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十字架の立てる轟音。倒れる木々の振動。
それが、自分にとって最も忌むべきモノを呼んでしまったことに、男は気づいた。
朦朧とする意識の中で。

「ぐっ……うぅ……」
「い、痛い……!」
横転したトラックの中で、ジャックとケインは呻いた。
それでもシートベルトのお陰で何とか体勢を立て直し、ケインは横にいるジャックを見る。ジャックは額から血を一筋流していたが、それでもまだ大丈夫そうだった。
横倒しになったトラックの空に向いた方の窓は、ケインに近い位置である。彼は何とか頭をそこから外に出して、外の様子を窺おうとした。

再び凄まじい衝撃が襲ったのは、その時だった。

再度重力の方向が変わり、トラックが上下逆さまになるのが分かる。車内がシェイクされて、ケインは天井に頭を強かに打ち付けた。
彼は何とか意識を保ち、これを行っている正体を思い出す。
「糞……リーバードが……!!」

突然横の森から木々を薙ぎ倒し、猪に似た大型のリーバードが、彼らのトラックへ突進してきたのだ。
この道路は今では少数の人間しか使っていない。一つ山を越えた所にもっとアクセスの良い道路が建設されたからだ。そのため、以前まではこの道路の周辺のリーバードは掃討されていたのだが、それが戻ってきたのだろうかとケインは思った。
「ジャック、は……早く車から出ろ……!!」
「でも、親父は……!!」
「いいから、早く……!!」
衝撃で、変形した車内。金属に足を挟まれているせいで、自分は脱出できそうにないと、ケインはジャックに伝えなかった。

ジャックは父親が心配だったが、この場所に居ては助けを呼ぶこともままならない。故に、彼はとうにガラスの砕けた窓枠から外に這い出そうとした。
「くっ……!!」
窓枠に残ったガラスの破片が上着に引っかかる。時間の無い今、彼は上着を脱いで這い出す他無かった。
そうして、身体の半分ほどが雪に覆われた外へと出られた時。

巨大なリーバードが、彼の前に立ちはだかっているのに気づいた。

真っ赤な瞳が、自分に向けられているのが分かる。
リーバードが、鋭利な牙が生え揃った大顎を広げるのが、彼の眼にはゆっくりと映った。

「ぅあ……ひっ……!!」

その瞬間、リーバードの頭部を巨大な杭が貫いた。


ケインとジャックの乗るトラックが横転した時、クロウは目を見開いた。森から突然現れた大型リーバードは更なる追撃でトラックを完全にひっくり返し、尚も攻撃を加えようとしている。
すぐさま動こうとして、彼は自分の武器が、目の前に居る男の心臓に突き刺さっていることを思い出す。
クロウはジョンを見た。ジョンはまだ息をしている。それどころか、震える腕で、十字架を持ち上げていた。

「たの、む……」

今にも事切れそうな吐息の中で、微かに紡がれた言葉。それをクロウは聞き逃さなかった。

「支えて、くれ……」

クロウはジョンの眼を見て、頷く。
そうして、引き金に左手をかけたジョンの持つ十字架、その銃身を、クロウもまた残った右腕で支えた。

果たして轟音と共に、寸分の狂い無く、杭はリーバードの頭部に突き刺さったのだ。


杭の発射される轟音と、リーバードの頭部にそれが突き刺さる、甲高い金属音が鳴り響く。
衝撃で吹っ飛ばされたリーバードは、トラックから大きく離れた道路に横たわる。
ジャックが茫然とした表情で、それを見つめていたのだが。
「っ……!!」
彼の顔がまた恐怖に染まった。
リーバードは頭部を杭に貫かれても尚、生きていたからだ。立ち上がろうと四本の足をバタつかせ、やがて体勢を立て直そうとしている。
このままでは、やはり自分達は襲われるだろう。そう確信したジャックは、逆さまになったトラックの中へと這い戻った。
「親父!!早く出ろ、今のうちに!!」
「分かってる、分かってるが出られねぇんだ!!」
ジャックだけでも生き延びてほしかったケインだったが、彼の剣幕に思わずそう言い返してしまう。
それでジャックはケインの足元に視線を向け、変形した壁に足が挟まれていることに気づいた。
「それを早く言えって!!」
「待て、俺はいいからお前だけでも……」

