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「親父、行ってくるよ」
隣町の駅で、ケインに送ってもらったジャックはそう言った。
首元には、白いスカーフが巻かれている。
「おう、頑張れな!!」
そう言って笑顔でサムズアップをして、ケインは見送った。

プリズナの町、その事件が落ち着くまでしばらくかかり、その間にジャックの通う学校の休暇期間が終わってしまったのだ。

ゼゼに救出されたクロウは、プリズナの町の病院に再度入院している。数日経過したのだが、ジャックが居る間に目を覚ますことは無かった。
当初、そのクロウやミラのことが気がかりで、ジャックは学校を休もうかとも思ってしまった。
しかし、クロウから譲り受けたスカーフを巻いてみて、自然と気が引き締まったのだ。彼なら、自分の研鑽を疎かにすべきではないと諭すだろうと。
そうして、彼は出発する。今では多くの親しい人達に背中を押された、自分の夢を叶えるために。

この冬に自分は色々な体験をした。思わぬ再会、幼馴染の身に起こった出来事、幼い頃の自分を救ってくれた恩人の存在と、その死。

果たして、自分はまた学友達と元のように笑い合い、共に勉強できるだろうか。そんな不安が無いでもない。

けれど、この経験で、自分の目標は定まった気がした。

ケイン、ミラ、クロウ、ジョン。彼らに恥じない生き方をし、立派なディグアウターになる。

そう誓って、ジャックは歩み始めた。


ジャックを見送って、ケインはプリズナの町へと車を走らせる。
リーバードに破壊されたトラックを修理するのには何ヵ月もかかるため、親しい友人から借りた車だった。
「あ……まずったな」
しばらく走っていて、ケインは思わずそう呟いた。

高速道路に向かう筈だったのだが、山道の方に車を向けていたことに気づいたのだ。

山道は今、通行止めされていた。
山からの雪崩で道が覆われてしまったからだ。春が近くなって雪が解けてきた今の時期でも、通行止めは解除されていなかった。
車を止め、道を塞ぐ看板から先を見る。

ケインの脳裏に、ジョンの姿が蘇った。その山道で、妻や娘を想っていた彼の姿が。

「……ジョン」
彼の遺体は町に運ばれ、妻と娘と同じ墓に埋葬されていた。
(お前が墓とは別に、ここに来てた理由……今なら分かる気がするよ)
彼の魂は、まだここに居るのだろうか。そう思わずには、いられなかったのだ。

自分には、本当に何もできなかったのか?

もっと彼を気にかけていれば、あのような結末にならなかったのか?

きっと、答えは出ないのだ。
それでもきっと、自分はこの自問自答を生涯続けることになるのだろうと、半ば確信めいた思いを抱いて、ケインは車に戻る。
最後にこう決意して。

(悩んでる奴が居たら、必ず手を差し伸べよう。アイツみたいな人間を、出さないために)

その決意が、偶然にも今の自分が選んだ仕事に最適だと思い。
彼もまた、自分の残りの人生、その生き方を決意したのだった。


「申し訳ありません」
『ううん、私は嬉しいよ。あなたが新しい生き方を見つけてくれて』
『報告にあった少女の潜在的脅威を考えると、お主に与えた装備でも不十分なくらいだ』
明るい声と事務的な声、電話から聞こえる二つの声に、ゼゼは申し訳なさそうに言葉を返した。
「いえ、これ以上は入るスペースがありませんので。ご厚意に感謝致します」
『ゼゼ』
会話を切り上げようとして呼びかけられ、ゼゼは少し緊張する。
相手は、彼女の上司なのだ。これまでの。
「はい」
『何かあったらいつでも相談に乗るから!』
「そこまでご厚意に甘えるわけには」
『何を言っている』
事務的な方の声が、少し鋭くなる。ゼゼの緊張が少し高まった。

