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「…あー、まず…整理するとだな…」

マザー・セラより聞いた話は、当然ながらスティーブの想像を超えていた。
「俺達は元々いたオリジナルの人間の…代替品、で?」
スティーブは目の前にいる古代人三人の顔を見ながら話を始める。
「それをあんたら古代人が管理してて?」
セラとユーナがスティーブの話に頷く。
「で、ビートルジュースはあんたら古代人が千年前に戦ってた…古き…えー…神々?とかいうのの可能性が高い?」
「凡そ三千年前だ」
セラがスティーブの言葉を訂正する。スティーブは頭を抱えて言った。
「…スケールが大き過ぎて頭がついていかねぇな。ウィルクスもカーネルもそれを知ってたってことか?」
「そういうことだ」
その場にいた、スティーブ以外の古代人ではない唯一の人間――マーク・ウィルクスが肯定する。
スティーブはやがて眼を細めて言った。
「で、これは勿論他言無用か」
「セラ様とユーナ様は、いずれ全ての人間にそれを教えるつもりだ。だが、今は時期がまずい。古き神々との戦いが終わっていない以上、一般の人間達に無用の混乱を起こさせるのは得策ではない」
「いつ終わるってんだ?」
明らかに険を帯びたスティーブの言葉に、ウィルクスが口ごもる。
この質問に答えたのはユーナの方だった。
「ディグアウターズギルドが中心となって、水面下で戦いは続いてる。各島々の警察とも連携を取ってね。いつ終わるかは正直分からない。けれど、いずれ終わる。いいえ、終わらせる」
ユーナの言葉に、スティーブは気を取り直して腕を組む。
「で、詰まる所…俺が探すクロウ・エリュシオンという男も古代人で、かつて古き神々って奴らと戦ってたと」
「そういうことです」
そう言ったのは、長髪を後ろで纏めた古代人の女性――ゼゼだった。
「彼の尽力もあって、あの街にいた古き神々達は瓦解した。そして彼が私達やデコイ達を放って逃げるような人物ではないことを、私は知っています」
「だから、姿を消したのは誰も巻き込みたくないためで、恐らくそいつはプリズナの町に向かっていると」
スティーブが後を引き取った言葉に、ゼゼは頷く。
だがスティーブは、呆れ返っていた。
「馬鹿じゃないのか、そいつ」
「何を…!」
スティーブの言葉に、ゼゼが激昂するが、セラの視線が彼女の言葉を断ち切った。
そして、彼女が改めてスティーブに問う。
「どういうことだ」
「今のあんたらはそいつを心配してる。それは、そいつの価値観じゃ巻き込んだことにはならんのか?実際、そのせいで俺が巻き込まれたというのに」
「っ…それは…」
スティーブの指摘に口ごもるゼゼ。その様子を見て、彼は言った。
「まぁ、それについては、あんたらが良しとしてるなら俺にどうこう言う権利は無い。だが、もう一つ聞きたいことがある」
「聞こう」
セラが正面からスティーブを見据え、応じる。

スティーブは意を決して、言った。

「俺に依頼したのは、レイラも巻き込みたいからだな?」

そう言った瞬間、マーク・ウィルクスがセラの方に素早く視線を走らせたのを彼は見逃さなかった。
「何故そう思う?」
「簡単な話さ。俺みたいな、どこにでもいる私立探偵に、そんなことを依頼するのはおかしいからだ。お前らの組織力なら、あの街からプリズナまでの間の町々にいる警察に、クロウ・エリュシオンを探させれば済む話だ」
ここで言葉を切り、スティーブはその場にいる各々の人間の反応を見た。
「まぁ、そう言われちゃ頷くしかないわねぇ…」
バツが悪そうに、ユーナがそう呟く。
セラは感心したように頷き、ゼゼはただ俯くだけだ。ウィルクスはセラとユーナの方に視線を向けるのみだった。
やがてスティーブは言う。
「俺という人間を選んだのは、偏に地下の遺跡からあの子を連れて脱出したからで、詰まる所俺を通してあの子もこの件に関わらせたいってことだ」
再度言葉を切り、スティーブは言う。
「まさかとは思うが、あの子をビートルジュースと関わらせて、正体が何なのか探ろうってんじゃないだろうな」
一同を睨み、スティーブが言う。
ウィルクスが、覚悟したかのように言った。
「ここに来た時点で、あのレイラという子供に、簡単な検査をかけた」
無言でスティーブがウィルクスを睨む。
ウィルクスは言葉を続けた。
「まだ全ての結果が出たわけではないが、正常なデコイ…人間であるという結果しか出ていない。だがあの能力はハッキリ言って異常だ。ならば解明する必要がある」
「…一つ確認したい」
「何だ」
スティーブは、内心の緊張を抑えつつ、口を開く。

