ゼゼがレイラを連れて戻ってきたのを見て、スティーブとレベッカは胸を撫でおろした。
「レイラ!心配したのよ…!」
「ごめん…なさい…」
素直に頭を下げるレイラを見て、レベッカも強くは言えなくなる。
スティーブはそのやり取りに構わず、レイラを見据えて聞いた。
「頭の中に話しかけてきた奴がいたって?」
「う…ええ、と…」
急に言葉に詰まるレイラ。そして彼女は、傍らにいたゼゼへと視線を向ける。
当のゼゼは、無表情のままでスティーブに言った。
「後で、詳しくお話しします」
「今言え」
ただでさえ思うように情報が得られず、朝から苛立ちが募っていたせいか、スティーブは即座に有無を言わさぬ声でそう返す。
だが、ゼゼは首を振った。
「事情がありますので、ここでは」
「ああそうかい、分かったよ」
彼は、一行から離れて歩き始めた。
「ちょっと、どこ行くの!?」
呼び止めるレベッカに、スティーブは言葉を返す。
「お前らはお前らで好きにやれ。俺もそうする」
「あいつ…!!」
追いかけようとするレベッカの肩に、ゼゼが手を置いた。
「そっとしておきましょう」
「…何かあったの?」
レベッカの問いに、ゼゼは目を伏せ頷いた。
「とりあえず、レイラさんはホテルに連れて帰ります。少なくとも、まだ町の人間から思考を読み取らせるべきではないと判断しました」
突然のゼゼの言葉に、呆気にとられるレベッカ。当然だ、先程までは、レイラに町の人間から思考を読み取らせて手掛かりを掴む予定だったのだから。
「…分かった、じゃあ私もついてくわ」
「はい、事情ならホテルでお話しします」
町を歩くスティーブ。
雪がちらほら降り始めており、道行く人もまばらだ。
まだ時刻は昼前で、酒場もやっていない。
彼は、ポケットに入れておいたカーネル・ジョンソン警部の名刺を取り出した。
「仕方ない」
そして、彼は警察署へ向かう。手掛かりを求めて。
「スペード警部」
デスクで業務中のサマンサ・スペード警部は、部下から呼び止められ、顔を上げた。
「受付にスティーブ・ハントという方が来ています。これを渡すようにと」
「…ええ、分かった」
そう言いつつも、覚えのない名前に疑問を覚える。
部下から受け取ったのは、一枚の名刺だった。
「…!」
カーネル・ジョンソン。
その名前には、彼女にも憶えがあった。
「どうします?面会予定の無い客なら、僕が追い返しますが」
そう言いつつ、その刑事は自信満々といった風に腕を組んで見せる。
赤みがかった茶髪を後ろで縛った、少し小柄な若い刑事は、そう言ってサマンサ・スペード警部の指示を待った。
「ローズウッド刑事、貴方はすぐ暴力に訴えるわね。客人は会議室に通して」
「分かりました」
そう言いつつも、少し落胆した様子でオフィスを出て行く。
若い刑事――アクセル・ローズウッドは、同年代の人間よりも突出した早さで刑事まで出世した将来有望株だが、その血気盛んな気性にはサマンサ警部も手を焼いていた。
とはいえ、基本的にここは平和な田舎町だ。まだ若い彼のような刑事では、暇を持て余すのも仕方ないだろう。もう少し有能さを見る機会ができれば、都会の警察署に推薦するのも吝かではないのだが。
そんなことを考えながら、サマンサ警部は自分のPCを操作して今日の予定を見る。
まだ次に出席予定の会議までは少し時間があった。
懐かしい名前の名刺を持ってきた人物がどんな用件なのか。ほんの少しの好奇心と共に、サマンサ警部は席を立つ。
スティーブは会議室に入ってきた年配の女性を見据えた。
「お待たせしました、サマンサ・スペード警部です」
サマンサ警部は、スティーブと向かい合うように席に座ると、再度口を開く。
「カーネル・ジョンソンの知り合いとか」
「ええ。彼に言われて、ここへ来ました」
慎重に言葉を選びつつ、スティーブは言う。
彼の返答にサマンサは頷くと、持っていたカーネルの名刺を差し出しながら言った。
「懐かしい名前ですね。まだこの町に戻る前、ここより遠い都会で刑事をしてた頃の同僚でしたが、その辺の話はもうお聞きに?」
