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「はぁ…はぁ…」
北西に位置するホテルから、町の東端にある教会まで全力疾走したせいで、スティーブは息が上がっていた。
途中、あの酒場で会った少年が歩いていくのを目にしたが、声をかける余裕も無く走り続け、教会へと辿り着く。
見ると、既に教会の周辺は非常線が張られ、多くの警察や野次馬の一般人の姿があった。
更に、パトカーや救急車も何台か止まっているのが見える。
野次馬たちの先頭、非常線の近くで何事か揉めているのを見て取ったスティーブは、まずその場の状況を確認した。

ゼゼの姿は無い。

救急車へ誰か担架で運ばれている。

分かるのはそれだけだ。

「糞…一体何があったってんだ」
そんな中、非常線の先で現場を指揮しているサマンサ・スペード警部の姿を見つけ、スティーブは無理矢理野次馬たちの中へと分け入った。
「スペード警部!!」
スティーブの呼びかけに、警部が気付く。
そして何事か思案した末に、非常線の近くに立って野次馬達を制していた警官に、合図を送った。
「いいわよ、入ってらっしゃい」
スティーブはホッとして非常線を越え、警部へと近づく。
「勝手に嗅ぎまわらない様に。私から離れないで」
「ああ。分かってる」
そして、二人は止まっている救急車の近くまで歩いて行った。

「一体何があったんです?」
スティーブの問いに、スペード警部は腕を組む。
「さぁてね。私もまだ状況が良く掴めない。近隣住民の通報で急行したんだけど、男が一人女の子が一人倒れてて、女の子の近くには男の子がいた。三人とも命に別状は無い」
「…その男の子ってのは、ひょっとして酒場で働いてた少年ですかね」
「良く知ってるじゃない」
警部の言葉に、先程すれ違った少年に声をかけなかったことを内心悔しがるスティーブ。
「他の二人もこの町の住人ですか?」
「女の子はそう。男の方は身元が分からない」
「じゃ、その男の顔を見せてくれます?私が探している男かもしれない」
警部は、そう言ったスティーブを見て目を細めた。
「その前に、もう一つ…これは言うべきかしらね」
何やら悩んでいる様子で、スペード警部は頭を掻いた。
どうやら、昼間にこちらの事情を明かしたのが上手く事を運んだようだ。ならば、この好機を逃す手は無いだろう。そう判断し、スティーブは口を開く。
「情報があるなら欲しい。昼間言いましたよね、マフィアの幹部がこの町で…」
「分かってる、余計なことは言わなくて結構よ」
言いながら、警部は教会の方へ目を向けた。
スティーブもつられてそちらへと目を向ける。

数人の警官が、一人分の死体袋を持って救急車の方へ歩いてくる所だった。

「…死体が上がったんですか」
「ええ」
その光景を見つめたまま、二人は会話を続ける。
「身元は」
「不明よ。でも…正直、あの死体を見た時、真っ先に昼間に聞いた貴方の話を思い出したわ」
言い淀むような警部の言葉を、スティーブは訝しんだ。
「どんな死体です?」
その問いに、やっと警部は視線を死体袋からスティーブへと向ける。
「見た方が早いわ。けど…覚悟して」


腕に取り付けた機関銃を乱射するレオン。
だが第一射を放った瞬間から、ファフニールは既に行動していた。
ボストンバッグを肩に担ぎ、アーマーの各部に取り付けられたブースターを吹かして急加速、機関銃の射線から逃れる。
「逃がすかっ!!」
そのファフニールを追うように、乱射しながら機関銃の銃口を、反動を抑えながら振り向かせるレオン。
しかし、その銃口がファフニールを捕らえる前に、反撃が始まっていた。

アーマーの足の片方が展開し、無数のマイクロミサイルが射出され、レオンへと殺到する。

「チィッ!!」
即座に射撃を止め、ギリギリで身をかわすレオン。
近くにあったビルの外壁を大きく抉り取るように、その場で大爆発が巻き起こる。
外套を盾にして煙の中から躍り出たレオンは、周囲を見回してファフニールの姿を探す。

一瞬月明かりが遮られた瞬間、レオンはファフニールの位置を把握した。

咄嗟に右腕のアーマーに装備されたエネルギーシールドを展開する。
そのレオンに向かって、頭上から凄まじい炎の奔流が集中した。
レオンが防いだのを確認したのか、ファフニールは頭上からの火炎放射を止め、そして少し離れた場所に着地する。
「誰だ、貴様」
漸くファフニールが発言した。
レオンはシールドの展開を止めると、言葉を返す。
「貴様に仲間を殺された者だ」
「そうか、ならお前も死ね」


