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船と列車に乗って数時間。
やがてスティーブは、列車の車窓から見える風景が大都市になっていくのに気付いた。
「ここがプリズナ?」
傍らにいるレベッカの質問に、車窓の風景を無表情で見つめたままスティーブが答える。
「いいや。プリズナはこんな大都市じゃないらしい。次の駅から車でさらに数時間山道を走り続けたら着くそうだ」
「駅も無いんだ…!」
少しばかり驚いた様子のレベッカに、スティーブは車窓に視線を向けたまま言う。
「着いてきたの後悔したか?」
そんなスティーブに、レベッカはムッとした様子で答えた。
「んなわけないでしょ」


『だから先日も申し上げた筈だ!我々は貴殿等の支援を受ける必要は無い!』
電話の奥から響く怒鳴り声に、マーク・ウィルクスは眉を顰める。
今彼は、列車の客室の一つに備え付けられた電話の受話器を耳に当てていた。
「しかし、この件には古代人が関わっている可能性が高いと申し伝えた筈です」
『それは承知している。だからこそ我が町の警察には一層の注意を払うように通達を出しておいた。抜かりはない!』
「警察組織だけで手に負える相手ではありません…!」
『口を慎みたまえ!これ以上は我が町の治安維持への暴言と見なすぞ!!それにだ…古代人のテロリストが相手だからといって、貴殿等の古代人の力を借りるというのか?それこそ、我々が古代人により管理されていた時代へ逆行する行為だと思わんか!!』
「!それは…」
ウィルクスは、その男の言葉に口ごもる。
彼の視線の先には、マザー・セラがいた。
「私が話すか」
セラの提案に、しかしウィルクスは首を振る。
そして、電話の相手に向かって言った。
「それでは、我々の支援を受ける気は無い、と」
『無論だ!貴殿等の支援は受けるつもりは無い。余計な手出しも不要だ!』
その答えを聞き、ウィルクスは電話を切る。その表情に憂鬱の色が浮かんだ。
「駄目ですね。プリズナの市長、アレキサンダー・マグナクスは協力の意思を見せません。スティーブ・ハント達は秘密裏に行動せざるを得ないでしょう」
セラは、思考を重ねながら言葉を紡ぐ。
「ビートルジュースが市長を操っている可能性はあると思うか」
「その可能性は否定できません。だが、あの市長の言っていることもある意味正論ではあります。だからこそ、介入が難しい」
セラはテーブルに手を組み、やがて言った。
「どちらにしろ、ビートルジュースの思い通りに事が運んでいる。そう判断した方がいいな」


やがて駅に着くと、スティーブとレベッカ、レイラの三人に加え、セラとユーナ、ゼゼ、マーク・ウィルクスが合流する。
ウィルクスの先導で着いていった先には、ワンボックスカーが一台停まっていた。
「カーネルから聞いたが、お前らはここから先には来ないのか?」
「ああ。私とマザーの御二方は、この町にある施設から君達をバックアップする」
「で…」
言いつつ、スティーブはゼゼの方を向く。
「ええ。私が貴方達と共にプリズナへ」
「…やっぱりか」
目を細めるスティーブに、ウィルクスは首を傾げる。
「不満そうだな」
スティーブは胸中で、ウィルクスの言葉を肯定した。
正直、ビートルジュースとその手下が跋扈するような町に、レベッカとレイラを連れて行くだけでも気が進まないのだ。
敵陣の中を潜入するなら極力一人が良い。正直な所それが本音だった。
だが、レイラが自らの存在理由を見出したいとついていくなら、保護役のレベッカがいるのはまだいい。しかし、見た目からして古代人であるゼゼが同行するのはどうあっても目立つ。それがスティーブが不満な理由の一つだ。
だが、依頼人であるマザーが同行を指示した以上、反対してもしょうがない。それに、ビートルジュースが古代人である可能性が高いというなら、それに対抗できる知識の保持者は必要なことも理解できていた。
「いや、別に」
「…それならいいが」
そうしてセラとユーナ、ウィルクスと別れ、スティーブとレベッカ、レイラはゼゼの運転でプリズナの町へ向かうのだった。