「いえ、カーネルはその辺の関係性については話してはくれませんでした」
カーネルの名刺を受け取り、スティーブもそう返す。
その返答に、僅かに顔をしかめたサマンサは言った。
「ご用件は何でしょう。彼の昔話のために来たわけではないでしょう?」
サマンサの問いに、スティーブが回答を考えている間に追撃が入る。
「それに、貴方の名前は聞きましたが、素性は聞いていないわ。一体、何のためにここへ?」
正直に答える他無さそうだ。そう結論付けて、スティーブは自分の名刺を取り出した。
「スティーブ・ハント。カーネルがいる街で私立探偵をしてます」
「私立探偵?」
スティーブの名刺を受け取り、その内容を読みながらサマンサ警部は言葉を返す。
「遠くの街の私立探偵が、こんな田舎町の警察署へ何のご用です?」
「そうですね、情報収集と警告といった所ですか」
その回答を聞いて、サマンサ警部は目を細めた。
「情報収集?」
「さて…どう話したものか」
馬鹿正直に全て話したところで叩き出されるのがオチだろう。そうスティーブは判断し、とりあえず目下の危険性の所まで伝えようかと悩む。
マーク・ウィルクスには、極力隠密行動を依頼されていた。どうやら、この町の市長が他所からの介入を認めていないのだと。
「一つ約束して頂きたい。これから話す内容は、他言無用に」
「…分かった。約束しましょう」
目を細めたまま、サマンサ警部はそう返す。スティーブは意を決し、言った。
「私の居る街には、『ロワイアル・ファミリー』というマフィアが裏社会を取り仕切っていました」
「ロワイアル・ファミリー…ええ、大分昔に聞いたことあるわね」
サマンサ警部が頷く。どうやら話は聞いてくれそうだと判断し、スティーブは続けた。
「そのマフィアの最高幹部の一人が、この町で『ゲーム』とやらを行うという情報が入ってるんですよ」
「…ゲーム?」
「詳細は分かりません。ただ一つ分かるのは、市民の命を脅かすだろう事態であるというだけです」
サマンサ警部が黙る。スティーブは緊張した。
流石に、これだけの情報だと話半分で聞かれるのが精々だろう。
それに、次に聞かれる言葉も分かっていた。
「それが事実なら、何故その街の警察からこちらに情報が無いの?」
スティーブは肩を竦める。
「どうも、この町の市長から圧力でもかかってるみたいで。カーネルから頼まれて、警察組織とは関係の無い俺が秘密裏に調査してるんですよ」
「…その話の根拠は?」
彼は首を振った。
「残念ながら、ありません」
スティーブの町の警察署長がビートルジュースに拷問の末に殺害された件でも話そうかと思ったが、それを聞けばサマンサ警部はスティーブの街の警察に必ず問い合わせるだろう。
マザー達との会議で、街の警察組織からカーネルしか来ていないことが気がかりの一つだったスティーブは、そちらに連絡されるのはまずいように思えてならなかった。
そのため、警察署長の件は伏せることにしていた。
サマンサ警部は、少しの間黙っていたが、やがて言う。
「スティーブ・ハントさん、どうも貴方の話は荒唐無稽で、とても信用できるものではないですね」
この反応は、スティーブにとっては予想通りだった。
「ええ、今の時点じゃそうでしょうね」
「お引き取り下さる?」
鋭い視線でそう告げるサマンサ警部に、スティーブは頷いて席を立った。
だが、歩き出す前に言う。
「名刺は置いていきます。そこに書かれたホテルの電話番号が私の滞在先ですので、何か私の話を連想するような事件でも起きたら、連絡を下さい」
「…いいでしょう。期待しないで下さいね」
最悪、名刺すら突き返されるかと思っていたのでスティーブは内心ホッとした。
そして、帽子を被ってコートを着ると、会議室を出て行った。
「何者でした?」
席に戻ったサマンサ警部に、部下のアクセル・ローズウッド刑事が聞く。
彼女は、無造作に言葉を返した。
「私立探偵だって。良く分からない話を言ってきたわ」
「…私立探偵…」
アクセル刑事は呟くと、しばらく考え込んでいた。
