ジョン・クラフトは、取り出した兵器のうち幾つかを携えて、家を出ようとしていた。
突然、轟音と振動が襲ってきたのはその時である。
一瞬、雪崩を警戒したが、家が雪崩に巻き込まれる気配は無かった。
一体何が起きたのか。家を出て周囲を見回した彼は、近くの森の中から黒煙が立ち上っているのに気づいた。
用意した装備を持ったまま、彼はその場所へと向かう。
雪を掻き分けるようにして森を進んでいった彼は、そこで――墜落した、漆黒の巨大な鳥を見た。
「……」
静かに、ゆっくりと彼はそれに近づく。
所々から火花を散らし、そして装甲の亀裂から、機械の部品が覗く。
頭部付近まで行き、やがて彼は確認した。
僅かに点滅する、リーバードの瞳を。
その瞳を間近から見て、彼は思い返した――妻子を殺したリーバードの事を。
「さよなら」
そう言って、ミラは姿を変える。
ブラックホールのような闇が彼女を包み込んだかと思うと、次の瞬間にはその姿を変えていた。
漆黒のアーマーと、頭と背中に二対の翼。それを広げて、ミラはジャックを見る。
声を発せないジャックとは対照的に、周囲にいた町の人々が声を上げ始めた。
「う、うわあああぁぁぁぁ!!!」
「ひいぃ!!化け物だあああぁぁぁぁ!!」
「あ、あっちに行けぇ!!!」
恐れから、彼らがミラの周囲から逃げ出して行く。
「まさか、ミラちゃん…?」
「何が…どうなってるの…?」
アースガルドの酒場から、ミラの世話になっていたパン屋までの間の道だからだろう、ジャックとミラの顔を知っている筈の人達も、困惑と共にそんな言葉を発しながら、二人を遠くから見ることしかできていなかった。
「そ…んな…」
「…ミラ!ミラなんだね!?」
ジャックの後ろから、当の二人が迎えに行く筈だったミラの養母、パメラ・ノービルが現れる。
振り返って彼女の姿を確認したジャックは、思わず声を上げていた。
「パメラさん…!!」
一瞬、彼女も周囲の人間と同じように、彼女の事を拒絶するのでは。そうジャックは思ったのだ。
しかし。
パメラはすぐに駆け寄ると、変貌してからその場に佇んでいたミラの事を抱き締めた。
「良かった…心配してたんだよ。昨日からずっといなくなって…私はどうすればいいか、オロオロするばかりで…」
「…ごめん、なさい」
パメラのそんな行動に、しばし驚いて目を見開いていたミラだったが、彼女は目を瞑り、噛み締めるようにそう言った。
やがて自分に回された腕を取り、ミラはパメラとジャックに言う。
「二人がいたから、私は今まで生きてこれた。本当に…ありがとう」
そう言うと、二人から離れたミラは浮遊し、そして飛び立った。
残されたパメラは、そんなミラをずっと見つめ。
ジャックは、その場に両膝を着いていた。
「見ろよ。自由になった町の姿を」
眼下の町の様子を見下ろして、ビートルジュースはそう呟く。
町からは次々に火の手が上がり、暴徒と化した人々が幾つかの商店を襲いつつあるのが見えた。
「素晴らしいだろ?人間のあるべき姿って奴だ」
満足そうに、笑みを浮かべながら彼は続ける。
「きっと、お前の親父さんも嬉しいだろうよ」
「なぁ、ミラ・クラウス」
そう言って、彼は見上げる。
自分の目の前に浮かぶ、漆黒の翼とアーマーを纏ったミラ・クラウスを。
「俺がここにいると、良く分かったな?」
ビートルジュースの問いに、全く表情を変えぬままミラは言う。
「あなたの映像、このビルが映ってなかった」
「クク…流石だ。お前ともう一人を除いて、それに気づいた奴はいなかったがな」
そう言って、両手を広げながらビートルジュースは周囲を見回して見せる。
そこは、紛れも無くプリズナの町で一番高いビル――ホテルの屋上だった。
ビートルジュースの語りになど全く気を向けず、ミラは彼に宣告する。
「今すぐに、こんなことは止めて。でなければ…」
言いながら、片腕にビームサーベルを発生させる。紫色をしたエネルギーのサーベルを。
「あなたを…殺す!!」
