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ある街の孤児院に、一組の姉弟がいた。
孤児院の環境は劣悪で、子供達は奴隷同然に働かされていた。
姉弟のうち弟の方は生来反抗心が強く、いずれ事件を起こすのも必然と言えただろう。
ある日、偶然拾ったガラス片を武器に、彼は職員の一人を刺し殺した。その職員は弟より遥かに体格が大きく、日常的に彼や彼の姉へも暴力を振るっていた。

事件を受けて孤児院は、警察ではなく一人の壮年の男を呼んだ。
彼は弟の様子を一目見て、孤児院から連れて行くと告げる。
弟は抵抗し、姉と一緒でなければ嫌だと答えた。姉は弟とは違い病弱で、そんな姉を守るために弟は職員を殺したのだった。
男は少し考えて、姉も一緒に連れていく事にした。

男は自分の住む屋敷に二人を連れてくると、何不自由のない生活を送らせた。
戸惑い、やがてその環境を受け入れた二人だったが、男と共に数年を暮らすうち、彼が何故そのような財産を持っているのかを理解した。

街の裏社会を根城とした非合法組織――マフィア。男はその頭目だった。

数年を経て、姉弟は成長した。
弟は、自分の恵まれた環境に満足できなかった。いつか、また理不尽な暴力が自分を襲うかもしれない。そんな半ば強迫観念にも似た思いが彼を追い詰めた。そしてもう何者にも屈さない力を欲し、彼は自らを鍛えた。
弟とは対照的に姉は自身の環境に満足し、やがてそれを与えてくれた男を尊敬した。そして男の事業を継ぐことを志し、その内容を理解しようと努めた。それが非合法組織であることは、彼女には関係が無かった。孤児院で弟と共に虐げられた彼女には、法など無意味なものとしか認識しえなかったからだ。

そんな中、弟はやがて庇護された自らの状況をも不満に思い、街を出て行った。

姉はそんな弟を気に掛けたが、自らの力を高めたかったのは彼女も同じであった。弟とは対照的に姉は街に残ると、より一層男の右腕として働いた。

やがて、男――プロキオンと呼ばれた古き神々の一人は、街で起きた戦乱により、発狂させられた。

姉は、そんな男を哀れに思い、身を引き裂くような想いで男を殺した。
手を下した時点で、姉の人間性は変化していた。自らを庇護し、そして自らが奉仕した存在を奪われた彼女は、その心に消えることのない復讐の炎を宿す。
そして組織の幹部の一人――ビートルジュースと呼ばれた男との取引により、彼女は自らの身体に手術を施した。

彼女の体内で、ある力を持ったナノマシンを生成できるように。

少量では何の力も持たないが、数日かけて大量に生成すれば、一定時間、一定範囲内の大気を操れる。そんなナノマシンを。
ナノマシンの生成には水分を必要とした。そのため、彼女は生命維持に必要な量を除く、体内の水分をそちらに回すように改造された。

こうして、彼女――ベルカナ・フォン・ロワイアルは、ビートルジュースの行う『ゲーム』へと参加した。

月日を経て再会した、ジャンゴ・ザネッティと名を変えた弟と共に。だが今の彼女はもう、彼に対する感慨すら、抱くことは無かった。


そして現在。

雪が降ってくる。
風が吹き始める。
どちらもこの地域では、夏場を除けば日常的にあることだ。

だが、今この瞬間のそれだけは、違う。

ベルカナ・フォン・ロワイアルの力によるものだった。

彼女は、雲の中から降下して、町を見下ろす。
その脳裏に、これまでの人生が思い浮かぶ。そして、自らが手にかけた、発狂した男の死に顔が。
やがて彼女は目を開け、言葉を紡いだ。
「終わらせましょう。我が恨みも、この町も、ゲームも…何もかも」


町から聞こえてくる歓声。
ミラは一瞬、その声に顔を綻ばせる。
だが、それはその一瞬のみの話だった。
「!!」
背筋を貫くような悪寒。反射的に、周囲にエネルギーフィールドを張る。