「プリズナは、近年市長の方針により観光地化が進んでいます」
「鉄道も通ってないのにか」
説明しながら運転するゼゼの隣で、助手席に座って地図を見ているスティーブ。
最も、ゼゼの頭には既に道がインプットされており、更にほぼ一本道のため迷う心配も無い。スティーブが地図を見ているのは、純粋に自分自身の知識に入れるためだった。
ゼゼは視線をフロントガラスの向こうの景色に向けたまま、淡々と説明を行っていく。
「ええ。ですが、最近観光客用の大きなホテルを建設したとのことです。鉄道の方も、資金の交渉中とか」
「…順序がおかしくないか」
スティーブはゼゼの説明に疑問を呈した。
事前に聞いた説明では、プリズナの町に観光名所のようなものは無かった筈だ。ならば、観光客から収益が見込めるかも分からないホテルを先に作るより、鉄道を通す方を優先するのが自然ではないか。それなのに、鉄道の建設すらまだ着手されていない段階で、大きなホテルを建てるというのは、どういうことなのか。
「…逆にそのホテルを目玉に観光客でも呼ぶつもりなのか」
「その可能性はあります。何せ、作られたホテルの階数は10以上あり、町のどの建物よりも高いと評判ですからね。更に屋上には飛空船が停泊できるようになっているそうです」
「ああ、鉄道が無くても飛空船で来る客もいるか」
言いながら地図を畳み、スティーブは出発前の町で買った、プリズナの町の資料を眺める。
その資料には、プリズナの町の市長の顔写真とコメント、それにホテルの外観が映っていた。
「アレキサンダー・マグナクス、ね…」
白髪混じりの黒髪に、口周りから顎に髭を蓄え、目元には四角い眼鏡をかけた、壮年の男の顔だ。
「そう言えば、宿は取ってあるのか」
「ええ。今説明したホテルに」
「…一応聞くが、他に泊まる所は無いのか」
「私達の人数、それに荷物の量ですと、泊まれる宿がそのホテル以外には無かったんですよ」
ゼゼの説明にスティーブは落胆した。
ただでさえ暗躍するビートルジュースに察知されたくない状況だ。その上、手下がどれだけいるのかも分からない。
それなのに、目立つホテルに泊まるということは自分達もそれだけ目立ってしまうということなのだ。
「後部座席の荷物は何なんだ。あれだけの量の何を持って行ってる?」
スティーブは、後ろの座席に座るレベッカとレイラの、更に後ろの座席を占領している大きなケースを一瞥する。
大人複数人がかりで、大きな3つのケースを運び込んでいたのだ。
スティーブの質問に、ゼゼはしばらくしてから答えた。
「クロウ・エリュシオンの装備です」
「そんなに必要なものか…?」
「必要です」
ゼゼの口調が取り付く島もないものだったので、それ以上言うのは無駄だろうとスティーブは判断せざるを得なかった。
後部座席のレベッカは窓の外の景色を眺めており、レイラは眠っている。
どちらにしろ、こんな大所帯ではいざとなったら自分がリスクを負わねばならないだろう。そう考えて、スティーブは果てしなく憂鬱な気分に陥るのだった。


それから数時間。やがてスティーブも睡魔に負けて目を閉じていた頃。
「着きましたよ」
傍らの運転席からの声に、彼は目を開く。

そこは丘の上で、町を俯瞰できる場所だった。

十字に大通りの通った、田舎町という風情だ。
東側の端辺りに教会が見える。
北端に見える建物が、市庁舎だろうか。
北西の地区の中央辺りには他の建物と比べて異様に高い、大きなビルが建っている。
「…アレがホテルか」
指差しながら言うスティーブに対し、ゼゼは頷いた。
「へぇ、ここがプリズナ…」
後部座席からレベッカが声を上げる。
「レイラ、着いたわよ」
「寝かせておいてやれ」
レイラに声をかけるレベッカに対し、スティーブが窘めるが、ふと見るとレイラは既に起きており、目を丸くして町の光景を眺めていた。
「…白い」
そう漏らしたレイラの感想にスティーブは気が付く。
「そう言えば雪を見るのは初めてか。さっきの町じゃあ降ってなかったからな」
確かに、今は雪が降っていた。
それに町中の様子も雪が積もっていて全体的に白い。
スティーブは、先程の町で北国向けの服を買っておくべきだったと後悔した。
「さて…とっとと行こうか。日が落ちる前に」
「ええ」
もうすぐ日が落ちそうな位置にある。スティーブは、なるべく暗くなる前にホテルへ入っておきたかった。

