「戦って戦って、戦い抜いた果てに、幸せになれると本気で思ったの?」
かつて、ある人物が彼に向かって紡いだ言葉。
それがクロウの脳裏に響く。今まで忘れていた筈なのに。
「戦いの先には次の戦いがある。ずっとそれの繰り返しさ。そして気が付くと、自分一人になってるんだ」
「そういう運命の下、ボクらは作られたんだ」
「幸せにはなれないんだよ。ボク達、『ロックマン』はね」
その言葉の意味を、今更になって理解できた気がした。
目の前の男から発される、滲むような殺意。その実感を伴って。
十字架の形をした長銃。それを、ジョンが構える。
アレが機関銃だった場合、この開けた道の真ん中では避けながら接近するのは難しい。そう判断し、クロウは森の方へ駆け出した。
片目が見えないためバランスを取るのが難しいが、それでもスピードを維持したまま、もう少しで森に入ろうかという時。
轟音が、ジョンの銃から木霊した。
そして次の瞬間、クロウの目の前の木の中央に、大穴が開いていた。
メキメキと音を立てて、木が折れ始める。決して細くは無い木。その中央に空いた大穴にクロウは戦慄した。
倒れ来る木と大量の葉、それに雪。それに紛れて、クロウは身を隠す。
(今のは……大砲?いや、それなら爆発する筈だ)
木々の間に身を隠しながら、先程の大穴を穿った射線の先をクロウは見据えた。
弾丸と思しきものは、幾本かの木々の側面を抉り、そして一本の木に突き刺さっている。
それは、一本の杭だった。
一本の木を貫通し、更にその向こうの木に深々と突き刺さる。それほどの威力に、クロウは戦慄する。
(何だあの武器は……今までに戦った、どの武器とも違う……!!)
木が、一時的に身を隠す程度の遮蔽物にしかならない。それも運が悪ければ貫通した杭の餌食になる。
クロウは細心の注意を払い、ジョンの様子を窺った。
木の陰から顔を出したクロウの視線と、ジョンの視線が合う。
その瞬間、再び轟音と共に杭が射出される。それは、一瞬前までクロウの居た場所へ、木を貫通して通過していた。
(特に装填している様子は無い……つまり、連射も可能ということか……!!)
木々の間を走りながら、クロウはそう推測する。
「!!」
その瞬間、彼は自分の判断が誤ったことを悟った。
森の中を走った先に、雪の壁が立ちはだかったのだ。
ジョンが起こした雪崩は森をも覆っており、クロウの逃げ場を奪っていた。
そして、足を止めたその隙をジョンは逃さない。杭が木々を貫通して、クロウに迫った。
ジョンの居る、10メートル弱の幅を持った道路。
そこが、真っ白な雪に覆われようとしている。
猛烈な風と、降り注ぐ雪。
それでもジョンはその場から動かない。自分が杭を射出した地点を、睨みつけている。
一番ジョンに近い木が、彼の方へ倒れ込もうとしていた。
自然と、彼が動く。
その杭の銃口を、倒れ行く木の上から飛び掛かった、クロウへ向けて。
ジョンが急襲を予測していたことに、クロウは目を見開いた。
再び射出される杭を、身を捻って躱す。凄まじい威力で射出された杭は、クロウのアーマーを易々と貫通し、脇腹を抉って行った。
「ぐっ!!」
ジャンゴに撃たれた箇所だ。そこを、その際より大きく抉られ、血飛沫が舞う。それでもクロウは刀を振り下ろした。
ジョンもまた地面を蹴り、その場から飛び退る。身体を覆うコートに切り込みが入り、胴から血が流れ出る。
両者とも血を流したが、決定打にはならない。クロウは接近できたこの機を逃すまいと、着地した勢いのまま地面を蹴り、ジョンへ向けて刀を振った。
「!!?」
クロウの刀の切っ先。それを、ジョンの左腕が受け止めていた。
杭を射出する十字架。表面積の大きいその武器で防御すると思っていた。それを予期して、渾身の力で刀を振るったのだ。
しかし、ジョンは十字架で防御するのではなく、掲げた腕で斬撃を防いでいた。
無論、クロウの斬撃を喰らえばただでは済まない。常人なら、防御した左腕など両断され、その向こうにある胴すら斬られるだろう。
だが。
(動かない……!?)