だが、急に席から立ち上がると、上着を片手に走り出す。
「すみません、少し出てきます」
「ちょっと、ローズウッド!?」
サマンサ警部の制止も聞かず、彼はオフィスを出て行った。
「…まぁ叩き出されなかっただけマシだったな」
警察署を後にし、スティーブはそう呟いた。
サマンサ・スペード警部は、スティーブの予想していたよりも年配の刑事だった。
同僚とは言っていたが、年齢差を考えるとカーネルの恩師あたりか。そう分析する。
「さて、この後はどうするか…」
時刻は昼前である。酒場と警察署に渡りこそ付けられたものの、依然として情報不足だ。
というか、事前に与えられた情報が少なく、この町では今使ったカーネルのもの以外にコネも無い。
この依頼受けたのが間違いだったか。そんな考えが頭を掠めるが、無理矢理にそれを追い払い、スティーブは今後の行動をどうするか考えた。
「…仕方ない、どう行動するか読んでみるか…」
レオン・トラヴァースの情報が確かなら、昨日の夜に北山の屋敷の方角でクロウ・エリュシオンとジャンゴ・ザネッティが交戦したということだ。
もしそこからクロウ・エリュシオンが逃げたとしたら、今この町のどこにいるのか。それを、行動を予測して考えてみよう。
そう思い、スティーブはダイナーの方角へ歩を進めながら考えた。
「レイラを見つけた路地裏で、一人の男が待ってまして」
ホテルの一室で、ゼゼがレベッカに事情を話す。
「夕方に教会の近くで、その男と会う約束をしました」
「って…一体誰よ?」
唐突にそんな話を言われたので、レベッカはそう突っ込まざるを得なかった。
「その男が、レイラに『話しかけた』男なの?ってことは、そいつがビートルジュースの仲間ってことじゃ」
「いえ、それはありません」
ゼゼがそう断言して首を振ったため、レベッカは益々困惑する。
「じゃ…何者なの?」
「…私と同じ、ヘブンの関係者…古代人です、恐らく」
「恐らく?」
「話したのが僅かな時間だけだったので、断言はできません」
ゼゼの話の内容は、レベッカの心配を益々募らせるものだった。
「何か…聞けば聞く限り怪しい話だと思うんだけど…本当に一人で行くの?」
「ええ、貴方の言う通り、何らかの罠だった場合、被害を最小限に抑えたいので」
そのゼゼの言葉に、逆にレベッカは詰め寄った。
「自分を犠牲にするようなことはやめて」
「そうではなく、私くらいしか対応できなさそうな事態になる可能性が高いからです」
ゼゼは、即座にそう言葉を返す。
「でも!」
声を上げるレベッカに対し、ゼゼは静かに手で制した。
「何かあれば、必ず連絡しますから」
そう言うと、ゼゼは傍らの椅子に座り、茫然と二人のやりとりを見ていたレイラに笑顔を向けた。
「何も無ければすぐに戻ってきますので、心配しないでください」
先程朝食を食べてから、まだ2時間余りしか経っていない。
とはいえ何度か緊張状態が続き、またそれなりの距離を歩いたせいか、スティーブは既に空腹状態だった。
そのため、再びダイナーへ向かう。今はゼゼやレベッカ達もおらず、気軽に飯が食えそうだと思いながら。
しかし、その前に。
スティーブは方角を変え、路地裏へと歩いて行った。
この町の路地裏は、まだどういう道になっているのかスティーブも全容を頭に叩き込めてはいない。
そのため、しばらく路地を縫うように歩いていき、角を曲がって手近な大通りへ通じている細い路地を見つけると、そこで立ち止まって振り向いた。
しばらくして、一人の小柄の男が角を曲がってくる。
「何の用だ」
小柄で20代前半くらいの顔立ち、赤みがかった茶髪を後ろで縛り、紺色のキャップを目深に被った男。
茶色い厚手のコートで身体を覆っているが、足から覗くスラックスと袖から見える服が警察署の制服であることを、スティーブは即座に見抜いた。
その男は、待っていたスティーブの姿を見て、面食らったように目を見開く。
スティーブはそれにも構わず言葉を続けた。
「大方、あの警部の差し金だろうが、人選を誤ったな」
「まっ、待て、何の…」
