ちらほらと雪が降りだしている。
その部屋の一室の椅子に座る男は、顔中から脂汗を流しつつ、そんな窓の外の様子を横目で眺めた。
白髪の目立つ短い黒髪に、口周りから顎にかけて髭を蓄え、眼鏡をかけた、年配の灰色をしたスーツの男。彼は視線を窓から、部屋の向かいのソファに座る男へ向けた。
「…言っている意味が、よく、分からないのだが?」
向かいに座る男は、口の両端を吊り上げる。
「そうですか」
白いスーツ、金色の短髪をしたその青年は、笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「私の援助があったからこそ貴方は市長選を勝ち抜いた。この町の観光地化のための予算を立てられたのも、私の援助があってこそだった。そうでしょう、アレキサンダー・マグナクス」
そう言われた年配の男――プリズナの町の市長、アレキサンダー・マグナクスは、益々その表情に焦りを見せる。
「だから私は、お前を十分優遇してきただろう。私の片腕として、異例のスピードで昇進させた。権限さえも、お前の役職が持つには大きすぎるものを与えた筈だ…!!」
「ええ、そのお陰で、こうして準備が整ったわけです」
爽やかな笑顔を浮かべ、白いスーツの青年は言う。
「だから、先程言った通り…今日この町で、ゲームを開きたいと思います」
「この町全てのデコイが、命を賭けるゲームですよ」
言いながら、青年はソファから立ち上がる。
「面白いと思いませんか、市長」
マグナクスは、即座に自分のデスクの通信回線を開くボタンを押し、叫ぶように言った。
「だ、誰か来てくれ!!」
しかし、答える者はいない。
代わりにその一室に、黒いスーツを着た、金色の短髪に青白い肌をした男が入ってくる。男の手には、消音器の付いた拳銃が握られていた。
「済みましたか」
白スーツの男が、入室してきた男にそう問う。男は無言で頷いた。
「ご苦労様でした、ファフニール」
そして青年は、改めてその笑顔を、市長に向ける。
「もう、そこに呼びかける必要は無いですよ。この建物内で、生きているのは我々だけですから」
マグナクスは、絶句した。白スーツの男は、笑顔のまま彼に向かって続ける。
「それでは取引をしましょう、マグナクス市長」
言われたマグナクスは、歯を食いしばり、男を睨みつける。
「貴様、何を…何をするつもりだ!レナード・エクレール!!」
「あぁ、そうでした…正しく自己紹介をしないとね」
そう言うと、男は両手で顔を覆った。
次の瞬間、両手が離れて露になった顔には、片側に幾何学模様のタトゥーが現れていた。
「ゴーストって呼んでくれ。短い間だが…よろしくな、市長」
クリストファー・セレナードはカウンター席に座ると、まず向かいにいるケインに向かって頭を下げた。
「先日は突然姿を消してしまい、申し訳ありません」
「…いや、それは気にしてないんだが…あんたも、何か事情があったってことでいいんだよな?」
ケインの問いに、クリスは頷いた。
次に彼は、ジャックとミラの方へ視線を向ける。
「無事で何よりです。また会えて良かった」
「あ、あの…クリスさん、貴方は一体…?」
ジャックの問いには答えず、今度はクロウとゼゼの居る席へ視線を向ける。
「元マザー直属の護衛リーバード、ゼゼ。元一等粛清官、ロックマン・ミラージュ」
「やはり…既に私達の素性も知っていましたか」
「おいゼゼ…誰なんだ」
以前にクリスと接触したことのあるゼゼは彼の言動に納得を覚え、逆にほぼ初対面のクロウは困惑する。
そんな一連の様子を観察していたスティーブは、やがて言った。
「あんたが色々事情通なことは分かった。で…何者だ」
やっとスティーブへと視線を戻したクリスは、意を決した様子で言った。