ジョン・クラフトは、数十年もの間、己の肉体を鍛え続けたこの男だけは、違っていた。
振るわれた刃はその腕に食い込むが、その瞬間に力まれた腕の筋肉が、刃を固定していたのだ。
そして同時に、クロウは気づいた。ジョンの右手が十字架を持っている。今までの持ち方とは違う、銃床と弾倉のある十字、それを上にして。
その瞬間、ジョンが右腕で十字架を振り下ろした。
クロウの頭に直撃し、その身体が地面に叩きつけられる。
それなりの厚さまで積もっていた筈の雪が衝撃で吹き飛び、その下の道路に激突しても尚勢いは殺し切れず、数回バウンドしてようやくクロウの身体が止まる。
刀を手放さなかったのは奇跡的と言えた。その衝撃でジョンの左腕を離れたため、クロウが失わずに済んだからだ。
しかし。
「ぐ……ぉ……」
バイザーが砕け、ヘルメットも拉げて、頭から外れる。
メット越しですら凄まじい衝撃を喰らわせるほど、十字架の殴打は絶大な威力だった。幸い、かろうじてクロウの意識は持ちこたえている。
頭から血が流れ落ち、降り積もる雪を染めていた。
尚も立ち上がろうとクロウは地面に手を着く。そんな彼に向けて、ジョンは無慈悲に十字架の銃口を向けた。
しかし、顔を上げたクロウの眼は、まだ死んではいなかった。
杭が射出される、コンマ数秒。その瞬間に、クロウは跳ねた。
片腕と片足。それだけを使い、回るようにその場から跳び退くクロウ。その動作はタイミングを過たず、発射された杭の回避に成功していた。
そして杭の射出による反動は、ジョンの身体でも片腕だけでは支えられず、両腕を使う必要がある。その杭を至近距離で回避できたクロウにとって、その瞬間だけジョンは無防備だった。
致命傷を与えるには、僅かに距離が足りない。しかし、クロウにとっては十分だった。彼の狙いは頭でも胴でもなく、また強度の不明な十字架でもなく、その引き金にかかっていた手。
そしてクロウの斬撃は、ジョンの右手の指の大半を切り落とした。
親指と小指以外の指が切り落とされ、血と共に雪の上に落ちる。
これで引き金は引けない。そう思った次の瞬間。
「っ!!?」
鳩尾に、突き刺すように十字架の銃口が差し込まれる。無事な方の左手で、ジョンが突き込んだのだ。
その反応が予想外だったクロウの対応が、一瞬遅れる。しかし引き金にかけていた右手の指は無く、左手は十字架を下から支えている。これでは撃てない筈だ。
そう思った瞬間、クロウの身体は空中に投げ上げられていた。
(しまった、奴の狙いは……!!)
「ぐっ……ぅおおおおおおぉぉぉぉ!!」
ジョンが十字架を持ち上げ、左手で引き金に指をかける。先程と同じく、空中に居るクロウへの狙撃。
跳ぶのではなく、相手から投げ上げられたせいで方向感覚が狂い、一瞬クロウはジョンの姿を見失った。
杭が射出される轟音。
その一瞬、クロウの意識は途切れた。
『四肢の欠損を検知。止血処置を施します』
アーマーから響く電子音声に、目を開ける。
激痛。起き上がろうとして感じる身体の異常。
「ぁ……かはっ……」
痛みの集中する箇所へ、恐る恐る手を伸ばす。
触れる杭の感触と、同時に響く痛み。
ふと視線を上げると、近くの地面に落ちている、自らの身体の一部。
杭は、クロウの左腕を貫通し、脇に突き刺さっていた。
貫通された左腕はそこから断ち切られ、クロウの傍らに落ちていた。
『内臓の損傷を検知。低負荷ナノマシン注入。最寄りの治療施設へ急行してください』
アーマーの電子音声が再度響き渡る。
「わ……分かった……分かった、から……放っておいてくれ」
強がりでそう言い返す。こんな事態まで予測しているなんて、どこまで嫌味な奴なんだ、ノアは。胸中で、クロウはそう呟いた。
顔の左側が妙に生暖かい。触れた手を見ると、血がべったりと着いていた。
どうやら、今の衝撃で左目の傷が開いたらしい。顔に包帯を巻いていたが、そこから溢れるほど出血したようだ。
続けざまに、断ち切られた左腕の傷口から、一際強い激痛が走った。それがアーマーの機能により圧迫止血されているためだと、一瞬遅れて気づく。