途端に、頭上からの閃光と爆音、それと共に飛来した稲妻がミラを襲った。

「く…!!」
張っておいたエネルギーフィールドで稲妻をやり過ごしたミラは、殺気の方向――町の中央上空を見上げた。

雲のすぐ下に、殺気の主はいる。

緑のラインの入った白いアーマー。顔全体を覆うメット。腰回りにはスカート状の装甲が見える。

そして何より、その背中にはエネルギーで形作られた、蝶のような羽根が発生していた。

ベルカナは、片手を真下に向けて掲げる。
その途端、町全体を凄まじい風が襲う。
同時に降ってきていた雪もその激しさを増し、瞬く間に吹雪となっていた。


「何だ、この寒さ…!」
降り行く雪と強くなる風に身震いし、スティーブはそう呟く。
ホテルの屋上ということもあり、急激に気温が低くなるのを肌で感じた。
レイラの方は、表情を変えぬままその場に立っている。
その視線は、町の中央上空へ向けられていた。
「彼女の力だ」
スティーブもレイラと同じ方向を見て、ベルカナの姿を認める。
「何だ、あそこにいるのは。あいつがこの吹雪を起こしてるってのか!?」
「あぁ。詳しくは知らないが…彼女は天候を操作できるらしい」
「天候の、操作…!?」
唖然とするスティーブに、レイラはただ頷いた。


地上で空を見上げていたクロウとジャックも異変に気付く。
「もう一人いたのか」
「何で…急に…」
気温の低下により震えだすジャック。それを見たクロウが言う。
「先程ミラに落ちた稲妻といい…どうやらまだ、天気を操る敵がいるらしいな。ジャック、その姿だとキツイ筈だ、一旦店に戻った方が良い」
しかしジャックは首を振った。
「ミラが戦ってるんです、僕だけ逃げたりなんかできません」
言いながら、尚も目に焼き付けるようにミラの姿を見上げるジャック。
それを見かねてクロウは、自分の首に手をかけた。
「汚れてるのが申し訳ないが…我慢してくれるか」
そう言うと彼は、自分の首に巻いていたスカーフをジャックの首に巻いてやる。
「い、いいんですか?」
「ああ。俺はアーマーに体温を調整する機能があるから問題ない。お前に預ける」
そう言うと、再びクロウはジャックと共に、上空の戦いの行方を見守り始めた。


「やめて!!」
ミラの声に、ベルカナはその冷たい視線を彼女へ向ける。
ミラは先程戦闘端末を消滅させたバスターを彼女へと向けた。
「これ以上、町を苦しめるのなら…あなたも…!!」
ベルカナはそのまま動かず、かといって吹雪を止めるようなそぶりも見せない。
ミラは意を決し、彼女の命を奪うまではしないよう威力を調整したバスターを発射する。

しかしバスターは、ベルカナの手前で霧散した。

「!」
「力を持ってるのが自分だけだとでも?」
言いながら、今度はベルカナが片手を掲げる。
「太陽無き世界でいつまで保つか…見せて頂戴」

瞬間、空の全てが光り輝き、一瞬にして大量の稲妻がミラを襲う。

先程の様にエネルギーフィールドで凌ぐミラだが、それでも凄まじい衝撃にたまらず、彼女は目を瞑る。
「ぐ…ううぅぅ…!!」


ベルカナが空から発生させている稲妻。それを防御するミラ。
ミラの表情が苦しそうに歪み、それを見たジャックが焦る。クロウは彼女の様子を見て、その状態を理解した。
「ミラ・クラウスの力がジーザスの能力と同じだとすると…まずいな」
ミラの様子を見て焦っていたジャックだったが、クロウの声に、彼の方を注目する。
「ど、どういうことです…?」
だが、クロウが言葉の続きを紡ぐ前に、別の方向から声がかかった。
「ミラージュ!!」
声の方に目を向けて、クロウも声の主の名を呼ぶ。
「ゼゼ!!」
焦った様子のゼゼが、二人の元に駆け寄ってきていた。
彼女は人型に戻っており、外傷も無く服装も別れた時のままだ。
「無事だったか…!」
「ええ、墜落した場所で助けてくれた人がいましたので。それより…」
言いながら、ゼゼが空を見上げる。
「彼女は、私達が止めるべきです」
「どういうことだ?」
クロウの問いに、ゼゼは北山の屋敷でバアルから聞かされた話を思い返した。
「彼女の名はベルカナ・フォン・ロワイアル。以前の戦いで…遺された者です」