「3千年前の粛清官、ロックマン・ジェネシスといいます。古代人…と言えば分かるでしょうか」
その発言に、クロウが思わず席を立つ。
「今…何と言った…!?」
そのクロウへ視線を向け、平然とクリスは言葉を続ける。
「ミラージュ。貴方の言いたいことは分かる。そう、テスタメントやジーザスと同時期を生きた者だ」
「まだ…残ってたのか…!!」
驚愕するクロウの言葉に、ゆっくり頷くクリス。
「悠長に昔話してる場合じゃないんだ、お前の素性は横に置いておくとして」
そんなクロウとは対照的に冷静なままのスティーブは、強引に話を進めた。
「今回の件、どこまで知ってる」
「…さて、どう話しましょうか」
「私には、特殊な力があります。端末に触れただけで、その情報を吸い上げられる」
やがてクリスは話を始めた、のだが。
内容が内容だけに、スティーブには現実感が沸き辛いものだった。
「…何だそりゃ」
「…テスタメントやジーザスと同等の力を持ってるなら、別に驚きはしない」
クロウの言葉に、スティーブは彼を横目で見る。
「それと…私の主が遺した情報のお陰で、以前の戦いの大方の経緯も知っています」
「以前の戦い?」
「…ここにいる方々は、それぞれ持っている情報の量が違う。だから、今から言う言葉を理解できるのは…二人だけでしょう」
そう言うと、クリスはクロウとゼゼの方へと視線を向けた。
「私は知っている。古き神々とノアが率いた、貴方達の戦いを。ノアが私の主…マザー・ディエス様を殺したことも。そして、生き残ったのが貴方達だけだということも」
クリスの言葉は、彼が言った通りにスティーブも、ケインも、ジャックとミラも理解できなかった。
だが彼の言葉を聞いて、ゼゼはただ俯き、クロウは目を細めた。
その様子を見て、彼らには理解できたのだということだけはスティーブも理解した。
「分かった。お前からは色々聞く必要があるらしい。だがさっきも言ったが…今は過去の事を話す時じゃない」
クロウの言葉に、クリスも頷く。
「ええ。今は…『敵』の話をしましょう」
「それで…あの雪山の廃墟で俺に言った言葉の意味を、そろそろ教えてもらおう」
スティーブの言葉に、改めてクリスは視線を彼の方へ向けた。
「…聞く覚悟は」
低いトーンで紡がれたクリスの問いに、スティーブは無言で頷く。胸中で緊張を覚えながら。
「まず一つ…あなたは、それなりの期間レイラと一緒にいた筈だ。その上で聞きたい」
「…何だ」
「彼女は、何人もの人間を殺めることができる性格でしたか?」
クリスの問いに、スティーブは今まで自分が無意識に考えないようにしていたことを、自覚させられたような感覚に陥った。
嫌な予感が高まってくる。それでも今スティーブにできるのは、クリスの話を聞くことだけなのだ。
「…いいや」
「だが彼女は、あの街の地下で何十人もの人々を虐殺してきた」
「やらされたことだ…!」
「やらされて、できることだと思うか」
スティーブの言葉に、クリスの声が更に低いトーンで紡がれる。
「電気椅子のボタンを押すのとは違う…間近でリーバードに人間を食い殺させるような所業を」
クリスの言葉は冷静そのものであり、それがスティーブには怒りを覚える以上にショックを与えていた。まるで、冷水を頭から被るようなレベルで。
「…じゃあ何か、レイラのあの性格は全部演技で、本当は人の命を何とも思わない冷酷な性格だって言いたいのか」
そう言い返すスティーブは、そんな感覚を感じても尚、自分の言っていることが到底信じられなかった。
何故なら、そんなレイラに自分は助けられたからだ。
そして何より、その切っ掛けを作った、彼の依頼人の存在がある。
レイラを実の娘と同然に想い、そしてマフィアに殺された、マーガレット・カーライルの存在が。