階下から聞こえてくる銃声と連続した爆発音。
何かあったのだ。
そうレベッカは確信していた。
「…」
このまま待っていていいのか?
本当にそれでいいのか?
目の前にいるレイラを見ながら、レベッカは必死で考える。
そんな中、廊下に放送が響き渡った。
『お客様、外の銃声について現在職員が確認中です、部屋から出ないようにお願いします』
ゴクリと生唾を飲み込む。
その放送を聞いて、逆に彼女の意思は固まっていた。
「レイラ…ごめんなさい。あなたを危険に巻き込むかもしれない」
『ううん、分かってる』
レイラはレベッカの頭の中に向かってそう返事をすると、彼女もまた決意を宿した瞳でレベッカを見上げた。


ファフニールは先程の一瞬の攻防で、自らの不利を悟っていた。
目の前の男が左腕に装着している機関銃は、自分が装備しているものより強力だ。
自分のものは、精々がサブマシンガン程度の軽機関銃である。南の街での攻撃のように、雑居ビルと同程度の高さから地上を狙い撃てる程度には、射程と威力を高める改良を施してはいるが。
対して相手の機関銃はガトリング砲に匹敵する重機関銃と見ていい。とは言え妙なのは、生身の腕に取り付けるにしては大き過ぎると思われる点である。
そこまで考えて、その答えをファフニールは悟った。相手は左腕が無く、代わりにその機関銃を取り付けているのだ。

ならば、どうにでもやりようはある。

先程の相手の言葉からして、自分が過去に殺した者の関係者か。つまり自分で始末をつけるべき相手であり、ベルカナやビートルジュースに迷惑はかけられない。
逆に言えば、目の前の相手を殺した所で、今後の任務には何の支障も無いということだ。
「…あの男の真似をするようで癪だがな」
「何?」
そう言った瞬間、ファフニールは肩に担いでいたボストンバッグを頭上へと投げ上げた。


ファフニールがボストンバッグを投げ上げたことで、レオンは一瞬気を取られた。
「!!」
釣られて左腕の銃口を逸らしたが、ファフニールが迫ってきたことを察知し、銃口の向きを戻す。
まだ大丈夫だ。距離はある。

そう思った瞬間、右肩に鋭い激痛が走った。

「くっ!!」
見ると、胴と右肩のアーマーの隙間に幅広のサバイバルナイフが突き刺さっていた。
だが左腕の機関銃には傷一つ付いていない。かなり接近されたが、まだ狙い撃てる。
終わりだ。そう思った瞬間、ファフニールが何かを取り出すのが見えた。
盾だ。それほど大きくは無いが、その厚さと表面の滑らかさが、ただの金属ではないことを物語っている。

その瞬間、相手の狙いを察知して機関銃を撃つのを止めようとしたが、遅かった。


レオンの機関銃の銃口に、ファフニールの取り出した盾が押し付けられる。

次の瞬間、レオンの左腕の機関銃が、爆発を起こしていた。

雪を舞い散らせながら、盾を構えたまま衝撃で後退するファフニール。
レオンは、機関銃の爆発に巻き込まれ、吹き飛んで背中から地面に倒れていた。
「ガッ…グッ…ァ……」
左肩や顔の左側まで、凄まじい火傷に見舞われるレオン。
被っていたテンガロンハットは、遠くへ吹き飛んでいた。

漸く落ちてきたボストンバッグをキャッチするファフニール。
まずいな。遠巻きにだが野次馬が集まってきてやがる。そう彼は胸中で呟いた。
一般人だけでなく、ホテルの従業員とみられる者までいる。
そしてサイレンも鳴り響き、近づいてくるのが分かった。
だが――プロとして、撤退の前に後始末はやり遂げる。

倒れたレオンの近くまで足早に歩いてくるファフニール。
そして、仰向けに横たわるレオンの右肩に突き刺さったナイフの柄尻を、思い切り踏みつけた。
「ぐあああああぁぁぁぁぁ!!」
絶叫するレオン。
「お前のような復讐者は何人も見てきた」
そんなレオンに向かって片腕に取り付けられた機関銃の銃口を向けながら、ファフニールは言う。
「皆返り討ちにした。お前も同じだ」
そして、引き金を引こうとした。