稲妻の連撃に耐えていたミラだったが、彼女は意を決した。
「っ…!!」
目を開け、僅かな連撃の狭間にエネルギーフィールドを消失させて、上空まで飛び上がる。
ホテルより高くまで来たところで、漸く正面からベルカナを見据えた。
「はぁっ…はぁっ…」
必死で息をしながら、彼女は考える。
身体に残ったエネルギーはもう残り少ない。そのことが本能的に理解できていた。
脳裏で反復する、先程の約束。守るためには、一刻も早く相手を倒すより他無い。
そして、彼女は覚悟を決めた。

ベルカナが飛び上がったミラに対して、再度片手を掲げる。

空が光る。

稲妻が発生した瞬間に、ミラは動き出した。

片腕にビームサーベルを発生させ、光の如き速さでベルカナに接近、その光刃を振り抜く。

だがその一撃は、ベルカナもまた発生させた片腕のビームサーベルで受け止めていた。
「っ!!?」
「接近戦なら勝てるとでも?」
そのまま振り抜かれたサーベルを辛うじて防御しつつ、ミラは後退する。
ベルカナは更にもう片腕からもビームサーベルを発生させ、更にミラへと追撃を加えた。
「くっ…!!」
「ビートルジュースがどこにいるかを見抜き、今も私の能力を短時間で推測して接近戦に持ち込んだ。褒めてあげる。貴方は賢い」
言いながら、片腕をかざすベルカナ。
その動作の意味を理解し、即座にその場から離脱するミラ。
その瞬間に、今まで彼女が居た場所を、稲妻が通り過ぎる。
同時に、ミラは移動先――ベルカナの背後から、彼女へと斬りかかった。

「けれど…それでも貴方には、どうすることもできない」

それを予期していたように、背後に回した腕のビームサーベルで、ミラの一撃を防御するベルカナ。彼女は振り返ると、ミラの顔を覗き込む。
「もうその身体に、エネルギーは殆ど残ってない。そうでしょう?」
ベルカナの指摘に、ミラは歯を食いしばる。
やがて、そのままミラは言葉を紡いだ。
「何故なの…あなたは、この町に何の恨みがあるの…!?」
ミラの言葉に、ベルカナは目を細めた。

「お前には分からない。決して」

「…!!」
彼女の眼に、ミラは驚愕した。
その瞬間にベルカナはビームサーベルを振り抜き、ミラを弾き飛ばすと、頭上に両腕を振り上げて、交差させたサーベルをミラへと振り下ろした。
「ぁ…!!」

防御が間に合わず、斬られるミラ。

そのまま、彼女は落ちて行った。

「…ふん」
落ちていくミラを、何の感慨も無く見下ろすベルカナ。
彼女は再度、片手を眼下の町へと翳した。
その動作に応えるかのように、風と雪が強くなっていく。
ジャンゴのような派手さも、ビートルジュースのような騒々しさも無い。厳粛なる沈黙と共に、彼女はプリズナの町を終わらせようとしていた。


ミラは、自分の身体が落ちていくのを感じた。
ベルカナのビームサーベルを受けた際、咄嗟に身を引いて致命傷を避けたのだ。
だがもう身体に残るエネルギーが残り少なく、体内のナノマシンで傷を治療しながらでは、重力を操作して飛ぶことも困難になっていた。
――行かなきゃ。行かなきゃ、町の皆が…
町を救いたい。そんな一心で、霞む視界の中に手を伸ばす。