「俺は信じねぇぞ…!!」
「話は最後まで聞くものだ」
スティーブの言葉に即座に返したクリス。
いいだろう。聞いてやろうじゃないか。そんな怒りに近い感情で、スティーブは憤然とクリスを見やる。彼は言葉を続けた。
「スティーブ・ハント。貴方の言いたいことは分かる。レイラに肩入れしていた研究者が居たことも知っている」
クリスの言葉に、尚も苛立ちを募らせながら、スティーブは目を細める。
「じゃあお前は何が言いた…」
「彼女はリーバードだ」
クリスがその言葉を紡いだ瞬間、スティーブは絶句した。周囲の者たちの間にも、それまでとは全く違う緊張感を持った静寂が訪れる。
「ありえません!!」
ゼゼが思わず席を立って声を上げる。
クリスとスティーブの視線が彼女の方を向いた。
「あの子はマザーの目の前で検査しています。デコイだという以外に不審な結果は出なかった。ましてやリーバードであるなら、私が気付かない筈がないです…!!」
ゼゼの抗議を聞いても、表情を変えずにクリスは言う。
「その検査は、ちゃんとした精密なものでしたか」
彼の指摘に、ゼゼは目を見開く。
スティーブは、この町に来る前にマザー達と行った会議を思い返した。
あの時は、確か簡易な検査と言っていた筈だ。
「し、しかし…それでも私が気付かない筈は…」
「半分はデコイなんだ。だから貴方でも気づけなかった」
「そんなことが…!」
「それで?リーバードだってことと、俺の言ったこととどう関係がある」
ゼゼの言葉を断ち切るようにして、スティーブは尚もクリスを真っ直ぐ睨んで言う。
まずは目の前の男の言うことを全て聞くのが最優先であり、その真偽を確かめるのは後回しだとスティーブは決めているからだった。
「スティーブ・ハント。貴方と接していた時のレイラは、デコイとしての人格だった筈だ」
人格。その言葉に、スティーブはクリスの言わんとしていることを即座に推測した。
「リーバードとしての人格が別にあり、普段は眠っている…なんて言うつもりか」
スティーブの言葉に、クリスはただ、頷いた。
スティーブは目を瞑る。
クリスの話の衝撃が、逆に彼に冷静さと、頭脳を回転させる緊張感を与えていた。
「つまり…そのリーバードとしての人格が目覚めたら…」
「地下でデコイを虐殺していた頃の彼女に戻るだろう」
スティーブの脳裏に、死に際のマーガレット・カーライルの表情が浮かぶ。
「…もしそうなったら、元のレイラに戻る可能性はあるのか」
スティーブの問いに、クリスは若干視線を逸らしながら言う。
「そこまでは…確かなことは言えない。人工的に作られた二重人格を持った頭脳が、どのように別の人格にスイッチするか…それは、彼女を創った者にしか分からないだろう」
「…ビートルジュースか」
眼を開き、スティーブは呟くように言った。
「…私から一つ、お聞きしてもよろしいですか」
今度は、ゼゼが口を開く。クリスは彼女の方へと視線を向けた。
ゼゼはしばし苦悩の表情で沈黙していたが、やがて意を決したように言葉を紡ぐ。
「あの雪山で…何故、彼を殺したのですか…?」
ゼゼの問いに、クリスはただ目を細め、一言だけ言った。
「敵だったから。そして、彼が黒幕だと思った。それだけだ」
そう答えたクリスに、ゼゼは一瞬、怒りを込めた眼で彼を睨む。
そんなゼゼの様子を見ていたスティーブは言った。
「雪山にいた男がどんな奴かは知らないが」
言いながら、彼はクリスへと視線を移す。
「何故そいつが黒幕だと思った?疑うべきは別にいる筈だ」
そして、スティーブは周囲の面々を見回してから、再度クリスに視線を向けた。
「全ての糸を引いてるのは、ビートルジュースだろう。まず真っ先に奴を疑うべきだ」