ホテルが目立っていたお陰で、それから数分で着き、チェックインは済んだのだが。
ゼゼの用意した『クロウ・エリュシオンの装備』が予想以上に重く、部屋に運び込むのに時間がかかってしまうこととなる。


「はーっ…やっと終わった」
両手を打ち鳴らし、スティーブはそう呟く。クロウの装備を、漸くゼゼの部屋に運び込んだ所だった。
部屋割りはスティーブとゼゼに一部屋ずつ、レベッカとレイラに一部屋となっている。
ゼゼの部屋にはクロウの装備の他にもマザーとの通信のための機器類を幾つか運び込んでいた。
ホテルの従業員が運ぶのを手伝おうとしたが、ゼゼとスティーブはそれを断っている。
マーク・ウィルクスが別れ際に、プリズナでは極力誰にも目的を悟られないように行動しろと言っていたからだ。
その真意については、道中ゼゼから説明を受けていた。
「ったく、これだから組織ってのは嫌いなんだ」
それを思い出し、改めてそう呟く。
とはいえ、漸く一息つけた所だ。彼は周囲の廊下を見やった。
室内もそうだったが、落ち着いた色合いの壁紙、そして絨毯。暖色の照明は周囲を余す所無く照らしている。
部屋の中も、机や椅子、ベッドに照明、更にバスルームまで、一級品のホテルと言って差し支えの無いものだった。
これまで、これほど豪華な場所で寝泊まりした経験はスティーブには無い。
「…寝れるかな」
「ご足労掛けました」
荷物の運び込みが終わり、廊下に出てきたゼゼの言葉に頷きつつ、スティーブは踵を返して廊下を歩いていく。
「これから夕食の筈ですが、どこへ?」
「夕食はレベッカやレイラと一緒に取っててくれ…つってもあんたには必要ないのか?」
スティーブの言葉に、ゼゼは頷く。
今彼女は帽子を目深に被っており、額の眼は誰にも見られていない。とはいえ、その肌と髪色は目立つものだった。
「とにかく、二人に夕食を取らせてくれ」
「だからどこへ行くんです?」
ゼゼの問いに、渋々といった様子でスティーブは答える。
「ひと時も無駄にしたくない。ちょっと情報収集に出てくる。レベッカには…」
「ええ。言いませんよ」
周囲を見回しつつ、ゼゼは声を低くして答えた。
レベッカとレイラは、自分達の自室で色々と準備している所だ。
スティーブはゼゼの返答が意外だった。
「何か…色々と悪いな」
「いえ、あなたにもやりやすい方法というのがあるんでしょう。ですが、そのままビートルジュースの手の者に消されては困りますので、程々にして帰ってきてください」
スティーブは頷くと、ホテルの廊下を歩いて行った。


スティーブを見送った後、ゼゼは一つ、忘れていたことに気づく。
「…困りましたね、私の外見では…」
「どうしたの?」
丁度部屋から出てきたレベッカが、廊下で腕を組むゼゼの様子に気づいた。
声をかけられたゼゼが、事情を話す。
「万が一、遺跡を調べる必要が出た際のために、市役所に届けを出す必要があることを思い出しました。ですが、私の外見では目を隠していても目立ってしまいますし」
「…目?」
「ええ、これです」
言いつつ、ゼゼは帽子を脱ぐ。

