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ルーシー・ミッドナイトは、ライトに照らされたレントゲンを見つめた。
白衣姿の彼女は、そのレントゲンをしばらく眺めて、眉間に皺を寄せる。
「…経過は予想通り。決して良くはないですね」
そう言うと、病衣から普段着に着替えた患者の方を見る。
2メートル近い身長に肩下まで伸びた黒髪の男――ジョン・クラフトは、そんな彼女を真っ直ぐ見つめる。
「俺の身体はいつまで保つ?」
彼の問いに、ルーシーはしばし言い淀んでいたが、やがて意を決したように言った。
「恐らく、半年が限度でしょう」
ジョンは頷くと、立ち上がった。
「いつも通り、痛み止めを処方してくれ」
「…化学療法を受けるつもりは無いですか」
ルーシーの言葉に、ジョンは再度頷いた。
彼女は目を細める。
「…連絡できる親族の方は」
彼女が言い終える前に、彼は首を振っていた。

ジョンが病院から出ていくのを、ルーシーは複雑な表情で見送った。
やがて彼女は、病院の一角へと歩いていく。
病室の前には警官が一人立っていた。
その警官に会釈すると、彼女は病室に入る。
「…起きてたの」

ベッドから起き上がっていたクロウ・エリュシオンは、彼女に目を向けた。

「医者というのは聞いていたが…実際病院で会うことになるとは思わなかった」
「それはこっちの台詞。今から診察するけど、多分身体は問題無いでしょう。一目見ただけで昨日の状態より何倍もマシだと分かる」
ルーシーの言葉に、クロウは思案するように視線を上に向ける。
だがやがて、再び彼女に視線を向けた。
「まず、礼を言わせてくれ。雪山から下りてきた俺を助けてくれて感謝する」
「いいの。言ったでしょ、この町じゃ誰もが助け合って生きてるって」
言いながら、彼女はクロウを診察していく。
「それで、昨日言ってた用事は終わった?」
「いや…まだだ」
一通り診察を終えると、彼女は部屋のドアの方を見つめた。
「警察が待ってる。貴方の身体が問題無いと分かれば、彼らが貴方を警察署に連れて行くでしょう」
「…ああ」
ルーシーは頷くクロウをしばし見つめていた。
だがやがて、不意に彼に言葉をかける。

「やっぱり…抜け出すの?」

今度はクロウの方が目を細めていた。
「まだ、警察に捕まるわけには行かない。やるべきことがある」
しかし、とクロウは言葉を紡ぐ。
「これ以上、君を巻き込むわけには行かない」
ルーシーはクロウの言葉に溜息を吐いた。
「診察は終わり。警察にはもう貴方を連れて行って構わないと答えるわ。ここに運び込まれた時点で目立った外傷は無かったから、これ以上引き延ばすのは不自然に思われてしまうし」
言い終えて踵を返す彼女の背に、クロウは声をかける。
「…本当はもう、会うことも無いと思っていた」
ルーシーは目を瞑ってしばらくそこに佇んでいたが、やがてドアの方へと歩いていく。