「嫌だ!!親父もミラも、クロウさんもジョンさんも、もう誰も死んでほしくない!!」

ジャックの声が、思いの他辺りに木霊していた。

「お前……」
「いいから、タイミングを合わせろ親父、ここから抜け出そう!!」
「……分かった」
そう言葉を交わし、ジャックとケインは互いの息を合わせて、足を引き出そうと苦心し始める。


尚も動き出そうとするリーバード。それを、クロウは確認していた。
位置が問題だった。クロウとジョン、それにリーバードの間にケインとジャックの居る、逆さまになったトラックがある。
少しでも動ければ、角度を変えてまた杭を当てられるだろう。しかし、それは今の二人には不可能だった。

だからクロウは、ジョンを見た。

ジョンもクロウの意図を察し、頷く。躊躇い無く。

「……はぁっ!!」

クロウは、刀を抜いた。ジョンの心臓から。

そうして振り返り、走る。最後の力を振り絞って。

左腕を喪おうと。杭に貫かれようと。全身の激痛に耐えて。

親しい者達を、守るために。


ケインとジャック。二人がやっとのことでトラックから抜け出した時。
彼らの前で、クロウは跳んでいた。
空中で逆手に刀を構え、起き上がろうとするリーバードへと、一直線に。

最後の一撃が、リーバードの額の中心に突き刺さった。

勢いのまま刀を引き抜き、距離を取ってクロウは構える。
リーバードはしばらく、頭を上げようと藻掻いていた。しかしやがて、不意に糸が切れたかのようにその頭が地面に落ちる。
同時に額の傷口と、米神を貫いた杭の辺りから火花が散り、最期は断末魔のように頭部が爆発するのだった。


ジョンは、倒れはしなかった。
その場に座り込み、微動だにしない。胸からの大量出血で、彼の周囲に血溜まりができているというのに。
そんな彼の下へ、真っ先にケインが駆けつける。
「しっかりしろ、ジョン!!」
僅かに瞼を開けてケインの顔を見ると、彼は僅かな吐息と共に言葉を紡ぐ。
「ケイン……お前の、息子は……ジャックは、無事か……?」
その言葉に、ケインは堪え切れず涙を流していた。凄惨な自らの状態などより、ジャックの無事を確認したことに。
「……無事だ、無事だよ。お前の、お陰だ」
ジョンの両肩を握りしめ、ケインは考えつく最大の称賛を、彼に贈っていた。

「やっぱりお前は、俺の……俺達の、ヒーローだよ……!!」

その言葉を聞いて、ジョンの口元に僅かな笑みが浮かぶ。
薄れ行く意識の中で、彼は呟いていた。

「あぁ……こんな簡単なこと、だったんだな……」

ゆっくりと、その瞼が閉じる。
もう彼の灯は、燃え盛ることは無かった。


ケインとは反対方向、つまりクロウの方へと、ジャックは走っていた。とはいえ、彼は頭部が爆発し、炎上する大型リーバードのすぐ前に居る。ジャックは恐る恐る、クロウに近づいて行った。
「あ、あの、クロウさん……?」
クロウは、未だにリーバードを斬った時の体勢のまま、構えを解いていなかったのだが。

「あの時と同じだな、ジャック・アースガルド」

そう言って振り向きながら。
クロウはジャックに微笑んでいた。

いつしか吹雪は止み。抜けるような青空が広がっている。

一陣の風が、クロウのスカーフをたなびかせていた。

彼はこれまでに見たことがないほど負傷している。片腕までが無い。それでも、その姿と微笑みに、ジャックは心から安堵し。

「はい……はいっ!!」

涙を拭いながら、笑顔を浮かべた。


しかし、それが限界だったのだろう。クロウがその場に崩れるように座り込む。
「だっ、大丈夫ですか!?」
「あぁ、アーマーが応急処置してくれている」
断ち切られた腕と突き刺さった杭を見つめるジャックに、クロウはそう答える。そうしてから、視線をある方向へ向けた。
ジョンの方へ。
彼の前に居たケインはクロウの視線に気づくと、力無く首を横に振る。そんな彼の様子に、ジャックは聞かずにはいられなかった。
「一体……何があったんですか」
「一つだけ言えることがあるとすれば」
目を瞑り、クロウは言った。
「彼の、正当な怒り……だった」