彼女の額の眼を見た瞬間、レベッカは飛び退いた。

廊下の壁に背を着けたまま、冷や汗を流しつつレベッカは呟く。
「り…リーバード…?」
「…今更ですね、私の髪と肌の色を不思議に思わなかったのですか?」
「思ってたけど…そういう人種なのかなって…」
「…そういえば、あなたには正式に自己紹介してませんでしたね」
言いつつ、ゼゼは周囲を見て人影がいないことを確認し、名乗った。
「スティーブ・ハントの調査の補佐を申し付けられています、古代人のゼゼと申します。以後、お見知りおき下さい」
しばらく硬直したままだったレベッカだが、深呼吸してから向かい合う。
「ええと、ジャーナリストのレベッカ・ミラーです!こ、古代人って…あの、ちょっと前に新聞に出てた…?」
「ええ、以前話題になった古代人と同種の者です」
「あ、もしかしてここに来る前の町でスティーブが話してた、あなたと同じ肌の色した人達も?」
「そちらは本人ですね、以前新聞に載っていた」
平然と答えるゼゼに、レベッカは益々冷や汗を流した。
「いつのまにそんな連中とコネ持ってたのよ、スティーブ…」
「それで、元の話になるんですけど…」
呟くレベッカを他所に、話を続けるゼゼ。
「あ、はい、ええと、何でしたっけ?」
「遺跡調査の必要性が出てきた時のために、市役所に手続きを行いたいんですが、私の外見では必要以上に目立ってしまう恐れがあります」
「スティーブは?」
「…彼は、ええと…」
口ごもるゼゼ。レベッカに言わないとスティーブには言ったものの、どう説明するか考える暇が無かったのは誤算だった。
そして、ゼゼが上手い説明を思いつく前に、レベッカは察した。
「っ!あいつ!来て早々に抜け駆けとはいい御身分じゃない…!!」
「え、ええと、抜け駆けとかそういう話では…」
しばらく唸っていたレベッカだったが、このままここにいても仕方ないと判断したのか、気を取り直した様子でゼゼの方を向く。
「うーん、市役所はどの道この時間じゃやってないでしょう。明日、私かスティーブが届けを出すってことでいいんじゃない?」
「…そうですね」
レベッカの言葉に、ゼゼは頷いた。


それから数時間、スティーブはひたすら足を使ってプリズナの町中で聞き込みを行った。
雪がちらほら降りつつある。
「…寒いな」
そう愚痴りつつ、漸く情報の集まりそうな場所の証言に行き当たる。
「あー、そうだなぁ、アースガルドの酒場に行きゃ、誰かしら何か知ってるかもなぁ」
「酒場ですか…どこにあります?」
適当な理由をでっちあげ、慎重に証言を聞き出す。
「街の中心…十字路をちょっと南に行った所だ、看板見りゃ分かるよ。あそこの親父は気の良い旦那でなぁ」
「分かりました、ありがとうございます」
「あ、でも、この時間だとまだ店やってないな。もう1時間近く経たないと店開かないよ」
証言者に礼を言い、その男とは別れた。
その証言を手帳に記載しながら、スティーブは時計を見る。
もう結構な時間が経っている。先程聞いた酒場が開くには時間がかかりそうだし、腹も減った。
スティーブは一旦ホテルに戻ることにした。


「ちょっと!いきなり出て行くなんて聞いてないわよ!!」
ホテルに戻ると、両手を腰に当ててレベッカが憤っている。
ゼゼを一瞥するスティーブだったが、ゼゼは申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
仕方ない、とスティーブは思い直し、レベッカに言葉を返す。
「そりゃそうだ、言ってないからな」
にべも無くスティーブがそう言うと、予想通りレベッカが言い返そうとするのを、ゼゼが遮った。
「こちらは夕食を取った所です。何か収穫は」
「ああ、酒場の場所を聞いた」

部屋に戻り、道中で買ったパンを頬張りながら、スティーブはレベッカ、ゼゼと今後の予定を話し合う。
「レイラの様子はどうだ?」
スティーブの問いに、レベッカはまだ憤りが収まらぬ様子のまま答えた。
「もう寝ちゃったわよ」
「それでいい。今日の所はもう遅いからな」
「それで、例の酒場へはいつ行きます?」
スティーブは、再度反撃に備えつつ、言った。
「ああ、もう数分で開店時間の筈だ。俺とゼゼで行くとしよう」
「ちょっと、私は…!」
「レベッカ、今日の所はレイラを見ててくれ。頼むから」
流石に、町へ来て一夜目の今レイラから目を離すのはまずい。そう思いつつ、スティーブはレベッカに頭を下げた。
「明日はお前とレイラも同行させてやるから」

「…結局、私はあの子のお守りのためだけにここに来たってわけ?」

それまでの憤った口調から、急に冷めた口調になるレベッカ。それまでとは違って、逆にそんな反応がスティーブの心臓を凍らせた。
「あ、あー…すまん。そんなつもりじゃなかったんだが」
「…でも実際、そうなってるじゃない」
今までのレベッカからは考えられない冷めた調子に、スティーブは内心で溜息をつく。
「分かった、明日は俺がレイラの面倒見てやるから。お前は好きに動いていい」
「…言ったわね?」

そう言った途端、レベッカが勢いを取り戻した。

「確かに言ったわね!?約束よ!絶対!!」

スティーブは、漸く己がレベッカの策に乗せられていたことを悟る。
「あー…ああ、二言はねぇ」
内心で悔しがりつつ、それとは裏腹にそう返すスティーブ。
――畜生、レベッカの奴、いつからそんな手が使えるようになりやがった!?
「…」
ゼゼが残念な人間を見るような視線を向けてきたので、スティーブは顔を背けた。それしかできなかった。