「貴方の服も荷物も、隣の部屋のロッカーに入ってる」

「!…すまない、本当に」

そしてルーシーは病室を出て行った。

ほどなくして、クロウは自分に掛けられた手錠を外し、警官の眼を盗んで抜け出した。
隣の部屋にあった上着と刀を持ち、そして町へと。


『ちょっと!朝はアンタの言う通りにしたのに、まだ待ってろっての!?』
「事情があるんだ、夕方には戻れると思うから待っててくれ」
漸く山を下りたスティーブは、ミラとゼゼが待つ中、レベッカに電話していた。
レベッカは現在、レイラと共にホテルに戻っている。
スティーブはそのままホテルで待機しろとレベッカに指示したのだ。
『…一つ貸しよ。どうせアンタの事だから情報を得てるんでしょ。戻ってきたら色々教えてもらうからね』
「ああ。情報については、今からが肝心な所なんだ、戻ったら色々話してやる」
言いつつも、レイラの件については嫌な予感が拭えない。
あのクリス・セレナードの言葉が本当なら、何かしらレイラには不都合な秘密があるということだろう。
その内容次第では、どうレベッカに打ち明ければいいか検討が必要になってくる。
そして頭を悩ませながら、スティーブは下山して乱れた息を整えていた。
「全く…いつも街を駆け回ってるから大丈夫だろうと思ったんだが…雪ばかりの山道ってのは予想以上に体力を奪われるな…」
言いつつ、民家の壁に手をついて息を吐くスティーブ。
やがて彼は、ミラの方へ視線を向けた。
「一つ聞きたい。これから、酒場に行く。アースガルドって少年がいる酒場だ」
スティーブの言葉に、ミラが目を見開いた。
やはり関係あったか。そう確信するスティーブは、尚もミラの様子を見つめる。
「お前さんはどうする。正直、目を離したくは無いが…嫌なら無理強いはしない」
「いえ…行きます。きっと、いずれは話さなくちゃならないから」
そう言って頷くミラに、スティーブも頷いた。
そして、今度はゼゼの方へ視線を向ける。
「お前もそれでいいか?」
「ええ。病院へ行きたかったですが、その前に色々考える必要がありそうですから」
「決まりだな」
そして三人は、アースガルドの酒場へと歩き出した。
時刻は昼前となっていた。


カウンターに置かれたテレビから、アナウンサーがニュースを話す声が聞こえてくる。
「予報じゃ晴れるって話だったんだがなぁ…」
雲に覆われた空を窓から見上げつつ、ケイン・アースガルドはそう呟いた。
そうして彼は、音楽番組へとテレビのチャンネルを変える。この時間にやっているのは古いジャズを流す番組で、いつしかケインの気に入って、この時間には必ずテレビを点けるようにしていたのだ。
店が開くのは夕方からで、彼はいつものように店の準備を行っていた。
準備をしながら、彼は考えている。朝の出来事を。

「ちょっと警察署に行ってくる」

「警察署?何でまたそんな所に…」

「うん…ちょっと、昨日色々あって…」

そんな会話と共に、ジャックが警察署に行ってしまったのだ。
恐らくもうすぐ帰ってくると思うのだが、気にならないわけがない。
帰ってきたらちゃんと話すべきだろうな。そうケインは決意していた。
「ただいま、親父」
店のドアが開き、当のジャックが入ってくる。
「おうジャック、店の準備はいいからそこに座…」
言いかけて、ケインはジャックの後ろから人影がぞろぞろと店内に入ってくるのを目にした。
「ごめん親父、ちょっとこの人達が店に入れてほしいって…それと…」
言いつつ、ジャックが視線を入ってきた人影のうち一人に向ける。

その人物がミラ・クラウスであると、ケインはそこで漸く気付いた。

「一体…どうなってんだ?」


数分前。
ジャックは昨日自分が体験した出来事を、警察署のサマンサ・スペード警部に一通り話した。
信じ難いことが色々あり、そしてミラの事は話したくなかったのだが、警部の様子は話さずに納得してくれる風ではなかったため、結局全て話す他無くなってしまっていた。
それに、クロウ・エリュシオンとの関係も。
一通り話した頃、署内がざわつき始める。ジャックにも、署内の警官たちが何を話しているのか聞き耳を立てることができた。

ミラ・クラウス、それにクロウ・エリュシオン。病院で監視していた両名が消えた。

それを聞いた時、もう帰れないのではないかと覚悟したのだが、意外にも警部は早々にジャックを解放してくれた。
捜索に人員が要るため、これ以上事情を聞く余裕がなくなってしまったのが理由らしい。
「それに、貴方はただ巻き込まれただけでしょ。大丈夫、分かってるから」
そう言って、警部はジャックを解放してくれたのだった。
そうして、店の方に向かったのだが。

店のすぐ近くの路地裏に差し掛かった時、声をかけられた。
「よう、昨日会ったな」
ジャケットを着た黒髪の男。昨日、ジャックが一人で店番をしていた時に会った男だ。
一緒にいた、肌や髪色が人間離れした女性もいる。
そして――

「ミラ…!?」

自然と、彼女の名前を口から紡いでいた。
ミラは、酷く落ち込んだ表情でジャックを見ていた。
「ジャック…」

「あー、悪い、見ての通り立て込んでるんだ。ちょっと店に入れてくれないか。準備中だってのは知ってる」
男――スティーブ・ハントが、呆然と立ち尽くすジャックにそう声をかける。
「!は、はい…!!」
その声で我に返ったのか、ジャックは頷くと、すぐに三人を誘導して店のドアを開けていた。

