ここが雪国というのは、今この時に限って言えば皮肉だったかもしれない。
今その場所に降ってきているのは純白の雪ではなく、漆黒の羽根だったのだから。
彼は降り行くその羽根を眺め、そして空を眺めた。
彼の視線の先の空――そこに、一羽の大鷲が舞い降りる。
彼の掲げた腕に止まったその鷲は、何をするでもなくただ、彼の目を見つめた。
「長い間、お疲れ様。もう、自由にしていいよ」
そう言うと、彼は鷲の止まった腕を更に高く掲げる。それに合わせて、大鷲は再び空へと舞い上がった。
もう鷲は彼の方を見ることなく、しかし彼は飛び去る大鷲をずっと眺めていた。その姿を目に焼き付けるように。
やがて、彼は振り返る。
そこに、倒れた少女を抱きかかえる少年の後ろ姿があった。
ホテルから落下し、横たわるミラ・クラウス。
彼女は、しばらくして起き上がり、よろけながら立ち上がる。
「これ、でも…まだ、死ねない、の…?」
自らの胸元を見やって、彼女は絶望した。
ビームサーベルを突き立てた傷は、煙と共に、既に塞がりかけている。
「ミラ!!」
彼女の名を、駆けつけたジャックが叫んだ。
駆けだそうとするジャックに、即座にミラが叫び返す。
「駄目!来ないで!!」
彼女の言葉に、ジャックは立ち止まらざるを得なかった。
「…一体どうしたの?何があったの、ミラ…!?」
恐る恐る、静かにジャックが尋ねる。
ミラは視線をジャックから外し、頭上――ホテルの屋上の辺りを睨んだ。
「まだ、アイツがいる…あなたを、傷つけたくない」
「ミラ…一体何を」
狼狽えるジャックに、ミラは僅かに笑みを浮かべた。哀しみの入り混じった笑みを。
「ごめん…私、何も…できなかったみたい」
その瞬間、再び発生させたビームサーベルを、彼女は治りかけていた胸の傷口に深く突き入れ、自らの身体を斬り裂いた。
彼女のアーマー、そして翼が消えて、元の姿へと戻っていく。
彼女の眼に絶叫するジャックの姿が映った。
もう彼の声も、彼女には聞こえない。その光景を最後に、彼女は意識を失った。
「グッ…ガハッ」
ヘルメットの中に、ジャンゴは血を吐いた。
空中で爆発し、その状態から地面に落下したジャンゴは、それでもまだ辛うじて生きている。
メインブースターこそ破損・爆発したが、肘と膝裏に仕込まれた姿勢制御用のサブブースターは生きており、落下間際に噴射することで衝撃を軽減していた。
だがそれでも身体にかかった衝撃は凄まじいものがあり、手足はおろか内蔵にまで深刻な打撃を及ぼしている。
一緒に落ちたクロウ・エリュシオンはどうなったのか。仰向けの姿勢のまま、ジャンゴは周囲に視線を向けた。
「ッ…!」
ジャンゴの眼前で、クロウは立ち上がっている。
左目を瞑っているが、そこから涙の様に血を流し。爆発の影響で身体中が灰や埃で覆われ、更に顔には幾つか火傷が見える。
そんな満身創痍の状態にも関わらず、それでもクロウは立ち上がっていた。
ジャンゴはクロウに何か言おうとしたが、内臓にダメージを負っているせいか、声を出すことができない。
クロウはそんなジャンゴを一瞥すると、踵を返す。
まだ負けてない。そう言おうとしたが、声は出ず、身体も動かなかった。
――畜、生…!!