そんな自分の身体が、誰かに抱き留められたのを感じた。

「あなた、は…」
「やっと言えるな。父親の事…守れなくてすまなかった」
ゼゼに乗ったクロウが、落ちて行ったミラの身体を受け止めていた。

ビルの屋上に着陸し、彼女の身体を下ろすクロウ。
その身体の傷跡を見て、クロウは少し安堵の溜息を吐いた。
「アーマーの表面が斬られただけで致命傷は避けてるな…正直、肝が冷えたぞ」
既にミラは意識を失っている。クロウは一先ずそこにミラを横たえて、再びゼゼの背中に乗った。
「言い忘れてたが…悪いな、付き合わせて」
『お互い様です』
そして再び、ゼゼは飛翔する。最後の戦いへ向けて。


「!!」
ベルカナは、眼下より高速で何かが接近してきたのに気付いた。
そしてその何かの正体も。
「やはり最後まで邪魔しに来るのは…お前達か!!」
即座に雷を発生させ、接近するゼゼに向けて落とす。
『掴まっていて下さい!!』
「ああ!!」
ゼゼは最小限の動きでそれを回避した。
彼女の背に乗るクロウも懸命にバランスを保つ。
そして次の瞬間、ゼゼはベルカナの近くまで接近し、彼女の背中に乗るクロウが刀を構えた。
「くっ!!」
クロウの刀と、ベルカナのビームサーベルが交差する。
一撃が防がれたことを確認し、クロウはゼゼに向かって叫ぶ。
「やはり…一撃で仕留めるのは難しい!!」
『まずいですね…補足される可能性が高く…』
ゼゼが言葉を最後まで紡ぐ前に、ベルカナは次の行動に移っていた。

「目障りな…!!」
言いながら、ベルカナは片方の掌を上に向けて掲げる。

その手に、小さな竜巻が発生した。

そしてそれを振りかぶり、旋回するように飛ぶゼゼへ向けて投げつける。

見る間に巨大化した竜巻が、ゼゼとクロウを巻き込んだ。

『く…バランスが…!!』
「糞…!!」
竜巻に巻き込まれ身動きが取れなくなっていく二人に、ベルカナは再び片手を掲げた。
「他愛ない」

その瞬間、再び凄まじい雷が、竜巻の中のゼゼとクロウを襲う。


辛うじてゼゼの背中にしがみついていたクロウがシールドを起動し、雷を防ぐ。
だがシールドのエネルギーもジャンゴとの戦いで大半が失われており、クロウは焦りを覚えていた。
「大丈夫か!?」
『私の身体は雷が直撃しても問題ないようになっています!!』
ゼゼの返答に、クロウは疑問の言葉を紡ぐ。
「だが、さっき墜落した時は…」
彼が言い終える前に、ゼゼは答えを返していた。
『ええ…あの時、空が光ると同時に、私の体内が焼かれていたんです』
彼女の言葉に、クロウは驚愕した。
彼が言葉を返す前に、ゼゼが体内のブースターを最大出力まで高める。
だがそれでも、自分達を巻き込む竜巻から、逃れることは叶わなかった。

竜巻から逃れようとするゼゼと、その背中にしがみつくクロウ。その二人を睨みつけ、両手から更に竜巻を発生させて、ベルカナは投げつける。
二重、三重と竜巻が重なるにつれ、その風力は倍加していった。

「く…駄目だ、もう…!!」
『ミラージュ!!』
クロウがゼゼの背中から、宙へと吹き飛ばされる。
凄まじい風の中で、ゼゼはその視界の端にベルカナの姿を捉えた。
「これで、あなたは籠の鳥」
その眼に、あの北山の屋敷で感じた時より何倍もの憎悪を感じる。

「思い知るがいい。何もできぬ無力感を」

「その身に刻むがいい。愛する者を、この手で殺めるしかなかった絶望を」

「それこそが唯一の、贖いだ…!!」

その瞬間、凄まじい量の雷が、ゼゼの体内で爆裂した。

「ふん…」
翼の片方が捥げ、無数の部品と共に落ちていくゼゼを、ベルカナは眺める。
いつしか、空から降るのは雪ではなく雨となっていた。
両手を広げて、降り行く雨を迎えるように浴びるベルカナ。
そうして、アーマーの中で彼女は深く、深呼吸した。