そんなミラの宣告を、ビートルジュースは一笑に付す。
「ハッ、この俺を殺しても何の意味も無いってことくらい、お前が一番よく知ってる筈だ。教会でわざわざ死んで見せたろう?」
しかし、揺るぎのない眼で、ミラはビートルジュースを見返した。
「今のあなたが死んで、次のあなたが出てくる前に…あの巨像を全て破壊すればいいだけ。違う?」
「ふむ…それは確かにそうだ」
そう相槌を打ちながら、しばし思案するようにビートルジュースは目を瞑る。
だがやがて、彼はその口元に笑みを浮かべた。
「気に入ったぜ。その殺意」
再び両腕を広げ、彼は言う。
「スティーブ・ハント辺りが言ってただろうが…お前をそんな風にしたのは俺だ。だから…俺がお前をどうにかできる手段を持ってることも考えただろうに、それでもお前は打って出た。そうだろう?」
ビートルジュースの言葉に、僅かに目を細めるミラ。しかし、彼女はその殺意を一瞬たりとも緩めはしない。
そんな彼女を見つめ、ビートルジュースは笑みを浮かべた。
「安心しろ。『糸』以外で、内側からお前を縛る手段は用意していない。期待したからだ…お前が、そうやって一人前に殺意を抱くことを」
「分かった、もういい。黙って」
瞬間、ミラはビームサーベルを、ビートルジュースに向けて振り下ろした。
炎上し、崩壊してゆく教会。
地面に降り立ち、それを眺めていたジャンゴは、しかし油断してはいなかった。
先程の居合いで破壊された機関銃付きの右腕のアーマーをパージし、予備のアーマーに付け替える。
そのアーマーにも銃は取り付けられていた。機関銃ではなく、単発式であったが。
そして、おもむろにその銃で、民家の方へ向けて発砲した。
「ぐおっ!?」
民家の間の路地から片腕の機関銃を構えていたレオンが、その肩に銃弾を喰らって吹き飛ぶ。
「気づいてないとでも思ったか」
「ち…!」
民家の壁に背中を打ち付け、そのまま腰を落とすレオン。そんな彼に向かってジャンゴは向き直る。
「俺の盾を破壊した銃弾だけは厄介だった。だから貴様の横槍には警戒していたぞ」
「へっ…憶えててくれて嬉しいね…!!」
肩から血を流しながら、力無く笑みを浮かべるレオン。
「あと数秒あれば、その頭に大穴を開けてやれたんだがな」
「だがそうはならなかった。それが現実だ。そして」
言いつつ、改めてレオンへと銃を向けるジャンゴ。
「頭に大穴が開くのはお前の方だ」
その時丁度、炎上する教会の天井が崩れ、一際大きな音を立てた。
ジャンゴは驚愕した。目の端に、炎上した教会の前に立つ、クロウ・エリュシオンの姿が映ったからだ。
「何!?」
そう声に出した時には、既にクロウの姿が眼前まで迫ってきていた。
ヘルメットは脱ぎ捨てられ、その身体は灰と埃に覆われて、アーマーの色が紺より黒に近くなっている。
そして――その首に、灰のせいで黒の混じった、白いスカーフが巻かれていた。
「ちぃっ…!!」
横薙ぎに放たれた居合いを、ジャンゴは咄嗟に仰け反ると共に、膝で刀身を蹴り上げることで回避する。
「貴様…まだ生きて…!!」
追撃から逃れるように、ブースターを起動して空中へ退避するジャンゴ。
そのまま片腕の銃を乱射しながら、近くの民家の屋根に接近し、着地しようとする。
「!!?」
だがクロウは、ジャンゴが照準を付けるよりも早く、地面を蹴り進んでいた。
そして次の瞬間には、ジャンゴが着地しようとした民家へ接近し、その壁を駆け上がっていく。
「くっ!!?」
駆け上がりながら、刀の柄に手をかけるクロウ。殺気を感じ取るが、相手の動きが速すぎて照準を付けられないジャンゴ。
民家の屋根に達し、放たれたクロウの斬撃を、かろうじてジャンゴは避けていた。肩部のレーザーの砲身を犠牲にして。
レーザーの砲台ごと肩のアーマーをパージし、身体にかかる重量を軽くして離脱するジャンゴ。彼はそのままブースターで距離を取り、民家の屋根に着地したクロウを照準に定める。
――万全に準備した筈だ。だが、ここまで追い詰められるとはな…!!