それらとは別に、息をするのさえ全身に激痛が走る。脇に刺さった杭を抜く気も起きない。
それでも、呼吸ができるのは幸運と言えた。杭の刺さった箇所からすると、肺が損傷していてもおかしくなかったからだ。
とはいえ、これ以上追撃を喰らえばひとたまりもない。クロウは、懸命に身体を起こした。
「ぅ……ぐ……げほっ……」
果たして、どれだけの時間がかかったのか。彼にはもう分からなかったが、立ち上がることはできた。その過程で何度か血を吐いたが。
アーマーに内蔵された、ナノマシンの治療によるものか。それとも脳内のアドレナリンがそうさせたのか。いずれにしろ、僅かに痛みも和らいでいる。
攻撃が止んでいることに気づき、クロウはジョンの姿を探して周囲を見回した。
ジョンは、少しだけ離れた場所に膝をついていた。指の大半が無くなった右手で、左腕を押さえている。
見ると、その左腕からは血が流れていた。そこでやっとクロウは状況を理解する。
両腕で反動を抑えていた十字架を、無理な体勢で撃ったのだ。右手の指は大半が無いため、左腕に重心を置いて撃ったのだろう。
だが、その腕は先程クロウの斬撃を受けていた。
耐えたかに見えたその左腕だが、その実決して無視できない深さだったのだ。十字架の狙撃により、その傷が深くなったのだろう。
「……こんな、痛み」
呟くようにそう言うと、ジョンは立ち上がった。ふと、指の無くなった右手を見る。
「俺には無意味だ。俺の……かつての……」
「かつての痛みに、比べれば」
ジョンではなく、降り行く雪を見つめ、クロウはそう言葉を引き取った。その言葉に、視線をクロウに向けるジョン。
「俺もだ。友を、何人も失った。代わってやれるなら、幾らでも……代わりたかった」
呟くようにそう言いながら、クロウは目を瞑る。
「けれど、それはもうできない。決して。痛みを抱えながら、生きていくしかない」
そして彼は目を開けると、ジョンに視線を向けた。傍らの地面に突き刺さっていた、刀を手に取りながら。
「一つ、聞かせてくれ。失った後の人生に、何も……得るものは無かったか?」
「……あったさ」
そうクロウの問いに答え、ジョンは首を振った。そして彼もまた、呟くように言葉を紡ぐ。
「互いに……失ったものは同じか」
その言葉にクロウは頷いた。そうしながら、頭の中の冷静な部分は状況を確認していた。
自分は杭の直撃を喰らい、立っているのもやっとだ。だが痛みは和らぎ、こうして喋ることもできている。あと一撃は入れられるかもしれないが、それが限度だろう。
目の前の男は利き手の指を失い、逆の腕も斬撃を浴びているが、それ以外は無事だ。とはいえ威力の代わりに取り回しが難しい武器を使い続け、目に見えて疲弊している。
つまり、お互い次の攻防が最後になるだろう。そう彼は確信した。
だから、声を張った。
「クロウ・エリュシオン。古代人としてでない、俺の名だ。お前の名前も、聞かせてほしい」
その言葉に、ジョンは呆気に取られて硬直する。
しかし、深い溜め息を吐くと、彼も応えた。
「ジョン・クラフトだ。俺も一つ、頼みがある」
彼の言葉に、クロウは頷く。
「分かってる。もし俺が生きてたら……お前のことは憶えていよう」
「感謝する。俺も……お前のことを、記憶に刻む」
いつしか二人とも、その口元が綻んでいた。
そして、クロウ・エリュシオンは走り出す。刃を、ジョン・クラフトへ向け。
ジョン・クラフトもまた、十字架の銃口をクロウ・エリュシオンに向けていた。
片腕を無くし、杭の刺さった今のクロウは、身体の重心が狂ってしまっている。そのためか、普通に走り出した筈のその身体がよろけた。
そのタイミングを逃さず、杭がクロウの命を奪わんと射出される。
それでも尚、デコイのスペックを遥かに上回る粛清官の五感は、その銃口の向きを瞬間的に観察し、杭の移動先を予測して、クロウに回避の動作を取らせた。
よろけながらも身体を反転させ、紙一重で杭を回避したクロウは、ジョンへ向けて刀を振り下ろそうとした。