次の瞬間、彼女は片腕のビームサーベルを起動し、振り返り様に横薙ぎに払う。

光学迷彩を纏ったクロウの刀が、そのビームサーベルと接触していた。

「!!?」

驚愕するクロウと、そんな彼の姿を眺めるベルカナ。
そして彼女は、静かに言った。

「この空で起こる出来事は遍く全て、私の認識下にある」

脚部の反重力装置で浮遊しているクロウの状態を眺め、彼女は語る。

「お前の動きも、同じことだ」

その瞬間、クロウにも無数の雷が殺到し、電流が身体を焼いた。
「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


アーマーの各部から煙を上げ、所々が黒焦げとなったクロウ。
ベルカナはそのクロウの首を掴み、掲げていた。
「ゲームはこれで終わり。結末はこの町の終焉」
言いながら、クロウの顔を見るベルカナ。アーマーが顔を覆っているため、彼女の表情は窺い知れない。
「お前もそろそろ理解したでしょう。私が感じたのと同じ無力感を。絶望を」
静かにそう語りかけるベルカナの腕を、震えながらクロウは掴んだ。
「ゼゼから…聞いた…お前の、境遇を…」
その手と同じように震える声で、クロウは必死に言葉を紡ぐ。
「お前に、俺がかけられる言葉は無い」
彼の言葉に、平然とベルカナは言葉を返した。
「そう、なら今すぐに死んで…」
「だが!恨みを晴らすなら俺だけにしろ!!この町の人間を、巻き込むな!!」
ベルカナのメットに隠された顔を睨み、クロウが叫ぶ。
そんな彼の様子をしばし眺め、やがてベルカナは言葉を紡いだ。

「お前は決して知らない。私が、私達がこの世界から受けた仕打ちを」

彼女の声に宿った憎悪。その深さに、クロウは愕然とした。

「お前を殺した程度で、この憎しみが…晴れるものか!!」

そう絶叫し、ベルカナはクロウの首を掴んでいた手を離す。
クロウの身体は、そのまま落下していった。
「そうだ。お前だけじゃない。大勢の人間に…私と同じ絶望を」

その時、一発のエネルギー砲が、ベルカナの傍を掠めて飛んでいく。

「!?」
それは、当たっていればベルカナの身体をも飲み込んだであろう程高出力のものだった。
即座に彼女の視線が、発射元の地点へ向けられる。
そこにいたのは、落下してビルの屋上に叩き付けられたゼゼの姿だった。
無事な方の翼を地面に立てて起き上がり、その口腔内に装備されたエネルギー砲を、彼女の方に向けていたのだ。
ベルカナが視線を向けたのとほぼ同時に力尽きたのか、立てていた翼がくず折れ、そのままビルの屋上に横たわるゼゼ。
「油断などするものではないわね」
言いながら、もう意識を失っているように見えるゼゼに向けて、片手を掲げるベルカナ。
「ならこっちも、容赦は…」

その時、彼女は気づいた。一筋の光が、空から地上へと降り注いでいるのを。

振り返ると、ゼゼの放ったエネルギー砲が突き抜けて、雲間ができていた。

「太…陽…!」

雲間から太陽が覗き、日の光が町へと降り注いでいた。
「しまった…!!」
向き直り、眼下の町へと視線を走らせるベルカナ。

だが、探していた相手が、既に自分と同じ高さの空中へと浮上しているのに、彼女は気づいた。

「ミラ・クラウス…!!」

背中と頭部、二対の翼を広げて、ミラはベルカナと相対していた。

即座にナノマシンを操作して、雲間に差す太陽を覆い隠すベルカナ。
それでも、ミラの表情は変わらない。一見してその顔に感情は現れていないが、その眼には揺るがぬ決意が宿っていた。
目を見開き、仕掛けるベルカナ。
「っ!!」
天候を操作して、雷を落とす。
だがその瞬間、ミラは動き出した。

天から次々に降り行く雷を、凄まじい速度で動き出したミラが、紙一重で避けていく。

「くっ…!!」
その速さに驚愕し、ベルカナは次なる手を繰り出す。
両手から竜巻を発生させて、ミラの進行方向へと巨大化させる。
それらの隙間を縫うように飛び、更にミラはベルカナへと接近した。
無数の竜巻を抜けて、既にミラの位置はベルカナの間近まで来ている。
「き…貴様ぁっ!!」