クリスは、そのスティーブの問いを予期していたらしい。彼はただ頷くと、言葉を返した。
「そのビートルジュースについて…どういう存在と認識してますか?」
急にそんな問いで返されたことに、スティーブは訝しげな顔をする。
「今更何故そんなことを」
「その方が話を進めるのに好都合なので」
疑念を持ったまま渋々、スティーブは答える。
「俺の住む町の警察署長を殺した。マフィアのロワイアル・ファミリーの最高幹部の一人。それ以外には何も。ただそこにいるクロウ・エリュシオンを呼び出す映像に出てたから、奴が黒幕というか、リーダーだと俺は認識してる」
スティーブに名前を出されたクロウは、先程からずっと無言でクリスの話を聞いていた。
クリスはと言えば、スティーブの言葉を聞くとしばし考え込み、やがて言う。
「私も、最初は彼がリーダーだと判断し、プリズナに来る前に、彼について色々調べました。だが…調べれば調べるほど、分からなくなりました」
「…どういうことだ?」
やはり何か思考している様子で、クリスはスティーブの問いに答える。
「ここから先、私が話す内容に証拠となるものは無い。だから、真偽の程は貴方達で判断してください」
「とっくにそうしてる」
苛立ちと共に、スティーブはそう言った。クリスは頷くと、話を再開する。
「最初に一つ問います。ビートルジュースという男を複数回見たか、または直接会ったことがある人は?」
不意に紡がれたクリスの問いに、呆気に取られるスティーブ。
だがやがて、先にゼゼとクロウがリアクションを示した。
「私が見たのは…警察署長を拷問している映像のみです」
「俺はそれと…昨日教会で奴と話した。その二回だ」
二人が反応したため、気を取り直してスティーブも答えを紡ぐ。
「俺は何度も会ってる。今更数えきれないくらいな」
そしてスティーブは、答えていない残りの者達の方へと視線を移した。
ビートルジュースが誰か分からないケインと、今しがたミラから聞いたばかりのジャックは頭にクエスチョンマークを浮かべたような顔だ。
ミラは暗い顔色だったが、やがておずおずと手を上げる。
「わ、私も…何度か会っています」
ミラの言葉に頷くと、クリスは再度言葉を紡ぐ。
「では、複数回見た経験のある人に聞きます」
「確かに、それは同じ人物でしたか?」
クリスの問いに、スティーブは目を見開いた。
「お前、何を言って…」
「スティーブ・ハント。ビートルジュースの身体的特徴を言ってみてください」
再度紡がれた別の質問に、いい加減スティーブは怒りを覚えそうになったが、仕方なく彼はクリスの言葉に従うことにする。
「白いスーツに金色の短髪、顔の片側に幾何学模様のタトゥーが…」
「では」
「そのタトゥーが無い状態の顔を、貴方は思い出せるか」
クリスの問いに、スティーブは驚愕した。
「な…何言ってやがる。そんなもの…」
彼は懸命に思い出そうとする。マンションの前、地下の穴の前、警察署長を拷問している映像。何度もビートルジュースの姿を見た筈だ。
だが、思い出そうとすればするほど、幾何学模様のタトゥーを消した状態のビートルジュースの顔が、記憶の中からぼやけていった。
「…いや待て、俺は昨日、警察が教会の中で発見した奴の死体を見たぞ。その時…」
「タトゥーは無かった。でしょう?」
先に紡がれたクリスの言葉。それが言おうとしていたことだったため、益々スティーブは混乱する。
「その顔は、以前に貴方が見たビートルジュースの顔と、本当に同一でしたか」
スティーブは記憶を遡った。
あの時、何故死体がビートルジュースだと一目で判断したのか。
本当に顔の輪郭が以前に見たビートルジュースと同じだと判断したからか?
それとも、服装が同じだと思ったから?