引けない。

指が動かない。

それどころか、身体が動かなかった。

「この…感覚…!!」
幸い一つしかない眼球は動いたので、ファフニールは見える範囲だけで周囲を見回した。

すぐ近くにある、自分が出てきたホテルの裏口に、一人の女性と少女が見えた。


「レイラ…大丈夫…!?」
持っていた銃を構えて、レベッカは傍らのレイラに問う。
レイラは目の前の道路で、今まさに人を殺そうとしている紫色のアーマーの男を凝視したまま返事をしない。
その男に銃を向けたまま、レベッカは状況判断を行った。
紫色のアーマーの男が殺そうとしているのは、恐らくダイナーでスティーブと話していた男だろう。ならば十中八九味方だ。
だとすると、アーマーの男が敵である。
サイレンも鳴っている。警察が来るまでレイラがこの男を抑え、そして警察がこの男を武装解除すればいいわけだ。
問題は、それまでこの男をレイラが抑えていられるか、なのだが――

『駄目。抵抗が強い…!』

「レイラ!?」
頭の中に響く彼女の声に、レベッカはレイラの方を向く。
レイラは相変わらず紫アーマーの男を凝視していたが、その表情には焦りの色が見えていた。
それを承知しているかのように、僅かに身体を動かしながら、紫アーマーの男が発言する。

「無駄だ…本来の状態ならともかく…今のお前ではな…!!」

そして、震えながらも少しずつ、男は動作を続ける。
その腕に取り付けた銃口を、ゆっくりとレイラの方へ。

「手を上げろ!!」

その瞬間、パトカーが到着し、滑る様に中から警官と刑事らしき人物が出てくると、パトカーのドアを盾にして銃を向ける。
「チィ…!!」
紫アーマーの男は、銃口をレベッカとレイラの方に向けたままだ。
そのまま、膠着状態が訪れるかと思われた。

その瞬間、彼らの頭上――空で、雷鳴が鳴った。

「えっ…何!?」
一瞬遅れて、急な豪雨がその場に降り注ぐ。
「うわぁっ!!」
「きゃっ!!」
突然の雨に、野次馬達が散り散りとなり、レベッカとレイラ、警察達が混乱する。

警察やレベッカ達が混乱するのを尻目に、ファフニールだけはある一点――路地裏の方を見つめていた。
「掌握が完了したか」

「もう少しで。今のは試運転よ」

蝙蝠傘を差した、金色の長髪を結い上げた黒いドレスの美女が、いつのまにか路地裏から現れていた。

「手を煩わせたな、とっとと退こう」
そう言い、ドレスの美女――ハーピーの方へと歩くファフニール。
「待て!!」
声を上げる警官。だが。
「うっ…!?」
警官が呻く。振り向いたファフニールが、ヘルメットの奥から睨んでいた。
一方、ハーピーはレベッカとレイラの方へと視線を向ける。
「あら…」

「レイラ、大丈夫!?レイラ!!」
その場に突っ立ったまま呆然としているレイラ。
ハーピーとファフニールに向かって銃を向けたまま、レベッカは傍らのレイラに向かって必死に声をかける。だがレイラは反応を見せない。

そんな光景を、翠色の瞳でハーピーが見つめる。
そして無表情のまま、ポツリと言った。
「あの男の言う通り…やはりここに来たのね」
そんなハーピーに向かって、ファフニールが声をかける。
「行くぞ」
「ええ」
そして、二人とも路地裏へと消えた。

その場所に降った豪雨は、二人がいなくなると同時に止んでいた。


「…一体…何だったの…?」
豪雨でびしょ濡れのまま、呆然と銃を下げるレベッカ。
それでもまだ二人が消えた路地裏へ視線を向けているが、もう戻ってくる気配は無さそうだった。
さっきまでの緊張からやっと解放され、身体から力が抜けそうになるが、傍らのレイラの事を思い出して気を引き締める。
「レイラ、大丈夫!?」
レイラは、その場に座り込んでいた。
同じようにびしょ濡れだが、レベッカと違い、酷く疲れた様子で肩で息をしている。
「だっ…大丈…夫…」
その様子に、レベッカは胸を撫でおろした。

「誰か!救急車を呼んでくれ!!」
その声に、レベッカは振り向いた。
紫のアーマーの男が殺そうとしていた、地面に横たわる男に、パトカーの近くに居た刑事と警官が駆け寄っている。
刑事の方が、周囲に向かってそう叫んでいた。

その刑事――アクセル・ローズウッドは、必死で周囲に助けを呼んだ。
昼間に探偵に付き合って警察署を不在にしたため、サマンサ警部から大量の始末書を書かされていたのだが、ホテルの従業員からの通報に何かを感じ、部下の警官と共に駆けつけたのだ。
周囲に助けを求めた後、彼は倒れている男に呼びかけた。
「大丈夫か!?」
「あ…あぁ…うるせぇぞ…耳元で叫ぶな…」
息が絶え絶えながらも、その男はそう言った。
悪態がつけるならまだマシだな。そう思い、胸を撫でおろすアクセル。
そして思った。やはり、この町には何かが起きている。昼間に会った探偵の言った通りだと。