『もう我々の間に上下関係は無い。互いの信頼関係が損なわれてもいない。だから遠慮せずに連絡すれば良い。いつでも相談に乗る』

その上司をゼゼは若干苦手にしていたのだが、その言葉に彼女は目を見開いていた。
『もう、セラちゃんたら。素直じゃないんだから』
明るい声の主が諫めるように言う。しかし、ゼゼは彼ら二人の気遣いに感謝していた。
「ありがとうございます。ご厚意は一生、忘れません」
『ゼゼも堅苦しくしないでいいのに。何もなくても、雑談でもあれば付き合うからね!』
「……はい」
こうして、ゼゼは電話を切った。
退職の申し出。上司達の反応が正直言って怖かったのだが、むしろ二人の意外な素顔を見れたようで、自然とゼゼの口元は、微笑んでいた。


プリズナの町、そのマンションの一室。
電子音と共に、寝台に横たわった人物を、何らかの機械がスキャンしている。
傍らのモニターに、詳細なデータが映し出された。

ひとしきりそれを眺め、ゼゼは頷く。
「今は、身体は問題無いですね」
寝台から身体を起こした人物――ミラ・クラウスは、不安そうな表情で言葉を返す。
「今は……?」
「えぇ。日常生活に影響することは何もありません。貴方も、その力を意識しなければ問題は無いのでしょう?」
彼女の言葉に、ミラはしかし不安そうな顔で、己の右手を見つめた。
「でも……」
「……何かの拍子に使ってしまう。それが不安なのですね?」
ゼゼの言葉に、ミラは頷いた。
しばし考えた後、ミラが見つめていたその右手を、ゼゼが両手で握りしめる。
「それは貴方の精神を鍛えるしか方法はありません。私が知っている強い人達は、皆自分の力を律する方法を己の中で模索していた。貴方も、その方法をこれから、探すしかないのです」
「私……自信が、ありません」
ゼゼは尚も不安そうなミラを見つめた。

戦いが終わり、クロウの依頼で診はじめたこの少女は、プリズナの町での堂々とした振る舞いをしていた時とは打って変わっていた。
目的を見失ったからかもしれない。そうゼゼは思う。プリズナの町を救う、その目的が達成された今、自分の力と向き合うことに初めて恐れを感じたのかもしれない、と。

「当分、私はこの町に居ます。何かあれば相談に乗りますよ」
そう言って、ゼゼは己の額にある、リーバードの瞳を指差した。
「貴方の力について、相談に乗れる人は数少ないでしょうから」
「……はい」

不安が晴れそうもないミラの姿に、ゼゼはこれまで感じてきたものとは別種の無力感を僅かに感じる。
自分はヘブンの創り出した古代文明について立場上詳しい。しかしそれ故に、カウンセラーには成り得ない。
それは分かっているつもりだった。しかし、目の前の少女一人救えないのか、と。
そう思った時、先程考えた彼女の不安や恐れ、その原因を思い返す。

「貴方は……何に、なりたいのです?」
「何、に……?」
聞き返すミラに、ゼゼは頷く。
「貴方はまだ若い。将来の夢は持っていないのですか?」
「私……」

「父さんを失ってから、生きるのに必死で……気が付いたら、こうなってて……夢なんて、考えたことも」

彼女の紡ぐ言葉には絶望感が漂っていて、しかしゼゼは、こんなことで自分も呑まれてはいけないと、己を鼓舞した。
「……では、何かやりたいことは」
諦めずにそう聞き返したゼゼの言葉に、ミラはしばし黙って考える。
そうして彼女は、やがて答えを紡いだ。
「私には、分からないことが多いです。世の中の仕組みも、皆がどんなに頑張って働いているかも」
「はい」
「ただ……もう、失いたくない。ジャックと……一緒に居たい、です」

ミラの言葉に、束の間ゼゼは呆気に取られた。
そうして、納得する。つまるところ、目の前の少女は自分と同じだったのだと。
孤独。一人でこの世を、人生を生きることへの心細さ。
結局、デコイもリーバードもロックマンも、そしてオリジナルの人間も、心を持つものは似ているのかもしれない。そうゼゼは思う。

彼女の慕う少年は、また学校へ行くため、遠い町へ行ってしまったのだという。
けれど、きっと何か方法がある筈だ。今までの経験を思い返して、そうゼゼは思う。まだ、尽くせる手はある筈だと。

「ならば、一緒に考えましょう。この先の人生を、生きていく方法を」


そうしてゼゼはマザー・セラとマザー・ユーナの下を離れ、プリズナの町に滞在することに決めたのだった。


最終更新:2023年01月09日 21:23