「とぼける必要は無い。俺の素性を確かめるつもりでつけてきた。そうだろ」
男は、観念したように溜息を吐く。
「いつから…」
「警察署を出てからしばらくしてだ。警察の癖に尾行が下手過ぎる。まぁお陰でビートルジュースの手下じゃないと分かったから幸いだったが」
「ビート…誰だそれ」
今度はため息を吐くのはスティーブの方だった。
「とりあえず、俺は腹が減った。話はダイナーまで行ってからだ」
「俺はアクセル・ローズウッド。あんたをつけてたのは俺の意思だ。警部も警察も関係ない」
ダイナーで食事を注文すると、男――アクセル・ローズウッドは自己紹介した。
「…俺の事はどこまで知ってる」
「あんたが探偵ってことだけだ。警部から名刺だけ見せられた」
「お前、よっぽど暇なのか」
「こういう田舎町じゃ、都会と違って滅多に凶悪事件なんて起こらないんだよ」
言いつつ、アクセルはコーヒーを一口飲む。
そして、視線をスティーブから窓の外の雪の降り積もる道路へ移し、口を開いた。
「ただな…この所、どうも嫌な予感が拭えないんだ。俺が退屈だからなのかもしれないけどな」
「嫌な予感?」
運ばれてきた食事を食べ始めつつ、スティーブは先を促す。
アクセルは視線を窓の外に向けたまま、言った。
「初めは些細な事だったんだ。この町にいる顔馴染みの猟師――結構な高齢だ――彼が酒場で話してるのを耳にした。『今年は山でリーバードに全く出会わない。不気味なくらいだ』って」
「出会うのが普通なのか?」
スティーブの問いに、アクセルは首を振る。
「あの漁師の爺さんは、山で犬を連れて鹿や兎を狩って肉屋に卸してる。だから遭遇しやすいんだよ。それなのに、今年は全く出会わないと」
「確かに不思議ではあるが…偶々じゃないのか」
アクセルは頭を掻きながら言う。
「まぁ、それだけの話だったらそれで済んだんだが」
「他にも?」
「この町に一つだけあるパン屋に、美人の一人娘がいるんだが、猟師の爺さんの飼い犬が最近になって、その娘に近づくと吠えるようになった。普通の吠え方じゃない。狂犬病にでもかかったみたいに激しい気性でだ」
「本当に狂犬病にかかったって線は無いのか」
その言葉に、アクセルは笑みを浮かべつつ言う。
「この町で犬を飼ってるのはあの爺さんだけだ。更に旅行者も滅多に来ない町だぞ?どうやって感染するというんだ」
「その辺の専門的なことは分からんが」
「それに、吠えるのはその娘に対してだけで、他の人間には全くそんな素振りを見せない。それも引っかかる」
アクセルの言葉に、スティーブは黙って食事を続けるしかない。
彼は話を続けた。
「極めつけに北山の屋敷だ。北山の屋敷ってのは…」
「その説明はいい。その情報ならもう知ってる。お前の体験だけ話してくれ」
北山の屋敷について説明しようとするアクセルに、スティーブはそう遮る。
アクセルはしばらくスティーブの顔色を見ていたが、やがて続きを話し出した。
「それもあの猟師の爺さんが見つけた。三度目なんで、もう関わりたくなかったんだが、それまで俺が色々話を聞いてたんで、渋々現場に行ったよ」
言葉を切り、そして続けた。
「本当にあったんだ。豪華な屋敷が、北山をしばらく登った所に。あんな豪華な屋敷、今まで見たこともないくらいのものだった」
「それで、どうした?」
促すスティーブに、アクセルは記憶を手繰る様に考えながら言葉を紡ぐ。
「ベルが無かったんだが、代わりにドアノッカーがあったんで、それでノックした。だが何も反応が無い。周囲を回ってみたが、どの窓からも明かりは無かった。だから何もせずに戻るしかなかったよ」
「無人だったということか」
スティーブの問いに、渋々といった様子でアクセルは首を縦に振った。
「そう判断するよりなかった」
食事を終え、スティーブは水を一杯飲むと、アクセルに向かって言う。
「で、その北山の屋敷の件は、お前以外にも誰か知ってるのか」
「ああ。スペード警部にも報告した」
「反応は」
「特に何か問題でもなければ放置しろとさ。確かに、でかい屋敷があるってだけじゃ俺達には手の出しようが無い」