ジャンゴは冷や汗を流し、そう思考した。レーザーを破壊され、既にミサイルは撃ち尽くしている。もう装備は、腕に装備した単発式のライフルとナイフしかない。
だが、だからこそだと彼は思い直す。ここまで全力で殺しに行き、それでも尚ここまで追い詰められるのは初めての経験だった。
――そうだ。これが俺の、乗り越えるべき壁だ!!
今までも本気で戦っていたつもりだった。だが教会が燃え落ちていくのを見た時、クロウは自分がまだ甘かったのだと痛感していた。
もう、これ以上この町に犠牲を出させるわけには行かない。死んでいったジョエル・クラウスの想いを、踏み躙らせはしない。
クロウは改めてそう思い、再び首にスカーフを巻いていた。
そして今、民家の屋根の上で彼はジャンゴ・ザネッティを見る。相手は再度、腕の銃口をクロウに向けようとしていた。
距離を離されれば、相手の独壇場だ。そう判断したクロウも、そんな状況に甘んじる気は一切無い。故に、相手に照準を合わせる時間を与えぬよう、最高速で民家の屋根を駆ける。
民家を飛び回りながら交戦する両者。二人の位置は、やがてホテルの方に近づいていた。
「戻ってきたか!…ミラちゃんはどうした…!?」
パメラと共に、やっと酒場へと戻ることができたジャック。
そんな二人を出迎えたケインは、ミラがいないことに気づいてその表情を曇らせた。
「親父…俺、俺…止められ、なかった…」
「まさか…」
ケインは、変貌したミラの姿を直接見てはいない。先程までこの酒場の中で繰り広げられた会話の中で、ミラに対する他の者達の態度から、何かを感じてはいたが。
そんなことを考えながら、二人に近づくケイン。
ひとまず、彼は無事にここまで避難させることができたパメラに声をかける。
「ノービルさん、無事でよかったです」
「アースガルドさん、すみません…心配してもらっちゃって」
そう言いながら頭を下げるパメラ。
それからケインは、暗い表情で俯くジャックの肩に手を置いた。
「ジャック…もう諦めるのか?」
「でも…もうミラは」
「俺はこの事件の全てを知ってるわけじゃねぇがよ」
そう言って一泊を置き、ケインは言葉を紡ぐ。
「この狂ったゲームとやらを何とかするために、ミラちゃんは行っちまったんだろ?」
「うん…」
暗い表情のままで、ケインの言葉を肯定するジャック。
そんなジャックに向けて、言葉を選びながらケインは言った。
「なら尚更、まだ終わっちゃいねぇよ。あの子が懸命に頑張ってるなら、お前が支えてやりゃあいい。行っちまったって言っても、この町に居ることは確かだろ?」
「でも、俺…」
未だ泣きそうな表情のジャック。それを見て、ケインは深く息を吸った。
「しっかりしろ!男だろ!!」
ケインの怒鳴り声に、懸命に涙を堪えていたジャックが、ハッとした表情となる。
「いいか、ミラちゃんが誰のために行ったか考えてみろ!!パメラさんや、あの子の親しい人のためでもあるだろうが、間違いなく一番はお前のためだ!!」
そこまで言ってから、ゆっくり深呼吸して、ケインは続きを静かに紡いだ。
「だったら、お前もその想いに応えてやるべきだろ。違うか?」
ケインの言葉に、硬直したジャック。
そんなジャックを見つめ、今度は笑みを浮かべて、ケインは言う。
「ジャック、チャンスは逃すんじゃないぜ。大丈夫、まだ遅くはないさ」
その言葉に、しばしどうするか考えていたジャックだったが。
「…親父、ごめん。また心配かけて」
そこでやっとケインの眼を見て、彼は言った。
ケインは、笑みを浮かべたまま、親指を立てる。
「ガキは親に心配かけるのが仕事だ」
「うん。親父…行ってくる」
酒場を出て行ったジャックと、それを見送ったケインとパメラ。
ケインはパメラの方に視線を向けると、静かに言った。
「すみませんね、パメラさん…見苦しい所を見せちまって」
「…懐かしいね。あの子、昔のあんたそっくりだよ」
微笑みながらそう呟くパメラに、ケインは苦笑せざるを得なかった。
「さて、暴徒がこっちにも来るかもしれねぇ。パメラさんは店の奥に避難してくれ」
「あんたはどうするんだい?」