そんなわけで、スティーブ、ゼゼ、ミラの三人は無事にアースガルドの酒場へと入ることができたのだった。
「あー、貴方が店主か」
「そういうアンタは?」
昨日は接客したのがジャックだったため、店主のケインとは初対面になるスティーブは挨拶を交わす。
「本当に勝手ですまないんだが、たまたま思いついたのがここだった。これから数時間ほど、店を使わせてもらっていいか。準備ができてないなら注文はしない。スペースだけ提供してくれればいい」
「そりゃ…何のためにだ?」
警戒の色を浮かべた眼でスティーブを見据えるケイン。
スティーブも慎重に言葉を紡いでいく。
「会議だ。他所でやってほしいのは重々承知で頼んでる。金なら出す」

スティーブをしばらく睨んでいたケインは、不意に溜息を吐いた。
「そこまで言われちゃ仕方ねぇな。飲み物くらいは出してやる」
「感謝する」
そしてケインは渋々、ジャズを流しているテレビの音量を、聞こえるギリギリまで下げるのだった。


ケインの許可を取り付けたスティーブは、ミラの方へ視線を向けた。
「話すことがあるなら今の内だ」
「はい…ありがとうございます」
戸惑いながらもそう感謝の言葉を述べ、そしてミラはジャックの方へと歩いていく。
「ジャック…ちょっと、話せる?」
「う、うん…!」
そうして、二人は店の奥の方へと歩いていった。


今更ながら、スカーフをもう持っていないことにクロウは少しばかり後悔する。
先程から捜索しているらしい警察官を何人か見た。そのため何度も道を迂回する羽目になった。
せめて顔を隠せるものでもあればいいのだが。そう思わずにはいられない。
しかも薄手のジャケットしか着ていないため、刀を隠すものも無い。嫌でも目立ってしまう格好だ。
仕方ない。一旦ケインの所に匿ってもらおう。そこで体勢を立て直し、ゴーストとその一味にどう対応するか考えよう。
そう判断し、クロウはケインのいる筈の酒場へと向かった。


二人は一同の居る店の表側の席ではなく、奥の方の席に向かい合って座る。
色々話したいことはあったが、まずジャックは気にかかっていることを聞かずにはいられなかった。
「その恰好…大丈夫?」
彼女の服装だ。男物のコートを着ているが、その下は病衣だ。おそらくここまで来るのにきっと寒かっただろう。そうジャックは思わずにいられなかった。
「うん…」
「何だったら、家から使えそうな服持ってくるよ」
「ううん、それより…今は話したいの」
首を振って、彼女はそう言った。そのためジャックも、頷くことしかできなかった。
そこで、会話が途切れてしまう。
ジャックは彼女にどう言葉をかければいいかと考え始めたのだが、その結果、答えが分からなくなってしまったのだ。
そしてそれは、ミラも同様のようだったのだが。
「あの…」
言葉を先に紡いだのは、ミラの方だった。
「…ごめん、なさい…」
消え入るようなその声に、ジャックは意を決して口を開く。
「一体、何があったの、ミラ…?」
ミラは、黙ったまま俯いている。その様子に耐えられなくて、尚もジャックは言葉を紡いだ。
「僕のせいだったら謝るよ。でも…何かあったのかは教えてほしい」
「…うん、話す。そのために、ここに来たから」
そう言うと、ミラは意を決した表情で語り始めた。

「パメラさんに引き取られてからもずっと、私は…父の死から立ち直れなかった。毎日墓の前で、ずっと話してたの。その日何があったとか、悩みとか。そうすれば、父もきっと聞いていてくれるだろうと、そう思って」
そこまで言うと、俯いていたミラは再度ジャックの方に視線を向ける。
「ジャック、貴方がいなくなってからもずっと…パン屋で働き続けながら、ずっとそうしてきた」
「ミラ…」
彼女がそんな精神状態だったと知らず、彼は少なからずショックを受けていた。
この町を出るまで何かとミラの事は気にかけていたのだが、それでも彼女はジャックの前では元気だったのだ。
「ある日ね…父の墓の前でいつものように話してたら、いつのまにか…近くにあの男が立ってたの」
「あの男…?」
思い返すのも辛そうに目を細め、ミラは言った。
「…ビートルジュースと名乗ってた」