「お前達は、レイラの能力をどうやって知った?」

これはずっとスティーブにとって疑問だったことだ。
あの地下の遺跡からずっと、昨夜までレイラはスティーブと一緒だった。今目の前にいる者達に、レイラの力を知る術など無い筈だ。
ウィルクスは俯き、逡巡した様子だったが、やがて言った。
「我々の組織の一員が、お前が潜入したカジノに、同じように潜入したことがあった」
「そいつはどうなった?」
「…お前と同じだ。バレて、地下へ落とされた。そこであの少女の報告が入った」
「バレたのならそいつは、身体検査された筈だ。お前らに報告できるわけがない」
ウィルクスが冷や汗を浮かべて、セラを一瞥する。
セラは何かに肯定するように頷いた。それを見て、観念したようにウィルクスは言う。
「正確には『報告』ではない。視覚情報を我々に送信するようになってた」
「視覚情報…目を改造したのか」
ウィルクスは頷いた。
「それでも、地下の遺跡に落とされるのは想定していなかったせいで、入手できた映像は断片的だった。だが、あの少女がリーバードを使役していたのは確認できた」
一旦言葉を置き、再度ウィルクスは言う。
「そしてスティーブ・ハント。貴方が地下からあの子を連れて出てきた時、我々の人員がすぐに貴方を捕捉した。そして――」
スティーブが後を引き取る。

「待ち伏せしていたロワイアル・ファミリーの構成員を同士討ちさせるレイラの姿を見た」

ウィルクスが頷いた。
スティーブ自身、認めたくは無かったがそう結論せざるを得なかったのだ。
遺跡からレイラを連れて必死で出てきた時、黒いスーツを着た男達が機関銃を手にして二人を待ち伏せていた。
撃たれると思ったその瞬間、黒服の男達は互いを撃ち始めていた。
その時は何が起こったのか分からなかったが、今になってみれば分かる。アレは、他ならぬレイラがやったのだろうと。

次に言葉を発したのはセラの方だった。
「どうやら、リーバードの使役だけでなく、お主達デコイの行動も操作できるらしい。そう気づいたのはその報告を聞いてからだ。私とユーナは驚愕した」
「あんたら古代人でも、そんなことは無理なのか」
スティーブの問いに、いつもは気楽な雰囲気を漂わせているユーナが、珍しく真面目な顔で答えを返す。
「私達では無理ね。でも、それができるモノに心当たりならある」
「ユーナ様、そこまで話すのですか…!?」
隣のゼゼが、ユーナを見て驚愕した。その様子に、スティーブは目を細める。
「…無理に喋る必要は無い。というか、それ以上聞いたら深みにハマりそうな予感がする」
「大丈夫よ、もうハマってるから」
「…そうだよな、そんな気はしてた」
急にあっけらかんとした笑顔でユーナがそう言ったので、逆にスティーブはそう言って項垂れた。

依然として、ユーナが説明を行う。
「心当たりといったのはね、さっき説明した『古き神々』の事」
「あんたらが戦ってるという奴らの事か。そいつらの中に、そんな芸当ができる奴がいると?」
ユーナが首を振る。
「ううん、幾ら『古き神々』でも無理。ただ一つを除いて」
「一つ?」