「決まってるだろ」
言いながら、ケインはカウンターの奥に立てかけていた、猟銃を手に取った。
「あいつらが帰る場所を、守らなきゃな」
ポケットの携帯が鳴りだして、スティーブは動きを止めた。
まだ屋上へ行くには何階分も登る必要がある。すっかり疲れ果てていた彼は、立ち止まって壁に背を着け、携帯に出た。
「もしもし」
「スティーブ・ハント!」
電話から響いてきた声に、スティーブは心底驚愕する。
先程、電話しようとしても全く繋がらなかった筈の人物だったからだ。そして同時に、死んだ筈だと思っていたからだ。
「お前…アクセルか!?」
「色々とパニック状態で…気がついたら貴方から電話がかかってきていたのに気付いた」
警察にもまだ生存者がいるのか。そう考えながら、少しばかりスティーブは希望を見出していた。
「どうやって助かった?警察の被害は!?」
「書類の整理に時間がかかって、遅めの昼食をダイナーで取っていたらこの騒ぎだ。自分がさっきまでいた警察署が爆破されて…色々大変だった」
そこで一泊を置き、アクセルは話を続ける。
「自分と同じく遅めの昼食を取っていた者や、非番だった者を呼び寄せてる。今は爆破された警察署から生存者を捜索してるが…とにかく人手が足りない。あの、町を囲っている巨像や町中の暴動をどうにかする人員なんてとても…」
そこまでで言葉が途切れる。アクセル自身、途方に暮れているのが察せられた。
「とにかく、無事で良かった。今は生存者の捜索に集中しろ。それが終わったら、町中の暴動を止めるんだ…!」
「巨像はどうする!?幾ら暴動を止めたって、アレがある以上…」
「…そっちはこちらで何とかする」
冷や汗をかきながら、スティーブはそれだけ言った。
正直、ゼゼが撃墜された以上、どうにかできる自信はもう殆ど無いと言って良かったが。
「何とか、できるのか…!?」
「できる限りのことはするさ。そっちも幸運を祈る」
そう言ってスティーブは携帯を切った。
そうして階段を再度登り始めて、違和感に気づく。
――市長はあのレーザーで殺してたのに、警察相手には何故爆破で済ませたんだ?
何度考えても納得の行く答えは頭の中に出ては来ない。
そのため、一旦この疑問は脇に置き、スティーブは階段を昇るのに集中することにした。
「な…ぜ…?」
振り下ろしたビームサーベルが、ビートルジュースの手前で止まっている。
自分の腕がそれ以上先に進まない。それどころか、その姿勢から動くことができなくなっているのにミラは気づいた。
「このゲームが誰のためのものか、考えたか?」
笑みを浮かべたまま、ビートルジュースは言葉を紡ぎ続ける。
「ロックマン・ミラージュ?スティーブ・ハント?いやぁ、違うね。確かにあいつらが来るよう仕向けたし、あいつらが来るのを期待してた。だが…」
益々、その笑みは深まる。
「ミラ・クラウス。お前だよ。このゲームは全て、お前さんのために用意したものだ」
「何で…動かないの…!?」
ビートルジュースの言葉は、しかし混乱したミラの耳には届いていない。それを承知している表情のまま、しかしビートルジュースは言葉を更に紡いでいく。
「お前と…そして『アンタ』のためのゲームさ。分かるだろ?」
そう言って、ビートルジュースは振り返った。
暗がりから、レイラがその姿を現した。
「…!!?」
ミラが、愕然とした表情でレイラを見つめる。
レイラは、全くの無表情のままミラを見ていた。
「ハーピー。ファフニール。ゴースト。やっと出てきてくれたな、待ちくたびれたぜ『リヴァイアサン』!!」
ゆっくりとビートルジュースの近くまで歩いてきたレイラは、短く言葉を紡いだ。
「どうすればいい?」
「しばらくはこのままだ。俺が期待するのは、ここからさ」
実に楽しそうに、ビートルジュースはそう言った。
そして彼は、ビームサーベルを振り下ろそうとした体勢のまま動けないミラをその場に、ホテル屋上の端まで歩いていく。
「あぁ、やっぱり…」
「諦めないでいてくれたな」
そう呟いたビートルジュースは、その顔に満面の笑みを浮かべていた。