「うっ…!!」
死体袋が開かれ、中身の死体の顔を見た瞬間、スティーブは凄まじい吐き気と悪寒に襲われた。
死体を見たからではない。それほど多くは無いが、スティーブ自身死体は何回か見たことがある。
そうではなく。

死体は、張り付いたような笑顔の表情だった。

「見覚えある?」
「…あぁ」
その顔は、少し前、一瞬だけ肉眼で見たことがある。そしてこの町へ来る前、映像でも見た。目の前の死体は、紛れもなくその顔だった。
しかし。
「カール・アンドロマリウス…南の街でビートルジュースと呼ばれてた、マフィアの幹部…の筈だ」
言いながら、頭の中の混乱を必死に鎮めようとする。
死体が笑顔だった、それだけではなかったからだ。
「…筈?」
ある筈のものが、無かったのだ。
「奴は、顔の片側がタトゥーで覆われてる」
サマンサ警部は死体を一瞥し、言った。

「顔にタトゥーなんて、どこにも無いけど?」

警部の言う通りだった。
その、笑顔の張り付いた死体には、どこにもタトゥーなど無かったのだ。


「そして警部の許可を貰って救急車の中にいたお前の顔を確認した。お前が俺の探している、クロウ・エリュシオンだとな」
そこまで話して、スティーブは息を吐いた。
煙草が欲しい。そんな欲望を無理矢理に押さえつける。
目の前のベッドにいるクロウ・エリュシオンは、ずっと緊張の面持ちでスティーブの話を聞いていた。
「それでだ。教会で見つかった死体…それは、俺が以前見たビートルジュース――お前にはゴーストという名の方が分かるか――の顔だった。だがさっき説明した通り、その顔面にタトゥーは無かった。一体どういうことか、説明できるか」
スティーブの問いに、クロウは何事か考え込みながら言う。
「俺は呼び出されてあの時間、教会へ行った。予定の時間より数時間早かったが、念のためにだ。それでも奴は…ゴーストはそこにいた。そして奴は…自分で自分の首を、ナイフで切った。その時も、奴の顔にはタトゥーがあった」
クロウの言葉に、スティーブは目を細めて言う。
「確かか?」
クロウは頷く。スティーブはそのまま、口を開く。
「自分で自分の首…頸動脈をナイフで切った。そうだ、悔しいが、鑑識の結果でも同じような状況しか考えられないと言っていた。しかし…奴がそんなにあっさり自殺などするわけがない」
そこで一泊を置き、スティーブは言う。
「だから情報が欲しい。お前の知ってることを全て話せ」
その言葉に、クロウは目を見開く。
「しかし…」
「古代人がどうのとか、そういう機密情報など知るか。俺の知ってる情報と、お前の知ってる情報。全て合わせりゃ、何が起きてるか把握できるかもしれない。できない可能性の方が高いが、やってみなくちゃ分からん。万が一把握できれば、俺達の『敵』の行動を、読み解けるかもしれん」
クロウの言葉を遮って紡がれたスティーブの言葉に、彼は呆気に取られた。
だが次の瞬間には、クロウも覚悟を決めていた。
「分かった。俺の情報も全て話す。そうすることで犠牲になる人間がいなくなるならな」
スティーブは頷いた。


それから数時間。
クロウ・エリュシオンと情報を共有し、色々と推測を重ねてはみたものの、結局ビートルジュースを始めとした『敵』の正体、目的などを掴むには、もう少し時間と新しい情報が必要だという結論となった。
「話は終わった?」
病室の外に出ると、サマンサ警部が待っていた。
スティーブは頷く。
「病院に通してくれたのは感謝します」
「ええ。それと、次からローズウッドを使う時は私に連絡させるようにしてるから、そのつもりで」
その言葉に、ギクリとするスティーブ。
アクセル・ローズウッドは色々と使いようがありそうだと思っていたのだが、この警部にこちらの動きが筒抜けになるのは不都合だ。
「まぁ、分かりました。それにしても、徹夜ですか?」
言いつつ、腕時計を見る。午前6時前だ。
スティーブは夜通し教会や警察署で捜査情報を最大限収集した後、早朝にこの病院へやってきていた。
クロウ・エリュシオンから情報を入手するためでもあり、色々と不穏な情報を聞いた『ミラ・クラウス』という少女の情報も欲しかったためだ。
「ええ。この平穏な町で、こんな事件が起きたんだもの。立場上、寝てる場合じゃないわ」
そう語る警部に、スティーブは頭を下げた。
「それじゃ私はこれで」
「ホテルに戻るの?」
「いや、昨日知り合いがここに担ぎ込まれたので、そっちにも顔を出そうかと」
「…そう」
スティーブは頷き、廊下を歩いて行った。
警部もまた、複雑な表情で考えを巡らせながらスティーブとは逆方向へと歩いて行った。