「デウス・エクス・マキナ」

ユーナが発したその単語に、スティーブは疑問符を浮かべるしかなくなっていた。
「何だそりゃ」
「うーん、一言で説明するのが難しいわね。『古き神々』達と深い関りのあったシステムの一つ…と言って分かるかしら。クロウ・エリュシオンの関わった戦いの結果、もうこの世から消えたものだけど」
「システムの一つ?良く分からんな…」
ユーナは頷く。
「そうね、これは急に説明されても理解が難しいでしょう。こう覚えておいて…世界中の人間を操れるシステムが存在したって。でも、ある科学者の作成したコンピュータウィルスの力で、そのシステムは消去された」
「ふむ…世界中の人間をどうこうできるシステムがあったが、今は消去されたと」
「そういうこと」
先程から、会話の内容があまりにも現実離れし過ぎて、スティーブは自分の頭がおかしくなっているんじゃないかと疑い始めていた。
頭を掻き、やっとのことでスティーブは言う。
「あー、話を戻そう。つまり、あんたらはかつて存在したシステムとやらの力が使えるレイラの能力の謎を解明したい、そしてクロウ・エリュシオンを見つけ出したい。この二つの理由から、俺個人に機密情報を明かして調査を依頼している。これでいいな?」
「その通りだ」
セラが肯定し、ユーナ、ゼゼ、ウィルクスも頷く。
肯定された時点で、スティーブは意思を固めた。どう議論を着地させるか、という意思を。
「だとすると、一つ言っておく」

そう言ってスティーブは目の前の古代人達を、改めて――睨んだ。

「俺はレイラをビートルジュースと会わせることには反対だ。危険過ぎる」

セラとユーナはスティーブの言葉に頷く。
「ああ、その点については同意する。私も、あの少女とビートルジュースを対面させるのはリスクが大きいと思っていた」
「ええ、セラも私も、そんな極端な方法はできれば取りたくない。でも、解明が必要なのも確かなのよね…」
「どうやらそうらしいな。だから、一つ提案がある」
スティーブの言葉に、その場の全員が彼に視線を集中した。

「レイラ自身に決めさせる」

「馬鹿な。人間の思考を読めるとはいえ、精神年齢はまだあの身体相応の筈だ。そんな子供に、自らの今後を決めさせるわけには…」
ウィルクスの抗議に、スティーブは首を振る。
「いいや。ここまで一緒に旅してきた末の結論だが、レイラには今後を一人で決めるだけの分別がある。そして俺は、そのためにここまで連れて来たと言ってもいい」
死ぬ時までレイラの身を案じていたマーガレット・カーライルの姿を脳裏に浮かべ、スティーブはそう断言した。
「しかし…!」
「それでいいんじゃない?」
食い下がるウィルクスに対し、ユーナは少し考えつつも、そう口を挟む。
「結局、私達も彼女をどうすべきかは意見が分かれてる。それなら、彼女自身が決められるなら決めるのが一番よ」
「だが、それでビートルジュースとの対面を望めば、危険なことに変わりは無い」
やはり思案した様子だったセラが、ユーナよりも少し慎重な意見を述べる。
そして、セラはスティーブを見据えると、言った。
「先刻も言ったが、私もお主と同意見だ。レイラとビートルジュースを会わせるのは危険過ぎる。故に、彼女がそれを望めば、リスクを受け持つのはお主だ、スティーブ・ハント」
セラの視線を正面から受け止め、スティーブは意を決して口を開く。
「…俺はレイラみたいに超能力染みた力が使えるわけじゃない。だから、ビートルジュースがそういう相手だったとすれば、レイラの身は保証できないかもしれん。それでも、俺は俺にできる範囲でレイラを守るつもりだ」
スティーブの回答を聞いていたセラは、やがて言った。
「お主の意思は良く分かった。ならば…」
言いつつ、セラの視線がスティーブから、傍らにいるゼゼの方へと向く。
「ゼゼ、レイラがプリズナへ行くとなった場合、お主も同行して欲しい」
「…ええ、分かりました」
それを予想していたかのように、ゼゼはすました顔で返答する。
予想できなかったのはスティーブの方で、こう呟くのが精一杯だった。
「…マジか」