『その苦しみが誰のせいなのか、答えが知りたくて堪らないんだろ?』

『頭の中は疑問でいっぱいで、感情が溢れ出しそうなのに、ぶつける相手がいないんだろ?』

『誰かのせいにしたいのに、誰のせいでもないのが辛いんだろ?』


『解放してやる』


「…気がついたら、私は…」

「ヒトじゃ、なくなってた…!!」

瞑った眼から、涙が流れる。
「ミラ…!!」
ジャックは衝動的に、ミラの両手を握っていた。
「もういい…もう、無理に話さないで…ミラ…」


さて、どうしたものか。スティーブは考えていた。
もう少ししたら、あの廃墟にいた男がここにやってくる筈だ。そう願いたい。
それまで、情報を整理するのが先決か。そう彼は結論付けた。
「結局、あの洋館にはビートルジュースはいなかったんだな?」
目の前のゼゼに確認する。彼女は無言のままだったが、スティーブの方を見て頷いた。
「当てが外れたな。じゃあどこにいるのか…」

丁度その時、正面のドアが開く。

「ケイン、すまないが、用事が…」
入ってきた男――クロウ・エリュシオンは、その場に居た一同を見て唖然とした。

「ロックマン・ミラージュ…!!」
「ゼゼ…!?」
「…凄い偶然だな。まさかここで会うことになるとは」
「何だ、あんたら顔見知りか」
驚愕するゼゼに、冷静にクロウを観察するスティーブ。呆気に取られるケイン。
とりあえず、クロウはドアを閉めてカウンターの近くに居るゼゼとスティーブの元へと歩いて行った。
「一体どうなってるんだ。何故お前達がここにいる?」
「色々事情を共有する必要がありますね」
言いつつスティーブの方を見るゼゼ。
スティーブも頷くと、互いに情報交換を始めた。

「山にあった屋敷が・・・消失した…!?」
「正確には廃墟になってた、だな」
スティーブがクロウの言葉を訂正する。クロウはそれを聞きつつ、考え込みながら言葉を紡いだ。
「あそこには、元々砦みたいな建物が建っていた」
「…過去形か。いつの話だ」
「1年前だ」
答えながら、クロウは回想する。

1年前、そこで鎧姿の大男と死闘を繰り広げたこと、最後にその男が自爆装置を起動し、雪崩に巻き込まれたこと。
クロウは身体能力を駆使して、近くの森林まで避難して辛くも雪崩をやり過ごせたのだが、敵の本拠地と目していた筈のその砦は半壊し、廃墟となっていた。

「最初からその廃墟しかなかった。何らかの手段で、屋敷に偽装していたということか」
「偽装…廃墟を屋敷にか?そんなことが可能なのか」
推測しながらそう言ったクロウに、訝しむような表情でスティーブが疑問を呈す。
「あの男なら、可能な筈だ」
屋敷で会った、ノアの顔を持った男を思い浮かべてクロウは肯定した。
「あの…」
そんなクロウに、ゼゼは緊張した顔で言葉をかける。
「…?どうしたゼゼ」
「少し…話せますか」

クロウとゼゼはカウンター席から離れた席に向かい合って座った。
「バアル…そう名乗っていました」
「誰の事だ?」
「…あの、屋敷にいた…」
そう語るゼゼの表情に、クロウは彼女が誰の事を言っているのかを察した。
「会ったのか…あの男と…!?」
「貴方も…会っていたんですね」
「俺は…一瞬見ただけだったが…」
クロウの答えに頷くゼゼ。彼女は真剣な表情で続きを紡ぐ。
「最初はノア様かと思った…でも、何か…何か、違ったんです」
「違う…?」
クロウの問いに頷くゼゼ。
「気がついたら私は…口に出していた。『あなたは誰ですか』、と」
「それで、そいつは…?」
暗い顔でしばし沈黙すると、ゼゼはやがて言う。
「肯定です。彼は自分がノア様ではないと、そう言いました」
「ノアじゃない?じゃあ、奴は一体…?」
「それに…」
言いながら、ゼゼが暗い表情で俯いたのにクロウは驚愕した。
「どうした…?」
「その後、私は彼に気絶させられたのでしょう。そして…目を、覚ました時…」