そう語るアクセルに、スティーブは目を細めて言う。
「結局の所、お前はどうしたいんだ。その屋敷をもっとよく調べたいのか?」
アクセルはしばらく考えた後、やがて言った。
「情報が欲しい。特にあんたみたいな余所者がこんな田舎町に来た理由、どうも無関係とは思えない」
やっぱりか。そうスティーブは思う。
どうやら相当退屈していたのか、それとも細かい違和感が気になる性格なのか。今話してみた様子だと前者の方が可能性が高そうだが。
どちらにしろ、目の前の刑事は日常の中の些細な出来事に違和感を抱き、そしてこうしてスティーブと接触したということだ。
これは、利用しない手は無い。そうスティーブは判断した。
「仕事柄、全部明かせるわけじゃない」
「守秘義務って奴だな…!」
スティーブが協力しそうなのを悟ったのか、少し興奮した様子でアクセルは身を乗り出してくる。
その様子を見て、スティーブは考えを巡らせた。
こいつはレベッカと同じ、積極性はあるが安定感が無いタイプだ。少しでも情報を多く与え過ぎると、敵のアジトに特攻して即死しそうな気配がする。若造とはいえこの町をよく知ってる刑事なら、現段階で無駄死にさせるのは惜しい。
「ギブアンドテイクだ。お前の知ってる情報も教えろ。何でもいい、この町のことについてならな。それによっては俺から情報を渡してやる」
アクセル刑事は、そのスティーブの返答に指を鳴らした。
「決まりだな!!」
恐らく、アクセルの言っている『猟師の爺さん』は、レオン・トラヴァースの言っていた猟師と同一人物だろう。レオンがその猟師から山の情報を貰っているとするなら、自分はこの刑事から町の情報を貰うことでアドバンテージを得れる。
そう考えつつ、スティーブは言った。
「まず、この町の構造を把握したい。特にお前みたいなこの町で育った奴が知ってるような、裏路地がどこへどう繋がっているか、とかな」
「?何故そんなこと…」
「念のためだ」
そしてスティーブは、アクセルと共にダイナーを出ると、プリズナの町の各所を巡って町の構造を把握するように努めた。夕方まで。
無論、アクセルの方は勝手な行動をした結果、夕方に警察署へ戻るとサマンサ警部から雷を落とされたのは言うまでもない。
数時間後、太陽が落ちて間もなくの時間帯。
ゼゼは、東に向かって伸びる大通りを歩いていた。
が、その突き当たりに位置する教会が見えそうな位置に来ると、細い路地の方へと歩を向ける。
もう太陽が落ちていて、更に教会の周辺には民家しかないためか、人通りは全く無い。
「言われた通り、私一人で来ました。姿を見せて下さい」
声を張ってそう路地裏で言ったゼゼ。
その声が響いてから数秒後に、彼女の視線の先にある路地裏の角から、クリストファー・セレナードがフードを被った姿で現れた。
「静かに」
そう言いつつ、彼はゼゼに向かって手招きする。無言のままゼゼは彼の居る場所へと急いだ。
クリスの居る路地は、少し先が開けており、柵を挟んで遠くに教会が見えた。
そちらの方をずっと彼は見つめている。
「…あの教会がどうしたというのです?」
クリスの横から同じように教会を眺め、ゼゼが問う。
その問いに、やはり教会の方へ視線を向けたままクリスは答えた。
「少し前に、あの教会に二人、入っていくのが見えました。一人は白いスーツの男、もう一人は少女に見えた」
「…教会なら、参拝の方では…?」
「あの教会は1年前に神父が亡くなってから閉鎖されている。誰も入れない筈です」
クリスの言葉に、ゼゼは目を見開く。
教会の方を見るが、何ら変化は無い。
「あの中で、何かが行われていると?」
「さぁ…そこまでは。ただ一つ言えるのは…男の方は貴方達が追っている男だろうということだけです」
教会の方を眺めたままのクリスの横顔を、ゼゼは見つめた。
「…詳しい話を聞いていませんでしたね」
ゼゼの言葉に、やはりクリスは無言のまま、教会の方へ視線を向けている。
そのままゼゼは言葉を続けた。