やがて、ウィルクスが話題を切り替える。
「それで、クロウ・エリュシオンの居場所だが…」
ウィルクスがそう切り出すのを、スティーブは覚悟していた。
「結局の所、俺達にできるのはプリズナの町で待ち、探すこと。それだけだ」
言いつつ、彼は目を細める。
「そもそも、レイラをビートルジュースと会わせるつもりなら、いずれにせよプリズナへ向かうしかない。そうじゃないか?」
「それはそうだが…最初からプリズナに狙いを絞るのは何故だ?」
ウィルクスの問いに、スティーブはうんざりした。
ただでさえ気の進まない結論だったのに、これ以上説明してやる必要があるのか、と。
それでも、今は彼らが依頼人だ。仕方なく、彼は理由を一から十まで言ってやることにした。
「第一に、そもそも俺はロワイアル・ファミリーに狙われてて街に戻れない。第二に、クロウ・エリュシオンを探す手がかりがプリズナの町にしかない。第三に、ここまで話を聞いた限り、そいつが過剰なまでに責任感のある奴だというのは分かった。だとすると、まず間違い無く、そいつなりの方法でプリズナに向かっているだろう」
言葉を切り、全員の顔を確認する。スティーブの話を遮ろうとする者はいなかった。
そのため、彼は最後まで話を言い切る。
「そうなると俺達にできるのは、俺達もプリズナの町へ行き、そいつが着いていなかったら待つ、着いていたら探す。それだけしかない」
「しかし、姿を消した当時の彼は、我々のような組織のバックアップも無しで、金も武器も無い。どうやってプリズナへ行くというんだ?」
ウィルクスの異議に、発言したのはゼゼの方だった。
「いえ、彼の身体能力なら、光学迷彩が無くても列車や船に潜入することは可能でしょう。そう考えると、もう我々より早くプリズナへと先行しているかも」
「だが、本当にもうプリズナへ向かっているか確証が…」
「街の方は俺達が探さずとも警察が躍起になって探し回ってるんだろ?もし俺の推理が間違っていたとして、街に潜伏してるならそれはそれで俺の出る幕は無い。警察の内部情報はカーネルが送ってくれるらしいしな」
ゼゼとスティーブの言葉に、納得するしかない様子のウィルクス。
「決まりだな」
正直、寒い思いをして雪国になど行きたくも無かったのだが、スティーブは改めて覚悟を決めた。


「ふーん、北の町ね…」
「ああ、これからしばらく雪国へ行ってくる」
レベッカとレイラのいる部屋に戻ったスティーブは、これからプリズナへ向かうことを二人に話した。
そして、スティーブはレイラの前に行くと、腰を下ろして目線を合わせる。
「レイラ、連中はお前も一緒に行かせたいそうだ。だが俺はお前が行かないと言ったら絶対に連れて行かせないようにする」

『そこに何があるの』

頭の中にレイラの声が響く。正直声に出して言えと言いたかったが、むしろレベッカもいる以上、重要な話は脳内で行った方が良さそうだと判断した。
なのでスティーブは、自分の考えを頭の中に思い浮かべる。
『ビートルジュース。お前を改造した野郎が、ここから北にあるプリズナの町で何か企んでるらしい。ウィルクス達は、お前をあの男に会わせれば、お前の能力が何なのか解明できることに期待してる』

『あの人達は、私が何なのか知りたいの?』

頭の中に再度、レイラの声が響く。
やはり、レイラは人の考えを読み取れるのだ。今までの道中でとっくに判明していたことだが。
『ああ。お前、人と頭の中で会話できるだけじゃなく、人の行動を操れるんだろう』
少しばかり、レイラの眼が見開かれる。
スティーブの脳内での言葉に、驚愕しているのは明らかだった。
彼は続けて脳内で言葉を紡ぐ。
『俺達が遺跡から這い出してきた時に待ち伏せていた黒服達。あいつらを同士討ちさせたのもお前の力だろう』
レイラは、ゆっくりと頷いた。