そう思ったのを最後に、ジャンゴは意識を失った。
そんなジャンゴに近づく影が一つ。
「やっと追いついたぞ…!!」
肩から血を流しながら、レオン・トラヴァースがジャンゴに近づく。
彼は無事な方の腕で、重そうな袋を一つ肩から担いでいた。
そして彼は、意識を失っているジャンゴと、歩み去ろうとしているクロウに視線を向ける。
「おい、トドメを刺さないのか!?こいつはまたお前を狙ってくるぞ!!」
歩いていくクロウに向けて、レオンが問う。
クロウは振り返ると、ただ首を振った。そして、再度元の方向へ歩いていく。
レオンは途方に暮れたように頭を掻いた。
「ったく…」
言いつつ、機関銃をジャンゴへ向けるレオン。
だがしばし考えて、彼はその銃口を下げる。
――俺が斃してもいねぇのに、トドメだけ刺すなんて真似ができるか。
そう考えながら、傍らの建物に目をやった。
クロウとジャンゴが落ちてきた建物で、5階建てのアパートだ。周囲の建物よりは高いように見える。
「…望み薄だが、せめて最後まで足掻くとするか」
肩に担いだ袋を一瞥し、彼はその建物に入っていった。
「ミラ…ミラ、ミラ!」
倒れたミラを抱き起こして、ジャックは必死に彼女の名を呼ぶ。
しかし、ミラがジャックの言葉に反応することは無かった。
それでも、諦めずに彼女の名を呼び続けるジャック。いつしか、彼の眼に涙が溢れ出していた。
その光景を、やっとその場に辿り着いたクロウが呆然と眺める。
「あぁ…俺は…」
自然と彼は膝をつき、両手も地面に着いていた。
その脳裏に、過去の光景が蘇る。
過去の、忌まわしき記憶が――
「また…間に合わなかったのか…レノア…」
「何で…どうして…こんなことに、なったのかな…」
ミラを抱きしめて、小さな声でそう呟くジャック。
もう彼にも、それ以上言葉を紡ぐことも出来なくなっていた。
背後から、声がかかるまで。
「それは、哀しみか」
涙を流したまま、ジャックが振り向く。
彼の後ろに立っていたのは、クリストファー・セレナードだった。
初めて会った時と同じ、クリーム色のコートを身に着けているが、髪は縛っておらず、眼鏡もかけていない。
彼は、感情を出さぬ表情のまま、しかし真剣な眼でジャックを見た。
「その子の死が、哀しいか。ジャック君」
「そんなの…当たり前じゃないですか…!!」
悲痛なジャックの言葉に、クリスはゆっくりと彼の前に回ってくると、その場に腰を下ろしてジャックと向かい合った。
「もう一度、答えてほしい」
「何を犠牲にしても、その子を救う覚悟があるか」
クリスの言葉に、ジャックは何か言い返そうとした。
だが、クリスの真剣な眼を見て思い直すと、彼は答えを返す。
「…はい!救えるのなら…僕はどんなことだって…」
「その子の一生を背負う覚悟はあるか」
続けて再度紡がれた問い。
今度はジャックは、即座に肯定した。
「はい!僕は…僕は前から…!!」
ジャックの言葉の続きを、クリスは手で制する。
そして、それまでの表情から一転して、彼は微笑んだ。
「それが聞きたかったんだよ。ずっと」
そう言うと、クリスは視線をジャックから、彼の後方にいるクロウに向けた。
微笑んだまま、その瞳から涙が一筋流れ落ちる。
それを見て、直感的にクロウは悟った。彼が何をするつもりなのか。
「お前、まさか…!!」
クリスはゆっくりと、横たわるミラの手を取り、その手を握り締める。
やがて無数の光が、クリスの腕からミラの腕に流れていくように見えた。
「クリス…さん…?」
その光景に、彼の名を呼ぶことしかできないジャック。
クリスはそんなジャックに視線を向けると、言った。
「まだ時間があるから、昔話を聞いてくれないか」