その瞬間、ベルカナは自らを中心として、それまでで最大規模の竜巻を発生させた。

「っ!!」
その竜巻の規模は、遥か下方にある町にまで被害を齎しそうなほどのものだ。
それでも、ミラは――ベルカナへと詰め寄る速度を、変えはしなかった。
「愚か者め…今度こそ堕とす!!」
竜巻を発生させながら、更に竜巻の内部に雷を大量に発生させるベルカナ。
どんな速度でも、自身を覆う竜巻の風に飲まれれば、一瞬でも動きが鈍くなる筈だ。その瞬間に、雷を叩きこむ。ベルカナは、そう考えていた。
その、瞬間。

「っ!?何…」
竜巻の風に飛び込むかと思われたミラが、急に方向転換していた。
上へと。
釣られて、ベルカナが頭上に視線を向ける。

「渦の中心は…無風でしょう?」

ミラがそう呟くように言い放った時には、既に彼女の姿はベルカナのすぐ上にあった。

彼女の姿を認めた瞬間、即座にベルカナがビームサーベルを発生させ、ミラへと斬りかかる。
ミラもまた、片腕にビームサーベルを発生させて、ベルカナの一撃を受け止めた。
「まだだ、貴様などに、この私の…憎悪が負ける筈…!!」
「もう、やめて」
少し俯いて、囁くように小さな声でミラが言う。ベルカナは、そんなミラを睨んだ。
それでも尚、ミラは言葉を紡ぐ。
「あなたの言葉、聞こえてた。きっと、私では想像できない苦しみを、あなたは味わったんでしょう?」
その瞬間、ミラは顔を上げ、ベルカナの顔を真正面から見つめた。
「でも…何の関係も無い人を巻き込むのは、間違ってる!!」
言い返そうとするベルカナに、尚もミラは言う。
「これ以上、あなたが憎しみをこの町にぶつけるなら…」
その瞬間、サーベルを弾き、距離を取るミラ。彼女は再度、言葉を紡いだ。
「あなたの力を、奪うしかない!」
「奪うだと…やれるものなら」

その瞬間、ミラは左腕を頭上に掲げた。その手は緑色に発光している。

万物への干渉(スーパーアーム)…!!」

その瞬間、二人を取り巻いていた巨大な竜巻が、その中で絶え間なく発生していた雷が霧散した。

同時に、プリズナの町を覆っていた厚い雲が急速に晴れていく。

雪が、雨が、雷が、竜巻が急速に消え去り。

そして、太陽と青空が姿を現していた。

町の全てを凍らさんと低下し続けていた気温も、戻ってくる。

「馬…鹿な…!!」
その光景に、ベルカナは愕然としていた。
そして彼女は、弾かれたように己の肩越しに後ろを振り返る。
先程まで彼女の背中に発生していた筈の、色鮮やかな蝶の羽は、既に消滅していた。
その意味を悟って彼女は、ミラの方を睨む。
「貴様…私の、ナノマシンを…!!」
天候を操るベルカナのナノマシンの制御。それを、ミラが奪い取っていた。
「さっき、貴方の眼を見て分かった」
静かに、ミラが言う。

「貴方は…誰にも手を差し伸べてもらえなかったんだって」

ミラの言葉に、ベルカナが目を見開く。
次の瞬間、彼女は両腕にビームサーベルを起動し、ミラへと斬りかかっていた。
ミラも同じようにビームサーベルで斬り結ぶ。
「違う…違う!!私は、私は…奪われた!!」
防がれても、何度もビームサーベルを叩き付けるベルカナ。
「分かるか!?お前に分かるか!!?命を捧げた筈の相手が、もがき苦しむ様を!!それを見せつけられた、私の気持ちが!!」
「っ!?」
ベルカナの猛攻を、冷静に捌いていくミラ。
彼女にとっては、その猛攻よりも、言葉の方が心に響いていた。