いや。違う。
張り付くように死体の顔に浮かんでいた、あの笑みだ。
あの笑みだけは、マンションの前で、地下で、そしてあの映像で浮かべていたあの笑みと、全く同じだったからだ。
それに気づくと同時に、スティーブの全身を凄まじい悪寒が襲っていた。
クリスは、同じくビートルジュースを複数回目撃したクロウとミラの方を見る。
「そもそもあの映像で、ビートルジュースは僅かしか映ってなかった。だから俺は、それが同じ人物だったか改めて問われると…断言はできない」
「わ、私は…」
クロウに続いて答えようとしたミラを、クリス自身が遮る。
「答えなくていい。貴方は自分の事で精一杯だった。だから記憶に自信が無いことは分かる」
「すみません…」
謝罪するミラに頷くクリス。彼が再度スティーブの方を向いた時、スティーブもまた覚悟を決めていた。
「教えろ。ビートルジュースとは…一体、何だ?」
クリスは、ゆっくりと頷く。そして彼は話を再開した。
「元々ビートルジュースの居た、あの町の警察のデータベース、それに各所に配置された監視カメラ。そして周辺の島々のマフィアや非合法組織の活動記録。私はこれらの膨大な情報を基に、最初にあの男――ビートルジュースについて調べました」
ここまでで一旦言葉を切り、クリスはスティーブとクロウ、ゼゼの顔色を見る。
「…どうやってそれを入手したのかはこの際突っ込まないでおいてやる」
そう言いつつスティーブは先を促した。クリスは話を続ける。
「ビートルジュース。あの男はロワイアル・ファミリーだけじゃなく、マフィア、ギャング、空賊など様々な組織を渡り歩いていた形跡がある」
「…単一の組織に所属していただけじゃなかったのか」
そう言葉を返しつつも、スティーブはさほど驚かなかった。あの男ならそんな経歴があってもおかしくはないと思ったからだ。
しかし、それもクリスの次の言葉までだった。
「彼が渡り歩く度、その組織は大規模な抗争を起こし、そして最後には崩壊した。更に…その際、彼自身も死んだような痕跡が幾つかある」
「死んだ?一体どういうことだ」
「言葉の通り。死体が撮られた写真もあった。文字通り彼は、組織の崩壊と同時に死亡し、そしてまた時間が経つと、別の組織の中枢に現れている」
スティーブは、疑念に目を細める。
「その死体が偽物だって話じゃないのか」
「一度や二度ならそれも考えられます。だが…普通十回や二十回も、そんなことができると思いますか?」
「馬鹿な。お前の言ってることを信じるとすると、毎回本人が死んで、そして生き返って別の組織に現れてるってことに…」
そこまで言って、スティーブは漸く、クリスが先程話していた内容の意味を悟った。
それを察したのか、クリスは頷く。
「警察の目の前で自殺を遂げた例もある。死体は回収されて検死までされ、その後死体が消えた記録は無い。警察は貴方の言うように毎回影武者を使ったと思っているが…私にはどうしてもそうとは思えない」
そこまで言ってから、クリスは結論を告げた。
「つまり…彼は肉体的に死んでも、どこかでまた彼の意思を持った肉体が動き出している。そうとしか考えらない」
あまりに現実離れをした話に、スティーブは言葉を失った。
逆に今度は、ゼゼの方が納得したような声を発す。
「マザーの様に、別の端末に意思を移している。そう言いたいのですね」
今度はクリスも頷く。そこで、クロウが初めて口を開いた。
「…『神々の意図』なのか?」
全員の視線がクロウの方へ向く。
「昨日ミラ・クラウスを操っていたのはそれだっただろう」
「ええ、そうですが…」
ゼゼの相槌に、クロウは考えを巡らせる。
「かつてタナトスという古き神々の一人が言っていた。アレは、一つ一つが意思を持った古き神々だと」