「昔…話…?」
ジャックの言葉に頷くクリス。やがて彼は、話を始めた。
「昔ね、信じていた人全てに裏切られた者がいた」
そう話す彼の視線は、自分の手元に注がれている。
「彼はやがて旅に出て、会う者全てにこう尋ねるようになった。『君が死んだら、哀しむ者はいるか』と」
「きっと、身近な人全てから死を願われた彼は、知りたかったんだ。他者の死に際し、心の底から哀しむことのできる人間は、存在するのかと」
「でも今なら分かる。彼がやるべきだったのは、問う事じゃなくて…諦めずに見続けることだった。そうすれば…僕のように、きっと答えを得られたのかも」
「…その人は、どうなったんですか…?」
クリスの話に、自然とジャックはそう尋ねていた。
彼の問いに、クリスは僅かに微笑み、首を振る。たったそれだけで、ジャックは結末を察して、目を伏せた。
クリスは静かに続きを紡ぐ。
「僕も今の今まで悩んでた。過ちを犯し、目的を亡くし、どう生きればいいのかって。僕を生み出した人が、何故僕を目覚めさせたのか…少し恨みさえした」
一泊を置き、彼は続けた。その視線を手元から、ジャックの方に移して。
「でも…考えてみれば、君達はそれが普通だったんだよね。目的をもって生まれる僕らの方がむしろ…歪だったのかもしれない。力を失って、初めて気づいたよ」
「クリスさん…」
クリスの話の後半は、ジャックには理解が難しかったが、それでも彼の言葉に、何かしらの感情をジャックは読み取っていた。
やがてクリスは、それまで微笑んでいた表情を真剣なものに変えると、ジャックに言う。
「僕と違って、彼女は翼を持ってる。だから、まだ…生きられる筈だ」
話の内容をジャックに言い聞かせるように、彼は言葉を続ける。
「いいかいジャック君…彼女が力を最大限発揮するのに必要なものが二つある。太陽と、感情だ」
「太陽と、感情…」
ジャックの言葉に頷くと、クリスは尚も続ける。
「太陽が力の源であり、感情が力の発露だ。だから、ジャック君…彼女が力を発揮できるかは、君にかかってる。それを…憶えておいてくれ」
「は、はいっ…!」
ジャックの返事に微笑むと、深く息を吐くクリス。
「そろそろ、時間だ」
「…クリス、さん…?」
クリスの視線が、ジャックから彼の背後に移る。
クロウが、ジャックの背後まで近づいてきていたからだ。
彼は全てを察した表情で頷くと、静かにクリスに言った。
「思い残すことは…無いか」
クリスはクロウの問いに、微笑みながら頷く。
気がつけば、クリスの身体全体から、淡い光が浮かんでいた。
かつて、この星で消えた、最後の人間のように。
「ありがとう。さよなら」
その瞬間、クリスの姿は消えていた。
クロウは目を瞑り。ジャックはただ、呆然としている。
「ぅ…」
「ミラ…!?」
抱きかかえていたミラが僅かに声を発し、ジャックが彼女の名を呼ぶ。
やがて彼女が薄く目を開いていた。
「…邪魔者が消えてくれたのは幸いだった、が」
ホテルの屋上から、その様子を眺めていたビートルジュースが言う。
その顔に、先程まで浮かんでいた歓喜の表情は跡形も無く消え去っていた。
「まさか…」
言いながら、彼は振り返る。スティーブと相対している、レイラの方に。
レイラもまた、ビートルジュースの方へ視線を向けていた。
彼女はただ、首を振る。
「駄目か?」
「ああ。もうあの娘は、操れない」
ビートルジュースの念押しに、改めて言葉で伝えるレイラ。
その言葉に、ビートルジュースの顔に怒りの色が浮かんでいく。
米神に血管が浮き、眉間に皺が寄り、その口はぎゅっと引き締まっている。
「ジェネシス…最後の最後まで余計なことを…」