しかしジョンもまた、ここまでの攻防でクロウの身体能力を把握できており、杭が回避されるのは予想できている。
十字架の、杭を射出したことによる反動。それを利用して、十字架を持ち上げる。そうして指の残っている左腕だけで十字架を持ち上げ、反転させると、接近するクロウへ向けて叩きつけた。
「!!」
ジョンに刀が届く。その寸前で、クロウは跳んでいた。
先程十字架の一撃を頭に受けたのだ。近接武器として使用するのはクロウにも予測できている。そうして、十字架が叩きつけられる寸前に、回避に成功していた。
ジョンの背後に着地したクロウは、渾身の力で刀を振り下ろす。その刃が届く寸前に、ジョンが振り返るのが間に合った。
刃が、ジョンの肩口から胴体に深く食い込む。
「……!!」
しかしその瞬間、クロウは自分が先程と同じミスをしたことを悟った。
肩口から胴にかけて入った刀の切っ先。その刃を、ジョンの胸筋が止めていた。
そして彼は激痛に顔を歪ませながら、尚も左腕に握った十字架を持ち上げようとする。
「ぐ……おおおおぉぉぉぉぉ!!」
「う……ああああぁぁぁぁぁ!!」
クロウは、切り込んだ刀に、更なる力を加えた。肩に食い込む刃が、更に進む。その圧力に、ジョンの眼が見開かれる。
そして刀は遂に、ジョンの身体を深く斬っていた。
先程までとは比べ物にならない量の血飛沫が飛ぶ。
狂った重心では振り抜いた勢いを殺し切れず、クロウの身体が反転する。
しかし。
「ぐっ……なっ……!!?」
刀を振り切ったクロウ。その首を、ジョンが掴む。
右手の、僅かに残った指を使ってクロウの首を。そして左手で、刀を握ったクロウの右腕、その手首を。
刀を振り抜いて反転した瞬間。ジョンは後ろからクロウの首と右手首を掴んでいたのだ。
「かっ……はっ……」
そのまま、クロウの身体が持ち上げられる。
凄まじい握力で、クロウの首をへし折ろうとジョンが力を籠め、そして力が籠められるほどに、彼の身体の傷口から血が流れ出る。
「終わり、だ……!!」
血を吐きながら、ジョンが呟くようにそう言うのが、かろうじて聞こえる。
このままでは意識を失う。クロウは、最後の力を振り絞った。
「ぅ……あアアァァァァ!!!」
背後にいるジョンの、その胴体の傷口へ向けて、クロウは片足で踏みつけた。
「ッ!?ごはッ!!」
ジョンが血を吐き、その血がクロウの背にかかる。首と右手首、そこにかかっていた手が緩むのが分かった。
即座に振りほどき、足が地面に着く。
それからの数瞬が、妙に遅く感じられた。
振り返りながら、クロウが刀を突き出す。
ジョンが咄嗟に右手を突き出す。
そして彼の刀の切っ先は、ジョンの右手を突き抜けて、彼の心臓へと真っ直ぐに到達した。
いつの間にか吹雪は止んでいた。
そのままの状態で、二人はしばらく静止している。
やがて堪え切れなくなったように、二人同時に血を吐いた。
「はぁっ……はぁっ……」
刀に手をかけたまま、崩れ落ちそうになる身体を何とか堪えて、クロウは顔を上げようと苦心する。
不意に、後ろで甲高い音が響いた。まるで、自動車が急ブレーキを踏んだような。
振り返ると、ジャックとケインの親子が乗ったトラックが、そこに止まっていた。
「クロウさん……どうして……」
窓から顔を覗かせたジャックが、茫然とした表情でそう呼びかける。運転席にいるケインも同様だった。
この状況では、クロウがジョンを殺したように見えても仕方ない。二人が急に現れたことに驚愕する体力も無いクロウは、回らない頭で何を言うべきか苦心する。
その時、彼は気づいた。
「逃げろぉぉぉ!!」
「えっ?」
「ジャック!!危ねぇっ!!!」
突然森から、木々を薙ぎ倒して現れた大型リーバード。それが、ジャックとケインの乗るトラックに突進してきたのは、その瞬間だった。
クロウとジョン、二人の眼に、親子の乗ったトラックが横転する光景が広がり。
リーバードの咆哮が、辺りを覆い尽くした。
最終更新:2022年12月24日 21:17