青空が顔を覗かせたのは、僅かな間だけだった。いつの間にか厚い雲が再び空を覆い、雪が降り始める。
まだ小さな雪だが、吹き始めた風と共に、また厳しい自然がこの場所を覆い尽くすのだろう。空を見上げて、クロウはそう思った。
「とにかく、病院へ行きましょう!!」
「いいや」
クロウは言いながら、ケインの方に視線を向けた。
そのケインの顔は青ざめている。クロウの負傷具合に漸く気づいたのだろう。
「先に、町に戻れ。ケインと一緒に」
「えっ……何故です!?」
言い募るジャックの肩に、クロウは手を置いた。
「町まで何キロも先だ。車も無い。俺が一緒だと足手纏いになる」
彼の言葉に、ジャックの後ろにいるケインの顔色に深刻さが増してくる。
彼には分かっていた。クロウの負傷と、迅速な移動手段の無い自分達の状況の深刻さが。
「すまない、もう動けないんだ。リーバードが出てきても、お前達を守れない。早く移動できない分、リーバードに襲われる危険も大きくなる。先に町へ行って、助けを呼んでくれ」
「そんな、ここにずっと居たら、貴方まで……!!」
クロウはジャックの言葉に首を振った。
「アーマーがあるから、ある程度寒さは凌げる。だから……」
「でも、そんな傷の貴方を置いていくなんて……!!」
「ジャック」
クロウの呼びかけ。その真剣な口調に、ジャックは黙らざるを得なかった。
静かに、ジャックの眼を見てクロウは言葉を紡ぐ。
「お前は良い人間だ。お前と一緒に居れば、ミラも上手くやっていける。これから先、どんな困難が待っているかは分からないが……お前達なら、きっと乗り越えられる。俺は、そう信じてる」

そうしてクロウは、首に巻いたスカーフを解いて、差し出した。

「こ……れは……?」
「悪い。俺にはこれしか渡せないから」
恐る恐る、ジャックはクロウのスカーフを受け取った。
そこで初めて、彼はトラックから脱出時に上着を脱いだせいで、自分が凍えかけていたことに気づく。
「俺の大切な人が着けていたものだ。もう遠い昔だが……今の俺があるのは、その人のお陰だった」
「そんなものを、何で……!!」
「ジャック」
眼に涙を浮かべて尚も言い募るジャックの肩を、ケインが掴む。
助けを求めて振り返るジャックに、彼は言った。
「クロウさんの言う通り、俺達が急いで戻って、助けを呼んでくるのが最善だ」
言いながら、ケインはクロウを見た。
クロウもまた、ケインを見る。そして頷いた。

「必ず……必ず助けに来ますから!!」
「あぁ……待ってる」

こうして、ジャックとケインはプリズナの町へと戻って行った。助けを呼ぶために。


二人が見えなくなった頃、クロウは雪の上に身を横たえ、降り行く雪を眺めた。

「……これで、満足だ」

ポツリとそう呟く。
アーマーが応急処置したとはいえ、それだけだ。すぐに病院へ行かなければ命に関わる負傷なのは変わらない。
そして、彼らが助けを連れて戻ってくる頃にはもう手遅れだろうと彼には分かっていた。ケインも薄々分かっていただろう。
ジャックにはきっと、辛い心の傷になる。けれど、彼なら乗り越えられる。そう確信できたから、クロウはスカーフを渡した。