「どうしたビートルジュース。さっきまでの笑顔はどこに行ったんだ?」
そう言って、スティーブは笑みを浮かべた。
彼の居る位置からは地上の様子は分からないが、ビートルジュースとレイラの会話から、何か不都合な出来事が起こったのだと察することができたからだ。
ビートルジュースは血走った眼をスティーブへ向ける。
「ここから先、どうなるかな。あんたの望み通り、全員一緒に破滅するか…それとも、違う結末になるか」
そう言って笑みを浮かべるスティーブに対し、ビートルジュースは視線をレイラへと移す。
その瞬間、スティーブの身体が意思とは無関係に動き出し、構えていた銃の銃口が、スティーブ自身の米神に押し当てられる。
「っ!?」
「自分の立場が、分かってねぇようだな」
静かな口調で、ビートルジュースはそう呟いた。
しかし、それでもスティーブは笑みを止めない。
「俺に構っていていいのか?ここから先どうなるか、見逃しちまうぞ」
その言葉にビートルジュースは舌打ちすると、再び視線を地上へ向けた。
その様子を見て、スティーブは内心で胸を撫でおろす。内ポケットに入っていた携帯が、着信により震えていたからだ。
誰からの着信であるにせよ、今ビートルジュースとレイラに気づかれれば、まずいことになる。そうスティーブは直感していた。
ジャックが固唾を呑んで、意識を取り戻したミラを見守る。
傍らにいたクロウは後退し、二人を見守った。
「私…」
呟きながら、ミラは数回瞬きする。
やがて彼女は、ガバッと勢い良く起き上がった。
「ミラ…!!」
ジャックが彼女の名を呼ぶ。ミラはジャックを見ながらも、その場に立ち上がった。
「大丈夫…?」
「…何故、来たの…?」
ジャックがその身を案じる言葉に対して、ミラは消え入るような声でそう呟く。
「また、自分を抑えられないかもしれない。次は親しい人を…あなたを、傷つけるかもしれない…!!」
強い語調でそう呟き、再び静かな声で彼女は言う。
「だから…もう、会わないと思ってたのに…」
ミラの言葉に、ジャックは勇気を奮い起こした。
脳裏に、ケインの言葉が響く。
脳裏に、クリスの言葉が響く。
彼は、自分の想いを言葉に乗せた。
「アレで終わりなんて嫌だ。これでお別れなんて…絶対、嫌だよ…!!」
「ジャック…?」
言いながらジャックは、1年前を思い出した。
ミラの父親であるジョエル神父の死と、一緒に逝こうとする彼女を引き留めた言葉。
「ミラ…今度こそ、一緒に生きよう」
「君が好きだ」
ジャックの言葉に、しばらくミラは反応できなかった。
やがて彼女の頭がジャックの言葉を理解してくるにつれて、彼女の目から――涙が流れ落ちてくる。
「でも、私…こんな、こんな身体なんだよ…?」
ジャックは微笑み、首を振った。
「そんなの関係無いよ。僕が好きになったのは、ミラなんだ」
「ジャック…」
堪え切れなくなったミラが、ジャックの胸に飛び込んだ。
ジャックも、ミラを抱きしめる。
そうしながら、彼は言った。
「だからさ、お願いだ…必ず戻ってきて」
「うん…うん!」
やがて、二人が離れる。ミラは泣き腫らした目で、微笑んでいた。
「私…絶対、戻るから!!」
その瞬間、ミラの姿が光に包まれる。
やがてその光が晴れた時、彼女の姿は――純白の翼を纏っていた。
翼だけじゃなく、身体を覆うアーマーも、黒から白へと変じている。
その姿に、クロウは過去に戦ったロックマン・ジーザスの姿を思い浮かべた。
頭と背中の二対の白き翼、そして純白のアーマー。だがクロウの記憶にあるジーザスのそれとは違い、そのデザインに攻撃的な部分は鳴りを潜めている。
ミラは、頭上にあるホテルの屋上を見つめた。