病室に入り、その男のベッドの近くに行くと、男の瞼が開くのが見えた。
「よう、無様だな」
近くまで行き、スティーブはそう言った。
男――レオン・トラヴァースは、煩わしそうな表情でベッドに横になったままスティーブを見る。
「笑いたきゃ笑え。お前の連れの女が居なきゃ、今頃は死体安置所だ」
「ジャンゴか?」
スティーブの問いに、レオンは頷く。
「前より遥かに強くなってた。それにベルカナもいたぞ」
「確かか?」
レオンは再度頷く。
「あの会議で見た写真の通りの女だった」
やはりジャンゴとベルカナは同じ一味か。そう考え、スティーブは納得する。
推測だった事実が確認された。これだけでも収穫ではある。
スティーブはレオンに向かって頷くと、立ち上がった。
「小僧、まさか逃げるとは言わんよな?」
病室を出ようとするスティーブの背に、レオンがそう声をかける。
「まさか」
「なら、これを被ってけ」
言いながら、震える腕でベッドの傍の椅子の上に置いてあったテンガロンハットを取ると、レオンはそれをスティーブに差し出した。
「馬鹿言うな。そんな目立つもの…」
「今更目立って何が悪い?」
言いつつ、笑みを浮かべるレオン。
おっさんの汗の染みついた帽子など誰が好き好んで被るか。そう言いかけたスティーブだったが、気が変わった。
「…ここ数週間、以前の俺なら信じなかったような出来事ばかり目の前で起こる。いっそ悪夢の方が幾らかマシなくらいだ」
言いつつ、レオンの帽子をスティーブは受け取った。
「酔狂な出来事に対処するなら、こっちが酔狂になるのも一つの手だな」
そしてレオンの帽子を被ると、スティーブは今度こそ病室を出て行った。


病院の裏口から出ると、警備員の傍を通り、裏通りへと出る。
そこで、レベッカとレイラが予定通り待っているのを見つけた。

昨日、クロウ・エリュシオンの顔を確認し、数時間かけて捜査情報を収集した後ホテルに電話をかけたのだが、レベッカが凄い剣幕で事情を捲くし立ててきたのだ。そのため、スティーブは面食らいつつもレベッカを落ち着かせ、詳しい事情を聞いていた。
レオンが負傷したという情報も、その時聞いたのだった。

「何その帽子」
「…こっちにも色々あんだよ」
開口一番のレベッカの問いに、バツが悪そうにスティーブは答える。
「…ゼゼさんは」
レベッカが言い終わらないうちに、スティーブは肩を落として首を振る。
「分からない。行方知れずだ」
「…そう」
それから、スティーブは待った。覚悟して。
「…何よ?」
「殴らないのか?」
「何で殴る必要があんのよ?」
が、予想したような反応は得られなかった。
致し方ない。そうスティーブは胸中で観念し、溜息を吐く。
「俺は昨日、お前らが命張ってる間、そんなことも知らずに現場を嗅ぎ回ってた。連絡したのは夜中になってからだ。連絡を怠ったせいでゼゼを見失ったってのに、同じミスを繰り返しちまった」
「それは…」
スティーブの言葉に、レベッカが言い淀む。
彼は言葉を続けた。
「それに、昨日だってそうだ。調査が思うように進まない苛立ちを、俺はお前にぶつけちまってた。その結果がこの有様だ」
一泊を置いて、スティーブは最後の一言を口にした。
「…悪かった。この通りだ」
「…あんた…」
言いつつ、レベッカはスティーブの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?熱でもあるの?悪いものでも食べた?何かに憑りつかれてんじゃないの?」
「お前…その反応は流石に傷つくぞ」
二人のやり取りに、傍らのレイラがクスクスと笑っていた。
「あー、レイラも悪かったな。俺のような大人が一番しっかりしてなきゃならないってのに」
スティーブの言葉に、レイラは首を振る。
「…これから、頑張ればいい」
「そうよ。で、わざわざ呼び出したのには理由があるんでしょ?」
レイラとレベッカの言葉に、スティーブは頷いた。

「網を張りたい。そのためにお前らの力が必要だ」
決然とした眼で、スティーブはそう言った。


最終更新:2018年08月18日 23:44