『それに、あなたが痛みを感じないようにした』

『!そういうことか…!』
スティーブの過去の記憶が蘇る。
遺跡の底で、リーバードの攻撃を喰らって息も絶え絶えだった時、レイラに差し伸べられた手を握った際、痛みが引いていくのを感じた。
アレは自分の痛覚を一時的に遮断してたのか。そうスティーブは合点する。
その後、レイラが気絶した時に、スティーブの全身の痛みは戻ってきた。それも辻褄が合っている。
その事実に納得し、スティーブは再度頭の中で、レイラに問う。
『俺はお前とビートルジュースを会わせるのは反対だ。奴が何をするか分からない。危険だと思う』
少しばかり目を瞑り、そして意を決して、スティーブは続きを頭の中で紡いだ。
『だが、お前は自由だ。自分の事が知りたいなら、ついていく事もできる。もうあの狂人と関わりたくないなら、ここに残って今後の身の振り方を決めることもできる』
彼女は、明確に決めることができるだろうか。そんな不安が無いではなかったが、スティーブは固唾を呑んでレイラの反応を待った。
「私は…」
レイラは、口に出して言葉を紡いだ。

「私が何なのか、知りたい」

スティーブはレイラの眼を見て、頷いた。
「なら、決まりだ」
「私も行くわよ」
スティーブが何か言う前に、傍らにいたレベッカが言う。
その一言に、彼は驚愕せざるを得なかった。
「聞いてたのか!?」
「今のやりとりで何秒かかったと思ってるの。テレパシーでどんな会話したかくらい予想できるわよ」
いつのまにやら小賢しくなったな。そう思いつつ、スティーブは無駄な抵抗を試してみた。
これで何度目だと思いつつ。
「分かってるのか?街にいつ戻れるか分からんぞ」
スティーブの言葉に、レベッカは揺るぎ無い目で答えた。
「忘れてるだろうけど私はジャーナリストよ。スクープがあるならどこにだって向かう」
「報道できるか分からんぞ」
「できるかできないかじゃない。それに、ここまで来てドロップアウトは御免よ」
分かっていたものの、やはり折れる様子は無い。
スティーブは目を瞑り、言った。
「全く、どいつもこいつもリスクを考慮に入れない馬鹿ばっかだ」
「あんたにだけは言われたくない」


「はぁ…」
廊下を一人歩くスティーブは、気が付くと溜息をついている自分に気づいた。
プリズナへ向かうのは決まったものの、このままマフィアに分断された街を放って行ってしまっていいものなのか。そう考えてしまったからだ。
しかし、今までにロワイアル・ファミリーと因縁を持ち過ぎてしまった。しばらくは街に戻れないのが現状だろうと思い直す。
だが、いずれ必ず戻らねばならない。ルシウス・サイファーとは必ず決着をつける。そうスティーブは決意していた。
そうして、ウィルクスから教えられた休憩所へと向かう。目当てはそこにある、喫煙室だったのだが。
「!」
辿り着いた喫煙室には先客がいた。
それがカーネル・ジョンソン警部の姿だと、遠目からでもスティーブには判断できた。