クロウの言葉に頷いていたゼゼだったが、やがてハッとしたように表情を変えた。
「まさか…ビートルジュースの正体もアレだと…?」
「そうかもしれません。ただ、その確証までは私も掴めませんでした」
クロウの推理も既に考えていた様子で、クリスは頷く。
「どちらにしろ、彼は恐らく身体を変えながら数々の組織を渡り歩き、行く先々で戦乱を起こした。そして彼は今、この町にいる」
一泊を置き、全員がクリスの言葉を飲み込んだことを確認すると、彼は続きを紡いだ。
「しかしそうなると、何のために彼はそうしているのか。今度の事件も、何故急にロックマン・ミラージュへ向けてあんな映像を残したのか。そこが見えなかった。だから私は、彼を操っている黒幕がいるのではないかと疑った」
「バアルが、その黒幕だと思った。そういうことですか」
僅かに辛そうに、ゼゼはそう言葉を紡いだ。
クリスは、ゼゼの言葉に頷くと、席を立った。
「私の話は、以上です」
「…どこへ行く気だ」
彼が歩き出そうとしていることに気づいたスティーブは、即座に彼を呼び止める。
クリスは眼を細めると、言葉を選びながら言った。
「貴方達に渡すべき情報は渡しました。ここから先は、貴方達がどう行動するかです」
「お前の事を聞いているんだ」
僅かに怒気を含んだ声でそう言うスティーブ。
「私は…失敗した。もう戦う力すら無い。知っていることを全て話してしまった今、何もできることは無いんですよ」
「そんな…クリスさん」
ジャックが声を上げる。クリスはそんなジャックに向けて、力無く微笑んだ。
「だからって、放り出すというのか」
「もう私の命も、1週間ほどしか残ってない。残された時間で、できることをしたいんです」
「…何?」
唐突に明かされた話に、スティーブは尚も言葉を紡ごうとして失敗する。
「やはり…ノア、いやバアルと戦って、無事では済まなかったのか」
クロウの言葉にクリスは無言で頷くと、酒場の出入り口へと歩いていく。
そしてドアに手をかけると、クリスは振り向いた。
「貴方達なら、きっとこの町を救えると、信じてます」
そして、彼はそれきり迷い無く、店を出て行った。
「…もう少し、話したかったんだがな」
ポツリとクロウが言う。
スティーブは苦い顔をしたままだ。ゼゼもバアルの死のショックからまだ僅かに立ち直れず、更にクリスの話を聞いたせいで暗い顔をしている。
ジャックもまた、クリスの余命の話を聞いたせいか沈痛な表情で、ミラは自分の身体の件のせいで同じような感じだった。
そんな一同を見て、ケインが声を上げる。
「ったく、揃いも揃ってシケたツラしやがって」
一同の視線が彼に集まった。
それを確認すると、ケインは両手を腰に当てて宣言する。
「食材が余り気味だ。全員纏めて昼飯奢ってやる。だから少しは明るい顔をしろ」
その瞬間にタイミング良く、ジャックの腹が鳴った。
結局、一同はケインの作ったシチューを御馳走されることとなった。
スティーブはレベッカとレイラを呼ぼうかとも思ったが、先程のクリスの話でレイラの事が頭から離れなかったため、今はそちらに思考を割くことにする。
――まぁ、後であいつらには何か奢ってやるか。
そう考えながら。
「…謝りたかったんだが」
クロウが食べながらそう言う。向かいの席でその様子を見ていたゼゼは、彼の言葉に返事を返した。
「…あの人の事ですか」
先程出て行ったクリスの事を思い浮かべて言う。クロウは頷いた。
食事の手を止めると、彼は言う。
「…奴の主を、俺は守れなかった」
「後悔ばかりしていては、前に進めませんよ」
「…そうだな」
そう答えつつも、表情は晴れないクロウ。ゼゼはそんな彼に掛ける言葉が思いつかなかった。
「…クロウさん、クリスさんが言ってた以前の戦いって…一体、何があったんです?」
