でしょう。そして彼女は、カーネル警部と部下の方々の尽力により、数日前に街中の監視カメラの一つに映っているのが確認された』
「…それだけか?監視カメラに映っていたというだけで、ビートルジュースやジャンゴの協力者だと何故分かる?」
『ジャンゴがクロウ・エリュシオンを襲撃した際、目撃者がジャンゴと共に女がいたことを証言しています。その女がベルカナである可能性が高い』
その証言はアテになるのか?そうスティーブは問い質したかったが、それでは本題が進まないだろう。そう思い、やめておいた。
『以上3名。クロウ・エリュシオンの襲撃に関与し、更にビートルジュースの予告したプリズナの町でのゲーム、それにも関与する可能性の高い3人のデータです。手元に配布した資料にも記載しています』
スティーブは、手元の資料にも今聞いた情報が記載されているのを確認する。

そして、考えた。頭に残る違和感について。

あのビートルジュースが警察署長を拷問していた映像。あれに、大きな違和感を覚えたのは何故だろうと。


「それで、これからどうする」
最前列の、ショートカットの古代人の少女が言う。
ウィルクスは頷きつつ言った。
『今日来てもらった方々のうち、カーネル警部には引き続き街でロワイアル・ファミリーの情報を探って頂きたい。それから…』
「警察の動きも、だな」
カーネルがウィルクスの言葉を引き取る。
スティーブは肯定のニュアンスを含んだこのカーネルの言葉に、耳を疑った。

「カーネル!」

スティーブの大声に、カーネルは無表情のまま視線をスティーブに向ける。
「お前らしくもないな…!ウィルクスに従って長年勤めてた警察を裏切るのか?」
「貴様には関係の無いことだ」
カーネルの返答は、スティーブも予期したものだった。
腕を組み、静かにスティーブは言う。
「ああ、俺には関係ない。だからこそ知りたいね。長年警察にいたお前が、その警察の内部情報をこいつらに売り渡す動機は何だ?」
『スティーブ・ハント!人聞きの悪い言い方はやめてもらおう!』
スティーブの言い方に耐えられなくなったのか、ウィルクスが遂に敬語を無くして声を上げた。
それでも、スティーブはカーネルに向けた視線を外さない。カーネルは目を閉じ、そして言った。
「ウィルクス。この計画に関わらせるつもりなら、この男に一切合切を話せ。例の機密情報もな」
『なっ…カーネル警部!?』
「そうしなければ、この男は納得しないだろう」
スティーブは、カーネルの言い草に反論したくなった。何故カーネルの真意を問い質したのに、機密情報がどうのという話が出てくるのか。
「おい、カーネル…!」
「スティーブ!今は黙っていろ。言いたい事があるなら、連中から全て聞いてからにするんだな」
「…チッ、分かったよ」
カーネルの言葉に、スティーブは引き下がらざるを得なかった。
その時、ボッという音がトラヴァースの方からしたので、スティーブはそちらに視線を向ける。
レオン・トラヴァースは、マッチに火をつけて咥えた葉巻に点火している所だった。
「下らん諍いは終わったか?」
煙を吹きながら、彼は言う。スティーブは目を細め、正面に視線を戻した。

騒動がやっと収まったのを見計らい、咳払いしてウィルクスは話を続ける。
『レオン・トラヴァース、あなたにはジャンゴ・ザネッティを追ってもらいたい』
「当然だ。それ以外は眼中に無い」
葉巻を加えたまま発したレオンの返答に、ウィルクスは頷いた。
『今のところ手掛かりは、警察署長の映像でビートルジュースの言っていた、プリズナの町だけです。警察の捜査状況も、あの襲撃以降の奴らの足取りは掴めていない』
「構わん。奴がプリズナの町にいるというのなら、喜んで向かってやる」
「プリズナの町ってのはどこにあるんだ?」
スティーブが挟んだ疑問に、ウィルクスはモニターを切り替える。
モニターには、地図が映し出された。
『ここより遥か北、船で数十キロ北上する必要がある。更に陸地に着いてから数時間列車で移動し、更に車で数時間、幾つかの山を越えて北上した先がプリズナの町だ』
「遠いな。飛空船は無いのか?」
レオンの言葉に、ウィルクスは目を瞑って首を振る。
『悪いが、空路は利用できない』
「襲撃で一網打尽にされることを恐れているのか?それは海上でも同じことだ」
『いや、それもあるが、飛空船は目立つ。敵がどこに潜んでいるかも分からない現状だ、こちらの動きを敵に知らせるような真似は極力避けたい』
「…なるほど、そいつは仕方ない」
苦笑と共に、レオンはそう呟く。
一方スティーブは、場合によっては自分も遥か北の雪国へ行くことになる可能性が高いと思うと、憂鬱な気分になっていた。

『最後にスティーブ・ハント、貴方には…』
「クロウ・エリュシオンの捜索だろう。依頼なら引き受けた」
そう言ってから、一言付け足す。
「まだ引き受けただけで、情報を貰ってないから動きようが無いんだがな」
ウィルクスは頷くと、視線をスティーブからカーネルとレオンに向ける。
『すまないが他の二人は外してほしい。これから重要な話がある』
何故二人を外す必要がある。そうスティーブが抗議する前に、二人とも動き出していた。
カーネルは頷くと、黙って席を後にする。
だが去り際に、視線をスティーブに向けていた。言い知れぬ表情と共に。
スティーブはその表情の真意を推し量ろうとしたが、分かる筈もなかった。
レオンは立ち上がると、言う。
「俺はこのままプリズナへ向かう。必要な装備は道中で調達する」
『レオンさん、北の大陸への定期船のチケットなら…』
「いらん。俺は俺のやり方で北に向かう。目立つのを避けるならその方がお前らにとっても好都合な筈だ」
入口へ向かいつつ、レオン・トラヴァースはそう告げた。
尚も言葉を返そうとするウィルクスに対し、最前列にいた女性――ゼゼが首を振って制す。
スティーブも去り行くレオン・トラヴァースの後ろ姿を見て、あの男は組織がどうこうできる類の男じゃないな、と胸中で断じていた。


「で、わざわざ人払いした価値があるほどの情報を話してくれるんだろうな」
そうスティーブが問うが、ウィルクスは既にマイクの音声を切っていた。
そして、彼は言う。
「私から説明するより、彼女達に説明してもらった方がいい」
スティーブは頷いた。どの道、古代人達の方が当事者らしいというのは分かっていた。恐らく、ウィルクスからどんな説明を受けても、古代人当人達から改めて説明されるまで、どんな話であれ納得できなかっただろう、と感じていた。
そして、最前列の中央に座っていた、スティーブが名前を知らないショートカットの少女の姿をした古代人が、立ち上がって振り返り、口を開く。
「まずは自己紹介させてもらおう。私はセラ。お主達の言う、古代人だ」
「そいつはどうも。スティーブ・ハント、私立探偵だ」
スティーブの話し方が気に食わなかったのか、同じく立ち上がって振り返っていたゼゼが不快そうな表情を見せる。
だがそれには気にも留めず、セラは言った。

「お主に、この世界の仕組みを教えよう…かつてのな。引き換えに改めて、依頼を引き受けてほしい」

スティーブは、言い知れぬ緊張感を感じつつ、並んでいる古代人達を見据えた。

「望む所だ。一切合切聞いてやる」


最終更新:2018年06月15日 23:33