それから、スティーブとゼゼは酒場で情報を入手するためにホテルを出た。
「ぶえっくしょい!!」
強い北風に当てられ、くしゃみが出るスティーブ。
「…上着が必要ですね」
「持ってきてねぇな…どっかに服屋ないか」
「ああ、ここに来る途中でそれらしい店がありましたね…まだやっているかは分かりませんが」
「仕方ねぇ、行ってみるか」

「いらっしゃいませ」
閉店間際だったが服屋はまだ営業していた。
スティーブとゼゼは店内の男物の服のコーナーまで行くと、厚手のコートを探す。
「そう言えば高い服買うほどの金が無いな」
「費用面なら十分な額をマザーより支給されていますのでお気になさらず」
「…マジか」
結局、スティーブは防寒に紺色の厚手のコートと丸い帽子を選んだ。
コートの方は結構な値段だ。割とスティーブが今まで購入した覚えが無いくらいの。
「この値段なら問題ありません」
「お前もその外見じゃ目立つし、上着を買ったらどうだ」
「確かにそうですね」
二人は次に、女物の衣服で目立たないものを選ぶ。
「つっても女物の服は良く分からんのだよなぁ…」
「ええ、私もあまりこの手の事には慣れていなくて…」
「…」
「…」
結局、二人はゼゼの身体に合うサイズの黒いローブに、口元を隠す朱色のマフラーと暗い緑色のニット帽子を選んで、代金を清算した。
帰ったらまたレベッカに何言われるか分からないな、とスティーブは思った。


酒場は、目立つ場所に建っていたお陰でそんなに苦労せずに探し出すことができた。
看板こそライトで照らされていたものの、通りに人影もまばらで、それに伴ってか店も寂しく見える。
「閑散としてますね」
「まだ時間的に開店して間もない頃だ。客もこれから来るだろう」
そうして、二人はドアを開けた。
カランカランと軽快なベルが鳴る。
二人が店内に入ると、カウンターの向こうから少年が一人顔を出していた。
「い、いらっしゃいませ!!」
スティーブは、出迎えたのが20にも満たない少年であったことに、疑問を覚えた。
この酒場の事を聞いた通行人は30代後半から40代前半くらいの年齢の男だったが、その男がこの店の店主の事を『親父』と呼んでいた。ということは、この店の店主は結構な年齢ということになる筈だ。
「…何だ。聞いた話と違うな」
「せ、席に、ご案内します」
そう言った少年に、スティーブは合点する。
――ははぁ、店主ではなく店番役か。ということは店主は不在ということか。
店内を見渡し、他に客がいないことを把握したスティーブは、目の前のカウンター席に座った。
「いや、ここでいい」
スティーブがそう言うと、後ろにいたゼゼもスティーブの隣の席に座る。
さりげなく店番の少年を観察しつつ、スティーブは考えた。店主ではなく店番の少年に情報を尋ねても、果たして満足のいく答えは出るだろうか。いや、その可能性は低いだろう、と。
だがそれでも、やらないよりはマシだ。
「え、ええと、じゃあ…メニューをお出ししますね」
「ああ、その前に」
そう言いつつ、スティーブは気づいた。クロウ・エリュシオンの写真を所持していないことに。
仕方なく、特徴等を話して心当たりがないか聞こうとしたスティーブだったが、その前に隣のゼゼが口を開く。
「人を探しています。最近、この町に来た筈です」
言いつつ、首から口元にかけて巻いていたマフラーを解くゼゼ。そして彼女は、着ているローブの中から写真を取り出した。