「貴方の情報などマザーは何も言わなかった。それなのに、貴方は私達の事情を知っている様子でレイラに接触してきた」
クリスはやはり無言だった。尚もゼゼは続ける。
「私の方は貴方が何者なのかも分かりません。古代人なのかさえ、確かなことは何も分からない」
言いながら、覚悟を決めてゼゼはクリスを見据えた。
「貴方は一体、何者です…!?」
「来ました…!」
クリスは、突然そう言った。
一瞬何のことかゼゼは分からなかったが、教会の方へ視線を向けて、その言葉の意味を悟る。
一人の人物が、柵を跳び越えて教会へ歩いていくのが見えた。
「クロウ・エリュシオン…!!」
今日一日で町の構造を大分把握できたことで、スティーブはやっと気分が良くなっていた。
ついでに先日行った酒場で情報収集でもしようかと思いかけたが、朝に会話したレオン・トラヴァースが入り浸っている可能性があることを思い出し、やめておくことにする。
それでホテルまで戻ってきたスティーブだったのだが。
自室に入って地図に路地裏の情報を書き込んでいる最中、ドアをノックされた。
「誰だ」
「私よ」
レベッカの声に、スティーブはドアを開ける。
「やっと戻ってきた。どうしようかと思ってたのよ」
「何かあったのか?」
スティーブの言葉に、レベッカが頷く。
「ゼゼさんが町に出たの。心配ないって言ってたけど、やっぱり不安で…」
「町に出たって…もう日が落ちてるんだが、一体どこへ?」
「レイラを迎えに行った時のことを話してくれたんだけど…」
レベッカの話に、スティーブは昼間にホテルに戻らなかったことを後悔した。
「じゃ、何者かも分からない奴に呼び出されて、あいつは一人でノコノコ指定された場所に行ったってのか!?」
レベッカが力無く頷く。スティーブは舌打ちした。
「どこに行ったかは聞いてるのか?」
「教会の方とは言ってたけど…」
それを聞き、即座にスティーブは部屋を出る。
「スティーブ!!」
「レイラを見てろ!絶対にここを動くな!!」
背にかけられる声に、スティーブがそう返して走り出す。
レベッカの返事も聞かぬまま、スティーブはホテルの廊下を走り抜け、エレベーターに飛び乗った。
スティーブが廊下を行ってしまうのを、見送ることしかできなかったレベッカは歯噛みした。
結局、ここでも自分は置いてきぼりなのか、と。
そんなレベッカだったのだが。
「…居る」
不意に後ろから声をかけられて、彼女はビクリと背を震わせた。
見ると、レイラが部屋から廊下に出てきている。
「レイラ…どうしたの?」
レベッカの問いに、僅かに怯えた表情で、レイラは――
『下の階。誰かが…誰かを殺そうとしてる』
頭の中に響くレイラの声。その内容に、レベッカは戸惑った。
「殺そうとしてるって…一体」
その瞬間。
銃声。それが響いたのは、レベッカとレイラの居た階より幾つか下の階からだった。
驚愕する二人。その時スティーブは、まだホテルのエレベーターの中だった。
そのためその音に気づかず、エレベーターから出ると、ホテルの表から外へ駆け出していく。
既に暗くなった、雪の降り積もる路上の先へ。
「何があるにせよ…間に合えばいいが…!!」
教会へ向けて、スティーブは速度を緩めることなく走っていった。
ホテルから狙撃し、そして何者かに防がれた。
更なる追撃をバアルから禁じられ、その男――ファフニールは苛立ちを募らせる。
それでも、彼は数々の殺しを行ってきたプロだ。私情に惑わされず、予定通りのルートでホテルの裏口から離脱しようとしていた。
待ち伏せていた別の男と遭遇するまでは。
「…チッ」
片腕にボストンバッグを持ったファフニールは、ホテルの裏口から通りを挟んで向こうにいる、その人影を睨むと、舌打ちした。
その男――テンガロンハットに茶色の外套を纏った男は、葉巻を近くの民家の壁に押し付けて、ジャンゴを見据える。
「会いたかったぞ…!!」
次の瞬間レオン・トラヴァースは、亡くした左腕の代わりに取り付けられた機関銃を構え、ファフニールへ向けて引き金を引いた。
最終更新:2018年08月18日 23:37