正直、自分にそんなことができる機会なんて、来る筈ないと思っていた。

だから、満足だった。これで終わりだとしても。

薄れ行く意識の中で、クロウは再度、微笑んだ。




「でもね、そう簡単に一抜けさせないよ?」


「……ノア?」


その瞬間、誰かに肩を掴まれて、引き起こされた。

目を開ける。

彼の肩を掴んでいたのは、真剣な顔で彼を見つめる、ゼゼだった。


少し前。
プリズナの町の病院、その敷地を出たゼゼとレオンだったが、レオンが突然足を止めたので、ゼゼも止まらざるを得なかった。
「……どうしました?」
「さっきアンタ、何て言った?」
レオンの問いを、ゼゼは訝る。まだこの町で行わなければならないことは山のようにあり、時間が惜しいのだ。
「一体、何を……?」
「もう会えないとか何とか言ってたろ」
そう言われて、ゼゼは先程クロウと別れた時に自分が言った言葉を思い出す。
「気のせいですので、気にしなくて結構です。それより……」
「いいや、気にするね」
自分の言葉を遮られてゼゼはムッとするが、レオンがいつしか真剣な顔で自分を見ていることに気づいた。
「昔、ジャンゴを追ってた頃。俺と相棒は奴を挟撃しようと思って別れた。その時俺は何か嫌な予感がしたんだが、気のせいだと思って流したんだ」
「一体何の話です?」
「まぁ聞け」
ゼゼの疑問にそう返して、レオンは言葉を続ける。
「俺がジャンゴを見つけた時には、相棒は頭を撃たれて死んでた。ジャンゴは方々から恨みを買ってて、不意打ちや裏切りを常に警戒してたんだ。運悪く、待伏せしようとした相棒はジャンゴに見抜かれ、殺された」

「分かるか?こういう時の嫌な予感ってのは、当たるもんなんだよ」

レオンの言葉に、ゼゼは自然と表情が引き締まっていた。
「すみません、私……」
言い終える前に、レオンは自分が羽織っていた茶色の外套を外すと、ゼゼに投げ渡した。
「!?あの、これは……」
「さっきアンタ自身が言ってたろ。今はまだリーバードに変化できないって。なら上着の一つでも羽織ってけ。多分、奴は今頃もう町を出ただろうからな」
そう言って、レオンはホテルの方へと歩いていく。ゼゼは受け取った外套を眺めて、自然に声を上げていた。
「あのっ、何故そこまで……!?」
「昔、アンタみたいな女がいた。それだけだ」
振り返らず、そう言葉を返してレオンは歩いて行った。その背中に頭を下げて、ゼゼは反対方向へと走って行く。
親しい者を、家族を救うため。


そうして、時は現在に戻る。


「何で……諦めようとしてるんですか?」

静かにそう言葉を紡ぐゼゼは、目を細めて唇を引き結んでおり、その表情は内心の怒りを堪えているようにしか見えなかった。
「……ゼゼ?」
「覚えてますか?昔、私に言ったこと。私が負傷して、貴方に介錯を頼んだ時」
言われて、かつてそんなことがあったのを微かに思い出す。
しかし、その時自分が何を言ったのか、もうクロウは思い出せなかった。
「こんなことをするために戦っているのではない……そう言ったんですよ?なのに、もう……諦めるんですか?」
「ゼゼ、俺は……」

それ以上、言葉を継げなかった。

「貴方と、私だけなんです。あの戦いを……生き、抜いたのも。ノア様を……憶えて、いるのも」

ゼゼの両目から、涙が溢れていたからだ。

「貴方が死んだら、もう私一人なんです……。頼み……頼みます、から……生きるのを、諦めないで、ください」

そうしてゼゼは、クロウの胸に額を押し付ける。

絞り出すように、彼女は言葉を紡いだ。

「もう……独りは、嫌……!!」

「……すまない、ゼゼ」

彼女の両手は、普通の人間であればとっくに凍傷になっていると思われるくらい冷たい。
だから、ゼゼは必死でここまで駆けてきたのだろうと、クロウは思って。
諦めかけた自分を恥じた。

こうして、クロウ・エリュシオンはプリズナの町に再び逆戻りする羽目になった。

そしてバツの悪い思いでケインとジャックの親子と再会したのだが、それはまた別の話である。


最終更新:2023年01月09日 21:11