「喜べ。お前がさっき別れを告げた坊やは、まだお前の事を見捨てちゃいないぜ」
ミラに向かって紡がれたビートルジュースの言葉に、彼女は驚愕する。
「まさか…!!」
ホテルの近くの地上に、ジャック・アースガルドは辿り着いていた。
地上からかなり離れているため、その声は聞こえない。
しかし、ジャックは確かに今もミラのいる方を見上げている。それがミラにも分かった。
そしてミラは、ビートルジュースが何を考えているか、理解できてしまった。
「…やめて…やめて!!」
「言ったろ。これは、お前のためのゲームだって」
「堕ちていくのは、快感だぜ?」
ビートルジュースは、益々楽しそうにそう語る。
「さぁ…リヴァイアサン」
再度レイラに視線を向けると、彼は言った。
「やれ」
「…ぁっ…!?」
呻き声と共に、今までビートルジュースに向けられていたミラのビームサーベルが消失し、その腕がバスターへと変化する。
そして、その砲身は――真下を向いた。
容赦なく、バスターにエネルギーがチャージされていく。
「駄目…やめて…やめてええええぇぇぇぇ!!!」
その瞬間だった。
屋上のドアが蹴り開けられ、スティーブ・ハントが銃を構えて現れる。
ビートルジュースとレイラの視線が彼の方へ向き。
同時に、ミラがバスターを頭上へ振り上げ、発射した。
「はぁっ…はぁっ…」
光の筋が天を貫き、やがてバスターから発射されたエネルギーが尽きる。
発射寸前でバスターを頭上に向けることができたミラは、安堵と緊張と共に目の前の状況を見つめた。
「ったく、もう少しだったのになぁ」
そんなミラを尻目に、銃を取り出してスティーブへと向けるビートルジュース。彼は、がっかりしたような声で呟いた。
「何だってんだ、この状況は…!!」
そんなビートルジュースを睨みつけながら、そう吐き捨てるスティーブ。
「レイラ…お前、何してる…!!」
そして改めてレイラに視線を向けて、スティーブはそう呼びかけた。
ビートルジュースが映像で言った『リヴァイアサン』とはレイラの事ではないか、という彼の危惧は、まさしく的中していた。
どうにかレイラを正気に戻す術は無いか。スティーブは混乱する頭で懸命に考える。
当のレイラはしばし、そんなスティーブに視線を向けていたのだが。
「なぁ、リヴァイアサン。こいつが近づいてくるのは分かってたんじゃねぇのか?」
銃をスティーブに向けたまま、ビートルジュースがそうレイラに尋ねる。
レイラはただ、首を振った。
「チッ、仕方ねぇ…じゃ、次はどうするかな」
発言しないレイラから、後ろの宙に浮かぶミラの方に視線を向けるビートルジュース。
「っ…!!」
ミラは、再び片腕にビームサーベルを起動していた。
そんなミラに、レイラが視線を向ける。
「分かってるだろ。抗うことはできねぇ」
「やめろ!!」
ビートルジュースが何をやろうとしているのか。レイラの力を知っていたスティーブは、漠然とではあったがその意図を察し、銃の引き金に指をかける。
「殺すなら…」
笑みを浮かべ、ビートルジュースはスティーブに再度視線を向けた。
「そいつにしなきゃな。でないと、止められないぜ?」
そう言って、持っていた銃を振りレイラを示すビートルジュース。スティーブは、当のレイラを見た。
「おいレイラ…正気に戻れ…!!」
レイラはミラの方に視線を向けていたが、やがてスティーブの方に目を向ける。
「…私は…」
「アアアアアァァァ!!!」
それを見計らったかのように、ミラが吼えた。
そして、レイラが反応するより先に、その腕に発生させたビームサーベルを――自らの胸へと突き入れた。
「…あらら、そうくるか…つまんねぇな」
あからさまな落胆の表情をするビートルジュース。
「っ…」
そんなビートルジュースを歯を食いしばって睨みつけ、そしてミラは――地上へと落下していった。
落下していくミラを、屋上の端から見下ろすビートルジュース。そのまま、彼は後ろにいるレイラに言った。
「今のお前なら、ここから地上に落ちたアイツの制御もできるだろ?」
「問題ない」
その瞬間、銃声が木霊する。
「ぐおっ!!?」