写真には、アーマーを着てヘルメットを脱いだクロウ・エリュシオンの姿が映っている。
その写真を見た瞬間、少年は声を上げた。
「クロウさん!?」
「知っているんですか!」
ゼゼの反応とは対照的に、スティーブは冷静に少年を観察する。
「え、ええ…1年ほど前に、この人に色々助けてもらって…」
「1年前?」
スティーブが、ゼゼの方に視線を向ける。
ゼゼの方はしばし無言だったが、やがて得心したように頷いた。
「なるほど、彼が1年ほど前にこの町に来た時に関わったのですね」
「どういうことだ、そいつがここに来てたなんて聞いてないぞ」
「…確かに、それは話すべきでしたね、申し訳ありません」
頭を下げるゼゼ。事態が呑み込めてない様子の少年。
スティーブは、とにかくまず証言を貰う所からだと気を取り直した。
「で、まず君の名前を知りたいんだが」
「あ、はい、ジャック・アースガルドと申します。クロウさんに…何かあったんですか?」
「その前に、君とこの男とが以前どういう関わりがあったかを知りたい。話してくれないか」
「は、はい…ええと…」
そして、ジャック・アースガルドは1年ほど前にプリズナの町で起きた事件と、それに関わったクロウ・エリュシオンと自分の関係を簡単に説明し始めた。


説明が終わりそうな頃、別の客が店に入ってくる。
「あ、いらっしゃいませ!」
仕事帰りらしい作業着姿の男は、ジャックの姿を見て笑みを浮かべる。
「お、早速親父さんにこき使われてんな、ジャック」
「せ、席にご案内します」
「いいっていいって。俺はいつもの席に座るからよ」
そう返す客の男に、ジャックは頭を掻いた。
「で、結局の所、最近はこの男の姿は見てないってことか」
「ええ、そうです…」
スティーブの問いに、不安そうな顔で答えるジャック。
「それはそうと、君の親父さんは君に店を任せてどこに行ってるんだ?」
「ああ、客がピークになるまで休んでるんですよ。そろそろ戻ってくると思います」
「…親父さんはこの男の事、何か知ってるかな」
「うーん、僕以上には知らないと思います。最近会ってたら必ず僕に言うと思うし」
スティーブは証言の内容をメモに書きとると、ゼゼの方を見て頷く。
そして、自分の名刺を一枚抜き取ると、印刷されている電話番号に斜線を入れ、ホテルの電話番号を書き入れた。
「じゃ、何かあったらここに連絡してくれ」
ジャックは名刺を受け取ると、おずおずと不安そうに尋ねる。
「あの…クロウさん、何かあったんですか?」
「そうだな…そいつは他人を巻き込まないように一人で戦ってるらしい。そしてこの町に来てる可能性が高い。だからそいつのためにも、見かけたら情報をくれ」
「わ…分かりました…!」
「おーい、注文ー!」
「あ!はーい!!」
忙しそうに、伝票を持ってジャックは客の男の席へ向かっていく。
それを見送ると、何枚かの紙幣をカウンターの上に置き、スティーブはゼゼと共に店を出て行った。

「で、あんたからも1年前のこの町の事件について、説明してくれるだろ」
「ええ、まぁ、私も大体の概要しかお話しできませんが」
既に暗くなり、雪が降る町の中を、足早にスティーブとゼゼは歩いた。


歩きながら、ゼゼは1年前にこの町で起こった、クロウ・エリュシオンと古き神々の一人との戦いについてを語る。
彼女が一通りの話を終えた頃には、二人はホテルまで歩き着いていた。
「なるほどな。ビートルジュースが遥か北にあるこの町を舞台に選んだ理由が分からなかったが、クロウ・エリュシオンとこの町にそういう因縁があったんなら合点が行く」
「ええ。しかし、それでもまだ理由としては弱い…そう思いませんか?」
エレベーターの中でそう紡がれたゼゼの言葉に、スティーブは頷く。
「ああ。ビートルジュースがロワイアル・ファミリーの本拠地ではなく、わざわざ北の辺境に舞台を移した理由にしちゃ弱い。考えられる理由は…」
言いつつ、エレベータが止まり、二人がお互いの部屋の前まで歩いてきた。
「…何か思いつきました?」
「奴は警察署長を拷問してた映像で、『ゲーム』と言っていた」
そう言うと、スティーブはゼゼの方を振り向いた。
「この町は北と東西が山に囲まれ、南には車道が通ってるが鉄道は通ってない。飛空船を除けば、大量に人員を輸送できる手段が無いってことだ」
黙ってスティーブの話を聞いていたゼゼだが、彼の言葉が意味するところを悟り、呟くように言う。
「つまり…天候によっては、外から介入が難しくなる」
「…そうだ。ロワイアル・ファミリーを分裂させたのと同じ…この町全てを巻き込んで、奴は何かをやるつもりかもしれん…!」
そう言って、スティーブは生唾を飲み込んだ。


最終更新:2018年07月22日 23:51