「街に戻るんじゃないのか?」
喫煙室に入るなり、煙草を吸っているカーネルに声をかけるスティーブ。
「街へ行く列車の出発までまだ時間があるんでな」
カーネルの言葉に頷き、スティーブも煙草を咥えて火を点ける。
そして一口目の煙を吐くと、その様子を見ていたカーネルが口を開いた。
「この世界の事は聞いたな」
「ああ」
「自分が如何にちっぽけな存在か理解できたか?」
カーネルの問いに、スティーブは苦笑しながら首を振る。
「悪いが、俺はそんなに頭が良くないもんでね。どんな目的で俺達が存在してようが、古代人が俺達をどう扱ってようが、そんなことどうでもいいんだ」
スティーブの返答に、カーネルは彼を睨みつける。
「何も感想は無いというのか?」
「無いな。そもそも俺は、誰かに指図されるのが嫌でこの稼業やってるんだ。だから世界がどうとかなんて、説明されてもどうとも思わん」
「…度し難いな。益々貴様をこの件に引き入れたのが理解できん」
「何とでも言え。俺は、自分の仕事と生活と依頼人を守るので手一杯なんだよ。探偵にそれ以上を求めるなって話だ」
スティーブの言葉に、しばしカーネルは沈黙した。
だがやがてポケットから何かを取り出すと、それをスティーブに差し出す。
「不本意だが、仕方ない」
「?」
カーネルが差し出したのは、カーネル自身の名刺だった。
「プリズナに、サマンサ・スペードという刑事がいる。俺の知り合いだ」
「…どういう風の吹き回しだ?」
急にカーネルが己のコネクションを紹介したことに、スティーブは疑問に思わずにはいられなかった。
そんなスティーブに対し、不愉快そうにカーネルは言う。
「ウィルクスに渡すつもりだったが、奴はマザー達に付いてプリズナには入らんそうだ。そうなると貴様しかいない」
「なるほど…」
言いつつ、スティーブはカーネルの名刺を受け取ると、電灯に翳して書かれている内容を見る。
「で、お前とそのサマンサ・スペードの関係ってのは…」
とスティーブが話しかけた時には、カーネルはもう喫煙室から去っていた。
「…ったく。言うだけ言って出て行きやがった」


それから、カーネルの名刺をしまって煙草を吸い、この先の事について色々と思案しているスティーブだった。
喫煙室にはベンチもあったが、座る気にもならずに彼はその場に突っ立ったまま、ずっと考え続けている。
するとやがて、喫煙室に別の人間が入ってきた。
スティーブが見た覚えのない人間だ。黒いスーツに長身、金色の長髪を後ろに撫でつけており、銀縁の眼鏡をかけていた。
その人物は見覚えのない銘柄の煙草を取り出すと、それにライターで火を点けようとする。
だが、ライターのオイルが切れてしまっているらしい。中々火が点かず、苦心している様子だった。
「ん」
見かねてスティーブが近づき、ライターを差し出して火を点ける。
「ああ、すまんね」
スティーブから火を借りて、彼は煙草に火を点けた。
ゆっくりと吸い、そして煙を吐く。

「ふーっ…」

「…」

「所で、君はスティーブ・ハントだね?」

「…ああ、そうだ」

「心の底から絶望した時に、これを飲むといい」

「…ありがとよ」

「これで君は、スペードの3だ」

「…そうかい」



「ーブ…スティーブ…ちょっと、スティーブ!!」
「どわっ!?」
耳元からの怒鳴り声に、スティーブは溜まらず目を開いた。
目の前にいるのはレベッカだ。喫煙室の入り口にはレイラの姿も見える。
気が付けば、スティーブは喫煙室のベンチに座っていた。
「何でこんなとこで寝てるのよ」
「レベッカ?俺、寝てたのか」
「ぐっすりね」
憤然とした様子のレベッカに、スティーブは狐につままれたような気分に陥った。
この喫煙室に来て煙草を吸ったのは憶えている。カーネルと問答をし、そして名刺を渡されたことも。
ポケットを探ると、カーネルの名刺は確かにここにちゃんとあった。
その後に誰かと話し、何かを渡されたような気もする。コートのポケットを色々と探ってみたが、目新しいものは特に無かった。
「疲れてるのか、俺…」
「走行中の車からダイビングしたらそうもなるわよ」
「…嫌に引っ張るなその話題」
「じゃああんな無茶は金輪際やめてよね」
「…そいつは、保証できん」
「何ですってぇ!?」
もう何言ってもレベッカが怒りそうだな。そう思ってふと出入り口を見ると、レイラがクスクスと笑っていた。
「ホラ、子供に笑われてるぞ。とっとと行こうぜ、プリズナ行きの船はもうすぐだろ」
「そう!それを言おうと思って探してたんだから!!」
益々怒り出すレベッカ。うんざりしつつ、このままこいつらとプリズナへ行くのかと思うと憂鬱半分、退屈もしなさそうだという思いが半分のスティーブだった。

そして、長い船と列車の旅の果てに、彼らもプリズナの町へ向かう。


最終更新:2018年07月22日 23:49