会話を進めようとするビートルジュースの足を、スティーブが撃ち抜いていた。
その場に尻餅を着いたビートルジュースだが、発砲したスティーブを見て、尚も笑い続ける。
「ヒャハハハ、漸く撃つ勇気が沸いたか、スティーブ・ハント!!」
「お前…許さねぇぞ、ビートルジュース!!」
それでも笑みを崩さないビートルジュースに、再度引き金を引こうとするスティーブだったが。
「っ…レイラ!!どけ!!」
彼の前に、レイラが立ち塞がっていた。
「…『レイラ』の面倒を見てくれたこと、礼を言おう」
彼女はスティーブを見て、そう言うと。
左目に巻かれていた包帯を解き、その左の――リーバードの瞳で、スティーブを見た。
「…嘘だろ」
それだけしか言えなかった。
彼女の左目がリーバードの瞳だったこともそうだが、レイラの顔に微笑が浮かんでいたからだ。
これまでに見た、子供の見せるような無邪気な笑顔ではなく、それなりに年齢の行った人間が浮かべるような、微笑みを。
そして引き金にかかった指はもう、動かせなくなっていた。
一瞬だった。
民家の屋根で交戦していたクロウが、目の端に落下していくミラを捉える。
そちらに意識を取られ、足が止まった。
その隙は一瞬で、即座に彼は注意を交戦しているジャンゴへと戻す。
しかし、ジャンゴはその隙を逃さなかった。
今まで距離を取っていたジャンゴが、一気に至近距離まで詰め寄る。
「っ!!?」
刀の射程よりも近くまで入り込まれ、クロウの反応が遅れた。
ジャンゴはいつのまにか手にしていたナイフで、数回クロウへと切りつける。
身体を捻って狙われた関節部を避け、アーマーを傷つけられるだけで済ませるクロウ。
「ふんっ!!」
「くっ!?」
しかしジャンゴは、そのまま空中に投げ上げたナイフを逆手にキャッチし、勢い良くクロウへと振り下ろした。
迫るナイフを、刀を持った両腕をジャンゴの腕部に押し当てることで、辛うじて顔の寸前で止めるクロウ。
「ふっ…ぐっ…!」
「く…ぐぅっ…!!」
ジャンゴも、ナイフの柄尻にもう片手を押し当て、そのまま押し切ろうとする。
ギリギリと、両者の力が拮抗した。
その瞬間、クロウの背筋が総毛立つ。
よく見れば、ジャンゴの掴んでいるナイフの形が、先程教会の近くで襲撃してきた際に使っていたものと違っていたのだ。
先程使ってきたのは片刃で幅広のナイフだったが、今自分の顔に向かってきているそれは、両刃で真っ直ぐな刀身をしている。
そして何よりも――その柄に、引き金が付いていた。
既にその引き金に、ジャンゴの指がかかっている。
「くっ!!!」
その瞬間、即座に顔を背けたクロウへと、柄に内蔵されたスプリングにより弾丸に匹敵するスピードで、ナイフの刀身が射出される。
寸前に気づいたお陰で、刀身はクロウの額を射抜くことは無かった。
「あっ…ぐっ…!!」
代わりに、その刀身は――クロウの左の眼球を抉り抜けて行った。
「はぁっ!!」
その痛みが脳を焼き尽くしている間に、ジャンゴの膝蹴りがクロウの腹に炸裂する。
眼球の痛みのせいか、接近し過ぎていたせいか、その蹴りはダメージを与えるよりも、逆にクロウを現実へと引き戻した。
「くっ!!」
しかしそれでも痛みは引かないまま、クロウは全力の斬撃をジャンゴに繰り出す。
ジャンゴはその斬撃を避け切れないと見るや、咄嗟に背中を向けて背部のアーマーで刀を受ける。
刀を振り抜けるも、防御されたことに気づくクロウ。
対してジャンゴは、更に身体を捻りながら足でステップを踏み、今しがたできたクロウの隙――彼の左側へとその身を躍らせる。
「くっ…そっ!!」
それでも、左側へと刀を振るクロウだったが、その軌道はジャンゴには読めていた。
「終わりだ!!」
地面を蹴ってクロウの刀を回避し、同時にジャンゴは――身体を回転させ、足を振り上げて踵をクロウの側頭部へと叩きつけた。
クロウの左の眼球から、血が噴出する。
彼の身体がバランスを崩し、その手から刀が落ちる。
その様子と、今しがた与えた一撃の手応えをもって、ジャンゴ・ザネッティは確信した。
――頭蓋を砕いたぞ。俺の勝ちだ!!