そんな中、クロウのアーマーに内蔵された通信機から通信が来る。
「…誰だ?」
『俺だ、さっき助太刀したろう』
その声が、アーマーを着る前にジャンゴに襲撃された際、助太刀してくれたレオン・トラヴァースのものであることにクロウは気づく。
『スティーブ・ハントが電話に出ねぇから、あんたに言っとくぞ』
「何だ?」
クロウの問いに、レオンが答える。
『ジャンゴのレーザーを拾って修復した。町を囲んでる巨像を破壊するのに使えるんじゃねぇかってな。ただ、応急処置で恐らく一発しか撃てねぇ。準備ができてるんなら、あんたが指示してくれ。こっちはもう準備できてる』
レオンの言葉に、クロウはジャンゴとの戦闘中に喰らった、あの高出力のレーザーを思い出す。
あれなら戦闘端末を破壊することも可能かもしれない。そうクロウは判断した。
「ミラ・クラウス!町を囲んでる戦闘端末を破壊する必要がある!!」
クロウの言葉に、ミラは頷いた。
そして、重力を操作してゆっくりと空中に浮上していく。
ホテルの中ほどの位置まで浮遊した彼女は、町を囲んでいる三体の戦闘端末を見回した。
ホテルの中ほどではあるが、その時点で既にそこよりも高い建物はプリズナの町には存在せず、戦闘端末三体の姿が見える。
彼女は片腕をバスターに変化させると、西側の戦闘端末に向けた。
その様子を見て、クロウが叫ぶ。
「待て!一体を攻撃すれば他の二体が攻撃を開始するぞ!!やるなら、三体同時に破壊する必要がある!!」
ミラはクロウに視線を向け、無言で頷いた。
「クロウさん」
そんなクロウに、傍らのジャックが声をかける。
クロウが視線を向けると、ジャックは先程までとは打って変わり、落ち着いた表情で彼の方を向いていた。
「大丈夫、彼女を信じて」
クロウは少し考えると、やがて通信機で繋がっているレオンに声をかけた。
「合図したら東側の戦闘端末に向けて発射しろ!」
『了解した!』
「やらせると思うか?」
ホテルの屋上から、彼らのやり取りを見ていたビートルジュースがそう口走る。
「おいリヴァイアサン、あの小娘が操れねぇんなら、あの小僧を…」
「フフッ、ハッハッハッハッハ!!」
急に笑い出したスティーブに、ビートルジュースが血走った目を向ける。
「何が可笑しい?」
「お前は可笑しくないのか?あんなに笑ってたのにな」
笑みを浮かべながらそう言うと、スティーブは続けて言葉を口にする。
「分からないか?お前はテレビでこの町の住人に『自由にしろ』と言った。自由にして、この町が破滅するのを見たかったんだろ。なのに自分の計画が上手く行きそうにないと、『便利なコントローラー』で町の人間を自由にさせないようにしてる。違うか?」
言いながら、レイラに視線を向けた。今しがた自分が『便利なコントローラー』呼ばわりしたレイラに。
「その時点で、お前の計画は破綻してるんだよ、ビートルジュース。レイラに頼れば、確かに何もできずに早晩この町は壊滅するが、お前の望み通り、全ての人間が自由にした結果として、破滅するんじゃない」
スティーブの言葉に、レイラは僅かに目を見開いていた。
「リヴァイアサンを使ったその時点で、このゲームはお前の負けだ。ビートルジュース」
その瞬間、ビートルジュースの持っていた銃が火を噴き、スティーブの肩を銃弾が貫く。
「ぐっ!!」
「黙れよ、お前?」
久方ぶりの激痛に、流石のスティーブも表情が苦悶に変わる。
だが、それでも彼は、ビートルジュースを睨みつけた。
「あぁやっぱり、お前はガキだよ。自分の望み通りにならなきゃ気が済まない、ただのガキだ。このゲームにレイラという保険を用意した時点で、自分は賭けの盤上に上がるつもりも無い、ただのガキだってことが、よく分かったぜ」