そんなクロウに、おずおずと横からジャックがそう問いを投げる。
その問いにしばらく沈黙していたクロウだったが、シチューを食べ終えると、彼は言った。
「ああ、話そう。大きな犠牲を払った戦いだった」
ケイン、ジャック、ミラを見るクロウ。
そして、彼は語り始めた。プリズナから遠く離れた街で起きた、古き神々との戦いの顛末を。
ヘブンの事など、彼らの知らない部分はぼかしつつ、クロウは話し終える。
「僕達の知らない間に…そんな戦いが…」
聞き終えて、ジャックはそう言葉を紡ぐのが精一杯だった。
隣のミラも、どう言葉をかければいいのか分からない様子だ。
ケインも、無言で皿を拭いているだけだった。
「そして、恐らくビートルジュースは、俺達が戦った者達の残党だろう」
「なるほどな」
カウンターの奥にいるケインが皿を拭きながら言う。
「クロウさん、もし気に病んでるなら余計なお世話だぜ」
「…何?」
クロウに視線を向け、真剣な面持ちでケインは言う。
「喧嘩を売ってきたのはあいつらだ。あんたはこれっぽっちも気に病む必要なんかないからな」
「何故急にそんなことを…」
「お前がそういうことを気にするタチだってのがバレバレだからだ」
カウンターの前の席に座っていたスティーブが言う。ケインはバツが悪そうに頭を掻きながらも、頷いていた。
「ここに来るまで、ゼゼはお前の事をずっと気にかけてた。牢屋に入って自己満足に浸るより、そいつに心配かけないようにする生き方を選ぶ方がよっぽど有意義だと思うがな」
スティーブの言葉に、クロウは目を丸くする。
「…そう、か」
そして、改めて彼は向かいに座るゼゼの方を見た。
「すまなかった、ゼゼ」
「いいんです。それより…この件が終わったら、貴方の今後についてもう一度考えましょう?刑務所にいるより…いい生き方がきっとある筈です」
「…あぁ」
ゼゼの言葉に、クロウは微笑む。
思えば、彼が自然に笑えたのは、久方ぶりの事だった。
その瞬間に、地面が激しく振動を始めた。
「何だ!?」
「地震…!!?」
激しい振動に、それまで座っていた者も反射的に立ち上がる。
だがとても安定して動ける状態ではなく、全員その場に立って堪えるのが限度だった。
「これは…!!」
漸く振動が収まってくると、ジャックやミラは安心して椅子に力無く座り、クロウは窓の外の町の様子を見つめている。
ケインは地震が起きた時点で反射的にコンロを止めており、今は室内で何か物が壊れていないか目を配っていた。スティーブも同じく室内に目を走らせている。
唯一、ゼゼだけは無言でその場に座っていた。
「…この感覚、まさか…」
そう呟いたゼゼの言葉は、運悪く誰の耳にも入らない。
「あれ、畜生、おかしいな…」
そんな中、不意にケインがそう呟いた。
緊張したままのジャックは、そんなケインの様子に声をかける。
「大丈夫、親父?」
「いや、俺は大丈夫だが…チッ、テレビがイカれた」
ケインの言葉に、彼の居るカウンターの方へ入っていくジャック。
カウンターの上にあったテレビの画面が、今は砂嵐の状態になっていた。
「地震の速報でも出ねぇかと点けたんだがな…アンテナが故障したか?」
言いつつリモコンを操作するケイン。ジャックもテレビの配線などが取れていないか確認していく。
だが彼が原因を発見しないうちに、砂嵐が段々と止んできていた。
「あ、点いた」
そのテレビ画面の中央に、一人の男が映っていた。
『ごきげんよう、プリズナの町の紳士淑女諸君』
「っ!?」
「!!?」
「!!」
クロウ、スティーブ、ゼゼ、そしてミラの4人が、その声を聞いた瞬間に目を見開いた。
画面に映っていたのは、他ならぬビートルジュースだった。
『楽しい楽しいゲームの、時間だ』
最終更新:2019年04月30日 00:06