「私には父さんがいた。ジャックがいた。パメラさんがいた。この町があった」

絶叫と共に言葉を吐くベルカナと、静かに言葉を紡ぐミラは、その攻防と同じように対照的だった。

「あなたにもかつて、そんな人が居たのなら…」

一際強く、ビームサーベルを弾いて、ベルカナと距離を取るミラ。

「まだ、やり直せる筈…!!」

そう呼びかけて、ミラはビームサーベルを消失させた。
そして彼女は、ベルカナへと手を差し出す。

「っ…!!」
ミラのその仕草を見た途端、ベルカナはそれまでより一段と表情を険しくさせた。
両腕のビームサーベルの出力を最大まで上げ、血走った眼でミラを睨みつける。
「今更、私がその手を取るとでも…思うかァ!!」
そんなベルカナの怒声を、しかしミラは覚悟の籠った眼で受け止めた。
手を差し出したまま、彼女は動かない。

怒りのままにビームサーベルを振りかぶり、ミラへと斬りかかるベルカナ。
それでも、ミラは動かなかった。
そのままベルカナは、勢いよくサーベルを振り下ろす。

ビームサーベルは、手を差し出したままのミラの頭の間近で止まっていた。

険しい表情のまま、動かぬミラを睨みつけるベルカナ。
しばしその状態が続いたが、やがて彼女は大きく息を吐くと、目を瞑った。
「…貴方が羨ましい」
動かないままのミラに、静かに彼女が言う。
「けれど、やはり私は…その手を取れない」
ビームサーベルを消失させ、ベルカナはミラから離れる。

ミラは、自分の方を向いたまま離れるベルカナの様子を見つめた。
彼女は、両手で頭を覆うヘルメットを外すと、それを落とす。
そして、その両の眼で、ミラを眺めた。
「でも…もう少し、早く貴方と会えていれば…私も少しは、違ったのかもね」
そう語るベルカナの表情から、怒りは消失していた。代わりに、哀しみの色がその表情に現れる。
そして、彼女は頭の蝶の髪飾りを外した。結われていた髪が解け、その髪が腰辺りまで下りる。
そうして彼女は、僅かに微笑んだ。
「でも…もう、遅い」
言いながら、その片腕にビームサーベルを起動する。

「待って!!」

ベルカナが、サーベルを己の胸に突き刺そうとした刹那。その一瞬でミラは彼女に接近し、その腕を掴んでいた。

間に合ったのは、ミラが半ば、この展開を予期していたせいだろう。
反対に、自害を阻止されたベルカナの顔に動揺の色が浮かんでいた。
「はっ…離しなさい!!」
「できません!!」
言い返しながらミラは、目を見開いてベルカナを見つめる。
「死は、逃げるのと同じです!」
ハッキリと、彼女は自分の意思をベルカナへと示した。

「どんなになっても、私は…見捨てないから。だから…逃げないで!!」

ベルカナは、しばしミラを睨んでいた。
だがやがて、力無くサーベルを消失させ、その手を下ろす。
「ここまでされちゃ…認めるしかないじゃない」
深く溜息を吐き、続きの言葉を紡いだ。
「あなたの勝ちよ」


「…終わった…のか…?」
震えながら、町の中央上空にいる二人の人影を見つめるスティーブ。
ここからでは、当人同士がどんな会話を交わしているのかは分からなかった。
スティーブが震えていたのは、上着を着ていない状態で風の強いビルの屋上にずっと居たためだ。
そのスティーブの上着――厚手のコートを彼に羽織らされたレイラもまた、スティーブと同じように空を見ていた。
「この空を見れば分かるだろう」
そう言葉を返すレイラの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「終わったよ」
彼女の言葉に、スティーブは深く安堵の溜息を吐いた。
「全く…生きた心地がしなかったぜ」
「スティーブ」
不意に呼ばれて、彼はレイラの方を見る。
レイラもまた、それまでずっと空へと注いでいた視線を、スティーブの方に移していた。
「貴方達はこの町を守った。このゲームは、貴方達の勝ちだ」

一泊を置き、レイラは――最後に一言、付け加えた。

「そして、この賭けは私の負けだ」


最終更新:2019年08月18日 22:47