「黙れぇ!!」
そう叫び、ビートルジュースは再度、銃の引き金を引こうとした。
だが、ビートルジュースの指は動かなかった。
「おい、リヴァイアサン…何してる?」
同時にスティーブは、自分の身体が自由に動くことに気が付いた。
自分の米神に向けていた銃を下ろして、彼はレイラを見た。
レイラは、ビートルジュースを冷めた視線で眺めていた。
「彼の言う通りだ」
瞬間、今度はビートルジュースが、持っている拳銃を自身の米神に向ける。
「!?おい、冗談は止せ…『パンドラ』!!」
「『プロメテウス』、貴方は貴方自身のゲームで、脱落した」
瞬間、ビートルジュースの持っていた銃が、再び火を噴いた。
手を握り、開くのを繰り返して、自分が自由になった事を確認するスティーブ。
やがて彼は、まずビートルジュースを見た。
ビートルジュースは、床に血溜まりを作って死んでいた。
死体は白目を剥き、その場に横たわっている。
米神に撃ったせいで、その顔の大半が血に覆われていた。
そして、その傍らにレイラは佇んでいる。
「…れ、レイラ…?」
「下の様子を見ないのか?」
レイラは心底不思議そうにそう言って、スティーブを見た。
スティーブはレイラに視線を向けたまま、屋上の縁の近くまで行くと、そこまで行ってからやっと視線を地上の方に向ける。
そして視線をそちらに向けながら、彼は言った。
「お前…何考えてる?」
「…後で話すよ。スティーブ」
レイラもまた、地上の様子を見守りながらそう答える。
名前を呼ばれたことに、スティーブは驚愕して視線をレイラに向けた。
「今のお前は…どっちなんだ」
レイラはただ、微笑んだ。
ミラの方を見ながら、クロウが通信機越しにレオンへ話し続ける。
ミラも視線をクロウに向けていた。
「よし…やるぞ。3、2…」
その瞬間、東側の戦闘端末から轟音と爆炎が上がった。
「!?」
クロウとミラ、それに屋上でレーザーの発射準備を行っていたレオンが目を見開く。
三人が視線を向けた後も更に断続的に、爆撃が東の戦闘端末を襲う。その爆撃が一発ごとに、確実に戦闘端末を破壊していた。
『ージュ…ミラージュ…』
クロウの通信機から、雑音交じりの声が響く。その声が、安否が気になっていたものの声であることにクロウは気づいた。
「ゼゼか!?」
『すみません、残りの二体…お願いします』
クロウは、再度東側の戦闘端末を見た。既に全体が炎上し、崩れ落ちようとしている戦闘端末の姿を。
「これでいいのか」
『ええ…後は彼らがやってくれると…信じます』
東の山の中腹で、バズーカのような兵器を構えたジョン・クラフトが戦闘端末を見やる。
既に半壊状態となった戦闘端末。それでもジョンは、兵器の引き金に掛けた指を緩めない。
そんなジョンの傍らに、墜落したゼゼがいた。
先程は点滅していたゼゼの瞳が、今は赤く輝いている。
「…リーバードと話すのは初めてだ。無事なのか?」
『体内のナノマシンが修復中ですので…もう少ししたら動けます』
ゼゼの言葉を聞き、少し安心したように頷くジョン。
「だが…三体同時に破壊しないと、町の人間が殺される」
『大丈夫です…もう彼らも、準備ができているようでしたから』
そう語るゼゼを一瞥した後、ジョンは再び戦闘端末に照準を定め、引き金を引いた。
東の戦闘端末が、もうレーザーの発射もできないほど破壊されていくのを確認するクロウ。
『おい!発射していいのか!?』
レオンの声を聞き流しながら、続けて彼は西と南、二つの戦闘端末を見やる。
東の戦闘端末が攻撃されたのに反応して、既に2機は攻撃を開始するため、エネルギーをチャージしていた。