その瞬間に、クロウ・エリュシオンは動き出した。
バランスを崩したと思われたクロウが、その足を踏みしめて、蹴りの体勢から両足を地面に着く前のジャンゴへとタックルを喰らわせる。
「何っ!?」
そのまま腰からジャンゴの身体を抱え、更に前へと進んでいくクロウ。
即座にジャンゴも膝と肘を使ってクロウに打撃を加えるが、完全に重心を持って行かれてしまい、大した威力が出せない。
このままどこまで行くつもりだ。そう言おうとしてジャンゴは気づき、背後を見る。
この民家の屋上を囲っているのは、朽ちた鉄柵だけだった。
それを確認できた時には既に、クロウがその鉄柵を突き破り、ジャンゴ諸共落下していた。
最初は3階分くらいの高さで戦っていた筈だったが、気づけば5階分くらいの高さまで昇ってきていたらしい。ジャンゴの眼には、地上までの高さがそれくらいに映る。
落下しても尚、クロウはジャンゴの身体を抑え、更にはそのヘルメットを片手で押さえつけている。
――最期の足掻きか!無駄だ!!
そう考えながら、ジャンゴは背部のメインブースターを起動した。
だがブースターは正常に起動せず、代わりに凄まじい量の火花と電流を散らせ始める。
その瞬間、彼は気づいた。先程クロウの斬撃を、メインブースターのある背中側のアーマーで受けてしまっていたことに。
「貴ッ様アアアアアァァァァァァ!!!」
その瞬間、ジャンゴの背中のブースターを中心に、二人を巻き込んで大爆発が起こった。
数分前。
暴徒や狂乱する人々の群れを避けながら、ジャックは懸命にミラの姿を探す。
飛んで行ったということは、彼女は空にいる筈だ。見上げれば、必ず見つかる筈だと、そう信じて。
「ミラ…!!」
そして、遂にジャックはミラの姿を見つけていた。
町で一番の高さを誇るホテルの、屋上の近くに。
その高さのせいで、彼女の姿は豆粒ほどの大きさしか見えていない。故に、今彼女が何をしているのか、何を言っているのかもジャックには分からなかった。
――どうしよう、どうすればいい?
あれだけ高い所にいると、声も届かない。ホテルに入って屋上へ上る手もあるが、上っている間に彼女が居なくなってしまうのではないかと思うと、そんな気になれなかった。
そして、そう思っていた瞬間の事だった。
「…えっ…?」
突然、ミラが頭上に一筋の光を放ったかと思うと。
次の瞬間、急に腕から発生させたビームサーベルを、自らの胸に突き立てたように見えた。
そして、彼女の身体は糸が切れたように、地上へと落ちていく。
その光景にジャックは、自分が絶叫していることに気が付いた。
「ミラ…ミラアアアアァァァァァァ!!!」
床に腰を下ろしたまま、ビートルジュースは町を眺め、そして満足感に浸る。
「あぁ…思った通り。誰も彼も、最高の色に染まってやがる」
爆発に巻き込まれるクロウ・エリュシオン。
落ちていくミラ・クラウス。
絶望するジャック・アースガルド。
そして動くことのできぬスティーブ・ハント。
「楽しめ、苦しめ、祈れ、愛せ、憎め、狂え、殺せ、誰も彼も、望み通りに」
彼らを眺め、混乱と絶望に堕ちる町を眺め。
「まだまだ楽しもうぜ。最期の一瞬、その時までな」
両手を広げて、彼は高らかに哄笑を響かせた。
「ククク…ハッハッハッハッハ!!ヒャーッハッハッハッハッハッハ!!!」
最終更新:2019年06月16日 22:04