「彼が、死ぬのを目にしていました」

ゼゼの言葉の意味が分からず、絶句するクロウ。我に返り、彼はゼゼの言葉を繰り返す。
「奴の、死…?」
「ええ。意識を取り戻して私が見た光景は、彼の…彼の身体が…は、灰と化して、消えていく…」
必死に涙を堪えようとしながら、ゼゼが語る。そんな彼女にどう言葉をかければいいかも分からず、更に与えられる情報の途方も無さに、クロウは驚愕することしかできないでいた。
「俺が来たのはその後だな」
二人の席に近づいてきたスティーブはそう声をかける。
「どういうことだ…!?」
クロウの問いに、スティーブは冷静なまま言葉を返す。
「その場にはゼゼともう一人、男が居た。そいつがやったんだろう」
「その男は」
クロウが全て言い終える前に、スティーブは言葉を継ぐ。
「ここで会うと約束した。もうそろそろ来る筈だ」
そこまで言うと、これ以上を邪魔はしないとでも言うように席を離れていくスティーブ。
それを見送ると、クロウはゼゼに言葉をかけた。
「ゼゼ…落ち着けと言っても無理か」
「いえ…大丈夫、です」
そう言ったゼゼの肩に、クロウは片手を当てる。
「大丈夫には見えない」
その指摘に沈黙するしかないゼゼ。クロウは、尚も言葉を重ねた。
「多分そのショックは、時間でしか解決できないだろう。落ち着くまで、俺が居てやる」
「…はい」


「く…クロウさん!?」
店の奥から戻ってきたジャックが、クロウの姿を見るなり声を上げる。
彼の後ろにいるミラも声こそ出さなかったが、驚いた様子だった。
「あぁ…久しぶりだな、ジャック」
二人に視線を向けてそう言うクロウ。そんな彼の姿に、ジャックは恐る恐る言葉を紡いだ。
「その髪の色…何があったんです…?」
「…色々だ。話すと長くなる」
ジャックの隣に立ったミラは、ジャック以上に恐れた様子で、懸命に言葉を紡ごうとする。
「あ、あの…昨日は…」
ミラの言葉を遮るように、クロウは言った。
「俺はお前の父親を…ジョエル・クラウスを守れなかった。それは事実だ。恨まれて当然だ」
「違う…違うんです」
「ミラ…それ以上は」
言葉を紡ごうとするミラを止めようとするジャック。その肩に、カウンターから出てきたケインが手を置く。振り向くジャックに、彼は首を振った。
そうしているうちに、ミラが尚も言葉を紡いだ。
「私は、ちゃんと見てました。貴方は懸命に、父を助けようとしてくれてた。でも、私は…そのことさえ、思い出せないほど…」
辛そうに言葉を続けるミラに、誰もかける言葉が見つからない。
クロウはそんなミラを見て、やがて決意した。
「過去は変えられない。だがこの先は違う」
そう言って、彼は席を立ち上がる。
「もう誰も、お前を傷つけさせはしない」
涙を堪えて、クロウを見るミラ。
しばらく、その場を沈黙が覆った。


ガチャリと、扉が開かれた。
天気は曇りだったが、それでも外の明かりが店内に差し込んでくる。
その逆光が、彼の姿を際立たせた。

小柄な体格、クリーム色の毛の付いたフード付きのコート。金色の長髪は以前と違って今は縛っていない。
「…勢揃い、といった所ですね」
店内に居る者達を一頻り見回した後、クリストファー・セレナードはそう言った。
「あんたは確か…!」
見覚えのある姿に、ケインが驚愕する。
「時間通りだな」
腕時計に目を向けつつ、スティーブはそう言った。
そして、鋭い眼を彼に向ける。

「さぁ、話してもらうぞ。知ってることをな」

「ええ。全て…話します。そのために来た」

クロウ、ゼゼ、ジャック、ミラの視線も、いつの間にか彼の方に向けられている。
それでも特に緊張した様子も無く、クリスはスティーブの横のカウンター席に腰を下ろした。

「すみません、ケインさん。何か飲み物を頂けますか」


最終更新:2019年03月04日 21:54