「レオン!!西側だ!撃て!!」
クロウが、声の限りに通信機に向かって叫ぶ。レオンも快活に返事を上げた。
『アイアイサー!!』
瞬間、ビルの屋上から高出力のレーザーが発射され、西側の戦闘端末を貫いた。
一撃で、胴体部に大穴が開き、手足までもが巻き込まれて溶解していく。
それを確認し、クロウはミラの方を見た。
「ミラ・クラウス!!」
「ミラ!!」
クロウとジャックがミラの名を呼ぶ。
ミラが、片腕のバスターを南側の戦闘端末に向け、エネルギーを収束した。
戦闘端末もまた、エネルギーの収束を終えようとしている。町の住人を虐殺せんと、凶悪な光を携えて。
ミラはバスターを構えて、戦闘端末を見据えた。
そして、気付いた。自分が今破壊しようとしている『巨像』は、一年前地下で父親が操ろうとしていたモノの一体だったことに。
その事実は、ミラの決意を――揺るがせはしなかった。
――ああ、そうか。そこに、ずっと居たんだね。
「さよなら、父さん」
流れる涙を振り払うように、ミラはバスターを発射した。
東の戦闘端末を破壊した爆撃。西の戦闘端末を破壊した収束レーザー。
そのどちらをも凌ぐ威力の光の奔流が空を駆け、今まさに収束したエネルギーを解放しようとしていた巨像を飲み込んだ。
後には、頭部を含む胴体が消失し、巨像の二本の脚が残るのみ。バランスを崩したそれもまた、音を立てて倒れていく。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
バスターの反動により、肩で息をするミラ。南の巨像が消失したのを確認すると、彼女は西と東の巨像も見る。
東の戦闘端末も、爆撃を浴びて炎上、半壊し、沈黙している。レーザーの直撃を浴びた西の戦闘端末も、同様に胴体に大穴を開けて沈黙していた。
「…やった…」
その時、ミラは気づいた。
人々の声が聞こえる。
誰もが空を見上げて、彼女を見ていた。
呼吸が整った彼女はやっと耳を澄まして、人々の声を、視線の意味を理解した。
自分を包んでいるのが、歓声であると。
「成功か…」
ホテルの屋上からその様子を眺めていたスティーブは、力が抜けたようにその場に腰を下ろす。
「全く、ヒヤヒヤさせやがって…」
言いながら、彼は傍らのレイラの姿を見る。
そして気付いた。彼女の表情に、まだ緊張が残っていることに。
「…どうした?」
レイラは町を眺めたまま頷くと、言う。
「この町に集められた私達には共通点があった」
「…共通点?」
「ジャンゴは金と設備。ビートルジュースは金と時間。そして私はこうして『元に戻る』こと」
「…どういう意味だ?」
そこで初めてレイラは、視線をスティーブの顔へと向けた。
「この町の人間全てを殺すために必要なものだ」
「なっ…!?」
レイラの言葉に、スティーブが絶句する。
彼女が何を考えているのか、その表情からでは読み取れない。
だからスティーブは緊張と共に、問いを投げた。
「一体…何が言いたい…?」
レイラはスティーブの顔を見つめ、無表情のままに続きを紡ぐ。
「私達は各々が別々の方法で、町の人間を殺せる。彼女もだ」
「彼女…?」
レイラの言葉をスティーブが理解する前に、彼女は空を見上げた。
不意に強い風が吹き、レイラが髪を掻き上げる。
やがて彼女は、ポツリと言った。
「聞こえるか。彼女の、哭き声が」
雲の中で、町の様子をずっとベルカナ・フォン・ロワイアルは把握していた。
「大口を叩いた割には、随分期待外れな幕切れじゃない。ビートルジュース」
そして、彼女は目を開ける。
「まぁいい。ならば私の手で…」
「全て、滅ぼすとしよう」
最終更新:2019年07月21日 22:59